キタガワのブログ

島根県在住のフリーライター。ロッキン、Real Sound、KAI-YOU.net、uzurea.netなどに寄稿。ご依頼はプロフィール欄『このブログについて』よりお願い致します。

個人的ベストCDアルバムランキング2023【20位〜16位】

新型コロナウイルスがほぼ収束し、観光地の賑わいも復活。スポーツにも何かとポジティブな話題が多く、全体として2023年はこれまでの閉塞的な空気感を打破し、明るい未来を希求しようとする活動を多く目にした1年だった。ただポジティブな話の一方では戦争や物価高といった諸問題も可視化されたりもしていて、総じて『今自分はどう生きるべきか』を自問自答する年でもあったように思う。

こと音楽シーンで言えば、サブスクが市民権を完全に得たことでそもそもの『アルバムをリリースして店頭に並べる』というマーケット自体が圧倒的に少なくなったのが印象深い。例えばYOASOBIやNewJeans、Adoなどは既に配信シングルやEPを中心に完結させる動きを取っているし、そもそも今記事における「CDアルバムのランキングを作る意味ってあるの?」という根本の話にまで疑問を呈したくなるレベルまで突入している感がある現在である。

さて、ここからは毎年恒例となるアルバムランキングの話。今回も2023年にリリースされたアルバムの中から、個人的に選んだ20位〜1位までを順に発表していく。今年は新人アーティスト……それもインターネット発のソロアーティストの伸びが顕著で、実に20作品中15作品が初のランクイン。またロックバンドが減少したことで、ポップスの発展を明確に感じるものにもなった。という訳で以下、YouTube動画&選評付きで紹介。いつも通り長いので、ゆるりとどうぞ。

→2022年度版(20位〜16位)(15位〜11位)(10位〜6位)(5位〜1位
→2021年度版(20位〜16位)(15位〜11位)(10位〜6位)(5位〜1位
→2020年度版(20位〜16位)(15位〜11位)(10位〜6位)(5位〜1位
→2019年度版(20位〜16位)(15位〜11位)(10位〜6位)(5位〜1位
→2018年度版(20位〜16位)(15位〜11位)(10位〜6位)(5位〜1位
→2017年度版(20位〜16位)(15位〜11位)(10位〜6位)(5位〜1位


20位
The Record/Boygenius
2023年3月31日発売

【夢のコラボが示したもの】
稀代のSSWであるフィービー・ブリジャーズ、ジュリアン・ベイカー、ルーシー・デイカスら3名が発足し結成された謎の新ユニット、それこそがボーイジーニアス。なお今作はグラミー賞で7部門のノミネートを果たすなど数々の快挙を成し遂げるなど多方面から絶賛の嵐で、デビュー1年目にしてメインストリームまで名を挙げたモンスターアルバムでもある。

思えば彼女たちはそれぞれがLGBTQや戦争、貧困といった世の中の不条理にNOを突き付ける歌手だった。中でも彼女たちが明確に怒っているのはLGBTQの問題で、世間的に見てもまだまだ男性優位、男尊女卑視点で語られる現代において、ボーイジーニアスはその優しく包み込むような包容力は多くの共感を得るに至った。例えば“Not Strong Enough”の《いつでも天使に見られて、神にはなれないんだ》という一節は女性の社会的立場の皮肉にもなっているし、その他の楽曲についても『男性>女性』の視点が顕著。ただ彼女たちがやろうとしているのはそんな現状を突き付けることであり、自分たちがこうして歌っていること、また自らが男性優位と見なすシーンに体当たりで向かっていくこと(有名男性バンドと同じポーズで写真を撮る・歌でLGBTQをメインに歌うなど)でもって、大きな追い風を生み出したのだ。

それぞれが楽曲を作ることで、各視点での諸問題が可視化された今作。彼女たちはそんなアルバムを『The Record』と名付け、ユニット名さえも『ボーイジーニアス(天才の男)』としてメッセージ性を伝えることを選んだ。「ソロではなくボーイジーニアスでこの楽曲を演奏する必要性があるのか?」と問われれば微妙なところだが、紛れもなく2023年のニューカマーの中では最も注目されたこのアルバムの存在意義は大きいと思う。

boygenius – Not Strong Enough (official music video) - YouTube

boygenius - Emily I'm Sorry (official music video) - YouTube

 

 

