キタガワのブログ

島根県在住のフリーライター。ロッキン、Real Sound、KAI-YOU.net、uzurea.netなどに寄稿。ご依頼はプロフィール欄『このブログについて』よりお願い致します。

【ライブレポート】ポルカドットスティングレイ『ポルフェス48 #教祖爆誕 オンライン』

こんばんは、キタガワです。

 

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去る10月15日、ポルカドットスティングレイ(以下ポルカ)のオンラインライブ『ポルフェス48 #教祖爆誕 オンライン』が開催された。


思えば今年のポルカは1月上旬に発売されたニューミニアルバムを引っ提げ『新世紀TOUR』と題された全国ツアーで全国各地の計16公演を回り、更なる躍進を遂げる予定だった。けれども新型コロナウイルスの影響によってツアーは全公演中止を余儀無くされ、それならばと来年に予定された国立代々木競技場第一体育館公演も、感染拡大防止の観点から中止が決定。故にこの日はポルカにとってゆうに約9ヶ月ぶりのライブとなることに加え、未だ先行きの不透明なコロナ禍においての数少ない存在証明の場でもあったのだ。


ライブ前に「うちの配信ライブが普通のライブの下位互換ではないことを みんなの耳と目に分からせてやるワンマン」と雫(Vo.G)が自身のツイッターアカウントで発言していたことからも分かる通り、並々ならぬ決意を滾らせつつこの日を迎えたポルカ。余談だが、此度のライブに関してバンドの絶対的コンポーザー・雫による配慮は今までに行われたどのアーティストのオンラインライブと比較してもどこまでも行き届いている印象で、特筆すべきは公式ホームページ上に作られた『HOW TO #教祖爆誕 2020』なる特設サイト。ここには通常チケットの他、ライブの途中から参戦可能な通常より約3分の1の価格帯に抑えた後半チケット、リアムタイム視聴が難しい層に向けたアーカイブチケット、更にはなんと制限付きながらも完全無料でライブの雰囲気を楽しめる音漏れ参戦チケットなる代物さえ有した計4つの視聴形態を完備。加えてチケットの購入方法を丁寧にレクチャーするフローチャートや、ライブを視聴する上で最適な環境を記したイラストもバッチリで、痒いところに手が届く完璧な案内で誘導。自身初となるオンラインライブに向けて磐石の体制で挑んでいた。


開演は20時だが、開場は少しばかり早い19時。早めに会場入りすると、そこには「とりあえずMV観といてくれよな」との文字と共に“FREE”や“JET”といった比較的新しい楽曲を中心としたMVが予習の意味合いも兼ねて流れており、他にも推奨環境の提言、ライブ視聴時における注意事項等、隅々まで配慮の成された説明文が躍り、ライブへの期待値を底上げ。なお同時刻、ツイッターでは今回のライブ独自のハッシュタグ『#教祖爆誕』がトレンド入りを果たすと共に、備え付けられたコメント欄には個々人によるカウントダウンや言語化不能の興奮が乱打される事態となり、その勢いは定刻の2分前、画面上に「まもなく開演です 超たのしみ マジやばいね(ギャル) 楽しむ準備できた?」との雫本人による一文が大映しになると更に追うことが不可能な程加速した。


定刻を過ぎると、画面が緩やかに暗転。瞬間流されたのは、ティザー映像のフル尺バージョンだ。「なんか最近全然ライブやってないよね」と語る雫、突如右の手の平からレーザーを発射するウエムラユウキ(B)、スマートフォンに目を落とすエジマハルシ(G)とミツヤスカズマ(Dr)……。その動画は字幕の色合い含めメンバーの一挙手一投足含め、事前に公開された映像と全く同じである。そして後方で待機していたポルカのマネージャーことSAY YESマンが「時間です」のプラカードを掲げると、全員が扉の前に向かう。元々の映像では雫がここで扉を開け「なんこれ……」と発言する場面で映像が途切れていたが、今宵の動画ではポルカが扉を開けたその後……ティザー映像の言葉を借りれば『4人の魔法みたいな1日』の全容が描かれるに至った。


扉の向こうにあったのは、この日のために多種多様なセッティングが施された特設ステージだ。そこには雫の愛猫・ビビが涙を流した半泣き黒猫団(ポルカファンの通称)の旗、「ポルカドットスティングレイはここにいる」と英語で記された垂れ幕、他にもきらびやかな電飾、天体望遠鏡、マネキン、ミラーボール等、全てを書き記すことが不可能なほど所狭しと置かれた物、物、物。その非現実的空間はまさに秘密基地と称して然るべき代物であり、目に入ったアイテムについて口々に思いを述べるメンバーたち。いつの間にやらメンバーの服装も扉を開ける前と異なる青を基調としたものに様変わりしていて、変化に気付いた雫が指摘すると一様に興奮を爆発させる。……開幕からここまで数分。まだオープニングながら、これ以上ない滑り出しである。

 


ポルカドットスティングレイ「FREE」MV


オンラインライブの1曲目を飾ったのは、雫が自粛期間中にSNSを見て感じたことを赤裸々に歌詞に起こした“FREE”。ポルカ印の爽やかなポップナンバーである同曲はこの日が初のライブ披露。故に多少なりともやり辛い部分もあったろうと推察するが、フロントウーマンたる雫はまるで広大な大地で口ずさむように、随所に挟まれたラップ部分も含めて英詞と日本詞を織り混ぜた歌詞を朗々と響かせていて、その表情はにこやか。堅実な演奏で楽曲を支えるミツヤスとウエムラ、飛び道具的な音像が印象的なエジマのギター等個々の役割をしっかり果たす楽器隊と、頭を揺らしつつ莞爾たる演奏を行う雫との対比も面白い。楽曲後半ではMV内のVJよろしく歌詞の数々がリアルタイムに投影され、目にも楽しい作りとなっていたことも、特筆して然るべしだろう。

 


ポルカドットスティングレイ「DENKOUSEKKA」MV


以降は凄まじいBPMで疾走した“パンドラボックス”、「まもなくYES!準備するのだ!」とのSAY YESマンの合図の後、コメント欄に多数の「YES」ワードが寄せられた“エレクトリック・パブリック”とアッパーなライブアンセムを連続投下。その中でも前半部のハイライトとして映ったのは、イラストレーター・たかだべあによるオリジナルキャラクターであるけたたましいクマ(通称けたクマ)が画面を侵略した“DENKOUSEKKA”。過去には公式MV内にて「結成してから今までで一番適当な歌詞」との説明文も躍っていたこの曲だが、箱入り娘の大脳、指名手配犯の感情といった荒唐無稽な歌詞の果てに到達したとある一幕では、カメラに向かって雫自ら《指を1本出せ》と命じたにも関わらず瞬間「人を指指すなあー!」と猛り狂って笑いを誘う。そしてハルシの見せ場でもあるギターソロに突入する頃には画面上のけたクマが「世の中パンチと勢い」と記されたパネルを掲げると、雫による「ギターソロだああああー!」の絶叫が放たれ、暴走列車の如きクライマックスへと突き進み、興奮を底上げ。


ここまでハイカロリーな楽曲を続けて披露したポルカ。故に少しばかりの疲れも顔を覗かせていたらしく、開口一番「さっき大きい声出し過ぎてさ、終わったね。声帯が」「さっき“DENKOUSEKKA”のイントロでオエって言ってしまった」と笑顔で語る雫。そうした発言にメンバーが相槌を返している間にも、雫はSAY YESマンから差し出された水を飲みながら「水おいしいねえ。……これ水ですか?」、突如セッティングされた椅子に座りつつ「こんな曲(“DENKOUSEKKA”)やった後にこの編成(アコースティック)ですか?やべえ奴が考えたセトリじゃんこれ」と自由奔放なトークを繰り広げると、その後はアコースティックバージョンで魅せた“トゲめくスピカ”、雫がステージを離れて脇に設置されたゲームの筐体を回って歌唱した“BLUE”と続き、一瞬たりとも飽きさせない。

 


ポルカドットスティングレイ「JET」MV


“BLUE”終了後は画面が遷移し、真っ白なベッドに包まれながらマイクを握る雫のアップに。この瞬間、誰しもの脳裏に『かの楽曲』におけるMVのワンシーンが過ったことだろう。そう。次なる楽曲はミドルテンポなポップナンバーたる“JET”だ。雫はこの日のライブグッズでもあるXSサイズの白Tシャツを身に纏いつつ、秘密基地内を軽やか、かつ踊るような足取りで巡り歩いて歌声を響かせる。この楽曲ではこの日演奏された楽曲で唯一雫以外のメンバーをほぼ映さないという特異なカメラワークであったが、途中カメラを通してファンへ視線を送ったり、スウィートランド的ゲームに興味を示したりしながら、雫は極めて自由度の高い歌唱でもって、まさにオンラインライブならではのライブ空間を形成。そして楽曲の終了と共に地面に倒れ込んだ雫が映し出された後には、四分割された画面でもって個々の演奏にフォーカスを当てた“ヒミツ”、“ハルシオン”と続いていく。


いつの間にやらライブも後半戦で、ポルカはここで長尺のMCに移行。「秘密基地やからさあ、ぶっちゃけ菓子パ(菓子パーティーの略)とかする勢いやんか。こういうとこ来たら菓子パやない?曲やっとる場合じゃないんよマジで」と雫が語ると、トークテーマは次第に『各々の好きなお菓子』へと移り、エジマがきなこ棒、雫がひもQ、ウエムラは蒲焼さん太郎であることが明らかとなったが、ミツヤスはひとり沈黙。そしていそいそと「じゃあ僕も蒲焼……さんで」と語ると、ミツヤス以外のメンバーは大爆笑。どうやらその後の話を紐解くに、この一連のお菓子トークはミツヤスを除く3人で打ち合わせをして答えを示し合わせた一種のドッキリであるらしく、結果的に「多分ガチで思い付かなくて俺と同じのを言う」とするウエムラの事前予想が見事的中した形だ。以降も雫が「毎年この時期に楽しいことをしとった気がするんやけど、思い出せん」と語った雫に対してウエムラが福岡の三大祭のひとつである「放生会(ホージョーヤ)?」と返すなど、肩の力抜けた脱力トークを展開し、アットホームな空間を形成。


本編最後に鳴らされたのはポルカの認知度を飛躍的に高めるのみならず、バンドの命運すら大きく変貌させた契機とも言える代表曲“テレキャスター・ストライプ”。

 


ポルカドットスティングレイ「テレキャスター・ストライプ」MV


ここまで楽曲内にプラスアルファで多種多様なギミックを付与してきた中、“テレキャスター・ストライプ”は視覚的効果を一切用いずストレートなパフォーマンスに終始。エジマによるギャリギャリのギターリフから楽曲は猛然とした勢いでもって鼓膜を蹂躙し、本編最後の畳み掛けを図る。“FREE”では若干の緊張も見え隠れしていた印象も抱いた楽器隊も、この楽曲は元々がアッパーな曲調であることに加えて本編最後の楽曲ということも作用してのことだろう、各々目立った動きすらないが体全体で音に身を任せるプレイを試みていて、その表情も心なしか朗らかだ。ギターソロでは「ハルシがギター弾きまーす!」と雫の絶叫を合図にどしゃめしゃの演奏が繰り広げられ、熱狂に包まれながらつんのめるように終了。“テレキャスター・ストライプ”終了後、ボソリと「疲れたし、菓子パやるかこれは……」と呟きながら頭を垂れる雫を先頭に全員がカメラ外にハケる形で、本編は幕を閉じたのだった。


彼らが去った直後、画面には『アンコール? #教祖爆誕』の文字が出現。それに呼応するように、同時刻のツイッター内では『#教祖爆誕』のハッシュタグを携えたアンコールの要望が躍り、トレンドの順位が更に上昇。各々の呟きが広がりを見せる中、アンコールから然程間を置かず再びステージに帰還したポルカ。雫は開口一番訴えかけるように「早いよ……戻らされるのがよお。もうさ、菓子パしようと思っとったんよこっちは……」とご機嫌斜め。無論雫が本当におかんむり状態という訳では決してなく、その証拠にファンに対する感謝の心が若干の笑みを携えて表面化。

 


ポルカドットスティングレイ × 神風動画「化身」MV


そうしておもむろにギターを構えた雫。「菓子パはちょっとみんながさせてくれんみたいやけん。……新曲ですか?」と語ると、画面は本邦初公開となるニューソング“化身”のMVとMV撮影の舞台裏、そしてよもやの12月16日に自身3枚目となるフルアルバム“何者”のアナウンスが放たれると、画面が暗転。直後雫の「……つってね」との微笑みから放たれたのは、“化身”のライブバージョンである。今回の本編で演奏された“パンドラボックス”や“テレキャスター・ストライプ”も速いBPMで疾走する楽曲であったが、“化身”のBPMの速さと演奏難易度はそれらを凌駕する代物。焦燥に駆られるが如くの勢いで駆け抜けた。

 


ポルカドットスティングレイ「ラブコール」ライブ映像


そして遂に忘れていた『何か』が雫28歳の誕生日であることを思い出した雫。《もしも僕が教祖になったなら》という歌詞が印象深い教祖爆誕の恒例的ナンバーこと“夜明けのオレンジ”を投下するとファンに全身全霊の感謝の思いを述べ、「本当にありがてえわけだ。噛み締めているわけだよ。なんでこの曲をやらずにはいられねえと」との決意表明が終わると、ファンへの気持ちをつまびらかにした叙情曲“ラブコール”を万感の思いで披露。雫は幾度も喉が潰れんばかりの渾身の絶叫で文字通り等身大のラブコールを伝え、ギターのカポを地面に投げ捨てる衝撃のラストでもって、大団円で約1時間に及んだライブの幕は降ろされたのだった。

