こんばんは、キタガワです。
パスピエ、ライブに帰還す。新型コロナウイルスの影響により、実に約7ヶ月もの長い沈黙を破って行われた今回のオンラインライブは、結果としてパスピエ印のライブパフォーマンスと共にこの世のものとは思えない視覚的な映像表現に彩られた、至極近未来的な代物となった。オンラインライブにおけるひとつの極致こと『LIVE-X』……。スクリーンショット不可。更には現状音楽メディアのレポートも一切なし。故にその全貌は正真正銘、実際に刮目した人間にしか理解し得ないが、おそらく誰もの脳裏に衝撃が襲い来る圧倒的ライブであったことだろう。
定刻である20時を過ぎると、それまで長らく映し出されていた宇宙空間を彷徨うが如くの「開演まで今しばらくお待ちください」との待機画面が変化。地球の衛生写真とおぼしき映像が大写しにされる中「西暦20××年、現在の世界とは時空が違うもう一つの世界(パラレルワールド)では、世界人口増加や環境汚染により、人類はすでに地球を脱出してスペースコロニーに移住していた」「スペースコロニーのライブ会場『LIVE-X』では、毎夜素晴らしいアーティストたちのライブパフォーマンスが繰り広げられている」との説明が、ゆっくりと現れては消えていく。
幻想的な映像に目を奪われていると、いつしか「ドアを開けるとそこにはステージがあり、アーティストたちのライブがまさに始まろうとしていた」との一文が挟まれ、画面はいつしか広々とした植物庭園を抜け、神々しく光る画面奥へと吸い込まれるように移動。そして今回のライブ会場である『LIVE-X』の上部を映し出すカメラの画面がリズミカルなドラムの音と共に徐々に引き下げられると、地上ではパスピエのメンバーが各々の楽器を展開し、開幕の時を今か今かと待っていた。
極めて四次元的なオープニングを終え、モノトーンの服装に身を包んだ大胡田なつき(Vo)が正面のカメラに向き合い開口一番「こんばんは、パスピエです。今日は『LIVE-X』ということでね、こういうバーチャル空間でやらしてもらいます」と語ると、“シネマ”でもって緩やかな幕開けを飾る。
“シネマ”はメジャーデビュー以後様々な場面で歌われ続けてきた、ミディアムテンポなナンバー。大胡田は低音パートを歌う際は中腰、逆に高音を出す場面は背筋を伸ばしての歌唱を試みていて、そのボーカリスト然とした魅せる歌い方には自然に動きを追ってしまう。パスピエの代名詞とも言える、全楽曲の作曲を務める成田ハネダ(Key)によるキーボードパートについても秀逸で、2段に組み上げられた複数のキーボードでもってその時々に合致した音色を届け、ことサウンドで存在感を発揮。楽曲の中盤では、大胡田が息継ぎ不能な長い歌詞を一息に歌唱した後に思わず笑みが溢れてしまう場面もあり、彼女たち自身、約7か月ぶりとなるライブを存分に楽しんでいる印象。
舞台を彩る、VFX技術の髄を結集した映像表現も圧巻の一言。背後にはステンドグラスを模した方形が覆い尽くし、僅かに空いた隙間からは蛍の発光の如き美麗な光や星空が点在。それも完全な静止画ではなく立体的に動いているためハイテンポな楽曲ではきらびやかに、またメロウな楽曲では幻想的にと、その時々に適した雰囲気を体現。無論、今回『LIVE-X』と名付けられたバーチャル空間の正体はライブハウス或いはホール会場なのだろうと推察するが、まるで実際に宇宙に設計された娯楽会場の如き美しさには、目を奪われるばかり。ライブを彩る重要なエッセンスとして大きな役割を果たしていた。
