キタガワのブログ

島根県在住のフリーライター。ロッキン、Real Sound、KAI-YOU.net、uzurea.netなどに寄稿。ご依頼はプロフィール欄『このブログについて』よりお願い致します。

【ライブレポート】ASIAN KUNG-FU GENERATION『Tour 2023 「サーフ ブンガク カマクラ」』@広島クラブクアトロ

現在に至るまで音楽シーンを牽引するロックバンド・ASIAN KUNG-FU GENERATION。彼らはこれまでの活動で様々なアルバムをリリースし、その全てで注目を集めてきたことについては、ここに記すまでもないだろう。しかしながら『今が最強』を具現化し続ける彼らにとって、活動が長くなるにつれて過去作の楽曲がセットリストから消えていくのも常。そのため『ファンクラブ』や『フィードバックファイル』などファンの中では屈指の名作アルバムと見なされつつも、なかなかライブで披露されないアルバムも今では多くなっているのが現状だ。

中でもファンの間で名盤として頻繁に語られていたのが、2008年にリリースされた『サーフ ブンガク カマクラ』。このアルバムは江ノ島電鉄の実際の駅名が曲名に冠された全10曲で構成されており、その楽曲の完成度もさることながら、当時のアジカンの焦燥感や初期衝動がほぼ一発撮りでコンパイルされている点においても、非常に稀有な作品として位置していた。

そんな『サーフ ブンガク カマクラ』は、何と今年になって完全盤として復活を遂げることとなる。当時は収録出来なかった15駅の江ノ島電鉄の残りの5駅を新曲で書き下ろし、前作にもあった10駅は再録。懐かしさも新鮮さも携えた新盤としえ発売されるに至ったのだ。そして今回のツアーはタイトル通り、期間にして約15年前にリリースされたこの作品を携えたもの。なお広島公演については元々終了している予定だったものの、後藤正文(Vo.G。以下ゴッチ)の喉の不調によって延期され、今回はその振替公演。もちろん長らくのお預けとなったアジカンのライブを待ち望むファンで、チケットはほぼソールドアウトとなった。

ライブはサブスクのみで聴くことの出来る特殊SE“湘南エレクトロ”をバックに開幕。荒々しいロックサウンドをよそに、袖から登場したゴッチ、喜多建介(G.Vo)、山田貴洋(B.Vo)、伊地知潔(Dr)の姿は全員揃ってサーフ ブンガク カマクラTシャツ……。あえて誤解を生みそうな表現で言うところのローソン店員の緑バージョンのような服装(アーティスト写真そのまま)で、この時点で今回のライブが『サーフ ブンガク カマクラ』を完全に軸にしたものであることを知る。

ASIAN KUNG-FU GENERATION 『藤沢ルーザー』 - YouTube

気になるオープナーは予想通り、アルバムでも1曲目に位置していた“藤沢ルーザー”。その瞬間に思い出がブワッと蘇り大盛り上がりのファンとは対照的に、メンバーは表立って特段動くこともなく余裕綽々。こうした構図がアジカンのライブであることはもう何度も観て記憶済みにしろ、今回に関しては明確に『ファンがアジカンとの思い出を噛み締めている』様と『アジカン側がファンを喜ばせようとしている』様が感じられる。演奏が終わるとゴッチは独り言を話すように「こんばんは、ASIAN KUNG-FU GENERATIONです。みんな自分らしく好きなように楽しんで」と一言。これは彼自身夏フェスでも単独でも必ず語る言葉なのだが、特に今回は嬉しく感じる。何故なら『好きなように聴いてきたアルバムが再現される場』でもあるのだから。

先述の通り、今回のライブははっきりと『サーフ ブンガク カマクラ』が軸に据えられていた。そのためアルバムに収録されていた15曲、プラス湘南と追浜の計17曲が披露されることは確定で、その他の部分に過去曲を入れる形だったのだが、何と過去曲に関しても『ソルファ』や『ワールド ワールド ワールド』、『崩壊アンプリファー』といった15年前のアルバムから多数投下!逆に比較的新しい楽曲に関しては一切プレイされないという、昨今のアジカン的にはあまりに異質、古参ファンにとっては大歓喜のリバイバルライブの様相を呈していたことは明記しておきたい。

