異なる楽曲性。移ろい行くVJ。時には感情すら変化させ、それぞれの楽曲にベストな雰囲気を帯びた歌唱法……。楽曲が投下されるごとにイメージが千変万化したオンラインライブ『Remote DamAngel(リモートダメンジェル)』は紛れもなく、YouTube上の再生回数や楽曲自体の認知度等のベクトルでは決して図れない、生身の彼女の本領を発揮した素晴らしき一夜だった。
開演まで残すところ十数分となった頃、画面はナナヲの名前を直接的に表現した『770』の数字から徐々にカウントダウン。実際には束の間、けれどもそれでいて永遠にも思える時を経て数字がゼロになると画面が遷移し、ダークな照明の中で佇むナナヲの上半身を映し出すカメラワークへと切り替わる。瞬間気だるげなギターリフから開幕を飾ったのは“ヒステリーショッパー”である。
マイナーコードを多用した重厚なギターサウンドが鼓膜を刺激する“ヒステリーショッパー”は、ダークネスな感情をつまびらかにしたミドルナンバー。当初はシックな衣装に身を包んだナナヲひとりがステージに立ち一身に注目を集めていたが、ラスサビに至る直前にはカトリーヌ(G)、かのーつよし(B)、タイヘイ(Dr)、野良いぬ(VJ)らエンジェルズ(サポートメンバーの意)がひとり、またひとりとステージに出現。この日のために作成されたVJでは多数の腕が伸ばされる様や眼前に迫るモンスターの牙、赤色を基調とした歌詞の数々が重々しくも美麗な映像表現で映し出され、徐々に内面的な興奮へと誘っていく。
もはや言うまでもなく、今年はコロナウイルスの影響により、ほぼ全てのアーティストが通年通りの様々なアクションに強制的なブレーキをかけられた。それは今回初のオンラインライブを敢行したナナヲも同様であり、今年は去る4月8日にリリースされたミニアルバム『マンガみたいな恋人がほしい』を携えて全国11箇所を回る予定となっていた『週刊天使!アカリちゃんツアー』が已む無く全公演中止となり、アルバムリリース→ツアーという音楽的ルーティーンワークの杜絶を余儀無くされるに至った。故に今回のライブは言わばその雪辱戦とも言えるセットリストで組み上げられており、具体的にはファーストアルバム『フライングベスト~知らないの?巷で噂のダメ天使~』から数曲ドロップされた他、12月9日にリリースされる自身2枚目となるフルアルバム『七転七起』に収録される新曲を数曲、そして『マンガみたいな恋人がほしい』からは“note:”を除く全楽曲が披露される大盤振る舞いの1時間となった。
背後には2面の大型スクリーンが展開されており、そこにはYouTube上にアップされたMVがひとつのブレイクの契機となったナナヲらしく、アニメーションのMVが存在する楽曲は全曲MVがフル尺で流され、それ以外の楽曲でもこの日に向けて制作された映像が投影される視覚的効果でもって興奮を底上げ。カメラに収められるどの描写を切り取っても美麗なVJが入り込む、オンラインライブならではの幻想的空間を演出。
“ヒステリーショッパー”後は「ハロー、リモートダメンジェルへようこそー。今日は楽しんでいってねー」とのナナヲの一言から雪崩れ込んだ大バズ曲“チューリングラブ feat.Sou”でMVとシンクロする振り付けでもって一気呵成に盛り上げると、続けて熱狂的な合いの手がプラスアルファの起爆剤となった“なんとかなるくない?”で畳み掛け。ライブ開始からここまででまだ10分少々しか経過していないが、ライブは早くも針を振り切ったライブモードで進撃に次ぐ進撃である。
息つく暇もなく楽曲を連発したナナヲとメンバーたち。その後は画面に映る全員がチューニングと水分補給で一息つき、この日初となるMCへ移行。画面越しにライブを鑑賞しているファンへの感謝と、中止となってしまった『週刊天使!アカリちゃんツアー』への思いを滲ませると、以降は『マンガみたいな恋人がほしい』から“もしも信者”と“MISFIT”、『フライングベスト~知らないの?巷で噂のダメ天使~』収録の“一生奇跡に縋ってろ”、“事象と空想”から成るダークサイド・アンセムの連続だ。
中でもナナヲ自身の赤裸々な精神性を痛烈に表していたのが“事象と空想”で、イラストレーター・アボガド6制作の孤独的な映像に寄り添うように、ナナヲは溜め息をひとつ落とした開幕から体を斜め30度に向けての無表情な歌唱に終始。加えて“事象と空想”でのナナヲは心なしか全体の歌声のトーンすらもやや下がっている感すらあり、そのある種虚無的な様は先程までの縦横無尽にステージを動き回る姿とも、笑顔で振り付けを行う姿とも大きく趣を異にするものであり、楽曲に合わせて変幻自在にイメージを構築するカメレオン的なナナヲの地力をこれ以上ない臨場感でもって見せ付けていた。
