キタガワのブログ

島根県在住のフリーライター。ロッキン、Real Sound、KAI-YOU.net、uzurea.netなどに寄稿。ご依頼はプロフィール欄『このブログについて』よりお願い致します。

【ライブレポート】キュウソネコカミ『DMCC REAL ONEMAN TOUR 2022 -Doshite Mo Chihoude Concertshitainja 2-』@出雲APOLLO

こんばんは、キタガワです。

 

https://kyusonekokami.com/

後にも先にも、ここまでキャパシティと申込数が釣り合わないライブツアーはないだろうと確信する。フェスではメインステージ確定、全国ツアーが開催されれば軒並みチケット秒殺という彼らが今回行ったのは「どうしても地方でコンサートしたいんじゃ 2」と題されたツアー。具体的には昨年2021年のツアーで回りきれなかった地域をメインに選出したとのことだが、キャパ数十人のほぼプレミア化したチケットは即日ソールドアウト。多くのファンがここ神々の県出雲に集結するに至った。


この日は生憎の雨予報。ここ数日は開催地の島根県には連日雨の予報が成されていて、実際我々的にもある程度は「雨降るだろうな」と覚悟はしていたはずだ。けれども丁度開場時を狙ってか、番号を呼ぶスタッフの声も一切聞こえないレベルの局所的豪雨に見舞われた出雲APOLLO。流石に傘を持参していない&軽装で臨んだライブキッズにとってこの事件はこたえたようで、大半の参加者は全身びしょ濡れ。かく言う筆者もスマホが一時使用不可になり、靴の中の水がタプタプ鳴る状態に。なおもちろんこの時点ではかなり辟易したものだが、これが結果的に後のキュウソのMCにプラスの影響を与えたこともまた、大きな事実として位置していた。


お馴染みの『楽しくてもおもいやりとマナーを忘れるな(ё)』の文字がたなびく中、ライブは定刻を少し過ぎてスタート。暗転した瞬間から爆音で鳴り響くFEVER333“BITE BACK”のSEと共にヨコタ シンノスケ(Key.Vo)、オカザワ カズマ(G)、ソゴウ タイスケ(Dr)、そして現在療養中のカワクボタクロウの代打として空きっ腹に酒やJOCHOのメンバーでもあるシンディ(B)がステージに現れると、そこから暫し遅れてフロントマンたるヤマサキ セイヤ(Vo.G)が中央に進み出る。その手にはマイクのみでギターはない。……ということは、おそらく1曲目はあの楽曲だろうと瞬時に理解する。

 

キュウソネコカミ -「Welcome to 西宮」 - YouTube

そんな想像を具現化するように、静寂の只中にいる我々に向かってジャカジャーンとオカザワがギターを弾き鳴らし、すかさずセイヤが《住みやすい》と声を引き伸ばした形で歌い上げていく。……そう。記念すべきオープナーは彼らの生まれ故郷について綴ったロックナンバー“Welcome to 西宮”である。セイヤはピッチャーが振りかぶって投げるようなアクションで思いを届け、ヨコタは全力で飛び上がり盛り上がりを牽引。我々ファンもそうした光景に呼応するように、早くも冷えた体を熱に変えんと飛び跳ね飛び跳ね。ライブの滑り出しとしてこれ以上ない幕開けだ。


僕は地元近くに彼らが訪れたら取り敢えず向かうレベルの、対バンやフェス含めある程度はこれまでキュウソを追いかけ続けてきた身だと自負している。そのため「ちょっとやそっとじゃ驚かないぞ」というスタンスではいたのだが、この日のセットリストは紛れもなく現状のベストアルバム的セトリ。それこそ夏フェスのみに絞っても「ほぼ全曲やったことがあるんじゃないか?」という、それ程のキラーチューンのオンパレードだった。もっと言えばバラードも一切なし。本当に常に盛り上げまくって気付けば2時間が経過している、とてつもないライブだったのである。

 

キュウソネコカミ - 「ギリ昭和 〜完全版〜」 - YouTube

彼らの楽曲は基本的には人間的なメタ、社会風刺、ないしはタイアップ先に寄り添う形で作られている。特にライブの前半部分ではそうしたキュウソの強みとも言える部分を全面に押し出していて、あの眠気解消栄養ドリンク『メガシャキ!』のCMソングとなった“MEGA SHAKE IT!”に続き、愛する人への悩みが直接被害妄想で叩き込まれる“メンヘラちゃん”、令和の新時代に意図して制作された“ギリ昭和”など、どこか聴く者の心に訴え掛ける楽曲を多数展開。

 

キュウソネコカミー「ファントムヴァイブレーション」PV - YouTube

そんな中でも取り分けズガンと刺さったのは、ヨコタが「今日雨大丈夫でしたか?その濡れた体、汗に変えませんか皆さん!」と叫んで雪崩れ込んだ“ファントムヴァイブレーション”。この楽曲は『鳴ってもないのに鳴ってる気がする』という通知錯覚を通してスマホ依存症に焦点を当てた楽曲であり、何度も画面を見てしまったりついつい写真を撮ったり、充電コンセントを探す悲しきリアルを歌っている。セイヤは時折絶叫しながら拍手を繰り出しつつ、この楽曲における歌詞を《1日2時間は見てる》→《1日6時間くらい見てる》、《2ちゃんのまとめを見ちゃうね》→《5ちゃん》と現代風にしながら歌い、ラストは《スマホはもはや俺の臓器》と痛烈な皮肉で結論付けていく。盛り上がりに加えて自分の置かれた状況すら何となく自問自答してしまう、それがキュウソの魅力だとも再確認。


また、キュウソの全国ツアーでは抱腹絶倒のご当地MCも注目ポイント。この日のトークテーマは主に3つで、そのうちのひとつは出雲大社に参拝した話。開演前に土砂降りの雨が降ったのは先述の通りだが、どうやら彼らはリハーサル前に観光目的で出雲大社に赴いた際、参拝後に入口で写真撮影をしようと思い立ったところでゲリラ豪雨に見舞われたのだという。そこで急いで車に走るも途中でソゴウの傘がひっくり返り、再び戻った瞬間に中に溜まった雨水が頭に落ちてきた……と爆笑するメンバーたち。ただ転んでもただでは起きないのが彼らであり、ヨコタは「でも昔の人って良く言うやん。参拝した後に雨降るのは縁起ええんやって。穢れとか全部洗い流してくれるから」とフォロー。けれどもセイヤは「そう考えなやってやれんかったんちゃう?ほら、昔の人って車とかないから何時間もかけて歩いて行く訳やろ。そこであんな雨降られてみ?」と冷静に分析。なおこのワンシーンは奇しくもセイヤのツイッターに投稿済みなので是非ともご確認ください。

