キタガワのブログ

島根県在住のフリーライター。ロッキン、Real Sound、KAI-YOU.net、uzurea.netなどに寄稿。ご依頼はプロフィール欄『このブログについて』よりお願い致します。

個人的ベストCDアルバムランキング2023【20位〜16位】

新型コロナウイルスがほぼ収束し、観光地の賑わいも復活。スポーツにも何かとポジティブな話題が多く、全体として2023年はこれまでの閉塞的な空気感を打破し、明るい未来を希求しようとする活動を多く目にした1年だった。ただポジティブな話の一方では戦争や物価高といった諸問題も可視化されたりもしていて、総じて『今自分はどう生きるべきか』を自問自答する年でもあったように思う。

こと音楽シーンで言えば、サブスクが市民権を完全に得たことでそもそもの『アルバムをリリースして店頭に並べる』というマーケット自体が圧倒的に少なくなったのが印象深い。例えばYOASOBIやNewJeans、Adoなどは既に配信シングルやEPを中心に完結させる動きを取っているし、そもそも今記事における「CDアルバムのランキングを作る意味ってあるの?」という根本の話にまで疑問を呈したくなるレベルまで突入している感がある現在である。

さて、ここからは毎年恒例となるアルバムランキングの話。今回も2023年にリリースされたアルバムの中から、個人的に選んだ20位〜1位までを順に発表していく。今年は新人アーティスト……それもインターネット発のソロアーティストの伸びが顕著で、実に20作品中15作品が初のランクイン。またロックバンドが減少したことで、ポップスの発展を明確に感じるものにもなった。という訳で以下、YouTube動画&選評付きで紹介。いつも通り長いので、ゆるりとどうぞ。

→2022年度版(20位〜16位)(15位〜11位)(10位〜6位)(5位〜1位
→2021年度版(20位〜16位)(15位〜11位)(10位〜6位)(5位〜1位
→2020年度版(20位〜16位)(15位〜11位)(10位〜6位)(5位〜1位
→2019年度版(20位〜16位)(15位〜11位)(10位〜6位)(5位〜1位
→2018年度版(20位〜16位)(15位〜11位)(10位〜6位)(5位〜1位
→2017年度版(20位〜16位)(15位〜11位)(10位〜6位)(5位〜1位


20位
The Record/Boygenius
2023年3月31日発売

【夢のコラボが示したもの】
稀代のSSWであるフィービー・ブリジャーズ、ジュリアン・ベイカー、ルーシー・デイカスら3名が発足し結成された謎の新ユニット、それこそがボーイジーニアス。なお今作はグラミー賞で7部門のノミネートを果たすなど数々の快挙を成し遂げるなど多方面から絶賛の嵐で、デビュー1年目にしてメインストリームまで名を挙げたモンスターアルバムでもある。

思えば彼女たちはそれぞれがLGBTQや戦争、貧困といった世の中の不条理にNOを突き付ける歌手だった。中でも彼女たちが明確に怒っているのはLGBTQの問題で、世間的に見てもまだまだ男性優位、男尊女卑視点で語られる現代において、ボーイジーニアスはその優しく包み込むような包容力は多くの共感を得るに至った。例えば“Not Strong Enough”の《いつでも天使に見られて、神にはなれないんだ》という一節は女性の社会的立場の皮肉にもなっているし、その他の楽曲についても『男性>女性』の視点が顕著。ただ彼女たちがやろうとしているのはそんな現状を突き付けることであり、自分たちがこうして歌っていること、また自らが男性優位と見なすシーンに体当たりで向かっていくこと(有名男性バンドと同じポーズで写真を撮る・歌でLGBTQをメインに歌うなど)でもって、大きな追い風を生み出したのだ。

それぞれが楽曲を作ることで、各視点での諸問題が可視化された今作。彼女たちはそんなアルバムを『The Record』と名付け、ユニット名さえも『ボーイジーニアス(天才の男)』としてメッセージ性を伝えることを選んだ。「ソロではなくボーイジーニアスでこの楽曲を演奏する必要性があるのか?」と問われれば微妙なところだが、紛れもなく2023年のニューカマーの中では最も注目されたこのアルバムの存在意義は大きいと思う。

boygenius – Not Strong Enough (official music video) - YouTube

boygenius - Emily I'm Sorry (official music video) - YouTube

 

 

18位
dig saw/黒子首
2023年10月25日発売

【何層重ねものポップに変身!】
都内近郊で精力的に活動中の3人組ロックバンド・黒子首(ほくろっくび)のセカンド。毎年のアルバムリリースこそ恒例だが、今年はテレビアニメ含め結成から数えて最多のタイアップを獲得するなど知名度も高まり、ライブ動員も増えた飛躍の年となった彼らである。

そんな黒子首のセカンドは前作が『CDレコード大賞』にノミネートされたことからも多くのファンが注目していたことと推察する。もちろん全てが素晴らしいのだけれど、今作の特筆すべき点としては『ポップの研究』があって、とあるインタビューで堀井あげは(Vo.G)が「ポップスのバンドでありながらも泥臭いこともできてしまうのが黒子首の大きな武器の1つだということで。ただそれを泥臭いまま出してしまうと、すごく限られた人たちにしか届かなくなってしまう」と語っていたのが印象に残っているのだが、今作は確かに黒子首のシリアスな面は歌詞として出しつつ、サウンドはミドルテンポで体を動かすことの出来るように工夫されている。

黒と青色を貴重とした前作から、雰囲気的にも一変した『dig saw』。これまでは一定の距離を置いていたファンとの関係性がコロナ禍を経て密になったことで、より音楽性はキャッチーになり口ずさみやすくもなった黒子首である。しかしながら“カナヅチ”や“リップシンク”といった楽曲のように、多面的に解釈すると我々の日常にどこかリンクする楽曲も変わらず収録されていて、バンドとしての最適解をひとつ見出した感がある。2024年はもっと大きな話が舞い込んでくる可能性すら考えさせられる、驚きの変革作。

黒子首 / リップシンク -OFFICIAL MUSIC VIDEO- from New Album "dig saw" - YouTube

 

黒子首 / カナヅチ -OFFICIAL MUSIC VIDEO- - YouTube

 

18位
10,000 Gecs/100 gecs
2023年3月17日発売

【時代の寵児……なのか?】
海外のZ世代の間でいろいろと話題となっている渦中のシカゴ出身の2人組・100 gecs(ワン・ハンドレッド・ゲックス)のファースト。昨年夏のフジロックではだだっ広いステージにゴミ箱とスニーカー、PCだけを置いて意味不明なDIYスタイルが話題を呼んだが、ようやく届いたアルバムはどこを切ってもグッジャグジャなある意味では最高、またある意味ではどうかしているという、音楽評論家を大いに悩ませる一手となった。

そう。この作品は大問題作なのだ。再生した瞬間に鳴り響く爆音、切り裂く音割れノイズ、オートチューン全開のボーカルと、今作は全体通してカオスかつ全てが衝動的。それでいて“Hollywood Baby”のサビで爆発するキャッチーさ、繰り返されるフレーズが印象深い“mememe”など、大半の楽曲が2分台で終わる性急さも相まって、その勢いは初期衝動を体現するようで痛快なのも魅力的。……もちろんその特異すぎるサウンドは頑固一徹の音楽ファンから『チープで意味不明である』と批判を受けることもあったようだが、その意見を一蹴したのは若きZ世代。「別に楽しかったら良くね?」という絶対的な評価を受け、いつしか彼らの音楽は賛否両論も含めて海外に広がり、大手メディアでは「ルール無用の印象的で精密な最大主義運動」とも称されるに至った。

実際このアルバムをどう評価するかは難しく、やはりネガティブ寄りの意見もあるだろうとは思う(音楽テクニックはガン無視なので)。ただ多様性に票が集まるようになった今の時代にこそ100 gecsのようなジャンル無用の音楽は生み出されるべきだし、ここから新たな基準が生まれる予感もする。ちなみにCDアルバムのジャケットにある巨大な音符はこのジャケットのために実際に入れたタトゥーであるらしく、2024年からは音楽以外の点でも更に飛躍したいと話しているそう。……彼らが一体どこまで本気なのかは分からないが、その歩みを目撃する明確な理由にはなり得る。ぜひこのままで音楽シーンをぶち壊してほしい。

100 gecs - mememe {OFFICIAL MUSIC VIDEO} - YouTube

100 gecs - money machine (Official Music Video) - YouTube

 


17位
BREAK/703号室
2023年6月7日発売

【死角からのポップな一撃】
2019年にYouTube上で公開された”偽物勇者“が瞬く間にバズり、音楽好きの耳目を集めたシンガーソングライター・岡谷柚奈こと703号室のファーストアルバム。誰もが知るところの”偽物勇者“をはじめ、希望的未来を希求する”僕らの未来計画“、人生のやり直しを望む”リセットボタン“など、日々の生活における視点から生まれた様々な楽曲が収録されている。

703号室の楽曲はリリース時期を見ても、“偽物勇者”以前と以後に分けられる。これは当時の703号室がバンド形態で、後に大学卒業を期に岡谷のソロ名義として変更されたことも大きいことと推察されるが、活動初期こそサウンドとしてはバンドor弾き語りで完結するものであったのに対し、後にリリースされた楽曲は打ち込みの使用や言葉数を増やしたりと、音源で真価を発揮するサウンドメイクを取り入れている。結果“非釈迦様”や“人間”といった楽曲のような変化に富んだ楽曲も散りばめられ、今作『BREAK』の引き出しの多さに繋がっている印象だ。

かの”偽物勇者“のバズから、気付けば約4年。本来であればテレビ出演などの追い風に乗ることの出来るバズ期間を楽曲制作に充てたために、満を持しての今作がリリースされる頃には少しばかり出遅れた感すらあるものの、より楽曲を磨き上げた『BREAK』はファーストにしてベストアルバムの感すら抱かせる、密度の高い作品に仕上がった。かつてのバズの攻撃力を溜め、今や「”偽物勇者“良かったなあ……」などと安易に考える我々リスナーの耳に対して「こちら最強のフルアルバムです」とする死角からの一撃は、何よりも強い。特に歌詞に注目して聴いてほしいと願う。

703号室 -『偽物勇者』(Music Video) - YouTube

703号室『朽世主』(Music Video) - YouTube

 


16位
And So Henceforth,/Orangestar 
2023年8月30日発売

【ピアノとボカロで奏でる夏】
“アスノヨゾラ哨戒班”を筆頭とした楽曲でボカロシーンを発展させた立役者・Orangestar(オレンジスター)によるサードアルバム。約6年半の長い沈黙を破ってリリースされた今作にファン大歓喜……という構図こそ想像に難くないし、その間には“Surges”のTikTokのバズなど様々な認知度の向上もあった。けれどもアルバム全体を聴けば、その完成度を研ぎ澄ませるために約6年半の月日が必要だったのだと思わされる一作。