楽曲の終了後、MC内の一幕として満を持しての2年ぶりのフルアルバム『七転七起(読み:ななころびななおき)』のリリースの報をファンに届けたナナヲは「やっぱりライブっていうのは新曲をいち早く聴けてしまうっていうのが醍醐味でもあるなあって思ってるので」との一言から本邦初公開となるロックバラードな新曲“メキシコサラマンダー”、ネガティブな内容のMVとアッパーなサウンドの対比で大いに翻弄した“ハッピーになりたい”、からめる作画の大勢の猫による告白コールの果てに行われる《云えるか~!!》との絶叫を「……好きです。言えた!」と変えて披露した“逆走少女”、楽曲中に突如開催された『どこのおうちが一番盛り上がってるか選手権』の結果、両手に収まり切らない程のいいね!を獲得した“インスタントヘヴン feat.Eve”の順に次々と楽曲を披露。天井知らずな盛り上がりでナナヲ自身も徐々にヒートアップした様子で、“インスタントヘヴン feat.Eve”の後半部では野良いぬが意図的に行った不適当な振り付けに、ナナヲが「もっとやる気出せー!」と詰め寄って絶叫する等ファニーな場面も多々。
そしてナナヲが真摯に外出自粛中の生活や制作活動について語った長尺のMCの後「この“Higher's High”って曲はライブが出来なくても作り続けることは出来るし、発信することは出来るし、自分が止まらなければ直接会える日が必ず来るって思ったし、凄く覚悟と決意を持った曲になって。ナナヲアカリがあなたをもっと凄い景色に連れていくよっていう強いメッセージを持った曲なので、あなたに向けて歌ってると思って聴いてください」との導入から鳴らされたのは、テレビアニメ『戦翼のシグルドリーヴァ』オープニングテーマにも抜擢された“Higher's High”。
今回のライブで彼女がMC内で何度も語っていたのは、新型コロナウイルスにより全公演の中止を余儀無くされた『週刊天使!アカリちゃんツアー』の、未だ拭い切れない心情だった。彼女自身“Higher's High”前に行われたMCの一幕でも「なかなか東京に来られなかったり、アカリに会えない人たちのためにツアー行ってる」とツアーへの思いをつまびらかにしていたが、彼女をメジャーシーンへ押し上げた契機がファンであるとするならば、アーティスト・ナナヲアカリとしてコンスタントな活動を毎年行うことが出来るのも、近年で言えば“チューリングラブ feat.Sou”が過去最大風速のバズを記録したことも、やはりファンの存在があってこそ。
継続的な運動により引き起こされる一時的な多幸感を指す言葉である『ランナーズハイ』との言葉を飛翔に置き換えたタイトルからも分かる通り、“Higher's High”で歌われるのは、辛い渦中にあろうとも決して挫けない覚悟と決意、そして何よりのナナヲのエネルギー源たるファンへの全幅の信頼である。際限なく吹き荒ぶ砂嵐風のVJをバックに、ナナヲはギターを携えての熱の入った歌唱に終始。自身のストロークに合わせて上下に頭を振り乱す一幕に加え、サビ部分では真剣に眼前を見据えるパワフルなパフォーマンスで魅了した。
気付けばライブもクライマックス。“Higher's High”における最後のキメと共に「最後の曲です。ありがとうございました。ナナヲアカリでした!また必ずライブハウスで会いましょう。バイバイ!」と叫んで鳴らされたラストナンバーは、理屈抜きで盛り上がるキラキラなロックチューン“完全放棄宣言”だ。
VJとしてあらゆる事象に白旗を上げ、堕落を極める少女の姿が映し出される中、ナナヲは全身を大きく使っての歌唱や振り付けを完コピで踊るダイナミックなステージングで最後に相応しい完全燃焼を図り、楽器隊の演奏についても彼女の思いに呼応するように熱を帯び、視覚的にも聴覚的にも大いに楽しませた。ラストは幾度も「ハイ!ハイ!」の合いの手をカメラ越しのファンに委ねた後に成された《めんどくさい!》との渾身の絶唱を繰り出したナナヲが体を華麗に翻し、有観客・無観客含めて自身約1年ぶりとなるライブは大盛り上がりで幕を閉じたのだった。
広く知られるナナヲアカリ然としたハッピーかつアップテンポな楽曲群のみならず、『もうひとつのナナヲ』とも言うべきダークな精神性を帯びた楽曲、更には来たるセカンドフルアルバムに収録される新曲とレンジを広げた展開で魅せた今回のライブ。歌詞についても幸福を切望する“ハッピーになりたい”からの逆張り続きのプライドの塊と化す“逆走少女”あり、いいね!を拒絶した“逆走少女”後に大量のいいね!を得る“インスタントヘヴン feat.Eve”あり、高みに挑む“Higher's High”から全てを放棄する“完全放棄宣言”ありと、此度のライブは一見まとまりのないようでいて、その実ナナヲのシンガー然とした力量を多面的に示した何よりの場であったように思う。
その楽曲イメージを端的に表す代名詞として、彼女が愛情を込めて『ダメ天使』と呼ばれるようになって久しいが、正に此度のライブはネガティブな思いを内包した良い意味でのダメ天使ぶり以上に、進化を遂げて際限なく飛翔する前向きな様をありありと見せ付ける代物だった。……国内のコロナウイルスの感染状況は未だ深刻で予断を許さない状況ではあるが、有観客ライブという最も彼女が待ち望む景色はいつか必ず訪れる。そしてコロナウイルスが終息し晴れて大入りの有観客ライブが行えるようになったそのとき、集まったファンは強く感じるはずだ。此度の『Remote DamAngel』なるナナヲアカリ史上初の無観客ライブは、彼女がネクストステージに至る前触れのひとつに過ぎなかったのだということを。
※この記事は2020年11月30日に音楽文に掲載されたものです。