 


思えばポルカは活動当初より極めて策略的に、言葉を選ばずに言えばある種のビジネスとしてポルカドットスティングレイというバンドの舵を握り『どうすれば喜んで貰えるか』という思考を第一義に活動を行ってきた。その結果今のポルカ(というより雫)は『ファンに受け入れられるためには何でもやる』という明確なワーカホリック状態にあり、昨今タイアップ楽曲を多く制作していることや『HOW TO #教祖爆誕 2020』のハウツー、そして今回のライブも全て、最終的な還元先はファンであることは間違いない。


今回のアンコールで雫は「実際にライブハウスでお客さんがいて対面してライブするっていうのと、配信でライブをお見せするのって、お客さんの環境が全然違うやんか。だから別の考え方した方がいいなと思って」と語っていたが、それを突き詰めた結果こそが今回の『#教祖爆誕 オンライン』であり、結果として何よりも雄弁にポルカドットスティングレイというバンドの在り方を体現するものとなった。……前述の通り今回のライブが大成功で終幕するに加え、来たる12月16日にはニューアルバム『何者』を発売を控えるポルカ。様々なネガティブな事象に翻弄された2020年だが、それは一時の落ち込む理由にはなれど、長時間立ち止まる理由にはならない。ポルカはきっとこの先も、驚きと感動を提供してくれる……。そんな確信にも似た期待が、今回のライブには宿っていたように思う。


【ポルカドットスティングレイ『教祖爆誕オンライン』 セットリスト】
FREE
パンドラボックス
エレクトリック・パブリック
DENKOUSEKKA
トゲめくスピカ(アコースティックver)
BLUE
JET
ヒミツ
ハルシオン
テレキャスター・ストライプ

[アンコール]
化身(MVver・新曲)
化身(生演奏ver・新曲)
夜明けのオレンジ
ラブコール

 


#教祖爆誕 オンライン 「アーカイブ」 ティザー

【ライブレポート】エレファントカシマシ『日比谷野外大音楽堂2020』@日比谷野外音楽堂

こんばんは、キタガワです。

 

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エレファントカシマシ、今年も野音の地へ。彼らの日比谷野外大音楽堂公演は同時期に毎年決まって行われる、エレカシにとっては年に一度の恒例行事とも言うべき代物である。しかしながら既知の通り、今年は新型コロナウイルスが猛威を振るう中での開催。故に今回のライブはかつてのエレカシの野音とは結果として大きく異なるものとなり、全体のキャパシティを下げ、観客にはマスク着用義務化と発生制限といった協力を求めることに加え、チケット無しかつ野音の外でライブの音を楽しむ所謂『音漏れ勢』に関しても、今年は公式より控えるようお達しが出た。


そして最も大きな変革として挙げられるのは、リアルタイムのオンライン配信を敢行したことだろう。言わずもがな、彼らにとってオンライン配信は初の試みであったけれども、本来であればチケット争奪戦必至なプレミアチケットと化していたはずの今回のライブが今まで通り会場内で観ることが出来るのに加え、一切の不安要素を介さず自宅で鑑賞することも可能になった点においてはすこぶる良心的であり、結果的に大多数のファンが各々の異なる環境下でライブを鑑賞し、ライブの感動を媒介する重要なツールとなった。


幸い雨も降ることなく、晴天となった当日の野音。定刻を少し過ぎると、未だ空も明るい野音のステージにメンバーがひとり、またひとりと降り立ち拍手喝采を浴びる。かつての野音では途中途中でメンバーが入れ替わり最終的には総勢10名以上に及ぶ場面も存在したが、今回のライブはもはや紹介するまでもないオリジナルメンバーに加え、サポートメンバーとしてギターに佐々木貴之、キーボードに細海魚を加えた6人編成。楽曲ごとの人数増減も皆無な、徹頭徹尾演奏メンバー完全固定制のパフォーマンスとなった。


開幕を飾るのは、長い沈黙を破ってこの日セットリスト入りを果たした“「序曲」夢のちまた”。ギターを爪弾く調べに乗せて日常の情景と感情の起伏が移り行くそれを、宮本は歌謡曲を彷彿とさせる緩急をつけた歌唱でもって時に囁くように、時に高らかに歌い上げていく。徐々に熱を帯びるでもなく長らく一定の熱量をキープし続けていた“「序曲」夢のちまた”だが、終盤に差し掛かると宮本の背後でじっとその時を待っていた楽器隊の面々が覚醒。圧倒的な物量でもって猛然と、野音の空に轟音を響かせていく。1曲目にしてよもやの選曲でもって多大なる緊張感に包まれた今年の野音。演奏終了後は息を飲むことさえ憚られるような沈黙に支配された空間に、ハッと思い出したようにまばらな観客の拍手がそこかしこで上がっていた。

 


エレファントカシマシ「Easy Go」Short ver.


例年と比較するとおよそ緩やかに始まった野音公演。一転ライブ然とした熱量に変貌する契機となったのが、宮本が「ワンツースリーフォー!」と叫んで鳴らされた屈指のパンクアンセム“Easy Go”。冒頭からノイジーなメジャーコード進行でエレキギターを掻き毟っていた宮本であるが、時間経過と共に体の芯から迸る熱量が理性を凌駕。次第にギターを弾く手は止まり、まるでブレーキを失った暴走列車の様相で鬼気迫る絶唱を響かせていく。息継ぎする間もない物量で襲い来るキーの高い歌詞もなんのその。宮本は歌唱のスピードを自由自在にコントロールし、ラストは倒れ込みそうになる体をマイクに掴みかからん勢いで保ちながらの《俺は何度でも立ち上がるぜ》との勝利宣言たるフレーズでもって終え、その後は肩で息をしながらも間髪入れずに“地元のダンナ”、“デーデ”といったロック然とした楽曲に続いていく。


エレカシの野音はフェスや単独ライブでは滅多に披露されないレア曲を広く展開されることでも知られているが、今回も例に漏れず長年のファンであっても初めてライブで刮目したであろう稀有な楽曲群をドロップ。取り分け大きな驚きと共に迎え入れられたのは中盤における“星の砂”、“何も無き一夜”、“無事なる男”、“珍奇男”、“晩秋の一夜”、“月の夜”、“武蔵野”、“パワー・イン・ザ・ワールド”までの8曲である。それもそのはず、これらの8曲は彼らがまだエピック・ソニーに在籍していた頃……つまりは約20年以上も前に世に放たれた楽曲群であり、野音以外の単独ライブでも何度か披露されている“珍奇男”はともかくとして、あまりにレアな代物であったためだ。


無論このファン垂涎ものの楽曲群は野音という空間がエレカシにとって、またファンにとってどれほど特異な場所であるかを重々理解した宮本が悩み抜いて決めた選曲であることは疑いようのない事実である。その判断が正しかったという事実を証明するように、楽曲が披露されるたびに大半の観客は基本的に直立不動で聞き入り、対してある一定のファンは狂ったように腕を上下に振る対極構造が出来上がっていた。実際“星の砂”を指して宮本が「40年くらい前の曲です」と語ったり「これすげえ懐かしくて。“晩秋の一夜”っていう歌は、ひとり四畳半の家でやたら難しい本を無理矢理読んで部屋にいるときの歌で……」と回顧していた通り感慨深い思いも存在していたようで、宮本は《ハレンチなものは全て隠そう》との歌詞に合わせて自身の乳首を指で覆い隠し(“星の砂”)、時にはパイプ椅子上で絶大な存在感を示し(“珍奇男”)、淡い照明に照らされながらしっとりと奏でる(“晩秋の一夜”)等、千変万化のステージングで魅了。久方ぶりのライブ披露であるためか途中で幾度かの機材トラブルも発生したが、そうした予想外の事象すらものともしない力強さもって、古き良き楽曲の数々を野音の空に溶かす光景は印象深く映った。

 


エレファントカシマシ「ズレてる方がいい」


以降は画面越しに鑑賞しているファン含め誰しもの琴線に触れた“悲しみの果て”からBPMを原曲よりも更に速めて投下されたファストチューン“RAINBOW”、そして「死ぬ時がこの世の中ときっとオサラバってことだろ?だったらそれまで出来る限り己自身の道を歩むべく、戦いを続けてみようじゃねえかエブリバディ!」とのグッと来るアドリブワードが繰り出された“ガストロンジャー”、穿った日々を生きると共にパートナーとの連帯を描く“ズレてる方がいい”と続くと、ラストに投下されたのはエレカシにおけるかの代表曲“俺たちの明日”。

 


エレファントカシマシ - 「俺たちの明日」


宮本は同曲のMVよろしく黒スーツを背負って振り回し、明日への活力たる鼓舞的言霊を何度も絶唱。加えて「さあ、まだまだ行けるぜ?一丁やってやろうぜ!」と叫んだ後に雪崩れ込んだ渾身のサスサビは集まった観客の拳を全身全霊で受け止めるが如くの求心性を担って、広々と響き渡っていた。演奏が終わると先程の熱演から打って変わって宮本による「イエーイ!センキュー野音ー!」との肩肘張らない一言の後「どうもありがとう、1部終了です。まだ2部がありますんで一回引っ込みます」との嬉しい報告と共にステージから去ったメンバーたち。結果的に彼らは数分後に再度姿を見せることになるのだが、その間集まった観客はひとり残らず2部の開催を熟知している状態のため、手拍子はなし。今しがたの感想を友人間で語る者、椅子に座って来たる第2部に向けての臨戦態勢を試みる者、メンバーの名前を叫ぶ者など様々だが、その光景は思い返せばホール規模のワンマンライブでよく観られた代物でもあり、生のライブの素晴らしさを視覚的、聴覚的に感じることが出来、じんと心に染み入る一時でもあった。

 


エレファントカシマシ「ハナウタ〜遠い昔からの物語〜」


そしてしばらくの暗転の後、静かにステージへ帰還したメンバーたち。宮本がマイクに向かい「ありがとうございます。じゃあ第2部……」と言葉を切る形で、第2部は“ハナウタ ~遠い昔からの物語~”、“今宵の月のように”という鉄板アンセムの投下で万感の開幕である。ここまで約1時間以上に渡ってバラード、ミディアムナンバー、パンク、果ては音数をぐっと絞ったひとり演劇たる面妖曲等様々な楽曲を展開してきたエレカシ。だが第2部は取り分けライブバンドとしての真骨頂を体現するようにアッパーな楽曲を次々披露するモードに突入し、“今宵の月のように”以後は「立ち止まったっていいぜ!斜めでも後ろでも、何でもいいぜエブリバディ!」との宮本の咆哮が涙腺を緩ませた“友達がいるのさ”、男の文字通り日々を駆け抜ける様を描いた“かけだす男”、多数の拳が掲げられた“so many people”、宮本による即興的テンポ変化による緊張と緩和で大いに盛り上げた“男は行く”と、特段休憩を挟まずシームレスに続いていく。


中でも第2部における極上のハイライトとして映ったのは、もはや語るも野暮なお馴染みのナンバーこと“ファイティングマン”。宮本が盟友・石森敏行(G)の背中を押し強制的に前方へと移動させた冒頭から、ここまで立て続けに楽曲を披露してきたはずの宮本は縦横無尽にステージを駆けずり回る驚異のステージングを見せると共に、サビ部分では幾度も腕を天に突き上げての日常生活で起こり得る多種多様な事象への闘争を表明。観客もそれに答えるように力強いレスポンスで応じる双方向的な関係性が光る。ラストは《baby ファイティングマン》との熱意の言霊とも言うべきそれを獰猛たる勢いで観客に放ち続け、つんのめるように終了。


石森がギターを下ろした瞬間に行われたカウント、マイクスタンドの突発的移動、肩を引っ掴んでの《歩こうぜ》との絶叫等、取り分け石森に対する宮本の横槍が笑いを誘ったエレカシ野音の名物的叙情歌“星の降る夜に”を披露すると、宮本が「みんな今日はありがとう。思ったより長くなっちゃったけど、最後まで凄い真剣に……。素晴らしいコンサートになりました。ありがとうエブリバディ。みんな良い顔してるぜ、多分。マスクしてるからよく分かんないけど、良い目してるぜ。格好良いぜエブリバディ。また会おうぜエブリバディ!ありがとう!」と感謝の思いを述べ、本編最後の楽曲となる“風に吹かれて”が高らかに鳴らされた。


《手を振って旅立とうぜ》の一節では宮本が手を振る挙動に合わせて観客が同様に手を半月状に振る幻想的な光景が夜空の直下で繰り広げられる。演奏終了後には「ソーシャルディスタンスで……」と距離を取ろうとした宮本だが、ふいに思い直し、メンバー全員としっかりとしたハグを交わし、サポートメンバー含めた6人が横並びになってのこれまた宮本の動きにつられるように腕を高々と挙げてのお辞儀。拍手で祝福する観客に向けて「お尻出してプッ」と一発ギャグを放ち、颯爽と去っていった。


