キタガワのブログ

島根県在住のフリーライター。ロッキン、Real Sound、KAI-YOU.net、uzurea.netなどに寄稿。ご依頼はプロフィール欄『このブログについて』よりお願い致します。

【ライブレポート】坂口有望『熱唱特別オンライン夏期講習』

こんばんは、キタガワです。

 

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「自分が1番生き生きしている時間でした」……。坂口は今回のライブ終了後に、ツイッターの個人アカウントにてそう呟いた。歌のみのシンプルなセットで、時間にして約60分に及んだ自身初となるオンラインワンマンライブ『熱唱特別オンライン夏期講習』は、彼女自身が音楽を奏でることの根元的な幸せを噛み締めるライブであったのはもちろんのこと、コロナ禍に疲弊する今、画面越しの我々にとってはその内包されたメッセージ性に琴線に触れるが如くの、感動的な代物だった。


定刻を過ぎ、丸みを帯びた四角形の壁面とその所々にキャンドルが灯る厳かな雰囲気さえ思わせる会場に、上下黒のシックな装いに身を包んだ坂口がゆっくりとカメラの中心へと歩みを進める。今回のライブはオンラインということもあり、その表情を捉えようと数台のカメラが彼女に向けられているが、どの画面を注視しても坂口以外に見受けられるのは、向かって右側のストローが刺さったペットボトルタイプのステージドリンクと共に小物が無造作に置かれたテーブルと、後方に鎮座する替えのギター程度であり、他のサポートメンバーはおろかスタッフの姿さえ見えない。


そしてしばらくの間入念なチューニングを試みていた坂口が、全ての準備を終えて決意に満ちた表情でカメラに向き合い「坂口有望です。よろしくお願いします」と短く発すると、リズミカルなギターの調べに乗せて“紺色の主張”が鳴らされた。

 


坂口有望 『紺色の主張』ティザー映像


《わたしじゃない わたしのせいじゃない/誰でもない 誰かのせい 全部全部》

《あぁあ もうばかみたい 泣きたい/悪気もないことで/あの子は 悩んで 笑って 飛び立って…/話はそれだけです》


“紺色の主張”は普段極力ネガティブな感情を表には出さない坂口が、学校生活で見聞きした陰口や噂話に象徴される集団の悪しき部分と、その弊害として脳裏を過る自身のやり場のない気持ちを歌った楽曲である。緩やかに進行する冒頭から演奏は次第に熱を帯びていき、サビに突入した瞬間には、坂口の柔らかな歌声とは裏腹な強いギターピッキングで魅了していく。後半のサビに至る直前で差し込まれた溜め息に似た一幕は、制作当初は確かに学校生活に対してのものであっただろうが、未曾有のコロナ禍により今までとは異なる生活を強いられている今、異なる意味での憂いを感じさせる瞬間でもあった。


演奏後に水を一口含み、再度チューニングを行った坂口は、現在画面の向こうでライブを閲覧しているファンに感謝を述べる。無論今回はオンラインライブのため、ファンからの直接的なレスポンスは帰って来ない。しかしながらカメラから巧みに視線を逸らしつつも、時折笑顔を浮かべるその表情は穏やかだ。彼女自身、去る3月28日に『聴志動感』と題された無観客スタジオライブ中継イベントに参加してからというもの、本格的なライブを行うのは約4ヶ月ぶり。「この自粛期間ほんまにずーっとライブがしたくて、前回中止になったツアーでも届けたい曲がいっぱいあって。今日は短い時間ではありますが、私の気持ちやったり届けたい曲たちを詰め込んで、最後まで一生懸命歌わせてもらいます」と胸の内を語る彼女は、喜びと感謝の思いで満ち満ちていた。


この日のライブの軸を担っていたのは、今年リリースされたセカンドフルアルバム『shiny land』と、メジャーデビューアルバム『blue signs』の楽曲群。思えば今年の坂口は『shiny land』を携えて全国を回る予定であったが、日々刻々と変化するコロナウイルスの影響を鑑みてツアー延期の措置を取り、最終的には全公演の中止が決定されるに至った。今回のライブのMCで坂口は幾度もツアーの中止に触れていたが、この先の見えないコロナ禍の中でも一縷の望みを抱き続けていた分、落胆の気持ちは当然ながら大きかったのだろうと推察する。

 


坂口有望 『あっけない』Music Video


そんな中、輝かしい意味をもって名付けられた『shiny land』とのアルバムタイトルとは真逆の新時代へと突入してしまった今、希望的未来を希求する切望に加えて応援歌としての側面も伴って響いていたのはやはり『shiny land』に収録された楽曲群だ。アコースティックな形態ながらもロック然とした疾走感で魅せた“radio”、失恋の経験を逞しく過去の出来事と割り切って前を向く“あっけない”、演奏前に「人と会うっていうことってこんなに愛おしいことやったんやなって痛感してて」と胸の内を吐露し、自粛期間中の家族や友人との再開への渇望を携えて響いた“WALK”と、2曲目以降は早くも『shiny land』収録曲を立て続けに披露するニューモードで進行。弾き語りならではの緩急を付けながら真摯に歌う彼女の姿はあまりに自然体で、彼女の中で『歌う』という行為が完全なる生活の基盤として位置していて、同時に何よりの存在証明の手段であるということを、痛烈に感じ入った次第だ。


「皆さん、楽しんではりますか?オンラインライブは皆さんの顔が見えへんから、ちょっと寂しいけど。もしかしたらね、ジャスティン・ビーバーとか、トランプ大統領が見てるかもせーへんと思って。それくらい力込めて、今日はライブしてます」とポジティブなメッセージを笑顔で語ると、次なる楽曲への思いを滲ませた。


「この自粛期間中ほんまに時間があるから、いろいろ考えることが多くて。人ってあまりにも簡単におらんくなってしまうんやなあとか、そんな気持ちになったときに、いつも14歳の時に作った自分の曲に背中を押されたりとか、叱られたりすることが多くあって。……私の曲の中で一番古い、一番一緒に戦ってきた“おはなし”という曲を歌いたいと思います」との流れから緩やかに始まったのは、彼女が路上ライブ時代から現在にかけて歌い続けてきた代表曲“おはなし”だ。

 


坂口有望「おはなし」Music Video


《いつもと同じ時間に 流れるニュースは/悲しい出来事ばかりで 少し真面目にみたんだけど/心の奥のどこかで そっと思っているんだ/あぁわたしじゃなくてよかった/あぁここじゃなくてよかった》


前述のMCでも語っていた通り、“おはなし”は当時14歳だった坂口がある種俯瞰した視点で日常を過ごす上で、ふと抱いた疑問にフォーカスを当てて制作された楽曲だ。故に聴く者に絶大な当事者意識を呼び起こさせるその歌詞は正直なところ、フィクションか否かも分からない。けれども実際に絵本のストーリーのような未知のウイルスが突如として世界中を混乱の渦に叩き込み、未だ収束の見込みが立っていない現在において、“おはなし”はまた違った側面を携えて響いていた。

 


