キタガワのブログ

島根県在住のフリーライター。ロッキン、Real Sound、KAI-YOU.net、uzurea.netなどに寄稿。ご依頼はプロフィール欄『このブログについて』よりお願い致します。

接客業における、世間一般的な『正しい髪の長さ』の定義について

こんばんは、キタガワです。


開設から2年ほど経つ。思い返せばなかなかの長期間続けている当ブログ。


元々は『自分の書きたいことを書き殴る場所』として始めたこのブログではあるが、ここ数ヵ月の間は所謂テーマブログの様相を呈しており、気付けば「自分の普段のことを書く機会が減ってきたなあ」と思う今日この頃である。正直な話、今現在もライブレポートの執筆やら何やらで『書かなければいけない文章』というのは多々あるのだが、今回は久方ぶりにほとんど内容を考えず、ある種の気晴らしとして自身の思うままに綴っていこうと思う。何卒気楽に読んで頂ければ幸いだ。


最近よくバイト先の同僚に「キタガワくんって髪長いよね」と言われることがある。


そういえば、僕はあまり髪を切らない。詳しい月日は覚えていないが、前回美容院に行ってからおそらく4ヶ月近くは切っていない。今に関しても耳を覆い隠すほどには髪が伸びており、前髪を視界から外すために頻繁に首を振ることもいわばクセのようにはなってきた。加えて普段ドライヤーもワックスもしないせいか、どことなく不潔な印象を与えるようではある。……詳しく同僚に聞いていないので定かではないのだが。


僕の散髪スタイルは自分の中では長らく固定されていている。こう聞くと聞こえはいいだろうが、具体的には『気が向いたら切る』という至極適当なものだ。極論を言えば別に半年間切らなくてもどうということはないし、元々ロックバンドが好きなのでむしろ長髪の方がロックスター然として格好良いとも思っている。


ちなみに大学時代は目が完全に隠れるほどのロン毛だった。当時住んでいたアパートのエレベーター内で深夜0時過ぎに住人(女性)とすれ違った際、マジのトーンで「ヒィ!」と言われたのは未だに鉄板の笑い話なのだが、とにかく。個人的には大学生にありがちなトイレの鏡の前で逐一髪型を気にしたり、月に1回髪を切って金を使うくらいなら、その分どこか他の場所で金を使った方が遥かに有意義だろうというのが本音なのだ。


しかしながら仕事で考えると、『髪型』に関してはなかなか上手くいかない。というのも、僕が現在働いているバイト先はバリバリの接客業。それもコンビニやスーパーの品出しといった仕事ではなくカッチリとしたレジ業務なので、店長としてはどうしても僕のような『長髪の人』というのは店全体のマイナスイメージになりがちである。


確かにもしレジに並んでいたとして、臭いがプンプンする店員と清楚系なイケメン店員とでは大半が後者を取るだろうし、『研修中』とのバッジを付けた店員と『フロアマネージャー』のバッジを付けた店員とでは、大多数は後者を選ぶだろう。そう考えれば、仮に店長から「君!髪が長いからもっと短くしてよ!」と言われても、ある程度は納得するとは思う。


だが、逆に考えるとそうした仕事においての思考は押し付けに過ぎないとも思うのだ。要するに、人間には生まれもって備え付けられた『ある種の固定観念』によって、無意識的に思考の妨げをしているということである。


力仕事は男性がするもの。事務作業は女性がするもの。コンビニは誰でも出来る仕事。スーツを売る店員は清楚かつピッチリと。書店の店員は眼鏡率多め。焼肉屋の店員は頭に三角筋を着用。バーの店員は仕事中に酒を飲んでもいいが他の仕事は駄目。カラオケは楽そう。ゲーセンも楽そう。寿司屋の店員はめちゃくちゃつまみ食いできる。映画館の店員は割引料金で映画が観られる。旅館はニートでも雇ってもらえる。土方は底辺がやる仕事……。