 

会場一体となった《ガーオガーオ》のレスポンスが光った“おいしい怪獣”、某不動産会社のCMソングとしてもお茶の間に広がったファストチューン“家”、様々な元号を経て令和に繋いだ“ギリ昭和”と次々楽曲を披露していく中、驚きのハプニングと共に爆笑を掻っ攫ったのは隠れたアップテンポ曲“記憶にございません”だろう。政治家が返答を渋る際に発するこの言葉、無論楽曲内でもそれらしき表現が存在するのだが、問題のシーンはセイヤがハンドマイクに持ち替えて「失墜は一瞬です」と語る際に発生。注目を一身に集める中、何とマイクの電源が入らないトラブルが起こってしまったのである。焦りまくったセイヤはすかさず「本当にマイクが入らなかったんです」と泣き顔で弁明するも、奇跡的に続けて歌われる《嘘つきはドロボウの始まり》の歌詞でもって笑いが増幅するというまさかの状況に。演奏終了後も「これまで何百回も入れてきた電源がなんで……?」と何度もセイヤは呟いていたが、結果的には最高のハプニングで会場は大いに沸いた。

 

“KMDT25”で会場を盆踊りで盛り上げると、続いては再び爆笑必至のMC2へ。全国的には地方都市と呼んで差し支えない島根県故にキュウソメンバーもその大半が数年ぶりの来県だったが、セイヤは今年1度テレビ番組への出演で出雲に来たことがあるそう。以降は出雲にあるとあるお芋屋さんでの『ジャンケンに命を掛けた女性店員』との思い出を語り始めていくセイヤである。この女性はどうやらお芋屋の傍らジャンケン最強を自称しているらしく、セイヤが勝負を挑んだ瞬間から目の色が変わって好戦的になったと言う(セイヤいわく『ジョジョのスタンドが出てるみたいな感じ』)。気になる戦績はボロボロで、不思議なことに本当に連戦連勝だったようである。ただ無心でジャンケンをしたら勝てたとのことで、締め括りとして「やるなら無の境地で行け」「何かのアトラクション感覚で1度は行ってみてほしい」と語っていた。

 

キュウソネコカミ - 「NO MORE 劣化実写化」MUSIC VIDEO - YouTube

その後は「続いては新曲なんですが芋ともジャンケンとも一切関係ございません。殺人鬼の歌です」と新曲“スプラッター”、現代映画の在り方に斬り込む“NO MORE 劣化実写化”、印象的な《推しは推せるときに推せ》のフレーズが力強く叫ばれた“推しのいる生活”と畳み掛け。キュウソの楽曲は全く異なる視点からのフックが飛び出すものだけれど、それこそ“NO MORE 劣化実写化”のような、これまで誰もが思っていながら公言出来ないいろいろをぶつける試みは痛快だった。本当に彼らの着眼点には感服するし、よくよく考えれば彼らはこうした楽曲制作スタンスを長らく続けているのだ。流石としか言いようがない。

 

キュウソネコカミ - ビビった MUSIC VIDEO - YouTube

そして「ここで来たか」のタイミングで満を持して鳴らされるのは代表曲“ビビった”。セイヤの「よっしゃ来いやー!」の絶叫から会場のボルテージは急上昇だ。オカザワはリードギタリストとしてサウンドの印象部を形成し、サポートのシンディは縁の下の力持ち的に丁寧に演奏。日々の筋トレでドラムに尽くしてきたソゴウも、力強いドラミングで圧倒している。……では残す2人はどうかと言えば完全燃焼の振り切りぶりで、汗でベタついた髪を流して歌うセイヤも、飛び跳ねまくるヨコタも素晴らしくアクティブ。メジャーデビューのリアルを歌った“ビビった”に顕著だが、生き残ることが難しい音楽業界で彼らが尻すぼみせず第一線で続けられているその理由を、はっきりと示すシーンだったように思う。


なお気になる本編最後のMC内容は、ソゴウの運転についてだった。彼はこれまで約30年間免許を取っておらず、取得後も頑として車の運転を拒んできた。けれども遂にこの日は関西から運転を決行。メンバーが思わず感慨深くなってしまうほど、レアなシーンが続いたのだという。ただそのドライビングテクに関しては未だ難アリで、高速の合流地点を20〜30キロで進んでマネージャー加藤に指導されたり(セイヤいわく『マリオカートのキノピオハイウェイくらいトラックに抜かれた』)、普通道に戻っても高速のスピードを出しかけてしまったり、果ては社名の書かれたセレナに煽られるなど抱腹絶倒のエピソードが次々飛び出す。結果普通道からは、見かねた徹夜状態のマネージャー加藤が運転するというオチまで含めて、ここ数年のバンドのMCの中ではずば抜けて笑った気も。

 

キュウソネコカミ - 「The band」MUSIC VIDEO(YouTube ver.) - YouTube

キュウソの楽曲の多くが社会に鋭く切り込む作風であることは、前述の通りだ。けれども本編中盤に鳴らされたふたつの楽曲には、彼らのロックバンドとしての信条を感じずにはいられなかった。そのうちのひとつが“The band”。セイヤは演奏前、コロナで辛い思いをした我々に思いを寄せながら「みんな生きとって良かったな!この距離で姿が観れる。これがライブハウスですよ!」と叫んだ。……確かに彼らはロックバンドの素晴らしさについて、この楽曲で歌っている。ただその本質は少し違う方向にあると思っていて、自分たちが『ロックバンド』として存在していられるのは応援している人がいるからだと、今も絶やさず考えていることの証左でもあるのでは。

 

