ここからはクライマックスへ突き進まんとばかりに、新旧合わせたアッパーナンバーの連続だ。まずは淫靡な雰囲気を携えた“Boohoo”で観客の鼓膜を緩やかに蹂躙すると、哲学者や聖人、物理学者の名前を用いつつ無変化な世界での日常を叫ぶ“Shoutër”、ラップ主体で航海の旅路を描いた“PIRATES A GO GO”など曲調の異なる千変万化の魅力を伝えた彼ら。そのどれもが人それぞれ好みの楽曲はあったろうし、突出して「この1曲だけがとても良かった!」と言うものではなく全曲が素晴らしかったが、彼らの魅力の新機軸を打ち出した1曲として考えるならば、個人的には“ワナビークインビー”を選出したい。『ワナビークインビー(I wanna be queen bee)』は直訳すると「女王蜂になりたい」……。つまりは一見すると、憧れの女性にアプローチをかけたいと願う男の欲望のようにも思える。しかしながらその実、歌詞にも目を向ければいわゆる草食男子的な考えとは程遠く、女王を徹底的に調教して自分のモノにしたいというサディスティックな心情を露にした楽曲であることが分かる。メンバーは先程まで見せていた格好良さと可愛さがほぼ半々で形成された雰囲気とは打って変わって歌声も仕草も『イケナイ男』ぶりを加速させており、具体的には甘い吐息をマイクに伝えたり、うらたぬきが原曲では存在しなかった高笑いを見せたりと非常にエロティック。今回は発声制限のため声は出せない状態ではあったが、十中八九こうした状況下でなければ黄色い声が多数飛んでいたことだろう。
おそらく誰しもが再びメンバーが登場することを熟知しているのだろう、ライブイベントには珍しく手拍子がほとんど起こらない稀有なアンコールで呼び込まれたメンバーたち。その姿は今回のライブツアーのオフィシャルグッズであるセーラー服Tシャツ(胸元には各メンバーのカラー入り)に身を包んでおり、グンと『格好良い』から『可愛い』寄りに変化した印象だ。アンコールで披露された楽曲は“Carry Forward”と“恋色花火”の2曲。特に“Carry Forward”部分についてはツアー全通のファンのツイートを見るに会場ごとに若干の楽曲変化があるようで、それこそ翌日の鳥取公演ではまた違った楽曲が披露されたそうだが、ここ島根で披露されたのが浦島坂田船のアルバムとしてはほぼ最古の『Four the C』からの楽曲だったことには、そのレア度に嬉しくなってしまった次第だ。
【浦島坂田船@島根県民会館 セットリスト】 世界で一番好きな名前 Save Me 最強Drive!! SHOW MUST GO ON!! Dreamer Tokyo Deadman's Wonderland(志麻ソロ) 荒波(となりの坂田。ソロ) Sugary(センラソロ) Colors(うらたぬきソロ) 青空ピカソ(志麻&センラ) 生涯ライバル(うらたぬき&となりの坂田。) SWEET TASTE PRESENT 明日へのBye Bye 年に一夜の恋模様 シザーナイフ フランマ 月夜 Boohoo Shoutër PIRATES A GO GO ワナビークインビー ARK シンデレラステップ
故にThe 1975はマシューの精神状態に大きく左右されるバンドであるとも言えるわけだが、以下『It's Not Living(If It's Not With You)』はそんな彼の当時の精神状態を如実に表した楽曲と称して然るべき代物。先に結論から述べてしまうとMVのラストは所謂『夢オチ』で終わる。ただそこに至るまでの幻覚めいた事象の数々や、自分が自分でなくなるような感覚は実際に彼が実生活で経験した精神障害の暗喩であって、あながちフィクションでもないという点においてこのMVは異質。加えてマシューという人物を深く知るためにも、ほぼほぼマストな作品となっているのである。……なお新型コロナの蔓延の影響で、早い段階から2021年内のライブ活動の全停止を発表したThe 1975。さぞ精神的に悪化した暮らしをしていると思いきや、ボーカルのマシューは自然豊かな環境でとても健全な生活を送っているそうなので、現在危ない状況には全くない、というのは最後に付け加えておきたい。
