キタガワのブログ

島根県在住のフリーライター。ロッキン、Real Sound、KAI-YOU.net、uzurea.netなどに寄稿。ご依頼はプロフィール欄『このブログについて』よりお願い致します。

【お笑いライブレポート】兵動大樹『兵動大樹のおしゃべり大好き。45』@中国新聞ホール

こんばんは、キタガワです。

『人志松本のすべらない話』で一躍脚光を浴びて以降、そのトークの妙に引き込まれる人続出。現在では単独ライブを年に数回行うお笑い芸人・兵動大樹。そんな彼の広島での単独ライブを、遂に観ることが出来た。タイトルは『兵動大樹のおしゃべり大好き。45』。この字面だけを観てもワクワクしてしまうのだが、何と言ってもこれが広島で東名阪でなく、広島で開催される意義は凄まじい。もちろんチケットはソールドアウトし、パンパンの客入りである。

会場に選ばれたのは、中国新聞の会社内部にあるホール。外から見れば完全に「今から出社する人」のイメージだが、ここで開催されるのは紛れもなくお笑いライブ。お客の年齢層は下は20代、上は60代くらいと幅広く、中でも40〜50代の人が圧倒的に多い印象を受ける。そしてそのほとんどが夫婦で来場しており、まさに兵頭家の話を繰り広げる今回のライブに合致した客層とも感じた次第だ。

 

①オープニング

14時に暗転すると、主人公たる兵動大樹が登場。兵頭は集まってくれたファンに感謝の気持ちを伝えると、この日が完全ソールドアウトであることを嬉しそうに語ってくれた。そんな拍手で迎えられた最高のオープニングトークだが、兵頭は「でもみんなこのライブのこと、どこで知ってくれはったん?」と疑問顔。すかさず前にいたマダムに尋ねると、「たまたま」というまさかの返答が。兵頭は「たまたま知ったお笑いライブに来はったん?そらリスキーやで!」と一気呵成。爆笑に包まれる会場である。

『人志松本のすべらない話』、更にはコンビである矢野兵頭の漫才でも知られている通り、彼のトークは全てが実体験。日常で起こった様々なことを、笑いに昇華して話すのが基本スタイルだ。この日も「『おしゃべり大好き。』は最近周りで起こった話しかしませんので」と前置きし、ゆっくりと話しはじめる。ただここからの約2時間は一見バラバラなストーリーに見えて、実は綿密に伏線が張られた巧妙な展開だった、というのは後から気付いたことだが……。

【おしゃべり大好き。】『一人で花やしき』 - YouTube

②妻に「せやな」と言わせたい

トークテーマ1本目は『妻に「せやな」と言わせたい』。まず兵頭は客席の旦那さんを何人か指名しつつ、「せやなって言います?奥さんは」と質問。言わずもがな、せやなは標準語で言うところの『そうだね』の意で、多くの旦那さんはYESと回答。しかしながら兵頭の奥さんは違うようで、どうやら何に対しても「せやな」と言わないそう。

例えば、車が急に横入りしてきた時。兵頭はなんの気無しに「何や今の!危ないと思えへん?」と聞く。その際に通常なら「せやな」で返してほしいところを、兵頭の妻は「急いでたんちゃう?」と返すらしいのだ。同じように、店が混んでいたり、態度の悪い店員に文句を言ってあくまでも共感してほしい場面であっても、奥さんは「せやな」は絶対に言わないとのこと。

そこで兵頭は、妻に「せやな」と言わせる計画を実施。その日1日で町中で見かける様々な場面をジャッジし、必ず「せやな」になるものを考えるというものだ。兵頭が捉えたのは、ショッピングモールの駐車場に置かれたカート。しかもすぐ側には置き場所もあるため、「急いでたんちゃうん?」は通らない状況!そこで兵頭は確実にイケると踏んでの「あれアカンやん。なあ?」と妻に言うも、結果はまさかの形に。妻は車から降りてそのカートを置き場所に戻し、「これでええやん……」と一言。兵頭の目論見は完全に外れたのだった。

【おしゃべり大好き。】『コンタクトレンズ』 - YouTube


③肩がつる

続いては、歳のせいか最近どんな場所でも肩がつる、という話に。中でも兵頭は腕をグッと引いた瞬間になりやすいらしく、この状況になったが最後、痛すぎて状況を問わずに「ア〜〜〜〜〜!」と絶叫してしまうのだそう。後ろのテレビリモコンを取ろうとした時、キャッチボールをした時……はまだ良いが、問題は店内の場合。兵頭はある日「こちらに袖を通しますね!」と店員さんとスーツの試着をする場面で「ア〜〜〜〜〜!」になってしまったらしく、店内のお客さんがこちらを見に来る、というカオス状態になったそう。兵頭いわく「そら見るわな。スーツの店で角曲がった先のところで大人がア〜〜〜〜〜!言うとったら」とのこと。

【おしゃべり大好き。】『おっちゃんの悲哀』 - YouTube

④僕ビビリなんです

兵頭といえば、ビビリエピソード。彼のビビリエピソードは様々あり、過去も妻が作ってくれたわらび餅を幼虫だと勘違いし、外に捨ててガチギレされた(以下参照)話があったが、今回はもう少し踏み込んだ話を。

ひとつは、兵頭が車内でいたときの一幕。当時彼は深夜に帰宅するも家には入らず、しばらく真っ暗な車の中で調べ物をしていたそう。もちろんその光景は外からは目立つもので、偶然そこに通りかかったのは知り合いの噺家さん。真っ暗な中、突然ドアをコンコン叩いて「兵頭さーん?」と尋ねられた声に兵頭は飛び上がり、大恥を晒すことに。

更にその後家に入ろうと家のカギを開けた瞬間、家の横に置いてあった発泡スチロール(縦に積み上がって人つぽく見える)が風で倒れかかり、思わず「うわあ!」と叫んでしまったことを回顧。ここで兵頭は自分の不甲斐なさと共に、「もしこれが本当の人(泥棒など)なら、今自分がカギを開けてしまったことで侵入され、家族に危害が及んだかもしれない」と考え、本格的にビビリを克服することを考え始めたのだった……。

【おしゃべり大好き。】『めちゃくちゃ虫が怖い』 - YouTube

⑤キックボクシング入会

そこで兵頭が選んだのが、キックボクシング。以前もボクシングは挑戦したことがあるそうだが、プロのようにサンドバッグを『バシッ!バシッ!』と鳴らすはずが、彼が叩くと『モチッモチッ』という変な音が鳴るのだそう。そのため恥ずかしさで挫折→また新しいことをやる→挫折の悪循環に陥っていたが、今回ばかりは一念発起。本気で強い男になろうと決心した兵頭である。

当然、最初の頃はボロボロ。ボクシングの時点で『モチッモチッ』だったものを、更に足も使って繰り出す……というのはなかなかに難易度が高かったらしく、早くも挫折しそうに。その中でも奮起する契機になったのが、兵頭と同じ40代〜50代のオヤジたちが行うキックボクシング・バトルイベント。これはプロではなく完全に一般の人たちが定期的に行うものなのだが、素人のオジサンたちが一生懸命に頑張る姿に、見学しに行った兵頭は心から感動。自分もまだまだ頑張れると考え直し、また練習を重ねていく。

そして記念すべき初対戦の日。相手は兵頭の通っているジムの中では最も有段者の人物で、言わば一足飛びでのチャレンジとなる。おそらく負けるだろうと踏んではいたものの、兵頭には成し遂げたい思いがあった。それは『パンチ3発までは耐えよう』『当たるか分からないけど、全力で当てにいこう』というもの。勝てる見込みはほぼないがビビリを克服するため、それらは必ず行おうと決意した兵頭!……だったが、いざゆかんと腕をグッと引いた瞬間、例の「ア〜〜〜〜〜!」が再発。開始2秒で棄権試合となり、そのまま兵頭はキックボクシングを退会したそう……。

