キタガワのブログ

島根県在住のフリーライター。ロッキン、Real Sound、KAI-YOU.net、uzurea.netなどに寄稿。ご依頼はプロフィール欄『このブログについて』よりお願い致します。

【ライブレポート】Dragon Ash『LIVE HOUSE TOUR ”VOX in DA BOX”』@米子laughs

そう言えば、と会場に向かう途中ふと考える。何故なら10-FEETやヤバTなどライブハウスを主戦場とするバンドは数あれど、本来そこに常に名前が挙がるはずのDragon Ashの全国ツアーは、随分久方ぶりの参加のように思えたからである。実際それは事実で、ロングランなツアーはなんと4年ぶり。また今回『LIVE HOUSE TOUR ”VOX in DA BOX”』とタイトルが付けられた理由も、Dragon AshのホームであるライブハウスでVOX(ラテン語で声)を響かせて欲しいという意味を込めた意義深いものであると知り、妙に納得した次第である。

雨の降りしきるライブハウスの外には、ソールドアウト公演ということもあり大勢のファンが待機。中には「今から暴れるぞ!」との思考の体現か、既に半袖の薄着かつ傘を差していないファンもチラホラ見られ、漏れ聞いた話からは他県から来た人も非常に多い印象だ。中に入るとそこは異様な熱気に包まれていた他、Dragon Ashらしい試みとしてイヤーマフの配布、先日からライブハウス界隈で話題になっていた痴漢行為撲滅の貼り紙、更には能登半島地震の募金箱までもが設置されていて、改めて彼らの「他者を思いやって楽しもう」のスタンスを感じられて嬉しくなったりも。

Dragon Ash - Entertain - YouTube

予想外の客入りだったのか、スタッフからの「まだお客様が入られますので前に詰めてくださーい!」の誘導によりライブは10分遅れでスタート。壮大なSEでグッと前に進み出るファンの流れに圧倒されていると、袖から桜井誠(Dr)、BOTS(DJ)、HIROKI(G)、お馴染みのサポートメンバーのT$UYO$HI(B)、そしてフロントマンであるKj(Vo.G)が登場。オープナーは一昨年にリリースされた“Entertain”で、ゆったりかつ感動的なサウンドで早くも会場を魅力していく。中でも印象深く映ったのはKjの歌唱で、あの音楽の中心を射抜くようなボーカルでもって《束の間の快楽 明日からのガイダンス/嫌なもんを掻き消すほどの喜怒哀楽》と歌われた瞬間には、このライブが我々にとって会社・学校といったものからの現実逃避の象徴である、という意味合いを伝えられたような気さえした。……最後にニヤリと笑いながらピースサインを放ったKj、ここからがライブのスタートである。

今回のライブはリリースツアーではない関係上、セットリストの予測が困難なものでもあった。では結果はどうだったのかと言えば、その答えはライブタイトルにあり。……つまりはライブハウスを元通りにするような、誰もが歌って騒いで楽しめる楽曲の乱打戦となった。これはコロナ禍の3年間で思うような活動が出来なかった彼らなりの、意思表明に近いものがあったように思う。またこの全国ツアーではメンバーたちが立つ少し前方向に大掛かりな照明セットが配置されていたのも大きな特徴で、アリーナライブを彷彿とさせる青色のレーザービームが楽曲に合わせて上下から放射。楽曲のスパイスとして上手く機能していたことも特筆しておきたい。

Dragon Ash「光りの街」 - YouTube

Dragon Ashの単独は、基本的にシームレス。ゆえにこの日も水分補給やチューニングはほぼなしで突っ走った形で、以降も“House of Velocity”や“Fly Over feat. T$UYO$HI”といった楽曲でヘドバンの嵐を作り出していくDAである。かと思えば要所要所に“Ode to Joy”や“光りの街”といったグッと来る楽曲を挟み込むので油断出来ないのもニクい。前半で特に感動的だったのは昨年リリースの“VOX”で、幾度もファンにレスポンスを委ねた後に歌われる《その声こそ 僕らが音を鳴らす理由自体なんだ》とする一幕は、我々だけではなく彼らもライブに賭けているリアルを強く感じさせてくれた。

“光りの街”を終えると、Kjは「この外に一歩出たら、いろんな辛いことが今も起こってる。でもライブハウスの中のこの2時間弱くらいは、全部忘れて好きに楽しんでくれ!」と語ってくれた。そのMCには彼らなりのライブハウスへの愛情を感じられて心底ウルッと来たのだけれど、そこからはニヤリと笑顔を浮かべながら「俺らみたいなライブやってっとさ、誰かがダイブしてきてマイクにぶつかって、歌えなくなったりするんだよ。……俺たちはそういうの大歓迎です!全部ぶつけてこい!」と次なる行動を扇動。耳が痛いほどの共鳴の声が響いたところで、次なる楽曲は爆裂ロックの“ROCKET DIVE”だ。

hide with Spread Beaver - ROCKET DIVE - YouTube

この楽曲は元々hide(X JAPAN)の生前にリリースされたものだが、Dragon Ashがトリビュートアルバムでカバーしたことで正式にライブで披露されるようになった特殊なもの。結果としては先のKjの一言も作用してか、まさしくロックな音に背中を押されてダイバーが続出する状況となり、一気にここから暑さも急上昇。ダイブするファンを「よくやった!」と称賛するようにKjもダイバーに拳を突き出していて、激しいサウンドも相まってどんどん熱量を高めていくフロアである。しかしながらKjはまだ満足していない様子で、ラスサビ前には「もっと来い!」と焚き付け焚き付け。それに呼応するように更にダイバーが増えていったのは言うまでもないだろう。

後のMCでは桜井が「米子に着いた時は、まだ所々に雪があって。外も寒いしどんなライブになるかなと思ってたけど、めちゃくちゃ暑くて最高です!」と語ると、「前半に飛ばし過ぎたので、後半は少しゆったりした曲もやろうかと。まだまだ良い曲がたくさんあるので」と、以降は比較的ミドルテンポな楽曲が多数ドロップされる時間帯に。……思えばDAは激しい楽曲と同程度、ミドルテンポな楽曲をリリースしてきたバンド。そしてそれら全てには明確なメッセージが込められていて、『俺が求めている場所はここじゃない』と感じながら繰り返しの日々に邁進する“朝凪Revival”、イエスマンな精神に再度問い掛ける“Neverland”、そして“陽はまたのぼりくりかえす”では辛い出来事があってもいつか好転する前向きさを説くことで、言うなれば楽曲を通じての『ネガティブなポジティブさ』を我々に伝えてくれた。

Dragon Ash「百合の咲く場所で (Live) -2014.5.31 NIPPON BUDOKAN-」 - YouTube

そのミドルテンポな雰囲気が一変したのは、やはり代表曲。その幕開けは夏フェスでも幾度も演奏されていたキラーチューン“百合の咲く場所で”で、あの独特のイントロが流れ出した瞬間、背後からドドドドっと押し寄せるファンもいた程である。ただこの楽曲の構成的には音楽シーン全体として見ても緩急が明確に付けられた異質なで、Aメロではゆったり、Bメロでも同様に続いた果てにサビで一気に爆発、しかし以降は再度ゆったりしたモードで一旦フラットに戻る……というもの。そんな“百合の咲く場所で”だが、ここでは状況が全く違っている。それは『この場に集まっている人は全員がDAのファン』という事実からで、来たる爆発に備えて全員が待機する様は、本当に精錬された戦士のような感覚すら覚える。そして待ち望んだサビでは言わばピラニアにエサ状態で、体当たりやダイブで半無法地帯に。それを完全に分かっているKjも客席にしきりに睨みつけながらピースサインを投げかけたりもしていて、何というか「ああ、DAのライブだわ……」と思ったり。

Dragon Ash「Fantasista (Live) -2002.11.24 Tokyo Bay NK Hall-」 - YouTube

ただ我々としても予想外だったのは、この後に披露されたのが“Fantasista”だったこと。言うまでもなくこの楽曲は誰もが待ち望んだ楽曲だった訳だが、ここで“Fantasistaが鳴らされたこと、それは”彼らの復活の狼煙でもあった。というのも、この楽曲は大方のファンがDAと出会ったきっかけ、かつインタビューでも「“Fantasista”をやらなかったライブはこれまで一度もない」と過去語られていたにも関わらず、コロナ禍では意図的にセットリストから外された楽曲だったからだ。もちろんその理由は“Fantasista”がファンとのレスポンスとモッシュ&ダイブを前提とした盛り上がり(コロナ禍ではソーシャルディスタンスでそれらの行動が全てNGとされた)であることからだが、それでも。彼らはいつしか『“Fantasista”をやらないのがコロナ禍のライブ』とし、極力セットリスト入りを封印することをバンドのルールと化した。……そう。いつか来るであろう、またライブハウスが元通りになるその日が来るまで。

そこで、この日のライブである。これまでの3年間を帳消しにするように、Kjは「セイ!ウォー?」「ラウダー!」と何度もファンを煽り、サビ前では「腹の底から声上げろーい!」「飛び跳ねろーい!」と絶叫。それはこれまでコロナ前に何度も観てきた光景そのままで、個人的にはこの日一番涙腺を刺激された一幕でもあった。当の本人であるKjも眼前で繰り広げられる熱狂に耐えきれなくなったのか、ラスサビでは自分もダイブ!Kjが握っていたマイクが宙を舞う中、残りの歌詞をファンが熱唱してやり切る信頼感のあるワンシーンを経て、そこかしこで荒い息遣いが響く幕切れとなった。

Dragon Ash / 「New Era」 - YouTube

荒々しくも美しい“New Era”を終えると、Kjによる最後のMCに。「よく売れないロックバンドがライブのMCで言うんだよ。『夢は叶うよ』とか『ひとりじゃないよ』とか『大好きだよ』とかさ。あれ全部比喩だから。ライブに来ても夢が実現する訳じゃないし、友達は増えねえし、誰かに振り向いてもらえる訳じゃない。……でも俺はライブハウスだけは、喜怒哀楽を全部出していい場所だと思ってんだ。実際俺は25年もバンドやってっけどさ、怒られたことねえもん。人に迷惑かける行為以外は、ライブハウスではダセエ姿も全部見せて良いんだよ。お前ら明日も仕事だろ?んで辛いことがあったら、またこの場所で会おうや。カッコいい大人になろうぜ」。口角を上げてのピースサインをバックに彼が語ったのは、全てのライブキッズに希望を与える彼らしいもの。その言葉にどれだけの人が感銘を受けたのかは分からないけれど、彼がライブハウスを愛しているという事実は、何よりも雄弁に伝わったように思う。

Dragon Ash / DRAGONASH LIVE TOUR 「UNITED FRONT 2020」 2020.12.29 @Zepp Haneda (TOKYO) digest video - YouTube

そして「変なダンスでも何でもいいよ。俺をサンドバッグにしてくれていい。お前の喜怒哀楽を見せてくれ!」と絶叫して鳴らされた最後の楽曲は“A Hundred Emotions”。DAのライブでいつしかラストに鳴らされることが多くなった、音楽の愛に溢れたメッセージソングだ。フロアにはヘドバンをしながら前方に向かう人、ビールを掲げて踊る人、両手を挙げて興奮を体現する人など様々なファンで溢れ、美しい雰囲気でもって《音楽は鳴り止まない 感情はやり場がない/日々を音楽が助け出すように 君の感情が溢れ出すように》の歌詞が響き渡る様は、とても感動的だった。キラキラとしたアウトロに包まれる中、Kjは「ロックのように自由!Dragon Ashでした!」と叫び、本編は終了。そこには異様な熱量と、満足度だけが残された。

暗転した会場に“Viva la revolution”のイントロをファンが「ビラ!ビラ!」→「ラレボリューション!」で歌い継ぐ形で再び呼び込まれたアンコール。ここではまず今ツアーで恒例となった写真撮影を挟みつつ、メンバーそれぞれのコメントで時間をつなぐDAである。なお地元民からしてもこの場所は地理的にもなかなかバンドがツアーで訪れない場所だけれど、気付けばステージ上にはファンの汗が上って霧になっている。如何にこの日集まったファンの熱量が高かったのかを物語っているように見えた。