キュウソネコカミ - 「3minutes」 - YouTube

そして本編最後に披露されたのは、ライブハウスに焦点を当てた“3minutes”。まだまだライブハウスへの風当たりは強いけれど、少なくともこの日集まった人々にとって、“3minutes”はこれ以上なく心に刺さった楽曲のはず。……密集・密接・密閉でここ数年何かと槍玉に上がったライブハウス。歌詞にもあるように、ライブハウスは無くても死なないというのが世間一般的なイメージなのは間違いない。けれど、これが俺たちの生き甲斐なのだ。彼らは最後まで全力で力を出し切ってこの楽曲を歌ってくれた。そのことに、深い感謝と感動を覚えた次第だ。しかも終わり際にヨコタはタオルを掲げながら、車を運転するネズミくんとヨコタを見比べる爆笑のラスト。もういろいろとさすが過ぎる。


客電が落ち、周りが静かになってもまだライブは終わらない。「もっと聴かせてくれ!」と段々強くなる拍手に誘われるように、再び登場したメンバーたちはお揃いのツアー黒Tでお目見えだ。ヨコタはTシャツに描かれたネズミくんを再度指さし「このTシャツはツアーでずっと売ってるけど、この運転手ソゴウバージョンは出雲だけやから。はじめてヴァージン捧げた県」と特別さをアピール。このTシャツが終演後売れまくったことはここに記すまでもあるまい。

 

キュウソネコカミ - 「優勝」 - YouTube

爆笑のMCもそこそこにアンコール1曲目に選ばれたのは、東京スカパラダイスオーケストラとのコラボも話題になった“優勝”。ホーン隊の部分は打ち込みで代替し、音源とはまた違ったアレンジでの進行となったが、とても初見の人多数とは思えないほどの盛り上がりである。また、それこそ『自分の興味のあるものしか観ない』という良くも悪くも多極化した音楽が有り余る中で、ほぼ初見の人でもグンと興奮させるのはやはり、ライブの特権だなあと思ったりも。


キュウソのワンマンライブは、基本的には2時間がリミット。その頃の時刻としては1時間45分を過ぎようというところで、もうじき全てが終わってしまうことは誰の目にも明らかだったろう。ヨコタはお立ち台に登って「俺が合図したら終わるぞ!いいのか!」と名残惜しそうに語り、最後に「また出雲に来ます。大好きなので。松江もまた!今度はカニ食べに行こっかなー!」とPUFFYの《カニ食べ行こう》のダンスをしながら、本当にラストの楽曲に。もちろんラストはシメの定番曲“ハッピーポンコツ”である。

 

キュウソネコカミ - 「ハッピーポンコツ」MUSIC VIDEO - YouTube

少し話は逸れるけれど何というか、ライブハウスに好んで赴く人は、日々の鬱屈を発散するために来ていることプラス、世間一般のイメージよりも音楽を高く位置している節があると思っている。そしてその理由の根本を辿っていけば、社会で上手くやっていけないけどライブがあるから生きられるとか、毎日死にたいけどライブに行けば笑顔になれるとか、そういう類の糧でもある。……“3minutes”でも記したけれど、おそらくライブハウスに行く人は世間一般的には少数派。でもそれはイコール、音楽がなくてもある程度生きられる人が多数派であるという、悲しい証明でもあろう。そんな中で“ハッピーポンコツ”は、たとえ仕事が出来なくても。陰口を叩かれても……。それでも何とかやっていけるんだと社会的弱者に伝えてくれる。それがどれほど感謝するに値するものなのかは不明にしろ、少なくともこの日集まった人々にとっては、何よりのメッセージになったことだろう。


「西宮の5人組、キュウソネコカミでした!」との宣言から、相席食堂のテーマソング・UNICORN“7th Ave.”が流れるエンディングを観ながら思う。この日はこれから何十年経っても忘れないライブになるだろうと……。それは豪雨がどうだとか地方都市でのキュウソのレア感がどうだとか、多分そういったことではない。ライブハウスで全身全霊で思いを届ける、キュウソネコカミという最強のバンドがもたらした多幸感が純粋にそう思わせている。……ライブハウスは三密?遠征は危険が伴う?確かに『普通』の人ならそうだろう。でも少なくとも音楽を愛する我々的には、この空間は何よりの宝物。それを改めて教えてくれたのは何を隠そう、この日出演した一組のネズミたちだった。

【キュウソネコカミ@出雲APOLLO セットリスト】
Welcome to 西宮
MEGA SHAKE IT!
メンヘラちゃん
ファントムヴァイブレーション
おいしい怪獣

ギリ昭和
記憶にございません
KMDT25
スプラッター(新曲)
NO MORE 劣化実写化
スベテヨシゼンカナヤバジュモン
推しのいる生活
ビビった
何も無い休日
The band
3minutes

[アンコール]
優勝(新曲)
ハッピーポンコツ

いろいろとぶっ飛びまくったグロゲーの続編『AI:ソムニウムファイル ニルヴァーナイニシアチブ』が出たぞ

こんばんは、キタガワです。

 

やっぱり、何だかんだミステリーである。幼少期からスポーツに取り組んできた人がS-PARKを観るように、はたまたかつて読書好きだった人が小説を貪り読むように……。ミステリー作品を好んで鑑賞していた人間はこの幸福たる呪縛から逃れられないのだなと改めて痛感する。つい先日発売されたPS4・Nintendo Swith専用ソフト『AI: ソムニウムファイル ニルヴァーナイニシアチブ』、まだ数時間しかプレイしていないが、やはりかねてよりのミステリー好きとしてはその没入度は段違い。多くのミステリー好きに刺さった前作もたいへん面白かったが、こちらもなかなか良きだ。


以前当ブログでもプレイ時の興奮そのままに書き殴ったけれど、この作品は以前リリースされた同機種対応ソフトたる『AI:ソムニウムファイル』の正当な続編である。この作品では様々な人物が目玉がくり抜かれて殺害されるという奇怪な連続殺人事件を主人公が解決する形で進められ、後に自身が密接に知り合った関係者たちもが犯人の毒牙にかかるという衝撃的なシナリオで話題を呼び、そのグロテスクな描写を含め大きな反響を呼んだ。

 

PS4/Switch/PC『AI: ソムニウムファイル』ローンチトレーラー - YouTube

そんな中正当続編として発売された『AI:ソムニウムファイル ニルヴァーナイニシアチブ』は、現状シナリオがとてつもなく面白い。今回も同じく殺人事件が発生するのだが、その事件というのが人体切断系。野球のスタジアムの真ん中に右半身だけが残されている、という探偵学園Qにおける三郎丸豊事件的な流れでプレイヤーの興味を惹くと、そこからは『実は6年前には被害者のもう半身が見つかっていた』『けれども今回の半身の死亡推定時刻はつい先程』『現場は霜が張っていたが足跡は一切なかった』とするミステリー好きの心を動かす数々の経緯が語られ始め、どんどん話に興味を抱いていく。


