キタガワのブログ

島根県在住のフリーライター。ロッキン、Real Sound、KAI-YOU.net、uzurea.netなどに寄稿。ご依頼はプロフィール欄『このブログについて』よりお願い致します。

【音楽文アーカイブ】万感の再会 〜milet『ONLINE LIVE “eyes” 2020』オンラインライブレポート〜

思えばコロナ禍以後多くのオンラインライブを目にする機会こそあれど、これほど本人の口から感謝の言葉が放たれたオンラインライブは少なくとも自分は見たことがない。2度に渡る全国ツアーの中止の果てに行われた、実に自身約11ヶ月ぶりとなったmilet初のオンラインライブ。それは未曾有のコロナ禍にありながらも実直に活動を続け、今や年末に放送される音楽の祭典・紅白歌合戦初出場の切符を手にするに至ったmiletの、ファンからの有り余る愛に彩られた極上の祝祭だった。


開演時刻になると、アーティスト写真を大写しにした待機画面が暗転し、ライブ会場の映像へと遷移。高音楽器の音色が幾重にも連なる壮大なクラシックSEをバックに、無数のライトがステージを彩る幻想的な照明に招かれるようにゆっくりとステージ中央へと歩み出たのは、ライブの主人公たるmiletその人である。暫し呼吸を整え、サポートメンバーの面々に視線を合わせたmilet。瞬間、清らかな歌声がSEを切り裂いて響き渡る。記念すべきオープナーは、先日リリースされたニューEP『Who I Am』から“One Touch”である。


“One Touch”は現在放映中のCMソングとしても知られるポップナンバー。そのサウンドに呼応するように、目が覚めるような真っ赤なドレスに身を包んだmiletはサビ部分では全身を使っての高らかな歌唱、また全体の音数がぐっと減るメロ部分では軸を固定しての細部まで注力した歌唱で魅了。ラストの《時を止めて》の一幕では掌を前に突き出して静止のアクションを試みるなど、シンガーとしての存在感も十分だ。その表情は常時笑顔に包まれていて、同時に愛するファンへ楽曲を届けることが出来ている喜びを爆発させているようにも見えた。


タイトルにも表れている通り、今回のライブはファーストフルアルバム『eyes』の楽曲を軸に組み上げられていて、結果新型コロナウイルスの影響により中止に追い込まれたふたつの全国ツアーのリベンジとして、また現時点でのmiletにおける、言わば集大成的な『eyes』の魅力を最大の形で見せ付ける一夜となった。サポートメンバーとしてmiletの脇を固めるのは野村陽一郎(Gt)、Kota Hashimoto(B)、TomoLow(Key)、Lauren Kaori(Cho)、河村吉宏(Dr)ら総勢5名のメンバーで、重厚なアンサンブルでサウンド面を構築。そして驚くべきはやはりmiletの歌声。多種多様な音像にも埋もれないどころか、遮蔽物なしにダイレクトに聴き手に届くシンガー然とした地力に包まれていて、過去リリースされた様々な音源で彼女の歌声については重々理解してはいたものの、その清純さには改めてハッとさせられる。


その後は厳かな音像に満ちた“Waterfall”、ファルセットを駆使し爽やかな彩りを見せる“STAY”といった楽曲を立て続けに投下し、千変万化な魅力を実直に届けていく。無論水分補給やチューニングの関係上、曲と曲との間には少しばかりの沈黙が落とされる場面も僅かに存在したが、そうしたしんとした状況をも追い風とする不可視のエネルギーが今回のライブには宿っていて、内なる興奮は一瞬も途切れることはない。

中でも熱量が一段階引き上げられる契機となったのは、miletの名をお茶の間に広く知らしめたキラーチューン“inside you”。キーボードとPCの打ち込みが織り成すサウンドからしっとりと幕を開けた“‘inside you”は楽器隊がひとり、またひとりと加わるにつれて徐々に熱を帯びていく。そしてTomoLowとmiletの二人三脚でのアプローチからピンスポがmiletを照らした直後、目映い光がステージ全体を支配したラスサビは極めて高い臨場感でもって鼓膜を掌握。思わず手元の再生媒体の音量を一段階高めてしまう程の圧倒的な迫力で、早くもライブのハイライト的瞬間として心の奥底に入り込む印象度を携えていた。


“Who I Am”がゆっくりとその音を緩めると、メンバーから少し遅れてステージを降り、場所を移したmilet。後のMCでは来年の1月下旬に行われる新たな単独公演『milet special acoustic live 2021』の開催が発表されたが、次なる試みはそのプレイベントとも言えるアコースティック編成で、メンバー全員がぐるりと円になってのしっとり聴かせる形で全6曲をゆるりと響かせていく。アコースティック編成のライブというと一般的にはギター+ボーカル、ないしはキーボード+ボーカルの楽曲展開が多く、ともすれば若干の地味な印象を抱いてしまう可能性も否定できないが、今回のアコースティックでは野村がエレキギターをアコギに代えた以外は先程のバンドモードと然程変わりがなく、あくまで音圧をある程度維持しつつ原曲とは違う音の変化を楽しむアレンジで進行。それでいて“The Love We've Made”から“Fine Line”、“Imaginary Love”から“Again and Again”、“Tell me”から“Prover”など、比較的BPMの遅い楽曲を経てミドルテンポ楽曲へとシームレスに繋げるスタイルを取ることによりメリハリの効いた構成となっていたのも、冗長にならない工夫が凝らされていて素晴らしい。


