キタガワのブログ

島根県在住のフリーライター。ロッキン、Real Sound、KAI-YOU.net、uzurea.netなどに寄稿。ご依頼はプロフィール欄『このブログについて』よりお願い致します。

【ライブレポート】浜崎貴司 vs. 奥田民生 vs. 岸田繁(くるり)vs. トータス松本 vs. 山内総一郎(フジファブリック)・小泉今日子『浜崎貴司GACHIスペシャル in 国宝松江城2024』

一昨年に行われた伝説のアコースティックイベント『GACHIスペシャル』が帰ってきた!浜崎貴司(FLYING KIDS)が総指揮を取るこのイベントは、元々は『アーティスト同士がギター1本で対決する』をコンセプトに2008年から行われているもので、松江公演は一昨年に引き続き2度目。本来であれば松江城の特設ステージで開催されるはず……だったのだが、一昨年同様に強風と雨の影響で会場変更。今回は松江城から数キロ離れたくにびきメッセ大展示場での開催となった。ちなみに当日は朝から警報情報がテレビで流れる状況だったので、かなりの英断だったのではと思う。

今回緊急の会場に選ばれたくにびきメッセは、普段は就職活動や確定申告で使われる場所。そんな地元民でも年に1回来るかどうかの場所に集まる多くの人、人、人。聞けば約2000人以上が集まっていたらしく、早くも駐車場に車が入り切らないほどの密度である。さて肝心のライブはというと、高田リオンとアキムラヒロキ(homme)のオープニングアクト、そして松江市長による開会宣言が終わって13時半に開演。まずは今ライブの発起人である浜崎がステージに上がり、今回のライブがギター1本の弾き語りスタイルであること、また国宝の松江城を広める意味合いがあること、豪華メンバーが揃ったことを改めて説明。更に「変わりと言っては何ですがここに松江城があるので……」とステージ横の松江城のポスターと、ステージに置かれた松江城のミニ模型にも触れる浜崎である。

そして浜崎がプロレスラーの高田延彦よろしく「出てこいや!」とメンバーを紹介すると、袖から出てきたのは順に山内総一郎(フジファブリック)、岸田繁(くるり)、トータス松本(ウルフルズ)、奥田民生(UNICORN)!全員がキャリアとしても相当な長さの、日本ロックの最先端として活動し続けてきた顔ぶれに改めて驚愕。チケット価格としては1万円近いけれど、完全にお釣りが来るほどの豪華さである。ただ我々の興奮をよそに余裕綽々なメンバーは一言ずつ話ていくのだが、特に民生のリラックスぶりは凄まじく、いきなり「前回に引き続き会場が変わったということで、大惨事といいますか……。前にも出てたの俺だけなんですけど、責任押し付けようとしてない?」と噛みつく始末。ちなみにそうこう話している最中にもスタッフによってギターがセッティングされていて、いつしかステージ上には椅子5脚とギター5本が鎮座。演奏の準備が着々と進められた。

THE TIMERS - デイ・ドリーム・ビリーバー (Hammock Mix) - YouTube

いつまでも続けられそうなトークを浜崎が一旦切り、始まった1曲目はGACHIシリーズ恒例の“GACHIのテーマ”。この楽曲は《◯◯さん、△△はどうだい?》と次々にリレーし、最後に《君に聴かせたい歌がある》のサビに繋げていく短い楽曲で、メンバーは《岸田さん、調子はどうだい?》《民生さん、松江はどうだい?》とリズミカルなテンポでどんどん楽曲を形作っていく。続いては「他の人のカバーを。今ではコンビニのCMとしても知られております」と浜崎が語っての“デイ・ドリーム・ビリーバー”で、こちらも美しい歌唱でファンの手拍子を誘っていく。思えばこの楽曲は2年前のGACHIではアンコールで披露されていたもので、順番がガラッと入れ替わっていたのも嬉しいポイント。

フジファブリック 『LIFE (short version)』 - YouTube

ひとしきり盛り上がって浜崎が「トップバッターは山内総一郎!」と叫ぶと、山内が座っていた一番左手側の場所を残し、他の全員がステージを降りていく。唯一残った山内は「僕は普段フジファブリックというバンドをやっておりまして。島根には何度か来てるんですが、最後に来たのは本当に数年前で……。よろしくお願いします」と語り、オープナーはフジファブリックの“LIFE”。元々音数が多いこの曲がセットリストに入ったのは意外だったけれど、CD音源とは違って冒頭のメロをほぼアカペラで歌ったり、全体のBPMをかなり落として弾いていたのも印象深く、全く異なる弾き語りバージョンに昇華していたのは驚きだ。

