キタガワのブログ

島根県在住のフリーライター。ロッキン、Real Sound、KAI-YOU.net、uzurea.netなどに寄稿。ご依頼はプロフィール欄『このブログについて』よりお願い致します。

【ライブレポート】サカナクション『SAKANAQUARIUM 2024 “turn”』@大阪城ホール

2年ぶり。指折り数えて2年ぶりである。山口一郎(Vo.G)の鬱病発症に伴い、実質的な活動休止状態となっていたサカナクションによる全国ツアー『SAKANAQUARIUM 2024 “turn”』。それはこれからのサカナクションを語る上で、決して外せないトピックになったのは間違いないだろう。

再起を掛けた運命的なコンセプトライブ『懐かしい月は新しい月 "蜃気楼"』を終え、遂に復活の狼煙を上げた彼ら。もちろんチケットは先行販売の時点でほぼ売り切れとなり、一般発売に切り替わる頃には秒でソールドアウト!今回はそんなツアーの大阪城ホール2daysのうち、後半29日公演のライブレポートを記載する。

滑り込みで会場に入ると、そこには大勢の人、人、人。調べてみたところこの会場のキャパは1万6000人とのことなので、予想がつかないこともない。ただアリーナ席からスタンド席までぐるりと見渡すと、改めてその規模感に驚くばかりである。この会場に集まった全員がサカナクションファン、しかもこの2年間を空白のライブ期間として過ごしてきた人たちだというのだから、これから始まる光景に期待が高まるというもの。なおこの時点でステージには全体を覆い尽くす紗幕(右部分に謎の切れ込みアリ)が張られており、その後ろの様子は一切伺い知れない。

定刻を10分過ぎて「大変お待たせいたしました。まもなく開場いたします」とのアナウンスが流れるとひとり、またひとりと拍手が伝播して大きな塊を作り出す。そして暗転後、紗幕を固唾をのんで見守る我々の耳に最初に鳴り響いたのは、叩き付けるような大雨の音だった。大雨はやがて耳をつんざく雷になり、次に紗幕にデカデカと表示されたのは『SAKANAQUARIUM 2024 “turn”』のビジュアルロゴ!以降は青と白を基調とした色彩でサカナクションの新アーティスト写真や『サカナクション完全復活』といった情報がシュバババ!と流れ、低音EDM風のリズムに合わせて手拍子で応戦する我々である。そしていつしかリズムの中に、聞き覚えのあるひとつのフレーズが聞こえ始める。《アメ フルヨル》。……そう。それは随分と久々に聴く“Ame (B)”のイントロだった。

Ame (B) - YouTube

紗幕の切れ目が次第にパックリ大きく割れ始め、その後ろにある全貌が明らかになる。定位置で演奏するのは岩寺基晴(G)、草刈愛美(B)、岡崎英美(Key)、江島啓一(Dr)、そしてフロントマン・山口一郎の5人であり、確かにこの5人が存在することに感動しつつ、楽曲はどんどん先へと進んでいく。元々シンセサイザー色の強かった“Ame (B)”はこの日は原曲を大胆にダンス寄りにしたサウンドで再構築されており、雰囲気としてはほぼ新曲。またこの時点で青いレーザー光線も異様な数飛んできていて、規模感の違いに改めて驚くばかりだ。

今回のサカナクションのライブで多くの魚民(サカナクションファンの俗称)が驚いたこと、それはセットリストの大改革だろう。というのも基本的にサカナクションは『前半はゆったり・中盤ミドルテンポ・後半にキラーチューン連発』のスタイルを取っていて、事実ここ数年のライブでもオープナーは“朝の歌”や“multiple exposure”といったBPM遅めの楽曲が主だった。そんな中で「初手で“Ame (B)”は凄すぎる!」などと思っていたのだが、真の爆発はその先にあったのだから面白い。

映画「曇天に笑う」曇天ダンス~D.D~ サカナクション/陽炎 - YouTube

……ということで、続く楽曲も驚きの連続。2曲目に披露されたのは何とライブ終盤に演奏されることが定番になっている“陽炎”!イントロが流れた瞬間にまさかの花びら特攻がバアンと発射(ちなみにまだ2曲目です)され、『△』の形に切り取られたモニターには「サカナクション復活」の文字と、着物姿の女性含む大勢の人物が復活を祝うニコニコ顔が映し出される。これ以上ない祝祭空間で、山口はハンドマイクで「ただいまー!」と叫んでステージを闊歩。時には振り付けありで会場を盛り上げていく。後半では《いつになく煽る紅》を《くれない……ない……ないない……》と二重エコーをかけて笑い出したり、花びらを取ろうとジャンプするファンに目を向けたりと本当に楽しそうで、山口にとってライブという場が特別な存在なのだと実感する。

