キタガワのブログ

島根県在住のフリーライター。ロッキン、Real Sound、KAI-YOU.net、uzurea.netなどに寄稿。ご依頼はプロフィール欄『このブログについて』よりお願い致します。

【中編】爆速で終わるロックバンドの曲15選

こんばんは、キタガワです。


日本ロックシーンに存在する短い曲、その中でも2分以内に幕を閉じる15曲に絞っての紹介を試みる『爆速で終わるロックバンドの曲15選』前回は前編として29秒で終幕するandymoriの他、様々な系統のバンドに焦点を当てて紹介してきたが、今回は前編を踏まえての中編をお届け。紅白歌合戦連続出場の国民的アーティストの他、2人組の兄弟デュオ、未だ解散を惜しむ声が止まないバンドなど、総勢5組の爆速で終わる珠玉のロックソングを列挙していく。再生した瞬間に心を掴まされる珠玉の爆速音楽の世界に酔いしれる契機となれば幸いである。

 

 

出逢って8秒/ゴールデンボンバー(0分08秒)

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誰もが予想だにしない抱腹絶倒の空間に誘うエアーバンド、ゴールデンボンバー。突発的な危険行為でフロアを沸かせる“抱きしめてシュヴァルツ”然り、メンバーへの黄色い声を起爆剤としてクライマックスへ突き進む代表的アンセム“女々しくて”然り、彼らは楽曲中はもちろん、外部的なパフォーマンスにも目を向けた独自性の高いアクションで人気を得たバンドであることは周知の通り。


今作“出逢って8秒”も例に漏れず『ゴールデンボンバーらしさ』を前面に押し出した楽曲となっている。なお何故この楽曲が僅か8秒という短時間で幕を閉じるのか、その理由については当時流行の最先端をひた走っていたコミュニケーションサービス・LINEにおけるボイススタンプの制作のためで、「ボイススタンプの最大収録時間ジャストの8秒間に収まる楽曲を作ろう」との思いからであったとしている。その短さからか当然の如く、今作はMVはおろかアルバム自体にも収録されていない正真正銘のレア曲となった。


では何故今楽曲のタイトルをインターネット上で検索すると大量の検索結果が出現するのか。それはこの楽曲のライブ映像がSNSとYouTubeを中心に大いにバズったためだ。以下の動画内では、登場から8秒ジャストでステージを退出するメンバーの姿の一部始終が映し出されているが、今も昔も不変のエンタメ性でリスナーに衝撃を与え続けるゴールデンボンバー。彼らが世間一般的に呼ばれる『一発屋』としていつまでも消えないことには、紛れもない理由がある。

 


ゴールデンボンバー、新曲披露は8秒で終了 異例の「8秒フリーライブ」開催

 

 

カレーライス/錯乱前線(1分14秒)

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弱冠20歳のロックの新星、錯乱前戦。彼らの最大の魅力は往年のロックアーティスト的アクションを多大な愛でリスペクトしたそのサウンドメイクであるが、楽曲に関しても凄まじい猪突猛進ぶりを貫いている。事実昨年リリースされた初の全国流通盤『おれは錯乱前戦だ!』では3分以内に幕を閉じる楽曲が何と全体のおよそ3割、歌われる内容もほぼ荒唐無稽な代物というあまりにパンクな代物であったが、以下の“カレーライス”では僅か1分14秒という短時間にロックの初期衝動をこれでもかと見せ付ける、性急なサウンドが鼓膜を揺さぶるロケンロー。


歌詞にこそ《ふつかめのカレーのにおい/君が好きなら僕も好きだよ》と記されてはいるもののカレーについて描かれる場面はこの一幕のみである。おそらく彼らにとってタイトルが“カレーライス”であること自体然程意味はないだろうし、極端な話をしてしまえば、歌詞を完全に蔑ろにして絶叫のみで進行したとしても、全くの無問題であろう。何故なら彼らにとって大切なものは『ロックを爆音で鳴らすこと』ただ一点に尽きるのだから。


“カレーライス”含め彼らの他の楽曲にも言えることだが、例えばメロとサビを繰り返し、Cメロを付け加えれば間違いなく2分50分程度に引き伸ばしたリスナーが聴く上で最適な時間尺に収めることが出来る。ただ彼らが頑なにそうしないのは、あくまで自らの衝動を第一義として捉えているからに他ならない。コロナ禍に誰もが憂う現在でも精力的なライブ活動を行い、熱狂を生み出し続ける錯乱前戦。この勢いを「若さゆえの焦燥」と一蹴することは簡単だが、決してブレないポテンシャルの高さこそ、やはり錯乱前戦に心を突き動かされる何よりの要因であるとも思うのだ。

 


錯乱前戦 - カレーライス

 

 

涸れない水たまり/TarO&JirO(0分49秒)

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アコースティックギターを用いてアグレッシブなサウンドを鳴らす兄弟ロックデュオ、TarO&JirO。ある種カラフルな部分を中心に展開したファーストアルバムとは対照的に、彼らのダークな部分を前面に押し出したセカンドアルバム『OVNI』のオープナーに冠されているのが“涸れない水たまり”である。


以下の動画ではエフェクターを介した広域的なギターサウンドで展開される“涸れない水たまり”から、アッパーな“Once in a while”へシームレスに移行する一部始終が収められている。実際“涸れない水たまり”は動画内と同様に長らくライブにおけるSEとしての役割を果たしていて、この楽曲自体が大々的に鳴らされる瞬間は基本ない。しかしながら、緩やかに熱量を高めていく流れは次曲に繋げるジャブとしてはこれ以上ないスタート。直後に鳴らされる彼らの印象的なギターテクニックにも、更なる光を及ぼすというものだ。


今楽曲が収録されたアルバム『OVNI』は激しいロックサウンドが覆い尽くす、TarO&JirOの歴史を鑑みても極めて洋楽色の強い作品となった。そんな中に取り入れられた“涸れない水たまり”は言わば楽曲から楽曲に繋ぐインタールード的な重要部に位置しており、1枚のアルバムのダレない進行を考えたとき『最も全体を効果的に魅せる手法』としてガッチリ噛んでいる。メディア等々ではTarO&JirO=ストリート発のロックデュオであるとの記述が多数見受けられるが、彼らは今でも音源以上にライブ基準で動いている。以下の動画内で“Once in a while”のみのMVを制作するのではなくあえてこの楽曲の存在を残していることについても、彼らにとって強い意味合いがあるように推察してしまうのはあながち間違いではないだろう。

 


TarO&JirO / 涸れない水たまり~Once in a while

 

 

自己愛、自画自賛、自意識過剰/MIYAVI(1分00秒)

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スラップ奏法を駆使した稀有なスタイルで、国内外問わず多くの音楽ファンの度肝を抜いた現代のギターヒーロー、MIYAVI。彼の楽曲の中で特にギター愛好家から広く知られているのが、この“自己愛、自画自賛、自意識過剰”と名付けられたインスト曲である。


前述の通りMIYAVIの代名詞的な魅力といえばその卓越した演奏スキルであり、キラーチューンたる“What's My Name”を筆頭とした様々な楽曲内で、彼のギターテクはサウンドを牽引している。そしてそれは同時に、MIYAVIはたとえギター1本でもほぼ全ての楽曲を完成に導くことが出来るとの証明でもあって、今作が収録されたアルバム『【雅-みやびうた-歌】~独奏~』では収録曲の全てを彼ひとりの演奏でこなす画期的な試みに着手した。


スラップからスライド、スラム奏法(ボディーを叩いて音を出すこと)、果てはフィンガースナップまで、MIYAVIのスキルを網羅するが如くのジャスト1分であることを感じさせない密度で駆け抜けていく“自己愛、自画自賛、自意識過剰”。しかも彼の扱う武器は比較的スラップ難度が低いと言われるエレキではなく、アコースティックギターであるというから驚きだ(なお基本的にスラップはベースのみに使う奏法のため、ギターではまずもって行わないのが通例)。ギター1本で奏でられるその圧倒的なサウンドに触発されてか、この楽曲は現在でもYouTube上の所謂『演奏動画』の超絶難度の楽曲として国内外の様々なギタリストに演奏されていて、結果彼は愛を込めて『サムライギタリスト』と呼ばれるに至った。単なるシンデレラストーリーではなく、愚直にギターテクニックを底上げしての努力の知名度。“自己愛、自画自賛、自意識過剰”は総じて、そんなMIYAVIを語る上でマストな意欲作と言えよう。

 


MIYAVI Guitar Slap

 

 

キェルツェの螺旋/the cabs(1分45秒)

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現KEYTALKの首藤義勝(Vo.B)、現Österreichの高橋國光(Vo.Gt)、元plentyの中村一太(Dr)の3名により結成されたロックバンド・the cabs。彼らは首藤の清らかな歌声に高橋のデスボイスが乗るというあまりに独自性の高い楽曲群で話題を呼んだ。取り分け彼らの登場以降『ロックバンド=四つ打ちサウンド』の認識は定着化したけれど、そうした中でも一風変わったロックバンドとして、目の肥えた音楽好きの注目の的となった理由は間違いなく、彼ら特有の主張に主張を重ねたそのサウンドにある。


セカンドミニアルバムに収録された“キェルツェの螺旋”は彼らの唯一無二の存在感を短時間に凝縮したロックとなっていて、良い意味で異物感溢れる楽曲は彼らの数少ないライブでも代表的アンセムにもなり、後に公式MVも制作される程人気の高い代物となった。楽曲内の印象部としてはやはり高橋によるデスボイスで、逆に考えれば高橋の歌声を廃することで爽やかなポップロックにもなり得るが、断固として絶叫を入れるその穿ったスタンスもまたthe cabsらしさなのだろう。


