キタガワのブログ

島根県在住のフリーライター。ロッキン、Real Sound、KAI-YOU.net、uzurea.netなどに寄稿。ご依頼はプロフィール欄『このブログについて』よりお願い致します。

【記事寄稿のお知らせ】Ado“アタシは問題作”レビュー

KAI-YOU.net様に、Adoの新曲“アタシは問題作”のレビュー記事を寄稿しました。

昨年は世界一のセールスを記録し、日本の音楽のトップを走る存在になったAdo。ただ、彼女はは紛れもなく世界的なアーティストだと思っている一方で『現実の自分と世間的イメージの乖離』に人一倍直面するアーティストだとも感じています。これに関しては良くも悪くも一気にバズった“うっせぇわ”の破壊力が一因で、それこそあの曲で僕らも『Ado=反逆者』的なイメージを持ってしまって。でも本人は我々と同じ人間なんですよね。しかもまだ若い。……そんなAdoに対して変な言い方ですけど、今の我々は彼女の曲を楽しみつつも「やっぱ“うっせぇわ”めちゃ良かったし、強い人なんだろうね!」などと聞こえないところでいろいろ言う、みたいな傍観者状態になっているように思います。

そこでハッと浮かぶのが、17歳でブレイクしたビリー・アイリッシュで。彼女は「私は若くして売れてしまったから辛さはあって然るべき」と『強い女性像』をメディアで作っていた裏で、躁鬱とチック症に苦しんできて。ただ彼女の場合は元々楽曲の中で自分の辛さを歌っていて、SNSで自分の鬱を発信したりしていて…。

そんな中でAdoはどうかと言えば、やっぱり自分の弱い本心を曝け出す楽曲というのが、圧倒的に少ない印象です。だから何というか、Adoも何か発散するような曲を出してほしい。そうじゃないと、どこかで彼女が潰れてしまうような感覚を勝手に持ってました。そんな中でリリースされたのが“アタシは問題作”で。いろいろな思いを込めて記事を書かせていただきました。

この楽曲が広がることにはリリース的にもそうですけど、Ado自身にも大きな安心感を抱かせるものだと思ってます。それらを踏まえて今年は2枚目のアルバムを出す流れだと推察され、世間的にもひとつ抜けた印象を持てるかなと。個人的には《アタシは問題作》と繰り返す中で、最後の最後に《アンタはどうだい?》とリスナーに問い掛ける様に心打たれました。サムネの引き攣った笑顔も、本当に秀逸です。

Ado「アタシは問題作」レビュー フィクションと呪縛を越えて届く“問題作” - KAI-YOU.net

 

 

個人的ベストCDアルバムランキング2022 [5位〜1位]

こんばんは、キタガワです。

政治やパンデミックなどなど……。2022年は例年以上に、何かを思考することが多い年だった。ただそんな中でも音楽は我々に寄り添い続け、今を生きる我々に繋がる役目を果たしてくれたことには改めて感謝の気持ちしかない。さて、昨年からゆるりと書き記してきた『CDアルバムランキング2022』も、今回がラスト。第5位〜第1位の今回の発表をもって(あくまで個人的な)2022年度のアルバム評価の締め括りとする。読者の皆様方それぞれの愛する作品と一緒に、思い出に浸る感覚でお読みいただければ幸いである。
・20位〜16位はこちら
・15位〜11位はこちら
・10位〜6位はこちら


5位
瞳へ落ちるよレコード/あいみょん
2022年1月11日発売

【やっぱり歌の力だなあ】
毎年コンスタントにアルバムをリリース。シングル曲もタイアップ続々決定と、今やポップシーンの最前をひた走るあいみょんである。近年では「曲がどんどん浮かんでくる」といった趣旨の発言もあった通り、ペースを落とさず作品を量産。その1年間の集大成が『瞳へ落ちるよレコード』で、結果公式MVが制作される(=自信がある)楽曲が多数収録された大名盤となった。

先に記した新進気鋭のAdoや稲葉曇らと比べると、長年に渡って活動を続けるあいみょん。そのため楽曲には新鮮なサウンドなどではなくて「あいみょんってやっぱりこうだよね!」という、広く知られた『あいみょん像』の盤石さが求められるように思う。そんな期待値が高まった今作は、これまでの彼女の歩みの集合体とも言うべき代物に。元カレの宅配ボックスの暗証番号をタイトルに冠したバラード“3636”をはじめ、若者への応援歌たる“双葉”、果ては《オムライスの返り血を受けて 私はようやく恋の終わりに気付いた》と歌詞的な成長をも見せる“ペルソナの記憶”といったアルバム曲の出来も素晴らしい。そのためタイアップ多数と言えど、全体としての満足度はかつてないものだ。