サカナクション / アイデンティティ -Music Video- - YouTube

ロケットスタート状態はまだまだ続き、山口による「みんなアイデンティティ歌える?」とのお馴染みの口上で始まった“アイデンティティ”は、早くも今回のライブのハイライト的盛り上がりを記録。誰もが待ち望んでいたサビでは全員が大熱唱し、モニターには今の我々と同じく熱唱する人々が映し出される合わせ技で、この時点で既に汗だくだ。にも関わらずこのアッパーさはまだまだ失われず、以降はシームレスに緑の照明に感動させられる“ルーキー”、深い青がステージを満たした“Aoi”、ライブ協賛会社である『サンテFX』と深い関わりのある“プラトー”と続いていく。山口は無敵の喉で熱唱、メンバーも全力で弾きまくり叩きまくり。……一体この性急さは何なのだろうと思ったが、これこそがサカナクション復活をテーマにしたライブとして、まず初めにやるべきことだったのだろうなと。

今回のライブで特筆すべき点のひとつがセットリストだとすれば、ふたつ目は『サウンド面の分厚さ』だ。宙に浮いたステージ両方の巨大スピーカー、更には客席に向いた大量の小型スピーカーが象徴するように、今回のライブはスピーカーを増やして音響的な死角を減らすオリジナルシステム『SPEAKER+』を採用。ステージに近ければ近ければ音が良く、後ろに行くに従って悪くなっていく……というのがライブの通例だが、この『SPEAKER+』を導入することで、後ろにいても前方と遜色ない音で楽しむことが出来るというものだ。もちろんそのような大規模なサウンドを提供するのは世界広しと言えどサカナクションだけで、採算度外視でもファンに最高の音楽体験をしてもらいたいとの思いからである。

サカナクション / ナイロンの糸 -Music Video- - YouTube

ここからは一旦アクションを緩め、歌詞世界とサウンドの美しさに浸るミドルテンポゾーンへ。穏やかな“ユリイカ”と“流線”でゆったり揺れたかと思えば、《今更寂しくなっても/ただ 今は思い出すだけ》とする“ナイロンの糸”、《潜り込んだ布団の砂でほら 明日を見ないようにしていた》と語る“ネプトゥーヌス”で、この2年間鬱に苦しんでいた山口の心情にも迫る我々だ。これらの楽曲がリリースされたのは数年前なので、もちろんその頃は山口の精神は顕在だった。けれども数年後にはコロナ禍も含めて予測不能なことが実際に起こった訳で、改めて未来のことは誰も分からないのだなあと。

ボイル - YouTube

特に感動したのは、大阪公演1日目では披露されなかった“ボイル”。《遠くに 遠くに》と高らかに歌い上げる山口のバックで流れるのは、真っ白な画面に黒い文字で書かれた言葉の数々。それらは『悲』や『ライズ』、『日日日日日』、『々々々々々』といった歌詞の断片で、言わばRADWIMPSの“DAMA”、コーネリアスにおけるテレビ番組『デザインあ』を思わせる形。ただ例えば歌詞の《テーブルに並ぶメニュー》だけを考えても、《テーブル/に/並ぶ/メニュー》の言葉はたったひとつも完成されることはなく、画面には『テ』や『並』、『ー』のそれだけでは意味不明な言葉が羅列されていたことに、思わずハッとさせられた。……そう。山口は歌詞を数ヶ月単位で作り込む人(かつて“エンドレス”の歌詞の冒頭のみを2ヶ月悩み続けていたこともある)であることはよく知られているが、これは山口が悩み続けてきた言葉そのものなのだ。だからこそサビ前の《正直 正直 諦めきれないんだ 言葉を》との歌詞にはこれまで以上に胸に迫るものがあったし、言葉を諦めず戦ってくれた彼への感謝の気持ちも、ファン全員が共有していたように思う。

サカナクション / 『バッハの旋律を夜に聴いたせいです。』 -Music Video- - YouTube

手を上下に動かすお茶目な“ホーリーダンス”を終えると、会場が突如として暗闇に包まれる。すると紗幕の中央を徐々に切り裂く形でサカナクションメンバーが登場(一体どんな作りになっているかは不明だが、とにかく凄かった)し、ここからはお待ちかね、メンバー全員がサングラス姿+横並びで電子機器プレイで魅せる時間の到来だ。このスタイルはライブの定番ではあるが、開幕を飾ったのはこのスタイルとしては非常に珍しい『バッハの旋律を夜に聴いたせいです。』で、メンバーはMDMI機でシンセ音をツマミで調節しながら、デジタルなサウンドをほぼアドリブで繋げていく。これまでMacを使っての演奏が主だったところを手元のMDMIのみを使用する形に変化させていたのも驚きだが、何よりも『楽曲が凶悪な低音ダンスミュージックに変貌していたこと』が驚きとしてあった。