山内はそもそも、弾き語りとしてひとりでプレイすることがほとんどないアーティスト。そのためセットリストについても想像のし甲斐があったように推察するが、実際は比較的新し目の楽曲で固める攻めの代物だった。これは旧曲を撤廃して再結成後の曲で固め、驚きの声に満ち溢れている現在開催中のUNICORN(奥田民生)のツアーにも言えることだが、完全に今のモードを確立していたのがこの日の山内。“若者のすべて”も“桜の季節”も廃し、結成20年を迎えたフジファブリックの強みを見せ付けた3曲だ。

山内総一郎 『白』 - YouTube

中でも感動的だったのが、唯一『山内総一郎』名義でリリースしている配信限定の“白”。この曲は「20周年を迎えたフジファブリックについて歌った曲」とMCで言っていたが実際は違って、十数年前のクリスマスにこの世を去ったフジファブリックの初代ボーカル・志村正彦について歌った楽曲である。だからこそこの時間はフジファブリックファンであればあるほど、感動の極みだったことだろう。《「ギターを弾いてほしいんです」 迎えてくれた言葉》、《天の定めとしても あまりに聞き分けの悪い》、《新しい歌のタイトル なあ つけてくれよ》……。その言葉の数々が心に刺さるし、だからこその今回の、未来に進む今のセットリストだったようにも思えてならない。

フジファブリック 『ブルー (short version)』 - YouTube

「フジファブリックで、あらきゆうこさんっていう島根のドラマーの方がサポートしてくれてて。で、先日メールで『松江をよろしくね』ってメールと蟹をいただいたんですけど、その日の対バンがSHISHAMOだったんですよ」という食べ物ボケのMCの後、最後の楽曲は“ブルー”。この『GACHIスペシャル』では決まってアーティストの最後の曲で浜崎が飛び入り。ギター&ボーカルでコラボする一幕があるのだが、今回もそれは顕在。Bメロを浜崎が補完する形で楽曲を終えた山内、先述の通りファン目線でもかなり攻めたセットリストだった印象だが、トップバッターとして今の自分が伝えたいこと、加えてフジファブリック20周年を祝う身としてどう組んでいくかを考えたレアなライブだったように思う。


続いてのライブは、くるりの岸田繁。くるりのライブも基本的にフワッとした雰囲気で進行する岸田、この日も開口一番「先ほど松江の市長さんや浜崎さんは『盛り上がっていくぞー!』とおっしゃっておられました。けれども私はこの通りマイペースな人間ですので。マイペースにやらせてもらいます。岸田繁でございます」と挨拶。1曲目に歌われたのはまさかの民謡“鹿児島おはら節”。どこまでも伸びていく歌声はまさしく古き良きそれで、一気に夏場の地方都市の祭りにおける一角のような、我々のおばあちゃんおじいちゃん世代の歌のような、フワリとした雰囲気で魅力していく。

鹿児島おはら節 - YouTube

正直、個人的にはこの日のアーティスト全てを深く知っていて、いろいろとライブも観てきたつもりではいたのだが、最も予想を良い意味で裏切ってきたのは岸田。事実代表曲の“ばらの花”や“東京”、その他様々な楽曲を全て廃してニューアルバム『感覚は道標』の曲さえも演奏しないという予測不能なセットリストが表していたように、演奏曲はファンなら知っている、けれどもファン以外は十中八九知らないレアな3曲で固められることとなった。「マイペースな人間ですので」と冒頭で語った岸田、あまりにもマイペース過ぎるなと思いつつ、そういえば「みんなが知ってる代表曲ばかりをやります!」と謳っていて結果マイナー曲だらけだった昨年の単独ライブもこうだったなと……。

くるり - 言葉はさんかく こころは四角 - YouTube

大の鉄道オタクとしても知られる岸田らしく、MCの大半はもうすぐ新しくなる出雲の電車について。「出雲の電車はけっこう揺れるって有名なんですけど、新しいやつは揺れが軽減されるみたいですよ」とウンチクを披露しつつ、この日は雨で乗れなかったことに後悔している様子も。そこから“言葉はさんかく こころは四角”へ続いていき、タイトルの通り『言葉と心』が新たなものを作り出す流れをゆったりと描いていく。くるりの楽曲は敢えて全てを言わない、含みのある着地をすることが多い。この楽曲も『言葉(△)と心(□)』が結果どうなっていくのかは最後まで語られないままだが、「その結末は人それぞれだよね」という岸田なりの優しさが溢れた楽曲のようにも感じた。