坂口有望 『好-じょし-』Music Video


その後は曲間の随所にMCを挟みつつ、青春の儚さと自己を肯定する“夜明けのビート”やYouTube上で現在1300万回を超える圧倒的な再生数を記録している代表曲“好-じょし-”、アニメ主題歌としてお茶の間に広く響き渡った“LION”、幸せは笑顔に咲くとの心理に迫った“素晴らしい日”と次々に楽曲を展開。今回のライブは徹頭徹尾坂口ひとりの弾き語りで行われたが、物足りなさを感じさせることは一切なく、それどころか原曲では多数の楽器でもって形作る楽曲はある種の新鮮さを、音数が少ない楽曲は丁寧に聴かせるなど、総じてプラスの作用を及ぼしていた印象だ。


「ツアーの中止が決まって、私はもう余命宣告を受けたような気持ちやったんですけど、ずっと落ち込んでてもしゃーないから。次みんなに会ったときに届けられるような新曲をたくさん作る期間にしようと思って、いろいろ曲作りを試したりとかして」……。ギターを下ろしてハンドマイクにチェンジし、改めてカメラの前に立った坂口は、この自粛期間中の楽曲生活について明らかにした。そうして最後に演奏されたのは、“2020”(ニーゼロニーゼロ)と題された新曲である。


「みんなのいろんなものが奪われて。その怒りを代弁できる曲ではあるんですけど、これをただただシリアスな曲として終わらせるんじゃなくて、この曲でみんなが踊れたりとか、ちょっとでも気持ちが明るくなったりするんやったら、それは凄く素晴らしいことだと思うんで」と“2020”が誕生した意図を説明した坂口は、「ぜひこの曲に怒りをぶつけたりとかして、一緒に乗り越えていきましょうね」とのメッセージを皮切りに、ライブ初披露となる“2020”を高らかに歌い上げた。


《ぶっ壊された日常/待ちわびていた日曜/目の前で閉じた会場/抵抗の迷走/街へとくり出すstepを/思い出し今日もsketchを》


“2020”は、坂口有望の代名詞とも言えるかねてよりのサウンドとメロディーを大きく覆した実験作だ。坂口のツイッターの過去の呟きでは自粛期間中にDTMに熱中しており、様々な音やリズムで楽曲作りにトライしたと綴っていたが、その言葉を体現するかの如くバックで流れるサウンドは基本的に打ち込み。更に曲の後半ではこれまた坂口史上初となるラップも取り入れられ、まさに“2020”は坂口有望の代名詞とも言えるかねてよりのサウンドとメロディーを大きく覆し、新機軸を明確に打ち出す決意の実験作とも言える。


歌われるのは、この数ヶ月間に渡るコロナ禍のリアルだ。普遍的だった日常の崩壊とそれによって生じた空白の予定、インターネット上に踊る声の数々、無機質な生活とは裏腹に頭を駆け巡る焦燥感……。そうした誰しもの思考回路に強制的なフラッシュバックを呼び起こす“2020”を、坂口はハンドマイクだからこそ可能な前のめりな歌唱や、手足を自由に動かしながらの軽やかなパフォーマンスで魅了。楽曲が盛り上がりを見せる後半部では、坂口がステージを移動して傍らにある出っ張った空間に腰を降ろして歌う場面もあり、今までの楽曲とはまた違った形で思いの丈を届けていた。


楽曲終了後に正面のカメラに向き合い「熱唱特別オンライン夏期講習、本当に今日はありがとうございました!坂口有望でした。また会いましょう!」と叫び、手を盛大に降りながらカメラの外へと移動し、画面は徐々にフェードアウト。そしてサンダルやビーチサンダル、金魚、太陽が描かれたポップネスな画像と共に『ご視聴ありがとうございました!』との言葉が大写しになった静止画でもって、この日のライブは幕を閉じたのだった。


過去にもYOASOBIやヨルシカ、King Gnu、Official髭男dismといった最先端の音楽に敏感に反応してインスタライブで弾き語りカバーを敢行したり、かつて学校帰りに街に繰り出して路上ライブを行っていた事実からも分かる通り、彼女は極めて本能的かつ愚直に音楽と向き合ってきた人間である。今回のMCでも「私ってほんまにライブ好きなんやなあと思って。食べる・寝る・ライブしたい、くらいの」と笑顔で語っていたが、それは間違いなく飾らない本心なのだろう。


けれども現在はかつての状況と大きく異なる、未曾有のパンデミックの渦中だ。思えば今年の春頃はまだライブハウスや路上ライブと共に『ライブ』というミュージシャンをミュージシャンたらしめる行為そのものが世間からの強い逆風に曝されていたし、コロナ禍から半年が経とうとしている現在こそ今回のようなオンラインライブを指示する声は多くなってきたものの、未だライブ市場が完全に元通りになる見込みは立っていないというのが正直なところだ。


目の前で耳を傾けるオーディエンスもいない今回のオンラインライブは一見、ある種の物寂しささえ感じさせる、殺風景なものに見えるかもしれない。だが今の坂口には彼女の楽曲に心酔し、真摯に応援する大勢のファンが付いている。彼女の音楽を愛する人々が存在する限り、坂口有望の音楽は、きっとどこかで鳴り響く。坂口自らが音楽という名の教鞭を執り、彼女の音楽を愛する大勢の生徒が画面越しに受講した此度のライブは、単なるオンラインライブと称するには些か語弊がある。そう。言うなれば『熱唱特別オンライン夏期講習』は言わば耳で学べ、時に笑い時に現実を逃避させる、底抜けに楽しい学びの場でもあったのだ。

 

【坂口有望@熱唱特別オンライン夏期講習 セットリスト】
紺色の主張
radio
あっけない
WALK
おはなし
夜明けのビート
好ーじょしー
LION
素晴らしい日
2020(新曲)

 

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【ライブレポート】錯乱前戦『錯乱前戦 × BASEMENTBAR presents ベースメント・ア・ゴーゴー Vol.2』@下北沢BASEMENTBAR

こんばんは、キタガワです。

 

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アンコール含め、約30分弱。此度のライブは小バコの中に観客を敷き詰め、押し合い圧し合いで視界が斜めになりながらも汗だくで楽しむような実際のライブ体験ではなく、自室で穏やかに画面を見つめるオンラインライブという形で消費せざるを得ない現状にやきもきするような、若きロックンローラーたちによる猪突猛進的なエネルギーが吹き荒れた衝撃の一夜だった。


『ベースメント・ア・ゴーゴー』とは、かつて錯乱前戦が企画し4月1日にYouTube上で期間限定公開とした自主制作音楽番組のこと。当時は防護服に身を包み、コロナウイルスの流行と世間的な意見を注視しながらの配信となった『ベースメント・ア・ゴーゴー』だが、今回満を持して行われた『ベースメント・ア・ゴーゴー Vol.2』と名付けられたそれは、現在ある程度はオンラインライブが広がりを見せる状況下での開催となることも作用してか、晴れてかねてよりライブシーンで凌ぎを削ってきたハシリコミーズとマイティマウンテンズを招いての3マンオンラインライブが実現した形だ。会場は第1回の開催と同様、下北沢に居を構えるライブハウス・BASEMENTBAR。残念ながら新型コロナウイルスの影響で中止となってしまったが、本来ならば3月21日から始まる予定だった『「おれは錯乱前戦だ!!」リリースワンマンライブ』と題された東京初ワンマンの会場として選ばれていたのも、ここBASEMENTBAR。此度のライブに対する気持ちを彼らが最後まで言葉に表すことはなかったにしろ、当然並々ならぬ思いもそこには存在していたはずだ。