緩やかな助走から後半に爆発する“Henceforth”、ギターをフィーチャーした“霽れを待つ”や“快晴”といったキャッチーな楽曲で耳馴染み抜群の今作。これぞアルバム!な隙なしの作りになっている中で印象深いのは、サウンドを牽引するピアノの存在。……元々ボカロシーンではピアノが多く取り入れられており、“千本桜”然り“Tell Your World”然り、いつしかピアノはボカロの必須楽器として君臨した感がある。ではOrangestarの今作はどうかと言えば、全てにおいてピアノを最優先に聴かせる形を取っていることが分かる。このアルバムを聴くと改めて「初音ミクの機械的な声に合うのはやっぱりピアノだなあ」とも思うし、また1曲ごとに挟まれるインタールードも、次曲に続く布石となっている点でも素晴らしい。

変わらず様々な心情を描いているものの、今回のアルバムのテーマは『夏』。そのためどんなネガティブな出来事もポジティブにして昇華させている点も彼らしいなと。『人間に出来てボカロに出来ないこと』というのは数あれど、逆に『ボカロに出来て人間に出来ないこと』は何だろうと考えたとき、それは『機械的な歌声とサウンドの親和性』だろうと思う。そしてその中でもピアノが圧倒的に強いのだな、ということを改めて気付かされる、そんな1枚。ちょっと晴れた日のBGMにどうぞ。

Orangestar - Henceforth (feat. IA) Official Video - YouTube

Orangestar - 霽れを待つ (feat. 初音ミク) Official Video - YouTube

 

 

……さて、少し遅れて次回は15位〜10位の発表。今回の時点でもジャンルレスではあったが、次回はプライベートを曝け出すラッパー、妖艶なポップニスト、アウトローから一気に表舞台に駆け出したロックバンドなど更に多種多様な5組を紹介。気になった曲があれば視聴したりもしつつ、どうか気長にお待ちください……。

【ライブレポート】八十八ヶ所巡礼『one man LIVE 幻魔大祭FINAL!!』@心斎橋BIGCAT

こと日本において八十八ヶ所巡礼は、最も不思議なバンドである。どこをどう弾いているのかも理解不能なギター&ベース、粘っこいボーカルといった楽曲面はもちろん、楽曲リリースは不定期、プロフィールも不明。更にはインタビュー記事も公式SNSもほぼ沈黙と、精力的なバンド活動を行ってはいるものの、活動が長くなればなるほど霧に溶け込んでいく稀有なバンド……それこそが八十八ヶ所巡礼であり、彼らは今日もコアなロック好きに支持され続けている。

そんな彼らは『幻魔大祭』と名付けたツアーを定期的に開催中。ただ一般的には半年、長くても1年で終幕するはずのツアーを彼らは一旦終わればまたスタート、また終わってまた再開……という謎のサイクルを繰り返し、気付けば3年。これで本当に終幕するのかは不明にしろ、今回はようやく訪れたファイナル公演の一貫となった。

かねてよりのファンに加え、彼らの音に魅了された海外のファンも多く詰め掛けほぼソールドアウトとなった今回のライブ。当日券を求める人が予想より多かったのか、定刻を少し過ぎて会場が暗転し、腹の底でうごめくような不穏なSEに導かれて登場したのは筋肉隆々のKenzoooooo(Dr)、サングラスに強烈パーマのKatzuya Shimizu(G)、タトゥーだらけ&半チューブトップのマーガレット廣井(Vo.B)の3人で、定位置に着くなりドラムの位置を確認したり、弦にスプレーを噴射したりと各自準備。また自称アルコール依存としても知られる廣井はこの時点で一升瓶に入った日本酒をラッパ飲みしていて、早くもエンジン全開。

ライブは非常にマニアックなサイケ曲“憂兵衛no幽鬱”から、“IT'S a 魔DAY”、“赤い衝動 -R.I.P-”と続く一風変わった幕開け。ノイズ系のエフェクターを複数接続した殺人的な音に呑まれながら、一気に異世界へと誘われる会場である。中でも異常なテクニックを見せたのはShimizuのギターで、タッピングやハーモニクス、高速カッティングなど、どのバンドでも基本見たことのないテクニックを次々繰り出すカオスが会場を一気に彼ら色に染めていく。しかもこれらの演奏は真上を見ながらノールックで弾いていたり、通常のコードに関しても普通の弦の押さえ方(左手を下から握るようにする)ではなく真上から握り込むように押さえたりもしていて、総じて意味不明なバカテクが炸裂しまくる演奏が凄い。もちろん歌いながら可動域の多いベースを弾き倒す廣井も、手数の多いドラムをこなすKenzooooooも手が2本とは思えない演奏ぶり。一体我々は何を観ているのだろう……。

八十八ヶ所巡礼『幻魔大祭(Album Version)』 - YouTube

八十八ヶ所巡礼のライブは、セットリストが固定化されることは絶対にない。ゆえにこの日も数日前のライブと比べて演奏曲、順番、曲数などその大半がガラリと変貌しており、紛れもなく唯一無二の2時間半となった。ただライブタイトルの通り、数年前にリリースされたアルバム『幻魔大祭』の鮮度は未だ健在。結果的にはセットリストの多くを『幻魔大祭』曲が占める形となり、その周りを予測不可能なレア曲と新曲で敷き詰めるファン垂涎のものとなったのだった。

八十八ヶ所巡礼/紫光 - YouTube

「幻魔大祭へようこそ貴様ら!今日はツアーファイナル。でもライブも新曲も、来年の予定は今のところ何も決まっていない!」と全てを暴露した廣井。ここからはおそらく次のアルバムに収録されるであろう新曲群も含めた新ゾーンに突入していく。ここ数年の彼らは初期の八十八ヶ所巡礼の楽曲と比べると、速さで印象付ける楽曲は格段に減り、代わりにグルーヴとダウナーさで訴え掛ける楽曲が増えた印象がある。特にカオスが極まったのは“紫光”の一幕で、ぐるぐる回るギタータッピングと歌詞空間に翻弄されながら、まるで一生続くかのようなフワフワ感が支配する、これぞサイケデリックなライブが形成されていた。……繰り返すがこの日のライブは22曲で約2時間半。この前日に個人的に観たアジカンのライブが28曲で2時間ジャストだったことからも、如何にこの日の彼らは音源より長く、濃密に時間を使っていたのかが分かる。

近頃どうしてる? - YouTube

そして「我々はコロナが蔓延し始めた頃に始めた『幻魔大祭』というツアーを、気付けば3年ほど行っている。コロナが去った今、ライブハウスはこの状態(人数制限なしのソールドアウト)になっているが、一度ライブハウスから離れた人間はなかなか戻らない。貴様らは近頃どうしているのか、そんな気持ちについて書いた歌」と語って鳴らされたのは、先日突然リリースされた配信新曲“近頃どうしてる?”。ベースが先導するグルーヴ感溢れるサウンドの中、《娑婆は辛くないかな》《楽しくやれてるかな》と問いかけるこの楽曲。彼らは表立ってポジティブな発言をするバンドではないけれど、この楽曲では明確に現実の辛さにフォーカスを当てている。ではその憂鬱の行く先がどこなのかと言えば、彼らはそこを『ライブハウス』であると示している。要は「いろいろあるけどライブ行けば何とかなるんじゃない?」というワクワク感で霧散させようというのが彼らの目論見であり、大きな行動理念でもあるのだ。

思えば彼らのそうした『言いたいことはあるが直接的には言わない』という恥ずかしがりな性格は、この日演奏された多くの楽曲に表れていた。そもそも彼らの楽曲は何を示しているのかを意図的に不明瞭にしている節があるが、何故なら実際のところコロナ禍にリリースされた『幻魔大祭』における“IT'S a 魔DAY”は『いつまで』、“M.O.8”は『モヤモヤ』、“狂感できない”は『共感できない』など、コロナ禍における世間の動きも暗喩している。彼らがミステリアスなバンドとされているのは楽曲に含まれる内容をはっきり語らないからだろうけれど、それも八十八ヶ所巡礼の良さというもの。

M. O. 8 / 八十八ヶ所巡礼 - YouTube

そんな彼らのライブにおける最初のハイライトは“惡闇霧島”。人気曲ではあるもののなかなかセットリストに入らないこの曲が今回演奏された理由のひとつに、Shimizuのギター闊歩がある。……そう。ここからはこれまでステージ上でのみ展開されていたバカテクギターが、眼前で繰り広げる時間が到来したのだ。サビが終わるとフロアを左右にハケさせ、ゆっくりと前進するShimizu先生。演奏は1〜2弦のフレット下を弾くピロピロ状態で、そのまま上空を見ながらノールックで歩いてくる彼を観た我々はただネックが当たらないように避けるだけという、モーセの十戒のような形に。結果としてShimizuは『コ』の字の2画目と3画目を彷彿とさせる移動で楽しませ、逆向きにステージに帰還。個人的には偶然近くで演奏を観ることが出来たが、至近距離で観ても意味が分からない演奏に驚愕。ただ間違いなく彼の指から音が炸裂していることだけは分かり、思わず笑顔に。人は本当に意味が分からないものを目にすると笑うんだなと……。

かと思えば、MCになると予定調和なし、特に話す内容も決めていないためかグダグダになる廣井である。「我々はワンマンが好きだ。マーガレットさんがどれだけ話してもいいから」と語ってからは完全にタガが外れ、「正直に言えば夏フェスはあまり好きじゃない。こんな長いMCはRUSH BALL(大阪のフェス)ではできない」と語ったり、「貴様ら雑誌読んでますか?ロッキンオンとか。あれ金払って載ってんだぜ」とやりたい放題。……しかしながら元々口下手な廣井らしく、そのトークがファンの歓声でまた別方向に進んだり、会話が止まったら「どうした貴様ら!」と助けを求める感じが微笑ましい。

八十八ヶ所巡礼「仏滅トリシュナー」 - YouTube

「雑誌に載ったりとか、SNSがどうとかとか。今はいろいろやり方がある。でもそれよりも我々はライブがやりたい。それだけでいいんだ、別に。後のことなんて知らない。夏フェスに出たりロッキンオンに載らなくたって、貴様らはこうしてライブハウスに来てくれるんだ」と語った廣井、ここからはキラーチューンたる“仏滅トリシュナー”や”JOVE JOVE“といったアッパーな楽曲を連発。いつまでも続いてほしいと願いたくなるこのサイケ快楽は、やはりライブハウスのバンド全体を観ても唯一無二だと実感したのが、特にこの時間帯だったように思う。