【おしゃべり大好き。】『ボクシングジム入門』 - YouTube

⑥藤田兄さんとのハイキング

続いてはファンにはお馴染み、兵頭が慕う芸人でもある藤田兄さん(大阪キッズ・藤田)とのエピソード。現在の兵頭はキックボクシングもそうだが、これまで経験してこなかった様々なことに挑戦したいモードに突入しているそうで、そのうちのひとつがハイキング。兵頭いわく「山登りのどこがおもろいねん」の固定観念をなくすことで、新たな自分に出会おうとしたとのこと。

挑戦したのは、大阪にあるビギナー中のビギナーであるハイキング道。人にとってはちょっと傾斜のある散歩程度だが、普段なかなか運動をしない人にとっては難しいもの。そこで兵頭は藤田兄さんを誘ってハイキングへと臨んだものの、藤田兄さんは現在足を悪くしており、ゆっくりしか歩けないことを当日に思い出した兵頭。しかし藤田兄さんは「行こかー」と快諾してくれたため、いざハイキングへ。

しかしながら藤田兄さんの持病もあり、当日は1時間かかるところを1時間半以上かかる、ゆっくりとした歩みに。その時間の大部分を占めていたのは藤田兄さんのストレッチで、具体例には中腰になって足を何度か曲げ、両腕を前に突き出しながら「ううー。ううー。」とするそれを定期的に行いながら、山を登っていったのだそう。結果としては登頂に成功したものの、その間兵頭にとっては「ホンマか!?と思ったことベスト3」があったようで、まずひとつは兵頭が隣にいるはずの藤田兄さんに「兄さんとはじめて会ったのはあの頃でしたね……」と感動的な話をしている最中、当の本人はストレッチをしていて話を全然聞いていなかったこと。もうひとつはあと数100メートルに差し掛かったにも関わらず、藤田兄さんが「もうやめよかぁ」と放ったこと、そして最も予想外だったのは、兵頭が「このストレッチどないですか?効果あります?」と語った際、藤田兄さんは「効果はないねん」と返した一幕。もちろん会場中が大爆笑に包まれたのは、言うまでもあるまい。

 

【おしゃべり大好き。】『中華料理屋』 - YouTube

 

⑦物忘れがひどい

予想外のエピソードが続出する兵頭、その中でもこれまでにはなかった『年相応』の場面で笑いを生んだのは、物忘れについての場面。いわく最近はそれに拍車が掛かった状態であるそうで、階段を駆け上がってその瞬間に何をしに駆け上がったのかわからなくなったり、牛乳を買いにコンビニに行ったのに他のものを買って帰って怒られたり……と、割と「マジでヤバイ」ようで。ただ物忘れをした当人はビビリなので、何か物忘れの出来事が起こった時には驚いて、何かにつけて「ママ〜!ママ〜!」と妻を呼ぶことを繰り返していたために、もう妻からは「それ怖いから呼ばんといて!」と釘を刺されていたという。

そこで語られたのは、お笑いコンビ・ミルクボーイの駒場から譲り受けたゴルフボールの話。3玉がセットになったゴルフボールを楽屋で貰った兵頭は、そのままカバンに突っ込んだまま完全に忘れて数日生活。ズボラな兵頭はそのカバンに(ゴルフボールのことは忘れてるので)どんどん物を詰め込んでいき、どうやらそれのケースが次第にひしゃげていったらしく。ある日の最寄り駅でカバンからゴルフボールが1個『カン……カン……カン……』とコンニチハ。しかし貰ったこと自体を忘れていた兵頭は「何でこんなんが駅にあんねん」と思い、そのまま帰宅。

その翌日、河川敷を歩いている際に同じように、今度は2個目のゴルフボールが『カン……カン……カン……』とカバンから落下。ただこの状況は明らかにこれまでとは違う。なにせ昨日も同じことが起こったのだ。しかも今回は大人数が集まる場所ではないので、明らかに自分を狙っていると分かる状態!運の悪いことに、ちょうどその頃の兵頭は心霊番組の司会をやっていたこともあり、すぐに彼の頭にはふたつの可能性が思い浮かんだ。それは『誰かが俺を隠れて狙っている!』。もしくは『ゴルフの霊に取り憑かれている!』というもので、ビビリな彼は戦々恐々。

そして運命の3日目。この日は帰宅してゆっくりしていた兵頭だったが、バランスが崩れたのか、掛けていたカバンがグラリ。そこから最後のゴルフボールが『カン……カン……カン……』となった時、もういよいよ「家まで狙われている!」と理解した兵頭。1回目や2回目はまだ外だった。けれども今は自宅。魔の手が目前まで迫っていると感じた兵頭は「ママ〜!ママ〜!」と妻を呼んでしまったのだが、ここでミルクボーイ駒場からゴルフボールを貰ったことを完全に思い出してしまう。ただ既に妻は呼んでしまっていて、兵頭はすかさず「すいませんゴルフボールでした!」と弁明。それに対して「お前それ言うな言うたやろ」と冷たく一蹴。彼の威厳がまたひとつ失われたのでした。

【おしゃべり大好き。】『ビジネスクラス』 - YouTube


⑧泥酔して自撮り&コピー機が……

続いては話が変わって、泥酔した夜のシーン。後輩と夜の街に繰り出してしこたま酔った兵頭は、次の日の仕事に備えてホテルにチェックイン。そんな中でも未だ酔っている兵頭は、アルコール特有のふわふわ感から、TikTokなどの投稿者に影響されたのか、パンツ一丁の自分の姿を自撮り。その日は「ヒャッヒャッヒャ」と笑いながら寝て、そのことはすっかり忘れていたそう。

そして話は再び変わって、自宅。深夜近くまで働いてヘトヘトになった兵頭が家へ帰ると、長女・あいねちゃんと妻が何やら口論中。どうやら話を聞くに、長女は明日学校に提出しなければならない写真(海外の観光都市の風景)があったそうだが、コピー機の用紙が不足していて出来なかったようで、それを母親に「明日どうすんのよぉ!」とヒステリーを起こしていたとのこと。そこで見かねた兵頭はコピー用紙を買いに、ヘトヘトの体を動かして一緒にコンビニへと向かう。

コンビニへ向かう道中、兵頭は長女に訥々と怒る。「お前なぁ。これかて何日も前に言われとったことやろ。それをギリギリになってやろう思てアカンかったか知らんけど、それでお母さんにギャーギャー言うんはアカンやろ」と。ただ現在反抗期である長女はそう言われてもブスッとしていたようで、重苦しい雰囲気のままコンビニへ到着。

そこで「さて当初の予定通りコピー用紙を買うか」と思っていたところ、娘から「わざわざ買わなくても、Wi-Fiで飛ばせば今コピー出来るらしい」との情報を入手。しかしその方法までは娘は知らないらしく、更には「お父ちゃんやってや」と指示。仕方なく兵頭は店内の大学生のあんちゃんを捕まえてコピー機の前で悪戦苦闘するも、なかなか出来ず……。そうこうしているうちに後方には列ができていて、焦った兵頭は画像選択でズバババ!と様々な画像をとりあえず選択して印刷すると、コピー機から出てきたのは、兵頭がホテルで上裸で自撮りした写真の数々……。真っ赤になって逃げるように車へと戻った兵頭に対して、娘は「最低な大人やな」とトドメの一撃を放ったのだった。