なおthe cabsは2013年に高橋の突然の失踪により解散。現在は各自が主軸を置くバンドでの音楽活動を行っている。中でもKEYTALKは言わずもがな、高橋の新バンドÖsterreich(オストライヒ)はテレビアニメ『東京喰種』のオープニングテーマを担当する飛躍ぶりを見せている関係上、おそらくthe cabsの再結成の可能性は極めて低いと推察する。ただ現在でもバンドの再結成を待ち望むファンの声は途絶えることはなく、如何にthe cabsの楽曲の持つ求心性が高いものであったのかを感じさせる。変遷を遂げるバンドシーンにおいても取り分け短命のバンド・the cabs。期せずしてメンバーの他バンドの音楽性は当時の時代と大きく異なるものとなったが、こうした活動もthe cabsがあってこその代物であることは、ゆめゆめ忘れてはならない。

 


the cabs / キェルツェの螺旋【Official Music Video】

 

 

……さて、次回はいよいよ後編へと突入。昨今各地のフェスに引っ張りだこのあのグループの他、現在は活動の動向自体が不明のまま数年間沈黙を続けるミステリアスなバンドなどラスト5組を紹介していく所存である。乞うご期待。

【ライブレポート】でんぱ組.inc『ウルトラ☆マキシマム☆ポジティブ☆ストーリー!! ~バビュッといくよ未来にね☆~』@豊洲PIT

こんばんは、キタガワです。

 

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その裏表ない前向きさで、でんぱ組.incを明るく照らす元気印の役割を果たしていた結成当初よりの主要人物のひとり、えいたそこと成瀬瑛美。そんな彼女の卒業公演が去る2月16日、東京・豊洲PITにて行われた。ダブルアンコール含め、この日2時間以上に渡って行われたラストパフォーマンスは、終演後様々なメディアで発表があった通り新規メンバーが5人追加、総勢10名体制になることを発表した運命的な一夜でもあったが、それ以上に笑顔の花がそこかしこに咲いた、まさに成瀬らしいポジティブに満ち満ちた空間であった。


ポップなフォントで織り成された此度のライブタイトルがステージ上部のモニターに映し出される中、定刻になると開演を察知した多数のファンの拍手に導かれるように暗転、オープニング映像に移行。「明日はえいたその卒業式……!!」との卒業公演にちなんだテーマが映し出された後、成瀬画伯のイラストに合わせてメンバーがアフレコを施した動画がてんやわんやな盛り上がりで流れるよもやの幕開けだ。でんぱ組.incならではの荒唐無稽なトークが交錯するドタバタ劇を経て、動画上の成瀬は最後の夜を飾る運命的なこの日、メンバー内で初めて行う『パジャマパーティー』を提案。そしてツイッターで事前募集された、有志によるイラストの数々がコラージュよろしくモニターに次々映し出されると、シンセサイザーのダイナミックなサウンドと呼応するように照明が輝かしく明転。1曲目は昨年リリースされた6枚目のフルアルバム『愛が地球救うんさ!だってでんぱ組.incはファミリーでしょ』より、リード曲たる“アイノカタチ”だ。

 


[字幕]でんぱ組.inc「アイノカタチ」Music Video/덴파구미.inc「사랑의 형태」Music Video


縦横無尽に入り乱れるダンスと歌唱でもって決して目には見えない、けれども間違いなく個々人の心に存在する無形の愛の形を具現化する“アイノカタチ”。今回のライブが成瀬のラスト公演であることから、正直な気持ちとしてある意味では物悲しさを感じさせるライブとなる可能性も考えていたが、実際は今回の主人公たる成瀬はもちろんのことメンバー6人全員が満面の笑みを湛えており、一見今回の公演がいちメンバーの卒業公演であるとは思えない程、明るい雰囲気に満ち溢れている。ふとメンバーの衣装に目を向けると、冒頭の『パジャマパーティー』を体現するが如く各自のイメージカラーを模した女児のパジャマテイストのニュー衣装に様変わりしており、具体的には藤咲彩音の背中に猫らしき生き物が引っ付いていたり、根本凪と鹿目凛の服にはハートや目玉焼きの刺繍があしらわれていたりと、目にも楽しい。ステージセットに関しても印象的で、成瀬によるイラストが随所に取り入れられたコミカルな自室と称すべき仕様。総じてまさにこの日が成瀬の脳内における『やりたいこと』を出来る限り具現化した、後腐れなしの素晴らしきラスト公演であることを明確に示す形となっていた。


その後はあまりに過密な情報量でもって“愛が地球救うんさ!だってでんぱ組.incはファミリーでしょ”を駆け抜けたかと思えば、コロナウイルスによる自粛期間中に公開された“なんと!世界公認 引きこもり!”を間髪入れずにドロップ。ほぼ現時点でのベスト的な構成となっていた4曲目以降と比較すると、この時点では新規の楽曲が中心となっていた。しかしながら“愛が地球救うんさ!だってでんぱ組.incはファミリーでしょ”では座り込んだ成瀬を全員が力を合わせて起き上がらせるワンシーンや、続く“なんと!世界公認 引きこもり!”では後半部で繰り返される、もはや昨年以降我々が報道等で何度聞いたか分からない《Stay home!》のフレーズを歌唱する場所が成瀬様式の家を模したステージセットの目の前であったりと、そこかしこにこの日ならではの一幕が点在。集まったファンたちも感染拡大防止の観点から発声こそ出来ないけれど、その名状し難い興奮を代弁するが如くのサイリウムの激しい動きでもって答えていく。

 


でんぱ組.inc テレワークMV「なんと!世界公認 引きこもり!」


“なんと!世界公認 引きこもり!”後は「萌えキュンソングを世界にお届け!でんぱ組.incでーす!よろしくお願いしまーす!」とのお馴染みの前口上を皮切りにMCへ移行。まずはでんぱ組.incのリーダー・古川未鈴が「みなさーん!お久しぶりでーす!」と底抜けに明るい笑顔でファンに挨拶。思えばこのコロナ禍ででんぱ組.incが有観客でライブを行ったのはこの前日に続いて2日目であり、当然メンバーのテンションも極めて高く「元気かー!」「会いたかったー!」などそれぞれが思い思いの言葉で集まったファンに感謝を伝えている。


この日がラストライブの成瀬はと言うと、正真正銘最後となる「世界のときめきはえいたそにおまかせ!ハイテンションA-POPガール、えいたそこと成瀬瑛美です!」との自己紹介を終えると、この日の抱負を口にする。ただそんな中でもトークはどこまでもポジティブで、やはり卒業公演のしんみりとした雰囲気とは皆無であるが、そうした事柄さえもどこか『らしさ』を感じてしまう。古川に卒業公演当日を迎えた現在の心境について問われた成瀬は「卒業公演ですねー!胸がいっぱいだよー。でも楽しくて仕方がないなあ、今」とどこまでも前向きだ。そうしたかつての成瀬から良い意味で不変のキャラクター性に誰もが目を潤ませる中、相沢梨紗は「せっかくだからえいたそがやりたいこと全部やりたいですね」と今回のライブを一切の心残りなく終えることを宣言。長年苦楽を共にしたメンバーらしく、その一連のトークの最中にも関わらず誰かがコメントを発したり、笑い声が響き渡り更なる笑いを誘う循環が出来上がっていて、それはともすれば冗長なトーク。けれどもでんぱ組.incのライブでは決してそうはならないという、何よりグループの絆を強く感じさせるものでもあった。


そしてパーティーにちなんで行われた成瀬による上下にリズミカルに振って行う独自の乾杯を経て、ここからはアッパーな楽曲を中心に展開し、“でんぱーりーナイト”、“バリ3共和国”、“でんぱれーどJAPAN”など怒濤の盛り上がりへと導いていく(なお古川は現在懐妊中であることから、4曲目の“でんぱーりーナイト”から11曲目の“サクラあっぱれーしょん”まではステージ袖で歌唱に徹していた)。今までもライブで繰り返し披露されてきた代表的な楽曲のオンパレードではあるが、やはり成瀬のターンが回った瞬間に「成瀬だ」と分かる印象的な歌声を聞くと成瀬が如何にでんぱ組.incの重要なエッセンスとして位置していたのかを、改めて感じた次第だ。

 


でんぱ組.inc「でんぱれーどJAPAN」Music Clip Short ver.