この日ラストの出順でステージに降り立った錯乱前戦。ブルースハープを吹き倒すヤマモトユウキ(Vo)のアクションを皮切りに鳴らされた疾走感溢れるパンクチューン“ロンドンブーツ”にて、若きロックンローラーたちによる粗雑かつ凶暴なライブは、その幕を上げたのだった。


《ロンドンブーツを買いにいこう そいつでドカドカふみつぶそう/ロンドンブーツを買いにいこう そいつで命をもてあそぼう》


今回のレポートを記すにあたってまず大前提として説くべき事象……それは彼らの音楽性とステージングはあまりに粗暴な代物である、ということ。極端な話、錯乱前戦のサウンドはPCを用いての打ち込みなり技術の粋を結集したリマスタリングなりでいくらでも『今風』な形に仕上げることは可能であるし、歌詞についても同様だ。ただ同時に今持ち得る全身全霊で爆音を鳴らすその初期衝動に溢れたそれは、錯乱前戦の唯一無二の個性としても確立している。事実“ロンドンブーツ”ではヤマモトによる上記の歌詞がその口から発せられた直後、あらゆるメンバーによる言語化不能な絶叫と爆音の濁流が鼓膜を震わせる、ただただ『とてつもないライブを観ている』という何よりシンプル……その実何よりも雄弁な衝撃的な感覚が、脳の内部に落とし込まれていく。


中でもカメラが重点的にアクションを追っていたのは、中心に据えられたセンターマイクを軸にがなり立てるような絶唱を繰り出すフロントマン・ヤマモト。峯田和伸チックな無骨さ、ジョー・ストラマーを彷彿とさせる不安定な立ち振舞い、ジョニー・ロットンさもありなんというマイクスタンドを利用した歌い方……。彼の一挙手一投足には先人へのリスペクトがふんだんに詰め込まれていて、極めて強いカリスマ性も感じさせる。更には歌唱中もカメラの奥を訝しむようなその鋭い眼光は常に真正面の一点を見詰めており、ギラギラとした不穏な空気を携えていた。

 


錯乱前戦 - ロッキンロール


錯乱前戦「ロッキンロール」@りんご音楽祭2018


そして“ロンドンブーツ”から一切のインターバルを挟まず、ヤマモトがマイクを握り締め「ロックンロー!」と叫んで鳴らされた“ロッキンロール”は、早くも此度のライブにおける爆発の一端を担っていた。暴力的なまでに駆け巡る爆音の洪水を、ヤマモトの猛々しいボーカルが切り裂きながら歩みを進める錯乱前戦の楽曲の中でも、極めてパンキッシュな印象を抱くに相応しい“ロッキンロール”はCD音源の時点でも圧倒的な迫力に驚かされたものだが、ライブではまた一味違った様相。楽器隊は頭を振り乱しながら鬼気とした演奏を繰り広げ、ピンボーカルとして注目を一心に集めるヤマモトは腰に手を当てたり跳び跳ねたりと、狭い空間を最大限利用しての歌唱に終始。中でもサビ直前の《ちくしょーババア覚えてろ》の一幕に関しては、ヤマモトが「ちくしょー!ババアー!ババババババババ!」と強引に絶叫し、総じてフルスロットル。ふと全体に目を配ると、ヤマモトが装着していた赤縁のド派手なサングラスはいつの間にやら吹っ飛んでおり、彼のキーアイテムとも言えるマイクスタンドは弧を描くように振り回したためか固定部分が緩み、すっかり馬鹿になっている。加えて成田幸駿(G)の絶叫は角度が急激に曲がってしまったマイクで行われており、森田祐樹(Gt)のマイクに至ってはとあるタイミングでヤマモトに奪い取られており、途中で戻しにかかっていた。一見地に足を付けた堅実な演奏に見受けられる佐野雄治(B)とサディスティック天野(Dr)も、よく見ると全身からは大量の汗が吹き出ており、その全力投球っぷりを体現していた。

 


錯乱前戦 - モンキー・オ・マンキー


その後もまるで焦燥に駆られるかの如く、矢継ぎ早に楽曲を展開した錯乱前戦。かねてよりのライブチューン“モンキー・オ・マンキー”、《僕はハンマーになって壊したいだけさ》のリフレインがぐるぐる回る“ハンマー”、未音源化の新曲“ミルクティー”、ボ・ディドリーの名曲を大胆にアレンジしたカバー曲“ピルズ”、未だ見ぬ未来に思いを馳せた“boy meets boys”……。前述の通り、彼らの此度の持ち時間は30分。ともすれば若干の物足りなさを覚えて然るべしなこの短い時間であるが、感情の赴くままに各々が楽器を掻き毟り、合間合間に各々が喉が張り裂けんばかりの絶叫を見せ付けた今回のライブは実質的な時間以上の満足度を満たす濃密な時であり、同時に「もっと観たかった」というアンビバレントな感情を抱いてしまう罪なものでもあった。


一貫して長尺のMCらしいMCは行わなかったのも彼ららしい。彼らが曲間に語ったことと言えばひとつ目に“モンキー・オ・マンキー”演奏後にヤマモトが「ベースメント・ア・ゴーゴー……」と呟いたこと、ふたつ目にヤマモトが赤いサングラスにスーツ姿の森田を指して「これは20年後に、火星に営業に行くサラリーマンって感じがしますね」と弄ったこと、そして新曲“ミルクティー”後に足元に置いたセットリストをカメラに写しつつ「今日のセトリこれで行くはずなんで、最後までよろしくお願いします」と語った程度。それ以外の時間は基本的には水分補給はおろか、チューニングさえろくに行っていなかったのが印象的だった。そう。彼らにとっては『ロックンロールを鳴らすこと』ただそれこそが何よりの存在証明に他ならない。平均年齢21歳の若きロックンローラーたちには、時間が足りないのだ。

 


錯乱前戦 - カレーライス


本編ラストに演奏されたのは、彼らの数ある楽曲の中でも最たるファストチューン“カレーライス”。例に漏れずこの楽曲も気付けば始まり、気付けば終わっている名状し難い性急さを携えていて、結論としてはヤマモトによる「オーイエー!カレーライス!」の絶叫で口火を切った“カレーライス”は僅か1分少々で楽曲を終え、彼らはステージ裏へと消えていくに至った。心に刺さる歌詞もテクニックも、更に言えば題材がカレーライスであることさえ、もはやどうでもいい。ただ頭をぶん殴られるような衝撃があればオールオッケー。それこそがロックンロール。それこそが錯乱前戦である。


そしてしばしの暗転の後、アンコールとして披露されたのは最新アルバム『おれは錯乱前戦だ!!』のリード曲に位置する“タクシーマン”。

 


