キタガワのブログ

島根県在住のフリーライター。ロッキン、Real Sound、KAI-YOU.net、uzurea.netなどに寄稿。ご依頼はプロフィール欄『このブログについて』よりお願い致します。

前職から華麗な転身を遂げたアーティスト5選

こんばんは、キタガワです。


現在破竹の勢いで活躍を続けるアーティストたち。彼らについて語るメディアはその動員や収入にばかり目を向けるものが多いけれど、その裏でかつては本業の傍ら休日を全ベットして音楽活動を行っていた、音楽とは真逆の職で生計を立てていた人間も少なくない。そこで今回は『前職から華麗な転身を遂げたアーティスト5選』と題し、音楽以外の活動で収入を得ながらアーティスト活動を行い、現在は完全に音楽一本で生きる5組をピックアップ。その輝かしい活動の裏にどのような歩みがあったのか、同系統の記事として以前執筆した『音楽活動と平行して本業(副業)を行うアーティスト5選』も合わせて、その真髄へと迫っていこう。

 

 

クリトリック・リス[前職:広告会社部長]

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『下ネタのナポレオン』の異名を持つ、クリトリック・リスことスギム氏。今でこそ全国各地を夜行バスで巡り、アンダーグラウンドな地下活動で生計を立てている彼だが、35歳で音楽活動をスタートさせる以前は広告会社に勤め部長にまで登り詰めた、れっきとしたサラリーマンだった。しかしながらその高収入の裏では当然多忙と責任も付いて回り、終電で帰れない毎日こ時間潰しのためにバーに入り浸る時期が続く。そんなある時たったひとりでライブを行う機会があり、結果やけくそでオケを流して泥酔しながら言葉を紡ぐ即席のライブが評判が良かったことから、「本気でやってみよう」と決意。新居のローンや貯金といった金銭面をクリアにした万全の体制で音楽活動に打って出たのが、丁度その頃だったという。


そこから前述の酒を観客たちと呑み交わしながら全国各地を飛び回るライブスタイルを確立し、かつての彼自身がそうであったように多くの音楽好きの中年ファンを中心に指示を集め、遂に45歳の頃に自身初のアルバムを発売。2019年にはかねてより目標に掲げていた日々谷野外大音楽堂でのライブを完遂し、当日券を求める人で長蛇の列が出来たり、アルコールの販売数がとてつもないことになったりとクリトリック・リスならではの伝説を作り、コロナ禍にある現在でも様々な制約の中で愚直な活動を続けている。

 

クリトリック・リス / BUS-BUS (Music Video) - YouTube

 

 

Cardi B[前職:ストリッパー]

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2017年、突如ポップラップシーンに舞い降りた歌姫ことカーディ・B。彼女の存在はファーストシングル“Bodak Yellow”をリリースした直後から瞬く間に広まり、今ではツイッターフォロワー数1840万人、YouTubeオフィシャルチャンネルの登録者数は何と1740万人(HIKAKINの約2倍)と、多大な影響力を持つインフルエンサー的存在となった。


彼女にとってかつて多くのメディアで記され、今では逆に知られ過ぎているあまり暗黙の了解のようになってしまった経歴が、彼女は元々ストリートギャング(端的に言えば不良集団のこと)に所属し、後に10代の学生でありながらストリッパーとして活動していたということ。なおこれについてカーディはストリッパーの経験が様々な意味でプラスになったと述べており徹底してポジティブ、別段何かの枷になったことはないという。同じく元ストリッパーから大スターになった人物としてレディー・ガガが有名だが、カーディ自身も「彼女の影響で私は人と違うことを気にせず、自分らしくいられる」とガガの熱狂的ファンであると公言していて、2019年のグラミー賞授賞式でガガから直接花束を貰った瞬間、絶叫して興奮のあまり放送禁止用語を連発してしまうカーディの姿は様々な動画で観ることが出来る。ただその性質はガガとは少しばかり異なってもいて、エロティックなフレーズを散弾銃のように捲し立てる独特のスタンスはやはりカーディならでは。Billboard Hot 100にて女性ラッパーが客演ではなく自身がリード・アクトとなる曲で首位を獲得したのは史上5人目、単独曲では何と19年ぶりの快挙であることも考えても、その実力は折り紙つきだ。

 

Cardi B, Bad Bunny & J Balvin - I Like It [Official Music Video] - YouTube

 

 

ASIAN KUNG-FU GENERATION[前職:出版社営業]

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フェスに出演すればヘッドライナー多数。フロアを沸かせるキラーチューンも盛り沢山ともはや説明するまでもない邦ロックの長・アジカン。そんなアジカンは誰もが口ずさめる程の国民的アンセムになった“リライト”がセカンドアルバム発売時であることを考えると、長い下積み生活を経てブレイクすることが多いバンドシーンにおいては比較的早く人気に火が点いたバンドと言える。ただ当時のインタビューを振り返ってみると、出版社の営業として勤務していた後藤正文(Vo.Gt)を筆頭として彼らは皆何らかの職に就きながら大成を目指す夢追い人であり、限られた時間の中で如何に楽曲を作り、ライブを行うか計画・実行することで結果を積み上げてきた。


なおこうしたサラリーマン時代の経験は現在でも活かされていて、現在に至るまで世間が求めるアジカン像を分析し「やるからには成果を出す」考えが全面的に押し出されることで、仕事としての立場とやりたいことの折衷案を模索してきた。現在ではすっかりシーンを牽引する立場となったアジカンであるが、彼らが何故今なおフェスのヘッドライナーに多く抜擢されるのか、また1曲が跳ねたアーティストにありがちな「○○(曲名)を歌ったバンド」という形の注目以上にバンドのイメージが強いのか……。その理由が彼らの仕事の姿勢には秘められているようにも思う。

 

ASIAN KUNG-FU GENERATION 『ダイアローグ』Music Video - YouTube

 

 

DOTAMA[前職:カンセキ(ホームセンター)]

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『ULTIMATE MC BATTLE』でR指定や呂布カルマらと並び注目のMCと目されたDOTAMA。彼はそのメガネとネクタイ、スーツというサラリーマン的風貌から、活動時より長らく『社会人らしさ』を武器にした切れ味鋭いフロウを放つ特異な人物として知られていたがそれもそのはずで、DOTAMAは高校卒業から約10年間、地元栃木のホームセンター・カンセキで勤めていたれっきとしたサラリーマンだった。そんな彼は余暇を使いラップバトルも精力的に行っており、度重なる大会優勝やレーベルからの声掛けもあって、仕事の真面目ぶりから管理職への昇格の話も出ていたそうだが結果音楽一本に絞ったという。


ラップバトルでの彼はマシンガンフロウで相手を黙らせる印象が強いが、リリースされた楽曲は確かにラップのジャンルで括られるものの歌メロ色も十分に強い『ポップス』として上手く機能している。ただ流石はMC・DOTAMAと言うべきか、歌詞の節々にはラップバトルで培った世の中を俯瞰で見詰める独自の視点が秘められていて、総じて「現実ってこうだよね」と思わず膝を打つフレーズのオンパレード。まだまだラッパーとして語られることの多いDOTAMAだが、是非ともこの機会に歌手としての側面にも目を向けてみては。

 

DOTAMA『音楽ワルキューレ3』(Official Music Video) - YouTube

 

 

eastern youth[前職:現場スタッフ]

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絶唱に次ぐ絶唱で、聴く者の涙腺を刺激する無骨なロックバンド・eastern youthは、これまで書き記してきたアーティストたちとはその精神性においては、少し異なる存在だ。もっとも現在20代後半~30代のロック好きに多大な影響を与えてきた存在がイースタンであることは間違いないが、彼らは根強い人気とは裏腹に、特にフロントマンである吉野寿(Vo.Gt)はひとり東京にて、彼曰く『貧乏な生活』を送っているという。それはつまるところ彼の「音楽一本で生きていきたい」との思いとそれ以上に「音楽以外の手段で生きたくない」という気持ちが絡み合っているためであり、元々上京してきた時分から所謂『3K』と呼ばれるような肉体労働系の日雇いバイトを多くこなし、またそれら全てが真面目に出来ずクビ同然の退職を繰り返してきた彼なりの『自分らしさ』がやはり音楽であったことの証明なのだ。


イースタンの楽曲はBPMの遅い曲や激しい曲、そのどれもを引っ括めても全体的に怒っているし、全力だ。それは喜怒哀楽の感情を音楽に全てぶつけたいと本気で思っているからで、そして別段他の行動で代替しようとは考えようともしないから。……だからこそイースタンの楽曲は現在でも聴く者を震えさせる魅力を携えているのだと、信じて疑わない自分がいる。

 

eastern youth「今日も続いてゆく」 ミュージックビデオ - YouTube

 

