キタガワのブログ

島根県在住のフリーライター。ロッキン、Real Sound、KAI-YOU.net、uzurea.netなどに寄稿。ご依頼はプロフィール欄『このブログについて』よりお願い致します。

【ライブレポート】酸欠少女さユり『Dive/Connect@Zepp Online Vol.3』@Zepp Yokohama

こんばんは、キタガワです。

 

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去る9月22日、ソニーミュージックが立ち上げた音楽ライブ配信コンテンツ『Dive/Connect@Zepp Online Vol.3』がオンラインにて開催された。第1回目のASIAN KUNG-FU GENERATION、第2回目の加藤ミリヤを経て今回で3回目を数える『Dive/Connect@Zepp Online』であるが、今宵出演するアーティストは2.5次元パラレルシンガーソングライター・酸欠少女さユり。今回も例に漏れず、事前収録されたライブ映像が1時間、ゲスト(BiSHのセントチヒロ・チッチ)を招いた生トーク30分という豪華な内容で進行していく。


事前に募集されたファンによる思いのこもったメッセージの数々がお笑い芸人であるニューヨーク・屋敷の口から読み上げられた後、さユりが呼び込まれると、息を飲む音さえ聞こえない完全なる無音状態と化した暗黒の会場に、トレードマークの水色のポンチョを身に纏ったさユりがゆっくりとステージ袖から歩みを進め、中央の柄模様のラグの上にポツンと置かれた座布団に腰を降ろし胡座をかくさユり。傍らには手の届く距離に常温のステージドリンクやギターの弦を拭くタオルの他、サブのアコースティックギターが演奏面を上にした状態で無造作に置かれている。大バコのライブハウスとしてはあまりに稀有な小規模な空間には驚くばかりだが、このラグが敷かれた2畳そこそこのテリトリーこそが今回のさユりの主戦場であり、更には約1時間に及んだライブにおいて、彼女はこのテリトリーから一歩も動くことはなかった。


そして僅かに上部に向かれていたマイクスタンドをぐっと下部に向け、チューニングとギターを爪弾く一連の流れから鳴らされたのは、メジャーデビューシングル“ミカヅキ”。

 


酸欠少女さユり『ミカヅキ』MV(フルver)アニメ「乱歩奇譚 Game of Laplace」EDテーマ


さユり - ミカヅキ / THE FIRST TAKE


“ミカヅキ”は彼女の名を広める契機となった楽曲であると同時に、デビュー当時からひとつの例外なくライブのセットリスト入りを果たしているナンバー。当時は連日連夜、愚直な路上ライブに精を出すさユりの「どうか私を見付けてくれ」と一筋の光を渇望する意味合いが強かったと推察するが、あれから数年の時が経ち、長年の夢であったメジャーデビューを実現させた今、“ミカヅキ”は彼女のメジャーファーストシングルとして、またアニメ主題歌としても大きく広まった。故に《それでも 誰かに見付けて欲しくて/夜空見上げて叫んでいる》とのサビの一節は当時のさユりの心情とリンクしている部分もいくらかはあるだろうが、此度鳴らされた“ミカヅキ”は過去を抱き締めて飛ぶ、また違った決意を携えて響いていた。


事前に明言されていた通り、今回のライブはサポートメンバーを従えず、多数のカメラの向かう先には常にさユりのみが映し出されるという完全なるワンマンショーとして確立していたのだが、セットリストに関しても弾き語りの形式に徹底して振り切ったものとなった。具体的には“ふうせん”や“スーサイドさかな”、“ちよこれいと”等、現状アルバムに一切収録されていない所謂『B面曲』を広く展開すると共に、著名なナンバーの大半が外されるというある意味では大きく虚を突かれる構成で、リアルタイムで設けられたチャット欄には楽曲が展開されるたびに多くの驚きに満ちたコメントが書き込まれ、異様なスピードで更新されていた。


