キタガワのブログ

島根県在住のフリーライター。ロッキン、Real Sound、KAI-YOU.net、uzurea.netなどに寄稿。ご依頼はプロフィール欄『このブログについて』よりお願い致します。

前職から華麗な転身を遂げたアーティスト5選

こんばんは、キタガワです。


現在破竹の勢いで活躍を続けるアーティストたち。彼らについて語るメディアはその動員や収入にばかり目を向けるものが多いけれど、その裏でかつては本業の傍ら休日を全ベットして音楽活動を行っていた、音楽とは真逆の職で生計を立てていた人間も少なくない。そこで今回は『前職から華麗な転身を遂げたアーティスト5選』と題し、音楽以外の活動で収入を得ながらアーティスト活動を行い、現在は完全に音楽一本で生きる5組をピックアップ。その輝かしい活動の裏にどのような歩みがあったのか、同系統の記事として以前執筆した『音楽活動と平行して本業(副業)を行うアーティスト5選』も合わせて、その真髄へと迫っていこう。

 

 

クリトリック・リス[前職:広告会社部長]

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『下ネタのナポレオン』の異名を持つ、クリトリック・リスことスギム氏。今でこそ全国各地を夜行バスで巡り、アンダーグラウンドな地下活動で生計を立てている彼だが、35歳で音楽活動をスタートさせる以前は広告会社に勤め部長にまで登り詰めた、れっきとしたサラリーマンだった。しかしながらその高収入の裏では当然多忙と責任も付いて回り、終電で帰れない毎日こ時間潰しのためにバーに入り浸る時期が続く。そんなある時たったひとりでライブを行う機会があり、結果やけくそでオケを流して泥酔しながら言葉を紡ぐ即席のライブが評判が良かったことから、「本気でやってみよう」と決意。新居のローンや貯金といった金銭面をクリアにした万全の体制で音楽活動に打って出たのが、丁度その頃だったという。


そこから前述の酒を観客たちと呑み交わしながら全国各地を飛び回るライブスタイルを確立し、かつての彼自身がそうであったように多くの音楽好きの中年ファンを中心に指示を集め、遂に45歳の頃に自身初のアルバムを発売。2019年にはかねてより目標に掲げていた日々谷野外大音楽堂でのライブを完遂し、当日券を求める人で長蛇の列が出来たり、アルコールの販売数がとてつもないことになったりとクリトリック・リスならではの伝説を作り、コロナ禍にある現在でも様々な制約の中で愚直な活動を続けている。

 

クリトリック・リス / BUS-BUS (Music Video) - YouTube

 

 

Cardi B[前職:ストリッパー]

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2017年、突如ポップラップシーンに舞い降りた歌姫ことカーディ・B。彼女の存在はファーストシングル“Bodak Yellow”をリリースした直後から瞬く間に広まり、今ではツイッターフォロワー数1840万人、YouTubeオフィシャルチャンネルの登録者数は何と1740万人(HIKAKINの約2倍)と、多大な影響力を持つインフルエンサー的存在となった。


彼女にとってかつて多くのメディアで記され、今では逆に知られ過ぎているあまり暗黙の了解のようになってしまった経歴が、彼女は元々ストリートギャング(端的に言えば不良集団のこと)に所属し、後に10代の学生でありながらストリッパーとして活動していたということ。なおこれについてカーディはストリッパーの経験が様々な意味でプラスになったと述べており徹底してポジティブ、別段何かの枷になったことはないという。同じく元ストリッパーから大スターになった人物としてレディー・ガガが有名だが、カーディ自身も「彼女の影響で私は人と違うことを気にせず、自分らしくいられる」とガガの熱狂的ファンであると公言していて、2019年のグラミー賞授賞式でガガから直接花束を貰った瞬間、絶叫して興奮のあまり放送禁止用語を連発してしまうカーディの姿は様々な動画で観ることが出来る。ただその性質はガガとは少しばかり異なってもいて、エロティックなフレーズを散弾銃のように捲し立てる独特のスタンスはやはりカーディならでは。Billboard Hot 100にて女性ラッパーが客演ではなく自身がリード・アクトとなる曲で首位を獲得したのは史上5人目、単独曲では何と19年ぶりの快挙であることも考えても、その実力は折り紙つきだ。

 

Cardi B, Bad Bunny & J Balvin - I Like It [Official Music Video] - YouTube

 

 

ASIAN KUNG-FU GENERATION[前職:出版社営業]

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フェスに出演すればヘッドライナー多数。フロアを沸かせるキラーチューンも盛り沢山ともはや説明するまでもない邦ロックの長・アジカン。そんなアジカンは誰もが口ずさめる程の国民的アンセムになった“リライト”がセカンドアルバム発売時であることを考えると、長い下積み生活を経てブレイクすることが多いバンドシーンにおいては比較的早く人気に火が点いたバンドと言える。ただ当時のインタビューを振り返ってみると、出版社の営業として勤務していた後藤正文(Vo.Gt)を筆頭として彼らは皆何らかの職に就きながら大成を目指す夢追い人であり、限られた時間の中で如何に楽曲を作り、ライブを行うか計画・実行することで結果を積み上げてきた。


