キタガワのブログ

島根県在住のフリーライター。ロッキン、Real Sound、KAI-YOU.net、uzurea.netなどに寄稿。ご依頼はプロフィール欄『このブログについて』よりお願い致します。

【ライブレポート】八十八ヶ所巡礼『one man LIVE 幻魔大祭FINAL!!』@心斎橋BIGCAT

こと日本において八十八ヶ所巡礼は、最も不思議なバンドである。どこをどう弾いているのかも理解不能なギター&ベース、粘っこいボーカルといった楽曲面はもちろん、楽曲リリースは不定期、プロフィールも不明。更にはインタビュー記事も公式SNSもほぼ沈黙と、精力的なバンド活動を行ってはいるものの、活動が長くなればなるほど霧に溶け込んでいく稀有なバンド……それこそが八十八ヶ所巡礼であり、彼らは今日もコアなロック好きに支持され続けている。

そんな彼らは『幻魔大祭』と名付けたツアーを定期的に開催中。ただ一般的には半年、長くても1年で終幕するはずのツアーを彼らは一旦終わればまたスタート、また終わってまた再開……という謎のサイクルを繰り返し、気付けば3年。これで本当に終幕するのかは不明にしろ、今回はようやく訪れたファイナル公演の一貫となった。

かねてよりのファンに加え、彼らの音に魅了された海外のファンも多く詰め掛けほぼソールドアウトとなった今回のライブ。当日券を求める人が予想より多かったのか、定刻を少し過ぎて会場が暗転し、腹の底でうごめくような不穏なSEに導かれて登場したのは筋肉隆々のKenzoooooo(Dr)、サングラスに強烈パーマのKatzuya Shimizu(G)、タトゥーだらけ&半チューブトップのマーガレット廣井(Vo.B)の3人で、定位置に着くなりドラムの位置を確認したり、弦にスプレーを噴射したりと各自準備。また自称アルコール依存としても知られる廣井はこの時点で一升瓶に入った日本酒をラッパ飲みしていて、早くもエンジン全開。

ライブは非常にマニアックなサイケ曲“憂兵衛no幽鬱”から、“IT'S a 魔DAY”、“赤い衝動 -R.I.P-”と続く一風変わった幕開け。ノイズ系のエフェクターを複数接続した殺人的な音に呑まれながら、一気に異世界へと誘われる会場である。中でも異常なテクニックを見せたのはShimizuのギターで、タッピングやハーモニクス、高速カッティングなど、どのバンドでも基本見たことのないテクニックを次々繰り出すカオスが会場を一気に彼ら色に染めていく。しかもこれらの演奏は真上を見ながらノールックで弾いていたり、通常のコードに関しても普通の弦の押さえ方(左手を下から握るようにする)ではなく真上から握り込むように押さえたりもしていて、総じて意味不明なバカテクが炸裂しまくる演奏が凄い。もちろん歌いながら可動域の多いベースを弾き倒す廣井も、手数の多いドラムをこなすKenzooooooも手が2本とは思えない演奏ぶり。一体我々は何を観ているのだろう……。

八十八ヶ所巡礼『幻魔大祭(Album Version)』 - YouTube

八十八ヶ所巡礼のライブは、セットリストが固定化されることは絶対にない。ゆえにこの日も数日前のライブと比べて演奏曲、順番、曲数などその大半がガラリと変貌しており、紛れもなく唯一無二の2時間半となった。ただライブタイトルの通り、数年前にリリースされたアルバム『幻魔大祭』の鮮度は未だ健在。結果的にはセットリストの多くを『幻魔大祭』曲が占める形となり、その周りを予測不可能なレア曲と新曲で敷き詰めるファン垂涎のものとなったのだった。

八十八ヶ所巡礼/紫光 - YouTube

「幻魔大祭へようこそ貴様ら!今日はツアーファイナル。でもライブも新曲も、来年の予定は今のところ何も決まっていない!」と全てを暴露した廣井。ここからはおそらく次のアルバムに収録されるであろう新曲群も含めた新ゾーンに突入していく。ここ数年の彼らは初期の八十八ヶ所巡礼の楽曲と比べると、速さで印象付ける楽曲は格段に減り、代わりにグルーヴとダウナーさで訴え掛ける楽曲が増えた印象がある。特にカオスが極まったのは“紫光”の一幕で、ぐるぐる回るギタータッピングと歌詞空間に翻弄されながら、まるで一生続くかのようなフワフワ感が支配する、これぞサイケデリックなライブが形成されていた。……繰り返すがこの日のライブは22曲で約2時間半。この前日に個人的に観たアジカンのライブが28曲で2時間ジャストだったことからも、如何にこの日の彼らは音源より長く、濃密に時間を使っていたのかが分かる。