アンコールの声に答え、三たびステージに帰還したエレカシ。先程まで第4ボタンまで開けたカッターシャツでパフォーマンスを行ってきた宮本だが、その上に黒いスーツを羽織り正装とも言うべき服装に。正真正銘、運命的一夜の最後を飾る楽曲は1998年にリリースされたセカンドアルバム『THE ELEPHANT KASHIMASHI Ⅱ』から“待つ男”である。


楽器隊による地に足着けた演奏こそ今までと同様にも思えるが、宮本はこの日イチの本能的な挙動に振り切ったパフォーマンスで、全てを出し尽くさんと言わんばかりだ。 中でも宮本による歌唱は圧巻の一言で、バックでは重厚なサウンドが一定のテンポで奏でられているにも関わらず、それをほぼほぼ無視した独自性の高い発語がぐんぐんと牽引。その姿はまるで傍若無人に突き進む宮本を楽器隊が必死に追随するようでもあった。そして異次元の領域に達した宮本に翻弄されているのはこの場に集まったファンも同様で、観客は拳を振り上げるでも手拍子をするでもなく、一様に鳩が豆鉄砲を食らったように呆然と眼前を見詰めている。けれどもそれはネガティブな意味合いなどでは決してなく、言わばステージ上で繰り広げられる演劇とも演説ともつかない異次元的な光景に圧倒された末の直立不動である。ラストは言語化不能の宮本の絶叫が幾度も繰り返され、宮本が全ての言葉を放出し尽くしたと同時にピタリと演奏も停止。そうして静まり返った野音に終演を告げる投げキッスが宮本自らの手で放たれると、会場は我に帰ったように沸き、拍手喝采の海が出現した。これにて2時間以上、演奏にして28曲にも及んだ今年のエレカシ野音は幕を閉じたのだった。


思えば昨年から今年にかけての宮本はエレカシ以上にソロとしての活動に傾倒していて、特に今年は自身初となるファーストフルアルバム『宮本、独歩』をリリースし、今冬には自身初となるカバーアルバム『ROMANCE』の発売も決定。彼のソロ活動は文字通り順風満帆な渦中にある。何故エレカシの絶対的フロントマン彼が突如としてソロ活動をスタートさせたのか……。その動機のひとつは言うまでもなく『シンガー・宮本浩次』としてのステップアップ。そしてもうひとつ、忘れてはならない大きな理由として挙げられるのは『エレカシとしての活動を生涯続けていくため』であるということ。


無精髭を剃り落とした外見的な変化然り、機材トラブルの際に見せたスタッフへの愛のある叱責然り、個々の歌詞を噛み締めるように歌い上げたステージング然り……。去る1月の『新春ライブ2020』から8ヶ月以上のスパンを経て開催された此度のエレカシのライブは心なしか、宮本の意識的改革及び音楽に対する真摯さ、更にはある種のホーム感さえ思わせる素晴らしき代物だったように思う。宮本が独歩に至る契機となった事柄がエレカシであったとするならば、そこからぐるりと巡った終着点に存在するのは、やはりエレカシなのだ。今回のライブが彼らによるひとつの起爆剤たる犯行ツールであったということを我々が実感するのは、来たる大爆発が起こった直後。……その証拠に、最後にステージを降りる際に宮本がうっすらと浮かべた笑顔は、凄まじい決意を伴って見えた。


【エレファントカシマシ『日比谷野外大音楽堂2020』 セットリスト】
[第1部]
「序曲」夢のちまた
DEAD OR ALIVE
Easy Go
地元のダンナ
デーデ
星の砂
何も無き一夜
無事なる男
珍奇男
晩秋の一夜
月の夜
月の夜(機材トラブルにより再演奏)
武蔵野
パワー・イン・ザ・ワールド
悲しみの果て
RAINBOW
ガストロンジャー
ズレてる方がいい
俺たちの明日

[第2部]
ハナウタ ~遠い昔からの物語~
今宵の月のように
友達がいるのさ
かけだす男
so many people
男は行く
ファイティングマン
星の降るような夜に
風に吹かれて

[アンコール]
待つ男

【ライブレポート】ネクライトーキー『ゴーゴートーキーズ!2020 日比谷野外音楽堂編』@日比谷野外音楽堂

こんばんは、キタガワです。

 

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5人のポップロック集団、遂に野音に到達す……。コロナ禍以後はオンラインで開催されるサーキットイベントやYouTubeライブ『デジタルビリビリ演奏会』等、制約を課される中でも精力的な活動を続けていたものの、やはり愚直なライブ活動を結成当初から続けてきたネクライトーキーである。緊急事態宣言が発令されてから間も無く呟かれた「めちゃくちゃライブしたいな」との朝日(G)のツイートにも如実に表れていたように、かつてのようなライブ体験を渇望する思いは強かったようで、遂に約7ヶ月ぶりとなる有観客でのライブに漕ぎ着けた。


会場に選ばれたのは大阪は大阪城音楽堂、東京はなんとライブの聖地との呼び声高い日比谷野外音楽堂で、もはや言うまでもないがネクライトーキー史上最大規模の会場となる。長い長いお預けを喰らった彼らは、如何なる形でライブを展開するのか……。間近に迫った運命的な時間に、否が応にも期待が高まる。


時刻が開演時間の17時を回ると、多種多様なパーカッションの音色と共に誰かしらの「ようこそ」との一言をぶつ切りでサンプリングした形容し難いダンサブルなSEが流れ、観客は誰からともなく立ち上がり、リズムに合わせて手拍子を行う。瞬間、照明に照らされた野音のステージ。気付けばステージの背後には印象的な『ネ』の一文字が出現しており、色とりどりの照明に照らされて妖しく光っていた。


次第に勢いを増していくSEを締め括るように変声機で声質が変えられた「ワンツースリーフォー」との野太い声と共に鈴の音色が響くと、もっさ(Vo.G)、カズマ・タケイ(Dr)、中村郁香(Key)、藤田(B)の順でメンバーが入場。最後にネクライトーキーの全楽曲の作曲を務める朝日がドラムセットをぐるりと迂回してポジションに着くと、マイルームに突如出現した害虫に怖気を震うパンクナンバー“虫がいる”を投下。


ソーシャルディスタンス確保のため、客席は人ひとり分空席になっていてスペースが目立つし、更には発声の制限により観客が歓声を上げることもない。しかしながら腕を高々と挙げるアクションと、音楽のアンサンブルにゆらゆらと体を委ねる観客の姿は紛れもなくネクライトーキーがコロナ禍で長らく思い描いていた理想的な光景であったはず。事実時折向き合って拍を合わせる演奏やメンバーそれぞれのコーラスパートに目を向けるとどことなく力を帯びている感さえあり、ステージの中心で歌うもっさは《もはや気分はマジで最低さ》の一節を絶叫。1曲目ながら早くも会場全体の一体感を作り出していた。


前述の通り、今回のライブ会場はネクライトーキー史上最大規模であると同時に、久方ぶりのワンマンライブでもある。故に今回のライブはバンドの歴史を総括するような代物となり、ファーストフルアルバム『ONE!』、時代の朝日の別名義として知られるボカロP・石風呂の楽曲をセルフカバーしたミニアルバム『MEMORIES』、今年1月にリリースされた待望のメジャーデビューアルバム『ZOO!!』の楽曲群を満遍なく配置。加えてライブ初披露となる新曲3曲を展開し、結果として約2時間、演奏曲は計23曲という大盤振る舞いのセットリストとなった。

 


ネクライトーキーMV「夢みるドブネズミ」


新機軸のポップロック“夢みるドブネズミ”、《今は只の平成30年だ!》との歌詞を「今は只の令和2年だ!」に変えて笑顔で駆け抜けた“めっちゃかわいいうた”、中村による小気味良いサウンドが印象的な“音楽が嫌いな女の子”等、前半部の彼らはチューニングもほどほどにとりわけアッパーな楽曲を連発するスタイルを取っていたのだが、このある種性急な猪突猛進ぶりが此度の彼らがどれほど強い思いを抱いてこの場に立っているかということを、雄弁に表していたように思えてならなかった。


ひとしきり楽曲をプレイすると、初のMCに移行。まずはもっさが「えーっと皆さん、お久しぶりです!忘れてるかもしれないんで……我々はネクライトーキーです!今日は晴れて良かったよね。本当に。今日(予報では)雨らしかったけど……」と飾らない胸の内を語るも言葉が続かず、沈黙が訪れる。すかさず朝日が「昨日天気予報聞いた時点では『雷雨になるでしょう』って言われててんけど、そうじゃなくて本当に……」とたどたどしく言葉を紡ぐが、同様に失速。まさにバンド名前を体現した性格的暗さが明るみに出たそれを見かねた中村が「そんだけでいいの?久しぶりなのに」と助け船を出すも、もっさは暫し思案した挙げ句「……いきましょう」とボソリ。思いがけず次の楽曲に移行させる一連の流れに、観客からは思わず笑いが溢れる。


秋の日は釣瓶落としで、先程まで明るかったはずの空は次第に暗くなり、MCが終わる頃にはすっかり日の落ちた野音会場。本来ならば沈黙が支配して然るべしなチューニングにおける楽曲と楽曲の間には秋虫の声がカナカナと聞こえる趣深い一幕もあり、環境としてはこれ以上ない程ベストだ。しかしながら彼らの猪突猛進的な勢いは中盤になっても留まることを知らず、以降はポップネスかつミドルテンポな楽曲の数々を固め打ち。

 


ネクライトーキー MV「許せ!服部」


ネクライトーキー LIVE「許せ!服部」


中でも圧巻だったのは、もっさが朝日のギターのボリュームノブを徐々に上げてスタートした“許せ!服部”。朝日による「騒ぐな服部ー!」の絶叫と共にテンポが高速化した中盤では、ドラムのカズマ・タケイに全員が向き合っての「ワンツースリーフォー!」を合図に各楽器を同時に打ち下ろして興奮を生むと、もっさはそそくさとステージ袖にハケていく。再度ステージに現れたもっさの両手には『CD』『ライブ』と記された2枚の札が掲げられており、前方に据えられたお立ち台に登ったもっさは、それらふたつのプラカードを背中に隠した状態で、まずは『CD』の札を掲げる。すると楽器隊が織り成すサウンドが単音かつスローリーな音像と化し、メンバーは船上の船乗りのように小刻みに体を動かし、緩やかな演奏に変化。そしてもっさが『ライブ』の札を挙げれば一転、演奏が高速化。先程まで単音を鳴らしていた朝日もコード進行を駆使してのアグレッシブな演奏に変貌し、観客の腕もそれに呼応するように激しく前後に揺れる。


なおこの『CD』と『ライブ』を切り替えるアクションはもっさ個人によるタイミングに全て委ねられているらしく、メンバーはもっさの一挙手一投足を見逃すまいと真剣に視線を注ぐ。今年に入ってからの配信ライブでも同様のパフォーマンスが成されてはいたものの、やはり独特の緊張感は、有観客ならではだ。もっさはその後もメンバーへのパターン変化の応酬で盛り上げると、ラストは常時『ライブ』状態のどしゃめしゃな演奏で魅せ、最終的にかなりの長尺となった“許せ!服部”を締め括った。


ライブは早くも後半戦に突入。ここまである種性急に突き進んできた彼らだが、挑戦的な展開で観るものを翻弄した“ぽんぽこ節”後はもっさのボーカリスト然とした魅力を前面に押し出した“渋谷ハチ公口前もふもふ動物大行進”、虚無的な日常をつまびらかにする“深夜のコンビニ”といったバラードナンバーをしっとり聴かせ、この日何度目かのMCへ。


完全なる沈黙に支配された環境下。もっさは沈黙に耐えかねたように「なんかここに来るまではめちゃくちゃ時間かかったのに、ライブは凄い早いの不思議やな……」とたどたどしくも言葉を紡ぐが、そこはかとなく主語述語の関係性が掴みづらいMCに気付いた藤田に「ん?何の話?リハより体感的に時間が過ぎるのが早いみたいな、そういうこと言おうとした?もしかして」と容赦ない突っ込みのターンが回ってしまい、まごつくもっさ。ふと背後に目を向けると、他のメンバーは茶化し合うでもなく静かに笑みを湛えている。ライブは熱いが、トークはあまりに自然体なネクライトーキー。そのある種日常的な会話を思わせる一連の流れにはメンバー間の仲の良さを強く感じさせた。

 


ネクライトーキーMV「明日にだって」


そして朝日が「今回イベントより前ってなると2月のライブが最後なので……。その間いろいろありましたが、とりあえず今んとこ生きて音楽やれてるので、良しとしましょうか。今日は本当にありがとうございます」 と語ると、以降は“明日にだって”、“こんがらがった!”、“北上のススメ”の順に展開されるクライマックスに導くが如くのアッパーチューンの連続だ。


本編最後に演奏されたのは最新アルバム『ZOO』における最終曲に位置していた“朝焼けの中で”で、メンバーは皆笑顔で楽器を演奏し、観客は無意識的な手拍子でもってフィナーレへの花道を形作る。もっさは時折目を瞑りながらの歌唱で無気力な中にも色濃く生活を映し出す歌詞を真摯に伝えるに加え、終盤における《朝焼けの中》との一部分では「朝焼けの」の箇所で声を限界まで引き伸ばし、続く「中」で一息つく安堵に満ちた一幕も挟まれた“朝焼けの中で”。演奏終了後はメンバー全員が集まった観客に幾度とない丁寧なお辞儀で感謝を伝え、ステージを降りた。