中でも感動的に映ったのは、でんぱ組.inc屈指のライブアンセムのひとつ“でんぱれーどJAPAN”。この楽曲はでんぱ組.incの楽曲の中でもメロ部分のコールやサビの合いの手など、ファンのレスポンスが肝となる。しかしながら感染防止対策の徹底により、この日集まったファンの発声は控えるようお達しが出ている。そのため此度のライブではでんぱ組.incの盛り上がりに一役買っていたコールについては、実質的な禁止行動であった。ただダークな照明に包まれたこの曲屈指のポイントである後半部ではファンは発声の変わりに、手拍子やサイリウム同士を叩き合わせたりと突発的に思い描いた様々なアクションを試みていて、思いがけず涙腺を緩ませる。他にも根本が《君と繋がる電波のパワーで》を《えいたそさんのパワーで》に変化させて歌唱したり、身重の古川に変わって成瀬が冒頭のダンスを担うなど、今まで幾度も披露されてきたはずの“でんぱれーどJAPAN”はまた違った魅力を携え、ファンの目と耳に届いていたように思う。


ファン人気の高い“檸檬色”をしっとりと聴かせると、成瀬の心奥底に迫る質問コーナーへ。まず口火を切ったのはこのメンバーの中では最も若く、また2017年に驚きのサプライズ発表と共に新メンバーとして加わったねもぺろのふたり。まずは「何で今日パジャマパーティーなんですか?」との今回の設定の深意を尋ねた根本。気になる成瀬の解としては『パジャマパーティーはみんなとの絆が深まる』との知識をどこかで得たことから端を発した試みであるらしく、メンバーはそれぞれに頷き合って成瀬の意見に同調する。続く鹿目は「えいちゃんのでんぱ組.incの活動の中で、一番の思い出を教えてください」と10年8ヶ月にも及ぶ活動の総括の意味も込めたストレートな質問をぶつける。暫し考え込んだ成瀬は「どれもステキ過ぎて決められないよ!」と溢れんばかりの笑顔で語った後、心からの感謝を込めた表情で「どれも一番ってことは、やっぱりでんぱ組.incに入ったこと自体が一番の思い出かなって思うよ!」と断言。その感慨深い返答に対し、心突き動かされたメンバーたちは次々に成瀬の名前を叫びつつ、彼女にダイブ。中でも一際強く成瀬の胸に飛び込んだ藤咲の目にはうっすらと涙が浮かんでいて、我々が知る表のでんぱ組.incとしての成瀬は元より、プライベートやバックステージ、リハーサルといった我々の知らない部分においての成瀬とメンバーの絆を物語っているようでもある。そして相沢による「えいたそは死ぬまで、ずーっと続けてたいことってある?」との問いに対しての「それはあるよ。だから次の曲歌いたかったんだよね。ずっとステージで歌ってたいなあ。明日地球がこなごなになっても……」との言葉を合図に、緩やかに次の曲へと繋げていく。

 


でんぱ組.inc「ポジティブ☆ストーリー」Live Movie from「THE FAMILY TOUR 2020 ONLINE FINAL!! 〜ねぇ聞いて?宇宙を救うのはきっと……〜」


「えいたそはでんぱ組.incに入って、10年と8ヶ月頑張ってきました!さっき言われて気付いたんだけどさ、ちょうど10年8ヶ月で『でんぱ』って読むんだね。でんぱ組.incに入って本当にさ、アイドルグループに入ることってこんなに幸せなことなんだなって実感することが出来て、何か凄い人生がキラキラしてました。10年8ヶ月、本当に本当に楽しいことばっかりだった!そりゃアイドルグループとして頑張っていく中では大変なこともあったけど、そういうのも全部含めて、楽しくて幸せなでんぱ組.inc生活を送ることが出来ました。本当にみんなのおかげだね。みんな本当にありがとう!」……成瀬は“Future Diver”後に、感極まって涙が溢れてかねない心をグッと堪えながら集まってくれたファンに、そして長年苦楽を共にしてきたメンバーに思いの丈を届けていた。今回のライブでは総じて成瀬が頻りに感謝の思いを述べていたのが印象的だったが、裏表のない成瀬のことだ。今回のMCで語られた一連の感謝の思いは間違いなく本心で、そこには寸分の淀みもないだろう。そして我々ファンはと言えば、『でんぱ組.incから成瀬が脱退する』という未だかつて予想していなかった……いや、予想することを意識的に拒んでいた未来がこうして訪れた今、彼女の一言一句を聞き逃すまいと真剣に耳を傾けている。その双方向的な関係はあまりに強固で、信頼の塊だった。

 


でんぱ組.inc「でんでんぱっしょん」MV【楽しいことがなきゃバカみたいじゃん!?】


そして成瀬の感謝と次なるネクストステージへの思いが詰まった新曲“ポジティブ☆ストーリー”を経て本編のラストナンバーに選ばれたのは、でんぱ組.incの名を広く知らしめた契機とも言えるキラーチューン“でんでんぱっしょん”。メンバーはそれぞれのカラーのダンスリボンを幾度も交差させながらの矢継ぎ早に繰り出される歌唱でもって、天井知らずの熱狂へと導いていく。思えば曲間における「大丈夫!みんながいるし、仲間だもん!」との成瀬による一言から「えいたそは元気だな~……」と続く一連の流れがライブで披露されるのも、おそらくはこの日が最後。心なしかメンバー全員の歌声も冒頭から強い熱量を帯びている感すらあり、この日のハイライトとも言える凄まじい一体感を形成。ラストは6色のリボンをぴんと張ったお馴染みのキメで、本編は大盛り上がりで終了。ステージ上の全員が涙を堪えながらの「以上、萌えキュンソングを世界にお届け!でんぱ組.incでしたー!ありがとうございましたー!」との閉幕宣言でもって、メンバーは最大限の笑顔を振り撒きながらステージを後にしたのだった。


アンコールを求めるファンによる多数の手拍子に導かれ、続いては新生でんぱ組.incによるアンコール……と思いきや、突如会場に本編を終えた各メンバーの労いの声が響き渡る。以降のトークの内容を鑑みるに彼女たちの現在地はでんぱ組.incの楽屋であるらしく、ケータリングやコロナ収束後の旅行の計画などたわいもない話の他、「やっぱえいたそいないと、楽屋がちょっと寂しいね」との古川に端を発した「えいたそが印になって楽屋に辿り着いてみたいなところあったから」との相沢の思い出が相沢の口から語られ、卒業後はソロのシンガーとしてネクストステージへと足を踏み入れる成瀬の希望に満ちた今後について思いを馳せるメンバーたち。なおこの時点で未だステージは暗転状態で、聞こえてくるのはメンバー5名の会話のみ。しかしながら普段のライブトークの延長線上とも言うべき安心感のある応酬に、会場はアットホームな雰囲気に包まれる。


そんな穏やかな流れが変わったのは、相沢が「あと楽屋に着いてからずっと思ってたんだけど、今日楽屋狭くない?」との発言から。彼女たちの発言を紐解くにその狭さの原因は楽屋に巨大な箱が5つ鎮座しているためであるらしく、メンバーたちはその箱の個数が現在のメンバー数と同じであることから何らかのサプライズプレゼントであると推察。おそるおそる一斉に箱を開けると「おはようございまーす!」「お疲れ様でーす!」との様々な声が出現。


そして「ま……まさか……新メンバー!?」との困惑を携えた絶叫が鳴り響くと、再び会場に照明が。突如として雪崩れ込んだのは、“プリンセスでんぱパワー!シャインオン!”と題された新曲であった。今までもでんぱ組.incの楽曲は多種多様な音楽性を試みていたが、今曲はなんとミュージカル。愛川こずえ、天沢璃人(RITO、meme tokyo.)、小鳩りあ、空野青空(ARCANA PROJECT)、高咲陽菜(虹のファンタジスタ)ら一挙5名を増員した総勢10名の新たなでんぱ組.incが、すっかり呆気に取られるファンの眼前で圧倒的なパフォーマンスを行っている。前述の通り、でんぱ組.incがよもやの10名体制となったニュースは加速度的にSNS上を駆け巡り、多いに反響を呼んだ。当然その中には称賛の言葉と同等程度の驚きの言葉も躍ってはいたが、思い返せば当時最年少メンバーとしてサプライズ加入を果たした根本や鹿目も、更に遡れば藤咲もこの日卒業した成瀬も、かつてはでんぱ組.incの新メンバーとして加入した経緯がある。特に昨年以降、でんぱ組.incにはポジティブな面として古川の結婚・妊娠発表や成瀬の卒業発表、ネガティブな面としては新型コロナウイルスによるライブツアー中止など様々な出来事があったけれど、今回のでんぱ組.incの試みはきっと新たなポジティブな形として、行く行くはファンに広く受け入れられることは明白。故にこの新たなでんぱ組.incの初ライブは、新たな幕開けを飾る最初の一歩としてこれ以上ない前向きな試みであったのではなかろうか。


続いては古川が「どの時代のでんぱ組.incだってね、いつでも最高なんだよ!だからね、この先のでんぱ組.incだって最高になるはずです!未来に向かって!“Future Diver”!」と叫ぶとこの日2度目となる“Future Diver”が姿を変えた形で披露され、でんぱ組.incの歴史を今後も繋いでいく決意を相沢が明言し、アンコールは終了。初の御披露目であることもあってか、未だ新メンバーに関しては強い緊張が感じられるものではあったけれども、きっと未来は明るい。その証拠に、アンコール終了後にファンがもたらした拍手は広く大きい、でんぱ組.incへの紛れもない祝福をもたらすものになっていたのだから。

 


でんぱ組.inc「Future Diver」@2013.9.16日比谷野外音楽堂LIVE DVDより


楽しい時間はあっという間で、早くもアンコールまで駆け抜けた今回の卒業公演であるが、まだまだライブは終わらない。アンコール終了後も一向に点かない客電を察知してか、更なるダブルアンコールを求める手拍子が広がっていく。その手拍子に誘われるようにステージに三たび現れたメンバーたち。向かって左側から小走りで中心に向かうその最後尾には成瀬の姿もあり、驚いたファンによる拍手は明らかに大きくなっていて、予想以上の反応に成瀬も嬉しそうだ。


まずは先程の新生でんぱ組.incについて「『今のは一体なんだったんだ』って、みんなも絶対思ってるはずなんだよね。みんな困惑してると思う」と藤咲がファンの声を代弁するように笑顔で語ると、古川に新生でんぱ組.incの感想を問われた成瀬に至っては「めちゃくちゃ凄くて面白くて笑っちゃった!」との発言で爆笑の渦に包まれる。そして成瀬の合図から、感涙必至のバラードソング“ORANGE RIUM”をしっとりと歌い上げ、その後は長尺のトークへと移行。