錯乱前戦 - タクシーマン


《ろかたでくたばる石ころの とおい昔の伝説を/君は一生しらないで 君は一生しらないで/ぶっこわせ ペットショップ/ぶっこわせ ペットショップ/ぶっこわせ》


同じコードを連弾きする力任せのギターリフから始まった“タクシーマン”。マイクスタンドを操った弊害でマイクを顔の中心に据えずに歌ったためか、はたまた絶唱に次ぐ連続でブレスが入るためか、ヤマモトのボーカルパートが途切れる場面も何度か見受けられた。そんな中、取り分けしっかりとした響きで訴えかけるのはやはり頻繁に5人のうちの誰かが発する、犬の遠吠えや激昂状態の舌戦にも似た鼓膜を刺す動物的な絶叫だ。後半部分ではヤマモトと森田が交互に歌詞の一部である《そこでタクシーは燃える 東京は燃える》を連呼し、音量を著しく落としたアレンジで展開。ヤマモトは気だるげな歌唱とロボットダンスに加え「タタッタッタッタ……」「イェイイェイイェイ……」なるその時々における直感的な物言いを繰り出し、森田に関しても自身が歌う場面だけは真摯であるもののヤマモトのパートの場面では言葉にならない言葉を叫んでいる。そして音が次第に凶暴さを増してサビに突入する直前には、ヤマモトと森田が本来の歌詞を完全に度外視し「タクシー!」と何度も絶叫。そうして雪崩れ込んだサビは紛れもなくこの日一番のカオスを形成。壮絶な演奏を終えた彼らが脇目も振らずステージを降りた瞬間、この日のライブはまさに嵐が過ぎ去った後のような静けさに包まれたのだった。


時代に逆行するかの如き、泥臭いロックンロールに身を任せる錯乱前戦。彼らの魅力の最たるもの、それはすなわち『衝動』だ。彼ら自身がレッド・ツェッペリン、ザ・ローリングストーンズ、ザ・クラッシュなど古き良きロックバンドに多大なる影響を受けている事実が証明しているように、彼らが今より更に若かった当時、意味不明な英語の羅列で形成された洋楽に心奪われた根元的な理由は「只ならぬ衝撃を受けた」というその一点に基づくものであり、またそうした同年代とは全く異なる音楽の嗜好・ロックンロールを人生レベルでベースに置き、期せずして1998年生まれの彼らは結果として錯乱前戦を結成。そしてインターネット発の音楽やアイドルが台頭する今の音楽シーンに殴り込みをかけたのは、やはり某かの必然であるような気さえするのである。


こと海外音楽シーンでは「ロックは死んだ」と揶揄されて久しいが、年を経て変貌する様にも、期待が高まる。若干21歳の末恐ろしい若者が鳴らした此度のロックンロールは紛れもなく、悲しいかな幾年の年月を経て、歳を取り、酸いも甘いも経験した我々ロック好きにとっては、在りし日のロックへの興奮を呼び起こさせるものだった。公式ツイッターにて明言されている通り、彼らの今後の活動は主に生配信と小規模の有観客ライブをメインとするとしている。今年は新型コロナウイルスの影響により、開催予定だったライブは全て中止。1週間以上に渡って残されていた今回のライブのアーカイブも、今は消えてしまった。「人生何が起こるか分からない」とは言い得て妙で、此度の未曾有の危機により、誰しもがその格言を幾度も呑み込んだはず。だからこそ『若い』と言われる今後の彼らの活動を目に焼き付けるのは紛れもなく、今しかない。確かに言わずもがな、彼らの今後の活動は本来の理想とは趣を異にするものであろうが、その姿を出来る限り目に焼き付けておきたいと、心からそう感じた一夜だった。

 

【錯乱前戦@ベースメント・ア・ゴーゴー Vol.2 セットリスト】
ロンドンブーツ
ロッキンロール
モンキー・オ・マンキー
まばたき
ムーン
ハンマー
ミルクティー
ピルズ(Bo Diddleyカバー)
boy meets boys
カレーライス

[アンコール]
タクシーマン

【ライブレポート】超能力戦士ドリアン『生配信無観客ワンマンライブ「画面の中からこんにちは!」』@心斎橋Pangea

こんばんは、キタガワです。

 

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……とてつもないライブだった。ライブハウスの熱量をそっくりそのまま届けることはもちろんのこと、オンライン配信だからこそ成し得る多数のギミックと演出を駆使した此度の約2時間に及ぶ熱演は、彼らの魅力を十二分に見せ付けるのみならず、ライブエンターテインメントの何たるかを明確に誇示する代物でもあった。


今回は超能力戦士ドリアン初のオンラインライブということもあり、事前に「1曲目はこれかな」「ライブが出来ない現状のメッセージを語るのかな」などと開始時の演出に様々な思いを巡らせていたのだが、そんな期待を込めたオープニングは『おーちくん(Dance.Vo)が何故か十字架に磔にされている』という誰もが予想だにしなかったトンデモ展開から幕を開けた。良く見るとバックには紅蓮の炎がメラメラと燃え上がっており、おーちくんの顔には所々煤が付着している。そして「実は僕は今、閻魔様に捕まっております。突然のことで驚かれたと思いますが、まずはライブについて諸注意をさせてください」とおーちくんが口を開くと、以降は今回のライブの録音や録画、アップロードを固く禁止すること、ライブ中は出来るだけ『#ドリアン生配信』のハッシュタグを付けてツイートすることなど、ライブにおける鉄壁のルールの数々が述べられた。


そして一連の諸注意が終わるとおどろおどろしいバックミュージックと共に地獄の番人・閻魔様の野太い声が響き渡り、恐怖におののくおーちくんを尻目に、おーちくんが地獄で磔にされるに至った主な理由と、元の世界に戻る方法が語られた。どうも以降の閻魔様の話を整理するに、おーちくんの処刑の根元的な理由は「他の2人が8週連続リリースのために曲作りを頑張っていたのに、毎日家でダラダラしていただけ。何も仕事をしていない」という堕落しきった自粛期間中の数ヵ月間の生活に起因するものであると判明し、加えて閻魔様がおーちくんのワンマンライブを実際に観て納得出来ない限り、この決定は絶対的に覆らないとした。かくして超能力戦士ドリアンによる初のオンラインライブ……ひいてはおーちくんが地獄行きを回避するための最後の手段とも言える、運命のワンマンライブが幕を開けた。


その後画面は徐々にフェードアウトし、いつしか地獄の底の光景はライブハウスへと遷移。そして満面の笑みを浮かべたおーちくんによる曲紹介と共に鳴らされた記念すべき1曲目は、名状し難い推しへの愛情にスポットを当てた“尊み秀吉天下統一”だ。

 


超能力戦士ドリアン「尊み秀吉天下統一」


《まさに尊み秀吉天下統一 沼落ち確実ホトトギス/良い物見させて頂きました/止まらない!ヤバくない?語彙力足りない》


『尊い』とはイラストやグループの推しメンバーへの好意を中心とし、今や様々な好きな人や物への愛情を端的に表す広義のネットスラング。対する『豊臣秀吉』は言わずもがな、歴史を代表する戦国武将である。このふたつを絶妙に掛け合わせた“尊み秀吉天下統一”は確かに古風な合いの手こそ取り入れてはいるものの、サウンドはキラキラのシンセサイザーを主としたあまりに現代的な代物であり、その絶妙な違和感と疾走感が織り成すアルサンブルがボルテージを上昇させていく。