ASIAN KUNG-FU GENERATION 『荒野を歩け』 - YouTube

以降もほぼチューニングも挟まず、“石上ヒルズ”や“鵠沼サーフ”といったかのアルバムの楽曲を演奏するアジカン。……そもそも広く見てもロックバンドのライブは様々な手法で盛り上げを昇華することが可能で、例えばファンとの掛け合いを主にするバンドだったり、音を歪ませたりと、悪く言えば『誤魔化そうとすれば出来る』ものだが、アジカンはこうはいかない。彼らのライブは基本的に楽曲のアレンジはなく、ただひたすら楽曲を音源通りにプレイするスタイルだからだ。しかしながら彼らはこれを思い出補正やキャリア、歳を重ねた安定さ、歌い方の妙……とにかくありとあらゆる無意識的な方法でもって、これをいちショウとして完璧なものにしていた。

ASIAN KUNG-FU GENERATION 『江ノ島エスカー』Music Video - YouTube

MCではまずゴッチがライブ延期について陳謝。「ちょっと俺の風邪で延期になってしまって。正直めちゃくちゃ気を付けてたんだよ。飲み会とかも行ってないし……。でもごめんね。本当は土曜日にやる予定だったんだけど、今日は平日になってしまって。それで行けなくなった人もいると思う。でも今日はその人たちのためにも、楽しんで帰ってください」。そう語る彼の表情は達観しきったように穏やかで、その穏やかな精神性が今回の余裕のあるライブにも繋がっていたように思う。

緩いMCが終わると、ここからは“荒野を歩け”と“ホームタウン”を挟みつつ『サーフ ブンガク カマクラ』曲を更に乱打。このアルバムは3分以内に楽曲が終わるシンプルな展開が多く、今回のライブもひとつの楽曲が終わるとまた次に行き……という流れでシームレス。結果2時間弱で28曲(!)もの楽曲を演奏したこの日のアジカンのエンジンのかかりっぷりは凄まじく、非常に濃密な時間に。

ASIAN KUNG-FU GENERATION 『サーフ ブンガク カマクラ (完全版)』クロスフェード - YouTube

中でも爆発的な盛り上がりを記録したのは“極楽寺ハートブレイク”や“長谷サンズ”、“稲村ヶ崎ジェーン”を筆頭としたロックアンセム。これらはライブ的な意味でも熱量アップの役割を果たすに留まらず、多種多様な雰囲気で駆け抜ける『サーフ ブンガク カマクラ』全体で見ても、興奮をギュッと引き締める重要部になった。また18年前の曲であることからゴッチの声が出づらい場面も多々あったのだけれど、それをファンの熱唱がカバーする光景も感動的。本当に全員がこのアルバムに魅了されていたのだと、改めて気付かされる一幕だった。

かと思えば、MCでは一気に脱力するのも彼ららしさ。この日のフロントアクトを務めたimaiの別グループ・group_inouと広島で共演したのが2009年、そのツアータイトルが『Tour 2009~酔杯リターンズ〜』であったことに触れたゴッチは、「リターンズって『あぶない刑事 リターンズ』から付けたんだよね」と回顧。すると話はどんどん脱線し、主人公役の舘ひろしの演技の話から、武田鉄矢の『刑事物語』の話から、完全に若者が付いていけない領域へ。しかしながらトークは終わる兆しも見せず、いつしかゴッチは「もう少し話していい?」とストーリーのネタバレも含めたあらすじまで話すように。もうここまで来るとゴッチの独壇場だったが、ふと我に返ったゴッチが「俺らのこと『ぼっち・ざ・ろっく!』で知ってくれた人には、何のことか分からんよね……」と方向修正。「俺らもオッサンになったなあ」と自虐に走る形で次の楽曲に続いていく。