“バッハ〜”におけるサビ部分以降にシンセサイザーがギャンギャンに鳴り、何重ものドラムの音が心臓を打つそれは原曲とはかなり違った魅力で、思わず体が揺れる。「ライブでしか聴けない“SAKANATRIBE”の打ち込みver、そんなイメージが一番合っているかもしれないな」などと考えていると、そこから“ネイティブダンサー”が同様のアレンジで鳴らされ、手拍子も相まって更に興奮を底上げ。

サカナクション / ショック! -Music Live Video- - YouTube

“ミュージック”のラスサビ前でバンドスタイルに戻ったサカナクション。ここからはクライマックスに至るライブアンセム大投下だ。その全てがハイライト的盛り上がりを記録したのは言うまでもないが、個人的にウルッと来たのは“ショック!”の一幕。「ああ踊りたい……踊りたぁーい!」と山口がブルブル震えて始まった“ショック!”が何故ここまで感動したのかというと、コロナ禍での彼らのライブを知っていたのも理由のひとつだ。思えば“ショック!”が新曲としてライブで披露されていた当初は全員がマスク着用だったけれど、この日は全員の顔が見える。だからこそお父さんと一緒にショックダンスをする子どもも、周囲のファンの様子を見ながら「ちょっとこれ……やっちゃう?」といった困惑アリのニコニコ顔でニョッキを恥ずかしがりながら踊るカップルも、その楽しさが純度100%で伝わってきた。山口は何度も「周りを気にせず、好きなように踊ってほしい」といったことを話していたが、CD音源では絶対に伝わらない現場感がこのフロアを満たしていた。

サカナクション / 新宝島 -Music Video- - YouTube

そしてこの日イチの爆発が起こったのは、もちろん“新宝島”。『△』に区切られたオレンジのVJをバックに、あのイントロが完全バンドサウンドで流れた時点で号泣モノだが、今回はPV同様ダンサーも勢揃いのパフォーマンスに。ここまでほぼノンストップで歌い続けていた山口が、天井知らずの声量で《このまま君を連れて行くと/丁寧 丁寧 丁寧に描くと》から始まるサビを歌った瞬間、思わず涙が出た。ここ数年の悩みや憂鬱、その他諸々の出来事がこの日のためにあったのだと、言わば全肯定してくれるような高揚……。この楽曲には絶大な力が宿っていると改めて感じたし、その感動とは逆のエンタメ性として、ダンサーのポンポンによってヘアスタイルが乱れまくる岩寺のギターソロも茶目っ気たっぷりで最高。

サカナクション / 忘れられないの -Music Video- - YouTube

そして、いつしかライブは最後の楽曲に。山口が「本日はどうもありがとうございました。この日が忘れられない夜でありますように」と語って始まったのは、近年のラストソングの定番“忘れられないの”。南国とおぼしき映像と共に、山口はステージ上で正拳突きや中腰の決めポーズなど様々なアクションを取りながら進行し、最初のサビでは金色の紙吹雪が宙に舞う粋な計らいも。VJが夜のネオン街に変化した後半ではカメラワークがメンバーへと切り替わり、字幕付きでメンバー紹介をする特殊な仕掛けもありつつ、全編通してまさに『忘れられない』夜を構築したサカナクションである。

一旦舞台は暗転し、ここからはアンコールへと突入。『turn』仕様のお揃いのツアーTシャツで再登場したメンバーたちは、MCなしの本編を取り戻すかのようにしばし談笑。最も盛り上がったのは盟友・江島とのトークで、この前日のライブ終了後に江島がタコタコキングのたこ焼きを食べた話をすると、山口が「俺思うんだけど、カリカリのたこ焼きって違うと思うんだよね……。特に大阪は」といろいろ物議を醸しそうな持論を展開し爆笑を誘っていく。ちなみに山口は神座(カムクラ)の野菜ラーメンを食べていたく気に入ったそうで、その話を聞いたファンがライブ後に押し寄せたとか何とか……。

サカナクション / 夜の踊り子 -Music Video- - YouTube

アンコール1曲目は、山口が「みんなまだまだ踊れる?」と呼び掛けての“夜の踊り子”。画面に踊り子の姿が映し出されるのみならず、実際の舞妓さんが2名山口の横で踊る演出にも驚く。「これは相当な金がかかっている……!」と思ったのも束の間、「サカナクションは今年結成17年目を迎えました。なので次は17年前に作った曲をやりたいと思います」と“白波トップウォーター”をドロップする彼ら。その中心で歌うのは変わらず山口だが《通り過ぎていく人が 立ち止まってる僕を見て/何も知らないくせに笑うんだ》との歌詞を聞いていると山口の鬱にも触れたような、また「17年前の曲とはいえ全く違った響きを持つものもあるんだ」などと再認識する。