18位
dig saw/黒子首
2023年10月25日発売

【何層重ねものポップに変身!】
都内近郊で精力的に活動中の3人組ロックバンド・黒子首(ほくろっくび)のセカンド。毎年のアルバムリリースこそ恒例だが、今年はテレビアニメ含め結成から数えて最多のタイアップを獲得するなど知名度も高まり、ライブ動員も増えた飛躍の年となった彼らである。

そんな黒子首のセカンドは前作が『CDレコード大賞』にノミネートされたことからも多くのファンが注目していたことと推察する。もちろん全てが素晴らしいのだけれど、今作の特筆すべき点としては『ポップの研究』があって、とあるインタビューで堀井あげは(Vo.G)が「ポップスのバンドでありながらも泥臭いこともできてしまうのが黒子首の大きな武器の1つだということで。ただそれを泥臭いまま出してしまうと、すごく限られた人たちにしか届かなくなってしまう」と語っていたのが印象に残っているのだが、今作は確かに黒子首のシリアスな面は歌詞として出しつつ、サウンドはミドルテンポで体を動かすことの出来るように工夫されている。

黒と青色を貴重とした前作から、雰囲気的にも一変した『dig saw』。これまでは一定の距離を置いていたファンとの関係性がコロナ禍を経て密になったことで、より音楽性はキャッチーになり口ずさみやすくもなった黒子首である。しかしながら“カナヅチ”や“リップシンク”といった楽曲のように、多面的に解釈すると我々の日常にどこかリンクする楽曲も変わらず収録されていて、バンドとしての最適解をひとつ見出した感がある。2024年はもっと大きな話が舞い込んでくる可能性すら考えさせられる、驚きの変革作。

黒子首 / リップシンク -OFFICIAL MUSIC VIDEO- from New Album "dig saw" - YouTube

 

黒子首 / カナヅチ -OFFICIAL MUSIC VIDEO- - YouTube

 

18位
10,000 Gecs/100 gecs
2023年3月17日発売

【時代の寵児……なのか?】
海外のZ世代の間でいろいろと話題となっている渦中のシカゴ出身の2人組・100 gecs(ワン・ハンドレッド・ゲックス)のファースト。昨年夏のフジロックではだだっ広いステージにゴミ箱とスニーカー、PCだけを置いて意味不明なDIYスタイルが話題を呼んだが、ようやく届いたアルバムはどこを切ってもグッジャグジャなある意味では最高、またある意味ではどうかしているという、音楽評論家を大いに悩ませる一手となった。

そう。この作品は大問題作なのだ。再生した瞬間に鳴り響く爆音、切り裂く音割れノイズ、オートチューン全開のボーカルと、今作は全体通してカオスかつ全てが衝動的。それでいて“Hollywood Baby”のサビで爆発するキャッチーさ、繰り返されるフレーズが印象深い“mememe”など、大半の楽曲が2分台で終わる性急さも相まって、その勢いは初期衝動を体現するようで痛快なのも魅力的。……もちろんその特異すぎるサウンドは頑固一徹の音楽ファンから『チープで意味不明である』と批判を受けることもあったようだが、その意見を一蹴したのは若きZ世代。「別に楽しかったら良くね?」という絶対的な評価を受け、いつしか彼らの音楽は賛否両論も含めて海外に広がり、大手メディアでは「ルール無用の印象的で精密な最大主義運動」とも称されるに至った。

実際このアルバムをどう評価するかは難しく、やはりネガティブ寄りの意見もあるだろうとは思う(音楽テクニックはガン無視なので)。ただ多様性に票が集まるようになった今の時代にこそ100 gecsのようなジャンル無用の音楽は生み出されるべきだし、ここから新たな基準が生まれる予感もする。ちなみにCDアルバムのジャケットにある巨大な音符はこのジャケットのために実際に入れたタトゥーであるらしく、2024年からは音楽以外の点でも更に飛躍したいと話しているそう。……彼らが一体どこまで本気なのかは分からないが、その歩みを目撃する明確な理由にはなり得る。ぜひこのままで音楽シーンをぶち壊してほしい。

100 gecs - mememe {OFFICIAL MUSIC VIDEO} - YouTube

100 gecs - money machine (Official Music Video) - YouTube

 


