キタガワのブログ

島根県在住のフリーライター。ロッキン、Real Sound、KAI-YOU.net、uzurea.netなどに寄稿。ご依頼はプロフィール欄『このブログについて』よりお願い致します。

【ライブレポート】milet『THE HOME TAKE』@YouTube

こんばんは、キタガワです。

 

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今や音楽ファンに広く認知されるに至った、YouTubeで定期的に配信される一大コンテンツ・THE FIRST TAKE。「白いスタジオにしても置かれた一本のマイク。ここでのルールはただ一つ。一発撮りのパフォーマンスをすること」との基本理念の通り、THE FIRST TAKEはアーティストが1本のマイクのみを武器として数分間を形作る独自性の高い新たな音楽の発信方法として話題を集めてきた。しかしながら昨今コロナウイルスの蔓延により外出自粛の流れが叫ばれる中、今回からはアーティストの自宅及びプライベートスタジオを主戦場とした特別版『THE HOME TAKE』として爆誕。「いま、こんなときだからこそ、音楽を届けたい。すべては、家の中からはじまる。」をコンセプトに冠してTHE FIRST TAKEの重要部分はそのままに、舞台をそのまま他所に移した形で行われた。


そんなTHE HOME TAKEの第二回目として選出されたアーティストこそ、新時代のシンガーソングライター・milet(ミレイ)だ。実際音楽番組への出演やライブ経験は多々あれど、ほぼ例外なくバンド編成であった彼女であるが、録音場所がかねてよりのTHE FIRST TAKEと異なっていることから、今回のライブはmilet史上最小編成となることはほぼ確実。しかしながら同時に、miletについて語られる際、歌声にスポットが当たることが極めて多いmiletの真髄を体感できる稀有な機会でもあった。


……milet自身、此度のコロナウイルスの蔓延により大いなる影響を被ったアーティストのひとりである。記念すべきファーストアルバム『eyes』は2週間延期の後、更に1週間の延期を余儀無くされ、『eyes』を携えた自身最大規模となる全国ツアー『milet live tour 2020 “Green Lights”』は数回に渡る延期の末、全公演の開催中止を決定。そこには「秋には、大好きなみなさんと笑顔で会えることを心から祈ってます。生きていれば当然、いろんな気持ちになります。でも必ず最後は前を向いてやりましょう。前を見る勇気を持ちましょう。一緒に進みましょう。健康で、元気でいてください」とのmiletの切実なコメントが残されていた(現在はそれに代わる新たな全国ツアー『milet live tour 2020 “eyes”』の開催が11月から予定されている)。そう。本来であればツアーが終幕していたはずのmiletは、一切のライブを行うこと叶わず、この場に立っていたのだ。


歌唱前、「皆さんこんにちは、miletです。こうやって皆さんの前で歌わせていただくのは本当に久しぶりなんですけれども、皆さんのSTAY HOME時間……お家時間が少しでも良いものになりますように、歌わせていただきます」と思いの丈を語ったmilet。その表情は穏やかで、久々に全国のファンに向けて歌える喜びを噛み締めるようでもあった。

 


milet - us / THE HOME TAKE


カメラから視線を外し、ポップブロッカーを介したマイクに向かい合ったmilet。そしてアコースティックギターの調べをバックに、彼女の歌声が朗々と響き渡っていく。そのあまりに純然かつ清らかな歌声は『今ここでmiletの音楽を聴く』以外の行動を意識の埒外に追いやってしまうほどの高い衝撃でもって響き渡り、気付けば無意識的に画面に釘付けに、ヘッドホンを押さえ音量を増幅させる尋常ならざる求心力を伴って鼓膜を震わせる。サウンドを形作るのは、アコギとドラムという一見アコースティックな編成。しかしながらギターは一貫してコードではなく爪弾きで単音を鳴らし、ドラムに関しても全体的に手数が極めて少なく、更には音を拾うマイクの距離自体も著しく離しており、あくまでもmiletの歌声を第一義とする試みが成されていたのも印象深い。


CD音源においては前半部は緩やかに、後半にかけて徐々に壮大さを増していく“us”。しかしながら今回鳴らされた“us”は今までに観たどの“us”とも違う……具体的にはバックで鳴らされるギターによるハーモニクスやドラムの入り等直接的な要因も去ることながら、miletはサビ前にはフィンガースナップ、そしてサビに突入した際には歌唱トーンを変化させるという、いちシンガーとしての卓越したスキルで魅了(個人的には、このシーンにとてつもない歌唱努力と彼女の歌に対する愛情を見た)。リリース済みの正規の音源とは違った新たな“us”を、この日限りの素晴らしきアレンジで既存のファンのみならず、初めてmiletの楽曲に触れたリスナーの心に深く刻み込まれた一幕であった。

 


milet「us」MUSIC VIDEO(日本テレビ系水曜ドラマ『偽装不倫』主題歌)


《このキスでどうか終わりにしないで 今だけは/全部嘘でもあなたに触れていたい/I want you now》との歌詞やテレビドラマ『偽装不倫』の主題歌に抜擢されたことからも分かる通り、“us”は既婚者であると偽りながら恋愛関係を続けるひとりの女性が、自身の吐いた嘘に悩みながらも他者の愛情を渇望するストーリーを描いた恋愛歌である。けれども至極感動的に映った今回の『THE HOME TAKE』における3分超のmiletが魅せた3分超の物語は、今に生きる私たち(us)に向けての讃美歌としての側面さえ携えていたようにも思うのだ。


行き場の無い心に悩む『“us”』。コロナウイルスによりSTAY HOMEが叫ばれ、何処かへ行くことすら困難な時代に生きる『私たち』……。従来の企画とは趣を異にする特別版・THE HOME TAKEでこの楽曲が鳴らされたのはきっと、偶然ではない。


《I want you 想いを伝えたら/I want you 消えてしまうかな/Will you stay?》