去る5月26日、今や若手ロックバンドの中心部とも言えるマカロニえんぴつによる島根公演が開催された。『マカロックツアーvol.18』とのタイトルに冠されている通り、このツアーは今回で18回目を数える毎年恒例の全国行脚の一環ではある。ただ今回のツアーがこれまでとは大きく異なる点としては、規模感が圧倒的に増したこと。これまでは小バコのライブハウスが主だったものが、今回は全ホールで構成。更にはひとつの例外もなく、チケットが一般発売と同時に即完する怒涛の売れ行きを見せ、結果当日は超満員であることはもちろん、あまりの人気により急遽席に収まらなかったファンが一番後ろでスタンディングで鑑賞するチケットも販売される……という異様な状況で行われることとなった。
会場に入ると、まずステージ上に置かれているギターやベース、キーボード、ドラムといった楽器の他、中央にそびえる鉄のアーチが目を引く。元々マカえんはライブハウスで力を磨いてきたバンドのため、この光景だけを見れば「シンプルなライブになるのかな」などと思ったりもしたが、実はそうでもなかったりして。詳細は後述するが、多くの演出を盛り込んだ特別セットだったのは特筆しておきたいところ。
パンパンの客入りとなったライブは、定刻の17時にスタート。ザ・ビートルズの“Hey Bulldog”のSEに乗せて姿を見せたのは高野賢也(B)、田辺由明(G)、長谷川大喜(Key)、サポートメンバーの高浦“suzzy”充孝(Dr)の4人で、彼らに遅れるようにしてフロントマン・はっとり(Vo.G)が登場。まだ音を鳴らす前にも関わらずオフマイクで談笑したり、準備運動をする様は余裕綽々といった様子で、彼らなりにこの日のライブを楽しもうとしているのが伝わってくる。
気になる1曲目は、ファンからの隠れた名曲との呼び声高い“スタンド・バイ・ミー”。爆音で始まった演奏を合図に、一気に全員が立ち上がる客席である。歌われる内容はマカえんにしては珍しく支離滅裂、そしてサウンドの随所にはザ・ビートルズの“I Want To Hold Your Hand”やUNICORN“おかしな二人”といったポップロックを思わせる箇所もあり、彼らが様々な音楽を吸収しているという事実をも示していた。また何よりも驚いたのはステージの演出で、これまで全く何も見えなかったステージ後方には海外のサグラダ・ファミリアのような装飾と赤・黄色・青の明るい色彩がシュバババと変遷する映像が投影されたり、青いレーザーが縦横無尽に動き回ったりとやりたい放題。早くもファンの心を掴んだマカえんのライブは、そんな満面の笑顔でのスタートとなった。
今回のセットリストは全てのアルバムから抽出しつつ、ライブ定番曲を網羅した現時点でのベスト!29日に発売予定の新作EP『ぼくらの涙なら空に埋めよう』を含め、ライブで必ず演奏される定番曲、またファン人気の高いいわゆるB面曲に至るまで、2時間ジャストに詰め込んだ盤石さが光る。また先述のライブ描写の通り多くの演出効果が凝らされていたのも特徴的で、具体的には中央にそびえる鉄のアーチにはLEDライトがいくつも仕込まれていたり、ステージ背後には映像が投影されたり、上下にはレーザー光線の照明装置。後半では、スモークやミラーボールも追加されるという……。とにかくとてつもない労力を割いたものだったことも特筆しておきたいところ。ちなみにこのツアーの模様は録画・録音されていたそうなので、今後発売されるCD特典にもなりそうな予感。
マカロニえんぴつ「たましいの居場所」MV - YouTube
リズムに合わせて長方形のキラキラカラーが炸裂した“遠心”と“恋のマジカルミステリー”、はっとりが「歌える?」とファンを誘導した“たましいの居場所”と続くと、この日初のMCへ。開幕の話題はここ島根県についてで、実は今回のライブが6年ぶり、2度目での島根ライブであることを公表。当時のキャパシティは250人で、ソールドアウトもしていなかったように記憶しているが、今回の島根県民会館はキャパ1700人で即日ソールドアウト。彼らがこの数年でどれだけの実力をつけてきたのかを証明する結果だ。更には「今日は若い人も、お父さんも子供も来てくれていて……。2024年、マカロニえんぴつは国民的バンドになったんじゃないかなと思います」とはっとり。それが決してビッグマウスではないことを実感するのが今だった。