巨大な会場の中心で歌うさユりは虚空を見詰めながら、相棒とも言うべきアコースティックギターをセンチメンタルな雰囲気を帯びた楽曲では労るように、また感情を迸らせる楽曲では弦が切れんばかりのピッキングで激しく魅せる変幻自在の演奏に終始。更にはそうした演奏のみならず、胡座をかいた足でリズムを取りながらストロークを試みる様や言葉と言葉の間に成される荒い息継ぎさえもひとつのエッセンスとして昇華させ、楽曲をギターと共に二人三脚で真摯に鳴らす姿はさながら長らくの相棒との対話を図っているような厳かささえも感じさせ、グッと心を掴まれてしまう。

 


酸欠少女 さユり 『ふうせん』鬼めくりリリックMV


パートナーへの意図せぬ依存を風船の萎みに例えた“ふうせん”を力強く届けると、この日初となるMCに移行。


「こんばんは、さユりです。画面の向こうの皆さんもこんばんは。今日はオンラインライブなるものをしています。私にとって初めての配信ライブです。今ここはZepp Yokohama……空っぽのライブハウスです。お客さんは誰もいない、がらんどうなライブハウスにて、歌っています。……いろいろ考えたんだけどさ。『一緒の空間にいるような気持ちで』とか『ライブハウスにいるような気持ちで聞いてほしい』とか考えたんだけど、やっぱりここはがらんどうなライブハウスでしかないし、Zepp Yokohamaでしかないし。目の前にお客さんはいないし。でも(お客さんは)画面の向こうにいるから。その距離感でいいなあって思って。みんなも部屋の中とかかな。ひとりの画面の向こう側で、好きなように、そのままの心で、そのままの心地で。好きなように楽しんでくれたら嬉しいです。今日はどうぞよろしく」


そうして一息に思いの丈を述べたさユりは『君』への愛情に相反する寂寥感が襲い来る叙情歌“それは小さな光のような”、今や回顧不能な在りし日の思い出に思いを巡らせる“プルースト”とシームレスに楽曲へと繋げていき、その間は僅かな水分補給とチューニングのみで目立ったアクションはなし。無音の沈黙さえも味方に付けた、集中力と緊張に包まれた独自の空気感でもって掌握していく。

 


酸欠少女さユり『フラレガイガール』MV(フルver) RADWIMPS・野田洋次郎 楽曲提供&プロデュース


中盤におけるハイライトとして映ったのは、「こっぴどくフラれちゃった女の子の歌」と彼女が語って鳴らされた、さユりの代表曲としても馴染み深い“フラレガイガール”。冒頭のアカペラでの歌唱、緩急を付けた演奏等結果として原曲と大幅なアレンジを加えたこの楽曲を、さユりは時折目を瞑りながら感情を乗せ、痛い程の熱量でもって届けていく。歌われるのはひとりの女性による、失恋の果てに未練と怒りをぶちまける形容し難い激情である。中でもラスト《とびっきりの「バカヤロウ」》のフレーズを限界まで伸ばして絶唱するさユりの姿は、強烈な没入感で観るものを圧倒する。


その後はさユりの歴史の中でも、とりわけアッパーな楽曲を矢継ぎ早に展開。「画面の向こうで手拍子してくれてもいいよ?」と語って鳴らされた、魚が水槽の外側の花に対して叶わない恋心を描いた“スーサイドさかな”、絶望の縁で前方を見据える“航海の唄”、激しくギターを掻き鳴らした“ちよこれいと”……。無論今回のライブは弾き語りであるため、かつての単独ライブやフェス等で散見されたVJを用いた視覚的効果はないし、多数の楽器隊がもたらすアンサンブルもまた、皆無なものとなった。けれども息を飲むことすら憚られるようなしんとした空間下において、ギリギリまで音圧を上げたギターと歌のみで掌握していく様を見ていると、彼女にとって歌うという行為が如何に日常的で、また何よりの存在証明の手段であるということを痛烈に感じ入った次第だ。