ラスト前に鳴らされたのは数年前からワンマンライブでは定番となっている“具現化中”。「ロックンロールだからと言って、『マザーファッカー!』とか何とか言っちゃうなんてとんでもない。皆様のご両親はお元気でしょうか?」と廣井が語り、以降は変拍子&金属的な世界へと誘われるのみである。特にこの楽曲では廣井のベースが際立っていた印象で、言葉数の多い歌詞を歌いながらあれほどのベースを弾く、という高スキルにも改めて気付かされたりも。

“具現化中”と来れば、最後はお馴染みの“日本”。これまで幾度となくライブで披露されている楽曲だが、“日本”は八十八ヶ所巡礼のリリース全体を観てもかなり異質だ。また政治への怒りや日常のやるせなさ、果ては愛国心や経済的反映までもを圧倒的な言葉数で放つ“日本”は、この年の瀬に聴くとまた違った意味合いをも携えているのだから面白い。中盤に差し掛かると、なんと廣井は「マーガレットさんに触ったことがない人!貴様らに会いに行く!」とハンドマイクでフロアに降り、ファンサービスを決行。先程のShimizuの際にはギターを弾いていた関係上、ファンもなかなか近付けない雰囲気ではあったが、今回の廣井は本当に手を挙げるファン全員とハイタッチしていて、完全にファンが群がる構図に。ちなみに廣井はひとりひとりに「本当に触ったことない人?」と真偽を確かめつつフロアを闊歩していたのだが、中には一度触ったことがあるけれど挙手しているファンも何人かおり、そのたびに廣井は「嘘つくな貴様!」「……貴様は知り合いだろうが!」などと叫び倒すため音だけ聴いていても面白い。最終的には一番後ろの出入り口まで移動する長尺ぶりで、結果約10分近くをこの楽曲に費やして終了した八八である。

八十八ヶ所巡礼/金土日 - YouTube

アンコールは先に出てきたKenzooooooが、客席の坊主頭のファンを指折り数えるという独特のスタートから。「コロナ禍の際、ここでKenzooooooが断髪式をしまして。その時に新曲としてやった曲」と“神@熱(読み:かみのねつ)”、そしてこれを聴かねば帰れない“金土日”へと続いていく。なお“金土日”では各自のソロ演奏→コール&レスポンスが恒例となっていて、減量のため炭水化物を抜いているShimizuに「ミスター糖質制限!」、Kenzooooooには「ミスター食事制限!」と言いつつ自身はサービスエリアで蕎麦ばかり食べていたことから「ミスター蕎麦無制限」として演奏する廣井である。

本編では《やってる意味のないことが大切 僕なりに頑張ってる》のフレーズを、かなりの長時間かけてファンとやり取り。なおリズムそのままで、廣井がコールの部分をアドリブで変えていく仕組みなのだが、このやり取り、軽く10回以上はしていたように記録している。廣井は原曲を主にもじりつつ、要所要所でメンバーに対して「食事制限を頑張ってる」や「BIGCATも頑張ってる」とエールを送りつつ、「政治家は頑張ってない」→「キックバックを頑張ってる」とおちょくりも入れ、最終的には「お前らが一番頑張ってる!」とするのは流石。

そんないつまでも続きそうなカオスは、サプライズ披露された“仏狂”でもって締め括られた。「仏に狂うと書いて仏狂(ぶっきょう)」という前口上も、廣井の全員に入ったタトゥーも、バンド名も……。その様々な部分で影響される仏教が元になった楽曲である。我々もあまりよく分からないのが仏教だとすれば、この楽曲も奇々怪々。変拍子とファズベースが交錯するサイケで、ぐちゃぐちゃになるフロア。曲中に「繰り返すが、我々は来年の予定が何も決まっていない!ただ我々は魔族だから、これからもライブが出来るだろう。しかし貴様らは違う。来月会える、今年も会えるっていう確証はないんだ。楽しもうぜ!」と叫んだ廣井の姿は、とても美しかった。

JOVE JOVE / 八十八ヶ所巡礼 - YouTube

ライブハウスでライブを行うバンドには、フロアを大きく使うバンドとそうでないバンドの2種類が存在する。前者はモッシュ・ダイブが頻発する形を想像すると分かりやすいが、そう考えると八十八ヶ所巡礼は圧倒的に後者……。変な言い方をすれば、ライブハウスとファンとの距離感をあまり必要としないバンドのようにも思える。

しかしながらMCでも何度か触れている通り、結果として彼らにとってライブは『ファンとの関係性』によるところが大きかった。普段はほとんど行われないフロア闊歩が頻発したこともそう。彼らにとってライブは必要であり、また直接向き合って対応するコロナ後のライブは全てに勝るものだったのだろう。3年続けた幻魔大祭も終わりに向かい、次なるアクションが期待される八十八ヶ所巡礼。おそらくはまた変わらずアルバム→ツアーの流れを辿るのだろうが、その時を今から心待ちにしたい。

【八十八ヶ所巡礼@心斎橋BIGCAT セットリスト】
憂兵衛no幽鬱
IT'S a 魔DAY
赤い衝動 -R.I.P-
幻魔大祭
凍狂
狂感できない
泥春
紫光
近頃どうしてる?(新曲)
怒喜怒気
惡闇霧島
脳の王国
沙羅魔都
奈落サブウーファー
仏滅トリシュナー
M.O.8
JOVE JOVE
具現化中
日本

[アンコール]
神@熱
金土日
仏狂

【ライブレポート】ASIAN KUNG-FU GENERATION『Tour 2023 「サーフ ブンガク カマクラ」』@広島クラブクアトロ

現在に至るまで音楽シーンを牽引するロックバンド・ASIAN KUNG-FU GENERATION。彼らはこれまでの活動で様々なアルバムをリリースし、その全てで注目を集めてきたことについては、ここに記すまでもないだろう。しかしながら『今が最強』を具現化し続ける彼らにとって、活動が長くなるにつれて過去作の楽曲がセットリストから消えていくのも常。そのため『ファンクラブ』や『フィードバックファイル』などファンの中では屈指の名作アルバムと見なされつつも、なかなかライブで披露されないアルバムも今では多くなっているのが現状だ。

中でもファンの間で名盤として頻繁に語られていたのが、2008年にリリースされた『サーフ ブンガク カマクラ』。このアルバムは江ノ島電鉄の実際の駅名が曲名に冠された全10曲で構成されており、その楽曲の完成度もさることながら、当時のアジカンの焦燥感や初期衝動がほぼ一発撮りでコンパイルされている点においても、非常に稀有な作品として位置していた。

そんな『サーフ ブンガク カマクラ』は、何と今年になって完全盤として復活を遂げることとなる。当時は収録出来なかった15駅の江ノ島電鉄の残りの5駅を新曲で書き下ろし、前作にもあった10駅は再録。懐かしさも新鮮さも携えた新盤としえ発売されるに至ったのだ。そして今回のツアーはタイトル通り、期間にして約15年前にリリースされたこの作品を携えたもの。なお広島公演については元々終了している予定だったものの、後藤正文(Vo.G。以下ゴッチ)の喉の不調によって延期され、今回はその振替公演。もちろん長らくのお預けとなったアジカンのライブを待ち望むファンで、チケットはほぼソールドアウトとなった。

ライブはサブスクのみで聴くことの出来る特殊SE“湘南エレクトロ”をバックに開幕。荒々しいロックサウンドをよそに、袖から登場したゴッチ、喜多建介(G.Vo)、山田貴洋(B.Vo)、伊地知潔(Dr)の姿は全員揃ってサーフ ブンガク カマクラTシャツ……。あえて誤解を生みそうな表現で言うところのローソン店員の緑バージョンのような服装(アーティスト写真そのまま)で、この時点で今回のライブが『サーフ ブンガク カマクラ』を完全に軸にしたものであることを知る。

ASIAN KUNG-FU GENERATION 『藤沢ルーザー』 - YouTube

気になるオープナーは予想通り、アルバムでも1曲目に位置していた“藤沢ルーザー”。その瞬間に思い出がブワッと蘇り大盛り上がりのファンとは対照的に、メンバーは表立って特段動くこともなく余裕綽々。こうした構図がアジカンのライブであることはもう何度も観て記憶済みにしろ、今回に関しては明確に『ファンがアジカンとの思い出を噛み締めている』様と『アジカン側がファンを喜ばせようとしている』様が感じられる。演奏が終わるとゴッチは独り言を話すように「こんばんは、ASIAN KUNG-FU GENERATIONです。みんな自分らしく好きなように楽しんで」と一言。これは彼自身夏フェスでも単独でも必ず語る言葉なのだが、特に今回は嬉しく感じる。何故なら『好きなように聴いてきたアルバムが再現される場』でもあるのだから。

先述の通り、今回のライブははっきりと『サーフ ブンガク カマクラ』が軸に据えられていた。そのためアルバムに収録されていた15曲、プラス湘南と追浜の計17曲が披露されることは確定で、その他の部分に過去曲を入れる形だったのだが、何と過去曲に関しても『ソルファ』や『ワールド ワールド ワールド』、『崩壊アンプリファー』といった15年前のアルバムから多数投下!逆に比較的新しい楽曲に関しては一切プレイされないという、昨今のアジカン的にはあまりに異質、古参ファンにとっては大歓喜のリバイバルライブの様相を呈していたことは明記しておきたい。

ASIAN KUNG-FU GENERATION 『荒野を歩け』 - YouTube

以降もほぼチューニングも挟まず、“石上ヒルズ”や“鵠沼サーフ”といったかのアルバムの楽曲を演奏するアジカン。……そもそも広く見てもロックバンドのライブは様々な手法で盛り上げを昇華することが可能で、例えばファンとの掛け合いを主にするバンドだったり、音を歪ませたりと、悪く言えば『誤魔化そうとすれば出来る』ものだが、アジカンはこうはいかない。彼らのライブは基本的に楽曲のアレンジはなく、ただひたすら楽曲を音源通りにプレイするスタイルだからだ。しかしながら彼らはこれを思い出補正やキャリア、歳を重ねた安定さ、歌い方の妙……とにかくありとあらゆる無意識的な方法でもって、これをいちショウとして完璧なものにしていた。