ASIAN KUNG-FU GENERATION 『出町柳パラレルユニバース』× 360 Reality Audio - YouTube

以降は“日坂ダウンヒル”と“西方コーストストーリー”の新曲群、『サーフ ブンガク カマクラ』のタイトルの元となったWeezerの“Surf Wax America(サーフ ワックス アメリカ)”のカバー、新たなヒットナンバーとなった“柳小路パラレルユニバース”、を立て続けに披露。特に“柳小路パラレルユニバース”に関しては昨年あたりからライブでかけていたためか、鳴らされた瞬間に「何年も前からセトリ入ってる?」と感じるほどバッチリの盛り上がりで驚き。

ASIAN KUNG-FU GENERATION 『ループ&ループ』 - YouTube

このあたりになると『サーフ ブンガク カマクラ』曲はほぼやり尽くされた状態で、必然的にライブはクライマックス……つまりはこれまでライブで何度も披露されてきた鉄板ナンバーの時間に。なおこの部分では毎公演ごとに異なる楽曲が組まれていたのだが、今回の広島では『ソルファ』から“ループ&ループ”、『君繋ファイブエム』から”アンダースタンド”という古参ファン大歓喜の代物に。個人的には人生で初めて買ったCDが『ソルファ』でバンドでは“ループ&ループ”をカバーしていたり、カラオケで“アンダースタンド”をよく歌っていたり……と思い入れが深かったこともあり、ようやく聴けて感無量。同じようにこれらの楽曲に思い入れのあるファンは多いようで、全員が腕を突き上げる熱狂空間に変貌。直近でもこの2曲が披露されたことはほぼないので、この日の広島勢は非常に幸運だったのでは。

ASIAN KUNG-FU GENERATION 『ボーイズ&ガールズ』 - YouTube

最後に披露されたのはミドルナンバーの“ボーイズ&ガールズ”。思えばこの楽曲が収録されたアルバムのインタビュー時、ゴッチが「“ボーイズ&ガールズ”を書けただけでも意味がある」というようなことを話していたのが印象深いが、この楽曲で歌われているのは『日々の憂鬱をポジティブに昇華させる思考変換』で、他人への嫉妬や孤独感を《まだ 始まったばかり》と背中を押してくれる。『サーフ ブンガク カマクラ』をメインテーマとしたライブにおいて、関連性の少ないこの楽曲で締め括った彼らの姿勢には、明確な思いすら感じた次第だ。

後のMCでの「人と合わせなくても大丈夫。俺も後ろで腕組んで見てるような人間だからさ」と語るゴッチのMCもにも顕著だが、フロントマンである彼は元来ネガティブ寄りというか、例えるとすればクラスの隅で本をずっと読んでいるタイプの人間だ。そんな物事を多面的に見ることが増えた彼は結果として『サーフ ブンガク カマクラ』以降、ネガティブの中にあるポジティブさに焦点を当てることが増え、特に心情に迫った楽曲を「いい曲が出来た」とメディアで語るようになった(“ソラニン”や“今を生きて”など)。今回“ボーイズ&ガールズ”をラストに据えたのも、それぞれの見方でこのライブを記録してほしいというゴッチの感覚を落とし込んだためなのでは……と考えるのは、野暮だろうか。

ASIAN KUNG-FU GENERATION 『君の街まで』 - YouTube

これにて本編は終了し、アンコールへ突入。開演前からアナウンスがあったように、ここからはMC・演奏・ステージの様子については全て撮影可(動画撮影はNG)であり、大勢のスマホが掲げられる中での珍しい光景が広がっていく。そんな中で再び姿を現したメンバーはまだ余裕たっぷりで、ゴッチは先日発売されたばかりの朝日新聞の連載コラム集『朝からロック』を、実物と共に販促。ちなみに「見てこれ。俺のグラビア載ってるんだよロックバンドなのに」「朝日新聞さんから『後藤さんって有名なバンドの方ですよね?』って大量に刷られた結果、まだ家に大量に在庫がある。このままじゃ年の瀬を段ボールの本と一緒に迎えることになる」などここ一番で話しまくるゴッチのトークのお陰か、公演終了後はサイン本が飛ぶように売れたとか……。