 

アーティストに関わらず、夢追い人にとって時間の確保と金策の折衷案は永遠の課題だ。時間をたっぷり使えば金銭的に困窮してしまうのは自明だし、バイトばかりに精を出してはその分他の作業を削る必要性が出てくる。今回紹介したアーティストも資金的には潤沢にあったクリトリック・リスをはじめ、現在でも音楽以外の生活コストを下げながら生きるイースタンの吉野のように、それぞれ千差万別だ。ただそうした中でも音楽に対する思いだけは一貫していて、そんな彼らの下積み時代のストーリーを知れば尚更、楽曲の持つメッセージ性を深く掘り下げることも、またアーティストに対して感じる思いも多少なり変わるはず。


貴方が好きで聞いているあのアーティストも、テレビで流れる流行りのアーティストも。その背景には大小様々な経験があることも忘れることなく、今後も音楽を愛していってほしいと願うばかりである。

『WILD BUNCH FEST. 2021』全出演アーティスト発表から見る、コロナ禍で開催される夏フェスの意義

こんばんは、キタガワです。

 

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この夏、我らがワイバンが遂に帰ってくる。悪しきウイルスが蔓延し国民の恐怖心が今以上に高まっていた2020年、国内の『夏フェス』と呼ばれる音楽娯楽は全滅。それは中国地方最大の夏フェスのひとつである『ワイルドバンチフェス(以下ワイバン)』も例外ではなく、アーティストの発表すら行うこと叶わず開催を断念した。そこには当然様々な決意を秘めつつも沈黙を余儀なくされた様々なフェスへの思いがあったと察して然るべしだが、そのアナウンスの最後にはこうも記されていた。「来年のWILD BUNCH FEST.で皆様にお会いできる事を願っております」……。


そんな希望を携えたアナウンスから約1年。待ちに待ったワイバン2021開催決定の報と全出演アーティストが一挙公開された。公式による上記のツイートは瞬く間にライブキッズたちの間で拡散し、現在は1万リツイートを超えるまでに巨大化したけれど、改めて圧倒的な数字として観るとロッキンも京都大作戦(2週目)も中止となった今夏、ワイバンがどれほど運命の灯として位置しているのか、またこれまで様々なフェスに参加してきたであろうファンにとって、如何にワイバンが特別なフェスなのかを実感した次第だ。

 

 
さて、今回の発表でファンから多くの短文での発言がされた内容と言えば主にふたつ。それは「出演者が豪華」であることと、率直な感謝の思いだ。そもそもの話として、未曾有のコロナ禍においてフェスを敢行すること自体がイレギュラー極まりなく、実際多くのサマソニやフジロック、モンバスといったフェスが「今年は絶対にやる!」と意気込んで開催に漕ぎ着けようという中で中止の判断を決めたフェスも決して少なくない訳で、今回の開催の決定はあらゆるネガポジを考え抜いた結果によるものであることは、予め記述しておきたい。


まず今フェスで誰しもが注目すべきは、圧巻の布陣の出演アーティストだろう。NUMBER GIRL、BiSH、MAN WITH A MISSION、KEYTALK、RADWIMPS、サンボマスター、マキシマム ザ ホルモン……。今やどこのフェスでも取り合いになること間違いなしのロックな面々が並ぶ。これもリプライ等でしこたま指摘されていることではあるが今までの傾向と同じく今年も異様に豪華な顔ぶれで、こと日本国内の他夏フェスと比較しても『アーティストの満足度』という点においてはかなり上位に位置するのではなかろうか。よく観ると今回起用されているアーティストはこれまでのワイバンの中心を担ってきた盟友揃いなのも熱く、Creepy Nutsや緑黄色社会、ハルカミライ、hump backといった2019年では最も小さなステージでパフォーマンスをしていたアーティストの中では昨年以降とてつもない飛躍を遂げたものも少なくなく、その勢いそのままにいきなりメインステージ……。という可能性も大いにある。そして言うまでもなく今までメインを張っていたアーティストたちは圧巻のパフォーマンスをすることが確定事項なので、雑な言い方をしてしまえば好み的にも話題性的にも、「1日の間で全く興味のないアーティストを観ることはほぼない」と見て良いだろう。


加えて、例えばロッキンやフジロックでは各日で明確なジャンル分けがされていたところが、ワイバンでは3日間それぞれ同じ系統のラインナップなのも嬉しい。ワイバンと言えばロック。ロックと言えばワイバン……。何故このフェスが中四国地方開催という交通の便においても若干不自由な環境の中、都市部からもファンが殺到し即日ソールドアウトになり続けてきたのか。その理由はやはり、日本国内どの夏フェスと比較してもロック比率が高いためではなかろうか。「このバンド呼んだらどう?」との主催側の意見とロックファンによる「そうそう!これを待ってたんだよ!」との信頼関係が何年もかけて結実したフェス、それがワイバンなのだ。今回のアーティストで言えばBiSHやRHYMESTER、Creepy Nuts、Vaundyらはおそらく『ロックっぽくないアーティスト』に分類されるとは思うのだが、それらもこの環境の中ではクリーピーの楽曲の歌詞を借りれば《ロックフェスでのCreepy Nuts/時として主役を食っちまう》ような、ダークホースが実は一番の名脇役である図式も生まれる。総じて隙のない素晴らしい構成だと思う。


そして何より、先の見えない状況下でありながらも開催をアナウンスしてくれたワイバンサイドには頭が上がらない思いだ。前述の通り……というか誰もが熟知していることだろうが、2020年はエンタメ系列のイベントは軒並み中止、もしくは延期となる末路がほぼ決定事項のような絶望的雰囲気が蔓延していて、感染者の増加につけ「こんな時にフェスってどうなの?」との声がSNSを起爆剤として増幅し、そうした声に屈する形で結果開催を諦める動きを何度見たか分からない。これについてはモラルがどうとか個人個人の考えがどうとか言いたい訳ではなくて、純粋に2020年時の世間の風潮がそうしたネガティブな形であった、というだけの話。「不特定多数の人が一ヶ所に集まる?じゃあダメだよね」との考えは今より顕著だったので、半ば当然のようにも思うのだ。


では今年、2021年の夏はどうか。まずネガティブな部分を記すと、フェスに参加者の大半を占める10代~20代のワクチンは未だ接種出来ていないこと、これは間違いなくマイナスだ。もちろん職域接種や大学接種、更には一度感染経験のある人にはある程度抗体があるだろう。けれども「出来れば9月、遅くとも10月には国民全員がワクチン接種を完了したい」とする菅総理大臣の希望的観測が、河野大臣が発した「ワクチン不足のため一定の自治体への供給停止」というリアルで不可能な形に変化した今、ワイバンの参加者全員が接種済みという可能性はゼロになった。この時点で炎天下でのマスク着用は元より、アクトごとの観客入れ替えや度重なる入退場、当然飲食は限られた場所で……。と多くのレギュレーションが付加されるのは確実になった。


ただそれ以上に重要なのは、こうした状況下でフェスが開催されることの意義についてである。これまでも様々な記事で個人的に記してきたが、この時期にフェスを開催する必然性というのは実はほとんどない。キャパは半分でステージ数も減り、しかも多くの制限を課すことが必然な今年を鑑みても、採算的にも動員的にも満足度的にも、絶対に今年は開催を諦めて2022年にシフトするのが得策な筈なのだ。では何故主催側は頑なにフェスを敢行しようとするのか。その答えはひとつしかない。そう。音楽を愛する我々のことを思ってのことである。


「不要不急の外出は自粛しましょう」と、我々はこの1年半に渡って耳にタコが出来るほど毎日聞いてきたはずだ。外食も娯楽も、果てはそれらに当たらない日常生活において普通の出来事も今はやめておこうと、特段代わり映えのない毎日を過ごしてきた人は多い。ただ不要不急の活動を制限した代わりに、やはり「音楽は不要不急ではなく『有要有急』なのだ」との思いに至った人もおそらく同程度いるのではないか。ならば音楽の未来を次に繋げるために奔走しよう、と決意したのが、ワイバンも含めた今夏開催を考えているフェスの思いなのだ。どれだけの赤字を被っても、今やらなければ音楽市場は完全に死んでしまう。これは別に批判している訳ではないのだけれど、昨年以降はコロナの蔓延と同じ時期から、顔を隠してYouTubeやインターネット上で台頭する個人アーティストや、果てはオンラインライブで人気を博す新進気鋭のアーティストが注目されがちだが、やはり生で直接音楽を届けることの素晴らしさを今伝えなければ、どんどんライブシーンもオンラインに切り替わってしまうし、アーティストもネット中心の若手に入れ替わってしまうし、我々が思い描いている「モッシュも出来て声も出せて、暴れ狂うライブ」は何年も先の話になってしまうのだ。だからこそ今は制限はあれど、絶対に開催だけはしなければという思いを抱えたワイバンに、特にライブシーンに恩恵を受けてきた我々だけは味方しなければならないとも思うのだ。