「今観てる君。この街のどこかに住んでる君。いろんなことがあると思います。いろんなことがあったと思います。今年は特にこういう状況だったからっていうのもあるし、そうじゃなくても日々何かを失くしたり、出来ることが出来なくなってしまったり、あったものがなくなったり。でも代わりに、なかったものと出会ったり。知らなかったことを知ったり。嬉しいこと悲しいこと、楽しいこと寂しいこと、いろんなことが日々あると思います。分かんないことに掻き乱されたり、迷わされたり。毎日過ごしていくっていうのは簡単そうで全然簡単じゃないけど。とっても難しいけど。でもだからこそ、自分の目の前を、自分の今を、自分のこの瞬間を、自分で照らせるように。自分で信じられるように。私は私の歌を歌います。……君は、何をしていますか?この時代、この瞬間、今生きているあなたに。最後に十億年という歌を歌います。聴いてください」と鳴らされた最後の楽曲は“十億年”。

 


酸欠少女さユり『十億年』MV(Short ver)「モード学園」2017年CMソング


喉が張り裂けんばかりの熱唱で魅せた“ミカヅキ”の「どうか私を見付けてくれ」との渇望も、80年にも渡る長い人生の旅路を一歩ずつ着実に踏み締める“航海の唄”も、虚無的な水槽の中でただ日々を消化する“スーサイドさかな”も……。思えばこの日披露された楽曲にはフィクション如何に関わらず、ひとつの例外なく個々人の生活と命の躍動が痛烈に記録されていた。フィナーレを飾った“十億年”で歌われるのは、言わば生きとし生けるものによる人生の全肯定である。諸行無常の果てに天文学的な確率で産み落とされた生命その全てを《この体は/巨大な巨大な奇跡だ》と言い切った上で、最終部《この時代でこの場所で 何ができるだろう》と帰結する“十億年”。アコースティックギターと全身全霊の絶唱で響き、叱咤激励にも似た強さで背中を押す痛みを伴ったメッセージソングとして鼓膜を震わせた。鋭いピッキングでギターを弾く手をピタリと止めたさユり。「ありがとう、さユりでした」とマイクに呟くと傍らにギターを置き、ステージに一礼。さユりが去り誰もいなくなったステージにはぽっかりと口を開けた真っ暗な暗闇だけが残り、徐々に画面はフェードアウト。この日のライブは最後まで緊張感に包まれたまま、幕を閉じたのだった。


初の弾き語りアルバム『め』然り、ギターと歌のみでトライしたThe First Take然り、『ねじこぼれた僕らの“め”』と題されて予定されていた全国ツアー(後に全公演の中止が決定)然り、今年に入ってからのさユりはとりわけ弾き語りという身一つで鳴らすスタイルに傾倒していることは、周知の通りである。何故彼女はデビュー5周年という節目の年に、大胆な変革を取り入れたのか。その根元的な理由については不明ではあるものの、結果として『Dive/Connect@ZeppOnline』史上初となる歌とギター1本で掌握した今回のライブは、何よりも雄弁に『2.5次元の酸欠少女さユり』としての側面以上に、生身の『シンガーソングライター・さユり』としての地力を圧倒的な熱量で伝え、大きな成功を収めたと言って差し支えないだろう。


“ミカヅキ”の鮮烈なデビューから、同じく5年あまり。此度のライブは眼前を見据える表情もライブ姿勢も、心なしかそのさユりをさユりたらしめる揺らぎを携えた歌声についても、若干の大人びた変化さえ感じさせていたようにも思えてならなかった。……徹頭徹尾歌とギター1本で成された、決意の1時間。彼女の音楽道は、まだ始まったばかりだ。


【酸欠少女さユり@Zepp Yokohama セットリスト】
ミカヅキ
ふうせん
それは小さな光のような
プルースト
フラレガイガール
スーサイドさかな
航海の唄
ちよこれいと
十億年

 


【Dive/Connectダイジェスト】酸欠少女さユり「ミカヅキ」「スーサイドさかな」「それは小さな光のような」(オンラインライブ「Dive/Connect @ Zepp Online」より)