Dragon Ash「Walk with Dreams」 - YouTube

DAのアンコールは基本的には決められておらず、その時々の雰囲気で大きく変化することでも知られる。この日のアンコールで最初に演奏されたのは極めて珍しい“Walk with Dreams”で、ミドルテンポなサウンドにゆらゆら揺れる会場だ。そして最後に披露されたのは“運命共同体”!船乗りと船がニコイチの信頼関係で繋がっている……という話はその仕事をしている人にとっては広く知られているが、この楽曲では航海を日々の生活と照らし合わせ、自身の心を再度向き合わせる楽曲として描かれている。Kjはハンドマイクで客席を扇動するように動きつつ、楽曲の後半では「最後は踊って終わろうぜ!」と叫んでモッシュを生み出しており、この“運命共同体”はライブハウスとDA、また音楽と我々ファンを照らしているようにも思えた次第だ。

Dragon Ash「運命共同体」 - YouTube

時間にして約1時間半、熱狂的な盛り上がりとなった今回のライブは先んじて記した通り、彼らの信念を明確に見せるものでもあった。それはつまるところ『ライブハウスへの思い』。これまで3年間に渡りメディアで「不要不急のもの」と吹聴され続け、様々な制約を課せられたライブハウスが矢面に立たされたことは疑いようのない事実だ。……けれどもそれが今になって存在肯定が成されたことで、DAは表立って「ライブハウスって俺ら的にはめちゃくちゃ必要じゃね?」と発することが可能になった。だからこそのライブハウスツアー、だからこそのセットリストがこの一夜だったのだ。

それはこれまで“Fantasista”や“百合の咲く場所で”といった代表的なライブアンセムをコロナ禍で披露しなかった彼らにとっても、まさしく「やっとライブハウスが戻ってきた!」と思えるものだったはず。我々がこの日感じた楽しさと嬉しさは、また次のライブにも繋がっていくに違いない。……DAの楽曲の名前を借りれば、“陽はまたのぼりくりかえす”。あの地獄の自粛生活を3年後しにライブハウスでリベンジさせてくれたのは、紛れもなく今回のライブだった。

【Dragon Ash@米子 セットリスト】
Entertain
House of Velocity
Fly Over feat. T$UYO$HI
Ode to Joy
VOX
光りの街
ROCKET DIVE(hide with Spread Beaverカバー)
The Show Must Go On
朝凪Revival
Neverland
陽はまたのぼりくりかえす
ECONOMY CLASS
百合の咲く場所で
Fantasista
New Era
A Hundred Emotions

[アンコール]
Walk with Dreams
運命共同体

【ライブレポート】ツユ『LIVE TOUR 2024 革命前線 -Downer Night-』@BLUE LIVE 広島

完全燃焼。今回のライブを一言で表すとすれば、この言葉しかあり得ない。……そもそもこの日集まったファンも、おそらくは誰も思っていなかったはずだ。演奏曲が1時間半ジャストでなんと28曲、美麗な紗幕もMCも、水分補給やチューニングの時間すらも徹底的に廃され、更には様々なハプニングで一時ライブ続行不可能になるなどあまりに自傷的、かつ伝説的なものになろうとは……。

今回のツユのライブレポを記す前に、まずは現状のツユがどのような環境に置かれているか、というのを知っておく必要がある。そもそもツユの全国ツアー『革命前線』は元々、毎年恒例のライブの一環として計画されていた。しかしバンドの発起人であり全ての作詞作曲を務めるぷすが、ある日突如としてX(旧ツイッター)にて今ツアーをもってツユを活動休止、最悪の場合は解散するかもしれないと示唆。その他の過激な言動も相まってぷすはネット上で多くの批判に晒されることとなった訳だが、とにかく。結果として今回のツアーは、当初の予定にはなかった多くの意味を宿したものとなった。

広島ライブの開演時間は今ツアーでは最も早い17時。それに合わせる形で会場に到着すると、そこには大勢のファンが。見たところ年齢層は10〜20代が圧倒的に多く、男女の比率は少しばかり女性が多めな印象だ。中には全身を缶バッジや特別グッズでデコレーションしたファンも見受けられ、一般的なペンライトの他ツユのアーティスト写真を模したペンライトを持っている人も多数。物販はこの時点で売り切れになっているものもあり、期待値と人気の高さを改めて感じたりも。また場内はスタンディングではなくパイプ椅子が並べられた作りになっていて、整理番号の早い人から自由に座席を選べるシステムである。

ステージ関係については、大きく2つのポイントが目を引く。まずはツユのライブでは定番となっていた紗幕やモニターが全くなかった点。それこそ2年前はMVを背後に投影しながらライブを行っていたのを記憶していたが、この時点で今回のライブではMVを使わないストロングスタイルの夜であることが分かる。もうひとつはステージに置かれた『△□』の形の巨大電飾で、これもツユのライブとしては初。この電飾は結論として赤や青、黄色といった色に場面場面で変化するようセッティングされており、ファンがペンライトの色をどのように変化させるべきか、その視覚的な判断材料となっていた。

定刻になると非常にゆっくりとしたペースで照明が落ち、ステージ袖からアベノブユキ(B)、あすきー(G)、ゆーまお(Dr。ヒトリエ)、miro(Key)、そして少し遅れる形でぷす(G)、礼衣(Vo)が現れると、多くの拍手が鳴り響く。なお礼衣とぷすは公には素顔が非公開とされているものの、表情はバッチリ見えるライブ然とした形であり、全員が全身を黒でコーディネート。今回のサブタイトルが『Downer Night(シリアスな夜)』であることも相まって、ファンからの拍手も上がれどどこか暗い雰囲気を察して、パラパラとしたものになっていたのも印象的だ。

ツユ - やっぱり雨は降るんだね MV - YouTube

リリースツアーではないので、今回のライブはセットリストが予想不可。そのため「何が1曲目に来るんだ……」と想像を巡らせていた人は少なくないと推察するが、オープナーはファーストアルバムから彼らの名前を広める契機となった“やっぱり雨は降るんだね”。これまでのライブでは盛り上げる観点から後半にかけて演奏されることの多かったこの楽曲。それが初っ端にドロップされた時点で驚きだったが、ぷすのギターの音量のデカさ、礼衣の歌声が突き抜けて聴こえて来る感覚から驚きはすぐさま喜びへと変化。1曲目にしてペンライトが揺れるアットホームな空間を作り出していた。

“やぱ雨”の余韻が残る中、そこからは“風薫る空の下”、“アサガオの散る頃に”、“くらべられっ子”といった代表曲を休憩なしで連発。ここまではまるでツユの最初に行われた東京ライブの再現のようなセットリストのため「あの曲が聴けた!」との興奮もあったのだが、実は先述の通り今回のライブは攻め過ぎた結果、前代未聞の酸欠セトリ。前半はまだその序章に過ぎなかったことは特筆すべきだろう。

ツユ - アサガオの散る頃に MV - YouTube

そう。この日のライブは言わば全キャリア網羅。具体的には『やっぱり雨は降るんだね』→『貴方を不幸に誘いますね』→『アンダーメンタリティ』の過去リリースされた3枚のアルバムの中から、比較的有名な楽曲をリリース順に並べて叩き付ける、あまりに壮絶なものだったのだ。もちろん有名な曲ということは、その全てはハードな演奏と歌唱を要求されるファストチューンであり、休憩は一切なし。この疲労度と難易度たるや……。正直なところ、ぷすがXで活動休止と解散を仄めかした際には「多分嘘かな」と思っていた部分があった。しかし今回の明確に過去から現在までをノンストップで遡っていく流れは「あっ、これマジで解散するかも」と感じさせる危機的な何かも孕んでいたように思う。

そして今回のライブで最もハードな役割を果たしていたのは、ボーカルである礼衣だ。元々ツユの楽曲は強弱が著しいスピードで入れ替わり、呼吸をする場面すらほとんどない。そのためずっと高音で歌い続ける状態になるのが礼衣なのだが、これが休憩なしで延々続いていく鬼畜仕様には呆然とする他なく、楽曲の合間合間の数秒間に水をストローで一瞬飲む程度の時間しか与えられないまま歌い続ける礼衣を見ていると、まるでスポ根漫画の短距離走というか、「あと1周!」と叫び続けるツユという大きな存在の下で汗だくで走り続けているような、そんな有無を言わせない限界突破の感があった。

ツユ - 太陽になれるかな MV - YouTube

ただ、その過酷な歌唱が礼衣の声を疲弊させていたのも事実。“ロックな君とはお別れだ”あたりで少し声が切れる場面があり、続く“太陽になれるかな”が終わった瞬間、それは起こった。礼衣は「こんばんはツユです。広島……あ、泣きそう……」と言いかけたあたりで突如うずくまり、全ての演奏がストップ。当初こそ感情を押し留めていた礼衣だったが、堰を切ったように流れる涙には勝てず、しまいにはぷすへマイクを渡してステージ裏へとハケていく。それを見たぷすは「本当は俺が喋る流れじゃなかったんだけど……」と困惑しつつ、どうやら礼衣が数日前から喉の不調に悩まされていたこと(後に声帯出血を伴う声帯炎と判明)、礼衣自身がとてもストイックな性格で、歌に関しては一切の妥協が出来ないタイプであると説明。ただ数分経っても戻らない状況の中、ぷすはアドリブトークで何とか持ちこたえようとするも「俺がたくさん喋ると『ぷす炎上したのに元気じゃん』って絶対思われるからこれ!」と笑いを誘っていく。

そこから数分後に戻ってきた礼衣は顔に黒いハンカチを当てた状態で、涙を見せないように現状を説明。その声は先程までの綺麗な歌声とは打って変わってほぼ潰れており、礼衣は「ツユ、口パクじゃないんです……」と気丈に振る舞いつつ、涙を流しながらも「今まで以上に頑張って歌います」とライブを続けることを決意。ぷすは「今までこういうことがなかった訳じゃないけど、ここまでになるのは初めてだよね。プレッシャーなのかな。だからみんな応援してください!」とファンに応援を呼び掛け、礼衣の体調を見ながらこのままライブを続行することに。

ツユ LIVE『貴方を不幸に誘いますね』 - YouTube

この一連の出来事があったためか、ここからのライブは明確にファンとツユとの一体感で駆け抜けていった印象が強い。というのも、ここからはツユ屈指の歌唱難易度を誇るセカンドアルバム『貴方を不幸に誘いますね』のゾーン。喉の高音と低音の繰り返し、裏声の多用、そして息継ぎそのものがほぼ出来ないシンガー殺しなアルバム……。それらの楽曲の数々が喉の不調の真っ只中にある礼衣に容赦なく襲い掛かる様は、ともすれば限界突破の歌唱にも見えるだろう(実際にその姿を見て泣いているファンも大勢見た)。ただ流石はボーカリストというべきか、礼衣は歌うにつれてどんどん覚醒していく感覚もあり、正直なところ素人目には喉の不調を感じさせないほど声は通っていた。その姿には彼女の本気度をしっかりと感じることが出来たし、そんな礼衣を心配して何度も演奏中に目を配るぷすとmiroの視線も、バンドとしてとても美しいものだった。

テリトリーバトル - YouTube

そのアッパーさと相まって絶大な興奮を生み出したのはアルバム曲の“テリトリーバトル”。ダブステップを彷彿とさせる打ち込みサウンドが新たなエッセンスとして響く中、手拍子も作用して一体感抜群。更には真っ赤な照明の下、常に前を睨みながら演奏するぷすはもちろん、最高音が出ないことに思わず天を仰いで笑ってしまう礼衣の表情さえもホラーチックに変えてしまう雰囲気はこの日最もツユのダークヒーローぶりを映し出した一幕であり、グッとくるものがあった。