超能力戦士ドリアンはギター、ギターボーカル、メインボーカルの一風変わった3人編成。故に基本的にはPCの打ち込みを大々的に使用してメロディーを形作っている関係上、ともすれば音圧が欠如した淡白な演奏に聴こえてしまう可能性もゼロではない。だが此度のライブではそうした楽器の少なさに伴うサウンド関係は一切気にならなかったどころか、後述する型破りなパフォーマンスを阻害せずストレートに楽しむ点においてはむしろ、非常に適した編成のようにも感じた次第だ。更には彼ら自身も数か月ぶりのライブということもあり、やっさん(G.Vo)とけつぷり(G.Cho)はいつになく力の入ったプレイを魅せ、先程まで絶体絶命の危機に瀕していたおーちくんも縦横無尽に動き回って軽やかなダンスを披露し、心底元気そう。終盤には両の手の平を合わせて拝む「あぁー尊い!」の振り付けもバッチリ決まり、これ以上ない最高の滑り出し。


続いては持続した熱量で次の楽曲へ移行……するかと思いきや、「いきなり僕は弦を切りました!」とのやっさんの報告により、ライブは急遽弦を張り替える時間を繋ぐためのMCタイムへ突入。


元々は事前の計画でも間髪入れずに楽曲を固め打ちする予定だったらしく、スタッフとメンバーが慌てて復旧作業に当たることに。なおギターを降ろした直後「有料ですよね今日これ!すいませんでした!」と流れるような土下座で謝罪したやっさん曰く、弦が切れるのみならず冒頭のギターリフを弾きこなした時点でチューニングも狂っていたらしく、スタッフからは「一旦おちつこう」とのカンペが出ていたという。そんな中やっさんは果敢にも「でもあのオープニングから止めれんくない?」「“尊み秀吉天下統一”はアーカイブ用にもう一回演奏しよや」などラジオのレギュラー出演で培われたトークスキルで何とか場を繋いで待機時間を感じさせない工夫を見せ付けていたが、その間も5分が経過すると自動で次曲のイントロが流れてしまうPCや予想より遥かに長時間復旧しないギターに翻弄され、いたずらに時間が経過していく。


そんなこんなでようやく弦が張り替えられ、続いては急遽この日2回目となる“尊み秀吉天下統一”へ移行。キラキラのシンセサイザーをバックに「この曲聴いたことありますよね皆さーん!」としきりに盛り上げるおーちくんに対して先程予期せぬトラブルに見舞われたやっさんはと言うと、回復したはずのギターの調子がまだ良くないらしく、ギターを弾きつつペグを回してチューニングを調節する強引なテクニックで軌道に乗せようと試みるが、楽曲の途中では遂にギターの音が鳴らなくなるハプニングも。パニックに陥ったやっさんが「音が鳴らへん!」と叫びヒヤヒヤする一幕もありつつ、何とか完奏。演奏を終えたやっさんの顔には脂汗が流れており、今回のトラブルが彼にとってどれほどの事態であったのかを如実に物語っていた。


来たる8月26日には自身3枚目となるミニアルバム『マジすげぇ傑作』のリリースを控える彼ら。今作は4月22日に発売された前作『ハンパねぇ名盤』から、何と約4ヶ月後という短いスパンでのリリースとなる。そのワーカホリックぶりを体現するかの如く、この日のセットリストは比較的新しい楽曲を広く展開しつつ、その中に彼らの代名詞とも言えるライブアンセム、更にはファンによるリクエスト曲や替え歌等独自の試みも取り入れた、大盤振る舞いの構成となった。


当然細部まで練り上げられたそのライブの興奮は画面越しにも十二分に伝わるもので、《ちょちょちょ!ちょっと待って/牛さんは食べられる側の存在/がっつりナイフとフォーク持って 紙ナプキン首に巻いて/食べる側みたいな顔しないで》と思わず膝を打つ“焼肉屋さんの看板で牛さんが笑っているのおかしいね”、様々な食材を取り上げつつ、最終的にレモン1個に含まれるビタミンC=1個分との解に着地する“レモン1個分のビタミンC”、楽器隊が演奏を完全に放棄してキレの良いダンスを繰り広げた“天保山”、教育テレビを彷彿とさせる振り付けで一体感を生み出した“ファミリーコンサート”など、エンターテイメント性と独自の着眼点を前面に押し出した楽曲を次々披露。途中途中では彼らの代名詞とも言える「興味あるー!」のレスポンスや無意識的な笑い声がスタッフから頻りに上がる一幕も含めて、『歌って踊って笑顔で帰ろう。抱腹絶倒スリーピースバンド!』との公式のキャッチコピーを地で行く和気藹々としたステージング。普段のライブをそのままパッケージングしたかの如き肉体的なライブが紛れもなく眼前に広がっていた。


今回のライブは総じて様々な趣向を凝らしたエンタメ性溢れるものであったが、特段ハイライトとして映ったのは、かねてよりのライブアンセム“チャーハンパラパラパラダイス”からの新曲“鬼は退治せず話し合うべき”の予想だにしない流れだった。

 


超能力戦士ドリアン「チャーハンパラパラパラダイス」


まずは『パラパラダンサーズ』として“焼肉屋さんの看板で牛さんが笑っているのおかしいね”で登場した牛さんと、今回が初登場となる赤鬼さんが呼び込まれた“チャーハンパラパラパラダイス”。イントロ部分の振り付け指導に移行した彼らであるが、おそらく事前に多くの練習を重ねたであろう赤鬼さんのダンスと比べて牛さんのダンスは本来高らかに腕を上げて踊る場面さえ腕を数10センチほど上方に上げる程度で、あまりに拙い。そんな牛さんが人前でダンスを披露するには明らかに不十分な状態で楽曲はスタート。だが当初は互いを思いやりつつ和やかに進行していたものの、やはり牛さんのダンスは上手くいかない。そして遂に見かねたやっさんが音を止めさせると、そこからは牛さんに対して「練習してきてなくない?体もでっかいし目立つから、踊られへんのやったらちょっと楽屋下がってもらおうかな」と強い口調で叱責。すごすごとステージ裏に去る牛さんを尻目にやっさんは「ちょっと空気悪くなっちゃいましたけど、僕たちの意識がこれだけ高いっていうのが分かっていただけたと思いますんで」とし、以降は牛さんがいない状態で再スタート。実際牛さんがいない“チャーハンパラパラパラダイス”のダンスはメンバー含め完璧な出来映えで、楽曲においてもかの名作ゲーム『ダンスダンスレボリューション』の某楽曲を彷彿とさせるパラパラ風のメロディーに乗せ、一体感のある盛り上がりを見せた。


そして終始キレキレだった鬼さんのダンスに感服したやっさんが「ほんまに牛さん出て行ってもらって良かったなー。やっぱり赤鬼さん最高ですねー!」と労をねぎらったが直後、赤鬼さんがどこからか飛んできた凶弾に倒れてしまう。物々しい雰囲気の中、映像が遷移。そこには先程戦力外通告を言い渡された牛さんが右手に拳銃を構えてステージを見つめる決定的瞬間が映し出されていた。そして鬼さんを抱き抱えたおーちくんが「うう……牛さんめー!」と怒りを滲ませて始まった次の楽曲こそ、“鬼は退治せず話し合うべき”だ。