“君はロックを聴かない”のバズによって知名度を上げたのはかなり前の話だけれど、質を落とさぬアルバムをコンスタントに出し続けて数年。今では絶大な信頼度でリリースを待てる、高みに到達した感がある。今年はややペースは緩くなるような気はするが、それでも今作がもたらした意義は大きい。……あいみょんはきっと今年も音楽を生み出すし、その経験を元に、新たな音楽が生み出されるのだろうと確信する、そんな名盤。

あいみょん – 3636【OFFICIAL MUSIC VIDEO】 - YouTube

あいみょん - 双葉【OFFICIAL MUSIC VIDEO】 - YouTube

 


4位
ラブホリック/P丸様。
2022年9月28日発売

【声質とサウンド変化、アンド『恋愛中毒』】
チャンネル登録者数260万人超えのYouTuber業を続けつつ、前作『Sunny!!』で鮮烈なアーティストデビューを飾ったP丸様。のセカンド。明るいポップを主体とし、カバーやコラボ曲も多数配置した前作とは異なり、今作のメインテーマに冠されているのは『ラブホリック(恋愛中毒)』。そのため純愛やメンヘラ、失恋、果ては浮気調査まで、アルバムには様々な恋愛模様を想像させる楽曲が並んでいる。

P丸様。の音楽的魅力は実際のYouTube動画同様、その千変万化な声だ。過去曲の“シル・ヴ・プレジデント”がシーンごとに変わるその声質をもって急速に浸透したように、今作においても楽曲ごとに声的な差別化が図られている。ただそれ以上にアーティストとしてパワーアップした点は、アルバム全体のサウンドに振り幅が出来たことだろう。……キラキラなアイドルイメージの“ラブホリック”でうっとりしたかと思えば、不穏なサイレンが鳴り響く“ヒミツ警察”で我に返り、“ないばいたりてぃ”と“MOTTAI”ではついにギターを廃した打ち込み展開に挑戦。アルバム全体を通して見ても、飽きさせない工夫が随所に張り巡らされているのは明確なプラスポイントだ。

昨今は特に認知度を大切にする視点からか、元々広く知られている芸能人やYouTuberらが音楽活動をする流れは加速の一途を辿っている。また音楽業界のウラの話をしてしまえば、楽曲提供者にとってもバズの可能性の高いこの話は願ったり叶ったりだし、アーティスト側もある意味では活動の一環として新たなフェーズに進む旨味もある、要はWin-Winの関係性なのだ。そんな中で重要なことは何かといえば、やはりアーティスト本人の声的な魅力と楽曲制作者とのマッチ度。今回に関してはその点『ラブ』というP丸様。らしいワードをメインに据えたことで、非常に高い水準で彼女の強みを引き出しているのは素晴らしい。音楽系YouTuberならいざ知らず、特にセカンドでは認知度がマイナスとして作用することも多い音楽活動をここまで成功させたのには、改めて驚いた。

【MV】ときめきブローカー/P丸様。 - YouTube

【MV】ちきゅう大爆発/P丸様。 - YouTube

 


3位
アルバム/森七菜
2022年8月31日発売

【他の全てを上回る、歌う楽しさ】
映画やCM、ドラマ出演と、今やテレビで観ない日はない売れっ子女優となった森七菜による初のデビューアルバム。YOASOBIのAyaseをはじめポップネスの森山直太朗、コレサワ、更には映画監督の新海誠など、多数の豪華作家陣によって作り出されたこの作品はシンプルに『アルバム』と題され、未踏の地に足を踏み入れた実感を抱かせる1枚となった。

先に辛めの評価をしてしまえば、今作において彼女の歌声については実はそこまで重要ではない。むしろ技術面では我々と同じで、いわゆる普通の人が歌ったような響きがあったりもする。しかしながら今作はひとえに、森自身が『歌を歌う楽しさ』を存分に発散している……その一点において、グンと評価されるべきものだと考えている。