くるり - Baby I Love You | Live - YouTube

ここで浜崎がステージに現れ、次の楽曲の準備へ。そこで話されたのは岸田の車トークだ。どうやら岸田は出演陣のうち、最も早く2日前に島根に到着。車をレンタルして銭湯など様々な場所へ遊びに行ったのだそう。ただ実は岸田は少し前に、車の免許を人生で初めて取ったばかり。すると浜崎は「そう言えば免許センターで身バレしたんだって?」と語り、岸田が「そうなんすよ。最初は何もなかったんですけど、だんだん『くるりの岸田繁が免許取りに来てる!』と噂になりまして。僕の担当してくれてるドライバーの先生がいきなり優しくなりました。逆に厳しくなる人もおったんですけど、くるりのアンチだったんちゃうかな」と爆笑を掻っ攫っていく。ちなみに最後の楽曲は浜崎のリクエストで、こちらもレアな“Baby I Love You”。最後までしっとりと歌い上げた岸田は、余裕綽々でステージを降りていったのだった。

[What A] Wonderful World - YouTube

3人目のキーマンは、ご存知ウルフルズのフロントマン・トータス松本。しかし松本は“ワンダフル・ワールド”を終えると「俺、松江に来たら絶対にしたい話があってん。時間長くなるけどええ?」と、ここから長尺のトークを展開。話はウルフルズが“ガッツだぜ!!”で一斉を風靡した10数年前に遡る。当時はウルフルズの大規模な全国ツアーの最中であったが、目まぐるしい生活に松本は疲弊。ただどれだけ気分が落ち込んでいても明日にはライブ、また数日後にはライブが入っているサイクルは変わらない。そこで松本は「13時にホテルのロビーで集合で!」という約束の数時間前に宍道湖に行き、ひとり憂鬱な気持ちでコンビニのパンを食べていたという。

そこで出会ったのが、地元の船乗り。自身がウルフルズのボーカルであることを知って声をかけてきたその男性は、「待ち合わせまで時間あるなら乗りますか?」と厚意で船に乗せてくれたそうだ。そこで船の先頭に移動させられた松本は最初こそごわごわ。しかし次第にテンションが高まる感覚に陥って、「めちゃくちゃ最高っすね!もっと行きましょう!」と、当初の予定を大幅にオーバーして船を堪能。するとこれまでのネガティブな思いがスッと消え、また頑張る気持ちが沸いてきたのだという。松本は「あの時の松江の出来事がなかったら、ツアーは出来なかったと思う。だからこの松江には本当に感謝してるし、この話をどうしても言いたかった。まああの後『松本が帰ってこおへん!』って大騒ぎになって、ホテルでめちゃくちゃ怒られたけど。ええ笑い話やね」と回顧し、続く“笑えれば”へ。

ウルフルズ - 笑えれば - YouTube

正直な話をすると、ここまで山内と岸田はキラーチューンと呼ばれる楽曲を徹底的に廃していたために、少し緩やかなムードになっていた感がある。ただここにきて誰もが知る“笑えれば”のドロップは、前半のハイライト的な手拍子を生み出してくれた意味でも重要だったと思う。普遍的な日常の中で、少しの出来事が活力になる……。“笑えれば”で歌われていることは毎日の僅かな1ページだが、それが多くの人の心に刺さった結果、ここまでの名曲として知れ渡ったのだなあと。

ウルフルズ - バンザイ~好きでよかった~ - YouTube

「喋りすぎ?ほんまスマン!巻きで行こう巻きで」と持ち時間をオーバーしたことを謝罪、更には今回の出演が「俺その日スケジュール空いてるで」と浜崎との飲みの席で語ったことで実現したことなどを語りつつ、浜崎と共に最後に披露されたのは“バンザイ 〜好きでよかった〜”。まさしく往年の名曲であり、ウルフルズを当時のロック最前線に押し上げた契機でもあるこの曲を全員で大合唱する形で松本は出番を終えたけれど、一瞬にして盛り上げる様を見ていると本当に『歌の力』というか、我々が親しんできた曲が眼前で歌われる、それ自体の感動をしっかりと感じることが出来たように思う。

 

