キタガワのブログ

島根県在住。音楽ライター。酒浸り。

ブロガーとして頑張ることを辞めた話

こんばんは、キタガワです。


2017年に『キタガワのブログ』を開設してからというもの、まもなく2年の月日が経とうとしている。総記事数は240。読者数は22人。平均的な閲覧数は1日あたり700人前後を推移している。


今までも定期的にブログ運営者として心情を吐露する記事は多数執筆してきたが、ここらで現時点での率直な気持ちを書き殴っていきたい。


結論から書くと、僕は世間一般で言うところの『ブロガー』として頑張ることを、今後は辞めようと思っている。人気。安定した閲覧数。それに伴う副収入……。ブロガー冥利に尽きるであろうこれらの事柄は頭の隅に追いやり、極めて独善的で誰とも関わらないブログ運営を目指していく。


なぜ僕がこうした思いを抱いたのか……。その根本的な理由については、今までに何度か語ってきた。『コミュニケーションが苦手』という性格や、『ブログ運営に悩んで鬱状態になった』こと、『どうしても他者と比較してしまう』ことなど。そうした思いを堪えながらブログを騙し騙しやってきたが、ここらでそろそろぶっ壊れてしまいそうな気がしたのだ。


そしてそれらの出来事プラス、改めて「僕には無理なんだな」と決定付ける出来事がここ数ヵ月の間に頻発したことも大きい。今回はそうした部分も含め2019年7月18日現在のキタガワの飾らない心境を、3つのポイントに分けながら、洗いざらい語っていく所存だ。

 


一般的な成功に至るプロセスに従えない

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話は少し脱線するが、僕はブログ開始当初から今に至るまで『時間をかけた力のある文章は評価されて然るべき』という考えを持っている。


細かな事前調査や起承転結、そして何よりも文章から迸る熱量。その人がどのような思いで執筆したのかは、読み進めれば絶対に分かる。僕はそうしたある種の本気度を、文章を書く上でも読む上でも最重要視している。


そう。「誰彼構わずいいね押します」は違う。実際に読んで本当にそれが良い記事であればいいねを押すべきでも押されるべきでもあるし、はてなスターも同様だ。総じて本気で頑張っている人間が評価されないというのは、おかしいと思うのだ。


それと同時に、僕は「読んで読んで」と媚を売るブロガーを心底嫌悪している。


『はてなブログ』とエゴサーチをし、片っ端からいいねを付ける。リプライを送る。フォローする。読者登録をする……。もちろん全員ではないにしろ、そうした行為を行う人は自身のブログを閲覧数を増やすためにやっていることが多い。


実際この2年間、僕のツイッターやブログにもそうした人たちはわんさか集まってきた。「私もブログ書いてます。読者登録お願いします」といった声や、僕が記事を投稿するたびにはてなスターを押してくる人、果てはDMで「記事書いたのでリツイートお願いします」と言ってくる人さえいた。


僕はそうした人を見るたびに、その裏にある魂胆が透けて見える気がしてたまらないのだ。だからこそそうした人が出現した場合は、実際にブログを訪問してみてフォローするか決めている。


で、そうした人たちのブログを見に行くと、大抵熱量の欠片もない文章ばかりが並んでいるのである。400文字詰め原稿用紙の半分も埋まらないような文章を毎日投稿したり、内容も「えー、何書こうとしたか忘れちゃった(笑)。そんじゃ!」といった起承転結をぶち壊したもの、音楽について書いているのに「この曲はすごく盛り上がる最高の曲です!みんなも聴いてね!マジで草www」というIQ2レベルの文章……。


そして何よりも悲しかったのが、そうした文章を書いている人間ばかりが評価されている現状だった。中には読者数400人。毎日の閲覧数は2万超え。そうした陳腐なブログで多額のお金を得ている人さえいた。


悔しかった。『熱量のある文章は評価されるべき』と考えている自分にとっては理想を打ち砕くというか、傷口に塩を塗られる思いだった。実際、今も涙で瞳を濡らした状態で書いている。悔しい。本当に悔しい。


「じゃああなたも同じことをして閲覧数を増やせばいいじゃないか」と思う人もいるだろうが、僕は絶対にそれはしたくなかった。そんな小さなプライドはかなぐり捨ててしまえばいいと自分でも思うのだが、これだけは譲れない。どうしても嫌なのだ。


2年間も陽の目を見ないブログ運営をしている根本的な原因は言うまでもなく、僕が一般的な成功に至るプロセスを実践していないからだ。いや、実践していないというより『実践したくない』。自分を曲げたくない。しっかりと評価されたい……。そんな思いが自分を苦しめ、底辺ブロガーたらしめている。

 

自分のブログがブログ向きではない

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ブログにはブログなりの書き方というものがある。


ブログでは小説やエッセイなどのような、凝り固まった表現は使うべきでないとされている。そのため話し言葉やくだけた表現が主に使われ、果ては文章を書かず画像のみで進行するなど、そのやり方は多種多様だ。


思い返せば開始当初、『キタガワのブログ』は徹底しておちゃらけた文章を書いていた。例えば今で言う「爆音で鳴るギター」という表現は「近所の犬が驚いて逃げ出すギター」などと書いていたし、「妖艶な仕草」は「出会って3秒でセックス出来そうな仕草」としていた。


(ちなみに当時最も読まれていた文章がこれ。今とはかなり違うことが分かる)