ASIAN KUNG-FU GENERATION 『江ノ島エスカー』Music Video - YouTube

MCではまずゴッチがライブ延期について陳謝。「ちょっと俺の風邪で延期になってしまって。正直めちゃくちゃ気を付けてたんだよ。飲み会とかも行ってないし……。でもごめんね。本当は土曜日にやる予定だったんだけど、今日は平日になってしまって。それで行けなくなった人もいると思う。でも今日はその人たちのためにも、楽しんで帰ってください」。そう語る彼の表情は達観しきったように穏やかで、その穏やかな精神性が今回の余裕のあるライブにも繋がっていたように思う。

緩いMCが終わると、ここからは“荒野を歩け”と“ホームタウン”を挟みつつ『サーフ ブンガク カマクラ』曲を更に乱打。このアルバムは3分以内に楽曲が終わるシンプルな展開が多く、今回のライブもひとつの楽曲が終わるとまた次に行き……という流れでシームレス。結果2時間弱で28曲(!)もの楽曲を演奏したこの日のアジカンのエンジンのかかりっぷりは凄まじく、非常に濃密な時間に。

ASIAN KUNG-FU GENERATION 『サーフ ブンガク カマクラ (完全版)』クロスフェード - YouTube

中でも爆発的な盛り上がりを記録したのは“極楽寺ハートブレイク”や“長谷サンズ”、“稲村ヶ崎ジェーン”を筆頭としたロックアンセム。これらはライブ的な意味でも熱量アップの役割を果たすに留まらず、多種多様な雰囲気で駆け抜ける『サーフ ブンガク カマクラ』全体で見ても、興奮をギュッと引き締める重要部になった。また18年前の曲であることからゴッチの声が出づらい場面も多々あったのだけれど、それをファンの熱唱がカバーする光景も感動的。本当に全員がこのアルバムに魅了されていたのだと、改めて気付かされる一幕だった。

かと思えば、MCでは一気に脱力するのも彼ららしさ。この日のフロントアクトを務めたimaiの別グループ・group_inouと広島で共演したのが2009年、そのツアータイトルが『Tour 2009~酔杯リターンズ〜』であったことに触れたゴッチは、「リターンズって『あぶない刑事 リターンズ』から付けたんだよね」と回顧。すると話はどんどん脱線し、主人公役の舘ひろしの演技の話から、武田鉄矢の『刑事物語』の話から、完全に若者が付いていけない領域へ。しかしながらトークは終わる兆しも見せず、いつしかゴッチは「もう少し話していい?」とストーリーのネタバレも含めたあらすじまで話すように。もうここまで来るとゴッチの独壇場だったが、ふと我に返ったゴッチが「俺らのこと『ぼっち・ざ・ろっく!』で知ってくれた人には、何のことか分からんよね……」と方向修正。「俺らもオッサンになったなあ」と自虐に走る形で次の楽曲に続いていく。

ASIAN KUNG-FU GENERATION 『出町柳パラレルユニバース』× 360 Reality Audio - YouTube

以降は“日坂ダウンヒル”と“西方コーストストーリー”の新曲群、『サーフ ブンガク カマクラ』のタイトルの元となったWeezerの“Surf Wax America(サーフ ワックス アメリカ)”のカバー、新たなヒットナンバーとなった“柳小路パラレルユニバース”、を立て続けに披露。特に“柳小路パラレルユニバース”に関しては昨年あたりからライブでかけていたためか、鳴らされた瞬間に「何年も前からセトリ入ってる?」と感じるほどバッチリの盛り上がりで驚き。

ASIAN KUNG-FU GENERATION 『ループ&ループ』 - YouTube

このあたりになると『サーフ ブンガク カマクラ』曲はほぼやり尽くされた状態で、必然的にライブはクライマックス……つまりはこれまでライブで何度も披露されてきた鉄板ナンバーの時間に。なおこの部分では毎公演ごとに異なる楽曲が組まれていたのだが、今回の広島では『ソルファ』から“ループ&ループ”、『君繋ファイブエム』から”アンダースタンド”という古参ファン大歓喜の代物に。個人的には人生で初めて買ったCDが『ソルファ』でバンドでは“ループ&ループ”をカバーしていたり、カラオケで“アンダースタンド”をよく歌っていたり……と思い入れが深かったこともあり、ようやく聴けて感無量。同じようにこれらの楽曲に思い入れのあるファンは多いようで、全員が腕を突き上げる熱狂空間に変貌。直近でもこの2曲が披露されたことはほぼないので、この日の広島勢は非常に幸運だったのでは。

ASIAN KUNG-FU GENERATION 『ボーイズ&ガールズ』 - YouTube

最後に披露されたのはミドルナンバーの“ボーイズ&ガールズ”。思えばこの楽曲が収録されたアルバムのインタビュー時、ゴッチが「“ボーイズ&ガールズ”を書けただけでも意味がある」というようなことを話していたのが印象深いが、この楽曲で歌われているのは『日々の憂鬱をポジティブに昇華させる思考変換』で、他人への嫉妬や孤独感を《まだ 始まったばかり》と背中を押してくれる。『サーフ ブンガク カマクラ』をメインテーマとしたライブにおいて、関連性の少ないこの楽曲で締め括った彼らの姿勢には、明確な思いすら感じた次第だ。

後のMCでの「人と合わせなくても大丈夫。俺も後ろで腕組んで見てるような人間だからさ」と語るゴッチのMCもにも顕著だが、フロントマンである彼は元来ネガティブ寄りというか、例えるとすればクラスの隅で本をずっと読んでいるタイプの人間だ。そんな物事を多面的に見ることが増えた彼は結果として『サーフ ブンガク カマクラ』以降、ネガティブの中にあるポジティブさに焦点を当てることが増え、特に心情に迫った楽曲を「いい曲が出来た」とメディアで語るようになった(“ソラニン”や“今を生きて”など)。今回“ボーイズ&ガールズ”をラストに据えたのも、それぞれの見方でこのライブを記録してほしいというゴッチの感覚を落とし込んだためなのでは……と考えるのは、野暮だろうか。

ASIAN KUNG-FU GENERATION 『君の街まで』 - YouTube

これにて本編は終了し、アンコールへ突入。開演前からアナウンスがあったように、ここからはMC・演奏・ステージの様子については全て撮影可(動画撮影はNG)であり、大勢のスマホが掲げられる中での珍しい光景が広がっていく。そんな中で再び姿を現したメンバーはまだ余裕たっぷりで、ゴッチは先日発売されたばかりの朝日新聞の連載コラム集『朝からロック』を、実物と共に販促。ちなみに「見てこれ。俺のグラビア載ってるんだよロックバンドなのに」「朝日新聞さんから『後藤さんって有名なバンドの方ですよね?』って大量に刷られた結果、まだ家に大量に在庫がある。このままじゃ年の瀬を段ボールの本と一緒に迎えることになる」などここ一番で話しまくるゴッチのトークのお陰か、公演終了後はサイン本が飛ぶように売れたとか……。

ASIAN KUNG-FU GENERATION 『遥か彼方』 - YouTube

本編は『サーフ ブンガク カマクラ』を徹底的にプレイするスタイルだったが、アンコールはまさかの初期曲たたみかけ!まずは『ソルファ』からレア曲たる“君の街まで”が鳴らされ20年前の記憶を呼び覚ますと、続いては彼らが大学生の頃に発売した『崩壊アンプリファー』から“遥か彼方”と“羅針盤”を凄まじい興奮と共にドロップ。もちろん会場はこの日一番の大合唱で、特に30代前半あたりのファンが大喜びしていた印象がある。「あの頃はヘビースモーカーだったし、歌い方も叫ぶような感じだからいつも喉を潰してた」とはゴッチの弁だが、あれから何年も経った今、ゴッチが思うように歌えない部分をファンがサポートし、更に大きな興奮に繋げていく様は本当に感動的だった。

ASIAN KUNG-FU GENERATION 『転がる岩、君に朝が降る』 - YouTube

そして昨年大ヒットを記録したアニメ『ぼっち・ざ・ろっく!』で最後にサプライズでカバーされ(※原作の作者がアジカンの大ファンで、各話にアジカンの曲タイトルも暗喩されている)、十数年ぶりに再評価された名曲“転がる岩、君に朝が降る”をドロップすると、ラストは唯一『サーフ ブンガク カマクラ』で演奏されていなかった“鎌倉グッドバイ”。ステージ中央にピンスポが当たりその周囲が暗闇に染まる中、ゴッチはギターを爪弾きつつ、憂鬱を雨、孤独を風に言い換えて心の奥底を言葉にしたためていく。それを最終的には《こんな日々が続くような日和 通り雨が降り出しても/それでも君が笑うように 笑うように》と前向きに言い換えていくのもまた、ゴッチなりのポジティブさなのだろうと思う。

この日集まった我々の多くが中学生〜高校生だった頃、隠れた名盤としてファンに記録された『サーフ ブンガク カマクラ』。このアルバムをコンセプトにして行われた今回のツアーは、古き良き思い出に浸らせ、またあれから大きく変わった自分を間接的に対比させるような時間だった。……友人の家でラジカセで聴いた。「歩きながらこのアルバムを最初から再生して、“長谷サンズ”までを聴いたら時間ピッタリ!」と自分なりの時間設定で通学した。このアルバムで江ノ島電鉄に興味を持った、など僕自身にとっても思い出深いアルバムだったけれど、周囲のファンを見ても、同じく様々な経験を共有していることが分かったライブでもあった。

言うまでもなく、彼らが過去のアルバムをリバイバルしたライブを行うのは極めてレアだった。しかしながら「来年はまたここで。ツアーで会いましょう」とゴッチがポロリと零したことからも、何かのアクションが成されることは確定している。それが完全新作なのか、それとも過去の別の思い出を呼び覚ますものなのかは不明なれど、今から感動的なその日を心待ちにしようと思う。何度もアジカンを観てきた中でも、思い出補正も相まって最も心動かされたライブだった。

【ASIAN KUNG-FU GENERATION@広島 セットリスト】
湘南エレクトロ(SE)
藤沢ルーザー
石上ヒルズ
鵠沼サーフ
荒野を歩け
江ノ島エスカー
ホームタウン
七里ヶ浜スカイウォーク
追浜フィーリンダウン
腰越クライベイビー
極楽寺ハートブレイク
長谷サンズ
桜草
日坂ダウンヒル
西方コーストストーリー
Surf Wax America(Weezerカバー)
柳小路パラレルユニバース
稲村ヶ崎ジェーン
ループ&ループ
アンダースタンド
由比ヶ浜カイト
和田塚ワンダーズ
ボーイズ&ガールズ

[アンコール]
君の街まで
遥か彼方
羅針盤
転がる岩、君に朝が降る
鎌倉グッドバイ

【ライブレポート】ヤバイTシャツ屋さん・古墳シスターズ『“BEST of the Tank-top” 47都道府県TOUR 2023-2024』@松江Canova