サカナクション / 白波トップウォーター -Music Video- - YouTube

そんな様々な思いが混在した楽曲をじっくり聴かせると、山口が今回のライブの音響設備の増強について説明する時間に。まず山口はステージ上部にある巨大なスピーカーと、ブロックで分けられた客席に向いた小型スピーカーによる『SPEAKER+』に触れ「僕が始めてライブハウスに行ったとき、その音に圧倒されて凄く感動しました。元々音楽が好きだったからCDでは何度も聴いていたけど、ギターやベース、ドラムが耳に迫る感覚というか……。あの体験があったからこそ僕はミュージシャンをやれていると思います。だから僕らのライブに来てくれる人にはたとえ大赤字でもしっかりとした音を届けて、あの時の僕のような感動を持って帰って欲しいと思ってます」と、音に対する思いを語ってくれた。

そして「今日は少し実験をしたいなと。今から“新宝島”を通常のスピーカーの状態で演奏します。そこからある場面でSPEAKER+をONにしますので、皆さんにはその違いを感じてもらいたい」とし、ここからはこの日2度目の“新宝島”へ!正直なところ第一音を聴いた印象としては悪くはない……というか「確かにホールの音響ってこんな感じ」といった感覚だ。しかしサビでSPEAKER+がONになると、一気にグワッと胸に迫るササウンドに変化。個人的には「いつONになるんだ……?」という緊張感であまり集中できていなかったのだが、特に後ろの席で観ている人にはかなりの驚きがあったようで、称賛の声をX(旧Twitter)上で多く見た。山口も「みんなこの音が当たり前だと思わないでね!我々が異常なことをしてるだけなので」と満足げだ。

ひとしきりサウンドの魅力を語ったところで、最後のMCが山口から語られる。「正直2年間休んだときには『もう活動できないんじゃないか』、『一度活動を止めたら離れていってしまうんじゃないか』と思っていました。……でもこうしてソールドアウトするくらい皆さんに集まっていただいて。本当に嬉しいし、応援していただいている皆さんのお陰だと改めて思います」と心情を吐露した山口。そして「実はレコーディングも始まってます。もうすぐ新しい曲をお届けできると思いますし、もっとワクワクドキドキするような曲や体験を、皆さんと共有したいです」と語る。

シャンディガフ - YouTube

そして「最後は2年前にリリースしたアルバムから、またサカナクションが活動を再開したら一番にやりたかった曲を披露して終わりたいと思います」と鳴らされた最後の楽曲は“シャンディガフ”。この楽曲で歌われるのはアルコールへの渇望ではあれど、山口は下戸であるため酒はほとんど飲めないことでも知られている。では何故この楽曲にアルコールの要素を入れたのかと考えると、一種の逃避欲求のようにも感じる。岡崎によるピアノの旋律と共に歌われる《ビールを飲んでみようかな/ストーンズジンジャーを入れて飲んでみようかな》の歌詞にうっとり酔いしれていると、いつしかモニターにはエンドロールが流れ始める。ファン全員がメンバーや関係者、スタッフの名前が出てくるたびに拍手をする光景は映画のラストのようにも思えて本当に感動した。

大々的なライブとしては2年ぶりのサカナクション。始まる前こそ山口の体調を気遣う人も多かったことと推察するが、結果としてはこれまで観たどのライブより熱く、エネルギッシュな4人を観ることができた2時間半だった。

「鬱は完治することはない病気」だとよく言われる。だからこそ根を詰める山口の制作スタイルからしても、また同じことが起こる可能性もあるだろう。ただ少なくとも、彼は1万6000人の前でサカナクション完全復活をこれ以上ない魅力で証明したのだ。……先の見えない深海から、再び我々の元に“turn”したサカナクション。次の楽曲がどのようなものになるかは分からないが、彼らの選んだ次なる選択を、今は座して待ちたいと思う。

【サカナクション@大阪城ホール セットリスト】
Ame (B)
陽炎
アイデンティティ
ルーキー
Aoi
プラトー
ユリイカ
流線
ナイロンの糸
ネプトゥーヌス
ボイル
ホーリーダンス
『バッハの旋律を夜に聴いたせいです。』(Remix ver.)
ネイティブダンサー(Remix ver.)
ミュージック
ショック!
モス
新宝島
忘れられないの

[アンコール]
夜の踊り子
白波トップウォーター
新宝島(Speaker+ ONとOFF比較ver.)
シャンディガフ