そんな表現方法を大きく転換したのは、僕が本格的に音楽のライターを目指そうと決意した頃からだった。僕はかねてより音楽雑誌を発行する会社である『某紙』から仕事を受けることを目標として記事を書いていたのだが、ある時期から『おちゃらけた表現を書き続けることはマイナスだろうな』と思うようになった。


当然の如く音楽雑誌は真面目な雑誌のため、ふざけた表現は絶対使ってはならない。そのためもしも最終目標を音楽雑誌に定めるとするならば、おちゃらけた表現でなく、真面目な文章を常日頃から書き続ける必要があると思ったのだ。


そしてある日を境に、僕はブログ用のおちゃらけた表現を使うのをぱったりやめた。ブログ内でも徹底して真面目に書き、いざ投稿用の音楽記事を書く際でもいつでも臨めるようにした。


すると必然的にアクセス数はみるみる減少した。それどころか、今現在でも僕のブログ内で定期的に読まれている記事の大半はそんな数年前のおちゃらけた記事で、『今の僕』の記事にはほとんど見向きもされていない。たまに「1週間前に書いた記事のアクセス数を見てみようかな」と思っても、1週間で5回しか読まれていなかったりするわけだ。


そうなると「この書き方はブログには向いてないんだな」と思うと同時に「僕の主戦場はブログではないんだな」とグサリと来る。

 

結果が出ていないことのストレス

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以前、有名なブロガーの方が語っていたのを見たことがある。「1年以上ブログをやっていて閲覧数が1日あたり1000に届かない人は辞めた方がいい」と。


僕は2年間ブログをやっており、閲覧数は1日に700あればいい方である。そのためそのブロガーには開口一番「辞めちまえ!」と叫ばれてもぐうの音も出ない。ブロガー界の下の下。地べたを這いずり回るモンスター並みのしぶとさで何とか息をしている。それが僕だ。


同い年の友人らは安定した職に就き、貯金を貯めている。中にはマイカーを購入したり、結婚や出産を経験し、幸せな生活を送っている人も多い。


対して僕はどうだろう。正社員を僅か半年で退職し、人間関係に絶望した結果、今はフリーター生活をしながらひたすら文章を書く毎日だ。これが底辺と言わずして何と言おうか。


来月にはまた歳を取る。人間関係の悪化で両手の指に収まらないほどバイトをクビになったことからも、再就職も絶望的だろう。「まだ若いから大丈夫」と言われた時期はとうに過ぎ去った。来月に待っているのは一般的に言われる『夢を追うための最後のボーダーライン』だ。早く何とかしなければという思いばかりが頭を支配するものの、結果は出ない。焦れば焦るほど、筆も乗らない。


そしてクソッタレな文章で評価されるブロガーを見て、つくづく僕は哀れだなと思うわけだ。

 

最後に

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ここまでだらだらと書き殴ってきたが、ここで声を大にして言いたいのは「僕はブログを辞めるわけではない」ということだ。もちろんこれからもブログは書き続けるし、何なら一生続けると思う。


そう。ブログ開始当初から僕は『ブロガー』として生計を立てるつもりはほぼほぼなかった。では今の僕は何を目標にしているのかと言えば、少し前にも書いたが『音楽の文章で評価されること』だ。


実はブログ開始と同時進行で始めていたとある投稿活動があるのだが、それがようやく花開きつつあるのだ。何度か賞もいただき、これを続ければ奇跡が起こるのではないかと光明が差した思いだ。


友人らの中には『キタガワ=ブロガー』という見方をする人もいるが、そうではない。僕の夢は2年前から一貫して『音楽ライター』なのだ。あくまでもブログはそのためのステップで、いわば踏み台だ。もちろん「ブログで有名になるのもいいかも」というスケベ心があったことは否めないが、とにかく。ブログは趣味。その先にあるのが音楽ライターとしての活動だ。


そのため今後も最も力を注ぐものを投稿活動、そしてそのための修行兼日常的執筆活動として、ブログ運営を行っていく。今回の長々とした記事は、その決意表明と言うべきものとでも捉えてほしい。


「もしかしたらブロガーとして食べていけるかも……」という思いがなくなった今、幾分と楽になった。今後は『キタガワのブログ』に過度な期待と夢を見すぎないように心掛け、肩肘張らないブログ運営を心掛けていきたいと思う。


……先日とある読者の方から、とある記事について「この表現は間違っています」との指摘をいただいた。おそらく昔の自分であればその言葉に悩んだだろうが、そのときは感謝の気持ちで一杯だった。


なぜならその人は、僕の記事をしっかり読んでくれていたから。その上で事実と異なる部分を指摘し、間違っている部分は間違っていると、ある種の応援の気持ちを込め、勇気を持って書いてくれたのだ。


今僕のブログを読んでくれている人は、僕が嫌悪する『どうでもいいブログ』の記事に群がる人たちとは違う。純度100%の心で応援し、時には背中を押してくれる。そんな人たちだ。悪どい方法でブロガーとして有名になるより、何倍も幸せだ。


既に退路は絶たれている。応援してくれる人たちのためにも、やるしかない。僕は僕なりのやり方で夢を掴むし、それは誰にも邪魔させない。


時折またこうしたネガティブな記事を書くかもしれないが、どうかお許し願いたい。心配は無用。なぜなら僕は『底辺ブロガー』なのだから。