『ヤバイTシャツ屋さんが全国ツアーを行う』という情報だけを見たとき、ファンは毎回嬉しさを覚える。何故ならヤバTはライブを主軸とした活動を当初から宿命づけていて、我々にとってもそれが当たり前にもなっていたからだ。しかしながら今回ベスト盤のリリースにあたって彼らが敢行したのは、何と47都道府県ツアー!しかも冬フェスや楽曲制作、各種イベントにも全て参加した上でのこのスケジュール!一体なぜヤバTは、ここまでの人気を獲得した今に47都道府県を回る決断をしたのだろうか。

……詳細は後述するが、その理由が明確に示されたのが当日のライブ。この日はゲストアクトに香川県からパンクロックの刺客・古墳シスターズを招き、ツーマンで行われるものに。現在、この47都道府県ライブの前半戦はひとつの抜けもなくソールドアウト。もちろんこの日もド平日にも関わらずチケットは即完となった公演であり、島根県を含めた大勢の遠征民も参加する大熱狂の代物と化した。

 

開幕を飾るのは古墳シスターズ。既にパンパンで身動き取れず、背後の扉を閉めるのにも苦戦するレベルの客入りになった会場である。定刻になると地元香川県のバンドによるお馴染みのSEが鳴り響き、松山航(Vo)、松本陸弥(G.Cho)、小幡隆志(B.Cho)、ラース(Dr)の4名がテンション高く登場。盛り上がりを見せるフロアを笑顔で眺めつつ、チューニングを始める松山の姿が愛おしい。

【PV】古墳シスターズ「焼き芋フローズン」 - YouTube

オープナーは早くもキラーチューンの“焼き芋フローズン”から。松山はギターを爪弾きながら《焼き芋焼いたろう焼き芋焼いたろう/あなたの写真で 焼いたお芋さん》のフレーズをソロで叙情的に歌いつつ、「ここでひとつ残念なお知らせがあります。明日の米子に行く方々、明日の1曲目もこれです」とまずひと笑い。そこからはパンクロックのスタンダード的な爆裂サウンドで畳み掛け、一気に熱量を高めていく。我々と言えば誰もが体を揺らすに留まらず、この時点でダイバーが出現する盛り上がりだ。その予想外の光景からすかさず演奏を中断した松山は「違う違う!そういう曲じゃないのよ!……うわ、めっちゃ目キマってんじゃん!」と客イジりも挟み、更なる爆発へと繋げていく。

「実はヤバTと僕らって、同期なんですよ。それでいろいろ話すことを考えてきたんですけど、最近どデカいサプライズがあったじゃないですか。なので今日はその話題で行こうと思います。ありぼぼちゃん結婚おめでとう!」と語りつつ、以降は先日お笑い芸人のどんぐりたけしとの結婚を発表したしばたありぼぼを祝福する形で“HappyWedding”、ファストチューンの“ベイビーベイビーベイビー”と続けてドロップ。中でも“HappyWedding”は『ギターの松本も実はありぼぼちゃんのことが好きだった』とのトークを織り交ぜて進行したことで、爆発力も抜群。歌と笑いがライブにおいて親和性が高いことは常だが、流石は10年選手。どんなトークから楽曲に移行するのかがベストなのか、肌感覚で理解している感覚が強い。

【PV】古墳シスターズ「ベイビーベイビーベイビー」 - YouTube

「僕らの楽曲は基本的に『Aメロ→Bメロ→サビ』です。サビ来そうだなと思ったら絶対にサビが来ます!」との松山の弁の通り、彼らの鳴らすロックはシンプルなパンク。それは“ベイビーベイビーベイビー”や“スチューデント”といった楽曲に顕著であり、シンプルな歌詞然りメロ然り、明確に在りし日のパンクロック……。具体的にはガガガSPやセックスマシーン!!らをリスペクトしているのだろうと推察する。とすれば差別化を図るのはその楽曲性が最重要項目なのだが、彼らは楽曲に加えてライブの経験則を反映することにより、古墳シスターズならではの魅力を強固にしていたのは特筆しておきたい。

【PV】古墳シスターズ「世界中で迷子になって」 - YouTube

「僕らは結成10年目を迎えて。最近もメンバーと『これからどうしようか?』みたいな話をしたこともありました。でも10年やってれば、ヤバTと対バン出来るんです。……僕らのライブ良かったでしょ?僕らはテレビにも出てないし、映画やドラマの主題歌もやってない。でも格好良いバンドはライブハウスに僕ら以外にもたくさんいるんです!」と松山が叫び、最後の楽曲は“世界中で迷子になって”。ラストソングをミドルテンポの楽曲で閉めるのは少しばかり予想外だったけれど、これも腕を振るファンとの連帯感を高まる意味合いにおいて最適解だったようにも思う。事実、全てのライブの終了後には物販列に大勢の共感者が列を作っていた。それはヤバTファンの密度が圧倒的に多かった今回のライブの中で、確かに彼らのライブが伝わった結果だったのではなかろうか。

【古墳シスターズ@松江Canova セットリスト】
焼き芋フローズン
台風の目
学生叙情詩
HappyWedding
ベイビーベイビーベイビー
ムーンライト
スチューデント
世界中で迷子になって

 

熱狂のライブから一旦ブレイクすると、続いてはお待ちかね、ヤバTの出番である。ドリンク交換の関係で隙間が出来た前方、そこにグワッと押し進むファンの波が彼らの人気を表していたし、周囲のトークを聞いていても訛りから関西や広島といった遠征勢も一定数いることが分かり、日本全国でヤバTが好かれていることを再認識。一方でセッティングが進むステージにはギターとベースとドラムのみで、エフェクターすらほぼ置かれていない殺風景ぶりは非常にミニマル。これまでもフェスやホールライブで彼らのライブを観てきたが、ここまで物が少ないのもバンドとしては珍しいなと、この近い距離だと更に感じる。

爽のCMでも知られるボン・ジョヴィの“Livin' on a Prayer”、ハム太郎の“ハム太郎とっとこうた”といったカオスすぎるチョイスのBGMが流れる中、ライブ時刻になると会場が暗転。いつもの教育系テレビ番組『ネッキーとあそぼう わんぱく☆パラダイス』の主題歌である“はじまるよ”が流れると、こやまたくや(Vo.G)、しばたありぼぼ(Vo.B)、もりもりもと(Dr.Cho)の3名前が袖から登場。もりもとに至っては早くも前方まで進み出てファンを「もっとこっち来て!」と言わんばかりにジェスチャーで誘導していて、それを見て更におしくらまんじゅう状態になる我々である。

ヤバイTシャツ屋さん - 「ちらばれ!サマーピーポー」Music Video - YouTube

1曲目に選ばれたのは“ちらばれ!サマーピーポー”。こやまが曲名を叫んだ時点でダイバーが出る異常な盛り上がりから「これはヤバいな」と感じてはいたが、この瞬間のフロアは言わばピラニアにエサ状態で、こやまが煽ればレスポンスが返り、しばたは頭をガンガン叩いて直接的に手拍子を要求したりと、早くもホーム的。更には「1曲目だけどサークル作れますかー!?」とのこやまの提案により、早くもファンで形作った巨大な円が中央に出現。僕は一番後方で観ていたのだけれど、この位置でも既に熱気で汗だく。……季節を考えれば今は冬だが、熱気具合といい歌詞といい、この時間帯は完全に炎天下の夏と化していた。

「今回のセトリは酔っ払って組んだので……。普段やらない曲もめちゃくちゃ入れたレアなやつになってます」とはこやまの弁だが、その通りこの日のライブはこれまでほとんど演奏されなかった……もしくはこの先も演奏する機会のほぼないであろう楽曲を広く詰め込んだファン垂涎のものに。この翌日の米子のライブではまた全く違ったものになっていたことからも、本当に手持ちの多さに驚かされるばかりだ。またとにかく曲をやりまくるヤバTらしく、対バンとしては異例の20曲以上(!)を演奏するテンションで満足度もバッチリ。またいろいろと話題になっていたしばたの結婚についてはこの日は一瞬たりとも触れられず、祝福ムード度外視、かつ楽曲のみで密度を作り出していた点も、彼らなりのライブハウスへの愛を感じられた一夜だったように思う。

【LIVE】ヤバイTシャツ屋さん - 「喜志駅周辺なんもない」 - YouTube

以降は“喜志駅周辺なんもない”、“無線LANばり便利”といった初期曲の連発地帯へ。これまで何度もフェスやツアーで披露されてきた楽曲だけに盛り上がりも圧倒的で、コール&レスポンスで掛け合いをしたり大合唱したりと、およそコロナ禍ではあり得なかったアクションを全員で行っていることにジーンときたり。以前彼らのライブをホールで観たことがあったが、その時はまだ全員がマスク着用で、体をぶつけ合ったりすることも出来ない状況下だった。それが今は完全に元通りで、グッチャグチャでサウナのような、この環境を多くのファンが待ち望んでいたのだなと再認識。

汗が首筋からどんどん落ちてくるライブで盛り上がったかと思えば、MCでは一気にスイッチがオフになるのもヤバTあるある。まずは来年に閉店する松江駅のシンボル・一畑百貨店の話を始めたこやまは、閉店を惜しむ声が書かれたメッセージボードに感動した話で島根への思いを語る。しかしながら「グルグル回ってるお菓子売り場が好きでした」とのメッセージに矢印が伸び、多くの人が「私もそう思います」→「私もそう思います」といった言葉が続いていた流れを聞けば会場は大爆笑。最終的には「あのお菓子売り場だけでも一畑百貨店から他のところに移動すべきやと思う」とこやまが持論を展開してフィニッシュ。

Nihon No Syuto Sokowa Tokyo - YouTube

そしてここからは「久々にやるからコードとか全然覚えてない」としばたが語った“日本の首都、そこは東京”、こやまの悲しい実体験を歌に落とし込んだ“俺の友達が俺の友達と俺抜きで遊ぶ”、ゲームアプリでガチャに奮闘する“リセットマラソン”など、宣言通りレア曲を大放出。ただほとんどの人が初見ということは新たな楽しさを発見する重要部でもあり、実際“日本の首都、そこは東京”では半カラオケ状態でメンバーが楽器も持たず歌ったり、“リセットマラソン”ではヘドバンの海が形成されたりと驚きを生む場面も多々。

