キタガワのブログ

島根県在住。文筆。rockinon.com外部ライター等。

コロナワクチンを打った20分後にライブハウスに向かった話

「接種番号23番のかた前の方へどうぞー」。受付の大声で意識を戻された僕は、思わず一瞬自分がどこにいるのか分からなくなり、辺りを見回した。老若男女が椅子に座って、何やら数枚の紙と身分証明書を握る光景。そうだ、僕はワクチンの接種会場に来ていたのだった。手元の紙に視線を落とすとそこには『25』の文字が記されており、きっとこのペースで行くとあと数十秒もすれば自分の番が回ってくるだろうと察する。後は1回目2回目と同じく、流れに身を任せるのみである。ただ、この場に集まる誰もは微塵も考えてはいないはずだ。まさかこれから行う行為が、ひとりの人間の数日間の運命を左右していることなど……。

計画の発端は、数日前に遡る。当時の僕はこれまで自粛生活を厳格に行っていた反動からか、とにかく生活の全てをライブに捧げていた。具体的には毎日ライブ情報をインプットし続けるのはもちろん、1日でも休みが出来れば県外に赴いて、翌日朝6時のバスで帰ってそのまま出社……というクレイジームーブを月に何度もかます熱の入れようだったのだ。けれども仕事柄、バンバン休みを入れ込むことも不可能。そんな折にようやく取ったワクチン接種は、副作用を鑑みて翌日も確実に休みになる特徴からも、ライブを入れるには最もベターに思えた。

ただ、この計画には唯一の問題点があった。そう。『どれほど副作用が出るか』である。腕が上がらないレベルならまだ良いが、発熱すればライブハウス前の検温で引っ掛かるし、もっと言えば遠征費もチケット代もホテル代も全部パアになるのだから。しかしながら全ての金を支払ってしまった手前、もうやるしかない。僕は「高熱はイヤ!高熱はイヤ!」というたちの悪いハリー・ポッターのような言葉を頭で願いながら、その日を迎えたのだった。

ワクチン接種は、大方予定通りに終わった。接種券が届く遅さと実際の接種スピードが全く釣り合わない程、それはそれは高速で。打ち終わったらそこから20分後には広島行きのバスが出てしまうので、病院から出るやいなや、汗だくになりながら自転車を漕いだ。正直この行動で悪い結果に辿り着きそうな気もしたが、そんなことはもはや言っていられない。ピストルの音と共に動き出した足は、もうゴールテープを切るまで止まってはならないのだ。

ギリギリセーフで駅に滑り込めば、そこから3時間バスに揺られ広島に到着。これにて第一関門はクリアだが、まだまだ油断は出来ない。1回目2回目は深刻な副作用が出なかった体だが、どうやら3回目はキツいと聞くし。取り敢えずインターネットで調べた結果熱が出るとすれば翌日だそうなので、まあ大丈夫だろうとポジティブに捉えて会場へ。若干頭が痛い気もするが、これは十中八九昨日の痛飲のせいだと判断。……そもそもビール6本も飲んだ翌日にワクチンなんか打つんじゃないよ。

もしかしたらと思ったが、結果は杞憂。詳しいことは先日のライブレポに詳しいが、特に検温で引っ掛かることもなく純粋にライブを楽しんでカプセルホテルに向かう。ちなみにホテル宿泊に関してはワクチンを3回打った特典としてお値段半額、更には2000円分のクーポン付きという破格の待遇で宿泊出来たので、金銭的にも予定通りである。……ただこのあたりから腕に若干の違和感を抱き始めたのも事実であり、漠然と「あんま腕上がんねえなあ」などと一人事を言いながらも、大量の酒を飲んで寝る。

……翌日。腕、めっちゃ痛い。まるで何かに押さえ付けられているような、ずーんとした圧力というか。幸運だったのは、熱はどうやらなさそうだということと、副作用よりも前日の深酒の方がダメージが大きかったこと。アル中に片足突っ込んだ生活は常なので、つまりはこれにより腕の違和感は相殺(実際は全く違うが)。2日目もライブに行くことはほぼ確定となった。ただ、ここで僕の邪な思いが首をもたげてしまった。それはある意味では背徳的な行為ではあれど、僕はこのとき「どこまで体調を悪く出来るか」を試してみたくなったのだ。考えてみれば、それこそ毎日時計が丸1周するのは当たり前の環境で仕事仕事の生活を続けていると、例えば「ゲームはあと1時間にして寝よう」とか「お昼ご飯は午後を乗り切れるものを」とか、人生がどこか安牌なものになってしまっている感覚もある。だからこそ奇跡的に連休を取ることの出来た今、多分やることはひとつだ。

そうと決まれば善は急げである。取り敢えず僕は昼食を激辛料理専門店で食した。出てきたのは唐辛子をふんだんに使用した四川料理。これを汗だくで食べきると、後のライブまでの時間はラウンドワンで格ゲーをやったり、カフェで黙々と執筆したりと『少なくともワクチン接種後にはやらない』であろう行動を取った。気付けば肩の痛みも然程ではなくなっていて、その締め括りはライブ。ハチャメチャに楽しんだら、寒空の下路上ライブを見たり本通りでビール缶をあおったりして終わった。

変なもので、翌日僕の腕の痛みはすっかり消えていた。ワクチン接種だからと貰った連休は、結果的に単なる娯楽休暇として終えることが出来たのである。これを最高と言わずに何と言おうか。……そんな中、ふと考える。もしも僕が高熱に怯えて県外行きをキャンセルして、自宅で平凡に過ごしていた場合の可能性を。自分も良い歳である。それこそここ2年間のコロナ自粛期間のように、もしそうなったとしてもゲームなり何なり、フラっと過ごすことは出来ただろう。でもやっぱり、今回の行動は何よりの最適解だったように思う。何故なら自分にとっての大切はやはりライブなのだから。

コロナが収束の兆しを見せ、世の中の動きも変わりつつある。「友達と居酒屋で朝まで飲んだよ」「ゲーセン行ったよ」「食べ歩きしたよ」……。これまで悪とされてきたことも、次第に大っぴらにも語ることが出来るようになった。でも、ライブはまだ違う。これらの行動よりも明らかに危険性が低いライブ参加は未だに他者から怪訝な表情をされる代物に留まっていて、それこそ前の職場がそうだったが、飲みも遊びも良いけどライブ行くのはダメでしょ、という見方は本当に根強いのだ。特に島根のような片田舎では。ありがとうコロナワクチン。そして未だに最悪なコロナ、コロナを元凶としてライブに行きにくくしてしまっている世の中。確かに音楽やライブは他者からすれば優先順位が低いかもしれないけれど、そうじゃない人もいるよ、というのを強く感じた2日間だった。