近頃どうしてる? - YouTube

そして「我々はコロナが蔓延し始めた頃に始めた『幻魔大祭』というツアーを、気付けば3年ほど行っている。コロナが去った今、ライブハウスはこの状態(人数制限なしのソールドアウト)になっているが、一度ライブハウスから離れた人間はなかなか戻らない。貴様らは近頃どうしているのか、そんな気持ちについて書いた歌」と語って鳴らされたのは、先日突然リリースされた配信新曲“近頃どうしてる?”。ベースが先導するグルーヴ感溢れるサウンドの中、《娑婆は辛くないかな》《楽しくやれてるかな》と問いかけるこの楽曲。彼らは表立ってポジティブな発言をするバンドではないけれど、この楽曲では明確に現実の辛さにフォーカスを当てている。ではその憂鬱の行く先がどこなのかと言えば、彼らはそこを『ライブハウス』であると示している。要は「いろいろあるけどライブ行けば何とかなるんじゃない?」というワクワク感で霧散させようというのが彼らの目論見であり、大きな行動理念でもあるのだ。

思えば彼らのそうした『言いたいことはあるが直接的には言わない』という恥ずかしがりな性格は、この日演奏された多くの楽曲に表れていた。そもそも彼らの楽曲は何を示しているのかを意図的に不明瞭にしている節があるが、何故なら実際のところコロナ禍にリリースされた『幻魔大祭』における“IT'S a 魔DAY”は『いつまで』、“M.O.8”は『モヤモヤ』、“狂感できない”は『共感できない』など、コロナ禍における世間の動きも暗喩している。彼らがミステリアスなバンドとされているのは楽曲に含まれる内容をはっきり語らないからだろうけれど、それも八十八ヶ所巡礼の良さというもの。

M. O. 8 / 八十八ヶ所巡礼 - YouTube

そんな彼らのライブにおける最初のハイライトは“惡闇霧島”。人気曲ではあるもののなかなかセットリストに入らないこの曲が今回演奏された理由のひとつに、Shimizuのギター闊歩がある。……そう。ここからはこれまでステージ上でのみ展開されていたバカテクギターが、眼前で繰り広げる時間が到来したのだ。サビが終わるとフロアを左右にハケさせ、ゆっくりと前進するShimizu先生。演奏は1〜2弦のフレット下を弾くピロピロ状態で、そのまま上空を見ながらノールックで歩いてくる彼を観た我々はただネックが当たらないように避けるだけという、モーセの十戒のような形に。結果としてShimizuは『コ』の字の2画目と3画目を彷彿とさせる移動で楽しませ、逆向きにステージに帰還。個人的には偶然近くで演奏を観ることが出来たが、至近距離で観ても意味が分からない演奏に驚愕。ただ間違いなく彼の指から音が炸裂していることだけは分かり、思わず笑顔に。人は本当に意味が分からないものを目にすると笑うんだなと……。

かと思えば、MCになると予定調和なし、特に話す内容も決めていないためかグダグダになる廣井である。「我々はワンマンが好きだ。マーガレットさんがどれだけ話してもいいから」と語ってからは完全にタガが外れ、「正直に言えば夏フェスはあまり好きじゃない。こんな長いMCはRUSH BALL(大阪のフェス)ではできない」と語ったり、「貴様ら雑誌読んでますか?ロッキンオンとか。あれ金払って載ってんだぜ」とやりたい放題。……しかしながら元々口下手な廣井らしく、そのトークがファンの歓声でまた別方向に進んだり、会話が止まったら「どうした貴様ら!」と助けを求める感じが微笑ましい。

八十八ヶ所巡礼「仏滅トリシュナー」 - YouTube

「雑誌に載ったりとか、SNSがどうとかとか。今はいろいろやり方がある。でもそれよりも我々はライブがやりたい。それだけでいいんだ、別に。後のことなんて知らない。夏フェスに出たりロッキンオンに載らなくたって、貴様らはこうしてライブハウスに来てくれるんだ」と語った廣井、ここからはキラーチューンたる“仏滅トリシュナー”や”JOVE JOVE“といったアッパーな楽曲を連発。いつまでも続いてほしいと願いたくなるこのサイケ快楽は、やはりライブハウスのバンド全体を観ても唯一無二だと実感したのが、特にこの時間帯だったように思う。

ラスト前に鳴らされたのは数年前からワンマンライブでは定番となっている“具現化中”。「ロックンロールだからと言って、『マザーファッカー!』とか何とか言っちゃうなんてとんでもない。皆様のご両親はお元気でしょうか?」と廣井が語り、以降は変拍子&金属的な世界へと誘われるのみである。特にこの楽曲では廣井のベースが際立っていた印象で、言葉数の多い歌詞を歌いながらあれほどのベースを弾く、という高スキルにも改めて気付かされたりも。