ヤバイTシャツ屋さん - 「NO MONEY DANCE」Music Video - YouTube

今年の漢字が『税』に決まった抜群のタイミングでの“NO MONEY DANCE”、こやまが「島根に来るのは10-FEETの対バンで誘ってもらった以来なんですよ。なのでいきなりですけど10-FEETの曲やってもいいですか?」と語って雪崩れ込んだサプライズカバー“JUST A FALSE! JUST A HOLE!”と続き、熱狂は最高潮へ。これは誇張でも何でもなく本当に全員が汗まみれ、ステージは白い靄がかかってボヤけて見えるレベルの熱気であり、しばたも「マジで暑い……。みんなホンマに水飲みや?」と注意を促すほど。これまで何度もこのライブハウスに赴いたことはあれど、ここまでの暑さは初体験だ。

こやまは爆発の時が終わると、絶叫するようにファンに語り掛ける。「ライブハウスはコロナがあって声出せへん、体動かせへんって時期が長かった。その間に離れていった人もおるやろうし、そもそもライブハウスに行ったことがないって人もおる。でも今日このライブハウスは、こんなに物凄いことになっとる。俺らが全国を回ってる理由は、今のライブハウスを伝えるためです」……。つまるところこの発言こそが、彼らが今回47都道府県を回るツアーを敢行した全てであった。思えば彼らはインディーズ時代からライブを通じて人気を獲得したバンドであり、各公演がソールドアウトするのもまた、集客が集客を生む循環によるところが大きい。今日び音源重視のアーティストも増えている中において、ライブの興奮を信じて疑わない姿勢は、確かに我々に伝播した。

ヤバイTシャツ屋さん - 「ハッピーウェディング前ソング」Music Video - YouTube

最後に演奏されたのは“ハッピーウェディング前ソング”。「ラスト1曲!悔い残すなよー!」とこやまが叫び投下されたこの楽曲は、もちろんバッチバチの盛り上がり。しばたの結婚によって別の意味合いすら生まれたこのヒットソングを、ファン全員が「キッス!キッス!」「入籍!入籍!」と叫びまくる様は本当に圧巻だったし、心なしかダイバーもこれまで以上に多かった気も。ふと後ろを観れば小さな子どもがパパに抱えられながら楽しんでいるのも見える。いろいろなことがある毎日だけど、間違いなくこの場にいる全員が今日のために頑張ってきたのだなと実感すると共に、これほどのファンを心躍らせるヤバTの有り難さにも触れることが出来た。

ヤバイTシャツ屋さん - 「KOKYAKU満足度1位」 Music Video - YouTube

ライブ終了後、「ヤバイ!Tシャツ屋さん!」のお馴染みのコール&手拍子手拍子に招かれて再び登場したヤバT。「さっきもMCで言った通り、僕たちはライブハウスの今を伝えるために全国を回ってます。えーっと、一番後ろの方から1.2.3……そこまでのみんなだけ、次の曲の動画撮影をOKとします!30秒以内ならSNSに投稿してもらっても大丈夫。そして他の人たちはライブの楽しさを見せ付けてください!」とこやまによる撮影容認からの、始まった1曲目は“KOKYAKU満足度1位”。……アンコールの手拍子によって一旦は興奮が静まったかと思われたフロア。しかしながら後方はスマホを向けつつ、前方はダイブ&モッシュ状態という両極端な環境で再度放たれた爆弾に、踊り狂うしかない我々である。

ヤバイTシャツ屋さん - 「げんきもりもり!モーリーファンタジー」Music Video #森森森森森森森森森森森森森森森森 - YouTube

《森本って名字の人の大体は 森森ってあだ名になりやすい》との偏見から《その場合 木が6つやし 環境に良い》の謎理論に繋げていく“げんきもりもり! モーリーファンタジー”を終え、気付けば体はまた汗だくに。一番後ろでこれなのだから前方は更にカオスな状況になっていたはずだが、ここでこやまが「島根に来たのは6年ぶりだった。でも次来れるのは6年後かも10年後かも、もしかするともう観れへんかもしれん。未来のことはわからん!だから全力で楽しめー!」と焚き付け焚き付け。

ヤバイTシャツ屋さん - 「あつまれ!パーティーピーポー」Music Video[メジャー版] - YouTube

……ここまで来てまだ披露されていないキラーチューンと言えば、もちろん“あつまれ! パーティーピーポー”以外にない。言うまでもなく「しゃっ!しゃっ!」「エビバーディ!」の掛け声が異常なデカさで響く中、『もうこれで完全に最後』という思考も相まって全員が頭空っぽで踊りまくる環境と化し、ここまで来ると汗をどれだけ拭っても顔の縁から垂れてくる状況に。おそらくこの時間帯は全員が『楽しい』以外の感情オンリー、明日の仕事や学校も無視の熱量で盛り上がっていたように思う。これこそが我々とヤバTが求めていた、ロックバンドのライブだった。

汗のジメジメも、酸素が薄い環境も、声を出しすぎて枯れた喉も……。この日起こった全ては、在りし日のライブハウスそのものだった。正直なところ、長すぎたコロナ禍は多くの人のライブ離れを引き起こした。けれどもこれまで彼らが発声制限ライブや感染防止のホールツアーを続けてきたその果てにあったのは、ある意味では4年前と同じ。つまりは我々が渇望したライブハウスの光景だった……という点で、非常に意味のある一夜だったように思う。

そしてヤバTがライブハウスを元に戻そうとしたように、この日のライブを即日ソールドアウトで心待ちにしていた我々ファンも、何らかの音楽的な一助になっているはずである。一般的にもヤバTは今やロックの印象部だが、現場の声として目撃したとき、その世間のイメージは他方からのアクションによるものなのだと、この日改めて感じた次第。本当に最高のライブでした。

【ヤバイTシャツ屋さん@松江Canova セットリスト】
ちらばれ! サマーピーポー
喜志駅周辺なんもない
無線LANばり便利
BEST
かわE
日本の首都、そこは東京
俺の友達が俺の友達と俺抜きで遊ぶ
リセットマラソン
DANCE ON TANSU
NO MONEY DANCE
JUST A FALSE! JUST A HOLE!(10-FEETカバー)
Tank-top Festival 2019
dabscription
Blooming the Tank-top
Tank-top of the world
癒着☆NIGHT
ヤバみ
ハッピーウェディング前ソング

[アンコール]
KOKYAKU満足度1位
げんきもりもり! モーリーファンタジー
あつまれ! パーティーピーポー

【ライブレポート】銀杏BOYZ・柴田聡子『世界ツアー弾き語り23-24 ボーイ・ミーツ・ガール』@出雲APOLLO

様々なライブに参加してきた自負はあったが、ここまでの熱量を持ったアコースティックライブは観たことがない。……そもそも『銀杏BOYZが全国ツアーを開催する』という時点で相当に久々なのだけれど、なんと今回は長い期間を掛けて全国47都道府県を回るというアコースティックライブ。この日参加したのは地元・島根県の公演で、チケットは一般発売の瞬間に秒でソールドアウト。地方公演自体が珍し過ぎる銀杏、既に会場の外まで異様な熱気が立ち込めるライブハウスである。

会場に入ると、そこは本来のライブハウスとは一風変わった作りに目を奪われる。客席は前方2列のみに椅子が設置されており、整理番号の早かった幸運な20名程度が着席型で楽しめる形(それ以外のファンは全員スタンディング)。またステージに置かれているのは譜面台とアンプ、スタンドマイク程度で、ライブにありがちな背後の垂れ幕なども一切なし。全体としては非常に簡素で、まさしくアコースティックライブという印象。

 

定刻になると、まずはゲストアクトとして柴田聡子のライブがスタート。袖からギターを携えてフラっと登場した柴田は赤を貴重とした普段着であり、肩肘張らないフラットさで、元々4分の1程度まで減っていたステージドリンクのお茶を一口。ちなみに足元のエフェクターも皆無で、純粋にギターをアンプに直で繋いだ裸一貫のスタイルである。

柴田聡子 - ぼくめつ (Official Music Video) - YouTube

「こんばんは、柴田聡子です。“ぼくめつ”という曲をやります」との一言から、オープナーは“ぼくめつ”。柴田は基本的にはギターをつま弾きながら歌唱するスタイルで、この楽曲ではコード進行をほぼ使わず、ポロポロとした耳馴染みの良い音の広がりが楽しい。また歌詞の数々も難しい表現は一切用いず、それでいて複数の解釈の出来る仕組みになっていることにも驚いた。例えば《具合がすごくすごく悪い》とする歌詞ひとつ取っても、それがメンタルなのか肉体的なのかは明確化されていない。MVではその答えとして『コロナ禍で強行されるオリンピック』として描かれていた訳だが、ライブにおいては「あなたにとってはどう?」という問いを投げかけられている感覚もあり、我々自身が補完してはじめて完結する“ぼくめつ”は弾き語りとしてピッタリだなと。

柴田聡子 - 後悔 (Official Music Video) - YouTube

先述の通り、この日のライブはアコギをアンプに直で繋いだ小細工なしの一発勝負。ゆえに演奏は徹底してシンプルである。そんな中で“いきすぎた友達”ではグルグル回るサビのフレーズが中毒性を伴って聴こえたり、“後悔”ではストロークを調節しながら音の聴こえ方をコントロールする場面も見られ、総じてシンガーソングライターとしての力量を様々な部分で感じた次第だ。……かと思えばMCでは「センキュー!」と語る程度で、“旅行”前には「みなさん旅行とか行きますか?」の問いで静まり返る客席を観て苦笑いするなど、一気にシャイになるのはギャップも相まって最高。

中盤からは出雲観光のMCを挟みつつ“後悔”、“涙”といったポップナンバーを投下。この頃になると直立不動で聴き入っていた観客も体を無意識に揺らすようになり、ライブとして環境的にも抜群のものに。そこからのアップテンポな“24秒”、“ワンコロメーター”はそのキャッチーさからも素晴らしい求心力で、多くの観客の心に爪痕を残したことだろう。

柴田聡子 - ワンコロメーター (Official Music Video) - YouTube

最後の楽曲は“芝の青さ”。昔からの言葉に『隣の芝生は青く見える』というものがあるけれど、この楽曲では逆に他者と比較して見えてくる、自分自身のネガティブなリアルについて歌われている。そのメッセージ性もさることながら、前曲“ワンコロメーター”とはまた異なったテイストの楽曲でラストを飾ることについても、彼女自身の挑戦の気持ちと強気な姿勢を感じた。銀杏BOYZの峯田はかつて彼女を「僕が一番好きな女性アーティスト」と紹介していたことがあったが、なるほど。この場はライブハウスだったが、まるで草木生い茂る公園で聴いているような爽やかささえ錯覚する、極上のひとときだった。