彼らがステージを去った直後には、誰に言われるでもなく、アンコールを求める手拍子がさざ波のように広がっていく。時折全体の手拍子のテンポが狂うも、観客の意識的に正しいテンポに戻して続いていくというかつてはライブ会場で当然のように観られた光景さえ、改めて此度の有観客ライブの感動を呼び起こす重要なエッセンスとして映った次第だ。


照明が点き、再びステージに姿を現したメンバーたち。中村が「さあもっささん!喋ることがあるんじゃないのかい?」と促すと、もっさは今年の12月から、5大都市を回る『ゴーゴートーキーズ!2020 師走』と題されたツアーを敢行することを発表。発声制限のため声が出せない観客の思いを代弁するように、中村がサンプラーに組み込まれた歓声こと「うおおお!」のボタンを押すと、喜びの拍手が会場中に広がっていく。次いで「配信とライブいろいろありますが、いい文化だなあと。会場に足を運べない人っていろんな事情があると思ってるので、これは(コロナが収束して)落ち着いた後でも残ってったらいいなあと。予算はかさむんですが、その辺も乗り越えて。今はこれで良しとしよう!」と朝日が語ると、どこからともなくリズミカルな打ち込みの音が聞こえ始める。


次第に謎の音が耳に迫る中、朝日による「聞いた話によるとネクライトーキー、初めてアニメのオープニングやるらしいじゃないですか」という説明が挟まれ、アニメ『秘密結社 鷹の爪~ゴールデン・スペル~』のオープニングテーマである“誰が為にCHAKAPOKOは鳴る”を初披露。

 


TVアニメ『秘密結社 鷹の爪 ~ゴールデン・スペル~』ノンクレジットOP映像|ネクライトーキー『誰が為にCHAKAPOCOは鳴る』/Necry Talkie


“誰が為にCHAKAPOKOは鳴る”はネクライトーキー初のコール&レスポンスを主軸としたロックナンバー。もっさは幾度も「セイ!チャカポコー?」と観客に問い掛け、声を出せない観客の代わりにメンバーが「チャカポコー!」と絶叫。全体を通して何十にも及ぶ「チャカポコ」の応酬が繰り広げられたが、声色を変えてのチャカポコ、首を捻って疑問系のチャカポコ、泣き声で悲しく魅せるチャカポコ等、その都度もっさが突発的なアレンジを加えて言霊を放つのが面白く、最終的に「ジャガボゴォ!」や「ギャギャゴゴ!」といった原型を留めない叫びに変貌。この日集まったほとんどの観客にとって完全初見であるはずの“誰が為にCHAKAPOKOは鳴る”は、あまりに印象的なひとつのフレーズを誰しもの頭に落とし込み、大盛り上がりで響き渡った。

 


ネクライトーキー MV「オシャレ大作戦」


そして彼らの名前を広く知らしめた契機とも言える“オシャレ大作戦”が満を持して鳴らされ、正真正銘ラストに据えられた楽曲は“遠吠えのサンセット”。


原曲よりBPMを落とした形で始まったこの楽曲。しばらくはその緩やかなサウンドにゆらゆらと揺蕩う会場だったが、サビに突入した瞬間BPMが高速化。そして2番に入る頃には始まりと比べて更に一段階程度遅くなっており、最終部では開幕時の1.5倍とも2倍ともつかない圧倒的なスピードで演奏。全体として2分少々のこの楽曲は結果多くのテクニックとライブならではの再構築で駆け抜け、アウトロでは楽器隊全員が自身の武器を振り上げた状態でピタリと制止。カズマ・タケイがスティックを打ち下ろすと同時にコードをジャーンと鳴らし、約2時間に及んだライブはその幕を降ろしたのだった。


以前より獰猛に、また強靭なタフネスを携えて帰還したネクライトーキー。この日観た彼らは紛れもなく、圧倒的な進化を遂げて野音の地に立っていた。思えば先の見えないコロナ禍の渦中でありながらも彼らが歩みを止めることは決してなく、オンラインライブへの積極的な参加、将来的なコロナウイルス収束後に向けてのバンド練習、新曲の制作等、日々経験値を積み重ねてきた。そしてそうした愚直なバンド活動が花開いた結果こそが此度の素晴らしき成功体験であることは、もはや疑う余地がない。


様々な行動に制限が課された2020年であるが、こんな時だからこそ出来る新たな活動もある。……12月からは新たなツアー『ゴーゴートーキーズ!2020 師走』も控えており、やむを得ず中止となってしまった全国ツアー『ゴーゴートーキーズ!2020春』で経験するはずだった喜楽的な事象を取り戻さんとばかりに、目標に向かって進んでいるネクライトーキー。根暗な5人による猛然たる疾走は、これからも続く。


【ネクライトーキー@日比谷野外音楽堂 セットリスト】
虫がいる
夢みるドブネズミ
めっちゃかわいいうた
音楽が嫌いな女の子(石風呂セルフカバー)
壊れぬハートが欲しいのだ(石風呂セルフカバー)
タイフー!
放課後の記憶
だけじゃないBABY
夏の暮れに
夕暮れ先生(石風呂セルフカバー)
新曲
許せ!服部
ぽんぽこ節
渋谷ハチ公口前もふもふ動物大行進
深夜とコンビニ
新曲
明日にだって
こんがらがった!
北上のススメ
朝焼けの中で

[アンコール]
誰が為にCHAKAPOCOは鳴る(新曲)
オシャレ大作戦
遠吠えのサンセット

映画『浅田家!』レビュー(ネタバレなし)

こんばんは、キタガワです。


この世に生を受けた人間誰もが最も密接に関わらざるを得ないコミュニティ……それ即ち『家族』であるという事実は、誰もが共感して然るべしだろう。無論家族は大半の人間にとっての大切な存在のひとつであろうが、もしも某かの契機によって関係が悪化・修復不可能な域に達してしまえば、その影響力の高さ故に人生自体が破綻しかねない程の重大な回避不能事項としてガッチリ固まってしまうこともある巨大な足枷としても確立している事実も同様に、誰もが知るところだ。

 

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今回鑑賞した映画『浅田家!』は正に上記の家族関係に徹底してスポットを当てた人情映画で、具体的には二宮和也演じる主人公・政志が家族全員を巻き込んでそれぞれのやりたかった事やなりたかった職業を具現化するという稀有な写真撮影を経て評価され、家族ともども成長する姿が鮮明に描かれている。


なおこの映画は、現実社会で写真家として活動する浅田政志が出版した写真集『浅田家』と『アルバムのチカラ』を原案としている。そのため今作『浅田家!』はオリジナルストーリーの長編映画の様相を呈すると同時に、ある種のノンフィクション作品であるとも称することができ、事実映画の公式サイト中にて展開されている『浅田家!写真展』では、物語の核として劇中で幾度も撮影された写真の数々が、実際に撮影された浅田政志による撮影写真と酷似……と言うよりは完全再現に振り切って撮られていることがはっきりと分かる。


ここまで映画の概要を列挙してきたが、結局はやはり『その映画が純粋に面白いと感じられるものであるか否か』という部分なのだけれど、これがなかなかどうして非常に良く出来ている。前半部分は浅田家の物語、対して後半部は被災地におけるボランティア活動が描かれているのだが、特に前半部の家族間のやりとりが笑いの端々に感動が襲い来る、言うなれば映画の教科書的なストーリー展開。そしてその全ての流れに無理がないため違和感なく心に侵入する点も、個人的な好評価に繋がった。


ただ前半の家族間の駆け引きに心捕まれたからこそ、後半の震災の話はやや蛇足というか、新規に登場する多くの人々然り長らく家族の描写が失われる展開然り、2時間の尺を持たせるため引き伸ばした感も否めなかったというのが正直な気持ちだ。けれどもラストはしっかりとしたオチで締め、ズルズルと間延びした感覚は然程なかった点に関しては心底素晴らしいと思えたし、総合的に判断して良作であった事実は揺るがない。実際「もっとこうだったら良かったのになあ」という所謂たらればはどの映画にも言えることで、自分の好みを押し付けることほど野暮なものはないと思うので……。


ともあれ『浅田家』は総じて良作であると共に、おそらく映画という娯楽において最大の賛辞のひとつであるところの「映画館で観ることが出来て良かった」と思えた代物だった。個人的・かつ蛇足の話で恐縮だが、今回の映画は前記事で綴った映画『青くて痛くて脆い』上映前に流れた予告動画に興味を抱いたことが契機となっていたのだけれど、今やコロナウイルスの影響や動画配信サービス等の普及により『映画を映画館で鑑賞する』との行為自体が次第に縁遠いものとなっている現代、こうした良作の出会い自体が映画館で、また本能的な契機を経て鑑賞に至ることが出来る喜びを改めて感じ得ることが出来た、映画好き冥利に尽きる経験であった。個人の趣味嗜好や損得勘定如何では図れない素晴らしさが、やはり映画館には溢れているのだと再認識した重要な映画。感謝の極みである。


ストーリー★★★★☆
コメディー★★★☆☆
配役★★★☆☆
感動★★★★☆
エンターテインメント★★★★☆

総合評価★★★★☆

 


映画「浅田家!」予告【2020年10月2日(金)公開】

【ライブレポート】氣志團万博2020 ~家でYEAH!~

こんばんは、キタガワです。

 

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氣志團万博、今年はオンラインで開催……。この一報を観た瞬間、心底喜んだ自分がいた。数々の夏フェスが軒並み中止となる中で開催に至ったのだから、喜ぶのも無理はないと言うものだ。無論コロナウイルスの影響により初のオンライン開催となった今年の氣志團万博は、今までの氣志團万博とは大きく趣を異にするものではあった。けれども会場に設置された30台以上のカメラ+ドローン、各アーティストの出番前に挟まれる声優・立木文彦のナレーションと厳選したライブ映像含むテレビ番組も真っ青の手の込んだ編集技術、そして何より画面越しであることを感じさせないアーティストたちの熱演でもって圧倒的な臨場感で魅せた氣志團万博2020は紛れもなく、野外ライブが軒並み消滅した最悪な夏に舞い降りた音楽好きにとっての、マスク続きの鬱屈した日常に出現した最高のオアシスだった。

 

 

森山直太朗(15:00~15:15)

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本編の開始は15時からではあるが、「早目に会場入りすると良い事あるかも?」との綾小路翔のツイートに釣られ、少し早めに再生画面にて待機。「今日は忙しいのに都合つけて、氣志團万博に来てくれてマジでありガトーショコラ!開演時間になったら、いよいよ画面が自動で切り替わるぜ。そのまま良い子で待っててくれよな!」との文面とキュートな綾小路が描かれた待機画面を暫し見詰めていると、瞬間“One Night Carnival”や“喧嘩上等”、“今日から俺たちは!”など氣志團におけるアッパーなナンバーの数々と共に、往年の熱狂の様子が備忘録のように映し出される。そして2019年……つまりは昨年の映像が長尺で流れると『氣志團万博2020 ~家でYEAH!~』との今年の氣志團万博のロゴが大写しになり、綾小路による氣志團万博開催に至るまでの経緯やライブへの思いを吐露するVTRが流されると、早くもオープニングセレモニーアクト・森山直太朗を呼び込むVTRへと遷移。


先んじて説明すると、このVTRは次なるアーティストの演奏直前に決まって流されるエンターテインメント性溢れる代物であったのだが、今回の森山直太朗についての紹介VTRはかねてよりの旧友である綾小路と森山の親密な関係性をつまびらかにするもので、「この氣志團万博も大きなプレッシャーに潰されそうになったことも多々ありますし、いろんなことがあって当日迎えて……。でも朝イチに直太郎があの糶から上がってきて発声してくれた瞬間に『俺今年もやれる』って思えるんですよね」と信頼を寄せる綾小路のトークが一転、「でもギャラは申し訳ないですけど大幅に下げさせてもらいました」という噴飯もののオチが挟まれる。さあ、エターナルボーイこと森山直太朗、凱旋である。


前述の綾小路の期待を裏切らず、糶上がりから登場した森山(何故かBGMはケツメイシの“さくら”)。するとおもむろに『氣志團万博と私』と題された手紙を懐から取り出し、真剣な表情で読み上げていく。一瞬カメラに収められた手紙の文面にはコロナへの思いとライブへの渇望、そして此度のオンラインライブの成功を願った文面がびっしりと書き込まれており、時折あからさまに涙を流すフリをして笑いを誘う点も、テレビ番組での歌唱等で真面目に映る彼とは違う綾小路の友人・森山直太朗としてのファニーな部分を垣間見ることが出来た。

 


森山直太朗 - 「最悪な春」


持ち時間15分という短い時間の中、歌われたのは誰もが知るところである“さくら”と、緊急事態宣言が発令された頃に歌詞を記したという新曲“最悪な春”の2曲。“さくら”の前半部では自身の歌声のみという完全なるアカペラで進行し、次第にフィンガースナップと足踏みでパーカッション的要素を追加するオンラインがもたらす静寂を最大限利用した試みで魅せ、続く“最悪な春”では森山による直筆の歌詞が画面右側に表示される中、卒業式の消失や無人のカフェといった、まさにコロナウイルスによって『最悪な春』となった今春のリアルを強烈に訴えた。そして最後はモノマネ芸人・コロッケを彷彿とさせるくしゃくしゃな変顔で「ありがとうございました……」と口パクで語りながらお辞儀をし、此度の氣志團万博の成功を願ってステージ袖へと消えていった。実際の彼自身がどのような思いでこの日を迎えていたのかについては想像に難くないけれども、全てのライブを終えた今分かるのは、今鳴るべき2曲でもって真摯に魅せる一面とフェスの幕開けを明るく飾るトップバッターとしての一面は、氣志團万博2020における自身の役割を十二分に理解したこれ以上ない折衷案にも思えてならなかった。