思えばツユは、常に我々のネガティブな感情に寄り添ってきたアーティストだった。それは例えばファーストでは“くらべられっ子”で他者比較、“あの世行きのバスに乗ってさらば。”で自殺願望、“ロックな君とはお別れだ”では嫉妬として描かれ、結果として現代に生きる若者の心情とリンクする形で広まるに至った。では続くセカンドアルバムではどうかと言えば、そのネガティブな感情が外向きになった結果、「私がこうなったのは全部お前らが悪い!」とする自己保身からの他責に向かうこととなる。それは『貴方を不幸に誘いますね』のタイトルにも表れていて、特に“デモーニッシュ”や“泥の分際で私だけの大切を奪おうだなんて。”では痛烈な毒を撒き散らすことで、人間の醜悪さを露呈させてのショック療法の機能を果たしていた。……ただその他責はつまるところ自己嫌悪の裏返し。「じゃあ自分が死ねば全て終わるんじゃないか?」という消滅願望が、このアルバムの終着点である。

ツユ - 終点の先が在るとするならば。 MV - YouTube

このセカンドアルバムのラストとなった“終点の先が在るとするならば。”は、そんな死について歌われている。この楽曲は先んじて演奏された“あの世行きのバスに乗ってさらば。”で天国に向かうバスに乗り込んだ主人公が、実際に死後の世界に到達した後のアンサーが描かれているのだが、この結末はハッピーなものではない。《後悔をしているから/早まったあの私みたいに あなたにはなってほしくなくて》と自死を後悔する形で締め括られていることに、ぷすが発する自傷的な前向きさと言うか、自責と他責・ポジティブとネガティブは表裏一体なのだと言うことを突き付けられる感覚をもたらしてくれた。

そうしてライブは第3章、サードアルバムの“アンダーメンタリティ”ゾーンへ突入する。ファーストでネガティブな精神性を、続くセカンドで他責方向へと向かったツユは、このサードで明確に『現実世界の闇』へと視点を切り替えている。……繰り返すがぷすは自分の思ったことを包み隠さないアーティストだ。ゆえに“アンダーキッズ”におけるトー横キッズのオーバードーズと自傷行為然り、インターネット上で炎上して実質的な引退に追い込まれた某メンバーを題材にした“いつかオトナになれるといいね。”然り、ぷすが当時最も思いを発露したかった題材がこれらに勝るものがなかったという証左であり、結果としてこれまでの『自分発信→他者』の図式であったツユとは性質が全く異なっているという点では、著しく方向性を変えたアルバムとの見方も出来る。

ツユ - いつかオトナになれるといいね。 MV - YouTube

そのうち熱狂的な盛り上がりとなったのは、ツユの楽曲で唯一ファンとの掛け合いを行う“いつかオトナになれるといいね。”礼衣が「盲目?」と放てばファンが「信者!」と返し、ぷすが超絶ギターを弾けば拍手喝采。目の前に広がる光景だけを見れば素晴らしいライブの一幕だが、その一幕さえもぷすに言わせれば「お前らも盲目な信者なんだよ?」というアンチテーゼ。彼がこの楽曲を最もポップに振り切ったものとして作ったのは計画的だろうけれど、奇しくも生身のライブでもってこの計画性は現実のものとして受け入れられた形だ。

また今回のライブで、直接的な怒りが爆発したのは“アンダーヒロイン”の時間帯。腰に手を当てながらの「あーあ、マジうぜえあの女」とする礼衣のゾクゾクする語り口に没入し、ぷすのギターソロに心奪われて歌詞にはどこか共感してしまう……。憂鬱もしんどさも、人生で訪れる事象を和らげる音楽が美徳とされている中、彼らが鳴らす音楽は直接対峙してカチ合わせるような過激派の魅力を携えていて、それがツユが愛されている理由なのだと改めて感じられる一幕でもあった。

ツユ - アンダーヒロイン MV - YouTube

そしてここからは、あらかじめぷすが「最低でも新曲4曲は持っていきます」と明言していた新曲ゾーン。ファースト、セカンド、サードときて新曲で終わらせるのは強気な姿勢の表れだろうけれど、これらが本当に素晴らしかった。まずはツユの公式Xで先行公開された、今回の『革命前線』のインタールードとなる楽曲からスタート。そこからは礼衣が言葉数多く捲し立てるファストチューン、そして『新曲3』はこれまでのツユの合せ技とも言えるリミックス曲で、“やっぱり雨は降るんだね”の《やっぱり雨は降る……》あたりをBPMを落としてそのまま歌詞に当てはめたり、所々のギターは“ロックな君とはお別れだ”のジャッジャッジャッと鳴るフレーズを使ったりと、ツユのファンであればあるほどグッとくる新曲に。

「さりげなく新曲をやったんですけど、どうでしたか?最近は少しテイストが違う曲をたくさん出してきたんですけど、この曲は昔のツユに戻ったような歌になりました。歌詞は聞き取り辛かったと思うけど、またMVも出ると思うので。よろしくお願いします」と礼衣が語り、最後の曲として宣言したのは今回のツアータイトルにもなっている“革命前線”。この楽曲はぷすのリアルを、一切の脚色なしで映し出している。

ツユ - 革命前線 MV - YouTube

《あの日の覚悟も 全部溶けてしまったんだ》《見て 見て 僕を この穢れた僕を》……。“革命前線”では徹頭徹尾、ぷすの現状が赤裸々に語られる。それも一見すれば歌詞だけで完結していたものを、ぷす本人がXにて高級車を乗り回していたり、女遊びを繰り返しているという証拠とも言えるツイートをしてしまったことで、“革命前線”における歌詞の全ては確固たる事実として映ることとなった。つまり今のぷすは『様々なものを手に入れた果てに創作意欲を削がれた状態』であると、公に暴露したのである。

では何故ぷすはこうしたツイートをしたのか。その理由は純粋に『〆切が間近に控える中、自分自身を追い込むための行動』であったと推察される。今回の活動休止、ひいては解散を示唆するツイートにしてもおそらくはそのような考えがあってのものだろうし、ファン視点では批判されて然るべき行動のようにも思える。……しかし思い返せばぷすは、そうした衝動的な気持ちを歌にしてきたアーティストでなかったか?事実、憂鬱も希死念慮も、果ては他者への怒りも含め全てを包み隠さず爆発させたことで、多くの共感者を生んだのがツユであったはずだ。今回のライブタイトルを『革命前線』としたのもそう。彼らの今回の4つの新曲もまた、今後のツユに繋がる大きな伏線としてのものなのだろうと思いたい。

1時間半で28曲という、尋常ならざるペースで駆け抜けたツユ。後に発表された通り、礼衣は声帯出血を伴う声帯炎の症状を訴え、次のライブ予定をキャンセル。この日の広島は結果として治療前の最後のライブとなったけれども、命を削るような圧倒的な迫力を目撃した当事者としては、とにかく「良くやってくれた!」と拍手喝采を送りたくなる夜だった。

今回のライブは総じて、ファンとツユの信頼感を強く抱かせる代物となった。上のレポでは短距離走の例えを出したけれど、礼衣が声の不調を訴えて以降はまるでツユの横を我々ファンが水を持ちながら並走しているような、そんな感覚。これまで観たツユのライブとはまた違った青い炎が、フロア全体を突き動かす歴史的なライブ。ライブ全般において最も大切な『本気度』が特にこの日はありありと確認でき、本当に素晴らしかったと今でも感じる。

結局のところツユが活動休止するのかは、未だに分からない。この日のライブがラストと言われても納得出来る程の熱量だったが、「まだ先がある」と言われても同様に納得出来る、そんなライブだったから。ただ新曲4つの完成度の高さ、また礼衣自身が全力でツユに向かい合っている事実を赤裸々に知った今となっては、活動休止してほしくないのがファンとしての率直な気持ちだ。……この先に待ち受けるツユの革命。この日はその序章に過ぎないと考えつつ、次のアクションを座して待ちたい。

【ツユ@BLUE LIVE 広島 セットリスト】
やっぱり雨は降るんだね
風薫る空の下
アサガオの散る頃に
くらべられっ子
あの世行きのバスに乗ってさらば。
ロックな君とはお別れだ
太陽になれるかな
ナミカレ
雨を浴びる
雨模様
どんな結末がお望みだい?
奴隷じゃないなら何ですか?
テリトリーバトル
強欲
デモーニッシュ
泥の分際で私だけの大切を奪おうだなんて。
終点の先が在るとするならば。
傷つけど、愛してる。
これだからやめらんない!
いつかオトナになれるといいね。
腹黒女の戯言
アンダーヒロイン
不平不満の病
アンダーキッズ
新曲
新曲
新曲
革命前線(新曲)

【ライブレポート】ヤバイTシャツ屋さん・夜の本気ダンス『“BEST of the Tank-top” 47都道府県TOUR 2023-2024』@BLUE LIVE 広島

ヤバイTシャツ屋さんが47都道府県ツアーを敢行してから数ヶ月経ち、今回の広島公演で気付けば終盤戦。通常ではあり得ない短スパンで叩き込まれたスケジュールを消化していく様は『ロックバンドかくあるべし』の感があるが、実際に行うとなるとその過酷さは言うまでもなく。ただその疲れさえも翌日のライブで回復させていくのが、ヤバTらしさである。

今回会場に選ばれたのは、眼前が海に面した少し特殊なライブハウス。何と現状全てのライブがソールドアウトになっている彼らはこの日も同様で、このちょっとやそっとではたどり着けない場所に大雨にも関わらず1000人近くのファンが満員御礼で集まり、その時を楽しみに待っていた。この日の対バン相手は高校の先輩後輩の立ち位置でもある、夜の本気ダンス。結成15年の夜ダンと結成10周年のヤバT、その化学反応は如何なるものなのか。

大勢のファンでごった返すライブの幕が下りたのは、定刻から5分ほど過ぎた頃。先行は夜の本気ダンスで、デビュー当時から変わらない“ロシアのビッグマフ”のSEを経て鈴鹿秋斗(Dr.Cho)、米田貴紀(Vo.G)、西田一紀(G)、マイケル(B.Cho)らメンバーが登場。そして「クレイジーに踊ろうぜ。“Crazy Dancer”!」と米田が叫ぶと、いきなりの“Crazy Dancer”でフロアを温めにかかる。この楽曲はライブではリリース当時からほぼ必ずセットリストに入っていて、《ないないない》の歌詞部分で振り付けを入れたり、レスポンスを委ねたりとその都度新たな盛り上がりを吸収して成長してきた。その結果今回は『何も言わずとも伝わっている』という状況が既に出来上がっており、早くもハイライト的な爆発を引き起こしていた。

【夜の本気ダンス】Crazy Dancer - YouTube ver. - YouTube

ライブ活動を続けているとともすればセットリストが偏ってしまいがちな感もあるが、今回の夜ダンはここ数年でも非常にレア、具体的にはセットリストの大半をミドルチューン、もしくは比較的新しい楽曲に変化させた前傾姿勢のものに。「皆さん踊る準備は出来てますか?」との一言から始まった“Oh Love”、インディーズ時代のファーストにおける“Fun Fun Fun”など、この40分の持ち時間にあえて強気の姿勢で攻める形は好感が持てたし、実際『今が最高!』を具現化する彼ららしいステージングだったように思う。

夜の本気ダンス"ピラミッドダンス feat. ケンモチヒデフミ" MUSIC VIDEO - YouTube

夜ダンのコンセプトは『自分たちが踊りたくなるような曲を作る』というもの。そのため初期はアッパーで四つ打ちを基本形にしていたのだが、最近は更に新しい方面での踊れる楽曲を量産し、注目を集めている。特に今回のライブでは新曲の“ピラミッドダンス feat.ケンモチヒデフミ”がそのモードで、ラップさながらに言葉を紡ぐ冒頭から打ち込みを使用したサウンドまで、明確に他の楽曲とは異なる魅力を宿していた。音源では打ち込みを妙があったが、実際にライブで耳にするとまた違った面白さもあったりして、これぞライブだなと。

MCでは、主に鈴鹿が他愛もない話をファンのレスポンスと共にどんどん変化させていく現場主義で進行。まずはこの日が年明け初めてのライブであることに触れると、年の瀬に4万円のお年玉を貰ったことを語り「これから少しずつ返していければと思います……」と濁したのを契機とし、以降は夜ダンとヤバTが先輩後輩の関係性であることから「後輩を脅して出演が決まった訳じゃないですから」と爆笑を生み出したり、果ては西田とヤバTもりもとの後ろ姿が似ている話などやりたい放題。もはや収拾のつかなくなった鈴鹿を他のメンバーはただ眺めるだけ、という構図も最高だ。

夜の本気ダンス MV "WHERE?" - YouTube

「後輩のヤバTに捧げます」と鳴らされた“Magical Feelin'”を終え、最後の楽曲は“WHERE?”。米田は「行くぞ広島!」と何度も煽りつつ、BPMの速いファストロックを叩き付けていく。我々はと言えば何も考えず踊り狂う、最高のロック空間が出来上がっていたのは印象深い。“fuckin' so tired”や“審美眼”といった代表曲を廃して、彼らなりの覚悟で臨んだ40分間。個人的には最後に広島で彼らのライブを観たのは今から7年半前、主催者に直接DMを送って行く小さな会場が最後だったのだけれど、あれから何倍もパワーアップしているなとしみじみ。今度は単独で。

【夜の本気ダンス@広島 セットリスト】
ロシアのビッグマフ(SE)
Crazy Dancer
By My Side
Oh Love
Fun Fun Fun
ピラミッドダンス feat.ケンモチヒデフミ
Magical Feelin'
GIVE&TAKE
WHERE?