ここまでつらつらと記してきたが、実際これからのワイバンの動きがどうなるかは分からない。2週間後に迫った東京オリンピックで感染が爆発すれば中止は避けられないだろうし、先日のロッキンのように開催直前でありながら医師会に中止を進言される可能性だってある。ただ我々は長らく音楽のない季節を過ごし続けてきたし、音楽は確かに発達を遂げた一方でフェスシーンは衰退の一途を辿ってきたのも事実。今年もフェスのない夏を過ごすのかどうか、それは我々の心構えにも大きく左右される。ならば未曾有の状況下でも、我々だけは願い続けようではないか。最高の夏フェスの到来を。

 

RADWIMPS - 愛にできることはまだあるかい [Official Music Video] - YouTube

此処に居る

「お疲れ様です。キタガワさん今日出れます?」……起きるなり何件か溜まっていた不在着信にかけると、おそらく僕も含む従業員全員にかけているであろう、発言の宛先だけ変更したような店長の言葉が鼓膜を揺らした。時刻はまだ午前9時過ぎ。アラームもバイブレーションもオフにする僕にとって普段の起床時間にしては酷く早かったが、こうも五月蝿いと仕方ない。この日の島根県全域には想定しうる最悪の避難勧告『レベル5』が発令されていて、レム睡眠に入った瞬間に町内サイレンとスマートフォンの緊急アラートで何度も起こされる地獄を体験していたため、何故だか睡眠時間の割に頭は冴えていたから。

僕は「おはざす。行きますー」と昨夜しこたま飲んだキンミヤ焼酎でガラガラになった声で伝えると、地べたを這いずる幼虫の如き挙動でベッドから抜け出した。まだ寝惚けた頭で物は試しと、ピシャリ閉めた窓を開けてブラインド状態にすると「今だ!」とばかりに暴風雨が瞬時に部屋に侵入した。そこから溢れた水滴は床に敷き詰められた漫画や小説のいくつかを濡らし、僕はげんなりした気持ちになった。ただでさえ嫌いな労働と豪雨が合致した時、ここまで気分が落ち込むのかとある意味では新たな発見を得て、僕は1階へと歩を進めた。

1階では母がテレビをザッピングしながら、緩やかな時間を過ごしていた。僕は挨拶もそこそこにリモコンを奪い取ると、起床後のルーティーンとしてぼんやりと設楽統MCのバラエティーニュース番組「ノンストップ!」を観る。ただ画面の左部分は洪水警報の情報で常に埋め尽くされていて、自ら選んだ選択とは言え、この状況下で出勤しなければならないのだと考えた瞬間、先程思考の定まらない頭で開口一番「おはざす。行きますー」と安易に答えてしまった自分に対して後悔の念が生まれた。出来れば昼まで寝ていたい。そして「雨やべー」と呟きながらオンラインゲームに興じたい。ただそうした、おそらく発言如何によっては実現していたであろう未来はもう来ない。既に出勤の報は伝えてあるため、僕には出勤一択しか残されていないのだ。

食パン1枚をモソモソを食べ終わり外を見ると、あれほど降っていた雨は奇跡的にほぼ止んでいて、精々しとしと降る程度だ。これ幸いと自転車を走らせバイト先に向かう。早めに起床したこともあり、進行不能な程に雨が悪化すれば傘を差してでも行く構えだったが、どうやらその心配はなさそうである。事前に調べた雨雲レーダーの情報にも午後には降水確率40%と表示されていたので、この出勤さえ乗り切れば後は勝ったも同然。ただ調子に乗ってゆっくり進んでしまってはいつ降られるか分からないので、取り敢えず全速力で向かう事とする。

そうして「うおおお」とペダルを勢いよく漕いで到着したバイト先は、事前に想像した以上に閑散としていた。実際僕が出勤した時点でかなりお客様は少ない印象は受けたのだけれど、暫くして再び豪雨が直撃すると、誰もが「今帰らなければまずい」という感情に支配されたのか急いで買い物を済ませて退店する動きが活発化。当然その間も外ではバケツをひっくり返したような大量の雨が降り続いていて、出勤して2時間程経過した頃には空車だらけになった駐車場と豪雨を眺めるだけの虚無時間が到来した。

暇を持て余した最初こそカウンター回りの掃除をしたり、諸々の書類整理をするなどして普段あまり出来ない業務をこなしてはいたがそれも直ぐに飽き、それではいかんと「次何やるか……」「これやろう!」「じゃあ次は……」「あれやるか!」と視点を変えて考え得る限りの雑務サイクルを何周か回したが、やはり最終的には『暇』に帰結してしまった。気付けばお客様はおろか従業員さえほぼ見えない(おそらくは倉庫で作業中)環境になっていた。……例えば目の前に見える売り場の手直し等をするだけでも多少は気が紛れるのだろうが、如何せんレジが無人になるのはまずいので僕は絶対的にここにいなければいけない。なので何をするでもなく僕はひとり、レジで時を過ごした。

僕は労働が嫌いだ。しかしながら取り敢えず手と足を動かしていれば何とかなるという事実も長らくの労働生活で実感している部分でもあって、逆にバイト中にも関わらず何もしていない方が疲弊してしまうことも重々理解している。故にこの日の労働は結果的にはとても時間が長く感じる環境下であったけれども、ひとつプラスになったことがあるとすれば、普段は喧騒に呑まれて気にも留めなかったお客様の姿を、遠目から観察することが出来たことだろう。久方ぶりの休日とおぼしき中年男性。雨さえも楽しさのスパイスとする子供。生活に必要なアイテムを吟味する主婦……。皆それぞれの人生があるのだなと改めて感じ、センチメンタルな気持ちになった。

ならばこうして雨の音を聞きながら稀有な労働をしている今の自分の時間というのも、どこか必要なことなのかもしれない。……時計を見ると、まだ退勤時間まで3時間以上ある。僕は突き動かされるように傍らの執筆用紙に文章を書き込み始め、次なる希望の足掛かりとした。今出来ることはこれしかない。ならばとことんやり抜いてやろうではないか。ふと外を見ると、雨は少し止んでいた。

 

Homecomings - Here(Official Music Video) - YouTube

【ライブレポート】マキシマム ザ ホルモン『面面面 ~フメツノフェイス~』

こんばんは、キタガワです。

 

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いやはや、とてつもないオンラインライブを観てしまった……。思わず画面越しにヘドバンを繰り広げてしまうその楽曲の求心力はもちろん、得体の知れない謎の笑いが何度も呼び起こされる圧巻の2時間。コロナ禍を経てオンラインライブと生ライブの折衷案が模索され続ける昨今だが、今回の『数ヵ月前に行われたライブ映像を新たな魅せ方で発信する』という一風変わった試みは目から鱗で、何よりホルモンにしか成し得ない素晴らしき代物だった。


個人的な予定によりリアルタイムで観ることは出来なかったが、アーカイブが約1週間残されるとのことで、結果ライブを視聴したのは翌日になってからのこと。「00:30:30より本編スタート(早送りしてご視聴ください)」とのユーザーフレンドリーな案内に従ってバーをスクロールしていくと、そこにはとある控え室に集合したメンバーの姿が。どうやらこの映像はリアルタイムで撮影されているものらしく、下部に『#面面面』でツイートされたファンの呟きが流れる中、ダイスケはん(Vo.キャーキャーうるさい方)が競馬新聞の今日の日付を指し示してこの放送が録画ではないことを証明。以降はこの後に映像として流れる『面面面 ~フメツノフェイス~』のライブについて、横浜でメガネをなくしてしまったとするダイスケはんの言葉から、上ちゃん(Ba.4弦)が自身のベースアンプの上にあったという流れで喧嘩が勃発。何故か上ちゃんの服が脱がされて上裸になるという茶番を含めた肩肘張らないトークを繰り広げ、爆笑を誘っていく。なお後にこれらのシーンが重要な役割を担うことになるのだが、ここでは当然まだ我々は知るよしもない。


ここで本編のライブレポートへと移る前に、まずは今回のオンラインライブのタイトルにして前代未聞の計画である『面面面』とは何ぞや?ということから綴らねばなるまい。意味深な『面面面』という言葉……。それはつまり参加者の顔のことで、今回のライブでは事前にホルモン側が決めたカテゴリーの顔面を持つ人のみが応募できるシステムを導入していた。インパクトの強い『コッテリー組』やポッチャリ系の『カロリーメイツ』、会社の役員的な年齢と風貌を携えた『上層部』、他にも『役人ヅラ』、『顔だけは意識高い系』、『どっぷりオカン』、『腹ペコPTA』などなどその数何と21種類で、そこから更なる抽選を経てライブ参加者が確定(詳しくは以下の動画を参照)。