【おしゃべり大好き。】『ドリラちゃん』 - YouTube

⑨17万のスイートルーム

最後のエピソードは、スイートルーム。この話は全体として約30分近くあり、今回のトークのオチとしても機能していた印象だ。この話を語る上で絶対的に重要になってくるのは、先述の⑥の話。というのもこの頃の兵頭は、高校生になり反抗期になってしまったふたりの娘に、行き場のないやるせなさを感じていたためである。昔は兵頭が帰ってきたら「パパー!」と笑顔で抱きついてくれたが、今は自分の部屋にこもりがち。楽しい話をしても、今は無感動に返事するだけ……。そんな日々を重ね、いつしか兵頭は自宅に帰ることに対して、優先度が低くなってしまったそうだ(④で兵頭が家の外にずっといたのも、それが理由)。

だが、このままではいけない。そこで考えたのが『旅行へ行こう』というもの。というのも、これまで兵頭家は年に1度は必ず旅行に行っていたのだが、コロナ禍で中止に。今回は都合3年ぶりとなる家族旅行だったからだ。

中でも第一候補としてあったのは、とあるリゾートホテル。ここは景色も風呂も素晴らしく人気の場所とのことだが、兵頭は絶対にここを抑えたかったという。その理由は今から数えて約10年以上も前、同じく家族旅行で訪れたとき、娘たちから「たのちかった!」「またぜったいにみんなでこようね!」と言われるほど、本当に楽しい時間が娘たちの頭に刻まれていたため。

実際に娘たちにその旅行計画を話すと、みな「あそこだったらええんちゃう?」と乗り気。そこで兵頭は宿を押さえることを考えたのだが、直前での予約だったためかスイートルームしか空いておらず、なんと金額は込み込みで17万。これには大いに悩んだ兵頭、1日悩み、2日悩み。遂に「今日決めないともう取れない」という日まで追い込まれてしまう。日付が変わった瞬間に受付終了になる画面でずっと悩んでいた中、ふと近づいてきた2番目の娘(りりあちゃん)が、兵動の目の前で笑顔で一言「お父ちゃん!あのホテル楽しみだね!」の声で全てを決断。急いでPC画面を動かし、かくして兵頭家は1泊17万のスイートルームの予約を完了したのである。

そして待ちに待った運命の日。17万のスイートルームで家族で宿泊するという様々な意味でも重要な日だが、出発前、兵頭は毎年行うとあるルーティンをしようとしていた。それは『車を動かす前、運転席から後部座席を振り返る』というもの。……かつては1年おきに敢行していた旅行。ある年は、生後間もないため泣いている娘と妻が。その翌年には座席がチャイルドシートになり、また翌年には椅子。その翌年は妻は助手席に移動し、後ろにはお菓子をこぼしながら食べる娘が。またその翌年は、娘の横に新しい命が座っている……。彼はそうした光景を1年おきに更新するのが、密かな楽しみであったと語る。しかも今回はコロナ禍を経て、約3年ぶりときた。

ただ実際に兵頭が後ろを向くと、娘ふたりはリクライニングを完全に倒した状態でスマホを見ているという、あの頃の思い出とは対極の光景が。そしてこの開幕から予想出来た通り、旅行は散々な結果に。ホテルに入るも、娘ふたりは美しい光景には目もくれず、ベッドでダラダラ。更にはスマホをずっと触っていて、豪華な食事への関心も薄く、特に楽しい出来事もないまま、夜になってしまう。

……兵頭は家族全員が寝静まった後、ひとり窓を開けて外に出て、お酒を飲みながら今回の旅行を考え直し始める。17万をはたいて旅行に来たが、その結果は芳しくなかった。当時は可愛かった娘も今は反抗期。最近は家に帰るのも億劫になってきた。……こんな生活がずっとこれからも続くのだろうか。それなら娘のことはあまり真剣になりすぎず、妻と二人三脚で成長をサポートする形で動いた方が良いのでは……。そんなことを考えれば考えるほどネガティブになっていき、かくして夢見ていた旅行は幕を閉じたのだった。

旅行が終わり仕事場。ふいにラインが来たことに気付いた兵頭は、そこに娘から兵頭に宛てた写真がムービーとして送られていることに気付く。ホテルで楽しそうにしている写真。バイキングを食べる写真。車の後部座席から撮った写真……。兵頭は「スマホばっかりして!」と思っていたが、実際の娘たちは旅の途中で無音カメラで父親の姿を撮影し、それをアプリで編集していたらしい。端から見れば感動的な流れだ。

【おしゃべり大好き。】『MVS』 - YouTube

⑩海外の占い師と……

けれども兵頭は釈然としない気持ちの方が大きく、未だ「あの旅行は正解だったのか?」と悩んでいた。そこで占い師に今後の親子仲を診断してもらおうと考えた兵頭は、とある海外の有名占い師にリモートで接触。現時点での悩みを、相談しようと考えたのだった。

定刻になり、画面の前に現れたのは歳をとった占い師。その人に対して兵頭は相談する。「最近、娘と会うのが気まずいんです。先日も久々に旅行に行きましたが、距離が縮まりません。これから私はどうしたら良いのでしょうか」と。すると占い師は、しっかりとしたアドバイスで道筋を示す。「あなたは今疲れています。娘さんはあなたのことを理解しています。だからあなたは言いたいことをしっかり言ってください。それを娘さんは嬉しく思います。なのであなたは自分に嘘をつかず、言いたいことを言うべきなのです」……。カタコトの日本語で示されたのは、今後の在り方だった。その言葉に兵頭派いたく感動し「これからは言いたいことを言う!俺が今言うべき言葉はこれや」と、リモートを切り、ドタドタと家族の待つ居間に走っていく。

「みんな、よお聞け!」と突然大声で喚く兵頭に、ポカンとする妻、あいねちゃん、りりあちゃんの3人。そして兵頭は「ワシはみんなに、ひとつだけ言いたいことがある!」と告げると、大きく一言。

「あのスイートルーム、17万!!!」

そして涙を堪えながら、兵頭は続ける。「あいね!お母さんといつまでも仲良くしてくれ。りりあ!つまらんかっても、今日のことを覚えとってくれたらええ。みんないろいろ変わっていくけど、ワシらは家族や。言いたいこと言って、これからも一緒に仲良う生きて行こうや!」と。

そんな兵頭を見て、妻は一言、はじめての「せやな」を返してくれたのだった。

【おしゃべり大好き。】『おばあとサイン会』 - YouTube

おわりに

この日兵頭が語ったのは、広く我々が彼について知っている『すべらない話』の延長線上の話だった。これについては彼が稀有なエピソードを呼び込んでしまう性質があることはもちろんだが、それを人前で話すことについては、確実に彼のトークスキルによるものだと強く感じた。上げて上げて、最後は少し落として、ドン!……出来るようで出来ない、会話の妙。それが彼を彼たらしめている理由なのだろう。

恒例となった写真撮影では、袖で見ていた藤田兄さんも含めて全員でパシャリ。これまで僕が観たライブと言えば音楽ばかりだったけれど、もしお笑いライブに足繁く通っていたとしても、この完成度のトークにはなかなかありつけないだろうなと思った。多分今回の話も、いつか『すべらない話』でも披露されることだろう。そのときを楽しみにしつつ、じっくり余韻に浸りたい。最高の時間でした。

