キタガワのブログ

島根県在住。文筆。rockinon.com外部ライター等。

10月某日

……僅かに感じる重量に、心底苛立ちを覚えた。つい今しがた手にした筈のビール缶は、すっかりその体液を放出し尽くていたようだった。僕は仕方なく1階のキッチンへ向かうと、冷蔵庫の上段から精神を満たす回復薬を探した。

僕の思いとは裏腹に掌は空を切り、冷蔵庫の端々にぶつかった。頽れた心中に、ぼんやりとした記憶が浮かび上がる。……そうだ。僕は瞬時に合点した。アルバイトの帰りに立ち寄ったコンビニで酒税の値上がりに微かな躊躇を覚えた僕は、普段より1本酒を少なく購入していたのだ。「どうせ明日も仕事だしそこまで呑まないだろう」と高を括っていたかつての自分を恥じた。某かの契機で体内のアルコールが不足することは内心理解していたが、こればかりは自己責任という他ない。仕方なく親父が秘密裏に保管していた常温の芋焼酎をコップに注ぎ、かっ喰らった。瞬間的な喉が焼ける感覚を味わいながらこの日何度目かの自死の思いが頭を支配したことに気付いたが、そうした鬱屈とした感情を紛らわせるが如くもう少し、もう少しとチビチビ呑んでいるうち、いつしかコップは空になっていた。

物音に気付き、母親が起きてくる。「明日も仕事なんだけん、はやこと寝たら?」と苦言を呈する。僕は乾いた生返事ひとつ返すと、再び自室へと戻った。背後で何か訴えかける声が聞こえた気がしたが、無視を決め込んだ。

開店から閉店までレジを任される日常を続けるうち、僕は日増しに自分の人生がどうでも良い代物であると感じるようになっていた。それはコミュニケーション社会の最たる場所こと『仕事先』に長く住み着けば特に痛感するもので、将来有望と称される年下のバイト生も、世間話をバックルームでくっちゃべる主婦も、露骨に無視する上司も、1日8時間に及ぶ拘束時間は僕の自尊心を緩やかに傷付けるには、あまりにも十分だった。

そんな僕が唯一の心の支えにしてきた事が執筆活動の音楽の知識だったが、それも今や風前の灯火で、次第に諦めの気持ちが努力思考に勝っていく感覚を肌で感じていた。依頼は依然ひとつとして来ないし、細々と続けているブログも遂には閲覧者が全盛期の10分の1以下となるに加え、ひとつの評価さえ届かなくなった。若い若いと言われていた年齢から更に歳を重ねた今、残ったのは根拠のない消えがかった希望だけだと言うのだから笑えない。「いっそこのまま人生を無に帰す方が良いのかもしれない」と日常的に思考するものの、その実心の弱い人間は希死念慮の実行力さえも弱々しいようで、僕は今でもタイミングを幾度も逸し続け、のうのうと生き長らえている。

僕は朦朧とした頭で、明日の作業表に目を通す。どうも明日は朝からお客様宅に謝罪電話を飛ばし、午後からは実質レジのワンオペらしい。けれども僕の脳内では、執筆記事の時間確保に警鐘を鳴らす音だけが響き渡っていた。そう。僕の夢はひとつだ。……音楽が聴きたい。記事を書きたい。どれほど多忙を極めようとも、心を強く動かすのは音楽と文章だけである。ならばやらねばなるまい。……気付けば時刻は深夜の2時半を回っている。僕は芋焼酎をもう1杯だけ呑むことに決め、再度下界に降りることにした。