加えて、操作途中で挟まれるおふざけ要素も魅力。例えば現場保全の警察官への『名前を聞く』コマンドひとつとっても、本人が名乗ったにも関わらず以降も何度も同じ質問を続けることが出来る。しかも「名前は何だっけ」→「◯◯ですよ!さっき名乗ったでしょ!」→「名前は何だっけ」→「そろそろ怒りますよ!◯◯です!」→「名前は何だっけ」→「もういいです……」となり、最終的には「謎の警察官がいる」などとテキストに表示される始末。もちろんこれは一例だが、シリアスな流れを敢えて破壊するあり得ない返答が頻発するのが、かなり面白かったりもする。


ちなみに、前作と比較すると対象年齢は18禁から15歳以上推奨まで大幅に引き下げられた。例のあのトラウマシーン(詳しくはAI:ソムニウムファイル グロシーンで検索)でコントローラーを投げた人々向けにややマイルドな表現になった形だ。それこそ愛着が湧けば湧くほど血液ドブシャアデッドでSan値がゼロになるのが前作の流れだとすれば、取り敢えずプレイ数時間後でも血は1滴も出ない、という意味では安心して取り組める1作。結構ツイッターなどを見ていても「あのシーンでプレイやめた」とする人もある程度はいたので、ある意味ではプラスかなと。


当然ながら、今作は登場人物を刺しても前作をプレイしていればより楽しめることは間違いない。ただそうでなくとも没入できる仕組みは確立されている印象だし、何よりこの『本格派ミステリー+謎のエンタメ』が内在する作品というのは日本全体を通しても稀有な訳で、飽和し尽くしたミステリー作品における特異点のような気もする。いろいろと敷居は高い作品ではあろうが、PV含め少しでも興味を抱いた人には浸ってほしいカオス世界。現在最寄りのゲーム関連店で好評発売中である。金銭的に難しい人は、制作側が完全に全編公開許可したゲーム実況動画でも!おそらくはイメージした以上に(様々な箇所が)ぶっ飛びまくった作品なので是非とも。

『AI: ソムニウムファイル ニルヴァーナ イニシアチブ』ストーリートレーラー - YouTube

フジロック2022、遂に全ラインナップ&ステージ割発表!今年のフジはどうなる?

こんばんは、キタガワです。

 

さあまもなく、フジロックの夏!音楽フェスの中でも最も早い7月に開催されるフジロックの、注目のステージ別ラインナップが遂に発表された。これまでヴァンパイア・ウィークエンドとジャック・ホワイト、ホールジーがトリを務めるなど各種情報は明かされてはいたが、ステージ割が出たことでより一層、その豪華さに注目が集まることだろう。


まずは初日、取り分けこの日の見所はグリーンとホワイトステージ。ブラック・ピューマズやハイエイタス・カイヨーテといったこれぞフジロック!な面々に加え、日本からはYOASOBIとOriginal Loveが新たな風を吹かせてくれる。トリのVWは今回は一体何人編成で来るか……という部分も含めて期待大だ。ホワイトはジョナス・ブルーからのボノボの、おそらくどこにもなかった取り合わせなのが面白く、邦楽勢のD.A.N.とノベンバがようやくこのステージに辿り着いたことには感慨深い気持ちにも。その他過激なリリックで先日の武道館公演で衝撃を与えたAwich、フジロックでは超お馴染みのオウガと踊ってばかりの国、有終の美を飾る幾何学模様もアツい。

Vampire Weekend - A Punk (Glastonbury 2019) - YouTube


続く2日目も、恐ろしく良いラインナップ。元ザ・ホワイト・ストライプスのフロントマン、ジャック・ホワイトはもちろん、最新アルバムのポップさが印象深い中での出演となるフォールズ、出演辞退からのリベンジとなる折坂悠太、あの一件から初めての表舞台となるコーネリアスまでよりどりみどり。緑豊かな環境でゆったりと。もしくはダイナソーJRを筆頭に、ロック好きにも上手くヒットする布陣なのも見逃せない。よくよく見るとブラック・ピューマズ2日連続では……?という発見もありつつ、アルコール片手にゆるりとした時間が流れそうな1日だ。

Foals - What Went Down (Glastonbury 2019) - YouTube


そして最終日、こちらは何とヘッドライナーがホールジー、ムラ・マサ、モグワイという嬉しい悲鳴。PUNPEEが遂にグリーンに出演するのも感動的だし、ずとまよ、鈴木雅之など日本的な豪華さも嬉しいところ。最近ボーカルが脱退し、まさかの他メンバーがボーカルを兼任するようになったブラックカントリー・ニューロード、新作アルバムが大好評のスーパーオーガニズム、「初出演でグリーンステージ!?」なバニラズ含め、特にこの日はチケット争奪戦が激しくなりそう。

Mura Masa - Fire Fly (Reading + Leeds 2019) - YouTube


さて、これにてフジロック2022のラインナップがほぼ確定となった訳だが、紛れもなく今年のフジは大復活の狼煙を上げることとなるはずだ。正直これまでのフジロックは自然の中で行われるフェスという魅力や、サマソニと並んで日本2大洋楽フェスのイメージが強かった。そんな中で今年はなるべく元通りのフジを取り戻そうと、ブッキング然りスロット然りを練っていることが分かる。


ご存知の通り、今海外におけるフェスシーンはコロナ前の変わらない水準まで回復している。翻って日本はと言うと未だ様々な制限は避けられない状況にあり、内容としては先日公開されたスマッシュ(フジロックの主催会社)高崎氏のインタビューに詳しいが、海外からのアーティストにも今回観客の声出しを制限していることは伝達済みなのだそうだ。故にこの日の来日勢は、体感としてはこれまでのフジロックのイメージとは全く違う、かなり特殊な環境下で臨むことになる。確かに我々参加者側としてもいろいろな意見はあるだろうが、こうした状況でも開催に向け動いてくれたその努力と、ある意味不完全な状態でも出演を快諾してくれた来日アーティストの心持ちに関しては、是非とも汲んでもらえればと思う。ともあれ残すところタイムテーブル発表のみとなったフジロック、今年は配信があるのか?というアナウンスも合わせて本当に楽しみでならない。