ライブ冒頭からステージ背後に作られていた『成瀬の部屋』に全員が腰を降ろすと、長尺のトークへと移行。ある種緊張感のない……言葉を選ばずに言えばダラけた雰囲気となったが、それすらも成瀬が最後にやりたかったことのひとつで、ファン含めてのアフターパーティー的な意味も込めての一幕であった。そこでは成瀬へのプレゼントとして、事前の感動の予想を大きく覆す『成瀬を模した金色の像(なお制作者は藤咲の父であり、約2時間で作ったとのこと)』とメンバーと関係者による寄せ書き、ファン制作の卒業証書が送られると、成瀬直筆によるメンバーへの手紙を朗読する時間が到来。文章の節々に絵文字や擬音が挟まれるという成瀬らしさ全開、しかしてその内容は長年の信頼を詰め込んだ胸震わせる思い出の連続であり、メンバーは皆思い思いの感情をたたえて聞いていたのが印象的だった。

 


でんぱ組.inc「STAR☆ットしちゃうぜ春だしね」MV Full


曲間における熱いコールがモニター上に踊り、ファンによるオレンジのサイリウムの海が出来上がった“キラキラチューン”で感動へと誘うと、ライブの終演を惜しむメンバーとファンへ最後に鳴り響いたラストナンバーは、ポジティブなアッパーチューン”STARットしちゃうぜ春だしね“である。盛り上がり過ぎてマイクが鹿目の歯に直撃してしまったり、縦横無尽に動き回った結果成瀬の左足の靴紐がほどけてしまうハプニングも含めて、全員が満面の笑顔。徹頭徹尾ポジティブに振り切った出し惜しみなしのパフォーマンスだ。楽曲がクライマックスに近付いたラスサビ部分では、メンバーが桜の花弁を模したピンクの紙吹雪を成瀬の頭上から次々舞い散らし、ラストは全員が横並びになっての深々としたお辞儀でもって、此度のライブは幕を閉じた。


今回のライブでは成瀬最後の公演であったことは元より、でんぱ組.incがよもやの10名体制となる驚きの発表も告げられたけれど、終盤のMCで成瀬とでんぱ組.incが共演する未来について語られたように、今後はそれぞれの活動を追いながら来たる素晴らしき未来を座して待ちたい。……でんぱ組.incは今回のライブで、大いなる変遷を遂げた。無論日本全国様々なアイドルグループに目を向けても常に順風満帆に事が運んだアイドルというのはおそらくいないはずで、でんぱ組.incも様々な困難に直面した経験もある。ただでんぱ組.incにおいては今回の成瀬の脱退もメンバー加入も、あくまでポジティブな意味合いとして捉えている。でんぱ組.incの長い歴史で紡がれていくポジティブストーリー……明るい未来を占う試金石たる今回のライブが脱退ライブと称するにはおよそ不釣り合いな前向きなライブとなったのも、きっと必然なのだろう。


【でんぱ組.inc@豊洲PIT セットリスト】
アイノカタチ
愛が地球救うんさ!だってでんぱ組.incはファミリーでしょ
なんと!世界公認 引きこもり!
でんぱーりーナイト
バリ3共和国
でんぱれーどJAPAN
檸檬色
あした地球がこなごなになっても
強い気持ち・強い愛
ギラメタスでんぱスターズ
サクラあっぱれーしょん
Future Diver
ポジティブ☆ストーリー
でんでんぱっしょん

[アンコール]
プリンセスでんぱパワー!シャインオン!(新曲)
Future Diver(10人ver)

[ダブルアンコール]
ORANGE RIUM
キラキラチューン
STAR☆ットしちゃうぜ春だしね

 

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きっと明日こそは

時刻は午後21時を回った。当日が祝日であることも鑑みて、漠然と「今日は遅くなるだろうな」と思っていた事前予想は見事的中し、この日は久方振りの長時間残業だった。ふらつく足取りで休憩室に赴くと、数人の同僚がああだこうだと談笑して過ごしている。素早く着替えを済ませ、更衣室の外に出る。ある種労いの雰囲気が休憩室を包み込んでいる今の状況ならと半ば期待した僕だったが、勇気を振り絞って放った「お疲れ様でした」との一言は普段と同様、誰しもの表情を一切動かすことなく霧散した。心のざわつきを察知した僕は、消えるように休憩室を後にする。背後から聞こえる、時間経過と共に益々トーンを高めていくそれを遮るように、僕はイヤホンのボリュームを上げて重い扉を開け、まだ肌寒さの残る暗闇に飛び込んだ。

悪いことは重なるもので、駐輪場に足を踏み入れた瞬間、自転車の後輪が潰れていることに気付く。僕は直感的に察した。自転車にとって最悪の悲劇との呼び声高い、あの『パンク』である。おそらく出勤時にどこか鋭い箇所にでもぶつけたのだろう。思えばこの中国国籍たる全身黒色のニューパートナーを見初めたのは僅か3ヶ月前。つくづく人生は無情である。

……このままでは帰宅出来ない。ただ、誰もが一瞥もしなかった数分前の出来事が頭を過る。僕には胸襟を開いて会話を展開可能な仲の良い同僚はいないし、ましてや見境なく「パンクしたんで乗せてください」など言える柔なプライドさえ持ち合わせていない。では、実家に電話して迎えに来てもらうか?いや、そもそも車で来たとしても自転車をフラットシートに乗せる車内容量すらないため、考えることすらもはや無意味である。こうして僕は泣く泣く長い道程を、役立たずのボンクラスクラップを引き摺って帰る決意を固めたのだった。

ただ奮起した当初こそ意気揚々「よっしゃやったるで」と自転車をふんぬと押しながら目的地を目指した僕だったが、直ぐ様現実に直面した。後輪が明らかに重すぎるのだ。ふと後輪に目をやると、パンクしていると思っていたそれは実際チューブ本体に問題があるらしく、持ち上げた時こそ一見スタンダードだが、後輪が地面に触れたが最後ギャリギャリと音を立て、地面との摩擦でほとんど動かなくなる始末。故にこのスクラップを動かすにはサドルを力任せに持ち上げながら進むか、はたまた周囲に鳴り響く異音を覚悟で前へ前へと押し続けるかの2択を迫られた。通常の通勤時間は30分少々だが、この道程を徒歩、しかも常時力を振り絞る行為が不可欠な現状、考え得る限り最悪の地獄の道程となるのは確実だった。

……異音を響かせながら歩道をようやっと4分の1を越えたかというところで、早くも僕の心はポッキリと折れかかっていた。肉体的な疲労も勿論のこと、頭で考えるのは圧倒的に精神面であった。良い歳して車も運転出来ない無能感、どうあっても相手にされない人間関係構築不全、夢追い人として最底辺の地位……。ただただ足を前に動かすのみという無機質なルーティーンが、否が応にもネガティブなリアルを脳に伝えてしまっていた。

次第に脳裏でボリュームを増していく悪魔の呟きに堪えかねた僕は、帰路の途中にあるコンビニエンスストアで2本のビールを購入し、そのうちの1本を一気に流し込んだ。延々と思考を続ける脳内の動きと、ある種思考を麻痺させる幻覚剤じみたアルコールで考えを中和をさせようと試みた苦肉の策であったが、およそ効果は抜群で、希死念慮にも似た思いはいつしか記憶の彼方へ吹き飛ばされ、最終的には耳元で流れる音楽へ完全に没入するまでに改善した。

汗だくになりながら自転車を押し続けて数十分。最大の山場である登り坂を抜けた頃には、時刻は既に22時を回っていた。人も車も、夜道を照らす街灯すらない道程をひとり突き進んでいると、まるで自分以外の人間が世界から消失した感覚さえ抱いてしまう。どことなくダウナーな風景を自身の両レンズにおさめながら、一休憩とばかりに僕は2本目のビールを開けた。まさかこんな夜中に飲酒状態で自転車を押す人間がいるとは思うまい。僕は勝手に勝ち誇った。……その思いは誰に対してだろう。分からなかった。

実際心中の高揚感とは裏腹に身体はほとほと疲れ切っていたらしく、僕はゴール手前であるはずの自宅まで僅か数十メートルに差し掛かった頃、気付けば道端に腰を降ろしスマホを見詰めていた。時刻は23時。本来ならばすっかり自室に帰還している頃合いだ。店中を駆け回ったフルタイムワークに加えて、この重労働である。足は完全に棒になりもはや歩く気力さえない。酔いもすっかり覚めていて、何の役にも立たない時間外労働の疲労と虚無感が頭を支配していた。けれどもそのままズルズルとスマホを見続けることはナンセンスである。最後の力を振り絞り、遂に遠路はるばる僕は帰宅したのだった。

帰宅後、僕は燃やせないゴミのペダルペールを開けると、そこに先程のビール缶を2本、ガシャガシャと放り込んだ。背後から親父による「お前どっかで飲んできたんか」との声が聞こえた気がしたが、僕は答えなかった。取り敢えず冷蔵庫から大量に並べられたビール缶のひとつを手に取り、僕は自室に上がった。最後まで自転車が壊れたことは言えずじまいだったが、どうせ何も言わずとも明日には気付くだろう。

無情にも、明日も仕事である。更には明日は少しばかり早起きし、自転車を修理に出さねばならない。当然その道中は今回と同様、鉛のように重くなった鉄屑と一心同体である。ビールを一気に呷り寝床に入ったは良いが、翌日のことを考えれば考えるほど、思考は先の見えない泥沼に嵌まるようだった。ただ、この数時間で得たものもある。無意味にも思える此度の経験は決して無駄ではない。否、無駄にするも教訓にするも、全ては自分次第なのだろう。明日はきっと良い日になると願って、僕は妙に重い瞼を閉じたのだった。

 


高橋優初監督MV作品「明日はきっといい日になる」オモクリ監督エディットバージョン(Short size)