特筆すべきは、シングルカットされた“スマイル”とPUFFYのカバー曲“愛のしるし”。これらは今作の中でも軍を抜いて『1度聴いたら誰でも歌える』楽曲なのだが、どうだろう。聴き続けているうちに、口ずさみたくなる求心力に気付きはしないだろうか?これこそ個人的には今作の何よりの強みであると思っていて、その他の壮大な“カエルノウタ”やミドルポップさが印象的な“深海”、甘酸っぱい恋愛ソング“君の彼女”まで、良い意味で「この曲わたしも歌いたい!」と思わせてくれる楽しさがある。このアルバムは森の音楽を歌う愛情が具現化されたものなのは間違いないが、その楽しさが我々にも伝播した結果、今作は2022年最上の『歌えるアルバム』として確立したのだ。

特に2022年はVTuberを筆頭として、アーティストを本業とする者以外の音楽が台頭した時代でもあった。それは確かに良いことだと思う一方で「あの推しが歌を歌ってる!」という、元々広く知られているキャラクター性がプラスに作用していた感もあったのは否めない(例:ぼっち・ざ・ろっく!、やす子のTwitterラップ動画、星街すいせいなど)。翻って今作はこれまでドラマの知名度で培われた『森七菜らしさ』を極力排除し、純粋な新人アーティストとしての視点で、全編進行している。総じて「音楽って文字通り音を楽しむことだよなあ」と感じることのできる珠玉の作品。

森七菜 スマイル Music Video - YouTube

森七菜 愛のしるし Music Video - YouTube

森七菜 背伸び Music Video - YouTube

 

 

2位
LOVE ALL SERVE ALL/藤井風
2022年3月23日発売

【2022年、ポップ最上位のひとつ】
2022年はよもやのシークレット枠での2年連続紅白出場を果たし、更には遠く離れたタイで日本のアニメ動画を紹介するTikTok動画を機に“死ぬのがいいわ”がバズを生み出してしまったり……。いろいろと予測不能な追い風が印象的だった藤井風のセカンド。

『知名度の高さは音楽の質の良さに比例する』というのは大前提として、間違いなく藤井風の作品は現次元での日本のポップスの最上位にあると思っている。……ただご存知の通り日本にはハチャメチャな数の音楽がある訳で、その中で『ポップの最上位です』とベタ褒めすることには、相応の理由がなければならない。

そうしたことを踏まえて『LOVE ALL SERVE ALL』。今作に高い評価を下す理由の大部分は、そのクリエイティブの引き出し。もっとも作詞作曲の部分は藤井風本人がピアノ&歌入りの段階でアレンジャーに手渡しているので、そこでどんな話が展開されているかは知らない。ただ出来上がった楽曲のひとつひとつを見ると、音楽関係者の意見を取り入れる柔軟性の高さが最良に作用している印象を受けるのだ。尺八の音を用いた“へでもねーよ”をはじめ、ストリングスを緩く鳴らしたバラード“それでは、”。はたまた雰囲気的にも夏の在りし日を回顧させる“まつり”と、前作『HELP EVER HURT NEVER』がピアノ主体のサウンドだったのに対し、楽曲ごとの色をしっかりと付けた今作はアルバム数枚分に相当する満足度を誇っている。

様々な音楽が生まれた2022年はジャンルの垣根がほぼフラットになったのはもちろん、楽曲ごとに作曲者が異なったりTikTok経由で突然バズったりと、その触れ方も多様化した年だった。ただ少なくとも『2022年にリリースされたソロアーティストのアルバム』という点で考えたとき、流石にこの完成度を前にすればぐうの音も出ないのが正直なところ。音源でこのレベル、更には藤井風本人にもカリスマ性ありとなればこのブレイクは必然のようにも思えるのだけれど、彼の音楽的実力をグワッと見せ付けた作品、それが今回の『LOVE ALL SERVE ALL』なのだろうと思う。聴き込むうちに深みに嵌まっていく、一生付き合っていける傑作。

Fujii Kaze - Kirari (Official Video) - YouTube

Fujii Kaze - Matsuri(Official Video) - YouTube

Fujii Kaze - Tabiji (Official Video) - YouTube

 


1位
アダプト/サカナクション
2022年3月30日発売

【音楽の未来は託された】
ここまで長々と記してきた当記事だが、今記事を作る際、僕は「音楽にランキング付けは必要なのか」という命題じみたことを毎度考えてしまう。「このアーティストしか聴かない!」「テレビで流れてきた音楽くらいしか知らない」という人が圧倒的多数な中で、何をもって1位とするのがベストなのだろうと。……今回、サカナクションの『アダプト』が頂点の座に着いた。では、何故このアルバムはここまで評価されるべき1枚になったのか。その理由はやはり『音楽の未来を見据えた探求性』にあると思っている。