神戸大学発、衝動的なロックを掻き鳴らす4人組、Panorama Panama Town。そんな彼らの初の全国流通盤こそデビューミニアルバム『SHINKAICHI』。そしてそのリード曲として収録されているのが“SHINKAICHI”だ。パノパナのMVはどれも独自性が強い作風のものが多くなっていて、特に初期作はその内容も展開も予測不能なものが大半を占めているが、“SHINKAICHI”にしても同様に、大量の札束を抱えた岩渕想太(Vo.Gt)が謎の組織に追われ続ける荒唐無稽な流れの果て、ラストは岩渕がよもやの末路を辿るというある意味では映画サークルの自主制作作品の様相をも呈している。
加えて、もうひとつ認識を変えていきたいことがひとつある。それはSNSでも日々多くの人が書き込んでいる「こんな時にフェスなんてやるな」との意見についてだ。確かに感染が拡大している今そうした発言は一理あるし、特に遠征をしてまで参加する人については同会場に住む県民以上のモラルの高さが必要になるため危機的な意味でも重大。……ただ、我々が思っている以上にフェスシーンはもう限界なのだ。どうにかして証明さん、PAさん、ステージの建築業者といった関係者の雇用を守らねばならないし、フェスがなくなれば音楽の灯は明らかに小さくなってしまう。今回のワイバンだってそう。出店は当然会場である山口県の飲食店がコロナ禍の赤字を取り戻そうとしていたはずで、参加者が宿泊する旅館も、山口へ向かうために利用する航空業も全部パアだ。例えば『ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2021』は中止によって経済損失が77億3300万円にのぼることが明らかになったし、香川県の『MONSTER baSH』は50億円以上だそうだが、果たしてワイバンは何十億だろうか。「やめろやめろ」と書き込むのは容易いが、どうかもっと多面的な視点からこの苦境を捉えてほしいと切に願う。
去る9月2日に開催された斉藤和義の松江公演。本来であれば昨年の3月24日に行われる予定で組まれていた『KAZUYOSHI SAITO LIVE TOUR 2021 202020』島根県民会館公演が新型コロナウイルスの影響により幾度も延期を繰り返し、新たにリリースされたアルバム『55 STONES』も加わり新たに『KAZUYOSHI SAITO LIVE TOUR 2021 202020 & 55 STONES』とタイトルを変化させ、期間にしておよそ1年半越しのリベンジとなった今回のライブ。それは2枚のアルバムを生身のサウンドで具体化したことは元より、長らく彼の来訪を待ち望み続けていたファンに強く寄り添う感動的な代物だった。
オープナーは『55 STONES』でも1曲目に冠されていた“BEHIND THE MASK”。真壁のギターがイントロを掻き鳴らし続いて斉藤、以降順々に担当楽器が楽曲に入れ込まれる形で緩やかに楽曲は進行し、斉藤がエフェクターで歪に加工された歌声を響かせる頃には完全に会場はライブモード。誰しもがゆらゆら体を揺らすアットホームな幕開けだ。ホール公演であることもあってか音響的にも激しさはなしで良い意味で聴きやすく、彼らの奏でる音楽に至極マッチしている感覚もあったし、何よりその立ち居振舞いがいつもの斉藤で何故かホッとする安心感である。『BEHIND THE MASK=マスクの後ろ』というタイトルの直訳通り観客誰しものマスクの後ろが笑顔に満ち溢れていたことは、もはや言うまでもないだろう。
冗談はさておいて、アルバムからの楽曲は続く。人気アニメ『ちびまる子ちゃん』のエンディングテーマとしてお茶の間に広く浸透した“いつもの風景”、日常のあれこれを幸福的に見詰めるポジティブソング“順風”、真壁のスティールギターが哀愁を漂わせた“一緒なふたり”、気まぐれな願望を列挙する斉藤らしいミドルナンバー“I want to be a cat”……。次から次へと披露される『202020』『55 STONES』楽曲群はどれも異なる雰囲気を帯びていて、熱量は僅かも損なわれることはない。特に興奮を一段階上げる起爆剤として位置していたのはそれまで若干薄暗い照明に徹していたステージにパッと光が灯されて鳴らされた“いつもの風景”で、激しいポップロックなサウンドに呼応するように斉藤は楽曲の随所で「イエーイ松江ー!」と絶叫。対する観客も両手を広げて宙に広げるアクションで興奮と感謝を体現していて、いつものように観客から「せっちゃーん(斉藤の愛称)!」の声が飛ぶことさえないまでも、双方向的な関係性を強く感じることが出来た。
