キタガワのブログ

島根県在住のフリーライター。ロッキン、Real Sound、KAI-YOU.net、uzurea.netなどに寄稿。ご依頼はプロフィール欄『このブログについて』よりお願い致します。

【ライブレポート】松山千春『コンサート・ツアー 2023秋』@米子コンベンションセンター

『松山千春が全国ツアーを行う』……。その情報こそ元々彼の年間ルーティーンのひとつとして知られてはいるが、今回が地方都市も含めた大規模なツアーになることは、誰が予想できただろうか。特に今回筆者が参加した鳥取県米子市でのライブは約8年ぶりであり、東名阪ならいざ知らず地方都市の、それもド平日に即日ソールドアウトの状況は松山千春でしかあり得ないもの。なお今回僕は松山千春の大ファンである母親(御年70歳)を連れての参加であり、これまで幾度となく話していた「ちーさま(松山千春の愛称)に一生に一度でいいから会いたい!」との願いを叶えるという、一家的にも大いに意義深い1日でもあった。

会場に入ると、溢れんばかりの人の波に驚き。実はこのライブの数時間前に僕は近場のイオンで暇を潰していたのだが、そこでも50代〜60代とおぼしきファンが様々な場所で思いを語り合っていた。ただ現場はそれとは比較にならないレベルの密度で、思わず圧倒されてしまう。また会場販売のグッズも少なく、あくまでライブ主義の実態に触れるとともに「20代で参加してるの僕くらいだろうなあ」という謎の優越感にも浸ったり……。時間があったのでロビーで待機していても、至るところで3〜4名でチームになって話しているファンが確認でき、松山千春が何十年も愛されている理由に触れた気にも。

ライブは定時に、開演を告げるブザー音と共に始まった。降ろされていた幕が上部に動けば、そこには大所帯の楽器隊が。背後には近年のライブではお馴染みとなった、歌詞を映し出す巨大モニターも鎮座している。そしていつしかキラキラとしたサウンドで埋め尽くされたステージに、袖からゆっくりと登場したのは我らが松山その人で、姿が見えると一瞬にして割れんばかりの拍手に包まれる会場と、ニコッとしながら精神統一する彼との対比に早くもグッとくる。

冬がやってきた - YouTube

1曲目は2004年にリリースされたアルバムから“冬がやってきた”。クリスマスソングを彷彿とさせるキーボードのイントロから始まったこの曲はメロディー的にはポップスなのだけれど、松山が歌声を響かせれば鼓膜に電流が走る感覚というか、これまで幾度となくテレビやCDで聴いてきた声がフラッシュバックするのだから驚き。「松山千春の声だ……!」という語彙力ゼロの思いにうっとりしていると、気付けば1番が終わり2番が終わり、ラスサビに移り変わっているのは彼のフロントマン然とした存在感によるものなのだろう。

今回のライブは大きく前半を『第1部:全盛期』、後半を『第2部:フォークソング期』に分けて楽曲を届け、その合間にはほぼ1曲に1回ペースで長尺のトークを挟む独特の展開で進んでいく。結果としてライブ時間は約3時間にも及び、松山千春の全てを堪能できる濃密な夜となった。また先述の通りモニターには歌詞が映し出されている関係上、ヒット曲はファンによる半カラオケ状態。対して比較的新しい楽曲ではその歌詞の重厚さに初見で唸るという、素晴らしい循環が生まれていたのも見逃せない。またサウンドを支えるバンドメンバーも超豪華で、パート順に山崎淳(G)、古川昌義 (G)、高野逸馬(B)、田中栄二(Dr)、春名正治 (Dr.Per.Sax)、夏目一朗(Key)、中道勝彦(Key)と総勢7名の布陣!中でもギターとドラム、キーボードに至っては各2名ずつという、およそバンドライブとしてもあり得ないブッキング。もちろん音の圧に関しては言うまでもなく、粒立った音がどんどん迫ってくる感覚は本当に圧巻だった。