【前編】爆速で終わるロックバンドの曲15選

こんばんは、キタガワです。


もはや言うまでもないが、YouTubeやサブスクリプションがすっかり市民権を得た現在では音楽シーンにおける生産と消費は明らかな『消費優先』の傾向にあり、特に若者の間ではひとつの作品をじっくり聴き込むというよりは、心を揺さぶる音楽をジャンル問わず様々な音楽に触れながら確かめる新時代の域に突入している。だからこそ、令和に生きるサウンドメイカー的には如何にスピーディーにサビ部分へ辿り着いて印象度を残すかが最大の課題となっている。現に2020年以降は取り分け短い時間で終わる楽曲……具体的には2分半~3分少々の展開がベストとされ、短い展開の中で確固たる独自性を打ち出したサウンドを模索することがほぼマスト。


そこで今回は『爆速で終わるロックバンドの曲15選』と題し、ロックバンドの中でも極めて速い楽曲、つまりは2分以内で駆け抜ける性急な楽曲群に焦点を当てて紹介していく。なお今回はアルバム冒頭のイントロダクションや曲間のインタールード曲、言葉を並べただけの楽曲群は徹底的に省いた上で、あくまでバンドとしてしっかりとした『曲』になっているものに限定して選考。是非とも未だ見ぬロックバンドへの注目に至る、その何よりの契機としてもらいたい。

 

 

ナツメグ/andymori(0分29秒)

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邦ロックの神童・andymori。今でこそ伝説のロックバンドとして再結成を待ち望む声も多いandymoriだが、何故当時20歳そこそこの彼らがここまでロックの英雄たる存在感を迸らせていたのかと言えば、それは彼らのファースト、セカンド時代のアルバムがあまりに完成度が高く、また穿った視点で社会を切り取る異端な作品であったためだ。


まず記念すべき1曲目として紹介するのは、特に彼らの最高傑作との呼び声高いセカンドアルバム『ファンファーレと熱狂』の後半部にひっそりと配置された“ナツメグ”。実際彼らの2枚のアルバムは、以降のアルバムと比較すると開幕から終了までが圧倒的に短く、若さゆえの初期衝動が随所に見られる作品となっている。しかしながらそんな中でも“ナツメグ”のゴールテープを切るスピードは何と29秒。異端なロックバンドとしてのスタンドアローンぶりを見事に体現している。なおこの楽曲はandymoriが2014年に解散するまでライブのセットリストにたびたび組み込まれてきた代表的アンセムのひとつでもあり、ライブでは《友達のおもちゃを壊したりKILL ME BABY》の直後にギターを掻き鳴らすアレンジが加えられることで、原曲よりはトータル時間が長く設定されている。ただそれでも精々1分少々に留まるスピーディーさは圧巻の一言。


前述の通り、以降のandymoriは性急な音楽性とはある程度の距離を置き、サウンドのキャッチーさと歌詞の融合を第一義として活動。必然全体的なBPMはおよそ緩やかになり新たなandymoriらしさに辿り着いた。結果としてバンド結成当初と解散以前とでは両極端な音楽性となった彼らは後に新バンドAL(アル)を結成。そして2020年、バンドのフロントマンである小山田壮平(Vo.Gt)は遂にソロアルバム『THE TRAVELING LIFE』を発表。andymoriの名声を纏いつつ、新たな極致への躍進を続けている。

 


andymori「ナツメグ」

 

 

コピー/快速東京(0分44秒)

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邦ロック界随一のファストバンド・快速東京。多摩美術大学の学生同士で結成されたというバイオグラフィーからも分かる通り、彼らは快速東京の傍らグラフィックデザイナーやテレビ番組のトークセットデザインなど様々な活動に従事するマルチな活動に奔走。枠に囚われないクリエイティブな面でも印象的な4人組だ。


快速東京のアルバムの特徴は、とにかく楽曲が速くて多いこと。以下の楽曲“コピー”が収録されたデビューアルバム『ミュージックステーション』は収録曲にして全17曲、けれどもその総時間が約17分(!)という恐るべき性急さで、気付けば曲が始まり気付けば終わっているよもやの展開のオンパレード。“コピー”は44秒で言うまでもなく爆速の楽曲なのだが、この“コピー”ですらこのアルバムの中では遅い部類に入る作りには脱帽である。当然ライブの展開も異様に速く、短い持ち時間にMCなしチューニングなしで楽曲を詰め込みまくるパフォーマンスでもって、各地のフェスで頭角を現してきた。


楽曲自体もタイトルの連続や曖昧模糊なワードの数々が並ぶが、おそらく彼らについて語る上では歌詞の存在は無意味であろうし、身も蓋もないことを言ってしまえばそのサウンドメイクさえも語るに及ばない。ただやりたいことを何も考えずにやった結果が『快速東京』なのだから。例えば“コピー”は一貫して10円払えば誰でも出来るコピーについて綴っていて意味もへったくれもないけれど、彼らを語る上ではオールオッケー。完全に無問題である。多様な仕事を兼業しつつ、定期的にファストチューンを世に送り出す快速東京。現在も世間一般の流行歌とは真逆を行く音楽性を武器にしているが、およそ『パンク然とした痛快さ』という意味では、いつ聴いても新鮮なバンド。次回のツアーにも期待が高まる。

 


快速東京 「コピー」PV - KAISOKU TOKYO "COPY" official videoclip

 

 

Hey Lady/WANIMA(1分13秒)

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第68回紅白歌合戦への出場も果たしたメロディックパンクバンド・WANIMA。実際メディアで広く取り上げられている通り、その熱いメッセージ性と心中の熱量をぐんぐん高めるパンクサウンドが彼らの楽曲の最たる魅力であることは間違いない。ただWANIMAはその実、紅白歌合戦披露曲こと“ともに”や屈指のメッセージソング“シグナル”はともかくとして、アルバムには短時間で突っ切るファストチューンが多数収録されることでも知られている。


中でも記念すべきインディーズデビューアルバム『Can Not Behaved!!』は収録曲の約半数が2分以内で幕を閉じる性急な作品となっており、以下の“Hey Lady”に関しては未だライブにおけるキラーチューンとして確立。けれども印象度に振っただけの『単に速いだけの曲』という出来では決してなく、短い間にもライブの興奮を最大限意識した楽曲となっていることは流石WANIMAと言ったところか。実際ライブではドラムカウントからのKENTA(Vo.B)の絶唱を契機としてレスポンスや大合唱、モッシュ&ダイブがそこかしこで誘発する幸せな無法地帯と化すことからも、短い時間でストレートに思いをぶつけつつ、それらが結果的に大衆に浸透したWANIMAの求心力の高さは賞賛して然るべきだろう。


昨今は新型コロナウイルスの影響により、残念ながら大規模なライブツアーは全て中止に追い込まれてしまったWANIMA。しかしながら彼らは変わらずポジティブを貫き通し『#春は必ず来る』なるハッシュタグに触発れた希望歌“春を待って”をリード曲に据えたニューアルバム『Cheddar Flavor』をサプライズリリース。ちなみに今作にも2分以内の楽曲が3曲収録されていて、インディーズ時代から高まり続けるパンクス魂は未だ不変であることが見て取れる。明らかなネガティブの時代に突入した現在だが、ポジティブな暴れん坊バンドのロックはそんな中でも、今日も誰かの心を絶対的に揺り動かしているはずだ。

 


WANIMA 1stミニアルバム"Can Not Behaved!!Trailer ♪Hey Lady

 

 

Justice 4/Wienners(1分35秒)

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“Justice 4”はエネルギッシュを極めるロックバンド・Wiennersによるファーストアルバム『CULT POP JAPAN』収録曲。今でこそフロントマンたる玉屋2026%(Vo.G)によるでんぱ組.inc、浦島坂田船、ナナヲアカリといった豪華アーティスト陣に楽曲提供を行う活動が音楽ファンに広く知られているが、あくまでも彼のポジションは長年Wienners、主戦場はライブハウスだ。


そんなWiennersはライブでの披露を大前提としたアッパーな楽曲が多数。中でも上記の『CULT POP JAPAN』は当時今以上にぎっしりとライブを入れ、若さ特有の焦燥に駆られていた関係上ファストチューンに覆い尽くされる稀有な作品となり、実に2分14秒の楽曲が今作の中で最長。1曲目に関しては僅か26秒で幕を閉じ、更には何故か全体として音量がハチャメチャにデカく設定されている異端さでもって、小バコを好む暴れたがりのライブキッズにとことん刺さる傑作と相成った。


実際“Justice 4”(CDアルバムをPCに取り込んだ際にはレコード会社のミスによりタイトルが“Justica 4”となっているが、正しくはこれ)はパンクを極めた過去の彼らと、更なる音楽性を追求した未来の彼らの丁度中間とも言うべきサウンドメイクとなっている。なお以下のライブ映像では∴560∵(Ba)によるカウベルのプレイから更なる興奮へ誘うバンドの姿が記録されているが、これはライブアレンジを加えた新バージョンであり『CULT POP JAPAN』に収録されている“Justice 4”は彼のカウベル以降のシーンが丸々カットされ、時間にして1分35秒。なおこうしたライブアレンジは同アルバムの別曲“龍宮城”でも同様に施されていて、ライブならではの特別感を如実に体現している。

 


Wienners "Justice 4" Live ver.