そして松本が退場すると、本日何度目かに現れた浜崎からお待ちかねの呼び込みが。「みんなキョンキョン観たいよね!それではお呼びしましょう。スペシャルゲスト・小泉今日子!」の声でゆっくり袖から現れたのは、小泉今日子その人。その瞬間に立ち上がる人、双眼鏡を取り出す人、歓声を挙げる人など様々だったが、全体として「もうこれ小泉今日子のワンマンショーでは?」と感じられる程の盛り上がり。ただ当人は至ってマイペースであり、浜崎と「浜ちゃんと私の付き合いって長いよね?」「実は明日から京都で黒猫同盟(上田ケンジとのユニット)のライブがあるんだけど、頑張れば何とかなるか、ってことで来ました!」とにこやかな笑顔で会場を掌握。筆者はまだ20代なので世代ではないまでも、周囲のファンがみな黄色い声を挙げていたので、それだけでとても嬉しい気持ちに。

小泉今日子 - あなたに会えてよかった (Official Video) - YouTube

「私だけ弾き語りじゃないんですけど……」と立ち上がってハンドマイク状態で始まった小泉の気になるセットリストは、ファン感涙もののベストセット。まずは浜崎と共に“あなたに会えてよかった”で当時出会ったファンの琴線に触れると、ドラマ主題歌としても広まった代表曲“優しい雨”へ。この楽曲は小泉が女優業と並行して活動していた時期のものでもあり、同じく俳優としての顔を持つ浜崎とのコラボは驚きもあった。ただ何より小泉のあの歌声が響いた瞬間、グッと心を掴まれる感覚があった。MCも含めて、本当に素の人間性が歌にも表れているタイプの人だなと。

小泉今日子 - 優しい雨 (Official Video) - YouTube

最後の楽曲は“月ひとしずく”。奥田民生と井上陽水が共作した楽曲ということもあり、ここで呼び込まれたのは奥田民生!民生は「一緒にライブやったことってないよね?」と小泉に語り、今回が長い活動歴の中で初めての生コラボであることを明言。結果としてふたりのギターの音色に小泉の歌が絶妙にマッチする、素晴らしい空間だったように思う。

 

小泉と浜崎が退場し、いつしかステージには民生ひとりに。するとおもむろにギターで浜崎の“風の吹き抜ける場所へ”を歌い始める。ただ浜崎と公私ともに仲の良い民生は「♪風の吹く場所……を目指すからこんなことになるんだよ!吹き抜けるんじゃないんだよ。吹いてんだよ!ここに向かって!」と強風で会場変更を余儀なくされた状況をイジりまくり。ふとステージの端に目を向けると出ていったはずの浜崎がステージをじーっと睨み付けており、民生は「いいからいいから……。もう出番終わったでしょうが」と掛け合う始末で、この緊張感のなさは流石である。

そして「UNICORNという私のバンドが今ツアー中でして。ドラムの川西ってのが広島の呉で暮らしてて。で、今日は来てくれるって話だったんですけど。道路に雪が積もって来られないらしく……」と説明し、1曲目は「そんな川西の作った曲を」とUNICORNの“ブルース”をプレイ。深夜営業のバーのようなドープな雰囲気を持った原曲とは違い、ギター1本で聴かせていくスタイルは新鮮だし、そもそもこの楽曲が披露されること自体が何年ぶりかのレベル。加えて、一定のリズムで歌われる“ブルース”は弾き語りとマッチしている感も。

ユニコーン 『アルカセ』Music Clip - YouTube

近日公開の映画主題歌“アルカセ”を演奏すると、早くも最後の楽曲へ。これまで通りラストは浜崎を迎えてのコラボなのだが、このときステージに立っているのは一昨年の松江のGACHIスペシャルで唯一共演していたふたり。……ということで必然、トークは会場移動に関して。まず浜崎はジャブとして「いやー今年もすみません皆さん」と語るも、民生は「あのさあ。多分桜の開花に合わせてこのスケジュールになってるんだと思うんだけど、俺この時期にやるのやめたほうがいいと思うよ」とブスリ。更には「天気悪くてさ、俺松江きたのに松江城観れてないんだけど」と語り、大きな爆笑に包まれる会場である。

奥田民生 - さすらい / THE FIRST TAKE - YouTube

ラストはここにきての“さすらい”。バラエティー番組の主題歌として、はたまたCMソングとして多くのリスナーに印象付けたこの曲を、今回はふたりの掛け合いで魅せていく形だ。Aメロは民生、Bメロは浜崎。サビは全員で大合唱とこの日一番とも言える一体感を生み出し、更に民生はサビ前に「松江ー!」と絶叫。そこから生まれたラスサビは、ほぼふたりが歌わずとも成立するファンの歌声で満ちていたのだから素晴らしい。トータスも小泉今日子もそうだったように、時代を彩った名曲はいつの時代も強いのだなと実感する一幕でもあった。