映画『さがす』レビュー

こんばんは、キタガワです。


「自分の父親は普段何をしてるんだろう」……。多くの人が1度は幼心として、そんな疑問を抱いたことがあるはずだ。多分一家の大黒柱としてしっかり仕事はしているはず。でもその内容は分かるはずがないし、逆に家でのイメージは真逆でグータラ。おそらく母と比べても、圧倒的にそのリアルが不明瞭なのは父であろうと思う。

 

今作『さがす』は、そんな父の予想だにしなかった素顔が描かれるサスペンスホラーである。物語は子供が警察から連絡を受け、父が犯した万引きを咎めるシーンから幕を開ける。ポケットの金は僅かしかなく、父と子の2人暮らしで生活が困窮する事態を考えての行動だったと思われるが、父は「ケチケチした店やのお」と反省の色はない。何とか無罪放免になった後父に怒りをぶつける中、父はボソリと言う。「指名手配中の連続殺人犯見たんや。間違いない。捕まえたら300万もらえるで」。いつもの冗談として受け流すも、翌日から父の姿は消えてなくなってしまう。果たして父はどこに行ったのか。そして、父を『さがす』ために動き出した子が直視したまさかの結末とは……。というのが、簡単なあらすじである。


『さがす』における評価のポイントは、第一に『父を探した結末の納得加減』。第二に『そこに至るまでの道筋』だろう。まず最初の部分に関しては、かなり意外性があって良かった。実は父と連続殺人犯は共犯者であり、ふたりで殺害を協力し合う間柄→最後に父は連続殺人犯を裏切って殺し、血にまみれた状態で子と対面→連続殺人犯を正当防衛で殺したヒーローとして懸賞金獲得→子が父に匿名で「自分を殺してほしい」とメール→「あれ送ったのお前か?」と父が質問、子が泣きながら頷き、バックに警察のサイレンの音でフェードアウト……。一見無理がありそうなストーリーではあれど、殺害行為が父なりの正義のためであったり、最終的には子が父の計画に気付いてしまったりと、物語を紐解いていけばその点も問題なくカバーしていて◯。


逆に『そこに至るまでの道筋』に関しては少し煩雑かな、という印象だ。それこそ父の捜索に一緒に向かった男子学生は不必要っぽかったのもあるし。ここまで殺人を犯しておいて足が付かなかったのか、などなど。ただ多くの人がイメージしたように、犯行的なこの話は2017年に発生した『座間9人殺人事件』を題材にしたような流れに沿っている(詳しくはWikipedia参照)ので、そうした意味では「前例がある」ため許容範囲か。いろいろと思うところはあるが、それらが巧みな展開で良い方面に持っていかれる様はやはり痛快。総合的に見てかなり面白かった。


上映2時間の中で、ひたすら『父の正体』とその裏側の謎にピントを当てた今作。個人的には何よりもハチャメチャにハードルが上がったオチを、全く予想外の形で見事落とし切った部分は心底驚いたので、総合評価は以下の通り。またどんでん返し系の作品はあらかた作られ尽くした感があったけれど、まだまだ先があるのだなと証明した1作でもある。佐藤二朗の狂演含め、気になった方は是非とも。

 

ストーリー★★★★☆
コメディー★☆☆☆☆
配役★★★★☆
感動★★★☆☆
エンタメ★★★★☆

総合評価★★★★☆

映画『さがす』本予告 1月21日(金)全国公開 - YouTube

コロナワクチンを打った20分後にライブハウスに向かった話

「接種番号23番のかた前の方へどうぞー」。受付の大声で意識を戻された僕は、思わず一瞬自分がどこにいるのか分からなくなり、辺りを見回した。老若男女が椅子に座って、何やら数枚の紙と身分証明書を握る光景。そうだ、僕はワクチンの接種会場に来ていたのだった。手元の紙に視線を落とすとそこには『25』の文字が記されており、きっとこのペースで行くとあと数十秒もすれば自分の番が回ってくるだろうと察する。後は1回目2回目と同じく、流れに身を任せるのみである。ただ、この場に集まる誰もは微塵も考えてはいないはずだ。まさかこれから行う行為が、ひとりの人間の数日間の運命を左右していることなど……。

計画の発端は、数日前に遡る。当時の僕はこれまで自粛生活を厳格に行っていた反動からか、とにかく生活の全てをライブに捧げていた。具体的には毎日ライブ情報をインプットし続けるのはもちろん、1日でも休みが出来れば県外に赴いて、翌日朝6時のバスで帰ってそのまま出社……というクレイジームーブを月に何度もかます熱の入れようだったのだ。けれども仕事柄、バンバン休みを入れ込むことも不可能。そんな折にようやく取ったワクチン接種は、副作用を鑑みて翌日も確実に休みになる特徴からも、ライブを入れるには最もベターに思えた。

ただ、この計画には唯一の問題点があった。そう。『どれほど副作用が出るか』である。腕が上がらないレベルならまだ良いが、発熱すればライブハウス前の検温で引っ掛かるし、もっと言えば遠征費もチケット代もホテル代も全部パアになるのだから。しかしながら全ての金を支払ってしまった手前、もうやるしかない。僕は「高熱はイヤ!高熱はイヤ!」というたちの悪いハリー・ポッターのような言葉を頭で願いながら、その日を迎えたのだった。

ワクチン接種は、大方予定通りに終わった。接種券が届く遅さと実際の接種スピードが全く釣り合わない程、それはそれは高速で。打ち終わったらそこから20分後には広島行きのバスが出てしまうので、病院から出るやいなや、汗だくになりながら自転車を漕いだ。正直この行動で悪い結果に辿り着きそうな気もしたが、そんなことはもはや言っていられない。ピストルの音と共に動き出した足は、もうゴールテープを切るまで止まってはならないのだ。