【森山直太朗@氣志團万博 セットリスト】
さくら
最悪な春

 

~開幕宣言~(15:15~15:20)

森山が去った後、ステージに神妙な面持ちで綾小路が登場。そう。氣志團万博恒例となる開幕宣言である。綾小路は此度の氣志團万博の開催理由を説明した後「わかっているのですか!あなたたちは、チケットを買ったんです。いいですか。あなたたちのしたことは、懸命に働く全バンダー(バンドマン)への愛に他ならない。ここに感謝をせずに、到底演奏することなど出来ません!」と語る。その口調こそ真面目ではあるものの、時折口をアワアワと震わせる誇張した表情を見ていると、不思議と笑いが溢れてしまう。


いつしかバックに半沢直樹のBGMが流れ出せば、「早割5500円。当日6000円ものチケットを購入したあなたたちは、もはやただのお客さんではない!日本のロックを……エンターテインメントを救った救世主だ!そしてあなたたちが買ったのは、チケットじゃない!この国の音楽の未来だ!私はやられたらやり返す。この借りは、必ず返します。今日中に全員まとめて、恩返しだ!氣志團万博、開催いたします!」と半沢とも大和田常務ともつかない変顔で宣言すると、長谷川町子や鳥山明、宮下あきらといった著名な漫画家のタッチで描かれた氣志團万博オリジナルの出演者のアーティスト写真が声優・立木文彦のアナウンスと共に次々と出現し、いよいよ本編最初のアーティスト、ももいろクローバーZ with our soulmate DMBのライブの幕が切って落とされた。

 

ももいろクローバーZ with our soulmate DMB(15:20~15:50)

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今年で何年連続出場なのか一瞬分からなくなってしまう程、長きに渡って氣志團万博を彩り続けてきたももクロ。開始前はソーシャルディスタンスの観点から、てっきりオケを流しながら4人のみが歌い踊るパフォーマンスに終始するだろうと思っていたが、実際はバックバンドを従えた完全なるバンドセットであり、後半では新体操選手や空手家、スイマー、レスラー等に扮した多数のダンサーもオンステージでステージを占領。セットリストに関してもライブ映えするももクロの楽曲群を、氣志團のカバー“BANG ON!”と“Don't Feel, Think!!”でサンドイッチするという予測だにしない30分となった。

 


【Momoclo MV】ももいろクローバーZ「stay gold」Music Video


ダンサブルなSEに乗せて制服姿でステージに歩み出たももクロ。その姿は可愛さ以上に大人びた雰囲気を感じさせる代物で、ある種艶かしいダンスを展開する開幕の“BANG ON!”では大人の色気を振り撒きつつ歌い踊るも、終了後のMCでは佐々木彩夏が「みんなに会えなくてマジぴえん」と語った瞬間、リーダーである百田夏菜子がすかさず「それは(年齢的に)無理があるってあーちゃん!」と突っ込むなど至って楽屋的な、肩肘張らない雰囲気で魅力していく。


前述の通り、ラストに披露されたのは氣志團の“Don't Feel, Think!!”のカバーだ。日々ネガティブな思いを抱える若者に向けて叫ばれる《感じるな 考えろ!!》との激励と、そうした鬱屈した精神を《あの頃の俺に似ている》とかつての自身に投影し、肩を叩く一面が優しく光る“Don't Feel, Think!!”。かつてはももクロのアウェーな空間として賛否両論が巻き起こった氣志團万博も、今年で9年目。今では称賛の追い風を受け、名実共に氣志團万博に欠かせないアーティストの一組となったももクロである。故にサビ部分の《感じるな 考えろ!!》と笑顔で熱唱する様は、何よりの勝利宣言として響き渡っていた。楽曲中盤ではメンバーがおもむろに制服を脱ぎ、その下に着ていた氣志團万博2020のオフィシャルTシャツをカメラにアピールしながらのパフォーマンスで氣志團とももクロの信頼を画面越しに届け、最後はステージの全員が合図と共にジャンプ。


高城れにによる「氣志團さん!キュンでーす!」とのメッセージを最後に、颯爽とステージを去ったももクロ。続いての東京スカパラダイスオーケストラのVTRに移行する前に一瞬マイクが拾った、遠方から観ていた綾小路による「すげー。マジすげー」との一言が、この日の彼女たちのライブを総括するかのように響いていた。

【ももいろクローバーZ with our soulmate DMB@氣志團万博 セットリスト】
BANG ON!(氣志團カバー)
MOON PRIDE
WE ARE BONE
stay gold
Don't Feel, Think!!(氣志團カバー)

 

東京スカパラダイスオーケストラ(15:50~16:20)

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ライブ前には是が非でもスカパラとのコラボレーションを果たしたいと願う綾小路に対し、結果としてaikoとの共作となった新曲の報を谷中敦(Baritone sax)がaikoとのコラボ写真を添付して綾小路の元へ送ったところ、下心の有無を問う下卑た返答が戻ってきた(谷中敦曰く「親切心が嫉妬心で帰ってきた」とのこと)という噴飯もののVTRが流れ、ライブへ移行。まずはスカパラ初のトリビュートアルバム『楽園十三景』にて“砂の丘 ~SHADOW ON THE HILL~”を氣志團が演奏したことへの敬意からか、同曲を高らかにドロップし開幕を飾ったスカパラ。


今回のセットリストは30分の持ち時間にアッパーな楽曲を敷き詰めた言わばフェス的な代物であったが、谷中の「今年は全く夏らしいこと出来なかったんでね。夏の締め括りに氣志團万博、あればいいなって思ってました」とするMCを鑑みるに、彼ら自身オンラインという特殊な環境下ではあれど、やはり重鎮のライブバンドとしてライブへの渇望は並々ならぬものがあったのだろうと推察する。

 


東京スカパラダイスオーケストラ 「Paradise Has No Border」(Live Ver. ゲスト:さかなクン)


“仮面ライダーヤイバー”で仮面ライダー特有の変身ポーズを再現する大森はじめ(Percussion)も、“Paradise Has No Border”でGAMO(Tenor sax)が「今日はどこの家庭が一番盛り上がってるんだー!」と叫ぶ場面も。それは彼ら自身がこの場を楽しんでいる何よりの証明であり、更にはそうしたバンド全体のハピネスな感情が回り回って画面越しの我々の興奮に直結するような無限構造さえ出来上がっている感もあり、グッと心を掴まされる。


ラストはもちろん、スカパラ屈指のライブアンセム“DOWN BEAT STOMP”でシメ。ソーシャルディスタンスを無視するが如く9人が演奏を繰り広げる中、アウトロでカメラに向かい「ウィーアー・東京スカパラダイスオーケストラー!」と叫んだ谷中の表情は、我々が良く知る屈託のない笑顔に溢れていた。

【東京スカパラダイスオーケストラ@氣志團万博 セットリスト】
砂の丘 ~SHADOW ON THE HILL~
5 days of TEQUILA
仮面ライダーセイバー
Paradise Has No Border
リボン feat.綾小路 翔
メモリー・バンド
DOWN BEAT STOMP

 

サンボマスター(16:20~16:50)

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ゴダイゴによる“Monkey Magic”というお馴染みのSEに呼び込まれたサンボマスター。サンボマスターのライブではCD音源の原型を留めないほどの突発的な語りを山口隆(Vo.G)が幾度も絶叫することで知られているが、それは氣志團万博という持ち時間30分の短いオンラインフェスの場でも健在で、1曲目“世界をかえさせておくれよ”の時点で「あれ?氣志團万博ではサンボマスター盛り上がらない協会の皆さんじゃないですよね?無観客とか関係ねえんすよ俺たちは!」と叫び、画面越しで観ている観客に対して「聴こえないんですけど皆さーん!」と無声の熱唱を要求。


「全員優勝!全員優勝!」との半強制的なコール&レスポンス、「準備いいすか?」「行きますよ?」に象徴される全曲のクライマックス感、「もっとすげえライブ、出来る人ー!」の煽り……。興奮に火に油を注ぐ勢いで幾度も焚き付けるその様は、もはや遠い思い出となってしまったサンボマスターの生身のライブにおけるどこまでも天井知らずの熱狂と「まだ行ける、まだ行ける」という山口の心中の渇きを体現するようでもあった。

 


サンボマスター / 花束 MUSIC VIDEO


ラストを飾ったのはコロナウイルスが猛威を震う渦中に配信リリースされた新曲“花束”。山口はこの日披露された様々な楽曲と同様に頻りに叫び倒し、ファンや氣志團、ライブ関係者に感謝の思いを具現化したそれを凄まじい熱量で届けていく。後半では演奏をピタリと止め「何が花束かって、決まってるでしょ。氣志團万博観てくれてるあなたが花束ですよ。氣志團万博主催してくれてる氣志團こそ花束ですよ。出てくれてるあなたこそ花束ですよ」と山口がカメラに向かって唾を吐かん勢いで捲し立てると共に、轟音の中「愛してる!」と絶叫。繰り返すが今回のライブはオンライン。故に観客はひとりもおらず、必然有観客時代の彼らのライブで頻発された、観客を指しての「良い顔してるぜ!」や「泣くんじゃねえぞ!」等の叫びは徹底してカットされていた。けれどもその興奮は間違いなく画面を通してでも多くのリスナーの心に伝わったろうし、ライブ自体も有観客と比べて遜色ないようにも感じられた、ロック然とした代物であった。天晴れ。

【サンボマスター@氣志團万博 セットリスト】
世界をかえさせておくれよ
忘れないで 忘れないで
できっこないを やらなくちゃ
世界はそれを愛と呼ぶんだぜ
花束

 

ゴールデンボンバー(16:50~17:20)

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続いての出演アーティストは唯一無二のエアーバンド・ゴールデンボンバー。VTRでは「氣志團万博のライブでは8回全裸になってる」というメンバートーク然り、股間のアップがやたらと多いカメラワーク然りある種の危惧を感じてはいたが、やはりというべきか。メンバーは股間に黒い前貼りを貼り付けただけのほぼ全裸の状態でステージに現れると、1曲目“#CDが売れないこんな世の中じゃ”に雪崩れ込む。


楽曲の求心性もさることながら、何より気になるのはポロリの危険性を孕む彼らの下半身。足を高く上げる、真横を向く等激しいダンスを繰り広げる様にはハラハラしっぱなしだが、そんな思いはどこ吹く風とメンバーのダンスはどんどんハイカロリーなものとなっていき、色々と目のやり場に困る。

 


ゴールデンボンバー「抱きしめてシュヴァルツ」Live 2012/6/10 大阪城ホール


ファンには周知の事実だが、彼らはライブの都度、MCにて散りばめられた伏線を次曲で回収することでも知られているが、今回も例に漏れず喜矢武豊(Gita-)が「最近(瑛人の)香水にハマってるんだよね」、樽美酒研二(Doramu)が「iPhoneって、難しくて使いこなせないですよね……。でも実はSiriって物凄く便利なんです」とのトークを繰り広げると、続く“抱きしめてシュヴァルツ”で喜矢武はかき氷に香水……もといシロップをかけて一気食い。樽美酒は尻を突き出したSiri風の衣装に身を包み、鬼龍院翔 (Vo-karu)が「ディズニーの熊のキャラクター何だっけ?」と問うと屁の音色が響き渡り、瞬間鬼龍院が「“プー”さんだー!」と喜びの声をあげるという抱腹絶倒の展開に。その後も氣志團万博印のバウムクーヘンを喉に詰まらせた喜矢武が『ドルガバ』と書かれた一升瓶をガブ飲みしたり、同じく「ロシアの大統領は?」との鬼龍院の問いまたも樽美酒が屁で返し、「“プー”チン大統領だー!」と突っ込んだりとやりたい放題。


ラストは当然“女々しくて”。激しい歌唱で声が限界を迎えつつある鬼龍院と、ボンボンを手にチアダンサー風ダンスを踊るも遂に前貼りをペラリと捲ってしまい、違う意味で限界を迎えつつある喜矢武との対比(陰部に施された被せ物の恩恵によりギリギリセーフ)が常識はずれの笑いを生み出し、最後はお馴染みのポーズで大団円。結果として今回の彼らのライブは『日本一笑えるフェス』と豪語する氣志團万博の異名に最も即した代物となったのでは。

【ゴールデンボンバー@氣志團万博 セットリスト】
#CDが売れないこんな世の中じゃ
首が痛い
抱きしめてシュヴァルツ
かまってちょうだい///
女々しくて

 

BiSH(17:20~17:50)