サカナクション……というよりフロントマンの山口一郎はご存知の通り、楽曲制作に多大な時間をかける人物。今回もミニアルバムとは言え、前作『834.194』からは3年以上が経過、ようやくのリリースとなった訳だけれど、今回は長引いたその理由こそが『音楽の未来の探求』なのだ。従来のこだわりはもちろん、今作には『アダプト』と2023年以降リリース予定の『アプライ』を対にして、2枚組で完結させる仕組みを取り入れているのだから。

今作は『サカナクションがコロナ禍で巻き起こる現象にどのように"適応"してきたのか、また"適応"していくのかを体現する』をコンセプトに進行していく。まだ『アプライ』がリリースされていないので完成間近での評価にはなるが、それでも。今作の楽曲は全てがパーフェクトで、少しの穴も見当たらない。まずはインストゥルメンタルの“塔”から幕を開け、続く“キャラバン”では異国の地に迷い込んだようなポップス。“月の椀”と“プラトー”ではシンセ的なロックで畳み掛けつつ、以降は爆発する新機軸たる“ショック!”やバラード曲“シャンディガフ”、そしてコロナ禍の生活に焦点を当てた“フレンドリー”まで……。それぞれに異なる求心力を秘めた楽曲群を聴くうち、気付けばアルバム全てが終わってしまう読後感もある。

他にも素晴らしい点はいくつかある。価格はなんとサブスク時代を鑑みてなるべく安くしようと、破格の約2000円。音質はハイレゾ以外でも明瞭に聴こえるようこだわりつつ、楽曲の振り幅は大きく飽きさせない。そして歌詞に関しては主に『コロナ禍』のメッセージ性が散りばめられていて、それはようやく感染状況が落ち着き始めたこれからの時代に、運命を託すように鳴り響いているのだ。それら全てを総合した完成度の高さは、今作を『最強のアルバム』と断言するに相応しい。

サカナクション / ショック! -Music Live Video- - YouTube

サカナクション / プラトー -Music Live Video- - YouTube

サカナクション / 月の椀 -Music Live Video- - YouTube

 


……さて、これにて2022年の『CDアルバムランキング』は終幕。また最終選考結果は以下の通りである。

20位……People In Motion/Dayglow(初)
19位……Hellfire/black midi(初)
18位……our hope/羊文学(初)
17位……物語のように/坂本慎太郎(初)
16位……Versus the night/yama(初)

15位……酸欠少女/さユり(初)
14位……狂言/Ado(初)
13位……Bering Funny In A Foreign Language/The 1975(2年連続2回目)
12位……As you know?/櫻坂46(初)
11位……Wet Leg/Wet Leg(初)

10位……Cとし生けるもの/リーガルリリー(初)
9位……C'mon You Know/Liam Gallagher(5年ぶり2回目)
8位……PLASMA/Perfume(初)
7位……ウェザーステーション/稲葉曇(初)
6位……素晴らしい世界/森山直太朗(初)

5位……瞳へ落ちるよレコード/あいみょん(3年連続3回目)
4位……ラブホリック/P丸様。(2年連続2回目)
3位……アルバム/森七菜(初)
2位……LOVE ALL SERVE ALL/藤井風(初)
1位……アダプト/サカナクション(2年ぶり2回目)

 

今回の選評にあたり今年リリースされた様々なアルバムを吟味したのだけれど、改めてハッとしたのは、その豊作さだった。コロナ禍の始まりとピークを経て、特に今年の作品はほぼ元通り……。また森山直太朗やサカナクションのようにこの辛かったコロナ禍を後世に残すような試みもあり、音楽の力を肌で感じた次第である。

今回の結果としてはこのような形になったが、冒頭でも記した通りこれには個人的な主観も多く、人それぞれにベストアルバムは異なるはず。そしてそれらの音楽を貴方自身が、誰よりも愛してほしいと願っている。……2022年、貴方が選ぶベストアルバムは何だっただろう。また今年もたくさんの音楽と出会えるよう願いを込めつつ、今記事の締め括りとしたい。