【柴田聡子@出雲APOLLO セットリスト】
ぼくめつ
いきすぎた友達
旅行
後悔

24秒
ワンコロメーター
芝の青さ

 

柴田聡子の最高過ぎるライブが終わると、直ぐ様ざわつき出す場内。それもそのはず、次は待ちに待った銀杏BOYZ……もとい峯田和伸を目撃することが出来るのだから。冒頭で『銀杏BOYZが全国ツアーを開催することはレア』と綴ったが、そもそも峯田を観たことのある人はコアなファンはともかく、一般的にはかなり少ないことと推察する。それは近年の峯田が連続テレビ小説『ひよっこ』を始めとした俳優業の活躍による部分もあるが、アルバムのリリース期間が通常ではあり得ないスパンの長さになったり、久々にライブをしたとしても、その倍率の高さから落選した人も存在するからだ。

しかもいわゆる『地方都市』と呼ばれる過疎の地域で暮らしている人に関しては、更に銀杏BOYZのライブは縁遠いものに。実際、周囲の人からは「俺銀杏BOYZのライブ観るの12年ぶりだよ」「ゴイステ(峯田が以前組んでいたバンド・GOING STEADY)めっちゃ聴いてた」なんて声も聴こえてくる。集まった全員がそれぞれの思いでこの場に集まっているのだと分かり、グッと来たり。

定刻になり、これまで流れていたBGMが突如として、ひとりの一般男性が恋について話す独り言が流れ始める。初恋のドキドキを様々な出来事に置き換え、次第にそのトークが「こんなことって、トナカイやゾウアザラシにもあるんだろうか」と締め括られた瞬間、ステージ袖から峯田和伸その人が登場。フロアの様々な場所から「峯田ぁー!」の声が飛ぶ中、峯田はギターをチューニングしながらも口の中が粘つくのか、頻りに口を開きつつステージに痰を履いたり、口内を触って最前列のファンに歯垢をプレゼントしたりと早くもやりたい放題。

ちなみにステージ衣装は黒キャップを被り、緑色のシャツを素肌の上に羽織り、下は使い古したジーパン。無精髭は生えているし、耳元まで髪で覆われている……という、変な言い方をすればお金のない浮浪者のような格好で、どう見ても彼は伝説的バンドのフロントマンにも朝ドラ俳優にも見えない。ただその目だけは肉食獣みたいにギラギラと輝いていて、何だかそれだけで「峯田だなぁ」と思ってしまう。

新訳 銀河鉄道の夜 - YouTube

そして静寂に変化した空気から、ギターを構えた峯田がゆっくりと歌い始める。それはかの有名な“銀河鉄道の夜”……もとい、新たなアレンジで歌われる“新訳 銀河鉄道の夜”だった。峯田が《天》と歌い始めた瞬間、集まったファン全員の脳裏にあの頃の思い出がよみがえる。サビが終わりギターのみの音に戻ったとき、涙を堪えて鼻をすすり上げる音がそこかしこで上がっていたのが印象的だった。ふと周りを見渡せば強面のおっちゃんも、営業の出来そうなあんちゃんも、彼氏と来ている女の子もみんな泣いていて、「銀杏BOYZの音楽は僕らの青春の象徴だったのだなあ」と、改めて感じられた。

この日のライブは、これまでの銀杏BOYZのベストセットをアコースティックに変更したようなセットリスト。具体的には今から約18年前にリリースされ、そのたった2枚のアルバムで伝説的バンドへとのし上がった『君と僕の第三次世界大戦的恋愛革命』と『DOOR』から大半が選曲され、中盤以降はそこから9年の時を経て(この頃には峯田以外のメンバーが全員脱退していた)リリースされた『光のなかに立っていてね』と『ねえみんな大好きだよ』の楽曲を多くドロップ。結果として集まった全員の琴線に触れる、青春回顧のような夜となった。

Wakamono Tachi - YouTube

「銀杏BOYZです。踊ってもいいし、座ってもいいし。歌える人は歌ってください。好きなように楽しんでください」。峯田は“新訳 銀河鉄道の夜”を歌い終えると、山形弁の主張が強いあの独特の語り口ではじめてファンに語り掛ける。次なる楽曲“NO FUTURE NO CRY”では早くもそのMCに触発されたのか、涙を流すばかりだったファンもサビを大熱唱。そしてぐっちゃぐちゃのライブアンセム“若者たち”では、前で着席して楽しんでいたファンも次々立ち上がり、拳を上げたり歌ったりと最高の環境に。演奏形態こそアコースティックだが、その熱量はかつてライブハウスで見たそれと同等の盛り上がりだ。

銀杏BOYZ - 援助交際 (Music Video) - YouTube

Yume De Aetara - YouTube

 

「ライブハウスの前に、ドームみてえのがあったんだ。あれ絶対UFOだよね。地球が滅亡する日が来たとして、出雲の人はみーんなあれに乗り込んでさ。どんどん上にのぼってって、だんだん島根が見えて東京が見えて中国が見えてよ。そんで真下に見える日本列島を見ながら『バイバイ地球!』っつって、周り見たら気付けばUFOには死んでった爺ちゃんや友達とか、全員乗っててよ。『♪夢で逢えたらいいな〜』って。次はそんな曲をやります」。峯田がそんなSFチックな思いを語りながら始まった“夢で逢えたら”は、早くも今回のライブのハイライトだった。宇宙や塩素ナトリウムや、意味がありそうでない風景を思い浮かべながら、最後には『君』との幸福を希求するこの楽曲。思えば銀杏BOYZはこうしたこじれた恋愛観をずっと歌い続けていたし、それは彼らの音楽が青春時代に突き刺さった我々にとって、何よりも強い熱弁でもあった。峯田はあれから十数年、ずっと同じことを考えている……。その事実にも触れ、全てが号泣必至な現状に繋がっていく。

銀杏BOYZ - 骨 (Music Video) - YouTube

サビのラストを《マッチングアプリ》に変えて歌われた“援助交際”を経て、峯田は「今日は古い曲も新しい曲もやります」と宣言。そこからの流れは“アーメン・ザーメン・メリーチェイン”、“エンジェルベイビー”、“骨”、”恋は永遠”といった比較的新しい楽曲を投下。驚くべきはその楽曲すべてが完全に受け入れられていた点で、峯田もファンに委ねるように歌唱を促す場面も多々。もちろん曲調としては『君と僕の〜』のアルバムから何年も経っているので明確に変化しているのだが、それでも。あの時代に銀杏BOYZを愛したファンが、長らく彼らを追い続けていることにグッときたりも。

「別にコロナのせいにするのも良くないんだけども、長いこと自由に出来なかったじゃないですか。僕もそうで、ある程度落ち着いたらバンドでもひとりでもいいから全国回ろうって決めてたんですよ。で、今日は出雲……神様が集まる場所とか何とか知んねえけど、どんな田舎にもライブハウスはあって。おんなじことの繰り返しみたいな毎日過ごすけど、その中で何日かだけは『楽しかったなー』っつって思える日があれば良いんじゃねえかと思うんですよね。で、俺はそれがライブハウスだと思ってるんですよ。ここにいるみんなもそうでしょ?」

その言葉に対してウンウンと頷くファンたちを見ていると、やはりライブハウスが特別なものなのだと実感する。そしてこの日は『全国を回りやすい』という理由でアコースティックな形態だったけれども、熱量は完全にあの日の銀杏BOYZそのもの。峯田は先程の柴田とは対極に位置する歌唱法だし、もしこれが路上ライブとして行われていれば成り立つかは分からない。ただライブハウスであるからこそこの熱量が受け入れられ、涙を流す者大挙の現状を生み出していたのではないか。

Baby Baby - YouTube

「たまに『結婚式で“BABY BABY”流しました』って言われることがあるの。『峯田さんありがとうございました』とか『最高の思い出になりました』とかさ。ふざけんじゃねえよ!お前らの幸せな思い出にされてたまるかってんだよ!今ここで歌うのは2023年の、UFOの真ん前にあるライブハウスの、お前らの“BABY BABY”だよ!」

この日最も会場がひとつになったのは、もちろん“BABY BABY”の一幕。峯田は荒々しくギターを弾きながら時折オフマイクで熱唱し、そのためかファン全員の歌声の方が大きく聴こえる逆転現象が発生。この『ファンの歌の方が巨大化する』というのはライブシーンでは珍しくないものの、今回は稀有なアコースティック。こうした状況下でも熱唱が巻き起こるのは、楽曲の魅力と呼ばずに何と言おうか。終盤では峯田がマイクをグルっと客席に向けてファンに全てを委ねる場面もあり、本当に感動的だった。ちなみにこれらの一部始終は前方のカメラですっぱ抜かれていたのだけれど、果たしてその中の何人が涙を流しながら熱唱していたのだろうか、と今になって思ったり。 

僕たちは世界を変えることができない - YouTube

万感の盛り上がりを見せるライブだが、最後にもう1曲。ラストに演奏されたのは“僕たちは世界を変えることができない”で、これまでの熱狂をリセットしゆったりと変化させてのフィニッシュである。元々この楽曲は『光のなかに立っていてね』のアルバムの最後に収録された楽曲で、インタビューでの峯田いわく「みんながぶっ壊れながら作った」「曲がなかなか出来なくておかしくなって。それでノイズをいろいろと研究してリリース出来た」とする難産なもの。……結果的にこのアルバムのリリースが発表されると同時に峯田以外のメンバー全員が脱退することとなったこの楽曲を、峯田はノイズなしのギター1本で、しっとりと奏でていく。歌われている内容もやはり『愛』だと言うのだから、そうした点でも繰り返すが「やっぱり峯田だなあ」と感じられた。

本編が終わると、直ぐ様アンコールが。銀杏BOYZのアンコールは基本的にはファンが一体となっての「銀杏BOYZ!→手拍子(パパンパパンパン、のリズム)→銀杏BOYZ!」の呼び声のループで行われるのだが、今回は弾き語りというラフな状況のためか、ステージ袖では既に峯田が待機中。更にはマイクで喋りながら「おぉ?そんなんじゃまだ峯田は出て来れねえぞぉ?」なんて焚き付ける始末である。また峯田は手拍子に合わせてマイクを全力で額に叩き付けたりもしていて、そのパフォーマンスも10年前の峯田と同じで、思わずグッとくる。

そんなアンコールの招集に応えて帰還した峯田は「このライブの前に弾き語りの先輩によ、質問したんだ。『ひとりで全国回るんですけどどんな感じですか?』って。したら『アコースティックなら汗もかかずに終われるから』って言われたんだけど。(熱量が)バンドと一緒じゃねえか!」と汗びっしょりの体で憤慨。その言葉に「ありがとーう!峯田ぁー!」と返すファンにも笑顔で答える峯田、素晴らしい構図だ。

