キタガワのブログ

島根県在住。文筆。rockinon.com外部ライター等。

黒い太陽326号

「おいーキタガワー!」「どこ行っちょーや!」「チームプレイやっちょーけんなこっちは!」「またクリア出来んかったがん!」

久方振りに起動したかと思えばこの仕打ちである。先週買ったばかりのグレーがかったゲーム機は「クソッタレ」とやけにやさぐれた顔でこちらを睨み付けている。そんな虚無的な時間が嫌で、たまらず僕は手元にあるウイスキーの瓶を傾けた。瞬時に胃がかっと熱くなる感覚に陥ったが、今は緩やかな自殺とも言うべきそれが妙に心地良かった。

……コロナ禍以後、僕は只ひたすら月180時間のアルバイトに忙殺される日々を送っていた。あれほど舞い込んできた執筆依頼メールは約1年の間一切届くことはなく、かつて唯一の心の拠り所としていたライブも同じく約1年間参戦出来ず仕舞い。これではいかんと奮起した投稿系の執筆活動も結果は散々で、僕の心にはいつしか諦めにも似た鬱々しい思いが日常的に押し寄せるようになった。漠然と「このままだと死んでしまう」という直感を抱き始めてから早1年。今日も僕は未だ終わりを選ぶこともなく、のうのうと生き長らえていた。思えば「何か心が揺さぶられるようなことをしなければ」とある時期から焦り始めたのは、本能的な危険を告げるアラートだったのではなかろうか。

長らくの熟考の末、僕は数年ぶりにゲーム機を購入した。3月26日に発売予定の『モンスターハンターライズ』。かつて数百時間も昼夜問わずプレイし、友人らとの協力プレイで天井知らずの盛り上がりを記録したこの代物に没入することが、おそらく今考え得る最上の『心が揺さぶられるようなこと』であると考えたためだ。それから時間を経たずして、僕のゲーム機購入をどこからか聞き付けたかつての友人から直ぐ様ラインで連絡が到来し、あれよあれよという間に全員が発売日当日に足並みを揃えてプレイする算段を立てるに至った。ただ僕はメンバーの中で唯一ゲーム機を所持していなかったため、まずは4万円近い高額なゲーム機を購入することから始める必要性があったが、既に精神が限界に達していた僕は躊躇なくそれを引き落とした。たとえ毎月精神科に通院して得体の知れない薬を貰うより、ゲームを無為にプレイする方が圧倒的に安全であろう。

……発売日が約2週間後に迫った某日、その友人からひとつのラインがグループに投下された。彼の話を紐解くに、現在オンラインではモンハンの体験版がリリースされているらしく、来たる興奮を先んじて体感するには絶好の機会であるとのことだった。当時半酩酊状態だった僕はふたつ返事でそれを了承し、月額料金を支払ってオンラインへ繰り出した。元々PSP時代のモンハンのコアユーザーだった僕は、空中を自在に翔んだり、武器の攻撃表示が都度画面上に出現するといった事前情報から「もしかしたらクソゲー化してしまうのでは」と危惧する気持ちも存在していたのだが、結果は杞憂。確かに独特の操作方法に戸惑いはしたものの数十分もすれば馴れ、新たなモンハンの存在感に少しずつ魅力されるようになった。『心が揺さぶられる』とまでは行かないまでもなかなかの及第点であることは間違いなく、初級のモンスターを撃破するまでは極めて楽しくプレイすることが出来ていた。

しかし一転、上級になった瞬間に楽しさは少しずつ消失していく。その要因としてはやはり、難易度が飛躍的に高まったことが挙げられる。具体的には制限時間は約4分の1に短縮され、今ゲームのメインボスとも言える存在を相手にする関係上、我々の立ち回りひとつ取っても慎重に、かつ如何に効率的にダメージを与えられるかを常に思考する必要性が出てきたのだ。そこで友人から発せられたのが冒頭の言葉。僕の心から次第に、楽しさ以上に憂鬱が増していくのが分かった。

そこからの僕は、すっかり味の無くなったガムの如きクエストを淡々とこなした。出来る限り仲間プレイヤーに攻撃を当てないように。回復アイテムは大事に使うように。友人のボケに対して普段は矢継ぎ早に繰り出しているはずの突っ込みもいつしか消え、言葉少なになるたけ波風を立てないように務めた。結果クエストはクリア。必然友人らは万々歳で「明日も仕事あるから」との言葉を最後に、パーティーは即時解散となった。息抜きのために始めたゲーム。ただ実際は僕の休日の貴重な時間と心の安寧を奪う形で終了してしまった。いつの間にか体内からアルコールはすっかり抜けていて、「僕は何のために大枚はたいてゲームを買ったのだろう」という思考が頭をもたげた。

僕はざわつく心を宥めるように濃い目のウイスキーを胃に流し込むと、鬱々と物思いに耽った。彼らとはもう長い付き合いである。学生時代は昼夜問わず毎日集まってゲームに興じ、校内の可愛い女子がどうのこうのと他愛のない会話を繰り広げた親密な間柄だ。しかしながら一切不変であると無意識に思い続けた関係性には長い年月を経て、少しずつリアルが干渉するようにもなった。無論仲の良さは折り紙付きで、3人で集まれば一瞬で学生時代に戻るような楽しさはある。ただ我々はもう良い大人であり、事実僕以外は正社員、そのうちひとりは既婚者だ。わざわざ仕事話を内々で行うことは然程ないけれど、きっと人生で様々な喜怒哀楽を経験したことだろう。中でも正社員業務に必要不可欠な『チームワーク』については、肌感覚で身についているはず。今回の一件は正に、そうした日常的なチームワークの差が如実に表れた一幕であったように思えてならない。

……僕は昔から、人と何かを真剣に考え、実行に移す所謂『チームワーク』がまずもって出来ない。正確には、自分ではやっているつもりでも他者からは拒絶され、迫害され、陰口へ結び付く。結果居場所を無くして精神異常となり、自主退職する鉄板の流れを気付けば僕はたかだか数年間で10数回繰り返してきた。そして行き着いた答えこそたったひとりでひたすら文章を書き続ける行為だったが、やはりライターとして大成するにはコミュニケーション能力が必要不可欠であるという事実も、身に染みて理解していた。実際某執筆関係で遠回しにクビを宣告されたのも自身のコミュニケーション不全が招いた結果だったし、先の見えない執筆活動も気付けばもうじき5年目になる。ほぼ誰にも見向きもされないアルバイトを終え、何になるとも知らない執筆を続ける日々に訪れた、気心知れた友人とのゲームというオアシス。しかしながらそれすらも僕の人間性から破綻し、オアシスと思っていたそれが単なる泥水だと知った時、自分でも予想だにしていなかったショックがあった。「お前は普通じゃないんだ」と、退っ引きならないリアルを突き付けられるようでもあった。

時刻はいつしか3時を回っていた。明日も朝からバイトだが、こんな精神状態を打破するためにも、更なるアルコールが必要だと思った。漠然と「酒を飲めばなんとかなるだろう」と思ったが、そういえば昨日も一昨日も同じ夜を過ごしていたように思う。おそらくはこうした人間がアル中になるのだろう。ぼんやりとゲーム画面を見詰めつつ飲んでいると、次第に画面は靄がかかったようにダークな色調に変化し、スリープモードに入ったが、対して気にも止めなかった。そのとき僕の心に内在していたのはただひとつ。「どうか生きていて良かったと思える日が訪れてほしい」という切なる願いだけだった。

 


10-FEET 太陽4号