【記事寄稿のお知らせ】YouTube発、バズを生む兼業クリエイター6選

KAI-YOU.net様に『YouTube発、新たな“音楽家”の形 バズを生む兼業クリエイター6選』の記事を寄稿しました。

長らくお世話になっているKAI-YOUさん、今回は約半年ぶりの寄稿になります。割と期間が空いてしまって申し訳ない気持ちだったのですが、無事採用していただいて。ありがたく思います。

昨今は本当に音楽への敷居が下がっているように思いまして、今や所属事務所を通さなくても、YouTubeやTikTokでバズることの出来る時代で。で、僕自身YouTube狂なのでいろんな動画を観ていまして、何とかこの知識を活かせないかなと執筆に漕ぎ着けた形です。

今回取り上げたのはそのうちの6組なんですが、正直何を本業でやってる人なのかよくわからないんですよね。Frantzさんに関しては広告収入もオフにしてますし。ただこれらの音楽はサブスクで調べたり、CD売り場を探しても見つからないYouTube特有の環境な訳で、やっぱり音楽の敷居は良い意味で下がってるんだなーと思ったりもしました。他にも面白いクリエイターさん、どんどん知っていきたいので情報提供お待ちしてます。

YouTube発、新たな“音楽家”の形 バズを生む兼業クリエイター6選 - KAI-YOU.net

リコリスリコイル2期

僕が暮らす島根県はもう25年くらい住んでいる身としても、相当な田舎である。バスは1〜2時間に1本しか来なかったり、高齢化率が全都道府県中トップだったり……。何よりエンタメ的娯楽の不足は、若者の都市部流出を顕著なものにしているように思う。かく言う僕も一応この街に住んではいるけれど、何か大きなきっかけがあれば出るつもりだし、そして多分、この街に住む若者の多くはそうした『出る理由』を考えながら生きている。

なもんで、20歳を超え出したあたりで仲良くしていた友人たちなんかは進学やら就職やらの理由から、大半が都会に出て行った。一度都会に出てしまうとどうやら戻る気もなくなるらしく、会う頻度は減り続け、今では彼らのそうした『ハッピー☆都会生活』の数々をSNSを通して見るくらいの関係性に成り下がってしまった。

そんなある日、ひとりの友人から連絡があった。彼は小学校からの付き合いでありながら、まだ10代の早い段階で都市部に住み始めたため、そこからぱったり連絡がなくなった類の人物。「どげしたやー」と島根なまり全開で僕が尋ねると、彼は対象的な標準語で「ちょっと実家に戻ることになったから」と語った。それが何の理由で、どのくらいの期間なのかは聞かなかったけれど、優しい彼の性格上「心の限界が来たんだろうな」というのは、何となく察することができた。

某日、特にやることもなかったので何となく、彼の実家を訪ねることにした。家に近付くと気配を察したのか飼い犬がキャンキャン鳴きながら、僕を敵意剥き出しの視線で威圧する。ワンちゃんは、どこか帰還した御主人様を守っているようにも見えたが、鎖に繋がれているので悲しいかな、歩みを進める僕の動きを止めるには至らなかった。

約3年ぶりの再会なので不安だったものの、彼は同じ笑顔で出迎えてくれ、そこからは連絡の取らなかった期間の話に花を咲かせた。思っていた通り帰郷の理由は精神面。ネガティブな仕事を耐えながらカツカツの一人暮らしを続け、将来不安が巨大になった瞬間に手元を見たとき、『地元に帰る』というカードがあることに初めて気付いたと、端的に言えばそうした説明をしてくれた。今は数カ月間ほど体を休めて、そこから徐々に動き出そうとしているらしい。

……トークはいつしか変遷し、それから数時間は彼の好きなアニメの話を中心に話を展開した。中でも個人的に好きだった『リコリス・リコイル』というアニメは彼も絶賛しているらしく、それを知ってからは「あのシーン良かったが!」「そういえば今日リコリコのイベントあーが!」といったリコリコの話をずっとしていた。彼と最初に出会った日もアニメの話をするとメチャクチャなマシンガントークになるのが面白くて、アニメの話で盛り上がったことを思い出した。良い意味で、彼は変わっていなかった。

時間が迫り、「来月あたりまた連絡すーわあ」との一言を最後に帰宅の途に着く。距離的な部分は小学校時代に戻ったけれど、これから頻繁に連絡することは多分ないだろうと思う。ゆっくりしたスピードで、連絡があったらたまに会うような、そんな距離感。ただ数少ない友人が地元に戻ってきた事実は、僕の足を少し軽くさせるものでもあったのは確かだった。