 

夜ダンのライブが終わるとすぐ、目の前にポッカリとスペースが発生。その答えはひとつで、次なるヤバTのモッシュタイムに備えて全員が2〜3歩前に進み出た結果だ。この瞬間に「凄いライブになるぞ……」という思いが頭を支配していたが、まさかその結末は更に興奮上乗せ、気化した汗がステージの上部から垂れてくる、カオスな時間となったのは誰が想像出来ただろう。

『ネッキーとあそぼう わんぱく☆パラダイス』のOPである“はじまるよ”に乗せてステージに現れたのはこやまたくや(Vo.G)、しばたありぼぼ(B.Vo)、もりもりもと(Dr.Cho)の3名。人があまりに密集し過ぎて、メンバーは頭のてっぺん程しか見えないが「そこにいるんだろうな……」というのは明確に分かる盛り上がり。そこから鳴らされたのは“Universal Serial Bus”、“ダックスフンドにシンパシー”の超ファストチューン2連発で、一気に熱量を高めるばかりか、早くもこの段階でダイバーも出現。ライブ定番曲でもないのに、この盛り上がりは一体何だろうか。

ヤバイTシャツ屋さん - 「Universal Serial Bus」Music Video - YouTube

ヤバTのライブは、セットリストが毎回変わることでも有名。今回もこやまに「ちょっと今日のセットリスト、変なことになってまして……」と冒頭で示唆された通り、アルバムに収録されつつもなかなか披露されない楽曲に加え、今は入手不可能な自主制作盤から“反吐でる”、激レアの“どすえ 〜おこしやす京都〜”、果てはROTTENGRAFFTYの“D.A.N.C.E.”のカバーなど多方面に振り切ったセットリストで翻弄。その中で全員が知っているキラーチューンも惜しみなく見せる、ライブ慣れした彼らにしか不可能な幸福空間がここに。なおこの日のライブハウスは47都道府県中でもキャパが1000人と大きい場所で、物量的にも圧倒されるライブであったことも特筆しておきたい。

ヤバイTシャツ屋さん - 「ハッピーウェディング前ソング」Music Video - YouTube

前半部のハイライトは、何と言っても“ハッピーウェディング前ソング”。ライブで必ず演奏される認知度的にも「待ってました!」感が強いこの曲。もちろん会場内の盛り上がりは異常なほどで、ダイバーやモッシュがそこかしこで発生。前で観ている人はどれほどの状況になっているかは想像するしかないものの、後方で観ていても既に体は汗だく。キュッキュッと鳴る音に気付いてふと足元を見ると、地面は謎の水びたし状態。それが「みんなの体から出た汗なんだ」と判明した時、この日のライブの凄まじさを再認識した次第だ。

かと思えばMCでは、一気に脱力するのも彼ららしさ。今回は夜の本気ダンス・キュウソネコカミ、ヤバイTシャツ屋さん、四星球のメンバーで構成された通称『ソゴウ会』のトークが中心で、こやまが「皆さんソゴウ会って知ってます?4バンドが一緒になってやってるあの……おもんない身内ノリグループなんですけど」とボケると、夜ダンの米田を「あんな細い人間が産まれてくるもんなんやな」としばたが刺し、もりもとの言い間違えをふたりが徹底的にイジる。終始グダグダなトークだが、それすらも微笑ましくなるのはヤバTだからこそ。

そして“ちらばれ! サマーピーポー”でウォールオブデス(観客を左右に分けて突撃させる方法)を作り出し、「ヤバTの中で一番チルい曲」とする“dabscription”でムードを作り出すと「ここからは本気ダンスタイムです!」と“喜志駅周辺なんもない”を投下するヤバT。ただ今回は夜ダンに送る特別バージョンで、演奏の後半部を夜ダンの1曲目“Crazy Dancer”をカバーでまとめたこの日だけの楽曲、その名も“喜志駅周辺のCrazy Dancer”として再構築。更には“DANCE ON TANSU”、まさかのROTTENGRAFFTYの“D.A.N.C.E.”カバーなどダンス曲3連発でお届けし、熱量を底上げ。

ヤバイTシャツ屋さん - 「Blooming the Tank-top」Music Video - YouTube

ライブはラストスパートで、ここからは“Blooming the Tank-top”、“Tank-top Festival 2019”、“ヤバみ”というラウドな楽曲を立て続けに展開。もうここまで来ると体温上昇も著しいレベルになっていて、一緒に歌って踊って汗をかいている間に楽曲が終わって、また続いて……という覚醒状態に。正直僕はこの時点でほぼ記憶がなかったりするのだけれど、それは彼らの後半にかけての畳み掛けが『楽しい!』の感情のみで全て完結するものであった証左なのだろうと思う。これは最大級の褒め言葉としてだが、本当に「俺死ぬんじゃないかこれ……」と思うレベルの盛り上がり。こやまは「前に来たときはまだコロナ禍で、客席にスペースがあった。でも今日はグッチャグチャになってる。これがヤバTのライブや!楽しいなあ!」と叫んでいたが、これこそがヤバTが望み続けていたライブなのだ。

ヤバイTシャツ屋さん - 【LIVE】「かわE」 from 3rd LIVE Blu-ray/DVD 「Tank-top of the DVD Ⅲ」 - YouTube

最後の楽曲に選ばれたのは“かわE”。満面の笑みを浮かべながら演奏するメンバーの目下、フロアでは「最後やー!悔い残すなよー!」とのこやまの呼び掛けに反応し、10人以上ものファンが肩車状態となり押し合い圧し合いでこの日一番のカオス空間が形成されていく。中でもサビの盛り上がりは凄まじく、いつもファンに委ねている《やんけ!》のレスポンスに関しては1000人が叫び倒しているため、鼓膜がビリビリ震えるほどの迫力と一体感。ラスサビではダイバーが一斉に立ち上がったことで眼前にはメンバーすら見えないという異常事態さえも発生する程、完全燃焼で終了。地面はツルッツル、息はゼエゼエ。でもテンションはずっと高いという興奮は、やはりヤバTでしか味わえない。

ヤバイTシャツ屋さん - 「無線LANばり便利」Music Video - YouTube

ステージからハケた瞬間から「ヤバイ!」→「Tシャツ屋さん!」のチームワーク抜群のアンコールによって再び呼び込まれたメンバー。こやまは眼前に広がる靄を見ながら「これスモークちゃうねん。みんなの体から出てきた汗やねん。多分めっちゃ体に悪いよなこれ」と全員を称賛していて、その表情は穏やかだ。なおヤバTの今回の全国ツアーでは30秒以内であればアンコールの1曲目のみ動画撮影・投稿が許可されており、一斉にスマホが掲げられる……という光景も新鮮で楽しい。そんな状況下での1曲目は“無線LANばり便利”で、再度の盛り上がりを記録していく。歌われている内容はと言えば『有線より無線LANの方が便利』『Wi-Fiがあるから家に帰りたい』というものだけれど、これがヤバTにかかると歌って踊れるライブアンセムになるのだから不思議だ。

“Tank-top in your heart”からの写真撮影を終えると、再びファンに挙手制で語り掛けるこやま。「今日ヤバT初めて観たよって人?楽しかった人?もし良かったら他の友達とか、是非ライブに連れてきてください。絶対に良いライブします!」……。思えばこれまで彼らは、特にコロナ禍ではライブハウスの未来を考えて活動していた。制限のある状況下でもライブを続けてソールドアウトさせることで、ライブハウスの存続に繫げるというものだ。しかしシーンが元通りになった今、彼の原動力となっているのは『ライブハウスから離れてしまった人たちをカムバックさせること』。そのためには楽しいライブをして、どんどん広めて行こうというのが今のヤバTの考えである。先程の動画投稿OKの措置についても、それが大きな理由だと思うのだ。

ヤバイTシャツ屋さん - 「あつまれ!パーティーピーポー」Music Video[メジャー版] - YouTube

そんな彼らは最後に、最も期待されていたであろうキラーチューン“あつまれ! パーティーピーポー”を持ってきた。盛り上げまくった末の最後の駄目押しとして放たれたこの一手は、ファンの心を掌握するには十分すぎるもので、全員が一体となっての《しゃっ!しゃっ!》《エビバーディ!》のレスポンスが尋常ならざる大きさで響き渡っていく。モッシュもダイブもこれまでとは比較にならないレベルで発生し、天井からは至るところで水滴がポタポタ。目の前は汗が気化して靄になっている……という異常事態の中、ライブは終了。ステージのみならず会場の外の手すりまでビッチョビチョになったリアルからも、このライブが如何に灼熱だったのかを物語っていた。

昔からイラストを書いていて、今も書き続けている。マンガを読むことが大好きで、今も収集している……など、人は過去に多大な影響を与えられた場合、それに従った生き方を無意識のうちにすることがある。ヤバTと夜ダンにとってそれは学生時代に出会ったロックとライブシーンであり、ステージに立つようになった彼らは今でも、ロックライブを続けている。彼らが行っていることは実は非常にシンプルな思考によるものだ。

こやまが語っていたライブハウスへの思い……。それはかつて自分ひとりが抱えていたものだっただろう。ただ時を経て自分が他者を動かす側になった今、彼らの歩みはいちリスナーである我々の心を強く震わせる力強いものとなった。汗だくでグチャグチャのライブハウス、彼らが求め続けてきた景色から、また何かがここから生まれていくのだろうと思うと感慨深いものがある。約2時間半の熱狂、ご苦労さまでした。

【ヤバイTシャツ屋さん@広島 セットリスト】
Universal Serial Bus
ダックスフンドにシンパシー
KOKYAKU満足度1位
BEST
ハッピーウェディング前ソング
反吐でる
ZORORI ROCK!!!
ちらばれ! サマーピーポー
dabscription
喜志駅周辺のCrazy Dancer(夜の本気ダンスカバー)
NO MONEY DANCE
DANCE ON TANSU
D.A.N.C.E.(ROTTENGRAFFTYカバー)
どすえ 〜おこしやす京都〜
Blooming the Tank-top
Tank-top Festival 2019
ヤバみ
かわE

[アンコール]
無線LANばり便利
Tank-top in your heart
あつまれ! パーティーピーポー

【ライブレポート】山口一郎(サカナクション)『懐かしい月は新しい月 “蜃気楼”』@東京ガーデンシアター

サカナクションの絶対的フロントマン・山口一郎が精神的な病気を発症してから、もう2年が経つ。その間山口個人としての活動(CMやYouTube配信)こそ行われてはいたものの、サカナクションは活動休止となり、開催予定だったツアーも中止を余儀なくされた。2022年にリリースされた2枚のアルバムで完成する二部作の前半部『アダプト』が高評価だったこともあり、ファンは山口の現在地を待ち望む……。そんな日々が続いていた。

その渦中で行われたのが『懐かしい月は新しい月 “蜃気楼”』と第された今回のツアー。このツアーは9月6日に発売されたコンピレーション『懐かしい月は新しい月 Vol.2 ~Rearrange & Remix works~』を元としたもので、サカナクションではなく山口の単独ライブとして、全く異なる世界観で行われるもの。以下のレポに詳しいが、彼がこの2年間何を思い、この先に何を見ようとしているのか……。その全てが判明した伝説的ライブだったように思う。