ここからはミドルテンポな楽曲で、彼らの歌詞世界に浸るモード。おそらくマカロニえんぴつと言えば漠然と『恋愛』のテーマをイメージする人が多いことと推察するが、楽曲を紐解いていくとシンプルな終幕を迎える物語はほぼなく、失恋も純愛も……。場合によっては「僕らは出会うべきだったのか?」という根本的な疑問も含めて、人生への問いに帰結する流れを強く感じた。中でも印象的だったのはイントロが流れた瞬間に沸いた“恋人ごっこ”。《「ねえ もう一度だけ」 を何回もやろう/そういう運命をしよう》とする冒頭こそ、順風満帆の恋愛生活にも思える。ただ次第に物語は《「ねえ もう一度だけ」 もう無しにしよう?/そういう運命を取ろう》とふたりの距離が離れていることを示唆し、結末は《ただいま さよなら/たった今 さよなら》と別れに繋がっていく。生を感じる究極的なものは恋愛だとよく言われるけれど、それを得るためには多くのものを失う経験値も必要なのだと、彼らはグッと迫るボーカルとサウンドで伝え続けていく。
また彼らのライブを観て感動したのが、既存の音楽への多大なリスペクトがあったこと。はっとりのアーティスト名が奥田民生の“服部”という楽曲に由来していることは広く知られているが、何度も「島根ー!」と叫ぶ様は奥田民生のそれを彷彿とさせる。更には歌い方に関してはMr.Childrenの桜井や小田和正、特にセトリの前半部の曲はoasisのノエル・ギャラガー、ザ・ビートルズのジョン・レノンと、様々なアーティストの楽曲と歌い方を取り入れながらマカえんオリジナルに落とし込んでいる点は本当に素晴らしいと思った次第だ。少し話は逸れるが、昨年Vaundyがリリースしたアルバムに『Replica(複製品)』がある。このアルバムは「音楽とは絶対的に誰かのパクリであり、オマージュである」との思いを具現化したものだそうだが、マカえんも同様に様々な音楽性を吸収して独自に放つことが結果、多くのファンに届いていることを感じさせてくれた。
マカロニえんぴつ「春の嵐」 from マカロックONLINEワンマン~豊洲から愛を込めて~ - YouTube
ここまで全員がスタンディング、ほぼノンストップで楽曲を投下し続けてきた会場だが、ここで一旦のブレイク。”春の嵐“の後は20分以上にも及ぶこの日最長となるMCタイムで、マカロニえんぴつの柔らかな人間性を楽しむ場面に突入していく。どうやら彼らは今回の島根ライブの前日に到着してプライベートを満喫していたらしく、今回のトークテーマはズバリ「前乗りして島根で何をしてた?」。
まず口火を切ったのはギターの田辺。運動好きとしても知られる彼はホテルから国宝・松江城までの距離をランニング(約30分コース)、その後は松江城をじっくり楽しんだ様子。ただ思った以上に松江城内部の階段は急だったらしく「俺が城に住んでたら、多分酒飲んで転がり落ちると思う」と語った田辺に、はっとりは「そんな人が城を守れる訳ないじゃん」とピシャリ。更には松江城の中で『マカロニえんぴつ』と書かれたグッズを着用していたファンとすれ違ったというが、気付かれなかったようで……。それを聞いたはっとりは「君はプライベートもファンに気付かれたいの?放っておいてほしいの?」との問いで揺さぶったり、「有名人といえば俺、モグライダーのともしげさんを古本屋で見たことある。全然潜ってなかった。ちゃんと地上にいたわ」とボケたりとやりたい放題。
ベースの高野は、島根県が海産物で有名なこともあり『海の幸』が食べられる場所を探訪。かなりの距離を歩き回った彼だったが、出てくるのは居酒屋ばかり、結局は海の幸とは全く関係のない全国チェーン『串焼き屋山ちゃん』で酒を飲んだのだという。ただここでもはっとりのイジりは止まらず、串焼きに掛けて「でもここから気分は上がっていく(揚がっていく)んじゃないの?」と全力ツッコミ。しかしながらあまり盛り上がっていないフロア(この場面で大勢が座っていたのもある)を見つつ「皆さんお疲れですか……?」と困惑するはっとりに、またも爆笑が広がっていく。
続いてのキーボードの長谷川によるサウナ談義に花を咲かせ、はっとりの恒例シャトルランが挟まれたところで、ライブは後半戦へ。ここからは知る人ぞ知るミドルテンポ・打ち込み満載の楽曲で臨み、ファンの思いに応えていく。チルな曲、グルーヴ感を持った曲、全員で合唱する曲……。間髪入れず慣らされる楽曲には様々な魅力があった中で、明確に爆発したのは新曲の”忘レナ唄“。無骨なロックサウンドが鼓膜を揺らす、その中心を射抜くはっとりが歌うのは辛かった思い出や、夢を追うことで失ったもの。ただそれらを取って《けどどうだっていいのさ》と未来へ繋げていく歌詞には、心底心を揺さぶられた。この楽曲を”忘レナ唄(忘れない歌)”と題したのも、彼ららしい。