“具現化中”と来れば、最後はお馴染みの“日本”。これまで幾度となくライブで披露されている楽曲だが、“日本”は八十八ヶ所巡礼のリリース全体を観てもかなり異質だ。また政治への怒りや日常のやるせなさ、果ては愛国心や経済的反映までもを圧倒的な言葉数で放つ“日本”は、この年の瀬に聴くとまた違った意味合いをも携えているのだから面白い。中盤に差し掛かると、なんと廣井は「マーガレットさんに触ったことがない人!貴様らに会いに行く!」とハンドマイクでフロアに降り、ファンサービスを決行。先程のShimizuの際にはギターを弾いていた関係上、ファンもなかなか近付けない雰囲気ではあったが、今回の廣井は本当に手を挙げるファン全員とハイタッチしていて、完全にファンが群がる構図に。ちなみに廣井はひとりひとりに「本当に触ったことない人?」と真偽を確かめつつフロアを闊歩していたのだが、中には一度触ったことがあるけれど挙手しているファンも何人かおり、そのたびに廣井は「嘘つくな貴様!」「……貴様は知り合いだろうが!」などと叫び倒すため音だけ聴いていても面白い。最終的には一番後ろの出入り口まで移動する長尺ぶりで、結果約10分近くをこの楽曲に費やして終了した八八である。

八十八ヶ所巡礼/金土日 - YouTube

アンコールは先に出てきたKenzooooooが、客席の坊主頭のファンを指折り数えるという独特のスタートから。「コロナ禍の際、ここでKenzooooooが断髪式をしまして。その時に新曲としてやった曲」と“神@熱(読み:かみのねつ)”、そしてこれを聴かねば帰れない“金土日”へと続いていく。なお“金土日”では各自のソロ演奏→コール&レスポンスが恒例となっていて、減量のため炭水化物を抜いているShimizuに「ミスター糖質制限!」、Kenzooooooには「ミスター食事制限!」と言いつつ自身はサービスエリアで蕎麦ばかり食べていたことから「ミスター蕎麦無制限」として演奏する廣井である。

本編では《やってる意味のないことが大切 僕なりに頑張ってる》のフレーズを、かなりの長時間かけてファンとやり取り。なおリズムそのままで、廣井がコールの部分をアドリブで変えていく仕組みなのだが、このやり取り、軽く10回以上はしていたように記録している。廣井は原曲を主にもじりつつ、要所要所でメンバーに対して「食事制限を頑張ってる」や「BIGCATも頑張ってる」とエールを送りつつ、「政治家は頑張ってない」→「キックバックを頑張ってる」とおちょくりも入れ、最終的には「お前らが一番頑張ってる!」とするのは流石。

そんないつまでも続きそうなカオスは、サプライズ披露された“仏狂”でもって締め括られた。「仏に狂うと書いて仏狂(ぶっきょう)」という前口上も、廣井の全員に入ったタトゥーも、バンド名も……。その様々な部分で影響される仏教が元になった楽曲である。我々もあまりよく分からないのが仏教だとすれば、この楽曲も奇々怪々。変拍子とファズベースが交錯するサイケで、ぐちゃぐちゃになるフロア。曲中に「繰り返すが、我々は来年の予定が何も決まっていない!ただ我々は魔族だから、これからもライブが出来るだろう。しかし貴様らは違う。来月会える、今年も会えるっていう確証はないんだ。楽しもうぜ!」と叫んだ廣井の姿は、とても美しかった。

JOVE JOVE / 八十八ヶ所巡礼 - YouTube

ライブハウスでライブを行うバンドには、フロアを大きく使うバンドとそうでないバンドの2種類が存在する。前者はモッシュ・ダイブが頻発する形を想像すると分かりやすいが、そう考えると八十八ヶ所巡礼は圧倒的に後者……。変な言い方をすれば、ライブハウスとファンとの距離感をあまり必要としないバンドのようにも思える。

しかしながらMCでも何度か触れている通り、結果として彼らにとってライブは『ファンとの関係性』によるところが大きかった。普段はほとんど行われないフロア闊歩が頻発したこともそう。彼らにとってライブは必要であり、また直接向き合って対応するコロナ後のライブは全てに勝るものだったのだろう。3年続けた幻魔大祭も終わりに向かい、次なるアクションが期待される八十八ヶ所巡礼。おそらくはまた変わらずアルバム→ツアーの流れを辿るのだろうが、その時を今から心待ちにしたい。

【八十八ヶ所巡礼@心斎橋BIGCAT セットリスト】
憂兵衛no幽鬱
IT'S a 魔DAY
赤い衝動 -R.I.P-
幻魔大祭
凍狂
狂感できない
泥春
紫光
近頃どうしてる?(新曲)
怒喜怒気
惡闇霧島
脳の王国
沙羅魔都
奈落サブウーファー
仏滅トリシュナー
M.O.8
JOVE JOVE
具現化中
日本

[アンコール]
神@熱
金土日
仏狂