“彼女”と“破れた傘にくちづけを”ら既存曲、『55 STONES』からは“Lucky Cat Blues”と“魔法のオルゴール”という更にディープ寄りとも言える構成からは、数分間の換気タイムも兼ねたMCに以降。観客に着席を促す斉藤による「皆さんどうぞ座ってください。あの……ね。やっぱり皆さん座りたい年頃でしょうし……」と気遣いなのかディスなのか分からない発言でまずひと笑い起こすと、今回斉藤以外のメンバーは松江に一足先に前乗りしていたとのことで、サポートメンバーの紹介も交えた松江での活動報告会に。トップバッターを飾ったのはギターの真壁で、彼は前日に島根有数の観光スポットでもある出雲大社に赴いたという。ただ観光名所と言えども平日、しかもコロナ禍であることもあってかほとんど人通りはなかったとし、更には現在は感染防止の観点から本堂も進入禁止であるため、然程感慨深い思いは抱かなかったそうだ。それを聞いた斉藤はしきりに「へえー」と相槌を打ちつつ、最後は2019年に島根で行われた『BONE TO RUN!(ザ・クロマニヨンズ、斉藤和義、SUPER BEAVER、My Hair is Bad)の対バンイベント』前に自身も出雲大社に訪れたことに触れ「全国から神様が集まるわりには小さいよねあれ」としっかりオチを付ける。ただ痛烈だが思わず頷いてしまうのはやはり、我々地元民ならではだし、こうして斉藤が松江に訪れてくれなければなかったことでもある。
永遠に続いてほしいとも思ってしまう程のゆったりとした幸福たる時間が過ぎ去ると、その後のライブは山口と平里へのイジりを挟みつつ、クライマックスに突き進まんとばかりにアルバム楽曲でも取り分けロックテイストの強い代物を多く展開。 なお気付けばこれまでいつしか赤いカーテンで覆い隠されていた赤いカーテンは取り外され、まるで海外の街並みの一部分を切り取ったような固定画面がドドンと鎮座し、雰囲気的にも最終局面を感じさせる。まずは着席形態で若干ブレイクダウンした会場を“レインダンスと”シグナル“で軌道修正すると、島根県ならではの『しじみ』をテーマにしたジャムセッションで笑いを誘った”万事休す“、斉藤が放つ発語に合わせて大勢の手の平が上がった“シャーク”、卓越したギターサウンドが鼓膜を震わせた“Room Number 999”と続いていく。日々公式Instagramでも斉藤が自身が作ったベージュ色のギターを含め、今回のライブごとに計8本のギターを使い分けていることが明らかにされていたけれど、こうしたギターを主旋律としたロックサウンドに触れるとやはり斉藤はバラードより打ち込みより、何よりもロックの人間であるということを再確認してしまうのはきっと自分だけではなかったはずだ。
【斉藤和義@松江 セットリスト】 BEHIND THE MASK Strange man いつもの風景 順風 一緒なふたり I want to be a cat 彼女 破れた傘にくちづけを Lucky Cat Blues 魔法のオルゴール 木枯らし1号 2020 DIARY レインダンス シグナル 万事休す シャーク Room Number 999 ずっと好きだった 虹 歩いて帰ろう Boy
そんな中所謂『夏フェス』と呼ばれるライブシーンに目を向けてみるとそこには目を疑うような壊滅的状況があり、ROCK IN JAPAN FESTIVALも、RISING SUNも、SWEET LOVE SHOWERも……。国内の様々なフェスはRUSH BALLやフジロックを例外として、ほとんど全てが延期・中止を余儀無くされた。正直既存のウイルスより感染率が高いデルタ株がここまで蔓延してしまえばフェス開催は困難の極みで、「こんな状況だから仕方ないよ」と言ってしまえばそれまでだが、彼らだって生活がある。主催者は万全の体制でお客様を迎えるし、出演者は呼ばれれば喜んで演奏する。何故ならそれが仕事だからだ。ただ世論もメディアも一様に中止方向に傾いたことで、今やフェスへの風向きは昨年よりも遥かに悪くなっている。