ギリギリセーフで駅に滑り込めば、そこから3時間バスに揺られ広島に到着。これにて第一関門はクリアだが、まだまだ油断は出来ない。1回目2回目は深刻な副作用が出なかった体だが、どうやら3回目はキツいと聞くし。取り敢えずインターネットで調べた結果熱が出るとすれば翌日だそうなので、まあ大丈夫だろうとポジティブに捉えて会場へ。若干頭が痛い気もするが、これは十中八九昨日の痛飲のせいだと判断。……そもそもビール6本も飲んだ翌日にワクチンなんか打つんじゃないよ。

もしかしたらと思ったが、結果は杞憂。詳しいことは先日のライブレポに詳しいが、特に検温で引っ掛かることもなく純粋にライブを楽しんでカプセルホテルに向かう。ちなみにホテル宿泊に関してはワクチンを3回打った特典としてお値段半額、更には2000円分のクーポン付きという破格の待遇で宿泊出来たので、金銭的にも予定通りである。……ただこのあたりから腕に若干の違和感を抱き始めたのも事実であり、漠然と「あんま腕上がんねえなあ」などと一人事を言いながらも、大量の酒を飲んで寝る。

……翌日。腕、めっちゃ痛い。まるで何かに押さえ付けられているような、ずーんとした圧力というか。幸運だったのは、熱はどうやらなさそうだということと、副作用よりも前日の深酒の方がダメージが大きかったこと。アル中に片足突っ込んだ生活は常なので、つまりはこれにより腕の違和感は相殺(実際は全く違うが)。2日目もライブに行くことはほぼ確定となった。ただ、ここで僕の邪な思いが首をもたげてしまった。それはある意味では背徳的な行為ではあれど、僕はこのとき「どこまで体調を悪く出来るか」を試してみたくなったのだ。考えてみれば、それこそ毎日時計が丸1周するのは当たり前の環境で仕事仕事の生活を続けていると、例えば「ゲームはあと1時間にして寝よう」とか「お昼ご飯は午後を乗り切れるものを」とか、人生がどこか安牌なものになってしまっている感覚もある。だからこそ奇跡的に連休を取ることの出来た今、多分やることはひとつだ。

そうと決まれば善は急げである。取り敢えず僕は昼食を激辛料理専門店で食した。出てきたのは唐辛子をふんだんに使用した四川料理。これを汗だくで食べきると、後のライブまでの時間はラウンドワンで格ゲーをやったり、カフェで黙々と執筆したりと『少なくともワクチン接種後にはやらない』であろう行動を取った。気付けば肩の痛みも然程ではなくなっていて、その締め括りはライブ。ハチャメチャに楽しんだら、寒空の下路上ライブを見たり本通りでビール缶をあおったりして終わった。

変なもので、翌日僕の腕の痛みはすっかり消えていた。ワクチン接種だからと貰った連休は、結果的に単なる娯楽休暇として終えることが出来たのである。これを最高と言わずに何と言おうか。……そんな中、ふと考える。もしも僕が高熱に怯えて県外行きをキャンセルして、自宅で平凡に過ごしていた場合の可能性を。自分も良い歳である。それこそここ2年間のコロナ自粛期間のように、もしそうなったとしてもゲームなり何なり、フラっと過ごすことは出来ただろう。でもやっぱり、今回の行動は何よりの最適解だったように思う。何故なら自分にとっての大切はやはりライブなのだから。

コロナが収束の兆しを見せ、世の中の動きも変わりつつある。「友達と居酒屋で朝まで飲んだよ」「ゲーセン行ったよ」「食べ歩きしたよ」……。これまで悪とされてきたことも、次第に大っぴらにも語ることが出来るようになった。でも、ライブはまだ違う。これらの行動よりも明らかに危険性が低いライブ参加は未だに他者から怪訝な表情をされる代物に留まっていて、それこそ前の職場がそうだったが、飲みも遊びも良いけどライブ行くのはダメでしょ、という見方は本当に根強いのだ。特に島根のような片田舎では。ありがとうコロナワクチン。そして未だに最悪なコロナ、コロナを元凶としてライブに行きにくくしてしまっている世の中。確かに音楽やライブは他者からすれば優先順位が低いかもしれないけれど、そうじゃない人もいるよ、というのを強く感じた2日間だった。

 

【ライブレポート】claquepot・内澤崇仁(androp)『crosspoint 2022』@広島クラブクアトロ

こんばんは、キタガワです。


正体不明のSSW・claquepot(クラックポット)による待望の全国ツアー、この日はそのうちの広島編である。現状CDリリースはなし。ツイッターの更新頻度も極小で素顔は非公開。更には公式ホームページさえも存在せず、徹底して楽曲の力のみで認知を獲得してきたのがクラックポット。ただ今回僕が遠路はるばる参加を決めたのはどちらかと言えばandrop内澤崇仁のファンであることと、クラポに関しては「そこまで凄いならこの目で見てやろうじゃないか!」という、音楽好きとしての好奇心によるところも大きかった。……のだが、結論を書いてしまうと完全にやられた。断言する。今年〜来年までの台風の目の1組は、紛れもなく彼だろうと。


会場に到着するとまず目を引いたのはコンパクトなバンドセットだった。我々から見て左後ろにドラム、右後ろにはキーボード。中央には何やら長方形のアイテムが垂直に立っているが、布が被せられているためその正体は分からない。そして前方にはマイクスタンドと譜面台がポツンと置かれており、この時点で内澤は弾き語りスタイルで、背後のセットはクラックポットのものなのだなと察する。

 

定刻を過ぎ、暗転。すると暗転から5秒も経たないうちに、袖からアコギを抱えた白シャツの人物がステージに足を進める。無論、この人物こそ武道館含めた大型ステージを次々ソールドアウトに導いたandropのフロントマン・内澤崇仁である。特に何も自己紹介を始めるでもなく、彼は用意された椅子に腰掛けると黙々とギターの様子を確認。会場には彼のギリギリ聴こえる咳払いがマイク越しに分かる程度で、シンとした時間が流れていく。そんな雰囲気を察したのか内澤、ようやく「あっ、andropの内澤と言います……」と挨拶。ただその後もやや天然な内澤らしく、ギターの音がイメージと違ったのかジャーンと鳴らした後に「あれ違うな」「まだ違う」「えっ?違うなあ」と疑問を延々繰り返すカオスな時間へ突入。気付けば会場には笑顔が溢れ、とても良い状態に。