【ライブレポート】『SUPER ROCK CITY HIROSHIMA - 2023DX』@広島市内ライブハウス9会場

こんばんは、キタガワです。

広島で行われる、年に2日間のサーキットイベント『SUPER ROCK CITY HIROSHIMA』の季節が今年もやってきた。今回はライブハウスを好きなように巡りつつ、新たな音楽と出会う契機となるこの貴重な日の2日目に参加。ベテランからニューカマーなど様々なバンドが揃う中でこの日は『ニューカマー側』にあえてフォーカスし、今後絶対に頭角を現すであろうバンドをたくさん観てきた。この中から来年以降、一気に跳ねるバンドが出てくるのかと思うと今からワクワクする!以下レポです。

 

Conton Candy VANQUISH 12:30〜

流川を進んでVANQUISHを目指し、まずは若きロックバンド・Conton Candyを選択。今年リリースした“ファジーネーブル”がバズを生み、一気に全国的に知られるようになった彼女たちのライブを観ようと、トップバッターにも関わらず満員の客入りである。

客電が落ちると紬衣(Vo.G)、楓華(B.Cho)、彩楓(Dr.Cho)の3名がステージ袖から登場。そのまま全員で円陣を組んで気合を入れると楓華が「東京から来ました、Conton Candyです!」と一言。そこからオープナーの“baby blue eyes”へ移行していく。爆音の中にも透き通って聴こえる楓華のボーカルが心地良く、まだ温まっていないフロアを少しずつ溶かしていく感覚がある。

Conton Candy - baby blue eyes [Official Video] - YouTube

この日のセットリストは『PURE』と最新の『Charm』による、これまでリリースしてきた2枚のEPから抜粋。またConton Candyは同会場におけるバンド全体で考えても「行けるかー!」と扇動して盛り上げたり、雰囲気で楽しませるというよりは、楽曲の持つ魅力のみで勝負するバンドだが、曲が流れた瞬間に口ずさめてしまう圧倒的なキャッチーさで、グングン牽引していく姿は素晴らしかった。

ハイライトは、中盤での“ロングスカートは靡いて”から“ファジーネーブル”への流れ。明確にロックへ変貌したサウンドで多くの腕を挙げさせてから、誰もが知る楽曲を畳み掛ける作りで、30分の持ち時間を完璧に使うのはやはりライブの経験値によるものだろうなと。そしてここで来たか!な“ファジーネーブル”は、一見激しい楽曲のようにも思えるが、ライブで聴くと「彼女たちの楽曲の中では割とミドルテンポなのだなあ」と感じられたのもひとつの発見。

Conton Candy - ファジーネーブル [Official Video] - YouTube

MCでは、初の広島ライブへの思いが爆発する瞬間が多々。楓華は「さっき楽屋に、広島のbokula.っていうバンドが来てくれて。広島に来てくれてありがとうって言いに、ライブハウスの楽屋回ってるんだって。その他にもいろいろ、広島の土地をみんなが大切にしてるんだなと思って。凄く大好きな場所になりました。スーパーでロックなライブをして帰ります!」と語り、自分たちをトッパーに選んでくれた、今回のイベントへの思いを伝えてくれた。

Conton Candy - 好きなものは手のひらの中 [Official Video] - YouTube

ラストナンバーは初期曲の“好きなものは手のひらの中”。次第に過ぎ去る時間と大切な思い出をリンクさせ、未来に繋げていく彼女たちらしいポップロックだ。ワクワクするサウンドが鳴らされる中、楓華が「歌える人は歌って!」とサビ部分をファンに託し、全員で大合唱する多幸感溢れる空間に。誰も置いていかず、それでいて音楽の塊で印象付ける最高のライブは素晴らしい終着を迎え、終演後には物販に大勢の列が出来ていた。まだフルアルバムをリリースしてはいないルーキー状態のConton Candyだが、今この時点で観ることが出来たのは、大いなる意味があるように感じた。

【Conton Candy@広島VANQUISH セットリスト】
baby blue eyes
プードル
ロングスカートは靡いて
ファジーネーブル
102号室
好きなものは手のひらの中

THE BOYS&GIRLS VANQUISH 13:35〜

続いては同会場でTHE BOYS&GIRLS。少し休もうと外のソファーで座っていると、突然多くの感性が。なんだなんだと思ってステージを覗くと、なんとファンのひとりがステージに上がって“ボーイ”を歌っている!こうしたサーキットではバンドが直接リハーサルを行うことも珍しくないが、この時点で惹き込むケースは稀有過ぎる……。以降も時間ギリギリまで「誰か一緒にやりたいやついない!?バンドやろうぜ!」と叫びまくるワタナベシンゴ(Vo.G)である。

まさかのリハによって既に熱狂に包まれたフロアが暗転すると、ワタナベとサポートメンバー3名が登場。いつも白Tシャツにマジックで文字を直書きするワタナベ、この日は『30分を永遠にして』と記されていて、その言葉の通り、ワタナベは演奏前にも関わらずマイクを掴んでノンストップで言葉を発し続けている。そうこうしているうちに1曲目の“陽炎”へと雪崩れ込み、そこからはどしゃめしゃ、ステージを所狭しと駆け回りながらの、汗だくのパフォーマンスである。

THE BOYS&GIRLS「陽炎」MUSIC VIDEO - YouTube

他のバンドはともかくとして、基本的にボイガルはセットリストを固定化しない。実際に僕がこれまでに観たライブでも代表曲を全て廃したもの、昨日はやったのに今日はやらなかったもの……と様々だったが、この日も途中でワタナベは「セットリスト変える」とメンバーに指示する形で、急遽の変更を行った。これは先述のリハの一幕、更にはマイクでひたすら叫び続ける様にも表れているように、彼自身が『ロックンロールは内から出てくる衝動によるもの』なのだと認識しているからに他ならない。そしてそれが他者に飛び火し、もっともっと火種が出来て加速する、それこそがライブなのだと。

THE BOYS&GIRLS「ボーイ」LIVE VIDEO - YouTube

会場全体の楽しさが一体化したのは、彼らのライブの中では最も演奏される機会の多いキラーチューン“パレードは続く”。先述の「セットリスト変える」発言はこの楽曲の前に発せられたものであり、もしかすると本編で披露することは本来なかったのかもしれない。ただ結果としてこの楽曲は、一瞬にして雰囲気を固めてくれた。……リハの段階でワタナベは若干のアウェー感も抱いていた可能性はあるが、特に示し合わせるでもなく、サビで一斉に上がる腕を見たワタナベは歌唱を放棄し「うわ!ザワザワってした今!やべえよ。みんな一斉にブワーって手挙げてさ!やべえ!」と大興奮。そこからは「歌ってくれ!」と完全にサビをファンに委ね、満面の笑みのワタナベであった。

THE BOYS&GIRLS「最初で最後のアデュー」LIVE VIDEO - YouTube

熱狂的なライブは“最初で最後のアデュー”でシメ。ワタナベは楽曲が鳴らされるなりフロアに降り、端の方で観ていた男性をロックオン。男性の肩に乗って肩車状態になると、そのままステージへ移動するカオス過ぎる展開に突入していく。ワタナベはその男性に「おっちゃん!そこにいてくれ!」と叫び、以降は前方へダイブして移動しまくり。ふとその男性の顔を見るとにこやかな笑顔になっており、「これが彼らのロックなんだなあ」としみじみ。『30分を永遠にして』。その言葉の通り永遠に消えてほしくない、心震える最高の時間だった。

【THE BOYS&GIRLS@広島VANQUISH セットリスト】
陽炎
ライク・ア・ローリング・ソング
階段に座って
パレードは続く
その羅針盤
ボーイ
最初で最後のアデュー