ASIAN KUNG-FU GENERATION 『遥か彼方』 - YouTube

本編は『サーフ ブンガク カマクラ』を徹底的にプレイするスタイルだったが、アンコールはまさかの初期曲たたみかけ!まずは『ソルファ』からレア曲たる“君の街まで”が鳴らされ20年前の記憶を呼び覚ますと、続いては彼らが大学生の頃に発売した『崩壊アンプリファー』から“遥か彼方”と“羅針盤”を凄まじい興奮と共にドロップ。もちろん会場はこの日一番の大合唱で、特に30代前半あたりのファンが大喜びしていた印象がある。「あの頃はヘビースモーカーだったし、歌い方も叫ぶような感じだからいつも喉を潰してた」とはゴッチの弁だが、あれから何年も経った今、ゴッチが思うように歌えない部分をファンがサポートし、更に大きな興奮に繋げていく様は本当に感動的だった。

ASIAN KUNG-FU GENERATION 『転がる岩、君に朝が降る』 - YouTube

そして昨年大ヒットを記録したアニメ『ぼっち・ざ・ろっく!』で最後にサプライズでカバーされ(※原作の作者がアジカンの大ファンで、各話にアジカンの曲タイトルも暗喩されている)、十数年ぶりに再評価された名曲“転がる岩、君に朝が降る”をドロップすると、ラストは唯一『サーフ ブンガク カマクラ』で演奏されていなかった“鎌倉グッドバイ”。ステージ中央にピンスポが当たりその周囲が暗闇に染まる中、ゴッチはギターを爪弾きつつ、憂鬱を雨、孤独を風に言い換えて心の奥底を言葉にしたためていく。それを最終的には《こんな日々が続くような日和 通り雨が降り出しても/それでも君が笑うように 笑うように》と前向きに言い換えていくのもまた、ゴッチなりのポジティブさなのだろうと思う。

この日集まった我々の多くが中学生〜高校生だった頃、隠れた名盤としてファンに記録された『サーフ ブンガク カマクラ』。このアルバムをコンセプトにして行われた今回のツアーは、古き良き思い出に浸らせ、またあれから大きく変わった自分を間接的に対比させるような時間だった。……友人の家でラジカセで聴いた。「歩きながらこのアルバムを最初から再生して、“長谷サンズ”までを聴いたら時間ピッタリ!」と自分なりの時間設定で通学した。このアルバムで江ノ島電鉄に興味を持った、など僕自身にとっても思い出深いアルバムだったけれど、周囲のファンを見ても、同じく様々な経験を共有していることが分かったライブでもあった。

言うまでもなく、彼らが過去のアルバムをリバイバルしたライブを行うのは極めてレアだった。しかしながら「来年はまたここで。ツアーで会いましょう」とゴッチがポロリと零したことからも、何かのアクションが成されることは確定している。それが完全新作なのか、それとも過去の別の思い出を呼び覚ますものなのかは不明なれど、今から感動的なその日を心待ちにしようと思う。何度もアジカンを観てきた中でも、思い出補正も相まって最も心動かされたライブだった。

【ASIAN KUNG-FU GENERATION@広島 セットリスト】
湘南エレクトロ(SE)
藤沢ルーザー
石上ヒルズ
鵠沼サーフ
荒野を歩け
江ノ島エスカー
ホームタウン
七里ヶ浜スカイウォーク
追浜フィーリンダウン
腰越クライベイビー
極楽寺ハートブレイク
長谷サンズ
桜草
日坂ダウンヒル
西方コーストストーリー
Surf Wax America(Weezerカバー)
柳小路パラレルユニバース
稲村ヶ崎ジェーン
ループ&ループ
アンダースタンド
由比ヶ浜カイト
和田塚ワンダーズ
ボーイズ&ガールズ

[アンコール]
君の街まで
遥か彼方
羅針盤
転がる岩、君に朝が降る
鎌倉グッドバイ