 

 

365/BlieAN(0分57秒)

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ベースとドラムオンリーでサウンドメイクを試みる無骨なロックバンド、ブライアン。現在は長期に渡って活動はマイペース。音源に関してもほぼ手売りで販売するミニマルさであるが、以下の楽曲“365”が収録されたアルバム“do gazer”リリース時は極めて精力的にツアーを回り、なおかつギターも在籍していた。加えて当時は“365”を起爆剤として次曲に雪崩れ込む流れが定番で、言わば観客の熱量を緩やかに高める重要な武器として頻繁にこの楽曲が用いられていた。


ただこの楽曲が「シンプルに鳴らされるだけのSEじみた代物であるか」と問われれば答えは完全にNOであり、不穏な空気を醸し出す冒頭から始まりギターの高速カッティングや重いドラミング、ラストはKenji George(Vo.B)による大胆不敵な一言で終える一連の流れから見ても、1分以内の楽曲とは考えられない程の密度が込められている。あまりに短時間ながらもMVがあえて作られているのも、彼らの中でこの楽曲に対して思うところがあったのではないかと勝手ながら推察する。


前述の通り、現在はギターを廃した2人編成で活動するBlieAN。“365”が世に送り出されたのは10年以上前で、その間新たな新曲が次々生み出された関係上、現在では“365”はライブから完全に姿を消していて、対してこの楽曲のネクストナンバーとしてMVに登場する“morgof”は未だ頻繁に披露されるものの“365”の助走なしで演奏される形に変貌した。しかしながら当然今なおその演奏スキルは顕在で、決してライブの絶対数は多くないながらも、日夜多くのファンを生み出し続けている。

 


BlieAN - 365~morgof

 

 

……さて、『爆速で終わるロックバンドの曲15選』の前編はこれにて終了。次回はいよいよその性急なサウンドの真髄に迫る中編である。紅白歌合戦連続出場を果たしたあのグループから超絶テクで弾き倒すギタリスト、メンバーの突然の失踪により解散を決断したロックバンドまで、幅広いラインナップでお届けする予定だ。乞うご期待。

衝撃的なタイトルを冠するアルバム5選

こんばんは、キタガワです。


今や音楽市場は作品の音楽的魅力はもちろんのこと、その音楽を彩る外部的要因にも強いマーケティングを行っている感がある。例えばYouTubeの公式MVひとつ取ってもサムネイル、映像表現、タイトル、概要欄の説明文等など枚挙に暇がないが、逆に言えば「そうしなければ大衆に認知さえされない」ということ。そう。現在の所謂『売れている楽曲』は世間に広くアピールしているようでいて、その実、世間が自ら音楽を受容しているのだ。


そんな中、今も昔も変わらず瞬時に興味を抱かせる手法がある。それはズバリ『タイトル』。近年桁外れなバズを記録しているAdoの“うっせぇわ”然り、りりあ。の“浮気されたけどまだ好きって曲。”然り、タイトルに予想外の言葉を冠することで話題性も強固に、印象もより明確になる一風変わった手法を繰り出すアーティストも少なくない。……そこで今回は『衝撃的なタイトルを冠するアルバム5選』と題し、予想の斜め上を行くよもやのタイトルに加え、そのタイトル名付けた経緯やアルバム内で綴られる内容にも詳しく迫っていきたい。

 

 

<ココにタイトルを入力>/deadmau5

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アヴィーチーのようなキラキラ・サウンドでも、スクリレックスのような極悪サウンドでもない、独自性の高いダウナーな音像を特徴とするカリスマDJ、デッドマウス。


海外のDJの中には楽曲自体に大きな意味を持たせない者も一定数いて、取り分け楽曲内にボーカルを極力入れないノイズミュージックを鳴らすDJはその傾向が強い(スクエアプッシャーやエイフェックス・ツインなど)。デッドマウスも同様で、こと楽曲名の意義についてはほぼ無関心であるらしく、完全なるサウンド主義。そんな彼の名を広く知らしめた会心の一撃こそ今作『<ココにタイトルを入力>』である。デッドマウスは決まってネズミを模した被り物で登場することで知られるが、今作ではそんなネズミの天敵とされる猫を中央に配置。眼光鋭く猫がこちらを見詰めるという、ネズミ的にはバッドエンドが確定したジャケットが不穏な空気を形成。そしてその上部に無機質に踊るのは何故か『<ココにタイトルを入力>』なる意味不明なものであることからも、リリース当時はファンの間で様々な考察が行われた。けれどもかつてデッドマウスが『4×4=12』や『For Lack of a Better Name』、『while(1<2)』なる奇天烈な作品を世に送り出したことからも分かる通り、おそらく今作のタイトルもデッドマウスにとって然程意味はないのだろう。


以降は音源以上にライブを主戦場とし、世界各国のEDMフェスを沸かせたデッドマウス。新型コロナウイルスの影響によりライブが現実的に不可能となっている今でこそ彼は音楽活動以上にSNSで暴言を吐きまくる毒舌王と化しているけれど、このアルバムを一聴すれば必ずや如何にデッドマウスが音楽性に長けた天才であるか、瞬時に理解出来るはず。

 


deadmau5 feat. Chris James - The Veldt (Official Video)

 

 

歌うたいが歌うたいに来て 歌うたえと言うが 歌うたいが歌うたうだけ歌い切れば 歌うたうけれども 歌うたいたいだけ歌うたい切れないから 歌うたわぬ!?/GReeeeN

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“キセキ”、“遥か”といった日本中に鳴り響いた代表曲を収録した『塩、コショウ』から約3年の月日を経ての今作。ファンの間では『歌』、若しくは『わぬ』と略される、GReeeeNきっての名盤のひとつだ。


その後も『いいね!(´・ω・`)☆』や『今から親指が消える手品しまーす。』など個性的なタイトルのアルバムをリリースする彼らであるが、中でも明らかに異質、それどころか現状日本で発売されたアルバム全体で考えても最も文字数の多い今作。実際GReeeeNと言えば前述の“キセキ”と“愛唄”のイメージが間違いなくあり、良くも悪くも固定イメージが付いていた感も否めない。だが今作はアラビア人が謎の言語で語り掛けるという夢の内容を延々歌う“OH!!!! 迷惑!!!! ”をはじめ、NEWSへの提供曲のセルフカバー“weeeek”、3分以内に駆け抜けるハッピーソング“ソラシド”と、まるでそうした固定観念を覆すかの如き振り幅の大きい楽曲が点在しているのも今作の特徴。


メンバー全員が歯科医師と兼業の身でありながら、未だ破竹の勢いで音楽シーンを牽引するGReeeeN。今や彼らの楽曲イメージはかつてのアッパー、バラードに留まらないけれど、今だから分かるのはファンの意識すらもぐるりと変化させたのは間違いなくこのアルバムであって、だからこそ『歌うたい~』は言わば、長年第一線で活動を続けるGReeeeN最大の意識改革的一手であったようにも思うのだ。

 


GReeeeN - OH!!!! 迷惑!!!!

 

 

みんな死ね/神聖かまってちゃん

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アンダーグラウンドなポップマイスター、神聖かまってちゃんによるインディーズアルバム。『つまんね』と『みんな死ね』が同日発売、それもインディーズとメジャーが完全に分けられて発売(『つまんね』はメジャーからのリリース)され、それぞれ全く異なるサウンドメイクで展開される点においても話題を呼んだ。


『みんな死ね』がインディーズからのリリースとなった経緯については、当時所属していたメジャーレーベルの社長・吉田敬が急逝したためであると後に説明が成されているが、何故彼らが『みんな死ね』なる衝撃的なタイトルをメジャーでリリースしようと試みたのか、おそらくバンドの絶対的フロントマンであるの子(Vo.Gt)が真意を公表することはない。の子の心に頻繁に襲い来る躁と鬱。アルバムタイトルを決定する際に偶然の子のモードが後者であった……。ただそれだけのことである。事実この2年後に発売されたフルアルバムのタイトルは『楽しいね』であるし、このアルバムにも未だライブでたびたび披露されるキラーチューン“友達なんていらない死ね”が収録されていることから鑑みても、どこまでも神聖かまってちゃんらしさを体現している。


の子の青年期に亡くなった実母の写真をジャケットとした『つまんね』が打ち込みを主体とした浮遊感溢れる楽曲が多くを占めていたのに対し、『みんな死ね』はまるで精神病棟入院患者が殴り書いたかの如きジャケットらしく、ロックテイストの強い楽曲が全体を覆い尽くしている。今でこそ数々のアニメ主題歌を手掛けるロックバンドとなった彼らだが、当時は20歳そこそこの若きバンドマン。そんな彼らの破壊衝動が具現化した『みんな死ね』は未だ屈指の名盤との呼び声高く、ライブ定番曲も複数存在。神聖かまってちゃんの音楽に心酔する契機たる『みんな死ね』。是非とも爆音で。

 


神聖かまってちゃん「自分らしく」

 

 

野口、久津川で爆死/モーモールルギャバン

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京都府出身の奇才ポップバンド、モーモールルギャバンの記念すべきファーストアルバム。なお、印象的な『野口』なる謎の人物は、ゲイリー・ビッチェ(Vo.Dr)が大学の軽音楽サークルで最初にバンドを組んだ友人であり、モーモールルギャバンの初代ドラマー。自身の故郷である京都の久津川で、あろうことか爆死の最期を遂げる稀有なタイトルはにわかに注目を集め、当時インディーズとしては比較的好調なセールスを記録。


モールルの編成はドラム、キーボード、ベース。所謂『ロックバンド』の最たるイメージとも言えるギターを廃した挑戦的な布陣。しかしながらユッカ(Key.Vo.銅鑼)による音色を歪に変貌させるエフェクター操作やゲイリーの手数の多いドラミング、T-マルガリータ(Ba)の地に足付けた低音によりサウンド的に物足りなさを感じることは一切なく、むしろギターの必要性自体を改めて見直してしまうようなモールルならではの構成が光る。