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次いで出演するのは『楽器を持たないパンクバンド』こと、BiSH。もはや語るまでもないが、特に昨年~今年の活躍は目覚ましいものがあった。様々なメディアで数々の特集が組まれ(アメトーークのBiSHドハマリ芸人他)、今年発売のベストアルバム『FOR LiVE -BiSH BEST-』はオリコンランキングで自身初の1位を獲得、ライブの即日ソールドアウトは当たり前、等々……。今やBiSHは確固たる『ロックアイドル』として広く受け入れられていると言っても過言ではない。BiSHの氣志團万博出演は今回が3回目。であるからして、今回の氣志團万博の起用は言わばそんな彼女たちの挑戦的凱旋ライブとも称するべき形式だったが、蓋を開けてみればあまりに圧倒的で、一気呵成に猛然と駆け抜けた30分であった。


BiSHのパフォーマンスを称賛する綾小路のVTRを経て、袖から横並びでステージに現れ出たBiSH。ハシヤスメ・アツコが開口一番「こんにちは、BiSHでーす!BiSHは3年目も、氣志團一筋ですよー!」と笑顔で叫び、無数に存在する代表曲のひとつ“デパーチャーズ”でライブの火蓋を切った。背後に楽器隊はおらず、徹頭徹尾BiSHの6人のみに焦点が当てられるパフォーマンス。輝かしい照明効果もないため、演出としては控え目だ。しかしながらカメラに噛み付くが如くの獰猛なメンバーの一挙手一投足、そして眼前にオーディエンスの存在を錯覚してしまう程の渾身の熱唱でもって、ぐんぐんと興奮を底上げしていく。

 


BiSH/BiSH-星が瞬く夜に- [OFFICIAL VIDEO]


ラスト“BiSH -星が瞬く夜に-”ではハシヤスメが氣志團よろしく、学ランにサングラス、頭はリーゼントの出で立ちに衣装チェンジ。カメラを睨む、腰に手を当てるという馴れない一昔前のヤンキー的行動に全員が笑みを浮かべる中、ステージ前方へ歩み出ての歌唱やヘッドバンギングを行う通称『オラオラタイム』を含めた圧巻のパフォーマンスで魅了。演奏終了後は6人が「以上、私たちBiSHでした!ありがとうございました!」と感謝の思いを叫び、颯爽と去っていった。これほど素晴らしいライブを観てしまえば、BiSHの虜にならないはずがないと言うものだ。

【BiSH@氣志團万博 セットリスト】
デパーチャーズ
GiANT KiLLERS
スーパーヒーローミュージック
LETTERS
beautifulさ
BiSH ー星が瞬く夜にー

 

岡崎体育(17:50~18:20)

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ここまでロックバンド、エアーバンド、アイドルと、ノンジャンルなライブを展開してきた氣志團万博。次なる出演はフェスや対バンライブに引っ張り凧の唯一無二のソロアーティスト、岡崎体育である。「MOSSAI様こそが氣志團万博の全てを司っているということを、皆さんと一緒に体験しようじゃないか」との荒唐無稽なVTRを経てライブの幕が上げられた岡崎。話の内容を紐解くに、どれだけその名を知らしめようともメインステージであるYASSAI STAGEに出演すること叶わず昨年遂に3年連続のMOSSAI STAGE出演となった岡崎は、遂にMOSSAI STAGEの神・MOSSAI様として崇め奉られる存在へと神格化してしまったようで、宗教的な雰囲気を帯びた“MOSSAI様”のSEに乗せ、黒いマント姿でステージに歩み出たMOSSAI様こと岡崎体育。しばらくの間こそ厳かなムードに包まれていた会場だが、続く《YASSAI STAGEに出る予定の人 前日に×××がバレたらええのに》とするYASSAI STAGE出演者への嫉妬と《YASSAI STAGEでライブ観てる人 家の鍵とか失くせばええのに》とYASSAI STAGEばかりに目を向ける観客へのヘイトを具現化した“MOSSAI様の憂鬱”でもって、いつのもファニーな岡崎のライブに一転。


2ちゃんねる上で壮絶なレスバを繰り広げた果てに、人格権の侵害における損害賠償請求の主張や「知り合いに警察やってるやついるから」との書き込みにより岡崎が完全敗北を喫する新曲“Fight on the WEB”で爆笑の渦へと誘うと、終盤2曲は楽器隊を従えての緩やかな“龍”、お馴染みの「ちょっと、それ、どっちのえー!」との無音のレスポンスに次いでストリングスのサポートメンバーを招いて披露された新曲“Eagle”を披露。なお今まで一貫してサポートを入れず自分自身でPCの再生ボタンを押してライブを進行していた岡崎が今回楽器隊を率いた理由については、昨年行われたさいたまスーパーアリーナのワンマンが大成功に終わったことで、自身の新たな音楽表現の形を考えた結果であるという。故に今回のライブはエンタメ性という周知の部分で笑いを誘うものであったと共に、岡崎体育における第2章の幕開けを飾るライブでもあった訳だが、おそらく今回彼のパフォーマンスを刮目した全ての人間は、今年以降の彼は紛れもなく安泰であると確信したことだろう。それほどの力が、彼の此度のライブには宿っていた。

【岡崎体育@氣志團万博 セットリスト】
MOSSAI様(SE)
MOSSAI様の憂鬱(新曲)
Fight on the WEB(新曲)

Eagle(新曲)

 

瑛人(18:20~18:30)

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コロナウイルスに東京オリンピック延期に新首相誕生など、様々な変革があった2020年。中でもネガティブな意味で象徴的な出来事として映ったのは言うまでもなくコロナウイルスの存在で、無論音楽業界もその影響を強く受けた訳だが、新進気鋭のアーティストが突如として注目を集めるという素晴らしき図式だけは今までと何ら変わることなく、未曾有のコロナ禍における数少ない現実逃避の手段として垂直に立っていた。そうした中、SNSを中心に特に巨大なバズを巻き起こしたものこそが瑛人の“香水”であり、結果として現時点でのYouTube上で公開されたMVは1億再生の大台に乗り、ストリーミングも同様に爆発的再生数を記録している。

 


香水 / 瑛人 (Official Music Video)


ステージに現れたのは瑛人と、かねてより共に楽曲製作に携わってきた旧知の仲であるジュンちゃん(小野寺淳之介)。まずは“HIPHOPは歌えない”をしっとりと歌い上げ、続いては“香水”……と思いきや、瑛人が歌い始めると同時に森山直太朗と綾小路が乱入するという予想外の展開から、テーマなしのアドリブトークへと移行。トークでは瑛人がレーベル・セツナインターナショナルに所属するに至った契機が綾小路による「直太朗のとこがいいんじゃない?」との一言であったこと、瑛人は森山をプライベートでは『オジキ』と呼んでいること、香水がブレイクを果たした今、これからが最も大変な時期であるということ等が笑いを交えながら語られ、ラストは“香水”の生パフォーマンスに期待を寄せるふたりの思いに答えるように“香水”をしっとりとプレイ。ジュンちゃんによるギターの音色が鳴り止むと、瑛人はとびきりの笑顔でカメラを見詰めていた。

【瑛人@氣志團万博 セットリスト】
HIPHOPは歌えない
香水

 

HYDE(18:30~19:00)

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唯一神、再降臨……。日本ロック界における帝王としての注目を一身に浴びし風雲児・HYDE、またもや氣志團万博に出陣である。彼自身、2月後半から3月上旬にかけて4ヶ所を回るL'Arc~en~Cielのツアーが全公演開催中止に追い込まれ、更にはソロ名義で出演予定だった夏フェスも同じく中止となった。VTRで綾小路の口から「自粛期間中のHYDEは庭の芝刈りをしてたらしい」というそのイメージとは対極に位置する生活が白日のもとに晒されたが、今回のライブは自粛を余儀なくされたこの数ヵ月間に燻らせた猛りに猛った内なる炎を全放出するが如くの、まさに言葉の通り悪魔的な代物となった。


VTRが終わり映像がステージへと切り替わると、そこには膝を折り曲げ、アップで映し出されるHYDEが獲物を捉えるが如く、じっとこちらを見詰めていた。そして「今年はやっと木更津に行けると思ったんだけど、まさかこんなことになるとは思わなかったよね……。でもピリオドの向こうへは、こっからでも行けんだよね。さあ行こうか……」と静かに呟いたHYDEは、口紅が塗られた自身の唇を触り、左頬に向けてゆっくりと滑らせていく。その妖艶とも不穏ともつかない一連の流れからふいに立ち上がり、楽器隊に合流したHYDE。瞬間、マイナーコードを多用した重々しいサウンドが激しく鼓膜を震わせる。

 


HYDE - BELIEVING IN MYSELF


その圧倒的な存在感でもって、ロックの帝王たる所以を存分に見せ付けたHYDE。最終曲“BELIEVING IN MYSELF”ではステージ前方へと進み、慟哭とも咆哮ともつかない絶唱を幾度も繰り出しながら跳び跳ね続け、いつしか暗さを帯びた照明が微かに照らすダークな会場には、やりきった表情でカメラを見詰めるHYDEの姿が映し出されていた。「楽しい」や「最高」との端的な感情表現では到底説明し得ない、名状し難い雰囲気を携えて進撃した30分。画面越しに誰もが息を飲んだと言っても過言ではない、あまりに稀有な時間であった。

【HYDE@氣志團万博 セットリスト】
MAD QUALIA
SICK
ANOTHER MOMENT
AFTER LIGHT
LET IT OUT
BELIEVING IN MYSELF

 

EXIT(19:00~19:30)

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数あるお笑い芸人という枠組みにおいて、名実共に令和的ブレイクを果たした一組、EXITが氣志團万博初登場。氣志團万博は長い歴史で幾度となくオープニングセレモニーアクトと冠された朝イチの時間帯でお笑い芸人を起用してきた経緯があるため、今回のEXITの起用は一見、その枠に準ずるようにも思えるだろう。だが今回のEXITのライブは純然たる事実として、持ち時間のほぼ全てを楽器……つまりは『アーティスト・EXIT』としての時間に充て、漫才はおろかMCらしいMCもほぼなしという音楽に振り切ったパフォーマンスとなった。


2018年の後半を境に、ストリーミング配信やシングルリリースなど、いちアーティストとして多種多様な楽曲を世に送り出してきたEXIT。今回のライブでは原曲をフルサイズで投下することはせず、EDMのライブ等で行われるような、様々な楽曲をインターバルを挟まず繋げていく所謂『リミックス型』のパフォーマンスに終始。その都度多数のダンサーを率いた軽やかなダンスと、美声を駆使したふたりの歌唱で魅了していく。

 


EXIT×Da-iCE「I got it get it feat.Da-iCE」MUSIC VIDEO dance ver.


中でも抜群のエンタメ性を誇っていたのが、椎名林檎の“丸ノ内サディスティック”や8.6秒バズーカーのネタのひとつである『ラッスンゴレライ』、RADIO FISHの“PERFECT HUMAN”、そしてDJ OZMAの“アゲ♂アゲ♂EVERY☆騎士”を連続で披露したメドレー部分であり、“アゲ♂アゲ♂EVERY☆騎士”ではDJ OZMA……こと綾小路翔が乱入。クライマックスの《Bounce! Bounce! Bounce!》の一幕でダンサーを含めた全員がパンツ姿となり、暗転。暗闇に包まれたステージに「おあとがヒウィゴー!」とのりんたろー。の一言が反響する形で、EXITにおける長い芸人人生における大舞台は大団円で幕を閉じたのだった。

【EXIT@氣志團万博 セットリスト】
I got it get it feat.Da-iCE
ネオチャラ (フィーチャラリングDJ DEKKA)
ぴえんは似合わないぜ feat.スカイピース
丸ノ内サディスティック(椎名林檎カバー)
ラッスンゴレライ ~CLUB MIX~(8.6秒バズーカーカバー)
PERFECT HUMAN(RADIO FISHカバー)
アゲ♂アゲ♂EVERY☆騎士(DJ OZMAカバー)

 

女王蜂(19:30~20:00)

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EXITの華やかな照明から一転、ステージは一際ダークなムードに包まれる。続いては唯一無二の個性で人気を博すロックバンド・女王蜂が、氣志團万博に満を持しての初出演だ。


まずはテレビアニメ『どろろ』のオープニングテーマに抜擢され、広く女王蜂の名を知らしめた契機とも言える“火炎”からライブはスタート。今回のセットリストはとりわけ自身5枚目となるフルアルバム『Q』以降のアルバム楽曲を軸に練り上げられていて、以降はオートチューンを介したアヴちゃん(Vo)による“金星”、どことなくバブル時代を彷彿とさせるサウンドが特徴的な“ヴィーナス”、韻を踏んだリズミカルな発語で惑わせる“BL”と続いていき、その絶大な存在感とロック然とした楽曲の求心性でもって途中休憩もほどほどに駆け抜けていく。

 


女王蜂 『火炎(FIRE)』Official MV


観る者に絶大な印象を与えたのは間違いなく、元々アルバム『孔雀』に収録されていた“告げ口”にライブ的音像を加えて再構築した“あややこやや”だろう。歌われるのはイジメや性的行為、生徒に対する教師の凌辱といった口にするのも憚られるような事象の数々であり、ひた隠しにされてきたそれらの告発がおどろおどろしいサウンドと共に襲い来る様は、さながら恐怖体験とも言うべき代物。ステージの中心で一身に注目を浴びるアヴちゃんは少女の語りや泣き声はファルセット、教師への詰問等『ネガティブな事象』の発生を招いた張本人を追い詰める場面では低音と、声のトーンを事あるごとにスイッチし、気が狂わんばかりの怒りの全てをぶち撒ける。最終曲は昨年発売のアルバム『十』からミドルテンポな“Introduction”を送り出し、圧巻のライブはその幕を閉じた。バンド然とした興奮と異様な音像、背筋が凍る恐怖等、様々な感情をごった煮した稀有な体験が、そこにはあった。

