キタガワのブログ

島根県在住。文筆。rockinon.com外部ライター等。

矢部浩之の処女作“スタンドバイミー”が、音痴を超越して訴え掛ける3つの理由

こんばんは、キタガワです。

 

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思えば全ての発端は、去る9月10日に放送された『ナインティナインのオールナイトニッポン』の一幕からだった。そこでは重大発表と題して番組中に何かしらのサプライズ発表が成されることが事前にアナウンスされており、来たる10月31日に『ナインティナインのオールナイトニッポン歌謡祭』が開催されることともうひとつ、矢部浩之のまさかのアーティストデビューが公式的に宣言され、発表直後からトレンド上位に番組名が食い込む稀有な状況で話題となった。ちなみに矢部のデビューはインディーズかと思いきや吉本興業のグループ会社であるよしもとミュージックと、大手レコード会社・ユニバーサルミュージックの合同会社による共同音楽レーベル『YOSHIMOTO UNIVERSAL TUNES』というれっきとしたメジャーデビュー第一弾アーティストとして位置しているのも驚きで、かつて番組内で音程を大幅に外す形で爆笑を掻っ攫った“宙船”や“HOWEVER”といったお笑い芸人的な部分ではなく、完全にひとりのシンガーとして表舞台に立ったことの証明でもある。


ただ、矢部を知る人であればあるほど、今回のアーティスト起用には若干の疑問も浮かんだのは事実としてあったはずだ。何故なら矢部はお世辞にも歌が上手いわけではないということを、ファンは数々のシーンで見てきたからである。彼自身カラオケを趣味として挙げ、烏龍ハイを飲みながら夜カラを堪能していたことは番組内でも何度か語られていたその一方で、かつては『お笑い芸人歌がへたな王座決定戦スペシャル』にてその歌声を盛大に弄られたりもしていたので、鬼が出るか蛇が出るか不明な感覚はやはり拭えない部分も存在したのだ。

 

 

矢部浩之 -「スタンドバイミー」Music Video - YouTube    


そんな折、日付が変わって本日公開されたのが処女作“スタンドバイミー”である。制作者は菅田将暉や私立恵比寿中学など多数の楽曲提供経験も持つシンガーソングライター・石崎ひゅーいで、曲調はミディアムなバラードソング。聴く前はどのような楽曲になるか予想の付かないリスナーが多かったように推察するが、結果おふざけ一切なしの叙情的バラードで思わず胸を打つ一作に仕上がっている。確かにボーカル面に関しては特に高音部分に関しては若干の苦しさもあるし、お世辞にも上手いシンガーであるとは言い難い箇所もある。ただそれ以上に様々な妥協点を超越する評価点が存在し、それらが結果我々の心に強く訴え掛ける何よりの武器になっているようにも感じる。


“スタンドバイミー”を一聴して抱いた強みは主に3点。まずひとつはその旅路と信頼を赤裸々に記した叙情的な歌詞である。石崎いわく「矢部さんが岡村さんに歌うようなイメージ」で作られたこの楽曲は『僕』と『君』、つまりはナインティナインをテーマにして描かれていることは間違いないということを念頭に置いても、《スタンドバイミー 君と出会えてよかった/クローズトゥーユー ありのままでいいんだよ》と綴られる歌詞はナインティナインの長い歴史……。それこそ二丁目劇場やめちゃイケを経ての彼らの長い信頼関係を真摯に表す1ページだし、Cメロ部分の《いつも一つだけ足りないのはね いつか二人で100できるように》とするフレーズも、いつも二人三脚で歩んできた彼らを体現するようで思わず涙腺が緩む。


次いでピアノと弦楽器を主軸とするメロディも、この楽曲の醸し出す雰囲気に一役買っている。一見「バラードなのでピアノと弦楽器を使うのは普通では?」と思ってしまうそれは石崎がこれまで“ガールフレンド”や“花瓶の花”といったバラード曲で培った彼らしさでもあり、これらが歌声を阻害しない塩梅で鳴っていて、かつ耳馴染みも良い。総じてこの楽曲は石崎にしか成し得ない作風のバラードであり、なおかつかねてより彼を追ってきたファン目線から見ると、ここ数年は弾き語りを主軸としたミニマルな編成で楽曲を披露することが多かった関係上「バラードを制作する環境が彼自身にも整っていたのかな」、との印象も受けた。

 

石崎ひゅーい - 花瓶の花 - YouTube

 

 そして最後に是非とも記しておきたいのが、矢部のボーカル面についてだ。冒頭でも記した通り、矢部は決して卓越した歌声を持つ人物である訳ではない。しかしながら相方について歌う歌詞、どこか遠くを見詰めるようなふわりとしたメロディが渾然一体となった“スタンドバイミー”では、肩に力の入り切らない独自の歌声が様々な思いを乗せるように溶けていく……。これこそがプロボーカリストには絶対に成し得ない、ある意味では素人ならではの強みなのではなかろうか。矢部は“スタンドバイミー”のレコーディング時のエピソードで「頂いたものを誠実に歌おうとしていた」とする内容もそうだが、この楽曲を語る際に何度も『誠実に向き合って』という言葉を使っていたことが記憶に残っているのだが、こうした姿勢も“スタンドバイミー”に大きな力となって加わっていると素人目ながら明確に感じた次第である。

 

まだ本日が公開初日なので予測するのは野暮だろうが、今月末に行われるイベントでの初生歌唱も含めて一般的な大成への過程を着々と進んでいる矢部浩之のアーティストデビュー。基本的にお笑い芸人の音楽活動は粗品の“乱数調整のリバースシンデレラ”然り吉本坂46の“泣かせてくれよ”然り、大々的な作詞作曲陣のバックアップが付くことは絶対で、これらの前例を考えても矢部の今後の音楽活動は多数の有名ミュージシャン(個人的にはボカロPを予想していたりする)の起用で成り立つはずだ。実際今回の“スタンドバイミー”は初動的に見ても感触はおよそ良好であろうし、これは最終的に彼がラジオ内でネタとして語っていた音楽番組への出演も夢物語ではなくなるかもしれない。……元々与えられた仕事は全力でやるスタンスの矢部は、今回のデビューについて「たくさんの本職のプロフェッショナルの方たちが動いて下さるということで、覚悟せなあかん」と胸の内を語っている現状だが、さあ、今後未来はどうなるか。それを目撃する最短の出来事はもちろん10月31日の『ナインティナインのオールナイトニッポン歌謡祭』。50歳を迎えた矢部浩之のここからの動きには今以上に目が離せないぞ。