なおこうしたサラリーマン時代の経験は現在でも活かされていて、現在に至るまで世間が求めるアジカン像を分析し「やるからには成果を出す」考えが全面的に押し出されることで、仕事としての立場とやりたいことの折衷案を模索してきた。現在ではすっかりシーンを牽引する立場となったアジカンであるが、彼らが何故今なおフェスのヘッドライナーに多く抜擢されるのか、また1曲が跳ねたアーティストにありがちな「○○(曲名)を歌ったバンド」という形の注目以上にバンドのイメージが強いのか……。その理由が彼らの仕事の姿勢には秘められているようにも思う。

 

ASIAN KUNG-FU GENERATION 『ダイアローグ』Music Video - YouTube

 

 

DOTAMA[前職:カンセキ(ホームセンター)]

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『ULTIMATE MC BATTLE』でR指定や呂布カルマらと並び注目のMCと目されたDOTAMA。彼はそのメガネとネクタイ、スーツというサラリーマン的風貌から、活動時より長らく『社会人らしさ』を武器にした切れ味鋭いフロウを放つ特異な人物として知られていたがそれもそのはずで、DOTAMAは高校卒業から約10年間、地元栃木のホームセンター・カンセキで勤めていたれっきとしたサラリーマンだった。そんな彼は余暇を使いラップバトルも精力的に行っており、度重なる大会優勝やレーベルからの声掛けもあって、仕事の真面目ぶりから管理職への昇格の話も出ていたそうだが結果音楽一本に絞ったという。


ラップバトルでの彼はマシンガンフロウで相手を黙らせる印象が強いが、リリースされた楽曲は確かにラップのジャンルで括られるものの歌メロ色も十分に強い『ポップス』として上手く機能している。ただ流石はMC・DOTAMAと言うべきか、歌詞の節々にはラップバトルで培った世の中を俯瞰で見詰める独自の視点が秘められていて、総じて「現実ってこうだよね」と思わず膝を打つフレーズのオンパレード。まだまだラッパーとして語られることの多いDOTAMAだが、是非ともこの機会に歌手としての側面にも目を向けてみては。

 

DOTAMA『音楽ワルキューレ3』(Official Music Video) - YouTube

 

 

eastern youth[前職:現場スタッフ]

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絶唱に次ぐ絶唱で、聴く者の涙腺を刺激する無骨なロックバンド・eastern youthは、これまで書き記してきたアーティストたちとはその精神性においては、少し異なる存在だ。もっとも現在20代後半~30代のロック好きに多大な影響を与えてきた存在がイースタンであることは間違いないが、彼らは根強い人気とは裏腹に、特にフロントマンである吉野寿(Vo.Gt)はひとり東京にて、彼曰く『貧乏な生活』を送っているという。それはつまるところ彼の「音楽一本で生きていきたい」との思いとそれ以上に「音楽以外の手段で生きたくない」という気持ちが絡み合っているためであり、元々上京してきた時分から所謂『3K』と呼ばれるような肉体労働系の日雇いバイトを多くこなし、またそれら全てが真面目に出来ずクビ同然の退職を繰り返してきた彼なりの『自分らしさ』がやはり音楽であったことの証明なのだ。


イースタンの楽曲はBPMの遅い曲や激しい曲、そのどれもを引っ括めても全体的に怒っているし、全力だ。それは喜怒哀楽の感情を音楽に全てぶつけたいと本気で思っているからで、そして別段他の行動で代替しようとは考えようともしないから。……だからこそイースタンの楽曲は現在でも聴く者を震えさせる魅力を携えているのだと、信じて疑わない自分がいる。

 

eastern youth「今日も続いてゆく」 ミュージックビデオ - YouTube

 

 

アーティストに関わらず、夢追い人にとって時間の確保と金策の折衷案は永遠の課題だ。時間をたっぷり使えば金銭的に困窮してしまうのは自明だし、バイトばかりに精を出してはその分他の作業を削る必要性が出てくる。今回紹介したアーティストも資金的には潤沢にあったクリトリック・リスをはじめ、現在でも音楽以外の生活コストを下げながら生きるイースタンの吉野のように、それぞれ千差万別だ。ただそうした中でも音楽に対する思いだけは一貫していて、そんな彼らの下積み時代のストーリーを知れば尚更、楽曲の持つメッセージ性を深く掘り下げることも、またアーティストに対して感じる思いも多少なり変わるはず。


貴方が好きで聞いているあのアーティストも、テレビで流れる流行りのアーティストも。その背景には大小様々な経験があることも忘れることなく、今後も音楽を愛していってほしいと願うばかりである。