空白ごっこ VANQUISH 14:40〜

ボイガルの興奮冷めやらぬ中、次にチョイスしたのは空白ごっこ。“独りんぼエンヴィー”でも知られる電ポルPことkoyori、“STAGE OF SEKAI”を始めとした楽曲で注目されたHarryP)こと針原翼を中心とし、ボーカルにセツコ(Vo)を加えたニューカマーだ。ネクライトーキーの石風呂、おはようございますの鬱P……。他にもすりぃやヒトリエなど、元々ボカロPだった人物が生バンドを結成することは今や珍しくないが、その中でも異色なサウンドを持つ空白ごっこだからこそ、今の注目度の高さに繋がっているような気もする。

天 - YouTube

不穏な打ち込みサウンドが鼓膜を揺らす中、ベースも含めたリズム隊に少し遅れる形でセツコが登場。そこから鳴らされた1曲目は“天”、爆発的なサウンドから畳み掛けるロックチューンである。エレキギターが炸裂する中でセツコは何もない虚空を一点に見つめ、尋常ならざる声量で歌声を届けていく。キーが異常に高いこの楽曲を全くブレずに歌い上げる様には驚いたし、ゆっくりした足取りでステージ端まで移動して立ち止まったり、サビではスッと腕を挙げてレスポンスを任せたりと、フロントウーマンとしての強みもバッチリだ。

大前提として、空白ごっこは素顔を公開していない。バンドメンバーについても発起人でもあるkoyoriと針原翼が参加した……ということもなく、全く別のサポートメンバー3名が帯同した形だ。しかしながらライブでは照明に照らされ、完全に全メンバーの顔が分かるものに。やはり圧倒的なのはセツコの存在感で、あえて変な言い方をするなら宗教の教祖のような、はたまた今にも屋上から飛び降りてしまいそうなダークな雰囲気を纏っていて、それが我々ファンを沈黙させ、曲に没入させる力を宿していたように思う。事実、「フウー!」と声を上げる人も多かったこの日この場所で、最もファンが静かだったのは間違いなく空白ごっこだった。

空白ごっこ - なつ(Music Video) - YouTube

「観るのは好きですが、私はサーキットイベントに出演するのは苦手です。歌っている途中に人が出ていってしまうと『ちゃんと楽しんでもらえたかな』と不安で、緊張してしまうので。……私は緊張するとふざけてしまうタイプで、無駄に煽ったりとか、普段はしないことをしてしまうんです。でも、今日はふざけることはしません。私はここに立って全力で歌います。だから皆さんも、私から目を離さないでください」。セツコは最初のMCで、赤裸々にこう語ってくれた。直後、ファンからは複数の拍手が巻き起こったが、セツコが飲んでいたミネラルウォーターのペットボトルを袖に放り投げ、グシャッという音を響かせた瞬間に停止。この緊張感は、一体なんだろう。

空白ごっこ - 運命開花(Music Video) - YouTube

《この先くりんくりんくしたい》で指をクルクル回した“リルビィ”、訴え掛けるような熱唱が爆発した“なつ”と続き、ラストナンバーは代表曲たる“運命開花”。大勢の手が挙がるその先で、セツコは感情の全てを放つような歌唱で魅せていて、これまで全く見せなかった声がブレる場面も含め、自身のネガティブな感情で歌を引っ張っていくような感覚があった。楽曲が終わって拍手に包まれる会場で、持っていたマイクをテーブルに置こうとしたセツコ。しかし転がってなかなか定位置に戻らないそれを、彼女は上から叩き付ける形で強制的に留めた。その際に鳴った『ゴツッ』という音が、今でも頭から離れない。

この日、セツコが笑顔を見せた時間は5秒もなかった。鬼気迫る歌唱で訴え掛けたかと思えば、次の瞬間には電池が切れたように直立不動で佇んでいた彼女が歌に込めていたのは怒りだったのか、はたまた悲しみだったのか……。その真実は闇の中だが、漠然とした「何かとてつもないものを観た」という衝撃は、我々の心に明確に与えてくれたように思う。

【空白ごっこ@広島VANQUISH セットリスト】


乱(新曲)
リルビィ
なつ
運命開花

TETORA クラブクアトロ 15:50〜

この日、待ち時間にとにかく多く耳にしたバンド名は『TETORA』だった。リストバンド交換時に「お目当てのバンドは?」と聞かれてそう答えた人、転換中に「今日は◯◯と◯◯と、あとTETORAは絶対観たい!」と選択肢に上げた人。更には「TETORAは入場規制になるから早めに行こう」といった声も聞こえてきたりもして、前評判の高さをはっきりと示す形になっていたのだ。個人的にも行きたかったワンマンツアーが全公演即ソールドした経験もあり、念願叶ってのライブだ。

会場である広島クラブクアトロは、広島市内でも最もキャパの大きいライブハウス。にも関わらずパンパン過ぎてほぼ入れず……。何とか2階で観ることが出来たが、ここまでとは思わなかった。上野羽有音(Vo.G)、いのり(B)、ミユキ(Dr)がステージに足を踏み入れた瞬間から前にギュウっと詰める絵からも、TETORAの期待値の高さを伺わせる形に。それはオープナーの“Loser for the future”からも感じられるもので、TETORAの楽曲の中ではミドルテンポなこの楽曲で、フロアは既に押し合い状態。彼女たちによる愚直なロックこそ至高であり、最強なのだということを早くも証明していた。

TETORA - Loser for the future - Music Video - YouTube

TETORAのセットリストはそれが全国ツアーであっても、会場ごとに大幅に変更されることでも知られる。この日は『教室の一角より』と『こんな時にかぎって満月か』の2枚のアルバムから中心に選ばれたセトリで、特にファン人気の高い楽曲を多く披露していた印象。全バンドに平等に与えられた持ち時間30分をなるべく演奏に使う姿勢も素晴らしく、なんと総曲数にして8曲をやり切ったTETORAである。時にはいのりと立ち位置を真逆にしたり、膝からのスライディングでギターを弾き倒す上野のアクションも、ロック大好き!を体現しているようで最高だ。

TETORA - 今日くらいは Official Live Music Video- - YouTube

「一人ぼっちでもええ。音楽だけは味方や」……。上野が曲間の短い時間に、そう語っていたのが印象に残っている。每日学校に通い、仕事に忙殺され。そんな中で音楽好きにとっての救いとなっているのは、間違いなくライブだ。ライブでしか感じられない何かを求めてTETORAを観に来たファンも、そして彼女たち自身もそうだろう。他にも彼女は「大阪の心斎橋BRONZEからやってきたTETORAです」と地元のライブハウスを紹介したり、今回のサーキットの関係者の思いも代弁してくれていたけれど、それはライブハウスへの強い気持ちがあるからこそ。

TETORA - レイリー - Official Music Video - YouTube

ラストは代表曲の“レイリー”でシメ。上げて上げてそのまま終わるバンドがこの日多かった印象だが、幾度も続いてきたファストチューンの波を、ミドルテンポな楽曲で穏やかにしつつ終わるという一風変わった流れをこの日のTETORAが選択したのは、彼女たちなりの「まだライブは続くから無理しないように」との思いが込められていたのではないか……。そう感じてしまうほどに、グサリと心に刺さりながらも、他者への感謝を欠かさない姿勢がグッと出たステージングだった。最後に「今谷さんありがとう!」と今サーキットイベントの主催者である今谷修司へ思いを伝え、颯爽と去っていった3人。最高でした。