《ダメダメダメダメ退治ダメ 話し合いで解決きっと出来るはず/鬼にもきっと家族がいるし 守るものがあって然るべき/穏便に話進めるべし》


昔話の桃太郎における鬼への不遇な扱いにスポットを当てた平和的解決を目指す“鬼は退治せず話し合うべき”は軽快なメロに乗せて進行するポップアンセム。タイトルに違わず鬼への暴力的行為にスポットを当てていた“鬼は退治せず話し合うべき”だが、楽曲が進むにつれてテーマは最終的に亀を虐める浦島太郎の展開や熊と相撲をとる金太郎にも広がり、おーちくんは歌詞でそうした『良くないシーン』が訪れるたびに腕をクロスさせ、異議を申し立てていく。ラスサビでは何故か仲良くなった牛さんと赤鬼さんが入り乱れ意思疏通の取れたダンスを繰り広げて握手、抱擁の果てに裏へ消えていった。そんなすっかり友好関係となった牛さんと赤鬼さんを見送りつつ、先程牛さんに撃たれた赤鬼さんを抱き締めていたおーちくんは「よう仲良くなれたな……」とボソリ。ごもっともな感想である。

 


超能力戦士ドリアン「ボールを奪い合う選手全員に1つずつあげたい」


以降はコメント欄を用いた多数決を試みた末、圧倒的多数の支持を受け演奏された“人見知RIVER”や意気揚々と店に赴くも一転凄まじい後悔へと切り替わる“パンケーキ量多い”、球技の根本部分をフィーチャーし、最終的に喧嘩両成敗とも言うべきまさかの主張を展開した“ボールを奪い合う選手全員に1つずつあげたい”、そしておーちくんがライブを見ていた閻魔様に認められ、晴れて処刑を免れるに至った“いきものがかりと同じ編成”と次々に楽曲を披露。


幾度も綴っている通り、今回の彼らのライブがエンターテインメント性に照準を合わせたものであったことは、紛れもない事実である。だがそんな中、極めて真剣な面持ちでストレートに思いを届ける楽曲があった。それこそが来たるニューアルバムに収録される新曲“今は曲の中やけど”だ。


《これは歌詞だからフィクションだから/曲の中でくらい/暗い事考えずに楽しい事ばっかりしたい/だって誰も困らない(平和!)》


食べ歩きや部活、帰省、花見、泥酔の果ての朝帰り、卒業式……。“今は曲の中やけど”で歌われる内容はただひとつ。それはコロナウイルスの影響により今や遠い存在となってしまった『当たり前の日常』である。今までの楽曲に顕著だったダンスやコントに象徴されるライブならではのギミックや、彼らの代名詞とも言えるシンセサイザーの打ち込みは一切なし。徹頭徹尾リアルな思いを言霊として放つ超能力戦士ドリアンの歴史の中でも異質なこの楽曲はライブの緩急を付ける重要なエッセンスとして、また今鳴らされるべき雄弁なメッセージソングとしても鼓膜を震わせていた。

 


超能力戦士ドリアン - カンデみ〜んなハッピー!【カンロ株式会社「カンデミーナ」タイアップソング】


この日のライブはその後、かねてよりのライブアンセムである“ヤマサキセイヤと同じ性別”、そして著名なお菓子と大々的なコラボレーションを果たした“カンデみ~んなハッピー!”にて大団円で幕を閉じたが、ハードな曲調のもの、世間に異を唱えるもの、演奏を放棄して踊り狂うものなど曲調も内容も千変万化な振り幅の大きい楽曲群で構成されていたものの、この日一貫していたものこそ『理屈抜きで楽しめる笑いの要素』であった。けれども同時にこの日のライブは結局は『オンラインライブ』であり、実際の彼らのライブとは大きく趣を異にするものでもあることもまた、確固たる事実として君臨している。無論この日は映像やリアルタイムのコメントで次曲のアンケートを取るなどオンラインライブならではの手法を駆使していたことも含めて、彼ら自身もそうした実情を深く理解した上でこの日を迎えていたことはおよそ間違いないだろうが、同時に彼らの画面越しに展開する場面場面を直視するたびに「ライブに行きたい」との思いが駆け巡ってしまう罪な一夜でもあった。世間からどれほど揶揄されようと、ライブに行くこと自体がある種のストレス発散になったり「○○のライブのために頑張ろう」とライブを生きる上での原動力とする人間は一定数存在する。だからこそ完全にとは行かないまでもリアルな存在証明を行い、我々の心に確かなライブ欲求をを再燃させた今回の超能力戦士ドリアンのライブは総じて今現在コロナ禍に憂う我々にとって、何よりの救済となったのではなかろうか。


此度のライブで、新型コロナウイルスの影響で延期となった『満足バロメーター限界突破ツアー2020』の振替公演として『いっぱい曲を披露しまくるワンマンツアー』と題し、10月から全国各地を巡る新たな予定を発表した超能力戦士ドリアン。今回のライブでやっさんはワンマンライブツアー開催の理由として「自粛期間中にたくさん曲が出来たから企画しました」と語っていた。確かに今回の生配信ライブは凄まじい完成度とこれ以上ない満足度でもって幕を閉じたが、やはり彼らは眼前で満面の笑みでもって楽しんでくれる人々がいるからこそ、本領を発揮するものであると信じて疑わない。


今やコロナ禍の現状をつまびらかにするシリアスな楽曲や、そんな中でも前を向こうと希望を表す楽曲が世界中で次々生まれては、見知らぬ誰かの鼓膜を震わせている。もちろんそうした音楽は今鳴るべき音楽としては適するものであろう。だが今回のライブで、彼らは証明したのだ。今だからこそ響き渡るべき音楽というのはもしかすると、今回矢継ぎ早に繰り出されたような所謂『めちゃくちゃに楽しい音楽』なのかもしれないと。


【超能力戦士ドリアン@『画面の中からこんにちは!』 セットリスト】
尊み秀吉天下統一
尊み秀吉天下統一
焼肉屋さんの看板で牛さんが笑っているのおかしいね
レモン1個分のビタミンC
天保山
あなたの街の天保山
ファミリーコンサート
おいでよドリアンランド
恐竜博士は恐竜見たことないでしょ
チャーハンパラパラパラダイス
鬼は退治せず話し合うべき(新曲)
人見知RIVER
パンケーキ屋多い
ボールを奪い合う選手全員に1つずつあげたい
いきものがかりと同じ編成
今は曲の中やけど(新曲)
ヤマサキセイヤと同じ性別
カンデみ~んなハッピー!(新曲)

エレキギターの単音が印象的なバンド5選

こんばんは、キタガワです。


ロックバンドをロックバンドたらしめる何よりも重要な楽器・エレキギター。そんなギターを始めるに当たってまず最低限の習得が必須となるテクニック……。それこそがGやFに代表される、所謂『ギターコード』と呼ばれる代物である。ギターの教則本の大半がコード練習関係で埋め尽くされているように、ギターを演奏する上で最も純然たる事実として垂直に立っていて、兔にも角にもパワーコード然り単純なコードループ然り、ギターは何かしらのコードを連続して弾けなければまず話にならない。よって一般層が普段好んで聴いているアーティストのサウンドも十中八九、ごった煮した様々なコードの上で成り立っているはずだ。