 

カーリングシトーンズ 「ソラーレ」 MV - YouTube

ここで浜崎のライブ……かと思いきや、浜崎と民生がそのまま待機しトータス松本が裏から登場。実質的なカーリングシトーンズ(奥田・浜崎・松本を含めたメンバーで結成されたバンド)状態になると、そこから始まったのは“なんでやねん”と題された新曲。ただ「本当にやるの……?」と松本が渋っていた通り、新曲と言ってもこの曲は楽屋で何となくおふざけでプレイしたものらしく、メロディはお笑い芸人・テツandトモの“なんでだろう”の丸パクリ。《なんでやね〜ん なんでやね〜ん/なんでやなんでやね〜ん》と始まり、以降は《カーリングシトーンズのアー写(アーティスト写真)が 俺だけ光当たってないのなんでやね〜ん》、《用意された靴の裏が 俺だけツルツルなのなんでやね〜ん》と自虐ネタを展開。よくよく考えれば、普段カバーはほとんどやらない松本。彼がこの日チョイスしたのがテツandトモ、というのも最高だ。

境界線 - YouTube

カーリングシトーンズ既存曲から“ソラーレ”を鳴らした後は、今回のライブの発起人である浜崎貴司の時間。最初に披露されたのは浜崎がフロントマンを務めるバンド・FLYING KIDSの“境界線”で、ゆったりと雰囲気を作り出していく。過去の挫折と将来的に得たものの対比をつまびらかにするこの楽曲は、歳を重ねたリスナーにこそ刺さるものがあると思っていて、個人的にも最初にこの曲と出会った高校生の頃と、今のアラサーになり社会に揉まれた今で大きく異なる印象を受けた次第だ。いわゆる『懐メロ』という括りでは表せない、その楽曲を知っている人間だからこそ得られる気付きである。

そんな彼のMCの大半は、今回のライブを応援してくれている島根県松江市について。ステージ上に並べられた松江城のミニチュア、ステージ後方のグッズ売り場、島根で活動するシンガーソングライター……。果ては会場変更となった中で懸命に動いてくれたスタッフなどなど、その大半に目線を移して感謝を伝えた浜崎。それはこれまでの活動歴において、ひとつのイベントがどれほどの労力をさいて行われるのかを分かった上でのスタンスのようにも思えた。

風の吹き抜ける場所へ~Growin'Up,Blowin'In The Wind~/フライングキッズ - YouTube

山下達郎のカバー曲である“SPARKLE”を挟み、最後の曲は“風の吹き抜ける場所へ”。民生はMCで「風の吹く場所を目指したら会場が変更になった」というトークで盛り上げてくれたが、逆に言えば浜崎が《風の吹き抜ける場所を目指し》てくれた結果、開催にこぎつけることが出来たのがこの日。小気味よいリズムの中、浜崎は「みんな歌える?」とラスサビをファンに委ねる仕草も見せ、一瞬で引き込んでいく力強ささえ感じた次第だ。終演時間の関係か持ち時間としては少な目だったが、ソウルフルな歌声でとことん魅せたライブは多くのファンに刺さったことだろう。

【公式】ザ・ハイロウズ「日曜日よりの使者」【アルバム『flip flop』(2001/1/24)収録】THE HIGH-LOWS / Nichiyoubiyori No Shisya - YouTube

浜崎のライブが終わると、ひとりひとりの呼び込みによって再び山内・岸田・松本・民生・浜崎が勢揃い。改めて今回のライブの大成功と、各々のGACHIへの思いを語ったところで、アンコールの楽曲として披露されたのはTHE HIGH-LOWSの“日曜日よりの使者”。この楽曲は一昨年も演奏されていたものだが、出だしの《このままいつか遠く〜》のくだりは松本が歌い、そこから全員がワンフレーズずつリレーしていく流れは新鮮。相席食堂好きとしては「民生の“さすらい”とこの曲でほぼOPだなあ……」などと思いつつ、素晴らしき時間は過ぎていく。