本作には“ユキちゃん”や“細胞9”、“POP!烏龍ハイ”といった、現在でのライブのセットリストにたびたび組み込まれる楽曲も多数収録されていることも特徴のひとつ。中でも持ち時間の長いワンマンライブで必ず披露される珠玉のアンセムとして位置しているのは、アルバムのラストを飾る“サイケな恋人”であり、ユッカによる清らかなボーカルを切り裂くように突如巻き起こるゲイリーの「パンティー!」の絶叫がクライマックスへの盛り上がりを焚き付ける役割を果たす。アーティストの1作目と言えば初期衝動に溢れた荒々しい代物も多いけれど、モールルのスタンスはこの頃から確立。長年のバンド人生で変わったことは世の中を俯瞰する視点と練りに練られたサウンドメイクほど。故に彼らの天才的な美メロは未だ発展途上で、おそらく印象深いモールルサウンドはいつまでも鳴り止むことはないだろう。

 


サイケな恋人/モーモールルギャバン

 

 

もう紅白に出してくれない/ゴールデンボンバー

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綿密な計画と市場予測の元、コンスタントに話題を振り撒くエンタメ集団・ゴールデンボンバーによる自身4枚目のフルアルバム。今作を語る上で何と言っても、紅白歌合戦の出場者が前組発表された直後のリリースとなったことで、SNSを中心に巨大なバズを生み出した点について触れざるを得ない。


何故なら今作のタイトルが示す通り、この年のゴールデンボンバーは紅白に落選。4年連続出場の記録から5年以上が経過し、完全に紅白に見限られたリアルを赤裸々に綴っているためだ。無論、今作のリリースが確定した時点で彼らが紅白落選を知らなかったはずがなく、今作はある種自虐的に話題を集めるための手法であったと考えられる。“女々しくて”の大ブレイクから幾年が過ぎ、言葉を選ばずに言えば『一発屋』の烙印を押された彼らにしか成し得ないその痛快なマーケティングは痛快だ。


ただそれだけでは収まらないのが金爆らしさで、樽美酒研二(Doramu)がボーカルパートを担う“タツオ・・・嫁を俺にくれ”の他、新元号発表の僅か数分後にレコーディングを敢行した“令和”、ライブにおける観客のアクションの数々を切り取った“首が痛い”など今作にはバラエティーに富んだ楽曲が目白押し。更には初回プレス分のCDにはメンバー全員が必ず触れるというファン垂涎の行動も示され、結果として『もう紅白に出してくれない』は異例のヒットを飛ばすに至った。そして世間一般的には一発屋、けれども実際にはその根強いファンありというその人気を見せ付けるように、今作を携えて行われたライブツアーは全公演が即日ソールドアウト。……自虐と流行を目敏く捉えたゴールデンボンバー。彼らが未だ衰えない人気を獲得している要因の一端が、今作には垣間見える。

 


ゴールデンボンバー「首が痛い」MV

 

 

前述の通り、現在の音楽シーンにおける多様化は著しい傾向にある。例えばYouTubeで目覚ましい発展を遂げる新人アーティスト、サブスクリプションで上位に位置する正体不明のアーティスト、街中で流れるポップアーティストにはほぼ例外なく、現状何かしらの巨大タイアップ若しくはSNSを中心としたバズを記録しているものばかりだ。だからこそアーティストは躍起になる。「どうすれば広く認知されるか」を模索し、行動に移すことの出来るアーティストは圧倒的早さで首位に立つ。身も蓋もないけれど「好きな音楽を鳴らしてその音楽が好きなリスナーに届けば万々歳」という時代は間違いなく終わっていて、今は大衆に認知される大きな結果を出して初めてアーティストとして確立した存在になる時代に突入している。


そうした流れはアルバムについても同様で、具体的には今の若者はサブスクリプションとYouTubeの発展により、まずもってアルバムを聴かない。であるからして、予約されたCD全てにサインを書いたヤバイTシャツ屋さん然り、前述したゴールデンボンバーのアルバム全てにメンバーが触れる行動然り、次は『どのようにしてアルバムを聴いて貰うか』という行動に移すしかない。今回の紹介した『タイトルで購買意欲を高める行為』も、ある意味では利にかなっているのではなかろうか。


ただどのような経緯を辿ったとしても、結局ものを言うのは『その音楽の良さ』一点に尽きる。……ただならぬ変遷の渦中にある昨今の音楽シーン。世間の認識では所謂バズった曲がフィーチャーされがちだが、また違った視点で様々な音楽に触れてみてもらいたいと切に願う。今回の『衝撃的なタイトルを冠するアルバム5選』なる穿った出会いもまた、某かの音楽嗜好に繋がる可能性を秘めている。どうか盲目的にならず、幅広い視野で音楽と触れあってみてはいかがだろう。

PEDRO初のドキュメンタリー作品『SKYFISH GIRL -THE MOVIE-』から見る、音楽少女アユニ・D

こんばんは、キタガワです。

 

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飛ぶ鳥を落とす勢いでアイドル界を席巻する『楽器を持たないパンクバンド』BiSHのアユニ・D(Vo.B)によるソロプロジェクト、PEDRO。彼女の軌跡を追ったドキュメンタリー作品『SKYFISH GIRL -THE MOVIE-』が2月8日、YouTubeにてプレミア公開された。初めてベースに触れてから約3年の時を経て、かつて人一倍内向的だった少女は来たる2月13日、現状WACK(BiSHやPEDROの所属事務所)のどの所属アーティストも成し遂げていなかった日本武道館公演に挑む。彼女の陰も陽も網羅した今回の映像作品は言わばひとつのファンディスク的な側面もありつつ、BiSH以上にロック然としたPEDROに興味を抱くための足掛かりとしても、貴重な代物となったのではなかろうか。


映像は、人通りの少ない閑静な住宅街の一角でインタビューを受けるアユニの姿から幕を開ける。かつては北海道札幌市に住む所謂『普通の女子高生』で、無感情に日々を消費していたアユニは姉の影響でアイドルを知り、とあるオーディションに応募。それこそが後に彼女の人生を180度変える転機となる、BiSHの追加メンバーオーディションであった。オーディション合格の一報を受けたアユニは、直ぐ様高校を中退し東京へ。以降の彼女は2年余りに渡ってBiSHの活動に尽力し、『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』担当として多くのお兄たんズ(アユニファンの俗称)を魅了してきたことは周知の通りである。ただ映像内ではBiSHとしてのアユニの姿が映し出されることはなく、徹底してソロアーティスト・PEDROに焦点を当てた編集が組まれており、事実PEDROに至る以前の人生を語る冒頭部分では、BiSHについての描写は然程なく、どちらかと言えば上京に際して行われた両親との会話や、アユニの東京生活で感じた思いをトークテーマに冠していた。


人通りのインタビューが終わると緩やかに画面は揺らぎ『一人の少女が、東京で見た夢』との一文が画面中央に映し出される。いつしか画面はアユニとWACK(BiSHやPEDROの所属事務所)の代表取締役たる渡辺淳之介の他2名のプロデューサー陣がテーブルを囲む居酒屋の一室に遷移。そこで渡辺の口から放たれた一言こそが「アユニ、ベースやらない?」というソロ活動の相談であった。渡辺からの期待を一心に受けたアユニは後日楽器店で黒のスティングレイを購入し、スタジオにてイチから練習を試みるアユニ。無論ベースを弾くこと自体が初となるアユニだが、押弦と出音確認、そして一連のリズム弾きまでを一心不乱に行った結果、スタッフも驚く速度で成長。「私、ベース弾くために生まれてきたんじゃないかな」と語る程、アユニはBiSHとしてのアイドル活動の傍ら、ベースに深くのめり込んでいった。ソロプロジェクトの名前は『PEDRO』に決定。その由来は映画『ナポレオン・ナイト』における主人公の唯一の友達の名前であるとし、自身で名付けながらも未だ慣れない響きに戸惑いを見せるアユニ。おそらくこの時点では、この名前がここまで大きな存在となるとは夢にも思っていなかっただろう。

 


PEDRO [BiSH AYUNi D Solo Project] / 自律神経出張中 [OFFICIAL VIDEO]


次いでの場面は新代田FEVERにて行われる予定の初ライブ『happy jam jam psycho』に向けたリハーサル風景。リハスタにはNUMBER GIRLの田渕ひさ子(Gt)と、この時点では未だレッスンスクールに通う大学生であった毛利匠太(Dr)ら、結果として現在まで苦楽を共にするメンバーが集まり初の音合わせを行う。後のインタビューにて田渕は「ベース初めて少ししか経ってないのにここまで弾けて、しかも歌まで歌うなんて」と驚嘆の声を漏らしていたが、このリハスタにて毛利の口からはアユニは1日8時間のスタジオ練習と帰宅後の自主トレーニングを毎日行っているという、尋常ならざる努力の実態が白日の元に晒されている。確かに初ライブまでの期間が短いとはいえ、多忙を極めるBiSHの活動と並行しての練習。しかもアユニはベースに触れてまだ日が浅い、初心者も同然の状態である。それはとても我々には想像の出来ないハードなものであったことは間違いないが、アユニはそれでも自分を謙遜し、疲労の表情を見せることはなかった。そしてそのリハスタの後に迎えたPEDRO初ライブ映像における“自律神経出張中”をアユニは肉体的なベース演奏と歌唱で見事にやりきって見せ、以降のPEDROは活動を停止。アユニは数ヵ月の間、BiSHとしての活動に専念することとなる。


……2019年。PEDROはレーベルを移籍し、再び本格的に動き出した。前述のリハスタの映像と比較するとメンバー間は終始楽しげな雰囲気に包まれており、特にこの期間中にNUMBER GIRLが再結成したからか、はたまた共にライブを行ったことでその偉大さに気付いたのかは定かではないが、アユニの田渕熱は尋常ならざる域に達していて、アユニのスマートフォンの写真フォルダが田渕のワンショットで埋め尽くされるガチ信者ぶりが露呈(なお以降もアユニの田渕熱は留まるところを知らず、居酒屋での「田渕さんと大人の階段登る」発言やスマホの待受をふたりの腕の写真にするなど、かなり心酔しているご様子)。