そんなコード進行を軸とするギターであるが、当然ながら趣を異にするテクニックというのもいくつか存在する。その中で今回取り上げるのが、単音で音を奏でる飛び道具的な奏法である。『単音』と聞いて世間一般的に脳裏を過るのはやはりギターソロにおけるサウンドのイメージが強いだろうが、その実単音をサウンドの主軸として活動するギタリストやソロミュージシャンは数多く存在する。しかしながら『ロックバンドで単音でギターを鳴らす』というのは世界的に見ても極めて珍しく、そのメロディーの難しさから誰もが実践に至らない、ある種不遇な奏法とも称することが出来る代物なのだ。


そこで今回は『エレキギターの単音が印象的なバンド5選』と題し、ギターの新たな可能性を見出だした独自性の高い5組に迫っていきたい。本来ジャーンと豪快に掻き鳴らされるギターとの差分を大いに楽しむと共に、極めて大きな魅力を孕むユニークな単音の数々に身を委ねてみてほしい。

 

 

Foals

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イングランド出身のプログレッシブロックバンド・フォールズ。彼らの特徴はズバリ、徹底して単音を中心に据えた独自性の高いサウンドであろう。下記の“My Number”や結成当初の代表曲“Cassius”、果ては最新曲“Neptune”に至るまで、フォールズの楽曲はとにかく単音が目立つ作りとなっているばかりか、コード弾き自体がほとんど行われない。これはバラードからハードロックの全てにおいての共通事項であり、以降様々に変遷を遂げたフォールズにおいては突出して一貫している部分だ。


フォールズの楽曲は基本的に、2本のギターサウンドを軸としてフロントマンを務めるヤニス・フィリッパケスによるパワフルな歌声が追随する、どこか寂寥を覚えるような一風変わった形を取っている。これはかねてより彼らがポリシーとする「何よりも自分たちが踊りたくなるような音楽を作る」との考えに基づいて確立されたもので、シンプルな四つ打ちでもコードを掻き鳴らすアンサンブルでもない、全く違った境地に至った理由のひとつとされている。


なおフォールズは似通ったアルバムを制作することに否定的であることもたびたびインタビューで語っており、若者特有の初期衝動を前面に押し出した性急なファーストアルバム“Antidotes”からは死生観を社会情勢を体現したもの、バラードに特化したもの、政治色を色濃く反映したものなどアルバムごとにバラエティーに富み、最新のアルバムに関しては陰と陽を体現するが如くの完全なる二部構成となっている。残念ながら今年の来日ツアーは全て無期限延期となってしまったフォールズは今新たな楽曲製作に当たっており、彼の発言を鑑みるにそれは強い怒りを内在したものになりそうな予感。彼らの発するメッセージが明るみに出るその時を、今は座して待ちたい。

 


Foals - My Number

 

 

Vampire Weekend

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自身約6年ぶりとなるニューアルバム『Father of the Bride』がニューヨークを中心に好評価を獲得するに留まらず、都度特色を変えて新たな領域へと果敢に足を踏み入れるロックバンド、ヴァンパイア・ウィークエンド。


バンドの楽曲を手掛けるのは、フロントマンのエズラ・クーニグ。彼らは楽曲への妥協が微塵もないレベルまでクオリティを高めたい性分らしく、活動は極めてマイペース。故に「次のアルバムは年内にはリリースされる」と公言しておきながら結果としてその翌年、もしくは翌々年に発売される事例もたびたび発生しており、加えて昨今のライブでは音源に劣ってしまわないために『バンドの正規メンバーよりもサポートメンバーの方が多い』という総勢9名にも及ぶスタイルで演奏を行うことからも、彼らが徹底して音源第一主義を貫いていることは見て取れるだろう。


そんな彼らの代名詞とも言える存在が、YouTube上で4000万回を超える再生数を記録した“A-Punk”に顕著な単音サウンドである。因みに現在の彼らは若干ムーディーかつミドルテンポな楽曲を多く産み出しており、かつての彼らと今のサウンドは多少なり異なっている。しかし単音を主軸にグルーヴを形作っている点においては今も変わっておらず、彼ら自身も「昔の僕らがいたからこそ今に繋がっている」と考えている関係上、ライブにおいてもかつてのパンキッシュな“A-Punk”や“Cousins”等の初期の楽曲にも然りにフォーカスを当てている。


なお博識なエズラによるその時々の心境は作品に多大な影響を及ぼしていて、3枚目のアルバム『Modern Vampire of the City』では混沌とした仕上がりに、最新作『Father of the Pride』はまさに彼が晴れて父親になったからか、若干晴れやかな曲調へ回帰している。そんな中やはり気になるのは次作の動向。彼がこのコロナ禍の自粛期間に湛えた思いは怒りか、はたまた希望か。何にせよ自作は間違いなく、その真実を体現するものになるはずだ。

 


Vampire Weekend - A-Punk

 

 

QOOLAND

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アマチュア・アーティスト・コンテストであるRO69にて優勝を果たし、当時全くの無名ながらも大型フェスへの出場権を獲得したQOOLAND(クーランド)。彼らはボスハンドタッピングと呼ばれる奏法を駆使したサウンドメイクを軸としている点において、他のバンドの演奏スタイルとは大きく異なっている。


『タッピング』とはギターのフレット部分に直接触れて音を出す奏法だが、ギタリストの大半は基本的に、タッピングを自身の演奏に取り入れることは稀である。その理由はひとつで、純粋に難易度が高いからだ。両の手でフレット部の弦のみを操るタッピングは、触れた場所が少しズレただけでもミスタッチとなる危険性を孕んでいる。加えて同様の理由で常に目線をフレットに配らざるを得ない関係上、ライブで直立不動を余儀無くされる……つまりは機械的なプレイになりやすく、今ではPCによる打ち込みの技術が発達したことで実際に演奏する必要性が薄まってきたことも作用して、今ではタッピングは広がりを見せなくなった。


QOOLANDはそんなタッピングをほぼ全ての楽曲に用いることで、自身の最大の魅力へと押し上げている。以下の楽曲“凛として平気”は夢追い人への誹謗中傷に撃ち抜かれながらも自分を信じ続ける様が歌われる楽曲だが、このサウンドの根幹部分を担うのもタッピング。シンプルなロックンロールに異物感と違和感を内在させることで、結果的にオリジナリティーのある唯一無二のバンドとしての立場の確立に成功している。


その後も「ライブが最もリアルである」として年間100本を越える圧倒的な場数を踏み、活動の幅を広げてきたQOOLANDだが2018年に惜しまれつつ解散。中心人物であった平井はその後数ヵ月間アルコール依存症による鬱病と希死念慮に苛まれる日々を送っていたが、同年新バンド・juJoe(ジュージョー)を結成。今ではQOOLAND時代と完全に逆行する、コード進行を主体とした楽曲を多数発表している。juJoeが描くのは、取り繕わないリアルな日常。社会復帰のリハビリのつもりで辿り着いたというこのバンドもまた、ひとつの生き方だ。

 


QOOLAND - 凛として平気 (Full Size)

 

 

八十八ヶ所巡礼

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CDレンタルやサブスク、メディア露出はほぼなし。このご時世における『売れるための法則』とは真逆の音楽道を突き進み、一貫して音源とライブの力だけで注目を獲得してきた八十八ヶ所巡礼。彼らの魅力を語る上では文学的な歌詞やサイケデリックな音像はもちろんだが、何より圧倒的存在感を見せ付けるバンドのギター・Katzuya Shimizuによる超絶技巧がフィーチャーされることが極めて多い。


