キタガワのブログ

島根県在住のフリーライター。ロッキン、Real Sound、KAI-YOU.net、uzurea.netなどに寄稿。ご依頼はプロフィール欄『このブログについて』よりお願い致します。

【ライブレポート】claquepot・内澤崇仁(androp)『crosspoint 2022』@広島クラブクアトロ

こんばんは、キタガワです。


正体不明のSSW・claquepot(クラックポット)による待望の全国ツアー、この日はそのうちの広島編である。現状CDリリースはなし。ツイッターの更新頻度も極小で素顔は非公開。更には公式ホームページさえも存在せず、徹底して楽曲の力のみで認知を獲得してきたのがクラックポット。ただ今回僕が遠路はるばる参加を決めたのはどちらかと言えばandrop内澤崇仁のファンであることと、クラポに関しては「そこまで凄いならこの目で見てやろうじゃないか!」という、音楽好きとしての好奇心によるところも大きかった。……のだが、結論を書いてしまうと完全にやられた。断言する。今年〜来年までの台風の目の1組は、紛れもなく彼だろうと。


会場に到着するとまず目を引いたのはコンパクトなバンドセットだった。我々から見て左後ろにドラム、右後ろにはキーボード。中央には何やら長方形のアイテムが垂直に立っているが、布が被せられているためその正体は分からない。そして前方にはマイクスタンドと譜面台がポツンと置かれており、この時点で内澤は弾き語りスタイルで、背後のセットはクラックポットのものなのだなと察する。

 

定刻を過ぎ、暗転。すると暗転から5秒も経たないうちに、袖からアコギを抱えた白シャツの人物がステージに足を進める。無論、この人物こそ武道館含めた大型ステージを次々ソールドアウトに導いたandropのフロントマン・内澤崇仁である。特に何も自己紹介を始めるでもなく、彼は用意された椅子に腰掛けると黙々とギターの様子を確認。会場には彼のギリギリ聴こえる咳払いがマイク越しに分かる程度で、シンとした時間が流れていく。そんな雰囲気を察したのか内澤、ようやく「あっ、andropの内澤と言います……」と挨拶。ただその後もやや天然な内澤らしく、ギターの音がイメージと違ったのかジャーンと鳴らした後に「あれ違うな」「まだ違う」「えっ?違うなあ」と疑問を延々繰り返すカオスな時間へ突入。気付けば会場には笑顔が溢れ、とても良い状態に。

 

androp - 「SOS! feat. Creepy Nuts」Music Video - YouTube

弾き語りスタイルでライブを行うことがこれまでほぼなかった内澤。そのため1曲目の楽曲には取り分け大きな期待が掛かっていたことと推察するが、何とオープナーはCreepy Nutsとコラボした“SOS!”。アッパーな曲調に乗せて慣れないラップ部分も尽力して歌う内澤は何だかいつになく緊張している様子だが、それでも独特の歌声は不変。演奏に関しても今回はてっきりギター1本のみのパフォーマンスかと思っていたが、エド・シーランよろしく足元のループペダルで音を何十にも重ねている仕組みを取り入れていて厚みもある。


取り分け前半部分は、androp楽曲のオンパレード。「今日ひとりで来たよって人どれくらいいますか?」とアンケートを取った後に披露された“Lonely”、新型コロナウイルスによるネガティブな空気感を打破しようとする応援歌“Hikari”、言葉のひとつひとつを噛み締めるように歌った“Yeah! Yeah! Yeah!”……。内澤が表立って思いを伝えることを苦手とする人間であることは周知の事実だが、彼は内なる思いを音楽として届けているのだな、ということを再認識できる楽曲群が光る。特に“Yeah! Yeah! Yeah!”は原曲と比べて大幅にBPMを下げ、完全なるバラードに変化させていたことで、よりそのメッセージ性を強く感じた次第だ。

 

Da-iCE / 「Sweet Day」Music Video - YouTube

後のMCで語られたことだが、この日の内澤のセットリストのテーマは『愛』。自分の心に、他者に、この日集まったclaquepotファンにと様々な形で『愛』を届けてくれた。そのうちやはり多くの感動を与えたのは“カタオモイ”、“Sweet Day”、“Love Song”というセルフカバー楽曲の連続だろう。後にclaquepotは「みんな、こんな贅沢な時間ないよ?だってうちの弟(Da-iCEのメンバー・工藤大輝)たちに楽曲提供したとき、このデモで送ってくれたってことでしょ?」と語っていたが、確かに。この会場に集まったファンは本当に一生モノの思い出を共有したことだろう。

 

androp "SuperCar" Official Music Video - YouTube

他にも「大好きな曲を」とクラックポットの“hibi”をカバーしたり、歌詞を間違えてニャニャニャ語で乗り切る一幕もありつつ、ラストはandropの“SuperCar”。クラックポットから事前に「これ難しすぎるんじゃないですか?」と言われたというコール&レスポンスは、声が出せない関係上心で合唱することになったのだけれど、「ラララ……はい!」とファンに任せるも当然シーンとした状態のため、あちこちで笑いが生まれる。それを見て「良いですねえー」と微笑む内澤の姿、とても楽しそう。そして最後はしっかりと「来月またandropというバンドで広島に来ますので、またそのときは宜しくお願いします!」と告知をしつつ、良い意味で一般人のような軽やかさで内澤はステージを後にしたのだった。