リコリコの続編制作決定の報が舞い込んだのは、偶然にもその直後。鼻息荒くラインを送り、彼から「来月じゃないんかい」と突っ込まれたのは言うまでもない。

amazarashi 『帰ってこいよ』Lyric Video - YouTube

個人的ベストCDアルバムランキング2022 [10位〜6位]

こんばんは、キタガワです。

コロナや悪い事件など様々なことがあった2022年。ただ辛いこともあった中で、我々を救ってくれるのはやはり音楽だった。……ということで当ブログ恒例企画『個人的ベストCDアルバムランキング2022』、第10位〜6位までの発表である。今回はサマソニに出演が決定したあの人から、紅白連続内定のグループ、新進気鋭のボカロクリエイターまで多種多様な5組を紹介。前回前々回の記事も合わせて、ある種穿った形ではあるが2022年の音楽の総浚いとして活用していただきたいところ。それでは以下より続きをどうぞ!

→20位〜16位はこちら

→15位→11位はこちら

10位
Cとし生けるもの/リーガルリリー
2022年1月19日発売

【ギターロックというもの】
前作『bedtime story』でメジャーデビューを果たしたリーガルリリーのセカンド。リリースペースも例年通り、もはや安定の彼女たちらしく、今作では『bedtime Story』の延長線とも言えるロック色強めの楽曲が主だ。それでいて小さい子供が読んでも理解できるシンプルワードで日常を切り取る視点は、今作では更に研ぎ澄まされているのもポイント。

《言葉の銃弾》を含めハッとするワードがSNS社会の今に刺さる“たたかわないらいおん”、他者の思いに間接的に触れる“中央線”、再生した瞬間に轟音に呑み込まれるシューゲイザーロック“東京”……。これまで培われてきたリーガルリリーの武器が集合体となって、耳に迫る極上体験が出来る魅力が今作にはある。たかはしほのか(Vo.G)の歌声との親和性も素晴らしく、取り分け“中央線”や“東京”といったロック曲ではその奇跡的なマッチ度に驚くはずだ。

リーガルリリーはスリーピースでありながら、リリースの度にそのサウンドに驚かされるバンドである。もちろん鳴っている楽器はギター、ベース、ドラムの3種類のみではあるのだが、ミキサー的に極限まで音圧を上げる手法でもって、特にCD音源は他のバンドとも比較できない迫力を宿している。そんな彼女たちのニューアルバムは結果的にどこまでも愚直で、歌詞的には抽象的で、そして歌声はクリアな名盤となった。この作品は一気に化ける代物と言うよりは、ふとした時に聴きたくなって最高を更新し続ける、そんな不思議なアルバム。

リーガルリリー - 『東京』Music Video - YouTube

リーガルリリー - 『たたかわないらいおん』Music Video - YouTube


9位
C'mon You Know/Liam Gallagher
2022年5月27日発売

【覚醒する一本柱】
オアシス解散後、絶対的ボーカリストだったリアム・ギャラガーがソロに転向したのは早いものでもう5年前。以降もアルバムをリリースし続け、都度売上トップを記録してきた彼にとっては通算3枚目のアルバムとなる。

大前提として、リアムはロック以外の楽曲は絶対に歌わない。そのためある意味では限られた制約の中で成長せざるを得ないのがリアムのソロ活動なのだけれど、今作に関してはロックの中にもアレンジを加えている点で、ひとつの分岐点になるべき1枚。女性のコーラス隊による歌声(!)から始まる驚きの“More Power”を皮切りに、ピアノの使用や美メロで攻める手法は新機軸ながら、全てがガチッとハマる痛快さもある。なおこれらの試みは共同作業者を変化させたために起こったとされ、結果的に新たな扉を開いた感も。

活動が長くなるにつれ、往年のシンガーでも浮き沈みはあるものだ。ただリアムのアルバムは徹底してロック、更にはオアシスファンの期待も裏切らない点において、とても安定したアルバムと言える。個人的にはamazarashi然りリアム然り、特にここ最近は個人的に大好きなアーティストはファン視点で高評価になってしまう可能性を鑑みてランキング入りを極力しないようにしていたのだが、この作品はそんな思いを「うるせえ馬鹿!」と一蹴する力強さがあった。2023年8月にはサマソニ来日も決定しているリアムさん、今後の活動にも期待大だ。