 

【とある検証:前編】ライブイベント開催発表!○○カテゴリー!? - YouTube


そしてもうひとつ重要なのは『ヅラエモートスキル』と呼ばれるもので、これは発声が制限される今のご時世を鑑みて、該当する画面を持つファンのみに許可された鳴り物を鳴らすことの出来るシステム。一例を出すと『顔だけ意識高い系』はキーボードをカタカタすることが可能で、光輝く頭を持つ『太陽族』はアルミ灰皿を頭でポコポコ。強面の『悪羅悪羅族(オラオラゾク)』はカラーバットと、それぞれ顔面に応じたラインナップとなっているのも面白い。なお余談だが、この日のライブの来場者全員には感染予防効果と共に表情を隠さずライブを楽しめる透明マスク・ルカミィも配布されていて、この日のライブ映像で観客の雰囲気が総じて『とても楽しそう』に見えたことも、合わせて記述しておきたい。


ここまででもかなりの情報過多だが、ライブ前の映像はまだまだ終わらない。控え室の映像に再び画面が戻ると、マキシマムザ亮君(Gt.歌と6弦と弟)が便所サンダルと女性器を模したとあるアイテムを合体させて出入り口の扉へと貼り付けると、何やらゴソゴソと弄り始める。これにより亮君いわく「扉の向こうは2021年4月の『面面面』のステージに繋がっている」……つまりは過去へと遡るワープホールに変化したとし、亮君からは「今からこの6月25日のメンバーでライブするから!」と衝撃の発言が。慌てふためくメンバーをよそに亮君が先に扉に入ると、遅れちゃならんとばかりにメンバーも追随して扉の中に。その際、ダイスケはんの手には競馬新聞が握られていた……。


一連の流れの果て、画面は4月のKT Zepp Yokohama公演の映像へとシフト。お馴染みのSEと観客の拍手に出迎えられたメンバーたち。その服装は部屋の中にいた時のものとまるきり同じで、ダイスケはんは持っていた競馬新聞を傍らに置く。おそらくこの日ライブに参戦した人の中には「何故ダイスケはんは新聞を持って現れたのか?」と疑問に感じた人も少なくなかっただろうが、これまでの映像を鑑みるにこの4月のライブ時点で今回のオンラインライブの計画は完璧に練られていたということで、オンラインで鑑賞している人間にとってはまるで本当に6月25日→4月のライブ風景にメンバーがタイムリープしたような仕組みに。事前に上ちゃんの服が脱がされていたのも、このためだったのだ。

 

マキシマム ザ ホルモン 『maximum the hormone』 Music Video (Full ver.) - YouTube


開口一番、ダイスケはんが「来たぜ横浜!来たぜ面面面!思う存分、頭振り乱せよー!」と叫ぶと、オープナーである“maximum the hormone”がカオスティックに鳴らされた。ステージ上を激しく動き低音デスボイスを連発するダイスケはん。ヘドバンを多用してレッチリのフリー的なうねるベースで楽曲を下支えする上ちゃん。目玉をひん剥きながら印象的なボーカルとギターで魅せる亮君。力強いドラムで熱狂に火をくべる紅一点のナヲ(Dr.ドラムと女声と姉)……。胃もたれ必至の濃厚なロックを鳴らす4人の姿は良い意味で暑苦しく、まさしく「ホルモンのライブここにあり!」な光景が画面越しに繰り広げられていく。必然観客もまだ序盤ながら沸点の盛り上がりで、一面ヘドバンの海に。コロナ前のライブのように前の観客の肩を支点にしてヘドバンをすることこそ出来ないが、定められたルールを厳守しながら全力で楽しもうとする思いもひしひしと伝わり、その光景には感動すら覚える。


今回のオンライン配信では、主にライブ映像は横浜公演のものを、MCについては横浜公演に加えて同ツアーの大阪・名古屋公演のものも取り入れた形で行われ、更にオンラインならではの試みとして当日のこれらのライブ風景に色とりどりのリリックエフェクトが投影される場面もあり、視覚的にも楽しい。そして何より(詳しくは後半に記述するが)ホルモンにしか出来ないライブと、オンラインならではの魅せ方が合致した作りには脱帽した。オンラインライブが発達を遂げた現在、様々なアーティストの中で生ライブとオンライン配信の折衷案を模索する動きが進められているけれど、今回の配信はそのひとつの到達点なのではないか……。思わずそう感じてしまった人間は少なくないだろう。


その後は某有名漫画における最恐の宇宙の帝王をテーマとした“「F」”、食事療法により減量した亮君に対する様々な意見を一蹴する“maximum the hormone Ⅱ ~これからの麺カタコッテリの話をしよう~”、既に蒸し風呂状態となったフロアを更なる沸点突破に持っていった“便所サンダルダンス”と、圧倒的な熱量でもって届けられる。「いろんなことが制限された世の中になっちまいましたが、禁止されてないものもあって。……ヘドバン禁止されてないから!子供に戻って、ヘドバンしまくって。そんで首すわってない赤ちゃんになって帰ったらいい」とはダイスケはんの弁だが、翌日壮絶な首の筋肉痛になることを嬉々として選択した大勢の腹ペコ(ホルモンファンの俗称)たちは、その言葉通り笑顔で首を振る振る。ライブでしか見ることの出来ない楽しげな姿に、メンバーもご満悦だ。


真っ赤な照明に照らされながら重厚なサウンドで掌握した“What's up, people?!”を終えると、この日初となる長尺のMCへ。まずはダイスケはんが「ありがとう横浜ー!」と感謝の思いを叫び大勢の腹ペコの拍手(とエモートスキル)を一身に浴びると、すかさずナヲが「横浜って言うの新鮮」とダイスケはんの全力の一言を弄り倒す。それならばとダイスケはんがキリッとした表情で「ありがとうみなとみらい……」と言い直せば「カッコいいー!でも顔が腹立つんだよね」と結果として更なる弄りの燃料投下に繋がってしまういつも通りのワチャワチャ加減で爆笑へと誘うと、この日の前説を務めた盟友である花団・かずを客席に送り込んでの、特徴的な『ヅラ』カテゴリーに属された観客へのインタビューを敢行。ここでダイスケはんによって選ばれたのはぽっちゃり・食いしん坊系ヅラを持つ『カロリーメイツ』で、カズのインタビューの標的となったとある観客はカールを持参したが早くもテンションが上がりすぎて粉々になってしまい、見かねた隣の観客からクッキー(プチシリーズのラングドシャ)を貰ったと楽しそうに語ってくれた。まさにこのライブでしかあり得ない素晴らしいチームプレイの予期せぬ公開に、会場も大盛り上がりだ。


ここからライブは中盤戦。冒頭からフルスロットルの勢いで飛ばし続けてきたホルモンだが、彼らのライブに安息の時などない。長らくの自粛生活で溜まりに溜まった鬱憤を晴らさんと集まった観客の期待も作用し、ボルテージは高まる一方である。そんな半ばロックへの飢餓状態と化した観客の元に届けられたのはお待ちかね“ハングリー・プライド”からで、ダイスケはんがビームを発射するエフェクトが挟まれた“中2 ザ ビーム”、歌詞がテロップとして下部に流され、その中で《バーゲン代 ザックリとリスク》の歌詞に含まれた5文字のみが大文字になってしまう18禁アンセム“my girl”、随分と久方ぶりのセットリスト入りとなった、某有名タレントについて歌う“falling jimmy”と続くと、おそらくはこの日最もカオスで、また今回のオンライン配信の肝とも言えるMCへと突入した。


このMCでも上記のMCと同様に集まった観客から選定してのヅラトークが挟まれるのだが、ここで選ばれたのは21種類にも及ぶヅラの中でもいろいろな意味でかなりハードルが高い、特殊な異能力を持っていそうな『X-M●N/スーパーヒーロー/星守る者』と愛すべきおバカさんこと『おしっこちゃん』。まずは花団のカズが『X-M●N/スーパーヒーロー/星守る者』所属の長身で鼻高な特徴的ビジュアルの観客に突撃して散々弄り倒すと、続いては見えてる地雷こと『おしっこちゃん』の元へ(この後に記す一幕をよく覚えておいてください)。