なお、今回のライブの視聴に際しては最低限『Thumva』なるアプリを事前にダウンロードして臨む必要があったのだが、スマートフォンで鑑賞した場合、画面を横にすればライブの全体像を把握することが可能で、また画面を縦にするとメンバーを捉えるカメラがグッと近くに寄ることによって、メンバーの表情や一挙手一投足をありありと映し出すカメラワークに変化(ホームキーや通知バーなどライブを阻害する外部的要因が全て消失し、映像のみを立体的に観ることが出来るのも○)。総じて未来的なライブ体験とも言うべき世界観を演出していたことについても、付け加えておきたい。
随所に散りばめられた変拍子で鼓膜を翻弄した“まだら”、膝下まで垂れた服の片端を持ってお辞儀をするなど、とりわけ大胡田による妖艶なアクションに目を奪われた“とおりゃんせ”を終えると、この日初となるMCへ移行。
「皆さんどうですか?観てくださってますかね。こういう形で初めて私たちもライブをするわけですけど、この皆さんが見えない状態っていうのが、画面の向こうで繋がっていると信じて……」とたどたどしくも自身初となるオンラインライブの感想を述べる大胡田。今回のライブは無観客で行われている関係上、観客のレスポンスはない。故に少しばかりの沈黙の瞬間も訪れはしたものの、すかさず成田が「こういう配信オンリーみたいなの俺らないもんね」とフォローに入り、その後は大胡田が「そうそう。だからMCが公開独り言みたいな感じ」と軽妙に返答するというパスピエ印の会話のキャッチボールを繰り広げていく。そして話は次第にVFX技術を用いた美麗な背景へとシフト。成田曰く、背後に何かを覆い隠すように敷き詰められたステンドグラス状の映像は自在に移動させることが可能であるらしく、成田はスタッフに一度映像を下げるよう指示。すると次第にステンドグラスが下部へと移動し、遠くにはビルがいくつも建ち並ぶ人口の居住地が露に。美麗な光景に思わず感嘆の声を漏らすメンバーたちだったが、成田と大胡田は常にステンドグラスを映し出す方が良いのか、居住地を映し出すのが良いのか、はたまた場面場面でステンドグラスと居住地の映像をスイッチした方が良いのか、その最適解が掴みきれていない様子で、その後の成田は一度ステンドグラスを上げさせたかと思えば「もっかい下げてもらっていいですか?」と頻りに要求。その真剣な表情で映像の変化を注視する成田を見ながら、大胡田は「(成田がスタッフに)めんどくせえと思われてるわ。絶対」と笑顔を見せる(なお最終的には常に居住地を出現させておくことで確定)。
パスピエ – グラフィティー , PASSEPIED – Graffiti
そして「景色もね、今日はこんなに綺麗なんですけど、今日は私たちのライブをね、ぜひ観ていってください。最後までよろしく!」と語ると、その後はアッパーチューンの連続だ。まずは成田の高難度のキーボードリフが幕開けを飾る“グラフィティー”を投下すると、面妖なメロが全体像を暈すサイケデリック・ポップな新曲“真昼の夜”、緩やかな冒頭から一転して爆発的なサビにシフトする“トーキョーシティ・アンダーグラウンド”、後半部に突如訪れた無音空間から露崎義邦(B)のベースを合図に再開するというライブならではのアレンジで楽しませた“つくり囃子”と間髪入れずに楽曲を展開するパスピエの姿は、久方ぶりのライブを全身全霊で楽しむようでもあり、思わず笑みが溢れてしまう。
全編通して驚きと興奮に満ち溢れた今回のライブ。その中でも圧巻のハイライトとして映ったのは、大胡田が「いつもの行こうか……」と口火を切って鳴らされた、かねてよりパスピエ屈指のライブアンセムとして確立する“チャイナタウン”。原曲とは大きく趣を異にするセッションから幕を開けた“チャイナタウン”は激しいイントロの勢いそのままに約5分間に渡り疾走。今回は眼前にオーディエンスが存在しないためか、サビに突入する直後の大胡田の煽りや腕を振り上げるといったライブで頻発されるアクションこそなかったけれども、地面に触れる寸前まで屈んだ後、飛び上がるようにしてサビを歌い上げる大胡田やヘッドバンギングを繰り出しながら鍵盤を叩く成田、アウトロではジミヘンよろしくギターを背面で弾き倒す三澤勝洸(G)のプレイで圧倒し、パスピエの地力を遺憾なく発揮した。