そうした考えは本質とは異なっている場合も多く、鵜呑みにするのは危険である。実際僕は両手の指に収まりきらないほどのバイトを経験した自負はあるが、日雇いのイベント運営のアルバイトでは「物販は女性限定」と言われたこともあるし、映画館のアルバイトでは全く割引されなかった。 道路交通警備員のバイトでは「おらテメエちゃんとやれや!死ねクソが!」と散々罵られたし、コンビニのアルバイトでは副店長が金庫から金を盗んで店そのものが潰れたこともある(これは少し違うが)。


話が脱線してしまったので本題に戻るが、とどのつまり『髪を短くしろ』というのはその人(店長)としての考えとしては正当だが、個人としては何ら関係ないことと言える。


業務に支障が出るなら話は違うが、別に髪が長かったことで僕がミスをしたとか、裏口に呼び出されて「テメエ髪なげえんだよ!」とタコ殴りにされたわけではない。例えば、もしも客から「髪が長い店員いるじゃない?あの人不潔だから解雇してちょうだい!」と言われたとしても、それはその人の意見であり他の人は違うかもしれない。


総じて『指導』という名目で語られる言葉の全ては押し付けであり、個人の考えを曲げる重要な要素にはなり得ないのだ。


そう。全てを決めるのは自分自身なのだ。


だからこそ、今日も僕は長髪でレジに立つ。圧倒的な人員不足でレジ付近に僕以外が誰も立っていないというカオスな空間の中、僕は仁王立ちでひたすらお客様を待つ。あまりにも暇なので傍らのプチプチを潰しながら、今日もレジに立つ。嗚呼、アルバイトとはかくも無情。


数分ぶりにお客様がレジに来る。高齢の女性だ。杖をつきながら、ゆっくりと歩を進めている。よく見るとこの店に頻繁に来てくれるお客様で、同時に何度か話すうち、お互いが顔見知りとなった稀有な関係性を気付いている人でもあった。


「いらっしゃいませ」


ぼくは大声で挨拶をし、いつもの要領で凄まじい手捌きで商品をスキャンし、袋に入れていく。そのスピードはそんじょそこらの人間にはひけを取らない。僅か数秒足らずで商品を袋に入れ終えた僕は、お客様が小銭を取り出すまでの賢者タイムに突入した。


「いち……にい……何円?ああ、126円ね。ちょっと待ってねえ。1円あったかしら……」


レジにとってなかなか辛いのがこの時間だ。無言で突っ立っていては急かすようで申し訳ないし、かと言ってマシンガントークを繰り広げても駄目だ。僕はしばし様子を見ることにした。


「あのねえ、うちの孫もあなたと同じくらいの年でねえ。そんなに髪は長くないけど……」


周囲に客がいないからか、お客様の方から話題を振ってくれた。またとない幸運だ。


「あ、そうなんですね。確か野球してらっしゃったんでしたっけ。お孫さんは」


「そうそう。野球ばーっかりしてるの。最近あったときにねえ。今度試合があるからねって。ほら、近所の……何だったかしら」


「ああー、○○公園ですか」


「それそれ。そこでやるって」


「へえー。いいですねえ。お孫さんも喜びますよ。お客さんが観に行かれたら」


「そうかねえー」


会話の起承転結が途切れ、沈黙の時間が広がった。しかしそんな無言の時間も、別段悪くはなかった。絶妙な距離感と奇跡的な時間帯、そして何よりある種の気兼ねなさが、ストレスとは無縁の空間を形成していたように思う。


ふいに、お客様が僕の方をじっと見つめた。一瞬何だと身構えはしたが、すぐさま理解した。そういえば以前会ったのは数ヵ月前。当時は散髪したてで髪は短かった。更にはお客様は基本的に下を向きながら話していたため、僕の表情を伺うのはこれが初めてだったのだ。僕はお客様から放たれる次の一言をじっと待った。するとお客様は思いがけない一言を僕に放ったのだった。


「あんた、髪短い方がイケメンよ?」


……明日、髪切ります。