【TETORA@広島クラブクアトロ セットリスト】
Loser for the future
バカ
嘘ばっかり
言葉のレントゲン
素直
ずるい人
今日くらいは
レイリー


yutori  VANQUISH 15:45〜

パラパラと降る雨を退けながらクアトロから急いでVANQUISHにカムバックし、続いては若き新星・yutoriのライブを観ることに。yutoriは元々音源についてはチェックしていたものの、至る所でとにかく「ライブが凄すぎる!」という前評判を聞いていて。個人的にもリアルサウンド社に寄稿した記事で彼らについて書いたことはあったが、ライブ経験はなし。故に「どんなライブなのかな?」と期待する気持ちで鑑賞したのだけれど、ライブを観てぶったまげてしまった。今はまだニューカマーにしろ、一気に飛躍して背中が見えなくなるのも近いな、と思うくらいには。

yutori「センチメンタル」 lyricvideo - YouTube

定刻になり、袖から佐藤古都子(Vo.G)、内田郁也(G.Cho)、豊田 太一(B)、浦山蓮(Dr.Cho)が登場。1曲目は“センチメンタル”で、ギターを中心とした荒々しい世界に誘っていく。ともすれば激しいサウンドで埋もれそうなものだが、そんな中でも佐藤の中性的な歌声はしっかりと届いていたのが素晴らしく、観客によるメロ間の「ワンツー!」の掛け声もピッタリハマり、メンバーも嬉しそう。……と同時に、この場にいる観客の多くがこれまでyutoriの音楽に心掴まれたファンである事実が、期せずして証明された形だ。 

この日のセットリストは全7曲中、“君と癖”以外の楽曲をミニアルバム『夜間逃避行』から抽出。最近まで行われていたアルバムツアーを踏襲するように、最新の楽曲を惜しみなく投下していた。深夜帯の未遂の経験をリアルに描写した“安眠剤”ではまるで泣いているように声を震わせたり、前髪で隠れた表情の下で絶唱し、どこか精神的不安定ささえ抱いてしまう佐藤の姿も、そのメッセージ性に拍車をかける。

yutori「ワンルーム」 Official Music Video - YouTube

ハイライトは、すっかりライブアンセムとなった“ワンルームの一幕”。演奏開始時から佐藤はギターを前傾姿勢で弾き、フラつく足取りになった時点で不穏な感覚はあったが、1〜2曲目では見られなかった目をひん剥いて歌う場面が増えたことで、次第に会場全体が佐藤の雰囲気に呑まれていくのが分かる。そして熱狂を繰り返した果てに佐藤がステージに倒れながらも演奏を続けるシーンを観て、(他者と比較するのは良くないと思いつつ)平手友梨奈や秋山黄色、後藤まりこといった『感情が自分を支配していくアーティスト』の儚さをも感じた次第だ。

yutori「煙より」Official Music Video - YouTube

「あなたには今にもここから飛び出したいくらい、大好きな人はいますか?その人を思い浮かべながら聴いてください」との一言からの“会いたくなって、飛んだバイト”、力強い歌声で魅了した“君と癖”と続き、ラストナンバーはアルバムの最終曲でもある“煙より”。ふと後ろを観ると開始時よりも遥かに多いファンが敷き詰めていて、多くの手が挙がっていた。一度音楽を聴いたが最後、離れられない程の魅力があるのだなあと実感すると共に、最もストレートな歌の届きを見るようでもあった。

【yutori@広島VANQUISH セットリスト】
センチメンタル
安眠剤
ワンルーム
ヒメイドディストーション
会いたくなって、飛んだバイト
君と癖
煙より

MOSHIMO VANQUISH 17:55〜

最後に選んだのはMOSHIMO。かねてより精力的な活動を続けてきたライブバンドであり、今回はニューアルバム『CRAZY ABOUT YOU』のリリース&全国ツアーも控えた抜群のタイミングでの出演だ。同時刻には新進気鋭のバンドが多く出演していた中で、オープナーの”電光石火ジェラシー“が始まる頃にはライブハウスの外から猛ダッシュする人も大勢。MOSHIMOはここ広島でも多くライブをしている印象だけれど、彼女たちのライブが確かに心を掴んでいて今に至っている、というのを実感した次第だ。

MOSHIMO「電光石火ジェラシー」MOSHIFES.2022 ライブ映像 - YouTube

……というわけで1曲目。岩淵紗貴(Vo.G)、一瀬貴之(G)、高島一航(Dr)、サポートメンバーで空想委員会のバンドでも活動する岡田典之(Dr)が登場すると、《アウト?セーフ?よよいのよいよい》のボイスSEがどこからか流れ始める。岩淵は何度も振り付けをレクチャーし、実質的なハンドマイク状態でフロアに火を焚べていく。そうして全員がある程度理解した状態でのサビの連続は、あまりにもキャッチー!初っ端からフルスロットルで駆け抜けていく様は、やはりMOSHIMOでしか得られない興奮があるなと改めて感じた。

後のMCで岩淵が「今のMOSHIMOは原点回帰をテーマにしている」と語っていた通り、何とこの日のセットリストはニューアルバム、更にはコロナ禍にリリースされた楽曲も全てカット。3年以上前からこれまでにかけて、ライブでブラッシュアップしてきた代表曲のみを投下するものに。必然30分の持ち時間は言わば『全部がハイライト』とも言うべき盛り上がりを記録し、初見の人にも強みを見せ付ける作りに。

MOSHIMO「バンドマン」 Lyric Video - YouTube

一方で楽曲は5曲と短めだったが、その理由のひとつはトーク。これもMOSHIMOらしい爆笑展開が炸裂していたのが最高で、まずは場所が広島であることから、一瀬による「岩淵は最近まで広島出身の人と付き合っていた」という暴露で幕開け。ただ暴露された側である岩淵は「お前マジで……」と笑いながらも、「すいません、実は広島プライベートで何回も来てました」と更なる笑いへと繋げていくのも流石である。他にもレーベルメイトである超能力戦士ドリアンに「広島駅まで乗せていってほしい」とパシリ的に扱われたことなどをトークテーマに、どんどん笑いを高めていく様は『ライブ慣れ』を地で行くようでもあった。

MOSHIMO「命短し恋せよ乙女」MV - YouTube

一度聴いただけで歌いたくなるキャッチーロック“バンドマン”を経て、最後に披露されたのは待ってました!な“命短し恋せよ乙女”。代表曲を聴けるのはライブあるあるだと分かっていても、この曲のリフで思わず「おお!」となってしまうのは今も昔も変わらない。ファンの中にはMVの振り付けをマネして踊る人もおり、ライブのラストを飾るには最強の楽曲だなあと理解。終演後は「30分は短いからもっと聴きたい!」と心底思ってしまったのだが、これも「ツアーでまた広島に来ます!」という岩淵の宣言により購買意欲がそそられる、という幸福な流れも含めて、100点中100点の時間だった。今のMOSHIMOは、強いぞ。

【MOSHIMO@広島VANQUISH セットリスト】
電光石火ジェラシー
釣った魚にエサやれ
誓いのキス、タバコの匂い
バンドマン
命短し恋せよ乙女


この日、参加者は総じて様々なバンドを観ることが出来たはずだ。……チケット代にして約5000円。にも関わらずフェスでも単独でもソールドアウト必至の若手筆頭株を多く目撃出来たのは、やはりサーキットイベントの強みであろうと思う。終電の関係で早めに切り上げた自分でさえ6バンドを鑑賞したのだから、人によっては本当にチケット代以上の、貴重な経験になったことだろう。