 

androp - 「SOS! feat. Creepy Nuts」Music Video - YouTube

弾き語りスタイルでライブを行うことがこれまでほぼなかった内澤。そのため1曲目の楽曲には取り分け大きな期待が掛かっていたことと推察するが、何とオープナーはCreepy Nutsとコラボした“SOS!”。アッパーな曲調に乗せて慣れないラップ部分も尽力して歌う内澤は何だかいつになく緊張している様子だが、それでも独特の歌声は不変。演奏に関しても今回はてっきりギター1本のみのパフォーマンスかと思っていたが、エド・シーランよろしく足元のループペダルで音を何十にも重ねている仕組みを取り入れていて厚みもある。


取り分け前半部分は、androp楽曲のオンパレード。「今日ひとりで来たよって人どれくらいいますか?」とアンケートを取った後に披露された“Lonely”、新型コロナウイルスによるネガティブな空気感を打破しようとする応援歌“Hikari”、言葉のひとつひとつを噛み締めるように歌った“Yeah! Yeah! Yeah!”……。内澤が表立って思いを伝えることを苦手とする人間であることは周知の事実だが、彼は内なる思いを音楽として届けているのだな、ということを再認識できる楽曲群が光る。特に“Yeah! Yeah! Yeah!”は原曲と比べて大幅にBPMを下げ、完全なるバラードに変化させていたことで、よりそのメッセージ性を強く感じた次第だ。

 

Da-iCE / 「Sweet Day」Music Video - YouTube

後のMCで語られたことだが、この日の内澤のセットリストのテーマは『愛』。自分の心に、他者に、この日集まったclaquepotファンにと様々な形で『愛』を届けてくれた。そのうちやはり多くの感動を与えたのは“カタオモイ”、“Sweet Day”、“Love Song”というセルフカバー楽曲の連続だろう。後にclaquepotは「みんな、こんな贅沢な時間ないよ?だってうちの弟(Da-iCEのメンバー・工藤大輝)たちに楽曲提供したとき、このデモで送ってくれたってことでしょ?」と語っていたが、確かに。この会場に集まったファンは本当に一生モノの思い出を共有したことだろう。

 

androp "SuperCar" Official Music Video - YouTube

他にも「大好きな曲を」とクラックポットの“hibi”をカバーしたり、歌詞を間違えてニャニャニャ語で乗り切る一幕もありつつ、ラストはandropの“SuperCar”。クラックポットから事前に「これ難しすぎるんじゃないですか?」と言われたというコール&レスポンスは、声が出せない関係上心で合唱することになったのだけれど、「ラララ……はい!」とファンに任せるも当然シーンとした状態のため、あちこちで笑いが生まれる。それを見て「良いですねえー」と微笑む内澤の姿、とても楽しそう。そして最後はしっかりと「来月またandropというバンドで広島に来ますので、またそのときは宜しくお願いします!」と告知をしつつ、良い意味で一般人のような軽やかさで内澤はステージを後にしたのだった。

【内澤崇仁(androp)@広島クラブクアトロ セットリスト】
SOS!
Lonely
Hikari
Yeah! Yeah! Yeah!
カタオモイ(Aimerセルフカバー)
Sweet Day(Da-iCEセルフカバー)
Love Song(Da-iCEセルフカバー)
hibi(claquepotカバー)
SuperCar

 

 


内澤が去った後はマイクスタンドと譜面台が撤去され、一瞬にしてクラックポット仕様になったステージ。基本的に2組以上が出演するライブではその転換時間にドリンクチケットを交換したりする人も多いのだけれど、何とこの日はほぼゼロ。会場に集まった全員がそのままステージを見つめるという、クラックポットへの期待度をはっきりと示す形となった。そんな中でスタッフが中央に聳え立つものに被せられていた布を取り除くと、そこには『claquepot』と記された電光装飾がお目見え。ちなみにここまでで時間としては僅か1分ほど。ギターやベースなどのチューニング機材もないので、これにてクラックポットの準備は完全に完了したと言って良い。


そして高まる期待を察したように緩やかに暗くなる会場。幻想的なSEをバックに神田リョウ(Dr)、舩本泰斗(Key.Manipulator)の2人のサポートメンバーが入場し、残すところクラックポットのみになった段階で『claquepot』の電光装飾が白く発光。気付けば中央には今回のライブの主人公たるクラックポットが立っていて、開口一番「広島、行きましょうか……」と放ち、艶やかなライブはその幕を上げたのだった。

 

resume / claquepot - YouTube

もちろんクラックポットの楽曲は素晴らしいものだ。アッパーな曲もバラードもその全てに色気のような音像を感じられるし、実際今回のライブに向けてサブスクで聴いていても例えば電車に揺れながら、はたまた眠る前など様々なシチュエーションに最適化されている印象を受けた。けれどもライブではその何倍もの衝撃があって、その大きな要因となっていたのはまさしくクラックポットの姿だった。オーバーサイズのパーカーを着こなし、色付きのサングラスを着用した彼の一挙手一投足……。具体的には《揺らいでいた感情》でユラユラ、《ファインダー越し》で指を丸めて客席を見つめ、《落ちたらすぐに手放して》では実際にステージから落ちようとする仕草を見せるなど、歌詞に合わせてクルクル変わっていく姿に目が離せなくなるのだ。それこそ僕は男だけれども、同性から見てもずっと目で追ってしまう雰囲気の人というのは確かにいて、多分その上位に君臨するのがクラックポットなのだろうと思う。自分がどう見られているかを分かっているが故の余裕というか。


この日の持ち時間は約1時間でアンコールなし。そのためセットリストに関してもシングルカットされた楽曲を多数披露する攻めの姿勢を貫いている印象だった。“resume”や“ahead”、“choreo”といったBPM高めの楽曲で盛り上げ、かと思えば“tone”や“AUTO”でどこか遠くの方へ吹き飛ばすような唯一無二の楽曲の数々は、気付けば始まって気付けば終わっている、そんな良い意味での浮遊感を携えていて、心底「これマジですげえな」と声が出てしまうほど。余談だがステージ袖ではライブを終えた内澤が常に腕組み状態で体を揺らしていて、その信頼関係にもグッときたり。