Liam Gallagher - Everything's Electric (Official Video) - YouTube

Liam Gallagher - C'mon You Know (Visualiser) - YouTube

 

8位
PLASMA/Perfume
2022年7月27日発売

【ちょっとオトナなPerfume、新境地へ】
これまでの自分自身を新解釈・最先端技術で落とし込んだ全国ツアー『Reframe』を終え、ネクストステージへと進むPerfume。前作から2年10ヶ月、新たな一手としてリリースされたのが、通算8枚目となるオリジナルアルバム『PLASMA』だ。

『PLASMA』とは科学用語で『固体・液体・気体に次ぐ物質の第4の状態』を意味する。つまるところ今作が目指したのは新たな音楽性で、これまでのPerfume像を変えるよう作られたアルバムとの見方も出来る。……翻って『PLASMA』を聴いてみるとBPM遅め、何処か落ち着いた雰囲気の楽曲が光っていて、リード曲たる“Spinning World”や“ポリゴンウェイヴ”を含め、電子音がぐるぐる回る“再生”、ダークな“マワルカガミ”など、良い意味でアッパーアッパーしていない今作。ただアルバム全体を通して感じるダウナー的なイメージは言わば『大人なPerfume』として、日常のどんな環境にも合う代物に仕上がった。

特に秀逸なのは、アルバム後半からの流れ。ここからは明らかに前半部と比べて歌詞を聴かせる流れに終始していて、キラキラした楽曲は鳴りを潜める。ただそうした一面さえもどこか彼女たちが達観したようにも、世情を反映しているようにも取ることができ新鮮。相変わらず他のアーティストの楽曲と比べて音圧もあり、改めてテクノポップ強者を感じさせるPerfumeは、約3年ぶりのアルバムでまたひとつ成長したのだ。

[Official Music Video] Perfume 「Spinning World」 - YouTube

[Official Music Video] Perfume 「ポリゴンウェイヴ」 - YouTube


7位
ウェザーステーション/稲葉曇
2022年3月23日発売

【キャッチーな中毒性で攻めるボカロ・ニューカマー】
新進気鋭のボカロクリエイター・稲葉曇(いなばくもり)初となる全国流通盤。今作はYouTubeでバズを記録した“ラグトレイン”や“レイニーブーツ”をはじめ、これまでリリースされた楽曲の現在地を収める渾身の1作に仕上がっている。

楽曲のボーカルは2009年より普及した、小学校低年齢の少女の声をイメージした歌愛ユキを使用。変な言い方をしてしまえば歌声は機械的であるために、アルバム全体の魅力を考えたとき稲葉雲に関しては、サウンドに焦点を当てる形になってくる。そこで『ウェザーステーション』を聴いてみると、アッパーなBPMを基調としたキャッチーな音が印象深く映る。これは本人いわくボカロの第一人者・wowakaへのリスペクトによるものらしいが、なるほど確かに。意図的に構成された歌詞然り、これまでのボカロ市場を自身の才能と合致させた、結果独自性の高い楽曲の宝庫だ。

ネットを介して作品を表現することがスタンダードになった昨今では、ジャンルを問わず『良いものは良い』と評価される。では最も人の心を虜にするものは何かといえば、それはサウンドの中毒性なのかなとも思うのだ。ボカロシーンの新星たる稲葉曇にとっての『ウェザーステーション』、それは聴く者の心を一気に晴天に持っていく、極上のポップアルバムだった。

稲葉曇『ラグトレイン』Vo. 歌愛ユキ - YouTube

稲葉曇『レイニーブーツ』Vo. 歌愛ユキ - YouTube

 

6位
素晴らしい世界/森山直太朗
2022年3月16日発売

【フィルターを通して見るコロナ禍】
「森山直太朗はどんなアーティスト?」という問いに対して多くの人が思い描くのは、おそらくバラードのイメージだろう。では森山のスタンスとしては正しいこの事実を『世間的な現在地に当て嵌めてみたらどうなった?』というひとつの解が、今作の意味するところ。

『素晴らしい世界』は端的に言えばコロナ前後を映し出すタイムリーなアルバムである。オープナーの”カク云ウボクモ”で愛する人の大切さを改めて説き、緊急事態宣言下の生活は“最悪な春”で笑い飛ばす。かたや“花”や“さくら”といった代表曲はニューアレンジでもって『コロナ』のコンセプトに寄り添う形で奏でられていて、思わずグッと来る。中でも象徴的なのは7分超えの長尺曲“素晴らしい世界”。彼の歌詞はあえて曖昧に作られているため、それが何を指しているのかは不明瞭。ただ全体を通して聴いたとき、はっきりとした憂鬱が感じられる名曲だ。