ダイスケはんがインタビューを促すも、カズが「正直行きたくない」と拒みながらゆっくり近付いていく緩やかな助走でもって、丁度カズの進行方向に佇むひとりをダイスケはんがロックオン。その人物は半袖かつ胸元がザックリ空いた隊員のような格好をしており、肉付きも良く、マークが施された帽子も着用、下はよもやの白短パンで常に鋭い視線で前を凝視し続けるという見るからに『ヤバい奴』認定されそうな風貌。最後まで嫌がるカズを「この人は非常に危険やけど思いきってアタックしてみよう!」とダイスケはんが退路を経ち、まずはファーストコンタクトとしてダイスケはんが「ちなみに君は何のコスプレをしてるの?」と問い掛けると、すかさず「コスプレじゃないです!タイムパトロール隊です!」とダイスケはんをしっかり見据えながら大声で発言。その迸る『痛さ』には思わず周囲から悲鳴が上がるほどで、カズもダイスケはんも、退くに退けない状況になってしまう。すると矢継ぎ早に「ダイスケはん、新聞持ってきたでしょ!タイムトラベル法に違反してますよ!」と叫ぶと、その後は日本語でも英語でもない謎の言語で喚き散らす。ダイスケはんは「あかんこいつホンマにヤバいやつや!」とカズを強制的に撤退させ、未だザワつく観客たちに気を遣いつつ「残りのやつらもさっきのタイムパトロール隊みたいに、絶対に爪痕残して帰れよー!」と“爪爪爪”を投下。観客も先程の出来事がなかったかのように、再び気を取り直して盛り上がり始めた。

 

マキシマム ザ ホルモン 『恋のスペルマ』 Music Video 野外フェス映像ver. - YouTube


本編最後に披露されたのは、ホルモン流のラウドポップナンバー“恋のスペルマ”。イントロが鳴り響いた瞬間から公式で公開されているメガラバダンスで誰しもが躍り狂う、多幸感に満ち溢れるライブ空間だ。勿論歌われる内容はタイトルの通りあまりにリアルな描写を携えた自慰行為であったり精液だったり射精だったりするのだけれど、観客同士で協力して行うものが大半のその振り付けや楽曲構成にも目を向けたとき、“恋のスペルマ”には他の腹ペコたちと興奮を共有するツール的役割もあるのだと、改めてハッとした次第だ。肩を組んで熱唱したりサークルを作るという今のご時世では難しい振り付けはTPOに合わせた形に変えつつ、最後はダメ押しのヘドバンの連続で大量の汁……もとい汗でずぶ濡れの『事後』を作り出して終了。


ただ気になったのは、“恋のスペルマ”終了後の一連の流れ。まるで余韻を掻き消すようにそそくさと去っていく上ちゃんと亮君の姿も不可解だったが、ナヲは最前列の観客からデカデカと『ナヲ担』と書かれたうちわを持って帰り、最後にダイスケはんはベースアンプの上に置かれた眼鏡に気付くと「なんや!俺の眼鏡こんなとこあったわー!」とそれをステージ袖まで持って帰ってしまう。……これまでの流れを整理すると、まずタイムリープにより6月25日のメンバーが4月のライブに移動し、ダイスケはんが未来の競馬新聞を過去に持ってきてしまい、そして過去から『ナヲ担』のうちわとダイスケはんの眼鏡を持って帰ったということになる。この選択が一体どのような変化をもたらすのか……。そんな思いを巡らせていると、客席のかのタイムパトロール隊のおしっこちゃん(以下おしっこちゃん)が謎の言語で絶叫。彼の発言は下部に日本語訳として記されていて、そこには「過去にあったものを現実に持っていってはいけない!未来に大変なことが起こってしまう!」とある。するとおしっこちゃんは客席からステージへと猛ダッシュ。制止を求めるスタッフを振り切ってステージへと上がると、そのままホルモンメンバーが消えていった舞台袖へと走り去ってしまった。すっかり呆気に取られる観客は混乱しつつもアンコールの手拍子……。


しかしながら「これから一体どうなるんだ……」との我々の思いをよそに、画面は再び控え室へと遷移。ただ先程の流れからも分かるように、タイムリープ扉を抜けてライブ成功を喜ぶメンバーから遅れてあのおしっこちゃんが侵入し、未来から過去へ、そして過去から未来へ干渉してしまった事の重大さを矢継ぎ早に捲し立てる。ただ依然おしっこちゃんを『愛すべき痛キャラ』であると考えているメンバーは彼の言葉を聞くまでもなく直ぐ様拘束すると、求められているアンコールに答えるため再度扉を潜っていく。だがホルモンメンバーがステージへと舞い戻った直後、巨大な地響きが会場内を支配。この地響きは何故か地球に刻一刻と迫り来る隕石によるもの……つまりはホルモンメンバーがタイムリープしたために発生した異次元的な出来事であり、すっかりがんじがらめにされたおしっこちゃんいわく、ホルモンのライブによって「あの日会場にいた多くの人間に生きる活力を与え、寿命を伸ばしてしまった」ことによるものであるとしているが、そんな実はただひとりだけ真実を知っていたおしっこちゃんの悲痛な思いとは裏腹に隕石は無情にも接近中。そこで隕石を止めるため尽力したのが『X-M●N/スーパーヒーロー/星守る者』たちで、彼らはしかめっ面をしながら全力で両手を上げ、隕石の軌道をずらさんと奮闘。ひとり控え室で縛られているおしっこちゃんも縄を振りほどき、同じく天に両手を掲げた。結果見事隕石の軌道をずらすことに成功し、世界の危機は免れ、直後鼻血を出して倒れたおしっこちゃんにナレーターが「説明しよう!タイムパトロール隊は、死んだ!」と淡白な言葉を残してライブ再開。もはや何のこっちゃなストーリー展開だが、こうしたゴチャゴチャもホルモンらしいと言うものだ。


かくして「ラスト一発、思う存分遊んで帰ろうぜー!」とのダイスケはんの絶叫から、アンコールに最後に披露されたのはこれを聴かねば帰れないキラーチューン“恋のメガラバ”。冒頭からグーの形に握った両手を突き出し、上下に振り乱すモンキーダンスをダイスケはんが行えばつられて観客も踊り出し、サビになれば興奮をこれ以上ない勢いで体現するヘドバンが大量発生。他にも《プレイガール!プレイガール!》の一幕で拳が上がったり《Hey!入れろ冷房!》からは手拍子が広がったりと、ラストに相応しいファンとホルモンの双方向的な関係性が光る。先程まで訪れていた世界の危機など完全に忘れたような圧倒的な盛り上がりは次第にメンバーにも移っていき、ダイスケはんはデスボ、亮君はギターとボーカル、ナヲは力強いドラム、上ちゃんは鼓膜を揺らすピック弾きと渾然一体の演奏を魅せ、終幕。そして三たび控え室に戻ったメンバーがおしっこちゃんの死体をガン無視してトークを繰り広げ、最終的に気付いたダイスケはんに「お前が一番おかしいこと言うてる。なんやみつえみたいな顔して」と恒例のダイスケはんの実母イジリが始まると、ダイスケはんが「俺のことはどんだけ悪く言ってもええけどな、みつえのことは悪く言っちゃダメ!」と逸しての、今は亡きおしっこちゃんの肩を揺すって母親の名前を叫ぶ抱腹絶倒のカオス展開でライブ映像は終了した。


ライブ映像終了後、画面には此度のライブ風景のスライドショーと共に、スタッフに語った亮君の思いが載せられていた。「顔のないSNSの世界。そんな世界にいると、全てが心なきロボットに思えてしまう事がある。でもライブの空間だけは違った。音楽のパワーで、普段の生活じゃ見せないみんなの興奮した顔、ステージのメンバーより目立つ勢いではしゃぐ顔。陽キャがロックに豹変する瞬間の顔。そしてたくさんの笑顔が見えた。あれこそが真実だった」……。現在日増しに発達を遂げているオンラインライブ。それは様々な事情でライブに参戦出来ない人間にとって有難いツールとなり、きっとこの先コロナが収まっても続いていく素晴らしいシステムだと思う。


けれども今回のライブで彼らはある意味では、オンラインライブの欠点を浮き彫りにしてしまった。それは『オンラインライブは生ライブの代替にはなり得ない』ということ。そしておそらくそれは今回のライブの総指揮を担った亮君自身が最もこの自粛期間に様々なアーティストのオンラインライブを観て感じていたことでもあって、そうした『家にいながら楽しめるオンラインライブ』の良さと『変わらない生ライブの素晴らしさ』をどう届けるか、模索を重ねた結果が今回の配信であったということだろう。……今回の配信を観た誰もが「すげー」「ヤバい」「最高」といった言語化不能の興奮を味わったことだろうが、それすらも「ホルモンらしいな」と思える、総じて既存のルールに従いつつも決して既存のルールに縛られない展開を駆使したまさしく最高の『ライブ』だった。