ただTETORAが語っていたように、基本的にはサーキットイベントは大阪や東京といった都市部がほとんど。ゆえに今回のイベント成功にはALMIGHTYと尾道BxBの店長である今谷さん含め、多くの広島バンドの功績が下支えになっているということは、絶対に理解しなければならない。今回の記事では詳しくは書かなかったが、マタノシタシティーや南風とクジラなど、様々な広島バンドのライブも合間に観に行ったが、本当に素晴らしかった。それらのバンドが1日中、それもたくさん出演しているこの広島の現状を、大切にしていく必要があるとも思った。音楽との新たな出会いとなった今回のイベントが、まだまだずっと続きますようにと願いを込めて。

【記事寄稿のお知らせ】くるりドキュメンタリー映画『くるりのえいが』

uzurea.net様&映画会社様からご依頼いただき、『くるりのえいが』のレビュー記事を寄稿しました。

くるりは個人的ないちファンとしても、記事関係でもお世話になっているバンドで。uzureaさんではイヤホンレビューをする際、音数の多さを示すために必ずくるりの“ソングライン”という曲を使っていますし、ロッキンさんでは『サカナクション×くるり』の“ばらの花”マッシュアップについて寄稿したこともあって。今回は全く新しい映画関係のくるり記事ということで、ありがたかったですね。

この映画は、先日発売されたニューアルバム『感覚は道標』のレコーディングの様子を追った作品で。間違いなくこの作品は最高傑作!の1枚なのですが、それ以外の部分では、オリジナルメンバーの森さんと3人で作った意味合いも非常に大きいです。彼が脱退したのが10数年前なのかな。そこからまた3人でアルバムを作る未来は誰も予想できなかったですし……。

そしてこのアルバムと聴く上で観ておきたいのが、この映画で。歌詞もできていない鼻歌の状態で少しずつ作られていく点はドキュメンタリーとして秀逸ですし、くるりファンどうこうという以外にも、「こうやって音楽って作られてるんだ!」という発見もあり。様々な人に観てもらいたい映画になっています。こちら間もなく全国公開です。ぜひ。

『くるりのえいが』試写レビュー 森信行を加えた3人で創る『感覚は道標』制作ドキュメンタリー 場面写真、PVと共に。2023年10月13日公開作品 - uzurea.net

I LOVE ME

その日は通常通り働いていて、いつものようにアルコールを買って帰路に着いた。帰宅すると直ぐ様プルタブを開けて、酒を胃に流し込む。それから半酩酊状態でゲームやら音楽やらを楽しんで、寝る体制に入り、ようやく気付いた。「そういえば今日は誕生日だったんだなあ」と。……そしてこの「誕生日が来ました」という話題自体も、今から数ヶ月も前の話。これまではツイッターで報告をしていたけれど、それも億劫になり、今年はそれ関係を呟く気さえも起きなかった。

人は歳を取るにつれ、感情が希薄になるとされる。あの頃楽しかったことは楽しいとも思えなくなり、現状を打破しようともがいていた青い炎は、いつしかか細い達観の火へと変わっていく。「これが歳を取ることなんだ」と一蹴するのは容易だが、反面、正体不明の悲しい気持ちにも襲われることも多くなってきた。

学生時代も今も、コンプレックスとしてあるのは『人間関係の不出来』である。イジメだったり肉体的な病気だったりと理由はあったが、とにかく。人生における最も多感な時期に、自分は人と極力距離を置き、それどころか人前で口を開くことさえほぼない生活を送った。そしてその弊害からか、今でも『他者を経由せざるを得ない行動』の大半が苦手である。人と一緒にどこかに行く。フォロワーにリプライを送る。ライン。オンラインゲーム。スポーツ……。歳を重ねた今でこそ娯楽は増えたが、それも基本的には他者を必要とする。なもんで「そんなことをするなら一人で過ごすよ」というスタンスで生きることは、おそらく一生変わらないだろう。どんな幸福より、なるべく一人でいる。それこそが自分にとっては最もダメージを負わずに済む処世術なのだ。

ただ社会に出て痛感したのは、自分が自傷的に持ち続けているそうした個人主義よりも、他者を介在させるアクションをする方が圧倒的に是とされることだった。中でも大人になった今よく言われるのは、「男なのに風俗行ったことないの?」「合コンとか行けば良いじゃん」といった女性を交えての娯楽の勧めだ。これももし自分が女性からの地獄のようなイジメを受けずに学生時代を過ごしていたら、逆側の立場だったのかなと思う。ただ他人からすれば「その歳で◯◯したことないってどうなの?」的な奇異の目で見られてしまうのは、難しいところである。

確かに、様々なことを経験してきた人は端から見ても格好良い。まるで経験値がオーラに出ているようだ。そして大人になればなるほど、そうした経験値を見せ付けるような立ち居振る舞いが、自身の評価にも繋がる感覚は否めないのだ。なもんで、職場では何に対してもポジティブに返すことで乗り切っている。でも帰宅後はまるで遅効性の毒のように、精神を侵されていく感覚にも陥るのが正直な気持ちだ。

「そういえば今日誕生日でした!」。あの時、なぜ自分はそう言えなかったのだろう。対人経験値の不足か、はたまたプライドによるものなのか……。たらればの話を考えても仕方ないが、ひとつ分かることがあるとすれば、もし言っていたとして、その一言で夜な夜な悩んでいただろうということだ。

Mr.ふぉるて - I Love me 【Music Video】 - YouTube

映画『バッド・ランズ』レビュー(ネタバレなし)

こんばんは、キタガワです。

上映時間は2時間半、内容は超ディープ。更には劇中のセリフは大半が大阪弁で、超早口&専門用語バリバリ……と、公開初日から様々なカオス情報が公開されていた映画『バッド・ランズ』を観た。

ストーリーとしては、まるではぐれ物の道を辿るようなダークなもの。主人公(安藤サクラ)はオレオレ詐欺の案内人であり、多くの高齢者を騙す手法で金銭を得る人間。対して弟(山田涼介)は刑務所服役から闇の世界へ逆戻りし、荒れた生活を送っていた。そんなふたりが『ある事件』をきっかけに、更なる地獄へと足を踏み入れる……。あらすじとしてはこのような形だが、実際にはホームレスや警察、オレオレ詐欺グループ、違法賭博屋といった様々なストーリーが同時に展開。多くの出来事が交錯する、非常に複雑な物語となっている。

冒頭にもある通り、この映画にはマイナス面もいくつか。特に『会話の大半がガチの大阪弁』なのは辟易してしまった点。そもそもこの映画では標準語で話す人自体がほとんどおらず、かつ大阪独特の表現(コーヒーをコーシー、虎を阪神タイガース、粉がブワーなっとるやつをお好み焼き、など)がマシンガントークで流れてくるので、総じて耳が追い付きづらい。イメージとしては、我々のおじいちゃん世代の古い大阪弁でずっと言い合いをしている感じ。セリフ数だけでも相当なものがある。

他にも尺が長かったり、取り扱うテーマ自体が詐欺関係の闇であること、場面展開が多かったり……などなど、今年公開された映画の中でも取っ付きづらい部類なのは確か。しかしながらこの映画は結果として、完成度としては素晴らしい高さだった。

特に驚いたのが、時間の使い方。2時間半という時間をどう使ってオチまで持っていくのかについては、鑑賞前にも考えてはいた。おそらく一番やりやすいのは、物語のテンポをあえて遅くする方法。これは同じく長尺の3映画で頻繁に使われているもので、例えば人と人とが握手する描写でもゆっくりゆっくり映すことで、その人物の心にある「本当はこの人と握手するのは嫌。でもやるしか……」といった葛藤も同時に描くことが可能。これは3時間ある『ドライブ・マイ・カー』も同様だった。