ピエロ - YouTube

松山千春と言えば歌の魅力はもちろんのこと、その軽妙なトークでも有名。比較的新しい楽曲の“ピエロ”を歌い終えると「今の曲知ってた人?……お前たちは昔の曲やると盛り上がるのにな。まあ正直、最近の曲はあまり売れてないんだ。でもライブをやると不思議と満員になってしまう。これが俺が他の奴らと違うとこなんだよなぁ」と早くも毒舌を展開。そして「米子から来た人どれぐらいいる?」との挙手制のアンケートで、手を上げた人が少数だったことから「そうか。じゃあ鳥取とか、もしかしたら隣の島根県の松江や出雲から来た人もいるかもしれんな。……なるべく早く終わるわなぁ」と爆笑を生み出していたのは流石である。

かと思えば炎上中の、日本海テレビのスタッフが募金箱からお金を横領したというニュースにも触れる松山。「今回のライブは日本海テレビさんが主催でございまして、大変申し訳ございません。……まあ酷いことするもんだよなぁ。でも良心の呵責っつうのか、コロナ禍の2年間はお金盗らなかったんだと!」と笑わせると、「でも組織ぐるみの犯罪じゃないとはいえ、日本海テレビは今難しい状態です。で、今回のライブは完売であると。という訳でスタッフの皆様、困ったことがあれば松山千春にご相談ください」と二段構えで笑わせていく。ここまでを文字で書くとチープに見えるけれど、実際に会場で聞くと物凄い没入感で、ドッカンドッカンにウケているのが痛快だ。

松山千春コンサート・ツアー2022 静岡・大垣・名古屋・新城公演 - YouTube

「今回のライブは2部構成になっててな。1部は皆さんが聴いたことのあるような代表的な曲。2部はフォークソングを中心にやる訳だ。で、その間はあんたらも若くないだろうから、休憩を10分挟んで。皆さんが望んだら最後にアンコールをやると。……どうするよ?アンコールなかったら」とひとしきり笑わせた後は“時のいたずら”、“銀の雨”、“恋”と往年のヒットソングを連発する時間帯に突入。ここで歌われた楽曲はどれも今から約40年前、松山が当時20代そこそこの時にリリースされたもの。ゆえに歌い方に関しては1拍2拍置くような歌唱法に大きく変化していたのだけれど、それによって没入感を演出していたのは驚きだった。これまでも音楽番組で和田アキ子やさだまさしといった重鎮がこうした歌い方をしているのを聴いたことがあって、その際は「昔みたいに声が出なくなったのかな」などと考えたりもしていた。けれども実際に目撃すると、これが年齢を重ねた『味』なのだなあと思ったり。

純 -愛する者たちへ- - YouTube

第1部のラストは“純 〜愛する者たちへ〜”。誰もが待ち望んでいたバラードがここで歌われることは意外性もあったが、優しいピアノの旋律に導かれるように歌われるかの名曲の破壊力は言うまでもない。松山はアレンジを大幅に加えた高らかな歌唱で心を動かす他、楽曲の部分部分ではバンドメンバーに向き合いながら握り拳を突き出してリズムを取ったりと、指揮者ポジションとしてもバンドを動かしている。またそれを聴く我々ファンはもちろんウットリと聴き入っていて、誰もが口を動かしながら心の中で歌ったりも。……それは僕ら20代の若者から考える『懐かしい曲を聴いている』との次元とは全く違う。今から実に40年以上も彼の曲を愛し続けているファンの感動たるや、さぞ凄まじいものがあったことだろう。

アウトロで緞帳が降り、これにて第1部は終了。10分間の休憩タイムへと移行する。この時間は実質的なトイレ休憩であり、席を立ってトイレに向かう人が様々見受けられる。しかしながら大多数は興奮に当てられてその場を動かず、隣の友人らと先ほどまでの内容に花を咲かせている。試しにもうこの時点で5回は泣いていた母に話しかけてみた僕だったが、スンッとした顔で「トイレ休憩はいいの?」と逆に聞かれる始末。さっきまで泣いてたのアナタですよ……。

君を忘れない - YouTube

そして10分が経つと、再びブザーが鳴り第2部が開幕。事前情報として「第2部はフォーク曲が主」ということを聴いていたので、漠然とリズミカルなフォークギターが鳴り響く曲、それもあまり披露されないレアなものをイメージしていたのだが、何と1曲目は代表曲の“君を忘れない”!誰もが知る渾身のバラードに、少しばかりの休憩で気持ちがフラットになっていたファンの気持ちも一瞬にしてライブモードに。また音数が少ないこともあってかより一層彼の歌声に集中出来る楽曲でもあり、改めて歌声の素晴らしさを感じる時間帯でもあった。