サカナクション / サンプル -Music Video- -Music Video- - YouTube

アルバムジャケットが大映しになるモニターが消滅する形で、ライブは定刻にスタート。ほぼ真っ暗な会場に足音を響かせたのは全身真っ黒の服、私生活でも掛けているメガネ姿の山口一郎(Vo.G.Sampler)その人で、ゆっくりと歌い始めたのは“サンプル”。キーボードの音が鳴る中心で歌い上げる彼の背後には淡い光を発する縦長のライトがあるのみで、山口の表情はほとんど見えない。彼は開催前のYouTubeライブで「今回のライブはネガティブなものになる」「僕のこの2年間の鬱々とした気持ちと、次に向かおうという気持ちを表現するつもり」と語っていたけれど、おそらく真っ暗な中で歌われる“サンプル”における《息をして 息をしていた》との回顧は彼の実体験なのだろうと思ったし、ここからの歩みが描かれるのが、この先の時間なのだと分かる。

まず大前提として、今回のライブはほぼ全曲がリアレンジ&ミックス状態で届けられたコンセプチュアルなもの。照明も基本的には暗く、楽曲も大半が4分〜5分に変貌した、サカナクションとは完全に別物のライブまであったことは特筆しておきたい。またステージ上に楽器はほぼなく(山口が時折サンプラーを動かしていた程度)、彼の周囲をサウンドプロデューサー&マニピュレーター・浦本雅史、ミックスエンジニア・佐々木幸生、プロジェクション&PJオペレーター・Yuta Shiga、VJの総合演出・田中裕介ら4名が取り囲む特殊なものとなっていた。……何故こうした状態でのライブになったのかについては無論、今回のライブが『山口がサカナクションとして舞台に立つリハビリ』として位置していたことが大きく、どうしてもソロとして、どうしてもこの2年間に自分の周りで支えてくれたエンジニアたちと立つ必要があったのではないか。

茶柱 from NF OFFLINE - YouTube

サカナクションのライブは前半にはしっとりとした楽曲を、対して後半では一気に盛り上げるよう明確な緩急が設定されている。それは山口のソロライブも同様だったのだが、第1部は言わば山口の『鬱期』のような暗い雰囲気が全体を覆っていたのが印象的だった。また“茶柱”からは少し照明が明るくなり、ステージの全貌が明らかに。“サンプル”→“ボイル”の暗がりでは分からなかったがステージの中心で歌う山口の側にはブラウン管テレビ、絵画といった物体が鎮座していて、それらが大きな四角形の箱で覆われている、といった具合でさながら小さな自室のよう。これは山口が部屋で鬱々と過ごしていた、かつての日々を表しているのだろう。

そして“茶柱”以降は、様々な演出が目と耳を楽しめたことにも触れておきたい。モニターに映し出された線香花火、女性が手を打ち鳴らしたりといった映像と音がリンクし、最終的には山口の側にあるテレビのノイズ音でさえもパーカッションとして作用。“アドベンチャー”に移った頃には高速道路の映像がバックで流れ始め、“忘れられないの”では窓の結露、“フレンドリー”ではamazarashiよろしく歌詞の濁流がモニターを覆い尽くす勢いで投影される。更に“夜の東側”では山口を模した2つのマネキンが向かい合わせになり、ひとりが積み木を作ってもうひとりがそれを平手打ちで破壊する……という意味深な映像がループで再生。ただ歌い上げる山口本人はと言うと体をどんどん動かすようにもなっていて、バックの映像でそれと反する出来事が起きている逆転現象。それはこの2年間で少しずつ山口が前を向こうとし、またその前を向こうとすることさえも新たな憂鬱によって阻まれる、そんな繰り返しの毎日を過ごしていたことを示唆していた。

サカナクション / 新宝島 -Music Video- - YouTube

リアレンジによりテイストが変わったと言っても、やはりライブアンセムは強い。山口の内面に迫る時間を超えてライブらしい形となったのは“新宝島”で、開幕からの山口の扇動により、会場はクラップで包まれる。背後のモニターには“新宝島”のMVでお馴染みのダンサーたちの姿(何故かその中には山口のマネキンもいる)も映し出され、一気に熱量を増す会場だ。山口はWinkの“淋しい熱帯魚”よろしく腕を使って即興の振り付けをしたりと新たな動きが出てきているのだが、会場はこれまでの流れもあるためにファンが立ち上がるには至らない対極の図。本来“新宝島”は鳴らされた瞬間に絶大に盛り上がるものが、今回はそうではない……という端から見れば異質な状況だが、ここまで観た人は良い意味で『山口の過去に迫った』というネガティブな状況が行き届いていたことの証左であり、結果この盛り上がり切れていないモヤモヤとした感覚さえも、山口の躁鬱に接するものでもあったのだと、今なら思う。

サカナクション / 目が明く藍色 -Music Video- - YouTube

第1部のラストは、以前行われたファン投票でも堂々の1位を獲得した人気曲“目が明く藍色”。ピアノと微かに聴こえる弦楽器……という原曲とは大きく異なったミニマルなサウンドをバックに、山口は強弱を付けた歌声でぐんぐん牽引。その一幕だけを観れば、確かにこの楽曲が山口にとって『光』を映し出しているように思える。ただ予想外だったのは、この楽曲が最後まで歌われなかったことだ。原曲では《その時がきたらいつか いつか》のフレーズが放たれた後にクライマックスが訪れるシーンがあるけれども、山口はこの歌詞を発した直後に動きを止め、以降は少しずつ煙が山口を覆い隠す形で楽曲がフェードアウト。背後には死んだ目をした山口のマネキンの姿がホラーチックに映し出されていて、その雰囲気に呑まれるまま第1部が終了。15分間の休憩時間となった。

山口の心中に巣食う憂鬱は、一体どうなったのか。その疑問が空中にフワフワと浮いたまま第2部はスタートし、変わらず真っ暗な会場に歩を進めた山口がまずは弾き語りで言葉を紡いでいく。《あと少しだけ 僕は眠らずに/部屋を暗い海として 泳いだ 泳いだ》と歌われるのは“ネプトゥーヌス”で、《そして僕の目を見よ 歩き始めるこの決意を》と思いを滲ませるのは“フクロウ”。暗中摸索、ただ何かが起きるかもしれない……という、闘病中の希望がここで少し見えてくる作りだ。

この日初めてのMCでは、今回のツアーの意味合いが山口の口から語られた。まずは「『懐かしい月は新しい月 “蜃気楼”』。今日は山口一郎の単独ライブ、千秋楽となっております。お越し下さりありがとうございます!」と感謝の思いを口にすると、そこからは自身が2年間に渡って精神的な病気に苦しんでいたこと、またサカナクションを再び始めるために、一度ひとりで修行を積む意味で今回のツアーが計画されたことなどが真剣な表情で語られていく。中でも「病気になった当初はまたステージに立てるとは思っていなかったので。皆さん本当にありがとうございます」と語った場面は、山口が俯きながら訥々と話していたことも相まって『本当に引退も視野に入れるほど絶望的な状況だった』ことが分かり、様々な思いが頭を駆け巡っていた。

ドキュメント from NF OFFLINE - YouTube

そんな絶望的な状況だった山口にとっての心の拠り所だったのは、病気のリハビリのために行っていたYouTubeの歌唱配信。以降は共にふたりきりで配信をしていた盟友・浦本雅史のサウンド調節のもと、アットホームな雰囲気で“セプテンバー”と“ドキュメント”を弾き語りで披露。なお第2部ではほぼ真っ暗だった第1部とは違い、ステージ上には山口を含めた計4名が垂直に立っていた。それはレコーディングエンジニア、VJ担当といったスタッフであり、国外含めた全てのコンサートでは、いつも客席後ろにいる立場の人たちだ。ただ今回はその4名はステージにいる訳で、これはあまりに異質な光景だった。これについては山口いわく「これまでとは全く違う実験的なことがしたかった」というのが答えであり、サカナクションではなく山口一郎の単独ライブだからこそ思い切ったことが出来る、音楽の未来を考える彼らしい手法だなと。

ここまでは暗い雰囲気に包まれていたライブだが、会場が一体となったのはここから。「メンタルの病気って、薬の副作用で激太りするんですよ。今は痩せたけど、一時期は10キロぐらい増えたかな。ガリガリなのがトレードマークみたいになってたけど、最近はプックリしちゃって。プックリンコになっちゃった」と軽妙なトークで盛り上げる山口の姿を見ていると思わず嬉しくなってしまう。

サカナクション - アイデンティティ(MUSIC VIDEO) -BEST ALBUM「魚図鑑」(3/28release)- - YouTube

 

 

 

「みんな今日は座ってるけど、正直なまっちゃってるんじゃない?サカナクションのライブは今日とは全然違うからね。もう……こうやったり(腕を挙げる)こうやったり(“ショック!”の振り付け)、凄いんだから。なので僕は今から……縄跳びを飛びます!」との突然の流れから、「今からこの場で縄跳びを100回連続で飛んだら、“アイデンティティ”カラオケで歌います」とどこかで見たような展開に。そこから宣言通り縄跳びをキッカリ100回飛んだ山口は無事“アイデンティティ”に辿り着くも、メロやサビなど当然の如く息切れし、なかなか歌えなくなってしまう。ただそれをファン全員が歌詞を大合唱することで、この日一番の一体感を生み出していたのは本当に感慨深かった。気付けばこれまで着席型だったファンは全員立ち上がって手拍子を繰り広げていて、明確にネガティブの路線を走っていた今回のライブにおいて、最も『光』を感じることの出来た瞬間でもあった。

「サカナクションがもう一度ライブをやるなら、絶対にやりたい曲」として“シャンディガフ”を落とし込むと、ここで最後のMCの時間が到来。……MCを記述する前の大前提として書くけれども、そもそも山口は基本的に自分のことを話さない。それは彼自身が『自分の伝えたいことは音楽で全部表現する』というアーティスティックな心情に基づくもので、我々のような長年のファンであっても、彼の私生活についてはほとんど知らない人がほとんどだろう。ただここで語られた全ての内容は彼の2年間の思いはもちろん、今後についても非常に大切になる言葉であると思う。以下なるべく内容を損ねないよう、覚えている限り書き記しておきたい。

「僕はこの2年間、ずっと足掻いてきました。僕が患った病気は、鬱病です。僕はこの病気のことを何も知りませんでしたし、この病気になったことで、新しいことや病気を知るきっかけにもなりました。……でも僕はミュージシャンです。今もこうして大勢の方々にライブを観てもらえて、サブスクやYouTubeで音楽を聴いてもらえている、そんなミュージシャンです」

「僕がこの病気になったとき、たくさんの人が支えてくれました。きっと普通の会社員や学生の中にも、同じ病気を患っている方はたくさんいると思います。みんなひとりで戦っていると思います。これまでもそうでしたが、僕は今回のライブを人生最後のステージだと思ってやってきました。今日来ている人の中でも、このコンサートが最後になる人がいるかもしれない。そういう思いが、病気になったことで、またこの単独ツアーを経たことで、より強く感じましたし、サカナクションが作り出した曲がたくさんの人に聴いてもらえているという、恵まれた環境の中に自分はいるんだと再認識しました」

「今、新しい曲を作っています。次に僕たちが生み出す曲は、今までのサカナクションとは違うかもしれない。もう元には戻らないかもしれない。新しくなります。弱音を吐くのも、この病気のことを話すのも。今日で最後です」

ここまでを話し終えた後、山口は言葉を切って虚空を見上げる。それは今にも流れ出てしまいそうな涙を押し留めようとしての行動であったけれど、山口が何かを伝えようとしていると気付いているファンは、次の言葉をずっと待っている。たっぷり1分ほど経った頃、ようやく発せられた一言、それは無理矢理作られた笑顔で語られた「しんどかった……」との言葉だった。これまで絶対に語られなかった山口の絶望に触れた我々は心中を察することしかできないが、それでも。彼のその言葉で涙を流すファンの多さから、改めてサカナクションと山口一郎には大好きな人がたくさんいるのだと知る。