【マキシマム ザ ホルモン『面面面 ~フメツノフェイス~』セットリスト】
maximum the hormone
「F」
maximum the hormone Ⅱ ~これからの麺カタコッテリの話をしよう~
便所サンダルダンス
What's up, people?!
ハングリー・プライド
中2 ザ ビーム
ヘルシー・ボブ
my girl
falling jimmy
上原 ~FUTOSHI~
恐喝 ~kyokatsu~
爪爪爪
恋のスペルマ

[アンコール]
恋のメガラバ

 

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『ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2021』は、何故開催中止を決断しなければならなかったのか

こんばんは、キタガワです。

 

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「こんなことがあってたまるか」……。rockin'onフェスの公式ツイッターで突如発表されたRIJ開催中止の報を見て、思わず発した一声は怒りというより、虚無感に近いものだった。この1年間、具体的には昨年の同時期からRIJ運営による様々な表明を目にしていただけに、その思いは大きかった。RIJの運営の方々には心からの感謝を伝えると共に、どうか気を強く持ってほしいと強く願っている。


RIJ総合プロデューサー・渋谷陽一氏の話によると、開催地である茨城県医師会の要請により今回の決断に踏み切ったとされるが、おそらく今回のRIJに関して言えば、開催中止となる要素は限りなく低いと誰もが思っていた。万全の感染防止対策を整えたフェスであることは公式サイトを見ても明らかだし、だからこそ予想を上回る申し込みで大勢の音楽好きが来場する予定だったのだと推察する。


ではそうした「ひとりも感染者を出さない」という思いで組み上げられた徹底的な感染防止対策の網を潜り抜け、何故フェスは中止へと追い込まれてしまったのか……。今記事ではそうしたデリケートな部分に焦点を当てることで、多くの音楽ファンに希望の光を灯したRIJという最高のフェスと、その光を無情にも消し去った様々な加害への認知としたい。


まず今年のRIJにおいて、我々参加者的にも例年と異なる部分的にも重要な点として位置していたのは、ステージを最もキャパシティの大きい『GLASS STAGE』のみに絞ったことだ。例年RIJは計7つのステージが用意されていて、自分が観たいアーティストをその都度選択出来るシステムを導入していたが、今回よもやの1ステージのみという発表は、公開当初より話題を呼んだ。言うまでもなくこの試みは観客が頻繁に移動することで生じる影響……。我々が報道番組等で口酸っぱく言われている所謂『人動抑制』によるもので、当然そのGLASS STAGEも前方は完全入れ換え制でソーシャルディスタンスもしっかり確保。来場人数もキャパの半分以下で1万人。


これらのある意味ではやり過ぎとすら感じる徹底した試みによって今年のRIJは100%開催されると踏んでいたので、まさか中止になるとは夢にも思っていなかったというのが正直なところだ。なおこれまでコロナ禍では様々なフェスが行われたが、それらの大半は2ステージ以上で設定されていて、逆に1ステージにまで抑えに抑えたフェスが中止になることは今までにほぼなかったという事実は、この場で特筆しておきたい。


そしてもうひとつ重要なのは、感染防止対策により今年のRIJの出演者も1日あたり8組、5日間合計で40組に激減したこと。ただその代わりにアーティストはとてつもなく豪華な顔触れとなったのもポイントで、ASIAN KUNG-FU GENERATION、サカナクション、King GnuといったこれまでのRIJでメインを張ったアーティストが勢揃い。1ステージ制やら価格帯やらで参戦を見送る声も以前こそ確かに存在したけれど、この瞬間RIJ2021は歴史上類を見ない超格安フェスとして君臨した。


当然当日は密集を避けるため、抽選で選ばれたファンのみが前方部の立ち位置をゲット出来る仕組みを作ったり、その前方席に関してもライブごとに入れ換えるなど、あらゆる可能性を考えて対策。野外であるため所謂『三密』をクリア出来るのもプラスで、他にもアルコールの販売を行わず持ち込みも禁止すること、飲食は限られた場所のみで行うこと、大きな発声を制限することなど厳重なルールが設けられ、様々な観点を鑑みても今年のRIJは大成功する……はずだった。


そして開催まであと1ヶ月と迫った本日、突然発表されたのが開催中止の一報だ。渋谷氏の話を読み解くに、酷く簡潔に言い表すならば「観客の来場後の行動を保証できない」ことと「今よりも規制を強めてほしい」ことが突然茨城県医師会から伝えられ、RIJ側は開催まで1ヶ月を切った状況の中、参加者にこれ以上の我慢を課すことが不可能であると考えて中止を決断したとのことだった。これについて個人的な思いを延べるならば、やはり「ずるい」の一言に尽きる。音楽を止めないように本気で取り組んだ関係者に対する血も涙もない事実上の決定権はその考えもやり方も、何もかもがずるい。


そもそもRIJは、開催地である茨城県に「こういうフェスをやりたいです。人数はこれくらいで、感染対策はこれほどして……」と事前に伝えて了承を得ているし、そうでなくとも開催が1ヶ月に迫ったこのタイミングで開催可否を問い質すというのは、仕事をするいち人間として考えても甚だ疑問だ。例えば何かしらの仕事を発注しておいて、納期1ヶ月を切っていきなり「あの件全部キャンセルで」と言うことになれば、当事者的には「なぜ?どうして?」の思いと共に「言うならもっと早く言ってくれ」と感じるのは自明だ。そして前述の「なぜ?どうして?」の疑問の茨城県医師会側の解とされるのが「たくさん人が来るし終わったあとの観客どんな行動するか責任取れないよね」とする部分だろうが、これについてもそもそも他のスポーツイベントなどは普通に開催されている時点で不公平極まりなく、「終わったあとの観客どんな行動するか責任取れない」の部分に関してはまるで引率の教師が「家に変えるまでが遠足ですよ」レベルのペラッペラな言葉で、これも不可能……というか逆にどうすれば良いのか茨城県医師会に聞いてみたいところ。しかもこうした言葉を医療に携わる『医師会』から告げられたことも大きく、ここまでNOと言えない状況まで追い込まれてしまえば、もはや諦めるしかなかったということだろう。


今回の開催中止の件について、ツイッター上でひとたび『ロッキン』と検索すれば、怒りの声が次々に流れてくる。それはおそらく、全ての音楽ファンが思う「これくらい感染対策してくれれば開催して良いと思う」というラインをロッキン側がクリアしていたこと、そしてそのラインにNOの意思を一方的に突き付けた茨城県医師会の理由に、誰もが納得していないことの裏返しなのだろう。これに関しては是非とも声を上げ、何がOKで何がNGなのかの決定的な線引きの言質が得られるまで根気強く公表を求めていく必要がある。


加えて、何よりロッキンだ。今回の中止により、ロッキンは2020年度のRIJ、年末のCDJという3回連続でフェス中止を経験したことになる。今回のテキストでも「今、中止を決定しても億以上の支出になります。それは日に日に何千万円の単位で増えていき、最終的には大変大きなものになります」と綴られていたが、今回の中止により我々の思い描く以上の損失が発生することは間違いない。であれば、我々がすることは何か。そう。中止になってしまったRIJのグッズを買うことだ。ロッキング・オン社の雑誌を購読することだ。そして、彼らの次なる試みと歩みを全力で応援することだ。さすれば来年、パワーアップした祝祭は必ずひたちなかに現れる。未だ難しい状況は続くが、それまで我々は粛々と日々を生き抜き、来たる爆発に向けて力を蓄えていこう。……「音楽を止めない。フェスを止めない」。この言葉を唱えるべきは今なのだ。

ハガキ職人と音楽ライター

こんばんは、キタガワです。

思えばこのブログでも、また自身のツイッターアカウントでもほぼ公言することはなかったが、僕はガラケーを持ち始めた時分から大学卒業までの約10年間、ハガキ職人として活動していた。『ハガキ職人』とは端的に言い表すならば『お笑いの投稿活動をする人』のことで、少なくとも僕は現在の音楽の文章執筆と同程度、高校時代までの青春をこの活動に捧げてきたつもりだ。

かつての僕にとって学生生活は、体感としては刑務所の服役生活に等しかった。これは生まれついての持病の悪化によるところが大きかったためで、今では上手く付き合うことが出来ているのだけれど、とにかく。取り分け小学校から高校生までの期間は生き地獄そのもので、現状を打破するために「自分にしか出来ない何かを成し得なければ」との考えに至ったのは必然だった。

そこで目にしたのが当時購読していた週刊少年ジャンプの巻末にある読者投稿コーナーで、おそらく今では存在すらしていないだろうと思うのだけれど、そこには『学校の教室の昼休みあるある』や『こんな体育祭はいやだ。どんなの?』といった大喜利じみた読者投稿の数々が記されていた。元々お笑いのテレビ番組を観るのが好きで、また小説を書いて入選したりと『才能あるんじゃないか感』を抱いていた僕にとって、ここが唯一の居場所のように思えた。僕は直ぐ様投稿欄をチェックし、毎日授業中にネタを考え、帰宅後にメールやハガキで送りつける生活が始まった。主な投稿先はケータイ大喜利やファミ通町内会、IPPONグランプリ等で、他にも広義のお笑いという点においてはトリビアの泉やナニコレ珍百景にも逐一応募。その投稿数は多いときには1日100通にも上った。