【内澤崇仁(androp)@広島クラブクアトロ セットリスト】
SOS!
Lonely
Hikari
Yeah! Yeah! Yeah!
カタオモイ(Aimerセルフカバー)
Sweet Day(Da-iCEセルフカバー)
Love Song(Da-iCEセルフカバー)
hibi(claquepotカバー)
SuperCar

 

 


内澤が去った後はマイクスタンドと譜面台が撤去され、一瞬にしてクラックポット仕様になったステージ。基本的に2組以上が出演するライブではその転換時間にドリンクチケットを交換したりする人も多いのだけれど、何とこの日はほぼゼロ。会場に集まった全員がそのままステージを見つめるという、クラックポットへの期待度をはっきりと示す形となった。そんな中でスタッフが中央に聳え立つものに被せられていた布を取り除くと、そこには『claquepot』と記された電光装飾がお目見え。ちなみにここまでで時間としては僅か1分ほど。ギターやベースなどのチューニング機材もないので、これにてクラックポットの準備は完全に完了したと言って良い。


そして高まる期待を察したように緩やかに暗くなる会場。幻想的なSEをバックに神田リョウ(Dr)、舩本泰斗(Key.Manipulator)の2人のサポートメンバーが入場し、残すところクラックポットのみになった段階で『claquepot』の電光装飾が白く発光。気付けば中央には今回のライブの主人公たるクラックポットが立っていて、開口一番「広島、行きましょうか……」と放ち、艶やかなライブはその幕を上げたのだった。

 

resume / claquepot - YouTube

もちろんクラックポットの楽曲は素晴らしいものだ。アッパーな曲もバラードもその全てに色気のような音像を感じられるし、実際今回のライブに向けてサブスクで聴いていても例えば電車に揺れながら、はたまた眠る前など様々なシチュエーションに最適化されている印象を受けた。けれどもライブではその何倍もの衝撃があって、その大きな要因となっていたのはまさしくクラックポットの姿だった。オーバーサイズのパーカーを着こなし、色付きのサングラスを着用した彼の一挙手一投足……。具体的には《揺らいでいた感情》でユラユラ、《ファインダー越し》で指を丸めて客席を見つめ、《落ちたらすぐに手放して》では実際にステージから落ちようとする仕草を見せるなど、歌詞に合わせてクルクル変わっていく姿に目が離せなくなるのだ。それこそ僕は男だけれども、同性から見てもずっと目で追ってしまう雰囲気の人というのは確かにいて、多分その上位に君臨するのがクラックポットなのだろうと思う。自分がどう見られているかを分かっているが故の余裕というか。


この日の持ち時間は約1時間でアンコールなし。そのためセットリストに関してもシングルカットされた楽曲を多数披露する攻めの姿勢を貫いている印象だった。“resume”や“ahead”、“choreo”といったBPM高めの楽曲で盛り上げ、かと思えば“tone”や“AUTO”でどこか遠くの方へ吹き飛ばすような唯一無二の楽曲の数々は、気付けば始まって気付けば終わっている、そんな良い意味での浮遊感を携えていて、心底「これマジですげえな」と声が出てしまうほど。余談だがステージ袖ではライブを終えた内澤が常に腕組み状態で体を揺らしていて、その信頼関係にもグッときたり。

 

claquepot 「hibi (blackboard version)」 - YouTube

中でも印象的に映ったのは、先程中澤もカバーした“hibi”での一幕。彼は披露前、この楽曲に込めた意味合いについて「コロナ禍になってこれまで感じなかったいろんなネガティブなことを感じるようになったと思います。この楽曲はコロナの悲しい『日々』と、それによってもたらされた心の『ヒビ』を表しています」と語ってくれた。《当たり前だった日々が 当たり前じゃなくなって/当たり障りなく過ごしていられなくなっていく》……。個人的に感じたことだがおそらく彼はある程度『物事を俯瞰で見ることの出来る人』だと思っている。例えばコロナ禍や政治や事件や、そうしたものに相対したときに「ふざけんな!」と憤ったり落ち込むことは少ないまでも「悲しいなあ」「ヤダなあ」と考えたその次に「じゃあ俺は今こういうことしてみようかな」と捉える、というような。そんな彼が内に秘めていた思いを解き放ったら、どのような歌詞が出来たのか。その結果が“hibi”で、他者を思いやる心の塊だったというのだから感動的だ。歌唱後、彼は「気になったら後でサブスクで聴いてみてください」と語っていたが、何だかこの楽曲には彼の思いがとてもストレートに込められている気がしてならなかった。

 