サカナクション / 白波トップウォーター -Music Video- - YouTube

「次は5人で。新しいサカナクションで、必ず皆さんの元に帰ってきますので。ありがとうございました。サカナクション山口一郎でした!」と叫ぶと、最後の楽曲は“白波トップウォーター”。ピアノの音をバックに歌い上げる様も感動的だった中、歌詞もネガティブな生活を明確に明るくしていこうというポジティブなもので、山口がサビ部分の《悲しい夜が明ける》と歌った瞬間には、思わずグッときてしまう。ただこのまま音楽はフェードアウトし、終わるかに思えたライブはまだ終わらない。そう。今回のライブでは大きなサプライズが待っていたのである。

サカナクション / 新宝島 -Music Video- - YouTube

全ての楽曲が終わった後、山口はひとり舞台に立ち「ここで重大発表があります!」と一言。そして「サカナクション、4月から完全復活でーす!」と満面の笑みで叫ぶと、直後に照明が暗転。ドラムシンバルの4カウントから始まったのは、まさかの本日2度目の“新宝島”!しかもステージ袖からセットに運ばれてやってきたのはなんと岩寺基晴(G)、草刈愛美(B)、岡崎英美(Key)、江島啓一(Dr)らサカナクションメンバーであり、先程まであったステージセットは完全に片付けられ、我々の良く知るサカナクションのライブが眼前で繰り広げられていく。もちろんフロアは総立ちで“アイデンティティ”を遥かに凌駕する熱量で盛り上がり、これにてサカナクションは2年ぶりに完全復活。4月からはツアーの開催も明言され、サカナクション完全復活をこれ以上ない形で証明してライブは幕を閉じたのだった。

山口一郎にとって、音楽とは存在意義に等しいものがあると思っている。ただそれゆえに、彼はひたすら孤独とも戦い続けてきた人物でもある。日本アカデミー賞音楽賞を受賞した“新宝島”然り、歌詞の最後の1文だけが書けずそのまま連日考え続けた“エンドレス”然り、アーティストが言うところの『産みの苦しみ』は少しずつ彼を蝕んでいった。その結果彼は鬱病になり、2年間に渡って表舞台から姿を消してしまったのは、体の反動によるところが大きいものと推察する。

彼は公演中、何度か「このライブが最後になると思って臨んだ」とも語っていたけれど、そんな彼を救ってくれたのもまた音楽であったことには、使命的なものを感じずにはいられない。部屋の隅に蹲る山口一郎から、いつものサカナクションへ……。その2年間の道程は決して平坦なものではなかったけれど、今後の道は明るい。サカナクション&山口一郎の新たな一歩を、これからも見届けていきたい。

【山口一郎@東京ガーデンシアター セットリスト】
[第1部]
サンプル -Rearrange 2023-
ボイル -Rearrange 2023-
茶柱 -Rearrange 2019-
映画 -AOKI takayama Remix-
アドベンチャー -Rearrange 2023-
忘れられないの -Rearrange 2020-
フレンドリー -Cornelius Remix-
夜の東側 -Rearrange 2020-
新宝島 -Rearrange 2020-
years -Floating Points Remix-
ナイロンの糸 -Rearrange 2019-
目が明く藍色 -agraph remix-

[第2部]
ネプトゥーヌス(Acoustic ver.)
フクロウ(Acoustic ver.)
セプテンバー(札幌ver.)
ドキュメント(Acoustic ver.)
アイデンティティ(オケver.)
シャンディガフ(オケver.)
白波トップウォーター -Rearrange 2020-
新宝島(サカナクション完全復活ver.)

映画『ゴジラ-1.0』レビュー(★4.5)

主演俳優が好き、PVが良かったから、有名な賞にノミネートされているから……などなど、映画を観に行く際には大きな理由が存在するものだ。ただ逆に言えば数ヶ月経てばサブスク配信が確約されている現在、わざわざ映画館で観る必要性もない訳である。たとえそれが大絶賛されている映画『ゴジラ-1.0』であっても。

そう。確かに『ゴジラ-1.0』は今の映画の最前線だ。しかしながらゴジラというのはご存知の通り長い歴史があり、その間には様々な作品が出ては消え、出ては消えを繰り返してきた。ただこれまでには『シン・ゴジラ』やら『ゴジラ × メカゴジラ』など賛否両論を巻き起こしてきた作品もある訳で、そもそもの「サブスクでも出るんだし、わざわざ映画館で観る必要があるの?」との問いに微妙な返しをせざるを得なかったのが正直なところ。だが今作は明確に『映画館で観るべき映画』であると、ここで改めて示したいと思う。

今回紹介する『ゴジラ-1.0』は、ゴジラ生誕70周年を記念して作られた作品。舞台は第二次世界大戦後の東京で、命惜しさに戦線を離脱した主人公(神木隆之介)、彼の下に血の繋がっていない子どもと共に居候同然で住み着いたヒロイン(浜辺美波)が慎ましく暮らしていたところに、ゴジラが侵略。一度は戦いから身を引いた主人公が、ゴジラによる様々な破壊を機に奮起、再び戦線へと向かっていく……というのが大まかなストーリーである。

この映画の評価すべき点はいくつかあれど、まず声を大にして言いたいのは昨今の映画では珍しく、起承転結が非常に明確になっていること。要は鑑賞後に「これってどういう意味?」と疑問を抱く部分がほぼ皆無であり、前半の謎がしっかり後半で回収され、展開的にも無駄がないため完成度が高いのだ。また登場人物全員のキャラが立っているので没入度も申し分なしで、終盤では感情移入しつつ流れに身を任せるだけで、ウルッと来たり体に力が入ったりと、自然に映画と一体となっていく感覚も◯。

また圧倒的絶望感と共に襲い来るゴジラの描写も見事。建物の破壊然り、立ち上がった時に人間の何倍もある体然り、「これマジで倒すの無理じゃね……?」という感覚が体を貫く。そのため後の『ゴジラを倒そうとする一般兵』の動きも応援したくなる心境にも一役買っている印象だ。特に今回のCG技術は相当に金がかかっていて、これは劇場で観てもらえば分かりやすいのだが、街がこれでもかと言うほど木っ端微塵にされていくので心底絶望する。そもそも尻尾の薙ぎ払いだけで数百メートル、熱線では遥か遠くのビルまで炎上させるのがゴジラだと言えばそれまでだが、リアル過ぎる描写で描かれた今作は明確に復興の難しさ、人間の脆さを痛感させる形になっていて秀逸だ。

アカデミー賞有力候補で言えば表情と沈黙でシナリオを補完する『PERFECT DAYS』、あえて抽象的に描くことで多面的な解釈が出来る『怪物』……といった作品が注目を集める昨今。それを否定する訳ではないけれども、やはり王道こそが正義というか、誰が観ても絶対に「面白い!」と感じることの出来る作品こそが、映画のスタンダード。今作はそうした道程を地で進むような爽快作で、マイナス点はほぼなし。ドキドキ、ハラハラ、感動と様々な感情が襲い来る力作。観る作品に困ったらこれを!と言いたくなるほど、大衆向けに作られたモンスター映画である。ぜひ。

ストーリー★★★★★
コメディー★★★☆☆
配役★★★★★
感動★★★★
エンタメ★★★★★

総合評価★★★★☆(4.5)

【予告】映画『ゴジラ-1.0』《大ヒット上映中》 - YouTube

【ライブレポート】松山千春『コンサート・ツアー 2023秋』@米子コンベンションセンター

『松山千春が全国ツアーを行う』……。その情報こそ元々彼の年間ルーティーンのひとつとして知られてはいるが、今回が地方都市も含めた大規模なツアーになることは、誰が予想できただろうか。特に今回筆者が参加した鳥取県米子市でのライブは約8年ぶりであり、東名阪ならいざ知らず地方都市の、それもド平日に即日ソールドアウトの状況は松山千春でしかあり得ないもの。なお今回僕は松山千春の大ファンである母親(御年70歳)を連れての参加であり、これまで幾度となく話していた「ちーさま(松山千春の愛称)に一生に一度でいいから会いたい!」との願いを叶えるという、一家的にも大いに意義深い1日でもあった。

会場に入ると、溢れんばかりの人の波に驚き。実はこのライブの数時間前に僕は近場のイオンで暇を潰していたのだが、そこでも50代〜60代とおぼしきファンが様々な場所で思いを語り合っていた。ただ現場はそれとは比較にならないレベルの密度で、思わず圧倒されてしまう。また会場販売のグッズも少なく、あくまでライブ主義の実態に触れるとともに「20代で参加してるの僕くらいだろうなあ」という謎の優越感にも浸ったり……。時間があったのでロビーで待機していても、至るところで3〜4名でチームになって話しているファンが確認でき、松山千春が何十年も愛されている理由に触れた気にも。

ライブは定時に、開演を告げるブザー音と共に始まった。降ろされていた幕が上部に動けば、そこには大所帯の楽器隊が。背後には近年のライブではお馴染みとなった、歌詞を映し出す巨大モニターも鎮座している。そしていつしかキラキラとしたサウンドで埋め尽くされたステージに、袖からゆっくりと登場したのは我らが松山その人で、姿が見えると一瞬にして割れんばかりの拍手に包まれる会場と、ニコッとしながら精神統一する彼との対比に早くもグッとくる。

冬がやってきた - YouTube

1曲目は2004年にリリースされたアルバムから“冬がやってきた”。クリスマスソングを彷彿とさせるキーボードのイントロから始まったこの曲はメロディー的にはポップスなのだけれど、松山が歌声を響かせれば鼓膜に電流が走る感覚というか、これまで幾度となくテレビやCDで聴いてきた声がフラッシュバックするのだから驚き。「松山千春の声だ……!」という語彙力ゼロの思いにうっとりしていると、気付けば1番が終わり2番が終わり、ラスサビに移り変わっているのは彼のフロントマン然とした存在感によるものなのだろう。

今回のライブは大きく前半を『第1部:全盛期』、後半を『第2部:フォークソング期』に分けて楽曲を届け、その合間にはほぼ1曲に1回ペースで長尺のトークを挟む独特の展開で進んでいく。結果としてライブ時間は約3時間にも及び、松山千春の全てを堪能できる濃密な夜となった。また先述の通りモニターには歌詞が映し出されている関係上、ヒット曲はファンによる半カラオケ状態。対して比較的新しい楽曲ではその歌詞の重厚さに初見で唸るという、素晴らしい循環が生まれていたのも見逃せない。またサウンドを支えるバンドメンバーも超豪華で、パート順に山崎淳(G)、古川昌義 (G)、高野逸馬(B)、田中栄二(Dr)、春名正治 (Dr.Per.Sax)、夏目一朗(Key)、中道勝彦(Key)と総勢7名の布陣!中でもギターとドラム、キーボードに至っては各2名ずつという、およそバンドライブとしてもあり得ないブッキング。もちろん音の圧に関しては言うまでもなく、粒立った音がどんどん迫ってくる感覚は本当に圧巻だった。

ピエロ - YouTube

松山千春と言えば歌の魅力はもちろんのこと、その軽妙なトークでも有名。比較的新しい楽曲の“ピエロ”を歌い終えると「今の曲知ってた人?……お前たちは昔の曲やると盛り上がるのにな。まあ正直、最近の曲はあまり売れてないんだ。でもライブをやると不思議と満員になってしまう。これが俺が他の奴らと違うとこなんだよなぁ」と早くも毒舌を展開。そして「米子から来た人どれぐらいいる?」との挙手制のアンケートで、手を上げた人が少数だったことから「そうか。じゃあ鳥取とか、もしかしたら隣の島根県の松江や出雲から来た人もいるかもしれんな。……なるべく早く終わるわなぁ」と爆笑を生み出していたのは流石である。