その中でも熱中していたのが、現在でも連載されている週間ファミ通の読者投稿コーナー・ファミ通町内会だった。この頃にはアスファルト(当時リリースされたPS3版ソフト・『428 ~封鎖された渋谷で~』の黒幕・アルファルドからもじったもの)の名義を使い、投稿を重ねた。まさかクラスメイトも、クラスの隅で本ばかり読み、学校中からミステリアスな野郎だと思われている人間がお笑いの活動を行っているとは夢にも思うまい。地獄のような環境に光明が射した思いだった。

特に投稿に拍車をかけたのは、掲載時に記される『島根県・アスファルト』という文字。現在活動している某執筆投稿サイトでも同様だが、所謂『47都道府県で最も影の薄い件』とされる島根の人間が投稿活動をしている例は様々な媒体を鑑みても少なく、大抵は東京・大阪・神奈川といった都市部在住の人ばかりで、島根の人間が選ばれていることだけでもかなりの優越感を得ることが出来た。かくして僕はイジメやら嘲笑やらでダメダメな学生生活を、脳内でネタを量産しながら記憶から遠ざけることで過ごしていた。当時のネタとしては特に文字モノに関しては穿った思考によるものが多くネガティブなものばかりだったが、それもある種の『味』として評価に繋がり掲載が増えていった。地獄のような学生生活が自分を苦しめる元凶であったとするならば、その生活が活かされるのもまた、ハガキ職人だったのだ(ちなみに現存するもので当時ウケたネタはこれら)。


https://twitter.com/fami2repo_bot/status/1393597039397642243?s=19

https://twitter.com/fami2repo_bot/status/1407715072072245252?s=19

https://twitter.com/fami2repo_bot/status/1393702737812942850?s=19

https://twitter.com/fami2repo_bot/status/1389950511667814400?s=19

https://twitter.com/fami2repo_bot/status/1383382234409750530?s=09

 

それから程なくして、僕はいつしか完全に音楽へと傾倒する。元々ハガキ職人として活動していた期間も相当な音楽オタクだったが、その勢いは大学進学を機に広島で一人暮らしを始めた頃に重症化。それまで僕が暮らしていた島根県には天童よしみやさだまさしといった演歌歌手以外はまずもってアーティストが来ることはなく、かつCDショップの取扱いも所謂『売れ線』のアーティストばかりをプッシュしていたけれど、広島は音楽的な環境だけで見ても本当に天国だった。僕は22時~6時までの深夜アルバイトを週に何度か入れ、その収入をライブやCDに全ベットする生活を4年間続けた。思えばハガキ職人としての活動をほぼ行わなくなったのも、この頃からだった。

そうした紆余曲折を経て、本格的に音楽の文章を書こうと決めたのが今から4年前。2017年の11月である。新卒カードで入社した会社を人間関係のいざこざでクビになり、必然「人となるたけ関わらない形で、自分らしい人生を歩むにはどうすれば良いか」と思いを巡らせた。……これまでの自分はと言えば、音楽については誰にも負けない知識があると自負していたし、短編小説も書き続けていて、ハガキ職人として文字での笑いも取っていた。気付けば幼少期から僕は全く人付き合いが出来なかった代わりに、『音楽』の『文章』を『書く』要素は揃いきっていたのだ。じゃあやるしかねえなあ、と思った。

 

キタガワの松江珍道中~ホームランドーム編~ - キタガワのブログ

 

今でこそ当ブログは堅苦しい表現を多用してはいるが、開設当初はハガキ職人上がりというか、文章の各所に笑いの要素を取り入れる形の記事が多く、どこか完全にお笑いとしての活動を捨てきれていない心中が窺えた。そこからいろいろと試行錯誤を繰り返し、ハガキ職人も引退。結果僕は未だにフルタイムでバイトをしながら売れない音楽ライターを島根で名乗っている。

もしもあのときハガキ職人の活動を突き詰めていたら。ふざけた表現に徹した文章を書き続けていたら。広島に残って別の正社員の仕事に進んでいたら。上京していたら……。そんなたらればを、今でもよく考える。「2年で結果が出なかったら諦めよう」「今年は絶対にいけるはず」と強い思いで臨んでいたあの日々も、今や遥か昔の記憶だ。ただどれほど結果が出なくとも、おそらく今後も音楽の文章を書くことを辞めることはないだろうとも思う。端から見ればあまりに緩やかな歩みだが、それでも足は前に進んでいる。……この先に何があるかは分からないが、取りあえずは。

 

SEKAI NO OWARI「サザンカ」 - YouTube

他作品にオマージュやパロディ、インスパイアされたアーティストの楽曲とアルバム5選

こんばんは、キタガワです。


努力主義の無骨な活動が良しとされてきた時代は遥か昔。今やSNSやYouTubeの発達により、突如出現した新進気鋭のアーティストが一気に音楽シーンを台頭する新時代に突入した。そんな中メディアで頻繁に取り上げられるのは唯一無二の歌声、オリジナリティ溢れるサウンド、彼らだからこそ書ける歌詞など、そのアーティスト『ならでは』の要素。……確かに、どんなアーティストがカバーをしてもどうしても原曲には勝つことが出来ないし、そのアーティストならではの魅力は絶対的に存在する。しかしながら同時に思うのは「どんなアーティストも間違いなく誰かの影響を受けていて、それらを自分なりの表現なり歌唱法で表現したのが音楽」であるということ。断言するが、誰からも影響を受けていないアーティストはこの世にひとりも存在しない。


そんな中、世界には他作品に影響を受けたと公言した楽曲や特定の音楽を指し示した楽曲というのも数多く存在する。そこで今回は『他作品にオマージュやパロディ、インスパイアされたアーティストの楽曲とアルバム5選』と題し、インタビュー等で堂々と他作品からアイデアを拝借したと語っているアーティストの作品から5つをピックアップ。今回に限り比較として、上部にアーティストが「影響を受けた」とよる楽曲、下部にはその「拝借元」の楽曲のMVを貼り付ける形で書き進めていきたい。

 

 

『Van Weezer』/Weezer

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海外を代表する古株的ロックバンド・ウィーザー。彼らを語る上でまず話題に組み込まれるのが『泣き虫ロック』という代名詞。何故こうした表現が広く知られているのかと言えば、その曲調こそ完全なるポップロックでありながら、歌詞に目を向けるとまるで学校の片隅でひとりノートに書き殴るようなセンチメンタルな香りがすることからである。


そんな彼らは今年2021年、僅か3ヶ月という短いスパンでふたつのアルバムをリリース。そのひとつがストリングスを大量に起用したオーケストラ作品『OK Human』。そしてその後にリリースされたのが最新作『Van Weezer』で、特に『Van Weezer』は多くのファンを唸らせる怪作となった。何故ならこのアルバムのコンセプトはメタルサウンドを主軸としていて、先行公開された“The End Of The Game”を見ても分かる通り、およそウィーザーのイメージとは完全に真逆を行くそのギターの高速タッピングが連続するサウンドは今までのウィーザーが敢えて行ってこなかった代物であるためだ。


ただこの作品を知る上で避けて通れないのは、メンバー全員がメタルに多大な大きな影響を受けて青年期を過ごしているということ。リヴァース・クモオ(Vo.Gt)はキッスの大ファンとして様々なメディアで語っているし、ブライアン・ベル(Gt)はブラック・サバス。スコット・シュライナー(Ba)はスレイヤーとメタリカ。パトリック・ウィルソン(Dr)はヴァン・ヘイレン(ちなみに今作のタイトルはもちろんヴァン・ヘイレンがモチーフ)と、メタルは常に彼らと共にあった。けれどもクラスの隅で読書を決め込むような彼らには到達出来なかったのがメタルという音楽でもあって、総じて今作では『ウィーザーがメタルをやろうと頑張った結果ウィーザーに戻った』ような、言わば「どう足掻いてもウィーザーはウィーザーである」との真実を白日の元に晒す結果となった。そう。メタルをやりつつどこまでも彼ららしい『Van Weezer』がここまでの注目を浴びた背景には、ポップとメタルという決して混じり合うことのない音楽ジャンルの彼らなりの合体があったのだ。

 

Weezer - Hero (Official Video) - YouTube

Van Halen - Panama (Official Music Video) - YouTube

 

 