アコースティック演奏が終わると、その後はMCへと移行。miletは一頻り今回のライブの感想とファンへの感謝の思いを述べると、次第にトークテーマは先日リリースされたニューEP『Who I Am』へ。結果として今回のライブで最もリラックスした時間となったそこではニューEPから“Who I Am”と“The Hardest”の2曲が木曜ドラマ『七人の秘書』のダブル主題歌に抜擢されたこと、自身もドラマを毎週楽しみながら鑑賞しているとの近況報告が語られると、更なる嬉しい報告として来年に行われる有観客ライブの情報を解禁。来たるファンへの久方ぶりの再会に胸踊るmiletであるが、直後には「……っていうと何か終わりな感じがするけど、全然終わりません!まだまだ歌いますので一緒に楽しんでくださいね!」とにこやかに告げると、アコースティックの会場から再びバンド編成のステージへひらひらと舞い戻っていく。


もはや言うまでもなく、今回のライブは基本的にmiletのボーカルを際立たせる作りになっていることから、美麗なVJや映像表現はほとんど行われない、極めてスタンダードなステージでのパフォーマンスとなった。けれどもその中でmiletが視覚的効果と共に演奏を行った楽曲がたったひとつ存在し、それこそが“Grab the air”……。ネクストステージへの前向きな決意を込めた1曲である。イントロと共に都市部のビル群が夜景をバックに投影され、その夜景を僅かに透き通る形で現在のライブ映像が流れた“Grab the air”。冒頭こそ直立で歌唱を試みていたmiletだが、サビ部分ではマイクスタンドに固定されていたマイクを取り、ステージ前方へと躍り出てのパワフルな歌唱で揺るぎない信頼感情を言霊として届けていく。その姿はMVを彷彿とさせる大空を飛翔する様を表現しているようでもあり、おそらく令和の新時代において注目を浴びた女性シンガーのひとりであるところのmiletの、更なる飛躍を確信する瞬間でもあった。ラストは画面の向こうのファンに向け《with you(あなたと一緒に)》と手を差し伸べる形で終えると、緩やかに暗転。微かな余韻を残しつつ、続く“Dome”、“The Hardest”といったスローナンバーにバトンを繋げる。

長いようで短く思えたライブも、いよいよクライマックス。“The Hardest”後に行われたこの日最も長尺となったMCの終盤、画面越しのファンへ「長い時間待っていてくださった皆さん、たくさんいらっしゃると思いますけれども、改めてこうして配信ライブという形で皆さんとお会いできて本当に嬉しいです」と思いの丈を語ったmilet。その言葉の端々はわずかに震えており、今にも溢れ出てしまいかねない涙を必死に堪えていることは、誰の目にも明らかだった。


そして「それでは最後まで盛り上がっていくよみんな!画面だろうが関係ないからね。歌って踊ってください。“You & I”!」と叫んで鳴らされた最後の楽曲は、約2年間でリリースされた多数のEPにおけるリード曲のひとつ“You & I”。“You & I”は直訳すると『私とあなた』。そんな中《最後の一瞬はあなたと二人で》や《ただ あなたといたいから》と楽曲内で繰り返し歌われる『あなた』の正体は最後まで不明のまま、楽曲は幕を閉じる。しかしながらこの瞬間に歌われた“You & I”ではおそらく、miletの視線の先には画面越しに自身を見詰める愛するファンの姿が思い浮かんでいたのだろうと推察する。事実楽曲が2番に差し掛かった辺りでは再び万感の思いが込み上げたのか、幾度も歌声が震え、声が出なくなる場面も。それでも気丈に前方を見据え、身を翻し、つとめて明るく振る舞い続けたmilet。最後はステージ中央でくるくると回るmiletが全体の統率を執っての全員のジャンプから、満面の笑顔で大団円を迎えたのだった。


ライブ終了後、miletは自身のツイッターアカウントにて「観てくれて、いや来てくれて本当にありがとう!ちゃんと、しっかりみんなが見えました」とファンへ思いを寄せた。タイアップソングを含めたEPを数多く制作し、音楽番組にも度重なる出演を果たしたこの1年間は特にリリース的にもメディア露出的にも大きな飛躍を遂げた運命的な年となったが、それはやはり何よりmilet自身がファンの力があってこその結果であることを理解しているからで、だからこそ今回、ファンへの嬉しさを湛えた強い感情が涙となって瞳を濡らしたのではなかろうか。……フルアルバムのリリースも多数のEPも紅白歌合戦も、ひとつの通過点に過ぎない。miletを愛するファン、そしてファンを愛するmiletとの親愛が続く限り、彼女は走り続ける。ライブが終幕した今だからこそ、改めて思う。此度の様々な思いが交錯した万感たる『ONLINE LIVE “eyes” 2020』は言わば、ファンに対するmiletによる何より幸福な信頼の証だったのだと。


※この記事は2020年12月28日に音楽文に掲載されたものです。