かと思えば炎上中の、日本海テレビのスタッフが募金箱からお金を横領したというニュースにも触れる松山。「今回のライブは日本海テレビさんが主催でございまして、大変申し訳ございません。……まあ酷いことするもんだよなぁ。でも良心の呵責っつうのか、コロナ禍の2年間はお金盗らなかったんだと!」と笑わせると、「でも組織ぐるみの犯罪じゃないとはいえ、日本海テレビは今難しい状態です。で、今回のライブは完売であると。という訳でスタッフの皆様、困ったことがあれば松山千春にご相談ください」と二段構えで笑わせていく。ここまでを文字で書くとチープに見えるけれど、実際に会場で聞くと物凄い没入感で、ドッカンドッカンにウケているのが痛快だ。

松山千春コンサート・ツアー2022 静岡・大垣・名古屋・新城公演 - YouTube

「今回のライブは2部構成になっててな。1部は皆さんが聴いたことのあるような代表的な曲。2部はフォークソングを中心にやる訳だ。で、その間はあんたらも若くないだろうから、休憩を10分挟んで。皆さんが望んだら最後にアンコールをやると。……どうするよ?アンコールなかったら」とひとしきり笑わせた後は“時のいたずら”、“銀の雨”、“恋”と往年のヒットソングを連発する時間帯に突入。ここで歌われた楽曲はどれも今から約40年前、松山が当時20代そこそこの時にリリースされたもの。ゆえに歌い方に関しては1拍2拍置くような歌唱法に大きく変化していたのだけれど、それによって没入感を演出していたのは驚きだった。これまでも音楽番組で和田アキ子やさだまさしといった重鎮がこうした歌い方をしているのを聴いたことがあって、その際は「昔みたいに声が出なくなったのかな」などと考えたりもしていた。けれども実際に目撃すると、これが年齢を重ねた『味』なのだなあと思ったり。

純 -愛する者たちへ- - YouTube

第1部のラストは“純 〜愛する者たちへ〜”。誰もが待ち望んでいたバラードがここで歌われることは意外性もあったが、優しいピアノの旋律に導かれるように歌われるかの名曲の破壊力は言うまでもない。松山はアレンジを大幅に加えた高らかな歌唱で心を動かす他、楽曲の部分部分ではバンドメンバーに向き合いながら握り拳を突き出してリズムを取ったりと、指揮者ポジションとしてもバンドを動かしている。またそれを聴く我々ファンはもちろんウットリと聴き入っていて、誰もが口を動かしながら心の中で歌ったりも。……それは僕ら20代の若者から考える『懐かしい曲を聴いている』との次元とは全く違う。今から実に40年以上も彼の曲を愛し続けているファンの感動たるや、さぞ凄まじいものがあったことだろう。

アウトロで緞帳が降り、これにて第1部は終了。10分間の休憩タイムへと移行する。この時間は実質的なトイレ休憩であり、席を立ってトイレに向かう人が様々見受けられる。しかしながら大多数は興奮に当てられてその場を動かず、隣の友人らと先ほどまでの内容に花を咲かせている。試しにもうこの時点で5回は泣いていた母に話しかけてみた僕だったが、スンッとした顔で「トイレ休憩はいいの?」と逆に聞かれる始末。さっきまで泣いてたのアナタですよ……。

君を忘れない - YouTube

そして10分が経つと、再びブザーが鳴り第2部が開幕。事前情報として「第2部はフォーク曲が主」ということを聴いていたので、漠然とリズミカルなフォークギターが鳴り響く曲、それもあまり披露されないレアなものをイメージしていたのだが、何と1曲目は代表曲の“君を忘れない”!誰もが知る渾身のバラードに、少しばかりの休憩で気持ちがフラットになっていたファンの気持ちも一瞬にしてライブモードに。また音数が少ないこともあってかより一層彼の歌声に集中出来る楽曲でもあり、改めて歌声の素晴らしさを感じる時間帯でもあった。

そんな会場のうっとり感とは対照的に、“君を忘れない”が終わると会場横の扉から多くのファンが足早に自席へ移動。「演出の都合上、扉を閉鎖する場合があります」とは事前に伝えられていて、その時は「何のこと?」と思っていたのだが、どうやらトイレ休憩で手間取ったファンは自席へ戻ること叶わず、扉の外で“君を忘れない”を聴いていたようだ。これには松山も「10分はちょっと短かったなあ。次からは15分にするわなあ」と一言。その言葉に一層沸くファンとも構図が面白い。

北風 - YouTube

「おい。ちょっとギター持ってきてくれ」とスタッフに呼びかけて鳴らされた“北風”を終えると、長尺のMCへ。時間にし30分近くを費やしたこの日一番のトークはこれまでとは一転、松山の家族との思い出を訥々と語る、シリアスなものだった。ご存知の通り松山は5人家族の次男として生まれているが、1年前に母が他界したことで家族としてはひとりに(その後松山は結婚して子どもを授かっている)。そして今回のトークの大半を占めていたのは、舌がんで亡くなった姉・絵里子さんとの思い出だ。

「姉ちゃんは出稼ぎで東京に行って、俺は北海道の足寄ってとこに残された。姉ちゃんはたまに家に帰ってきて、毎回言うんだ。『千春、東京はいいとこだよ』って。でもある時、家の階段から姉ちゃんが落ちて。『千春、痛い……』って泣きながら俺に言うんだ。俺は姉ちゃんに言ったべ。『本当は東京ってのは、そんなに楽しい場所じゃねえんだろ?俺らに心配かけないように、楽しいって言ってるだけなんだろ?』って」

「それから少し経って、姉ちゃんは地元に戻ってきたけど舌がんが発覚して。俺ら家族は、ギリギリまで姉ちゃんには黙っとこうって決めたんだ。……家族ってのは最後まで一緒だから。知っての通り俺以外の全員はもうこの世にいないけど、松本家5人は幸せでした」

生命 - YouTube

そう締め括って鳴らされたのは“ふるさと”、“生命(いのち)”、“かたすみで”という家族をメインテーマに定めた3 曲。“ふるさと”では足寄の情景に迫り、“生命(いのち)”では愛娘・月菜さんへの愛を。そして“かたすみで”ではその両方とも取れる歌詞世界で会場を掌握し、第1部とはまた違った雰囲気で駆け抜けた松山。……思えば第1部で演奏された楽曲は基本的に『愛』がテーマになっていて、それはMCでも「俺はいろんな恋愛してきたよ」と語っていた松山のリアルだった。しかしながら歳を重ね68歳になった今の松山が歌いたいのは『家族』であり『故郷』なのだろうなと。そして彼にとって思いを具現化する最適解が歌なのだということも、はっきりと知ることが出来た。

松山千春 コンサートツアー2022 11月1日(火)丸亀市民会館 - YouTube

幕が再び降りてからの規則性のある手拍子は、アンコールの合図。先程は幾分ゆったりした開幕だったために「次の曲は何だろう?」と想像していると、突如ドラムの激しい音が鳴り響く。先程までのバラード然とした流れと対極に位置する音に驚くのも束の間、アンコール1曲目はよもやの“長い夜”。すると「“長い夜”だ!」と察したファンがひとり、またひとりと立ち上がり、一瞬にしてロック・ライブの様相と化した。更にはこれまで何もなかったステージ背後にも松山千春のオリジナルキャラクターの画像が投影され、照明もビカビカ。その中心で歌う松山も心なしかリラックスした様子で、ほぼ直立不動だった本編と比べてもステージを闊歩しながら歌うサービス精神の高さも伺える。

24時間 - YouTube

一度ファンを立たせたからには、再度着席させるのは忍びないというもの。ライブはここから“青春 Ⅱ”、“24時間”と松山の楽曲の中でも稀有なアップテンポなナンバーを連発する時間に。一度立ち上がったファンも座ることすら忘れ、ひたすら盛り上がる会場である。それこそうちの母親もそうだが、足繁く通うレベルであまりライブ慣れしていないファンによる手拍子(仕草で何となく分かる)を観ているだけでもウルッと来てしまうし、一気にロックバンド然としたものに変貌した音を聴いていると「松山千春にこんな一面もあるんだ!」という驚きも。

そして最後のMCで語られたのは、我々の気になっている紅白歌合戦について。というのも松山にはかねてより『NHKから熱烈なオファーを受けているらしい』との噂が多く飛んでいて、今では『「俺がトリなら出る」と言われた』、「そもそも松山自身が毎年断っている」など様々な憶測も飛び交うようになっていたため。言わばこのMCはその真相に迫るファン垂涎もののトークとなった訳だが、ここで彼は松山千春の歴史に残るであろうひとつの答えを公の場で発したのだった。

まずは「紅白の出場者が出たけどよ、何だありゃあ。みんな横文字の知らない奴ばっかりじゃないか」との辛口コメントで一蹴すると、「この前のライブで言われたんだ。どうやらNHKの偉いやつが観に来てるって。で、楽屋に来て案の定『今年は松山さんお願いします!』って言われたよ。でも俺は言ってやった。俺だけの紅白なら出てやるって」と、実際に紅白のオファーが来ていることを大暴露。ただにわかに盛り上がりを見せる客席を一瞥した松山は「みんなは紅白に俺が出るのが楽しみなんだろ?でも俺は年末に北海道で、紅白を観るのが楽しみなんだ」と語りつつ、強制的にトークを終了。これにて『松山千春は紅白歌合戦を断り続けている』という長年の噂が真実であることが判明した会場である。

大空と大地の中で - YouTube

アンコールラストはこれを聴かねば帰れない“大空と大地の中で”。楽曲の前に「大きな声で歌いましょう!」と呼び掛けられたことも要因だろうけれど、この日一番の半カラオケ状態で進行していく“大空と大地の中で”である。これまでは思い出回顧により涙と興奮に包まれていた会場に声が響き渡る様は圧巻だったが、中でもファンがこれまでの人生で得たバックボーンが大きなエネルギーを放っているように感じた。……これまで様々なライブを観てきての個人的結論だが、音楽の感動はそのアーティストとの思い出が強いほど増していく。受験の時に聴いていた、失恋した時に励まされた、もしくは通学で良く聴いていたりと、その思い出が特にライブでは思いを増強させ、感動に変えていくものだと思う。今回の僕は母の付き添いで行った関係もあって泣いたりはしなかったが、周囲の母と同じくらいの年代のファンが揃って泣いていたのはやはり、そうした思い出が圧倒的に若者より濃いものであった証左なのではないか。そしてそれは何よりも素晴らしいことのようにも感じてしまう。

雪化粧 - YouTube

「今日は本当に素晴らしかった。また絶対に米子来ますから。(袖のスタッフに向けて)おい!来年か再来年のライブツアー、必ず米子入れとくように。……言っときましたから」との確約宣言と共に、ダブルアンコールの“雪化粧”が鳴らされる正真正銘のラスト。ちらちらと降る雪の下で思ったのは、松山千春という稀代のシンガーソングライターの存在意義だった。

それこそ僕は20代で今風のロックを好んでいるが、そのバックボーンには母が車で聴かせてくれた昭和音楽も存在する。石川さゆりや高橋真梨子、寺尾聰……とその音楽は多数あるが、その中でも特に聴いていたのが松山千春で、ロックと同じように自分の中では大切な音楽として位置している。ただ僕がそうして松山千春に触れたように、彼の音楽は我々の年代にも時を超えて、前の世代が伝えてくれたものであるとも思うのだ。事実母と子で鑑賞したこの日約3時間の公演は一生心に残るものだったし、長年カセットのみで彼の音楽に触れてきた母は、涙ながらに感動を口にしていた。今回のライブがどれだけの人に活力を与えたのかは分からないけれど、本当に観て良かったと思ったライブだった。

【松山千春@米子コンベンションセンター セットリスト】
[第1部]
冬がやってきた
ピエロ
時のいたずら
銀の雨

奪われてゆく
純 〜愛する者たちへ〜

[第2部]
君を忘れない
北風
ふるさと
生命(いのち)
かたすみで

[アンコール]
長い夜
青春 Ⅱ
24時間
大空と大地の中で

[ダブルアンコール]
雪化粧

個人的ベストCDアルバムランキング2023【20位〜16位】

新型コロナウイルスがほぼ収束し、観光地の賑わいも復活。スポーツにも何かとポジティブな話題が多く、全体として2023年はこれまでの閉塞的な空気感を打破し、明るい未来を希求しようとする活動を多く目にした1年だった。ただポジティブな話の一方では戦争や物価高といった諸問題も可視化されたりもしていて、総じて『今自分はどう生きるべきか』を自問自答する年でもあったように思う。