17位
BREAK/703号室
2023年6月7日発売

【死角からのポップな一撃】
2019年にYouTube上で公開された”偽物勇者“が瞬く間にバズり、音楽好きの耳目を集めたシンガーソングライター・岡谷柚奈こと703号室のファーストアルバム。誰もが知るところの”偽物勇者“をはじめ、希望的未来を希求する”僕らの未来計画“、人生のやり直しを望む”リセットボタン“など、日々の生活における視点から生まれた様々な楽曲が収録されている。

703号室の楽曲はリリース時期を見ても、“偽物勇者”以前と以後に分けられる。これは当時の703号室がバンド形態で、後に大学卒業を期に岡谷のソロ名義として変更されたことも大きいことと推察されるが、活動初期こそサウンドとしてはバンドor弾き語りで完結するものであったのに対し、後にリリースされた楽曲は打ち込みの使用や言葉数を増やしたりと、音源で真価を発揮するサウンドメイクを取り入れている。結果“非釈迦様”や“人間”といった楽曲のような変化に富んだ楽曲も散りばめられ、今作『BREAK』の引き出しの多さに繋がっている印象だ。

かの”偽物勇者“のバズから、気付けば約4年。本来であればテレビ出演などの追い風に乗ることの出来るバズ期間を楽曲制作に充てたために、満を持しての今作がリリースされる頃には少しばかり出遅れた感すらあるものの、より楽曲を磨き上げた『BREAK』はファーストにしてベストアルバムの感すら抱かせる、密度の高い作品に仕上がった。かつてのバズの攻撃力を溜め、今や「”偽物勇者“良かったなあ……」などと安易に考える我々リスナーの耳に対して「こちら最強のフルアルバムです」とする死角からの一撃は、何よりも強い。特に歌詞に注目して聴いてほしいと願う。

703号室 -『偽物勇者』(Music Video) - YouTube

703号室『朽世主』(Music Video) - YouTube

 


16位
And So Henceforth,/Orangestar 
2023年8月30日発売

【ピアノとボカロで奏でる夏】
“アスノヨゾラ哨戒班”を筆頭とした楽曲でボカロシーンを発展させた立役者・Orangestar(オレンジスター)によるサードアルバム。約6年半の長い沈黙を破ってリリースされた今作にファン大歓喜……という構図こそ想像に難くないし、その間には“Surges”のTikTokのバズなど様々な認知度の向上もあった。けれどもアルバム全体を聴けば、その完成度を研ぎ澄ませるために約6年半の月日が必要だったのだと思わされる一作。

緩やかな助走から後半に爆発する“Henceforth”、ギターをフィーチャーした“霽れを待つ”や“快晴”といったキャッチーな楽曲で耳馴染み抜群の今作。これぞアルバム!な隙なしの作りになっている中で印象深いのは、サウンドを牽引するピアノの存在。……元々ボカロシーンではピアノが多く取り入れられており、“千本桜”然り“Tell Your World”然り、いつしかピアノはボカロの必須楽器として君臨した感がある。ではOrangestarの今作はどうかと言えば、全てにおいてピアノを最優先に聴かせる形を取っていることが分かる。このアルバムを聴くと改めて「初音ミクの機械的な声に合うのはやっぱりピアノだなあ」とも思うし、また1曲ごとに挟まれるインタールードも、次曲に続く布石となっている点でも素晴らしい。

変わらず様々な心情を描いているものの、今回のアルバムのテーマは『夏』。そのためどんなネガティブな出来事もポジティブにして昇華させている点も彼らしいなと。『人間に出来てボカロに出来ないこと』というのは数あれど、逆に『ボカロに出来て人間に出来ないこと』は何だろうと考えたとき、それは『機械的な歌声とサウンドの親和性』だろうと思う。そしてその中でもピアノが圧倒的に強いのだな、ということを改めて気付かされる、そんな1枚。ちょっと晴れた日のBGMにどうぞ。

Orangestar - Henceforth (feat. IA) Official Video - YouTube

Orangestar - 霽れを待つ (feat. 初音ミク) Official Video - YouTube

 

 

……さて、少し遅れて次回は15位〜10位の発表。今回の時点でもジャンルレスではあったが、次回はプライベートを曝け出すラッパー、妖艶なポップニスト、アウトローから一気に表舞台に駆け出したロックバンドなど更に多種多様な5組を紹介。気になった曲があれば視聴したりもしつつ、どうか気長にお待ちください……。