そんな会場のうっとり感とは対照的に、“君を忘れない”が終わると会場横の扉から多くのファンが足早に自席へ移動。「演出の都合上、扉を閉鎖する場合があります」とは事前に伝えられていて、その時は「何のこと?」と思っていたのだが、どうやらトイレ休憩で手間取ったファンは自席へ戻ること叶わず、扉の外で“君を忘れない”を聴いていたようだ。これには松山も「10分はちょっと短かったなあ。次からは15分にするわなあ」と一言。その言葉に一層沸くファンとも構図が面白い。

北風 - YouTube

「おい。ちょっとギター持ってきてくれ」とスタッフに呼びかけて鳴らされた“北風”を終えると、長尺のMCへ。時間にし30分近くを費やしたこの日一番のトークはこれまでとは一転、松山の家族との思い出を訥々と語る、シリアスなものだった。ご存知の通り松山は5人家族の次男として生まれているが、1年前に母が他界したことで家族としてはひとりに(その後松山は結婚して子どもを授かっている)。そして今回のトークの大半を占めていたのは、舌がんで亡くなった姉・絵里子さんとの思い出だ。

「姉ちゃんは出稼ぎで東京に行って、俺は北海道の足寄ってとこに残された。姉ちゃんはたまに家に帰ってきて、毎回言うんだ。『千春、東京はいいとこだよ』って。でもある時、家の階段から姉ちゃんが落ちて。『千春、痛い……』って泣きながら俺に言うんだ。俺は姉ちゃんに言ったべ。『本当は東京ってのは、そんなに楽しい場所じゃねえんだろ?俺らに心配かけないように、楽しいって言ってるだけなんだろ?』って」

「それから少し経って、姉ちゃんは地元に戻ってきたけど舌がんが発覚して。俺ら家族は、ギリギリまで姉ちゃんには黙っとこうって決めたんだ。……家族ってのは最後まで一緒だから。知っての通り俺以外の全員はもうこの世にいないけど、松本家5人は幸せでした」

生命 - YouTube

そう締め括って鳴らされたのは“ふるさと”、“生命(いのち)”、“かたすみで”という家族をメインテーマに定めた3 曲。“ふるさと”では足寄の情景に迫り、“生命(いのち)”では愛娘・月菜さんへの愛を。そして“かたすみで”ではその両方とも取れる歌詞世界で会場を掌握し、第1部とはまた違った雰囲気で駆け抜けた松山。……思えば第1部で演奏された楽曲は基本的に『愛』がテーマになっていて、それはMCでも「俺はいろんな恋愛してきたよ」と語っていた松山のリアルだった。しかしながら歳を重ね68歳になった今の松山が歌いたいのは『家族』であり『故郷』なのだろうなと。そして彼にとって思いを具現化する最適解が歌なのだということも、はっきりと知ることが出来た。

松山千春 コンサートツアー2022 11月1日(火)丸亀市民会館 - YouTube

幕が再び降りてからの規則性のある手拍子は、アンコールの合図。先程は幾分ゆったりした開幕だったために「次の曲は何だろう?」と想像していると、突如ドラムの激しい音が鳴り響く。先程までのバラード然とした流れと対極に位置する音に驚くのも束の間、アンコール1曲目はよもやの“長い夜”。すると「“長い夜”だ!」と察したファンがひとり、またひとりと立ち上がり、一瞬にしてロック・ライブの様相と化した。更にはこれまで何もなかったステージ背後にも松山千春のオリジナルキャラクターの画像が投影され、照明もビカビカ。その中心で歌う松山も心なしかリラックスした様子で、ほぼ直立不動だった本編と比べてもステージを闊歩しながら歌うサービス精神の高さも伺える。

24時間 - YouTube

一度ファンを立たせたからには、再度着席させるのは忍びないというもの。ライブはここから“青春 Ⅱ”、“24時間”と松山の楽曲の中でも稀有なアップテンポなナンバーを連発する時間に。一度立ち上がったファンも座ることすら忘れ、ひたすら盛り上がる会場である。それこそうちの母親もそうだが、足繁く通うレベルであまりライブ慣れしていないファンによる手拍子(仕草で何となく分かる)を観ているだけでもウルッと来てしまうし、一気にロックバンド然としたものに変貌した音を聴いていると「松山千春にこんな一面もあるんだ!」という驚きも。