 

claquepot 「hibi (blackboard version)」 - YouTube

中でも印象的に映ったのは、先程中澤もカバーした“hibi”での一幕。彼は披露前、この楽曲に込めた意味合いについて「コロナ禍になってこれまで感じなかったいろんなネガティブなことを感じるようになったと思います。この楽曲はコロナの悲しい『日々』と、それによってもたらされた心の『ヒビ』を表しています」と語ってくれた。《当たり前だった日々が 当たり前じゃなくなって/当たり障りなく過ごしていられなくなっていく》……。個人的に感じたことだがおそらく彼はある程度『物事を俯瞰で見ることの出来る人』だと思っている。例えばコロナ禍や政治や事件や、そうしたものに相対したときに「ふざけんな!」と憤ったり落ち込むことは少ないまでも「悲しいなあ」「ヤダなあ」と考えたその次に「じゃあ俺は今こういうことしてみようかな」と捉える、というような。そんな彼が内に秘めていた思いを解き放ったら、どのような歌詞が出来たのか。その結果が“hibi”で、他者を思いやる心の塊だったというのだから感動的だ。歌唱後、彼は「気になったら後でサブスクで聴いてみてください」と語っていたが、何だかこの楽曲には彼の思いがとてもストレートに込められている気がしてならなかった。

 

むすんで / claquepot - YouTube

続く“むすんで”では、一転して予想外の提案が成された瞬間でもあった。まずクラックポットは「みなさんSNSはされてますか?」とおもむろにファンに質問すると、そこからTikTokやツイッター、インスタグラム、フェイスブックと質問の幅を狭めていく。何故彼はこの質問をしているのだろうと思いを巡らせていると「今回のライブを我々だけで完結させるのではなく、外に向けて発信していただきたい訳です」と、何と次なる”むすんで“はSNSへの動画投稿を許可するとの発言が!……という訳で詳しいMCやライブの様子については『claquepot ライブ』とSNSで検索すれば出現するのでそちらに詳しいとして、少しでもライブの最高の雰囲気は伝われば幸いである。

 

「皆さんこの会場の非常口の位置分かりますか?そう。何かあったときに逃げ場を確認することはとても大切です。同じように、昔学校でやった避難訓練でも教えられた言葉がありますよね。『おかし』。押さない、駆けない、喋らないを表した言葉です。今は地域によって『おはし』とか『おはしも』って呼ばれてるそうですが」

「では人間で例えてみるとどうでしょう。人間の時間は押さないし、人間の心は本来欠けない。でも今はいろいろと心が疲れてしまう人が多いように思います。なので生きるってもっと気楽でいいんだよって。心の逃げ場所があれば良いな。……そう思って、なるべく明るい曲を作ろうと思いました」


そしてこの日のもうひとつのサプライズが、事前にツイッターでも告知されていた新曲の存在。新曲のタイトルは“okashi”で、彼は披露前にこの楽曲に込めた意味についてこう語ってくれた。気になる新曲の内容は確かにこれまでリリースされた楽曲の中でもかなりポップな作りであり、『おかし』のフレーズが入れ込まれるキャッチーさも携えた新境地、といった印象。彼いわく「まだ完成してないし、リリースするかもまだ分からない」という超レア段階でのパフォーマンス、立ち会えたファンはあまりに幸運と言えよう。

 

finder / claquepot - YouTube

「クラックポットここからクライマックスなんですけど行けますか?」と放ち、ライブの締め括りを飾るのは“sweet spot”と“finder”。どちらもこれまで多くセットリスト入りを果たしてきた代表的な楽曲だけに、ファンの盛り上がりも最高潮だ。と言っても無理矢理テンションを上げるのではなく、あくまで自然体に楽しむスタンスなのも彼らならでは。最後の最後まで『らしさ』を貫いたクラックポット、メンバー紹介の果てに「そして私がクラックポットでございました」と宣言した彼の姿が余裕綽々な笑みを携えていたのは、これから始まる快進撃を暗喩するが故なのかもしれない……。思わずそう考えてしまうほど、圧巻の1時間だった。

【claquepot@広島クラブクアトロ セットリスト】
useless
ahead
choreo
AUTO
hibi
tone
むすんで
okashi(新曲)
resume
sweet spot
finder

 

全てのライブが終わると、ここからはある種のサービスタイム。内澤も交えて行われる最後のトークである。プライベートではクラックポットを『アニキ』と親しみを込めて呼んでいる内澤は興奮冷めやらぬ様子でライブの感想を報告。対するクラックポットも「“Lonely”めっちゃ嬉しかったです。大好きな曲なので!」と回答。更に話は変遷し、“むすんで”の動画撮影の際に内澤がスマホを楽屋に忘れて撮れなかったこと、内澤のセルフカバーの豪華さを改めて語り合うと、最後は「昔朝まで熱く語り合ったことがあって、そのまま車で送ってもらって。内澤さんだけお酒飲んでなくて俺めっちゃ飲んでたんだけど」と裏事情の暴露まで至っていた。


そして「大丈夫?会社ズル休みして来てる人いない?」とのクラックポットのトークからは恒例の記念撮影。帰りがけ、内澤は「じゃあ広島また来年!ん?来年じゃないや来月か。また来ますので」。クラックポットは「広島最高です!俺も白シャツにすればよかった……」と最後まで爆笑トークを繰り広げながら、夜21時をもってライブは大団円を迎えたのだった。


……謎のアーティスト・クラックポット。あまり表沙汰にすることではないとは思うけれど、彼と昨年日本レコード大賞で大賞を受賞したダンスグループ・Da-iCEのリーダーこと工藤大輝は双子の兄弟関係にある。実際クラックポットが認知される契機としてそれが有効的に作用した可能性は高いし、それは家族的な境遇で言えば尾崎裕哉や三浦祐太朗、ReN、KenKenらと同じように、注目を浴びる一方で枷にもなり得る称号でもある。


ただ、今回のライブを観て僕は大いに驚かされた。正直ここまでの『魅せる』ライブはロックバンド含め久々で、冒頭にも記した通り近いうちドカンと跳ねる、そんな確信すら感じたのだ。多分この場に集まったファンもそうで、ハマるきっかけはそれぞれあるとしてクラックポットの存在証明を観た瞬間から、いつしか戻れなくなった人が多いのではないか。……そして、今世に出るべきアーティストはそうした人なのだろうとも。本当に今観ておいて良かった。何故なら来年にはもっともっと大きな存在になって、チケットが圧倒的に取れなくなるだろうから。