マカロニえんぴつ「洗濯機と君とラヂオ」 MV - YouTube
人生を諦めた人間が地球から逃避する“月へ行こう”、現実から遠く離れた場所に行くことを目指す“悲しみはバスに乗って”と続いて鳴らすと、はっとりは「ここからラストスパートですが、今回のツアーのアンコールはありません!最後まで全力で燃え尽きたいと思うんですが、島根の皆さん行けますかー!」とブチ上げ、ここからはロック色強めのライブアンセムを連続投下!その幕開けとして鳴らされたのは“洗濯機と君とラヂオ”。ボリュームがどんどん上がっていく映像をバックに、フライングVをギャンギャンに掻き鳴らす田辺が先導する様は圧巻だったし、サビでははっとりがマイクから離れ、ファン全員で大合唱する場面もあり美しい。
彼らの歌詞の妙に唸ったのは、ラスト前の”ヤングアダルト“。リストカットを《手首からもう涙が流れないように》と言い換え、酒への依存を《僕らに足りないのはいつだって/アルコールじゃなくて愛情なんだけどな》と真理を突くこれらの歌詞を指して、はっとりは「これこそが前を向くということ」であると信じて疑わない。……そんな『ヤング(若者)』が『アダルト(大人)』になることで起こる精神性の変化を、会場に集まった若いファンが熱唱している光景。それを希望と呼ばずに何と言おうか。
”ヤングアダルト“が終わり、はっとりによる最後のMCへ。照明が限界まで落とされたステージで彼は「基本、人は孤独です。基本、ひとりで頑張ってください。でも僕は孤独を悪いことだとは思ってなくて。なぜならひとりの時間を大切に出来ない人は、隣に大切な人が本当はいるのに、それを気付かず蔑ろにしてしまうからです」と思いを吐露していく。……先述の通り、彼らの楽曲におけるテーマは恋愛だ。しかしながら恋愛は最も幸福度の高いものであると同時に、何かの選択を誤った瞬間に孤独になるものでもある。この日歌われた楽曲すべてに『恋愛』と『孤独』があったのだと、瞬時に思い返す我々である。
マカロニえんぴつ 「なんでもないよ、」 OKKAKE ver. MV - YouTube
そして「このライブが終われば僕らマカロニえんぴつも、また孤独に戻ります。今日出会ってくれた孤独なあなたと僕たち全員で、マカロニえんぴつでした」と語ると、最後の楽曲は”なんでもないよ、“。満天の星空の映像をバックにはっとりが歌うのは本心を言いたい、でも面と向かっては言えない弱い男の心情だ。会いたい、傍に居たい。守りたい……。それ以上に大きい《僕より先に死なないでほしい》という思いさえも言葉にできず、最終的に放った言葉は“なんでもないよ、”。『、』の部分に含まれた意図も含めてハッとするこの曲を、ファンは大熱唱で応えていく。一度サビ部分ではっとりがピタッと歌唱を止めてファンに任せる場面があったけれど、驚いたのはその一瞬の間に聞こえたファンの歌声。……そう。『バトンを渡されたから歌う』のではなく、ファンが『元々歌っていたところにバトンが渡された』のだ。それほど彼らの楽曲が心を掴み、浸透している証左なのだろうなと。
アンコールなし、本編ジャスト2時間で構成された今回のライブは、端的に言えば『マカロニえんぴつが売れている理由』を突きつける代物だった。ライブを観る前はそれこそ歌詞の魅力や歌声ばかりに注目していた身だが、ライブという場でドカン!と直接受け止めるうち、CD音源以上の迫力が伴ってくる……。結果それがライブのリピーターを増やすことにも繋がっているのだろうと思った次第だ。「売れるアーティストには理由がある」とよく言われるけれど、マカロニえんぴつに関してはライブの求心力も影響しているのだとハッとさせられた一夜だった。素晴らしかったです。
【マカロニえんぴつ@島根県民会館 セットリスト】
スタンド・バイ・ミー
遠心
恋のマジカルミステリー
たましいの居場所
愛のレンタル
リンジュー・ラヴ
恋人ごっこ
たしかなことは
二人ぼっちの夜
春の嵐
クールな女
TREND
ノンシュガー
ネクタリン
レモンパイ
忘レナ唄
月へ行こう
悲しみはバスに乗って
洗濯機と君とラヂオ
ワンドリンク別
ハートロッカー
ヤングアダルト
なんでもないよ、
\\マカロックツアーvol.18//
— マカロニえんぴつ 公式 (@macarock0616) 2024年5月27日
ムービーをお届け📽️🎬
5/25(土)島根県民会館 大ホール
ツアー島根のおもひでを少しばかりですがお届け✨
あの日の時間や思いを、また会える日まで楽しみにしています🌅#マカロックツアー#忘レナ唄 pic.twitter.com/P3W5WqYSu8