Nanto Naku Boku Tachi Ha Otona Ni Narunda - YouTube

そして「今日は出雲、ありがとうございました。こんな神様の集まる場所でね。UFOが目の前にある場所でね。歌えて良かったです。“夢で逢えたら”のMCも上手いこといった感じで……。今度はバンドで来ますんで、それまで宜しくお願いします」と語ると、正真正銘のラストソング“なんとなく僕たちは大人になるんだ”へ。CD音源では元メンバーの誕生日を「2004年11月22日!」と祝っていたこの楽曲があれから約19年後に鳴らされる驚きもあったが、思えばあれほどパンク一辺倒だと思っていたかつての『BEACH』の中で、唯一アコースティックで楽しげに響いていたのはこの楽曲だった。峯田は歌詞を全てファンに任せるサービスぶりを発揮し、本当に楽しそう。それを観た我々ファンもまた笑顔で応える、双方向的な感動がそこにはあった。

【銀杏BOYZ@出雲APOLLO セットリスト】
新訳 銀河鉄道の夜
NO FUTURE NO CRY
若者たち
夢で逢えたら
援助交際
アーメン・ザーメン・メリーチェイン
エンジェルベイビー

恋は永遠
いちごの唄
GOD SAVE THE わーるど

少年少女
BABY BABY
僕たちは世界を変えることができない

[アンコール]
なんとなく僕たちは大人になるんだ


今思えばこの日の銀杏BOYZは、10年前に遡った当時の心情の再現でもあった。クソッタレな学校生活に嫌気が差して。好きな人に出会って。厨二病になって。帰り道でジュースを買って……。思い返せば「バカだったなあ」と笑い話にするかつての生活に、別に肯定するでもなく銀杏BOYZはいつも存在していたのだ。

峯田の有名なMCに「あなたが幸せになった時、こんな歌なんて忘れてくれ」というものがある。当時は「そんな訳ねえじゃん!」と思ったが、大人になると本当に、どれほど好きなバンドであっても存在を忘れてしまう時が来る。でも彼らの音楽はずっと心の底では生き続けていて、今回のライブはそんな思い出を強制的に引きずり出すような、言いようのない素晴らしさを携えていた。

余韻と共に夜道を歩いていると、突然大量の雨が降り出した。そういえば夜から大雨が降ると予想されていた気がするが、今日だけは別にそれでもいいと思えた。むしろ「もっと降れ!」とさえ感じた。なぜだろう。理由は今でもよく分からない。

下を向いて歩こう

ここ数ヶ月で、いろいろな本を読むようになった。思えば小説とは昔から付かず離れず……。最近では『付かず離れ離れ離れず』レベルで足が遠のいてしまっていたのだが、ようやくである。もっとも、飲酒量が深刻化し「本を集中して読めば酒量が減るんじゃないか?」と考えたというきっかけさえ無ければ、更に良かったのかもしれないが。

読書をしていると、物語以外のことは思考から消えていく。普段僕はゲームをするのだけど、別の世界に自分が侵入し、登場人物を俯瞰で操作している感覚にも陥るので、小説は言わば別ジャンルのゲーム。文明の利器と切り離した時間も含め、とにかく快適だ。にも関わらず、どつやら年月を経て小説から遠ざかった人は少なくないようである。同じ職場の同僚に話を聞いてみたところ、「昔は読んでたけど今は全く読んでないよ」と答える人は一定数いて、その境界線はほとんどが『就職』だった。要は時間がなくなったから読書する暇がない、と。

ただ「昔は本を読んでた」という記憶が浮かぶだけでも、読書の意味はあると思う。西村京太郎の本を読んでいた人が、時刻表に詳しくなる。ハリー・ポッターを読んで夢の世界を考える……。「あの時この本を読んでたから変われた」ような経験を、誰もが無意識的にしているのだから。これは勉強でもスポーツ、その他のあらゆることにも当てはまる。過去の経験だったとしても、絶対に今を生きる糧になるのだ。

思えば自分は、昔から本を読む子供だった。授業中に教師からの視線を教科書でガードし、昼休みも図書館……という日々は本の虫にも見えるが、実際自分にとっての読書は、現実逃避の手段でもあった。イジメはもちろん、外見的にも奇異の目を向けられることの多かった当時だからこそ、目の前の紙媒体に没入したのだ。

中でも好んで読んでいたのは、ネガティブな本。具体的にはクローズド・サークルやミステリー、ホラーなどいわゆる『人が死ぬ物語』が基準であり、対照的に笑顔あふれる恋愛や冒険ものには、全く心が動かなかった。それこそ蔑みを受けた時、何度も「こいつらを××したらどうなるんだろう」と思ったものだが、そんな怒りも本を読むことによって和らげていたような気もする。

しかし大好きだった本との距離は、県外への大学進学と共に遠くなるばかりだった。その理由は純粋に、体調が良くなって積極的に人と関わるようになったから。『人が嫌いだから本に逃げるぞ』というのがこれまでの流れだったとすれば、根本の『人嫌い』が緩和されれば『本に逃げる』の行為が消えていくのは必然だった。実際ほとんど本を読まず、更には文章すらほぼ書かないそれは大学卒業まで続くこととなり、地元へ帰って、新たな生活をスタートさせた。

当時こそ「がんばるぞ!」の思いが先行していたものの、帰郷後の僕はまるで大学以前に戻ったように、精神的に荒れた。同じく悩める原因は人間関係だったが、イジメだ暴力だと直接的にやられていた学生時代とは違い、大人になってからの人との関わりは陰湿の極みで、また違ったストレスがあった。イジメにしても、大人は基本的に証拠を残さない。自分の知らない場所で噂され、気付けば喉を絞め上げられるそれは、まるで「お前が人と関わってこなかったからダメなんだよ」と言わんばかりの勢いで、強く心を蝕むものとなった。その頃から僕はまた本を読み始めるようになり、また辞めて、また始めてを繰り返して数年……。そして仕事でのストレスが重なった今、またグロい本をいろいろと読み始めた次第である。

物事を始めるのも辞めるのも、枝分かれする選択のひとつ。『塵も積もれば山となる』『継続は力なり』『明日やろうは馬鹿野郎』『ローマは一日にして成らず』などなど、世の中には様々な継続の言葉が溢れているけれど、何かを一旦辞めることで見えてくる、人それぞれの生き方も肯定すべきではないか。

変わり映えのない、仕事仕事の生活。いつかその先に素晴らしい何かが待っていると信じて、僕は今日も本を読んだり、読まなかったりしている。……前向きな人からすれば「こんな後ろ向きな考えは自己弁護かなあ」とも思ったりするが、それはそれとして。元来ネガティブな人間のアイデンティティと捉えれば、挫折すらも活きてくるものだ。

amazarashi 『下を向いて歩こう』Music Video - YouTube

映画『おまえの罪を自白しろ』レビュー(★2.0)

テレビを観ていると、番宣として映画の俳優陣がバラエティ番組に出ていることがある。中でも最近よく観るのが、家族と国家そのものを動かす大事件を描いた『おまえの罪を自白しろ』の人々で、現在様々な劇場で猛プッシュ中……ということで、その評価を確かめるために観てきた。

物語としては、まさしくタイトルにある通り『罪の自白』がキーワードとなる。まず始めに、主人公の姉の子供にあたる人物が誘拐される事件が発生。犯人は要求として、黒い噂が囁かれる国会議員の父に対し「おまえの罪を自白しろ。そうすれば娘は返す」と伝え、以降連絡が取れなくなってしまう。果たして父はどんな罪を抱えているのか。それを自白してしまうのか。そしてその息子である主人公はどう事件に立ち向かうのか、というのが主なストーリーだ。

ただこの映画、全体としては微妙。どこか秀でている部分を探すのも難しいレベルで、個人的には今年の映画ではかなり下の部類の作品に思えた。……実はこの映画は大手レビューサイトでは決して悪くなく、まずまずの評価は得ている作品ではある。では実際に「どこが悪いんだよ!」と問われれば答えられるかと言えばそうでもないのが変なところで、端的に言い表すならば「悪いとこは特にないけど良いとこもない」という。「2時間フワーっと観てたら、エンディングになっちゃいました」的な消化不良感。

そもそも政治や誘拐をテーマに冠した作品は、この世にごまんとある。政治だけで考えてもここ数年は様々で、必然的にそれぞれの武器を有している。例えば『記憶にございません!』では総理が記憶喪失になるギャグ路線、『総理の夫』は主な話を国会から自宅に変更。圧倒的な評価を得た『新聞記者』では逆に、放送レベルギリギリまで国の裏事情に突っ込んだ問題作とした。つまるところ今の映画として政治に切り込むには、もはや王道系の流れではダメ。何か新たなテーマをくっつける以外に、目当たらしさは生まれないのだ。

そこで今作は、政治に『誘拐』のテーマを加えることで、タイトルにもある「政治の罪を告白しないと人が死ぬ」という脅しに繋げた形で、その意気やよし。しかしながらこうなってくると、絶対に『政治』と『誘拐』の2種類が上手くまとまるような展開になるべきで、難易度は跳ね上がる。そして結果、どちらも納得の行く流れにならなかったのは明確なマイナスポイント。

誘拐ひとつ取っても、主に『誘拐する理由』『犯人は誰?』『その結果どうなったか』の3つの情報は必要なものだけれど、そのどれもがモヤっとしていて。ネタバレとして、この誘拐犯は劇中でほんの少ししか出てきていない人物なのだけれど、その人が出てきても我々的には「いや、まずお前知らないし……」と思うし。涙ながらに動機を語られても「いや、そんなことで誘拐したん……?」と思うし。いろいろと詰め込みすぎているかなと。

起伏の少ない平坦な印象も、おそらくそこからだ。我々の中の疑問が解決しないまま、登場人物がどんどん声を荒げられても困るというか。「ここで盛り上げるぞ〜」と制作者サイドが考えるポイントが悉く空振りしている感覚。登場人物も堤真一以外は誰でも良かった気もするし。超駄作な訳ではないが、寝っ転がってビールを飲みながら、CMアリのロードショーで観るのが一番合っている映画だと思った。申し訳ないけど、今のところは今年ワースト映画かなあ。

ストーリー★★☆☆☆
コメディー★★☆☆☆
配役★☆☆☆☆
感動★★☆☆☆
エンタメ★★☆☆☆

総合評価★★☆☆☆(2.0)

映画『おまえの罪を自白しろ』本予告【10.20 FRI ROADSHOW】 - YouTube