取り分けPEDROの2019年をフィーチャーした映像では、この時期に丁度全国各地を回る大規模なツアー『DOG IN CLASSROOM TOUR』を敢行していた関係上、ライブとそのバックステージの様子が多く描写されている印象が強かった。思うように語ることが出来なかった反省点を踏まえてMCをメンバー全員で回す一幕や、PEDRO初となる夏フェス・ROCK IN JAPAN FESTIVAL2019にてBiSHとのダブルライブで精神的に疲弊するアユニの姿、自身の座右の銘である「いじけず気にせず期待せず」を体現した楽曲“猫背矯正中”を高らかに鳴らすハイライトなど、ひとつのドキュメンタリー作品として感動に満ちた展開が胸を熱くさせる。

 


PEDRO [BiSH AYUNi D Solo Project] / 透明少女 [Originaled by NUMBER GIRL / Live at 新代田FEVER


中でも圧巻だったのは、ツアーファイナルのTSUTAYA O-EAST公演のダブルアンコールにて披露されたNUMBER GIRL“透明少女”のカバー。初ライブで演奏されてからは徹底してセットリストから外され続けてきたこの楽曲が、長らくの沈黙を破って鳴らされたことには、心底感動した。……今映像における“透明少女”に感動した理由として、この映像の前に『とある映像』が流されたことも大きい。それはセミファイナル公演である梅田クラブクアトロ公演の後に行われた打ち上げの場でアユニが発した「もしもダブルアンコールが来たら透明少女をやりたい」とする一言に端を発する。けれどもNUMBER GIRLが再結成を果たした直後ということもあり、その場にいたスタッフたちの反応は様々。そんな空気を察してか、アユニが「でもダブルアンコールされる可能性って99%ないっすよね……」とボソリと語った後に流れた映像こそ、前述の“透明少女”なのだ。無論最高のタイミングでの“透明少女”は盛り上がらないはずがなく、皆天井知らずの熱量で狂いまくり歌いまくり。ライブ終了後のバックステージでは共同作業者・松隈ケンタが「(今回のライブは)400点!」と最大の賛辞を送り、アユニは「次のライブがとても楽しみで」と笑顔を浮かべ、来年は素晴らしき年になる……はずだった。


けれども2020年に入り、状況は一変する。そう。新型コロナウイルスの蔓延である。街から人は消え、感染拡大防止の観点から、ライブ活動は実質的に不可能な状況に陥った。それはここまで順調にアーティスト街道を突き進んできたPEDROも同様で、全10公演を行う予定で動いていた『GO TO THE BED TOUR』は全公演が中止となり、予期せぬ長い停滞の時期が続いた。ただそうした中でもPEDROは歩みを止めることはなく、会場は新木場STUDIO COASTより無観客配信ライブ『GO TO BED TOUR IN YOUR HOUSE』の開催、そしてニューアルバム『浪漫』のリリースに着手。今作にはアユニが初めて作詞に加え、作曲まで手掛けた“へなちょこ”と“浪漫”も組み込まれていて、結果新たなPEDROの1ページを見せ付ける、成長を遂げた1作となった。

 


PEDRO / 浪漫 [OFFICIAL VIDEO]


そして同年9月3日より、全国9箇所を回るニューツアー『LIFE IS HARD TOUR』を敢行。言うまでもなくコロナ禍で、しかもこの時期に全国ツアーを行うアーティストは極めて少なかったけれど、PEDROはキャパを半分、昼夜二部構成、何より万全の感染対策のもと、全国各地に繰り出したのだ。このツアーの模様も鮮烈に映像に記録されているが、今までに流れたライブの様子とは異なり、集まったファンのみならずスタッフも全員「何とか成功させなければ」という思いがマスク越しにも強く感じられた。……気付けば当初アユニのソロプロジェクトとして発進したPEDROは、その存在自体に熱心なファンが付く、いち『ロックバンド』になっていた。


武道館公演決定の報があり、ラストはカメラに向かってアユニが『東京』という街について赤裸々に語るインタビュー。北海道から上京し、今の思いを聞かれたアユニは「前まではBiSH辞めたらコンビニでバイトやろうかなとか思ってたんでけど、今はそんなこと思ってないです。音楽っていうかけがえのないものに出会えたんで」と音楽への感謝を伝え、ラストは「来て良かったです。(北海道には)ちゃんとアユニ・Dとしての人生を全うしてから帰りたいと思ってます」と笑顔で語ると、本邦初公開となる“東京”のMVの余韻に浸りつつ、映像は幕を降ろしたのだった。


PEDRO初のドキュメンタリー作品『SKYFISH GIRL -THE MOVIE-』。それは東京の街でBiSHのアユニ・Dとして、そしてPEDROのアユニ・Dとして奔走するひとりの音楽少女の生き様を鮮烈に記録した傑作であった。自分自身の正直な思いとして、若くしてオーディションに合格、後にソロプロジェクト始動というかつての歩みを鑑みても、アユニ・Dという人物の成功体験は幸運に恵まれたシンデレラストーリーなのではないかと感じていた部分も僅かながら存在した。けれどもこの作品を観て痛感したのは、決して持ち前の運などではなく、日々のたゆまぬ努力が結実した愚直な代物であったということ。「ステージでゲロを吐いても一生踊り続けます」とはアユニの弁だが、どんな状況下でも自分の出来ることを精一杯やり、進み続ける根性こそが今のアユニに繋がっているし、だからこそ彼女は人を惹き付けるのだと、改めて確信した次第だ。


最後にアユニの口から放たれた「ちゃんとアユニ・Dとしての人生を全うしてから帰りたいと思ってます」とはBiSHでもあり、PEDROでもある。東京の街で奔走する音楽少女、アユニ・D。彼女は今日もどこかで、音楽と触れあっているに違いない。

 


PEDRO / 東京 [OFFICIAL VIDEO]

映画『ヤクザと家族 The Family』レビュー(ネタバレなし)

こんばんは、キタガワです。


思えば様々な経験を積んだ今は「昔は親のこと嫌ってたなあ」と物思いに耽ることこそあれ、子供時代の我々の大半は親の一挙手一投足に辟易し、心中での反抗があった。例えば「産まれて来なければ良かった」との言葉はいつの時代も親を激怒させるトップワードであるけれど、非人道的な考えをしてしまえば、確かにこの世に産み落とされたのは親の自己都合によるものである、との考えに誤りはない。実際、自動相談所が調査したデータ結果ひとつ取っても、親への某かの反抗を心中に抱きつつ日々を生きている子供が多数を占めるという。


深い愛情を込めて、或いは身勝手に産み出されたひとつの命。ただ同様に、家族が自身に及ぼした枷は一生憑き纏い、あらゆる嘲笑と侮蔑の的となる。もし親が多大な借金を膨らませていたら?もし親が元窃盗の常習犯だったら?……そしてもしも親がヤクザだったら、その子供はどのような人生を歩むのだろうか。

 

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今回観賞した映画『ヤクザと家族 The Family』はタイトルの通り、ヤクザと家族の誓いを交わした主人公・山本賢治(綾野剛)の人生をつまびらかにする作品となっていて、ヤクザと父子の契りを結んだ1999年の出来事に始まり、以降は2005年における人間的なエピソードと、それから遥か未来の2019年に巻き起こる衝撃的な展開が胸震わせる、一般的なヤクザ映画とは一風変わったヒューマンドラマである。


ネタバレなしで綴ることは極めて難しいが、今作では『家族』の一組織とそれを取り巻く環境の変化が常に視覚化され、「自分だったらどうするだろう」という答えのない自問自答が駆け巡る。例えば先程記したような『○○君の親がヤクザだったら』という問題に関して言えば、おそらく我々の行動は『気にせず関わりを続ける』か『距離を置く』かのふたつに絞られるだろう。ただ考えてみてほしいのだけれど、こと『現代社会』全体に目を向けた場合のアクションとしては間違いなく後者寄りなのだ。危険性のある人物には近寄らない。何かが起こったら困る。との『もしも』の可能性は、時として人を悪魔に変貌させる。たとえその人物がイジメや空腹に苦しんでいても、おそらく人々は彼を助けない。その理由は「親がヤクザだから」……。更にそうした個々人における見捨てる勇気に拍車をかけるのが現代社会におけるSNSの普及で、鬱屈さが肥大を重ねてしまう一幕には、誰もが心を鷲掴みにされるような面持ちになると同時に「ちょっと分かる」とも思えてしまう。それがこの映画の最大のミソである。


中でも助走に次ぐ助走で期待値をぐんぐん底上げした果てに訪れる後半部分には心底脱帽した。そしてその全てにストーリー上の無理がない。前半部分のたったワンシーンでも抜けていれば、絶対にここまで驚きの展開は描けなかったろう。特にラストの展開は千差万別で、監督がこの映画で何を描きたかったのか、という点に関しては大いに激論が交わされて然るべしであろうとも思うが、あらゆる感想が飛び交う作品こそ、名作足り得るのではないか。


個人的には早くも今年ナンバーワンの面白さ。星数としては下記の通りだが、極めて星5に近い星4といったところ。制作総指揮を執ったのは昨年『新聞記者』で日本アカデミー賞を受賞した藤井道人監督であるが、やはり藤井氏は言語以上に表情の変化で思いを伝える日本的な感情表現に長けているなと、改めて感じた。来年のアカデミー賞、現時点での最有力候補はこの作品である。


ストーリー★★★★★
コメディー★★☆☆☆
配役★★★★☆
感動★★★★☆
エンターテインメント★★★★☆

総合評価★★★★☆

 


綾野剛&舘ひろし『ヤクザと家族 The Family』本予告