むすんで / claquepot - YouTube

続く“むすんで”では、一転して予想外の提案が成された瞬間でもあった。まずクラックポットは「みなさんSNSはされてますか?」とおもむろにファンに質問すると、そこからTikTokやツイッター、インスタグラム、フェイスブックと質問の幅を狭めていく。何故彼はこの質問をしているのだろうと思いを巡らせていると「今回のライブを我々だけで完結させるのではなく、外に向けて発信していただきたい訳です」と、何と次なる”むすんで“はSNSへの動画投稿を許可するとの発言が!……という訳で詳しいMCやライブの様子については『claquepot ライブ』とSNSで検索すれば出現するのでそちらに詳しいとして、少しでもライブの最高の雰囲気は伝われば幸いである。

 

「皆さんこの会場の非常口の位置分かりますか?そう。何かあったときに逃げ場を確認することはとても大切です。同じように、昔学校でやった避難訓練でも教えられた言葉がありますよね。『おかし』。押さない、駆けない、喋らないを表した言葉です。今は地域によって『おはし』とか『おはしも』って呼ばれてるそうですが」

「では人間で例えてみるとどうでしょう。人間の時間は押さないし、人間の心は本来欠けない。でも今はいろいろと心が疲れてしまう人が多いように思います。なので生きるってもっと気楽でいいんだよって。心の逃げ場所があれば良いな。……そう思って、なるべく明るい曲を作ろうと思いました」


そしてこの日のもうひとつのサプライズが、事前にツイッターでも告知されていた新曲の存在。新曲のタイトルは“okashi”で、彼は披露前にこの楽曲に込めた意味についてこう語ってくれた。気になる新曲の内容は確かにこれまでリリースされた楽曲の中でもかなりポップな作りであり、『おかし』のフレーズが入れ込まれるキャッチーさも携えた新境地、といった印象。彼いわく「まだ完成してないし、リリースするかもまだ分からない」という超レア段階でのパフォーマンス、立ち会えたファンはあまりに幸運と言えよう。

 

finder / claquepot - YouTube

「クラックポットここからクライマックスなんですけど行けますか?」と放ち、ライブの締め括りを飾るのは“sweet spot”と“finder”。どちらもこれまで多くセットリスト入りを果たしてきた代表的な楽曲だけに、ファンの盛り上がりも最高潮だ。と言っても無理矢理テンションを上げるのではなく、あくまで自然体に楽しむスタンスなのも彼らならでは。最後の最後まで『らしさ』を貫いたクラックポット、メンバー紹介の果てに「そして私がクラックポットでございました」と宣言した彼の姿が余裕綽々な笑みを携えていたのは、これから始まる快進撃を暗喩するが故なのかもしれない……。思わずそう考えてしまうほど、圧巻の1時間だった。

【claquepot@広島クラブクアトロ セットリスト】
useless
ahead
choreo
AUTO
hibi
tone
むすんで
okashi(新曲)
resume
sweet spot
finder

 

全てのライブが終わると、ここからはある種のサービスタイム。内澤も交えて行われる最後のトークである。プライベートではクラックポットを『アニキ』と親しみを込めて呼んでいる内澤は興奮冷めやらぬ様子でライブの感想を報告。対するクラックポットも「“Lonely”めっちゃ嬉しかったです。大好きな曲なので!」と回答。更に話は変遷し、“むすんで”の動画撮影の際に内澤がスマホを楽屋に忘れて撮れなかったこと、内澤のセルフカバーの豪華さを改めて語り合うと、最後は「昔朝まで熱く語り合ったことがあって、そのまま車で送ってもらって。内澤さんだけお酒飲んでなくて俺めっちゃ飲んでたんだけど」と裏事情の暴露まで至っていた。


そして「大丈夫?会社ズル休みして来てる人いない?」とのクラックポットのトークからは恒例の記念撮影。帰りがけ、内澤は「じゃあ広島また来年!ん?来年じゃないや来月か。また来ますので」。クラックポットは「広島最高です!俺も白シャツにすればよかった……」と最後まで爆笑トークを繰り広げながら、夜21時をもってライブは大団円を迎えたのだった。


……謎のアーティスト・クラックポット。あまり表沙汰にすることではないとは思うけれど、彼と昨年日本レコード大賞で大賞を受賞したダンスグループ・Da-iCEのリーダーこと工藤大輝は双子の兄弟関係にある。実際クラックポットが認知される契機としてそれが有効的に作用した可能性は高いし、それは家族的な境遇で言えば尾崎裕哉や三浦祐太朗、ReN、KenKenらと同じように、注目を浴びる一方で枷にもなり得る称号でもある。


ただ、今回のライブを観て僕は大いに驚かされた。正直ここまでの『魅せる』ライブはロックバンド含め久々で、冒頭にも記した通り近いうちドカンと跳ねる、そんな確信すら感じたのだ。多分この場に集まったファンもそうで、ハマるきっかけはそれぞれあるとしてクラックポットの存在証明を観た瞬間から、いつしか戻れなくなった人が多いのではないか。……そして、今世に出るべきアーティストはそうした人なのだろうとも。本当に今観ておいて良かった。何故なら来年にはもっともっと大きな存在になって、チケットが圧倒的に取れなくなるだろうから。