そして最後のMCで語られたのは、我々の気になっている紅白歌合戦について。というのも松山にはかねてより『NHKから熱烈なオファーを受けているらしい』との噂が多く飛んでいて、今では『「俺がトリなら出る」と言われた』、「そもそも松山自身が毎年断っている」など様々な憶測も飛び交うようになっていたため。言わばこのMCはその真相に迫るファン垂涎もののトークとなった訳だが、ここで彼は松山千春の歴史に残るであろうひとつの答えを公の場で発したのだった。

まずは「紅白の出場者が出たけどよ、何だありゃあ。みんな横文字の知らない奴ばっかりじゃないか」との辛口コメントで一蹴すると、「この前のライブで言われたんだ。どうやらNHKの偉いやつが観に来てるって。で、楽屋に来て案の定『今年は松山さんお願いします!』って言われたよ。でも俺は言ってやった。俺だけの紅白なら出てやるって」と、実際に紅白のオファーが来ていることを大暴露。ただにわかに盛り上がりを見せる客席を一瞥した松山は「みんなは紅白に俺が出るのが楽しみなんだろ?でも俺は年末に北海道で、紅白を観るのが楽しみなんだ」と語りつつ、強制的にトークを終了。これにて『松山千春は紅白歌合戦を断り続けている』という長年の噂が真実であることが判明した会場である。

大空と大地の中で - YouTube

アンコールラストはこれを聴かねば帰れない“大空と大地の中で”。楽曲の前に「大きな声で歌いましょう!」と呼び掛けられたことも要因だろうけれど、この日一番の半カラオケ状態で進行していく“大空と大地の中で”である。これまでは思い出回顧により涙と興奮に包まれていた会場に声が響き渡る様は圧巻だったが、中でもファンがこれまでの人生で得たバックボーンが大きなエネルギーを放っているように感じた。……これまで様々なライブを観てきての個人的結論だが、音楽の感動はそのアーティストとの思い出が強いほど増していく。受験の時に聴いていた、失恋した時に励まされた、もしくは通学で良く聴いていたりと、その思い出が特にライブでは思いを増強させ、感動に変えていくものだと思う。今回の僕は母の付き添いで行った関係もあって泣いたりはしなかったが、周囲の母と同じくらいの年代のファンが揃って泣いていたのはやはり、そうした思い出が圧倒的に若者より濃いものであった証左なのではないか。そしてそれは何よりも素晴らしいことのようにも感じてしまう。

雪化粧 - YouTube

「今日は本当に素晴らしかった。また絶対に米子来ますから。(袖のスタッフに向けて)おい!来年か再来年のライブツアー、必ず米子入れとくように。……言っときましたから」との確約宣言と共に、ダブルアンコールの“雪化粧”が鳴らされる正真正銘のラスト。ちらちらと降る雪の下で思ったのは、松山千春という稀代のシンガーソングライターの存在意義だった。

それこそ僕は20代で今風のロックを好んでいるが、そのバックボーンには母が車で聴かせてくれた昭和音楽も存在する。石川さゆりや高橋真梨子、寺尾聰……とその音楽は多数あるが、その中でも特に聴いていたのが松山千春で、ロックと同じように自分の中では大切な音楽として位置している。ただ僕がそうして松山千春に触れたように、彼の音楽は我々の年代にも時を超えて、前の世代が伝えてくれたものであるとも思うのだ。事実母と子で鑑賞したこの日約3時間の公演は一生心に残るものだったし、長年カセットのみで彼の音楽に触れてきた母は、涙ながらに感動を口にしていた。今回のライブがどれだけの人に活力を与えたのかは分からないけれど、本当に観て良かったと思ったライブだった。

【松山千春@米子コンベンションセンター セットリスト】
[第1部]
冬がやってきた
ピエロ
時のいたずら
銀の雨

奪われてゆく
純 〜愛する者たちへ〜

[第2部]
君を忘れない
北風
ふるさと
生命(いのち)
かたすみで

[アンコール]
長い夜
青春 Ⅱ
24時間
大空と大地の中で

[ダブルアンコール]
雪化粧