【女王蜂@氣志團万博 セットリスト】
火炎
金星
ヴィーナス
BL
あややこやや
Introduction

 

渋谷すばる(20:00~20:30)

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時刻は20時。一等星が眩しく瞬く時は、刻々と近付いてきていた。そう。誰もが知る日本を代表するアイドルグループ・関ジャニ∞からの電撃的脱退から、ソロアーティストへと華麗なる転身を遂げた渋谷すばるが、氣志團万博に満を持しての参戦である。


今年の彼は『渋谷すばる LIVE TOUR 2020 「二歳」』と題された全国ツアーも当然の如く一般発売開始時点で全箇所が秒速でソールドアウトしたものの、国外公演についてはコロナウイルスの影響により中止を余儀なくされる事態に。故に彼のライブパフォーマンスを目撃すること自体が極めてレアな状況下となりつつある現在において、今宵の氣志團万博における彼のステージはいちファンにとっても必ずしもそうではない人々にとっても、あまりに貴重な瞬間でもあったのだ。

 


渋谷すばる『ワレワレハニンゲンダ』 [Official Live Video]


セットリストは昨年リリースのデビューアルバム『二歳』と、来たる11月11日にリリースを予定されているセカンドアルバム『NEED』から満遍なくフィーチャーされる形を取っており、更に演奏面では関ジャニ∞時代と同様ギターをプレイ出来るはずの渋谷は一貫してブルースハープのみの演奏を試みていて、その無骨なスタイルが何よりも雄弁に漢・渋谷すばるのフロントマン然とした立ち位置を明確にさせていた。更にはマイクケーブルを首後ろにぐるりと回してマイクを握る様も粋で、そのボーカリストとしての決意すら感じさせる立ち振舞いには思わず惚れ惚れしてしまう。


「まだまだ安心できない日々が続くかもしれませんが、音楽、エンターテインメントと一緒にみんなで仲良く、楽しんで生きていきましょう。ありがとうございました。渋谷すばるでした」とのメッセージと共に、最後は希望的未来を切望する新曲“素晴らしい世界に”を首筋の血管が浮き上がる程の渾身の絶唱で魅せた渋谷。その表情は全てを力を出し尽くしたかの如く、どこまでも晴れやかだった。

【渋谷すばる@氣志團万博 セットリスト】
たかぶる(新曲)
ワレワレハニンゲンダ
来ないで
風のうた(新曲)
素晴らしい世界に(新曲)

 

Dragon Ash(20:30~21:00)

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時刻は夜の20時半を回った。本来の夏フェスであれば若干の疲労感を覚えつつ、最終アーティストのライブに臨んで然るべしな時間帯ではあるが、宴はまだまだ終わらない。最も、次なるアクトがロックバンド界の重鎮・Dragon Ashとなれば尚更である。


押し合い圧し合いで視界が斜めになるようなモッシュ・ダイブがそこかしこで巻き起こる激しいライブで知られる彼らがオンラインの環境下でのライブパフォーマンスの展開に期待が高まるのはもちろん、DRI-VとATSUSHIという2名のダンサーが去る9月4日に脱退し、新体制となってからは初のパフォーマンスとなる。

 


Dragon Ash「百合の咲く場所で (Live) -2014.5.31 NIPPON BUDOKAN-」


おそらくこれは彼らなりのかつての有観客ライブへの渇望を逆説的に唱える試みであると思われるが、コロナ禍における彼らは結成から今年に入るまでの数十年間、ほぼ例外なく組み込んでいた“Fantasista”を極力セットリストから外し、モッシュが頻発する楽曲以上に、緩やかな楽曲を多数披露する傾向にある。それはこの日も同様であり、終盤の“百合の咲く場所で”と“A Hundred Emotions”を除く楽曲はBPMの比較的遅めの楽曲に統一されていたのが印象深かった。


かつてのようなライブ体験が失われた今、彼らは何を思い、何を求めるのか……。その答えを痛烈に表したのは、最後に鳴らされた“A Hundred Emotion”であったのではなかろうか。《音楽は鳴り止まない/感情はやり場がない/日々を音楽が助け出すように(和訳)》と真摯な表情で歌いかけるKj(Vo.G)は、まるでやり場のない怒りとも寂寥ともつかない整理不能な心中を、無造作に吐き出しているようにも見えた。MCらしいMCはなし。かつて“百合の咲く場所で”で頻発されたKjによる導火線に点火するが如くの煽りもなし。セトリ然りパフォーマンス然り、ある意味ではDragon Ashらしくないとも言える熱演は、在りし日の興奮を改めて回顧させるものでもあった。

【Dragon Ash@氣志團万博 セットリスト】
静かな日々の階段を
Fly Over feat.T$UYO$HI
Ode to Joy
ダイアログ
百合の咲く場所で
A Hundred Emotions

 

米米CLUB(21:00~21:30)

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今年のセミファイナルを飾るのは、かつて氣志團万博のトリを務めた経験も持つ米米CLUB。なお今回のライブはブラスバンド、コーラス、ビッグホーン等を大勢引き連れた10人をゆうに超える大所帯で進行。故にロックフェスの一幕と言うよりは、巨大なホールで開会される大規模な歌謡ショーとも称すべき異次元体験となった。


まずはフェス環境下に相応しい“あそぼう”、“愛 Know マジック”を披露すると「こんなに素晴らしいコンサートをちっちゃなスマホで観てるきみ。本当に気の毒だ。こんなに楽しいのにね……」とカールスモーキー石井(Vo)がボソリ。次いで「ヒットメドレー行ってみましょうか。君がいるだけで……この頃は略して『君いる』とか言われちゃったりしてね。ちょっとムッとするこの頃なんですけど……」と語ると、誰もが知る米米CLUBのかの名曲“君がいるだけで”のイントロが流れ期待を煽る。しかしながら次の瞬間に披露されたのは「きみ!いる!」と叫ぶのみで秒速で終わってしまうその名も“君いる!”を投下。続く大ヒット曲“浪漫飛行”についても、楽曲披露前の石井は「ろまっ……こー!」や「ろっ……こおー!」と徹底してふざけ倒し、最後まで正式なタイトルを明言することはなかったが、その肩の力を抜いた独特の緊張感のなささえも今年結成38年目を迎える米米CLUBのベテランの風格を堂々と見せ付けるようで、格好良い。


以降はもうひとりのボーカル・ジェームス小野田(Vo)がステージに降り立ち、メインボーカルを引き受ける。山本リンダのカバー曲“どうにもとまらない”とアッパーなファンクロック“Shake Hip!”を鳴らすと、ラストは石井と小野田以外の全メンバーがステージを降り、徹頭徹尾ふたりだけの悪ノリ一歩手前のアカペラ歌唱で“アバンギャルド”を高らかに歌い上げ、友人との飲み会の帰路を思わせる自然な雰囲気でもって互いの肩を抱きながら去っていった。

【米米CLUB@氣志團万博 セットリスト】
あそぼう
愛 Know マジック
君いる!
浪漫飛行
どうにもとまらない(山本リンダカバー)
Shake Hip!
アバンギャルド

 

氣志團(21:30~22:10)

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事前VTRと開幕宣言を除いたアーティストの演奏時間だけを考えても、時間にして7時間以上にも及んだ今回の氣志團万博のトリを飾るのはもちろん、我らが氣志團だ。早乙女光(Dance.Scream)が繰り出すキャッチーなダンスと楽器隊が織り成すメロディー、そして綾小路翔(Dragon Voice.mc.G)による直接的かつ不良風の歌詞は、誰もが1度聴けば某かが印象に残る程にキャッチー。


持ち時間は最長の40分……つまりは他の出演者の中では唯一、10分程度長い時間が与えられたライブであった訳が、そのプラスに与えられた10分の大半はMCに消費。その結果としてかなりの長尺となったMCではしきりに「オーラーイ!」と叫んだり「聞こえてんだ、お前らの声が……」と呟くなど、観客との双方向的なレスポンスを試みていたが、発語の後に必ず沈黙が支配してしまう稀有な環境下では当然やり辛い思いも存在していたらしく、綾小路は「翔やん?配信だよー。そのコール&レスポンス頑張らない方がいいよー」「準備してるんじゃなかったら、そのくだり止めたほうがいいよー」と画面越しのオーディエンスの声を代弁しての自虐を展開。果ては「今んなって気付いたよ。失笑って嬉しかったんだなって」と有観客ライブを回顧。後のMCにて、彼は人々の笑顔が見たいがためにバンドを始めたこと、そんな自分の生き甲斐である音楽活動が不要不急の扱いを受けたこと、普通と思っていた日常が普通ではなかったこと等の思いを真摯に伝え、最後にポジティブな思考変換として、コロナ禍を経た今後は「更にいろんなことを今まで以上にいとおしく思えるようになる」と締め括った。

 


氣志團 / No Rain, No Rainbow (Short Ver.)


そして《俺んとこ こないか?》を《俺んとこ GoToキャンペーン》に変化させるタイムリーな開幕から鳴らされた“One Night Carnival”、氣志團万博2020の公式テーマソングとしてこの日の様々な場面で流れていた“No Rain, No Rainbow”を立て続けに鳴らすと、最後は楽器隊が自身の武器を降ろし、志村けん&田代まさしとだいじょうぶだぁファミリー(原曲はハナ肇とクレージーキャッツ)の“ウンジャラゲ”をメンバー全員が踊りを交えてパフォーマンス。全てが終わった後「という訳で氣志團万博、ご苦労様でした!」との閉幕宣言が綾小路の口から発せられたのを契機に、氣志團万博はあまりにも天晴れな大団円と相成ったのだった。

【氣志團@氣志團万博 セットリスト】
房総魂
鉄のハート
スウィンギン・ニッポン
愛 羅 武 勇
One Night Carnival
No Rain, No Rainbow
ウンジャラゲ(ハナ肇とクレージーキャッツカバー)

 

もはや言うまでもないけれども、今年はコロナウイルスの影響でアーティストをアーティストたらしめるライブ活動は元より、音楽好きにとって非日常の象徴たる夏フェスもその規模の大きさに関わらず、ほぼ全滅となった。しかしながら絶望的な渦中でも音楽市場は決して希望を捨てず、緊急事態宣言の発令から半年が経過した今では感染予防対策ガイドラインを遵守したライブ活動やオンラインライブ等、緩やかにではあるが再生への道を歩み始めている。


ただ今回の氣志團万博2020のようなアーティストの豪華さ然りライブの雰囲気然り、実際の夏フェスの熱狂を出来る限りパッケージングし、ここまで夏フェスさながらの長時間ライブを敢行する試みはコロナ禍において初と言って良いし、今回の森山直太朗やももいろクローバーZの熱いMCに顕著だが、氣志團と親交のあるアーティストにとって『氣志團万博』という夏フェスがどれほど一年の一大イベントとして確立しているのかという事象についても、しみじみと感じ入った次第だ。


開演時のVTRにて、綾小路翔は“One Night Carnival”の一節を用いて「来年こそは俺んとこ来ないか?でも今は俺んとこ来ないで、お前ん家で会おう」と清らかな笑顔で語っていた。そう。今年の氣志團万博はとどのつまり、氣志團万博の連続的継続……ひいては輝かしき来年度への布石なのだ。氣志團万博2021は是が非でも野外での開催に漕ぎ着けてほしい思いと共に、誰よりも彼自身の口から発せられる、あの日あの場所で幾度となく聞いた「俺んとここないか?」のフレーズを再び耳にしたいと強く願って、此度の1万7000字にも及んだ氣志團万博2020のレポートの締め括りとする。来年は必ず、あの野外の袖ヶ浦海浜公園で会おう。

10月某日

……僅かに感じる重量に、心底苛立ちを覚えた。つい今しがた手にした筈のビール缶は、すっかりその体液を放出し尽くていたようだった。僕は仕方なく1階のキッチンへ向かうと、冷蔵庫の上段から精神を満たす回復薬を探した。

僕の思いとは裏腹に掌は空を切り、冷蔵庫の端々にぶつかった。頽れた心中に、ぼんやりとした記憶が浮かび上がる。……そうだ。僕は瞬時に合点した。アルバイトの帰りに立ち寄ったコンビニで酒税の値上がりに微かな躊躇を覚えた僕は、普段より1本酒を少なく購入していたのだ。「どうせ明日も仕事だしそこまで呑まないだろう」と高を括っていたかつての自分を恥じた。某かの契機で体内のアルコールが不足することは内心理解していたが、こればかりは自己責任という他ない。仕方なく親父が秘密裏に保管していた常温の芋焼酎をコップに注ぎ、かっ喰らった。瞬間的な喉が焼ける感覚を味わいながらこの日何度目かの自死の思いが頭を支配したことに気付いたが、そうした鬱屈とした感情を紛らわせるが如くもう少し、もう少しとチビチビ呑んでいるうち、いつしかコップは空になっていた。

物音に気付き、母親が起きてくる。「明日も仕事なんだけん、はやこと寝たら?」と苦言を呈する。僕は乾いた生返事ひとつ返すと、再び自室へと戻った。背後で何か訴えかける声が聞こえた気がしたが、無視を決め込んだ。