こと音楽シーンで言えば、サブスクが市民権を完全に得たことでそもそもの『アルバムをリリースして店頭に並べる』というマーケット自体が圧倒的に少なくなったのが印象深い。例えばYOASOBIやNewJeans、Adoなどは既に配信シングルやEPを中心に完結させる動きを取っているし、そもそも今記事における「CDアルバムのランキングを作る意味ってあるの?」という根本の話にまで疑問を呈したくなるレベルまで突入している感がある現在である。

さて、ここからは毎年恒例となるアルバムランキングの話。今回も2023年にリリースされたアルバムの中から、個人的に選んだ20位〜1位までを順に発表していく。今年は新人アーティスト……それもインターネット発のソロアーティストの伸びが顕著で、実に20作品中15作品が初のランクイン。またロックバンドが減少したことで、ポップスの発展を明確に感じるものにもなった。という訳で以下、YouTube動画&選評付きで紹介。いつも通り長いので、ゆるりとどうぞ。

→2022年度版(20位〜16位)(15位〜11位)(10位〜6位)(5位〜1位
→2021年度版(20位〜16位)(15位〜11位)(10位〜6位)(5位〜1位
→2020年度版(20位〜16位)(15位〜11位)(10位〜6位)(5位〜1位
→2019年度版(20位〜16位)(15位〜11位)(10位〜6位)(5位〜1位
→2018年度版(20位〜16位)(15位〜11位)(10位〜6位)(5位〜1位
→2017年度版(20位〜16位)(15位〜11位)(10位〜6位)(5位〜1位


20位
The Record/Boygenius
2023年3月31日発売

【夢のコラボが示したもの】
稀代のSSWであるフィービー・ブリジャーズ、ジュリアン・ベイカー、ルーシー・デイカスら3名が発足し結成された謎の新ユニット、それこそがボーイジーニアス。なお今作はグラミー賞で7部門のノミネートを果たすなど数々の快挙を成し遂げるなど多方面から絶賛の嵐で、デビュー1年目にしてメインストリームまで名を挙げたモンスターアルバムでもある。

思えば彼女たちはそれぞれがLGBTQや戦争、貧困といった世の中の不条理にNOを突き付ける歌手だった。中でも彼女たちが明確に怒っているのはLGBTQの問題で、世間的に見てもまだまだ男性優位、男尊女卑視点で語られる現代において、ボーイジーニアスはその優しく包み込むような包容力は多くの共感を得るに至った。例えば“Not Strong Enough”の《いつでも天使に見られて、神にはなれないんだ》という一節は女性の社会的立場の皮肉にもなっているし、その他の楽曲についても『男性>女性』の視点が顕著。ただ彼女たちがやろうとしているのはそんな現状を突き付けることであり、自分たちがこうして歌っていること、また自らが男性優位と見なすシーンに体当たりで向かっていくこと(有名男性バンドと同じポーズで写真を撮る・歌でLGBTQをメインに歌うなど)でもって、大きな追い風を生み出したのだ。

それぞれが楽曲を作ることで、各視点での諸問題が可視化された今作。彼女たちはそんなアルバムを『The Record』と名付け、ユニット名さえも『ボーイジーニアス(天才の男)』としてメッセージ性を伝えることを選んだ。「ソロではなくボーイジーニアスでこの楽曲を演奏する必要性があるのか?」と問われれば微妙なところだが、紛れもなく2023年のニューカマーの中では最も注目されたこのアルバムの存在意義は大きいと思う。

boygenius – Not Strong Enough (official music video) - YouTube

boygenius - Emily I'm Sorry (official music video) - YouTube

 

 

18位
dig saw/黒子首
2023年10月25日発売

【何層重ねものポップに変身!】
都内近郊で精力的に活動中の3人組ロックバンド・黒子首(ほくろっくび)のセカンド。毎年のアルバムリリースこそ恒例だが、今年はテレビアニメ含め結成から数えて最多のタイアップを獲得するなど知名度も高まり、ライブ動員も増えた飛躍の年となった彼らである。

そんな黒子首のセカンドは前作が『CDレコード大賞』にノミネートされたことからも多くのファンが注目していたことと推察する。もちろん全てが素晴らしいのだけれど、今作の特筆すべき点としては『ポップの研究』があって、とあるインタビューで堀井あげは(Vo.G)が「ポップスのバンドでありながらも泥臭いこともできてしまうのが黒子首の大きな武器の1つだということで。ただそれを泥臭いまま出してしまうと、すごく限られた人たちにしか届かなくなってしまう」と語っていたのが印象に残っているのだが、今作は確かに黒子首のシリアスな面は歌詞として出しつつ、サウンドはミドルテンポで体を動かすことの出来るように工夫されている。

黒と青色を貴重とした前作から、雰囲気的にも一変した『dig saw』。これまでは一定の距離を置いていたファンとの関係性がコロナ禍を経て密になったことで、より音楽性はキャッチーになり口ずさみやすくもなった黒子首である。しかしながら“カナヅチ”や“リップシンク”といった楽曲のように、多面的に解釈すると我々の日常にどこかリンクする楽曲も変わらず収録されていて、バンドとしての最適解をひとつ見出した感がある。2024年はもっと大きな話が舞い込んでくる可能性すら考えさせられる、驚きの変革作。

黒子首 / リップシンク -OFFICIAL MUSIC VIDEO- from New Album "dig saw" - YouTube

 

黒子首 / カナヅチ -OFFICIAL MUSIC VIDEO- - YouTube

 

18位
10,000 Gecs/100 gecs
2023年3月17日発売

【時代の寵児……なのか?】
海外のZ世代の間でいろいろと話題となっている渦中のシカゴ出身の2人組・100 gecs(ワン・ハンドレッド・ゲックス)のファースト。昨年夏のフジロックではだだっ広いステージにゴミ箱とスニーカー、PCだけを置いて意味不明なDIYスタイルが話題を呼んだが、ようやく届いたアルバムはどこを切ってもグッジャグジャなある意味では最高、またある意味ではどうかしているという、音楽評論家を大いに悩ませる一手となった。

そう。この作品は大問題作なのだ。再生した瞬間に鳴り響く爆音、切り裂く音割れノイズ、オートチューン全開のボーカルと、今作は全体通してカオスかつ全てが衝動的。それでいて“Hollywood Baby”のサビで爆発するキャッチーさ、繰り返されるフレーズが印象深い“mememe”など、大半の楽曲が2分台で終わる性急さも相まって、その勢いは初期衝動を体現するようで痛快なのも魅力的。……もちろんその特異すぎるサウンドは頑固一徹の音楽ファンから『チープで意味不明である』と批判を受けることもあったようだが、その意見を一蹴したのは若きZ世代。「別に楽しかったら良くね?」という絶対的な評価を受け、いつしか彼らの音楽は賛否両論も含めて海外に広がり、大手メディアでは「ルール無用の印象的で精密な最大主義運動」とも称されるに至った。

実際このアルバムをどう評価するかは難しく、やはりネガティブ寄りの意見もあるだろうとは思う(音楽テクニックはガン無視なので)。ただ多様性に票が集まるようになった今の時代にこそ100 gecsのようなジャンル無用の音楽は生み出されるべきだし、ここから新たな基準が生まれる予感もする。ちなみにCDアルバムのジャケットにある巨大な音符はこのジャケットのために実際に入れたタトゥーであるらしく、2024年からは音楽以外の点でも更に飛躍したいと話しているそう。……彼らが一体どこまで本気なのかは分からないが、その歩みを目撃する明確な理由にはなり得る。ぜひこのままで音楽シーンをぶち壊してほしい。

100 gecs - mememe {OFFICIAL MUSIC VIDEO} - YouTube

100 gecs - money machine (Official Music Video) - YouTube

 


17位
BREAK/703号室
2023年6月7日発売

【死角からのポップな一撃】
2019年にYouTube上で公開された”偽物勇者“が瞬く間にバズり、音楽好きの耳目を集めたシンガーソングライター・岡谷柚奈こと703号室のファーストアルバム。誰もが知るところの”偽物勇者“をはじめ、希望的未来を希求する”僕らの未来計画“、人生のやり直しを望む”リセットボタン“など、日々の生活における視点から生まれた様々な楽曲が収録されている。

703号室の楽曲はリリース時期を見ても、“偽物勇者”以前と以後に分けられる。これは当時の703号室がバンド形態で、後に大学卒業を期に岡谷のソロ名義として変更されたことも大きいことと推察されるが、活動初期こそサウンドとしてはバンドor弾き語りで完結するものであったのに対し、後にリリースされた楽曲は打ち込みの使用や言葉数を増やしたりと、音源で真価を発揮するサウンドメイクを取り入れている。結果“非釈迦様”や“人間”といった楽曲のような変化に富んだ楽曲も散りばめられ、今作『BREAK』の引き出しの多さに繋がっている印象だ。

かの”偽物勇者“のバズから、気付けば約4年。本来であればテレビ出演などの追い風に乗ることの出来るバズ期間を楽曲制作に充てたために、満を持しての今作がリリースされる頃には少しばかり出遅れた感すらあるものの、より楽曲を磨き上げた『BREAK』はファーストにしてベストアルバムの感すら抱かせる、密度の高い作品に仕上がった。かつてのバズの攻撃力を溜め、今や「”偽物勇者“良かったなあ……」などと安易に考える我々リスナーの耳に対して「こちら最強のフルアルバムです」とする死角からの一撃は、何よりも強い。特に歌詞に注目して聴いてほしいと願う。

703号室 -『偽物勇者』(Music Video) - YouTube

703号室『朽世主』(Music Video) - YouTube

 


16位
And So Henceforth,/Orangestar 
2023年8月30日発売

【ピアノとボカロで奏でる夏】
“アスノヨゾラ哨戒班”を筆頭とした楽曲でボカロシーンを発展させた立役者・Orangestar(オレンジスター)によるサードアルバム。約6年半の長い沈黙を破ってリリースされた今作にファン大歓喜……という構図こそ想像に難くないし、その間には“Surges”のTikTokのバズなど様々な認知度の向上もあった。けれどもアルバム全体を聴けば、その完成度を研ぎ澄ませるために約6年半の月日が必要だったのだと思わされる一作。

緩やかな助走から後半に爆発する“Henceforth”、ギターをフィーチャーした“霽れを待つ”や“快晴”といったキャッチーな楽曲で耳馴染み抜群の今作。これぞアルバム!な隙なしの作りになっている中で印象深いのは、サウンドを牽引するピアノの存在。……元々ボカロシーンではピアノが多く取り入れられており、“千本桜”然り“Tell Your World”然り、いつしかピアノはボカロの必須楽器として君臨した感がある。ではOrangestarの今作はどうかと言えば、全てにおいてピアノを最優先に聴かせる形を取っていることが分かる。このアルバムを聴くと改めて「初音ミクの機械的な声に合うのはやっぱりピアノだなあ」とも思うし、また1曲ごとに挟まれるインタールードも、次曲に続く布石となっている点でも素晴らしい。

変わらず様々な心情を描いているものの、今回のアルバムのテーマは『夏』。そのためどんなネガティブな出来事もポジティブにして昇華させている点も彼らしいなと。『人間に出来てボカロに出来ないこと』というのは数あれど、逆に『ボカロに出来て人間に出来ないこと』は何だろうと考えたとき、それは『機械的な歌声とサウンドの親和性』だろうと思う。そしてその中でもピアノが圧倒的に強いのだな、ということを改めて気付かされる、そんな1枚。ちょっと晴れた日のBGMにどうぞ。

Orangestar - Henceforth (feat. IA) Official Video - YouTube

Orangestar - 霽れを待つ (feat. 初音ミク) Official Video - YouTube

 

 

……さて、少し遅れて次回は15位〜10位の発表。今回の時点でもジャンルレスではあったが、次回はプライベートを曝け出すラッパー、妖艶なポップニスト、アウトローから一気に表舞台に駆け出したロックバンドなど更に多種多様な5組を紹介。気になった曲があれば視聴したりもしつつ、どうか気長にお待ちください……。