ただ、この作品は通常あり得ないテンポ……それこそ10分に1回レベルで全く違う場面に切り替わり、他者の話が延々進む異色作。なもんで「このペースでいくと無理なんじゃないか?」とも思ったが、なんとこの映画、冒頭から約1時間半という時間を助走に費やし、その後の1時間で突っ切る作品だったのだ。要は『起承転結』における、『起』を1時間半やるのである。話がほぼ進まないこの時間(しかも大阪弁でめちゃくちゃ速い会話が大量にある)を耐えられるかは賛否が分かれるところだけれど、ラストで全部回収するのは強気過ぎるなと。

後はやはりと言うべきか、安藤サクラの演技が軍を抜いている。今回の出演者は山田涼介、生瀬勝久以外の人物は物語に直接的には干渉しないのだけれど、これらのキャスティングだからこそなのか、闇を秘めた演技も含めて安藤サクラは「触ったら怪我するヤバさ」を放出している点で、抜群だったと思う。このキャラありきの展開なのは重々承知にしろ、改めて驚いた次第。

この手の作品にしてはあまりグロさもなく、多くの人に進めたいカオス映画『バッド・ランズ』。なぜこの映画のタイトルがバッド・ランズなのかは開始数秒で明かされるが、その真の意味は2時間半後に分かる、というのも、なかなか面白い。そして何と言っても後半の畳み掛けは本当に最高で、約1時間半を耐えてでも観る価値アリ。最近よくあるお涙頂戴の映画とは似ても似つかない、世の中の底の底のそのまた底の楽園で生きる人々を描く作品。まさしくバッド・ランズ(Bad Lands)である。

ストーリー★★★★★
コメディー★★★★☆
配役★★★★☆
感動★★★☆
エンタメ★★★★☆

総合評価★★★★☆(4.0)

◤本予告◢ 9/29(金)公開 映画『BAD LANDS バッド・ランズ』 - YouTube

 

【記事寄稿のお知らせ】2023年最後のバズ曲・しぐれうい“粛聖!! ロリ神レクイエム☆”大解説

KAI-YOU.net様に、しぐれうい“粛聖!! ロリ神レクイエム☆”の楽曲解説記事を寄稿しました。

投稿して2週間にも関わらず、1000万回再生を突破したバケモノ曲。多分これからも伸び続けると思うんですが、今年も終わりに近付いたこのタイミングでバズったこの曲に「こりゃすげえ!」といたく感動しまして。休日を利用して一気に書き上げました。

今回の寄稿については、個人的にはKAI-YOUさんへの感謝を伝える意味でも大切な記事になりました。というのも、数年前からKAI-YOUさんにはお世話になっていたんですが、なかなか恩返しが出来てないなとずっと思っておりまして。

僕とKAI-YOUさんとの関係性は簡単に言えば「何か書きたいものがあれば送ってね。良かったら載せるよ」というもので。だからこそ個人的に書きたいと思った記事……それこそ洋楽とかAdoとか、更にはお笑いの記事もノンジャンルで載せてもらって、反応をいただいたりもしてて。

ただKAI-YOUさんが一番ウリにしてるのは、圧倒的にVTuberで。なのでそんな流れの中に、僕が音楽やお笑い記事を載せていることに、申し訳ないなという気持ちもずっとありました。……正直ホロライブやにじさんじの中に「グラストンベリーにケンドリック・ラマーが出るぞー!」みたいな話って、マジで絶対違うじゃないですか。でも僕は嬉しいし、相手方は記事のストックが増えるので一応はWin-Winで。でも心のどこかでは、いつかKAI-YOUさんの土壌、つまりはVTuber関係で何か恩返しが出来ればなと思ってました。

なので今回の納品で、ひとつ心残りが消えた感じがありました。記事自体も多面的に解説する形になったので、楽曲を聴き込む上で何かプラスになるかもですし。この曲自体もめちゃくちゃ良いので、ぜひ皆さんに聴いてもらいたいです。みんなでごめんなさーいしましょう。

しぐれうい「粛聖!! ロリ神レクイエム☆」はなぜ中毒者を生むのか その計算と特異な主従関係 - KAI-YOU.net

映画『君たちはどう生きるか』レビュー(ネタバレなし)

こんばんは、キタガワです。

毎月様々な作品が公開される映画業界。特にアニメ映画の興行収入は凄まじく、近年では『SLAM DUNK』や『すずめの戸締まり』、『ONE PIECE』といった作品がロングランを記録するなど、各劇場でも熱視線を送る重要なものとして位置。それぞれのオリジナリティーでもって勝負している。

そんな中で、今年最も稀有なマーケティングをした作品と言えば、宮崎駿のジブリ映画の最新版『君たちはどう生きるか』だろう。この作品は何と公あらすじはおろか、キャストや主題歌などその大半が非公開のまま上映。現在もその流れからネタバレ禁止が暗黙の了解になっている、過去に例のないジブリ映画なのだ。そのため今回は、あらすじ如何は一切省いてのレビューとなることをご了承いただきたい。

まず初めに、この作品は賛否両論がはっきり分かれる作品であることは明言しておくべきだろう。これには理由が2つほどあって、ひとつは作品全体の情報量の多さが挙げられる。というのもこの映画では場面場面で登場人物が移り変わって密な関係性を築いていくのだけれど、それぞれをじっくり観察していないと、最終的に意味が分からなくなる形になっているからだ。

そしてもうひとつは、抽象的表現の多用だ。今作品は『君たちはどう生きるか』のタイトルの通り、人間の誕生から終焉までを描くものである。しかしながら今作を全て観たとしても「このシーンは何を意味しているの?」という質問に100%の返答をするのは難しくなっている。例えば同じジブリ映画でも『となりのトトロ』のメイが実は死んでいてトトロは死神説、『千と千尋の神隠し』の油屋は遊郭説、など様々な説が噂されているけれど、それは作中で存在自体をあえて不明瞭にしているがゆえ。……そして今作はそうした抽象的部分が過去作と比べても多いので、脳内補完に秀でている人にとっては傑作に、そうでない人には「?」な作品になる。

繰り返すが、この作品は1度観ただけでは全貌の把握はほぼ不可能な、いわば『考察系作品』の極みのような映画だ。現在、大手映画レビューサイトでは平均★3と少し低評価多めなのだけれど、それは鑑賞した人々の理解度のバラつきが、そっくりそのまま高評価・低評価もバラける原因になっているように思う。実際、僕は今回友人と鑑賞して「これってどういう意味?」→「◯◯だと思う」→「なるほど!」的なやり取りを繰り返してようやく内容が分かった(それでも65%くらいだが)のだが、もしひとりで理解しようとするとほぼ無理だろうなと……。

なのであくまで個人的意見として、同じジブリ作品で言うところの『猫の恩返し』や『千と千尋の神隠し』などの直球型が好きなタイプなら割と低評価、対して『もののけ姫』や『風立ちぬ』などが好きなタイプなら高評価になる作品が今回の作品かなと。僕はスッパリ終わる系の作品の方が好みなので以下の評価だけど、様々な魅力もあるのは確か。あと、これは最後まで観て納得した部分だが、やっぱり劇場公開までネタバレなしで漕ぎ着けたのは正解だったように思う。ポスタービジュアルだけでは全然予想出来ないので驚くこと請け合い。ジブリファンは是非に……。

ストーリー★★★☆☆
コメディー★★★★☆
配役★★★☆☆
感動★★★☆☆
エンタメ★★☆☆☆

総合評価★★★☆☆(3.5)

【ジブリ新作】『君たちはどう生きるか』初日に見た観客の反応は - YouTube