開店から閉店までレジを任される日常を続けるうち、僕は日増しに自分の人生がどうでも良い代物であると感じるようになっていた。それはコミュニケーション社会の最たる場所こと『仕事先』に長く住み着けば特に痛感するもので、将来有望と称される年下のバイト生も、世間話をバックルームでくっちゃべる主婦も、露骨に無視する上司も、1日8時間に及ぶ拘束時間は僕の自尊心を緩やかに傷付けるには、あまりにも十分だった。

そんな僕が唯一の心の支えにしてきた事が執筆活動の音楽の知識だったが、それも今や風前の灯火で、次第に諦めの気持ちが努力思考に勝っていく感覚を肌で感じていた。依頼は依然ひとつとして来ないし、細々と続けているブログも遂には閲覧者が全盛期の10分の1以下となるに加え、ひとつの評価さえ届かなくなった。若い若いと言われていた年齢から更に歳を重ねた今、残ったのは根拠のない消えがかった希望だけだと言うのだから笑えない。「いっそこのまま人生を無に帰す方が良いのかもしれない」と日常的に思考するものの、その実心の弱い人間は希死念慮の実行力さえも弱々しいようで、僕は今でもタイミングを幾度も逸し続け、のうのうと生き長らえている。

僕は朦朧とした頭で、明日の作業表に目を通す。どうも明日は朝からお客様宅に謝罪電話を飛ばし、午後からは実質レジのワンオペらしい。けれども僕の脳内では、執筆記事の時間確保に警鐘を鳴らす音だけが響き渡っていた。そう。僕の夢はひとつだ。……音楽が聴きたい。記事を書きたい。どれほど多忙を極めようとも、心を強く動かすのは音楽と文章だけである。ならばやらねばなるまい。……気付けば時刻は深夜の2時半を回っている。僕は芋焼酎をもう1杯だけ呑むことに決め、再度下界に降りることにした。

【ライブレポート】酸欠少女さユり『Dive/Connect@Zepp Online Vol.3』@Zepp Yokohama

こんばんは、キタガワです。

 

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去る9月22日、ソニーミュージックが立ち上げた音楽ライブ配信コンテンツ『Dive/Connect@Zepp Online Vol.3』がオンラインにて開催された。第1回目のASIAN KUNG-FU GENERATION、第2回目の加藤ミリヤを経て今回で3回目を数える『Dive/Connect@Zepp Online』であるが、今宵出演するアーティストは2.5次元パラレルシンガーソングライター・酸欠少女さユり。今回も例に漏れず、事前収録されたライブ映像が1時間、ゲスト(BiSHのセントチヒロ・チッチ)を招いた生トーク30分という豪華な内容で進行していく。


事前に募集されたファンによる思いのこもったメッセージの数々がお笑い芸人であるニューヨーク・屋敷の口から読み上げられた後、さユりが呼び込まれると、息を飲む音さえ聞こえない完全なる無音状態と化した暗黒の会場に、トレードマークの水色のポンチョを身に纏ったさユりがゆっくりとステージ袖から歩みを進め、中央の柄模様のラグの上にポツンと置かれた座布団に腰を降ろし胡座をかくさユり。傍らには手の届く距離に常温のステージドリンクやギターの弦を拭くタオルの他、サブのアコースティックギターが演奏面を上にした状態で無造作に置かれている。大バコのライブハウスとしてはあまりに稀有な小規模な空間には驚くばかりだが、このラグが敷かれた2畳そこそこのテリトリーこそが今回のさユりの主戦場であり、更には約1時間に及んだライブにおいて、彼女はこのテリトリーから一歩も動くことはなかった。


そして僅かに上部に向かれていたマイクスタンドをぐっと下部に向け、チューニングとギターを爪弾く一連の流れから鳴らされたのは、メジャーデビューシングル“ミカヅキ”。

 


酸欠少女さユり『ミカヅキ』MV(フルver)アニメ「乱歩奇譚 Game of Laplace」EDテーマ


さユり - ミカヅキ / THE FIRST TAKE


“ミカヅキ”は彼女の名を広める契機となった楽曲であると同時に、デビュー当時からひとつの例外なくライブのセットリスト入りを果たしているナンバー。当時は連日連夜、愚直な路上ライブに精を出すさユりの「どうか私を見付けてくれ」と一筋の光を渇望する意味合いが強かったと推察するが、あれから数年の時が経ち、長年の夢であったメジャーデビューを実現させた今、“ミカヅキ”は彼女のメジャーファーストシングルとして、またアニメ主題歌としても大きく広まった。故に《それでも 誰かに見付けて欲しくて/夜空見上げて叫んでいる》とのサビの一節は当時のさユりの心情とリンクしている部分もいくらかはあるだろうが、此度鳴らされた“ミカヅキ”は過去を抱き締めて飛ぶ、また違った決意を携えて響いていた。


事前に明言されていた通り、今回のライブはサポートメンバーを従えず、多数のカメラの向かう先には常にさユりのみが映し出されるという完全なるワンマンショーとして確立していたのだが、セットリストに関しても弾き語りの形式に徹底して振り切ったものとなった。具体的には“ふうせん”や“スーサイドさかな”、“ちよこれいと”等、現状アルバムに一切収録されていない所謂『B面曲』を広く展開すると共に、著名なナンバーの大半が外されるというある意味では大きく虚を突かれる構成で、リアルタイムで設けられたチャット欄には楽曲が展開されるたびに多くの驚きに満ちたコメントが書き込まれ、異様なスピードで更新されていた。


巨大な会場の中心で歌うさユりは虚空を見詰めながら、相棒とも言うべきアコースティックギターをセンチメンタルな雰囲気を帯びた楽曲では労るように、また感情を迸らせる楽曲では弦が切れんばかりのピッキングで激しく魅せる変幻自在の演奏に終始。更にはそうした演奏のみならず、胡座をかいた足でリズムを取りながらストロークを試みる様や言葉と言葉の間に成される荒い息継ぎさえもひとつのエッセンスとして昇華させ、楽曲をギターと共に二人三脚で真摯に鳴らす姿はさながら長らくの相棒との対話を図っているような厳かささえも感じさせ、グッと心を掴まれてしまう。

 


酸欠少女 さユり 『ふうせん』鬼めくりリリックMV


パートナーへの意図せぬ依存を風船の萎みに例えた“ふうせん”を力強く届けると、この日初となるMCに移行。


「こんばんは、さユりです。画面の向こうの皆さんもこんばんは。今日はオンラインライブなるものをしています。私にとって初めての配信ライブです。今ここはZepp Yokohama……空っぽのライブハウスです。お客さんは誰もいない、がらんどうなライブハウスにて、歌っています。……いろいろ考えたんだけどさ。『一緒の空間にいるような気持ちで』とか『ライブハウスにいるような気持ちで聞いてほしい』とか考えたんだけど、やっぱりここはがらんどうなライブハウスでしかないし、Zepp Yokohamaでしかないし。目の前にお客さんはいないし。でも(お客さんは)画面の向こうにいるから。その距離感でいいなあって思って。みんなも部屋の中とかかな。ひとりの画面の向こう側で、好きなように、そのままの心で、そのままの心地で。好きなように楽しんでくれたら嬉しいです。今日はどうぞよろしく」


そうして一息に思いの丈を述べたさユりは『君』への愛情に相反する寂寥感が襲い来る叙情歌“それは小さな光のような”、今や回顧不能な在りし日の思い出に思いを巡らせる“プルースト”とシームレスに楽曲へと繋げていき、その間は僅かな水分補給とチューニングのみで目立ったアクションはなし。無音の沈黙さえも味方に付けた、集中力と緊張に包まれた独自の空気感でもって掌握していく。

 


酸欠少女さユり『フラレガイガール』MV(フルver) RADWIMPS・野田洋次郎 楽曲提供&プロデュース


中盤におけるハイライトとして映ったのは、「こっぴどくフラれちゃった女の子の歌」と彼女が語って鳴らされた、さユりの代表曲としても馴染み深い“フラレガイガール”。冒頭のアカペラでの歌唱、緩急を付けた演奏等結果として原曲と大幅なアレンジを加えたこの楽曲を、さユりは時折目を瞑りながら感情を乗せ、痛い程の熱量でもって届けていく。歌われるのはひとりの女性による、失恋の果てに未練と怒りをぶちまける形容し難い激情である。中でもラスト《とびっきりの「バカヤロウ」》のフレーズを限界まで伸ばして絶唱するさユりの姿は、強烈な没入感で観るものを圧倒する。


その後はさユりの歴史の中でも、とりわけアッパーな楽曲を矢継ぎ早に展開。「画面の向こうで手拍子してくれてもいいよ?」と語って鳴らされた、魚が水槽の外側の花に対して叶わない恋心を描いた“スーサイドさかな”、絶望の縁で前方を見据える“航海の唄”、激しくギターを掻き鳴らした“ちよこれいと”……。無論今回のライブは弾き語りであるため、かつての単独ライブやフェス等で散見されたVJを用いた視覚的効果はないし、多数の楽器隊がもたらすアンサンブルもまた、皆無なものとなった。けれども息を飲むことすら憚られるようなしんとした空間下において、ギリギリまで音圧を上げたギターと歌のみで掌握していく様を見ていると、彼女にとって歌うという行為が如何に日常的で、また何よりの存在証明の手段であるということを痛烈に感じ入った次第だ。


「今観てる君。この街のどこかに住んでる君。いろんなことがあると思います。いろんなことがあったと思います。今年は特にこういう状況だったからっていうのもあるし、そうじゃなくても日々何かを失くしたり、出来ることが出来なくなってしまったり、あったものがなくなったり。でも代わりに、なかったものと出会ったり。知らなかったことを知ったり。嬉しいこと悲しいこと、楽しいこと寂しいこと、いろんなことが日々あると思います。分かんないことに掻き乱されたり、迷わされたり。毎日過ごしていくっていうのは簡単そうで全然簡単じゃないけど。とっても難しいけど。でもだからこそ、自分の目の前を、自分の今を、自分のこの瞬間を、自分で照らせるように。自分で信じられるように。私は私の歌を歌います。……君は、何をしていますか?この時代、この瞬間、今生きているあなたに。最後に十億年という歌を歌います。聴いてください」と鳴らされた最後の楽曲は“十億年”。

 


酸欠少女さユり『十億年』MV(Short ver)「モード学園」2017年CMソング


喉が張り裂けんばかりの熱唱で魅せた“ミカヅキ”の「どうか私を見付けてくれ」との渇望も、80年にも渡る長い人生の旅路を一歩ずつ着実に踏み締める“航海の唄”も、虚無的な水槽の中でただ日々を消化する“スーサイドさかな”も……。思えばこの日披露された楽曲にはフィクション如何に関わらず、ひとつの例外なく個々人の生活と命の躍動が痛烈に記録されていた。フィナーレを飾った“十億年”で歌われるのは、言わば生きとし生けるものによる人生の全肯定である。諸行無常の果てに天文学的な確率で産み落とされた生命その全てを《この体は/巨大な巨大な奇跡だ》と言い切った上で、最終部《この時代でこの場所で 何ができるだろう》と帰結する“十億年”。アコースティックギターと全身全霊の絶唱で響き、叱咤激励にも似た強さで背中を押す痛みを伴ったメッセージソングとして鼓膜を震わせた。鋭いピッキングでギターを弾く手をピタリと止めたさユり。「ありがとう、さユりでした」とマイクに呟くと傍らにギターを置き、ステージに一礼。さユりが去り誰もいなくなったステージにはぽっかりと口を開けた真っ暗な暗闇だけが残り、徐々に画面はフェードアウト。この日のライブは最後まで緊張感に包まれたまま、幕を閉じたのだった。


初の弾き語りアルバム『め』然り、ギターと歌のみでトライしたThe First Take然り、『ねじこぼれた僕らの“め”』と題されて予定されていた全国ツアー(後に全公演の中止が決定)然り、今年に入ってからのさユりはとりわけ弾き語りという身一つで鳴らすスタイルに傾倒していることは、周知の通りである。何故彼女はデビュー5周年という節目の年に、大胆な変革を取り入れたのか。その根元的な理由については不明ではあるものの、結果として『Dive/Connect@ZeppOnline』史上初となる歌とギター1本で掌握した今回のライブは、何よりも雄弁に『2.5次元の酸欠少女さユり』としての側面以上に、生身の『シンガーソングライター・さユり』としての地力を圧倒的な熱量で伝え、大きな成功を収めたと言って差し支えないだろう。


“ミカヅキ”の鮮烈なデビューから、同じく5年あまり。此度のライブは眼前を見据える表情もライブ姿勢も、心なしかそのさユりをさユりたらしめる揺らぎを携えた歌声についても、若干の大人びた変化さえ感じさせていたようにも思えてならなかった。……徹頭徹尾歌とギター1本で成された、決意の1時間。彼女の音楽道は、まだ始まったばかりだ。


【酸欠少女さユり@Zepp Yokohama セットリスト】
ミカヅキ
ふうせん
それは小さな光のような
プルースト
フラレガイガール
スーサイドさかな
航海の唄
ちよこれいと
十億年

 


【Dive/Connectダイジェスト】酸欠少女さユり「ミカヅキ」「スーサイドさかな」「それは小さな光のような」(オンラインライブ「Dive/Connect @ Zepp Online」より)