 『Zerwee』/Billy Cobb

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まずこのZerwee(ザーウィー)なる作品名を見た瞬間、思わず驚いた人も多いことだろう。タイトルにもあるように、この作品はウィーザーの大ファンであると公言するビリー・コブによる、愛情を込めたオマージュアルバムとして位置している。


甘酸っぱい歌詞、ポップなロックサウンド……。今作における楽曲の数々はどこを切ってもウィーザーのファースト・セカンドアルバムを彷彿とさせる出来で、それはある意味では活動開始から何十年にも渡って第一線でロックシーンを牽引するウィーザーが様々な試行錯誤を繰り返す中で、長年のファンが抱く「前みたいなウィーザーを聴きたい」という我が儘な思いをファン目線で体現する作品となった。ここまでの内容を紐解くと、ともすれば「自身の注目を集めるためにウィーザーを利用したのでは?」という邪な考えも浮かぶのは必然だが、ビリー自身が何年間もウィーザーを繰り返き聴き続けて育ってきた……というよりウィーザーを半ば神格化しているレベルのファンであることは間違いないし、実際オリジナル(?)のウィーザーとしても『OK Human』のアルバム周辺ではウィーザーファンのコンポーザーから「こうすべきでは?」とのアイデアを得て成功したことも考えると、ウィーザーとファンの関係が相互的に作用した素晴らしい循環のようにも思える。


なおビリー・コブは今作の大反響を受け、この作品の発売から1年後に次なる新作『Zerwee, Pt. 2』を発表。前作のウィーザーぶりを更に進化させることはもとより、浮世絵のジャケットや“Orihime and Hikoboshi”、“Naita Aka Oni”といったリヴァースの親日ぶりさえ掘り下げた作品に。ウィーザー自身が活発な活動を続ける中『ウィーザーよりもウィーザーらしい』と語られるその内容にはいささが語弊もあるが、とにかく。結果かねてよりのファンも「わかる!」と膝を打つサウンドは一聴の価値ありだ。

 

Zerwee Full EP - YouTube

Weezer - Say It Ain't So (Version 3) - YouTube

 

 

“感情のピクセル”/岡崎体育

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音楽シーンのエンタメ担当・岡崎体育。岡崎と言えばMVあるあるをコラージュして展開する“MUSIC VIDEO”や空耳アワー日本版的な手法で話題を博した“Natural Lips”といった独特の着眼点から織り成す楽曲がよく知られているが、今作のMVでは世間一般的なイメージにおけるロックバンドのMVを強く意識して制作されている。なお公開当初より、その雰囲気等から参考とされているのは日本のポップロックバンド・SWANKY DANKの“Sink Like a Stone”であるとファンから多くの指摘があったが実際そうではなく、岡崎自身が抱く「日本も海外も含めてロックバンドのMVはこうした形のものが多い」という認識によるもの。


前述の通り今曲のサウンドや歌詞、そしてMV展開に関してはロックバンドの形に意図的に寄せていて、更には実際自室のPCでほぼ楽曲を完成させる岡崎にしては珍しくバンドマンにレコーディングを頼んでおり、ロックファンであれば思わず頷いてしまう要素がてんこ盛り。故にメロまではいつものファニーな岡崎体育感こそ少な目だが、ただサビ部分に突入した瞬間に誰もが爆笑すること必至の爆弾が投下され、一気に『岡崎体育の曲』になる。


結果岡崎の名を広く知らしめた楽曲のひとつとなった“感情のピクセル”は現在でもライブで都度セットリスト入りする楽曲として定番化したが、思えばこれまでの岡崎体育の楽曲の中でもこれほどロックに振り切った楽曲というのは制作されておらず、ある意味『ライブでの魅せ方』を主軸にして展開される岡崎のライブでもシンプルに盛り上がるアンセムとして確立した。

 

岡崎体育 『感情のピクセル』Music Video - YouTube

SWANKY DANK -Sink Like a Stone- feat. Hiro(from MY FIRST STORY)【Official Video】 - YouTube

 

 

『Who Am I ?』/Pale Waves

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海外で今、ライブシーンを中心に人気を獲得しているロックバンド・ペール・ウェーヴス。彼らが何故海外インディーズシーンを席巻する存在となったのか……。その理由についてはファーストアルバムによるところが大きい。当時の彼らは目を黒く塗り潰してバンギャのような格好でライブを行う所謂『ゴス・イメージ』がとても強く、それとは対照的に楽曲はポップというギャップが大衆に受け、ファーストアルバムリード曲である“Television Romance”等はまさにそうした評価を地で行くものだったのだけれど、最新作『Who Am I ?』では一転、徹頭徹尾ロック然とした楽曲が占める意欲作となった。


こうした突然のイメージチェンジについて、バンドのフロントウーマンであるヘザー・バロン・グレイシー(Vo)は様々なメディアで『アヴリル・ラヴィーン』の名前を挙げている。……そう。下記の楽曲を聴けば分かる通り、このアルバムはヘザーが幼少期から聴き続けていたアヴリルの影響を強く受けるものになった。その理由は「ファーストアルバムと同じ曲は作らないようにしよう」という思いから制作に着手したことが要因で、今までメンバー全員で制作していたところを今回はコロナ禍もありヘザーひとりが担当。元々前作のようなサウンドはメンバーの誰かしらが提案したものだったためにポップな形になったそうだが、何にも縛られない状態でヘザーが作った楽曲はやはり、どう作ってもアヴリルになってしまうという事実。無論ファーストとのギャップには大いに悩んだそうだが、そこに新たに暮らし始めた同姓のパートナーが背中を押したこともあり、こうしてペール・ウェーヴスのセカンドアルバムは圧倒的な驚きと共に世に送り出されたのだ。

 

Pale Waves - Easy - YouTube

Avril Lavigne - Losing Grip (Official Music Video) - YouTube

 

 

 『20名』/グループ魂

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俳優としても活躍中の破壊(Vo.阿部サダヲ)、暴動(Gt.宮藤官九郎)、港カヲル(46歳.皆川猿時)らグループ魂。結成20年を迎えた彼らが投下したのは、全20曲という密度で構成されたコンセプトアルバム『20名』。これまでも様々な著名人を迎えた楽曲を発表してきたグループ魂だが、このアルバムでは何と全曲が人名。“津川雅彦”や“アニマル浜口”、“さかなクン”といったしっかりとしたロックアンセムに加えて、お馴染みの爆笑コント作品“向井徳次郎”、“中村屋華左右衛門”など大盤振る舞いの楽曲の数々はまさしく新境地。


必然歌詞の内容も人名に沿ったものとなり、“彦麿呂”では「海の宝石箱やー!」を筆頭とした名ゼリフ、“楳図かずお”は家の特徴とやりたい放題だが、何故か『どこを切ってもグループ魂』という20年続いたコミックパンクバンドとしての強みを押し出しているのも感慨深い。元々エロや笑い、パンクロックを有名俳優が鳴らすギャップ的な部分で注目されがちだった彼らだが、今作に収録された楽曲からは「ここまでやってもファンなら許してくれる」との絶対的な信頼あってのこと。現在でも『20名』の楽曲はほぼ毎回セットリスト入りを果たしていることからも、それは明らかだろう。なおグループ魂は2020年12月30日をもって解散をサプライズ発表。何も聞かされていなかったメンバーである石鹸(Dr.三宅弘城)がよもやの大号泣してしまう一幕もあったが、同時に2022年の春に再結成することも発表。ただこうした発表さえ「一度解散をやってみたかった」という思いによるものらしく、最後には爆笑の渦に包まれた。我々の想像を軽々と超える彼らの動きは、まだまだ止まらない。

 

グループ魂 『彦摩呂』MV - YouTube

 

 

……さて、これまで様々な比較を絡めて記述してきたが、各アーティストのMVを観る限りでも、驚くべきは今回取り上げた全てのアーティストは他作品からの影響を受けているとしながらも、自分なりの個性がしっかりと勝っている点であろう。「私なりに曲を作ったらアヴリルになった」というペール・ウェーヴスのヘザーのインタビューにもあるように、どれほど影響を受けたとしてもそれは単なる『影響』に過ぎず、自身の実体験等を踏まえて楽曲を紡げばそれは結果としてオリジナリティのある楽曲となることを改めて噛み締めることのできた次第だ。


繰り返すが、アーティストは間違いなく他の誰かしらの影響を受けている。それはこの記事を読んでいる貴方の大好きなアーティストも例外ではなく、おそらくは様々なインタビュー等でその影響を受けた先については話が出ているはずだ。であれば、是非ともそうした背景にも目を向け、願わくば『アーティストが心酔したアーティスト』の楽曲にも触れてほしいと強く願う。……巡り巡る音楽の循環。何よりも素晴らしきサイクルに一度耳を傾けてみるのも、きっと一興だ。