体感時間にしては短いようにも思われた今回のライブだが、ライブは早くもクライマックスへと近付いていく。“最終電車”を軽やかに披露し終えると、サポートメンバー・佐藤謙介(Dr)によるリズミカルなドラミングを合図に、大胡田が「なんかいつの間にか最後の曲です。またライブで。音源で。映像で。どこかで必ずお会いしましょう。ありがとうございまーす。パスピエでしたー。バイバイ」と語り、昨年リリースされたフルアルバム『more humor』のラストに収録された“始まりはいつも”で万感の幕切れだ。
ギャリギャリなキーボードとギターが鳴り響き、強い主張を繰り広げる“始まりはいつも”。キーボードのツマミを頻りに操作し音の高さを調節する成田。大胡田は言葉数の多い歌詞を時に気だるげに、時に言葉尻を伸ばしすなど随所にアレンジを加えながら歌い、《良し悪し見極めながらどこまでも繋いでいこう》と高らかに歌い上げつつ拳を天に掲げるクライマックスでもって、ライブの成功を確たるものとしたパスピエ。ラストは大胡田が「LIVE-X、どうもありがとうございました」と柔らかに微笑みながらの深々としたお辞儀を合図に楽器隊が爆音を鳴らし、画面は徐々にフェードアウト。約1時間に及んだライブは終幕した。
この数ヵ月間、音楽の火を絶やすまいと様々なアーティストがオンラインライブを敢行してきた事実については、誰もが知るところだろう。確かにオンラインライブは世界中の人々が感染に敏感になっているコロナ禍において、生のライブの代替案としてはこれ以上ないものであると思う。……けれどもオンラインライブの場では演者と観客との双方向的なレスポンスや熱狂がまずもって生まれないこと、また画面越しであるために我々視聴者自身が熱量を維持することが難しいことなどから、総じて生のライブと比較すると圧倒的に何かが違う感覚というのも同じく、この数ヶ月間で多くの人々が感じているに違いない。
故に無観客のオンラインライブで強さを発揮するアーティストというのは間違いなく、削ぎ落とした素の部分……つまりは楽曲の力に大きく左右される。そんな中で今回行われたパスピエのライブは、どこまでも楽曲の求心力を第一義に据えた磐石のパフォーマンスであったと回顧出来る。成田が生み出すキーボードを主旋律とするサウンドも、大胡田が描く曖昧模糊なワードセンスも。猛々しい中にもどこか飄々とした軽やかさを纏ったパスピエの楽曲は、結果として非常にライブ然としたライブであったと形容せざるを得ないのだ。
来たる10月16日には自主企画の有観客イベント『AJIMI』の開催も決定。その意味深なタイトルから察するに、初披露となる新曲にも大いに期待が高まるパスピエ。……今年は奇しくもアーティストの誰もが予想し得なかった大打撃が到来した運命の時代となったが、“つくり囃子”後のMCにて大胡田が「あー、なんか結局ライブだなあ」と自身の胸の内を吐露していたように、パスピエはどれ程悪しき渦中においても更なる未来の希望を胸に、躍進を続けていく……今回の『LIVE-X』にはそんな確信が、どこまでも満ち満ちていたように思えてならなかった。
【パスピエ『LIVE-X』 セットリスト】
シネマ
まだら
とおりゃんせ
グラフィティー
真昼の夜
トーキョーシティ・アンダーグラウンド
つくり囃子
SYNTHESIZE
チャイナタウン
最終電車
始まりはいつも