何かをストレートに歌詞におこすことは、アーティスト的にも確かに大切だと思う。それこそ『コロナ禍』のテーマひとつ取っても、失われた事象を多く列挙することの方が心を打つだろう。ただ森山は卒業について直接的に示していない“さくら”が卒業ソングとして広がったように、そのワードを使わずにどう『それ』として届けるかに長けたアーティストである。今作は単純に森山直太朗の名盤としても、あの暗かったコロナ禍を回顧するためにも、とても重要な1枚。

森山直太朗‐素晴らしい世界 Music Video - YouTube

森山直太朗 - カク云ウボクモ 〜春〜 Music Video - YouTube

 

さて、10位〜6位までのランキングはここで終了。次回は遂にトップ5の発表である。過去今企画でもお馴染みだったあのアーティストから、今話題沸騰中のソロアーティストまで選り取り見取りな5枚を紹介する。乞うご期待。

【記事寄稿のお知らせ】映画『零落』 3月17日公開前試写レビュー

uzurea.net様&ライトフィルム様からご依頼いただき、3月公開予定の映画『零落』のレビューを寄稿しました。

元々音楽記事ばかりを書いてきた身ではありますが、最近は有難いことに公開前の映画依頼を頂戴することもあって。「映画レビュー記事書きたい!」というのは活動当初からの目標でもあったので、毎回身の引き締まる思いがします。もちろんプレッシャーもありますが、それらも含めて凄く楽しく書けました。ありがとうございました。

今回の作品は浅野いにお原作の『零落』。評価については忌憚なく記しているので辛めではありますが、ネタバレなしで雰囲気を表すことに重点を置いて書きました。というのも、この『零落』は物語中の余白が多い(沈黙の時間の長さ)こと、更には主人公の性格が人間的に破綻している関係上、評価を下すことが難しいなと思いまして……。

なので今回は主人公の性格プラス、『人生って何ぞや?』という個人的な思いを深く書きました。「良いことばかり起こった人にはいつか悪いことが起こるし、逆も然りだよ」という本文中の表現がそれなんですが、主人公・深澤には『生きるって辛いよね』の辛さの原因が完全に自分のせいでもあるので。そこは凄く珍しい主人公像だなあと思いました。テイルズオブジアビスのルークで言うところの、人を死なせたのに「俺は悪くねえ!」って言い続けて仲間から嫌われるみたいな……。でもルークは途中で自分を変えようと努力するんですが、深澤はずっとそのままなんですよね。そこに感情移入出来るかどうかで、評価がかなり分かれる映画だろうなと。気になる方はぜひ劇場にて。

映画『零落』 3月17日公開前試写レビュー 赤裸々に描かれる人生経験。その鬱念に吞み込まれそうになる - uzurea.net

 

【記事寄稿のお知らせ】『フジロックフェスティバル2023』第1弾出演アーティストに寄せて

uzurea.net様に、フジロック2023第1弾アーティストの紹介記事を寄稿しました。

夏フェスの時期が迫ってくるにつれ、いろいろと情報が公開されるのは毎年恒例で、それこそロッキンやメトロックとか、発表されるたびに興奮するのが音楽好きあるあるでして。ただ、これは良い部分でもあるんですが日本のフェスは横の繋がりが強い(例えばロッキンだとこれまで何回雑誌に出た、ステージの動員が多かったなど)ので、やっぱり毎年似通ったラインナップになりがちなんです。

そんな中で洋楽フェスは、基本的に『売れそうなアーティストはどこよりも先に出そう』のスタンスなので、インディーファンな洋楽好きにはずっぱまりで。で、フジロックはロックというよりは自然に合うようなポップ強めのフェスで、今回の起用はめちゃくちゃ良いなと思います。また今年も生配信やってくれないかなー。

おそらく次は邦楽アーティストの発表になりそうなので、その際はまた記事にしたいなと思ってます。カネコアヤノ、折坂悠太、君島大空、GEZANあたり期待してます。あと大穴で宇多田ヒカルとか……。

天国か! 最強夏フェス『FUJI ROCK FESTIVAL '23』第1弾発表に寄せて - uzurea.net