Gakuen Tengoku - YouTube

ここからは袖から再び小泉今日子が登場し、駄目押しの1曲として投下されたのはここで来たか!の“学園天国”。小泉今日子の出演が決まった際、多くのファンの脳裏をよぎったであろうこの曲。ただ「音数も多いしアコースティックではちょっと……」とセトリ入りの可能性も少なくなっていたところの投下なので、感動もひとしおだ。更にはサウンドについても4人が全員アコースティックギターながらそれぞれに役割分担がされており、再現不可能と思われていたサウンドを限りなくギターで再現しているのも◯。《Hey Hey Hey Hey Hey》の掛け合いもバッチリハマり、双方向的な楽しみで駆け抜けたのはやはり、この楽曲がどれほど多くの人に届けられていたかの証左だったように思う。

もう一度“GACHIのテーマ”を鳴らすと一旦ブレイクで、浜崎の口からとある出来事が語られた。それは昨年の11月に急逝したシンガーソングライター・KANとの一幕。浜崎は「とあるライブの帰り、僕はキャリーケースとかギターを押しながら空港に着いて。したらKANさんが偶然目の前にいたんですよ。『どこ言ってたの?』ってKANさんが言うから、僕はこう返したんです。『いろんな人とギター弾き語りをするGACHIってイベントで、次は島根でやるんです』って。KANさんは僕に『じゃあそのとき呼んでよ』って言ってくれて、そのまま。……だから、実はKANさんも本当はこのライブに呼ぶ予定だったんです」と語り、思いを滲ませる。……そう。毎年予想も出来ないアーティストが出演するこのイベント、思えば一昨年は吉井和哉や矢井田瞳といったそうそうたるメンバーが集結したけれども、本来であればKANがその枠のひとりに名を連ねる予定だったのだ。

Aiwa Katsu - YouTube

そうして最後の最後に披露されたのは、KANの“愛は勝つ”!《どんなに困難で くじけそうでも/信じることさ 必ず最後に愛は勝つ》。我々がずっと聴き続けてきた名曲はこの日、多くの思いを携えて響いていた感覚がある。……思えばここ数年、暗いニュースばかりだった。新型コロナの蔓延から、物価上昇、政治不信。更にはロシアがウクライナに侵攻する、想像してもいなかった事態まで発生。音楽的にもKANを含め多くのアーティストが亡くなったことも、重大な損失と言わざるを得ない。

そんな中で歌われたこの曲は、それぞれのファンの思いに応える最大の応援歌。これまでの生活を回顧するのは元より、今回のライブが開催されたこと自体が様々な困難を諦めなかった結果だと、この楽曲は改めて示してくれた。なお前回のラストナンバーは浜崎によるルイ・アームストロングの“すばらしき世界”の弾き語りだったのだけれど、どちらも日常的な希望を持たせる選曲……という意味でも、浜崎の優しい人間性が表れているように感じた次第だ。

この日のライブは、確かに会場変更を余儀なくされた緊急のものだった。そのため関係者の方々は本当に大変だったことと推察するが、地元民としてもここまでのビッグネームが顔を揃えるライブは本当に嬉しく、忘れられない音楽の1ページとして刻まれたことは間違いない。民生はああ言ってはいたけれど、またいつの日か同月開催でもって、野外ステージで桜を見ながら観る日を楽しみにしたいと思う。本当に素晴らしいアコースティックライブでした。

【GACHIスペシャル2024@くにびきメッセ セットリスト】
[全員]
GACHIのテーマ
デイ・ドリーム・ビリーバー(忌野清志郎カバー)

[山内総一郎]
LIFE

ブルー(feat. 浜崎貴司)

[岸田繁]
鹿児島おはら節
言葉はさんかく こころは四角
Baby I Love You(feat. 浜崎貴司)

[トータス松本]
ワンダフル・ワールド
笑えれば
バンザイ 〜好きでよかった〜(feat. 浜崎貴司)

[小泉今日子]
あなたに会えてよかった
優しい雨
月ひとしずく(feat. 奥田民生&浜崎貴司)

[奥田民生]
ブルース
アルカセ(新曲)
さすらい(feat. 浜崎貴司)

[カーリングシトーンズ(奥田&浜崎&トータス)]
なんでやねん(新曲。テツandトモのリズム)
ソラーレ

[浜崎貴司]
境界線
SPARKLE(山下達郎カバー)
風の吹き抜ける場所へ

[アンコール(全員)]
日曜日よりの使者(THE HIGH-LOWSカバー)
学園天国(feat. 小泉今日子)
GACHIのテーマ

[ダブルアンコール(全員)]
愛は勝つ(KANカバー)