実際僕は何度かライブに赴いた経験があるのだが、に目の当たりにすると完全なる異次元の領域。まずKatzuya Shimizuのギターは手元を見ず、虚ろな瞳で前だけを見据えるロボットの如き挙動に終始。キンキンとした金属的高音がライブ後も慢性的な耳鳴りを呼び起こすバカテクぶりだ。……それもそのはず、彼は八十八ヶ所巡礼の活動と平行してギターの講師も務めるプロのギタリストであり、彼の公式ツイッターを見てもコード進行というよりは単音による即興的なサウンドメイクに秀でている。


以下の“攻撃的国民的音楽”に顕著だが、八十八ヶ所巡礼の基盤を固めるのはボーカル・ベースを務めるマーガレット廣井とドラムのKenzooooooであり、彼らが一定のリズムの刻む中、そこに傍若無人に弾き倒すKatzuya Shimizuのギターが入ることで一歩誤れば瞬時に破綻するギリギリのサウンドを形成している。これこそがサイケ。これこそが混沌であると体現する彼らの音楽は世界的にもあまりクレイジーであり、逆にそれが彼らを唯一無二の存在たらしめているのだ。


なお昨今の彼らはかつてのギター主体のサウンドに加えて更に楽曲全体に膨らみを持たせる術を身に付けており、ゆったりとしたダークな楽曲、打ち込み主体の楽曲、ベースを軸にグルーヴを重視する楽曲など、千変万化の引き出しでもって聴き手を翻弄し続けている。先日初のサブスク解禁となった新曲“幻魔大祭”は、何と頭を駆け巡るギターリフから約1分後にボーカルが参加する幻惑的な楽曲。総じて今後の彼らの行く末は今も、良い意味で霧に包まれている。

 


八十八ヶ所巡礼 「攻撃的国民的音楽」

 

 

トリプルファイヤー

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ポップが台頭する時代に突如出現した脱力系バンド・トリプルファイヤー。彼らの魅力は作詞・ボーカルを務める吉田靖直による謎過ぎる言葉回しと、それとは対照的に地に足着けた高難度の演奏に終始する楽器隊による幻惑的なアンサンブルである。


吉田は現在33歳。某インタビューにて「余裕が出来ると空いてる時間にめちゃめちゃ2ちゃんねるとかを見始めちゃう」と語る吉田はバンドがある程度軌道に乗った現在においても、様々なアルバイトを転々とする人生を歩んでいる。故に普段極めて遅い小声で話す吉田は、素面の自身の言動がもたらす相手への申し訳なさからライブはもちろん、テレビやラジオ番組に出演する際には必ず250mlの焼酎の小瓶、ないしは1杯程度のアルコールを最低限摂取して赴くと語っており、その存在証明なキワキワだ。


巷で流れるポップテイストな流行歌ではなく明らかに歪な、それでいて不思議な魅力を醸し出す楽曲というのは、今の世の中では稀である。しかしながらバズらせようと狙った訳でもなく、自然体で奏でたサウンドが結果的に意味不明なものとなってしまったトリプルファイヤーには、街中で流れる流行歌とはまた違う魅力を感じてしまうのも事実。


以下の“スキルアップ”は彼らの低血圧な進行に、遂にロックバンド然とした熱量を混在させたキラーチューンだ。《以前はこうして 棒を突き刺したり風船を膨らせたりする毎日に/何の意味があるのかなんて 考えたこともあったけど/指導力のある上司や 充実した設備のおかげで確実にスキルも付き/ここまで大きな現場を任されるようになりました/ありがとうございます》とのラストの一幕を含め、衝撃を与えると共に流行に属しない穿った人間の鼓膜を刺す、唯一無二の世界観を形成するに至っている。


かねてより「あまり売れたいとは思っていない」と語っている吉田。時代が彼らに追い付く可能性も少なからずはあるだろうが、万が一バズることがなくとも、有名テレビ番組『タモリ倶楽部』でタモリと共演してダメ人間のレッテルを貼られたり、ライブでは不思議と笑いが起こっている今というのも、それはそれで彼ららしいとも思うのだ。

 


トリプルファイヤー "スキルアップ"(Official Music Video)

 

 

……さて、いかがだっただろうか。ギターの単音が印象的なロックバンドの世界。


冒頭に綴った通り、日本における流行歌と呼ばれる音楽は十中八九、コード進行を軸にして作られている。単音を用いることはあれど、ほぼ一貫して単音をベースに楽曲を形作るというのは、世界的に見ても極めて珍しいだろう。けれどもギターに初めて触れた人間が無意識的にポロポロと解放弦を爪弾いてしまうように、ギターの根元的な始まりは単音なのだ。そして音楽というのは期せずして、一切のルールが定められていないある種無秩序なものだ。ポップも打ち込みも、極端な例を出してしまえば初心者が感情の赴くままにギターを掻き毟り、ノイズをただ出し続けるだけの不協和音も『音楽』なのだ。だからこそ今回紹介したFoalsやVampire Weekendが楽曲の再生数が2000万回を超えるなど一般大衆の好評価を得るに至り、片や八十八ヶ所巡礼とトリプルファイヤーはそのあまりに歪なサウンドが口コミを呼び、今ではライブが毎回ソールドアウトする程の人気を誇っている現状も鑑みるに、やはり「単音を主軸とした音楽があっても良いのではないか」と、心から思ってしまう。


前述の通り、ロックには決まったルールがない。ならば徹底して単音のサウンドを武器にする、一癖も二癖もあるバンドがいても良いじゃないか。今回の記事が総じて、読者貴君の新たな音楽へと触れる契機となれば幸いである。

【ライブレポート】でんぱ組.inc『でんぱをかまってちゃん“星降る引きこもりの夏休み”』@ZAIKO

こんばんは、キタガワです。

 

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去る6月20日、神聖かまってちゃんとでんぱ組.incとのツーマンライブが有料配信ライブ配信のマーケットとしても名高いZAIKOにて、有料配信された。今回はその後攻である、でんぱ組.incのライブレポートを記す。


思えばでんぱ組.incは5月上旬から中旬にかけて、4月15日にリリースされた自身6枚目となるフルアルバム『愛が地球救うんさ!だってでんぱ組.incはファミリーでしょ』を携えて全国6箇所のライブハウスを回る全国ツアー『THE FAMILY TOUR 2020』を開催する予定だった。けれども収束の兆しが見えないコロナウイルスと政府の緊急事態宣言発令により、已む無く全公演の中止を決定。ライブハウスでのライブの機会は失われた。無論、その後のでんぱ組.incの活動が一切無かったわけではない。過去行われたライブ映像の公開やメンバーそれぞれが動画編集・アップを担うYouTubeチャンネル開設、果ては中止となった全国ツアーの代替として行われた『THE FAMILY TOUR 2020 ONLINE』など様々なアイデアを駆使し、この限られた状況下にあってもでんぱ組.incは活動の炎を絶やすことはなかった。しかしながらグループとしてではなく個人個人の活動を主とするこの数ヵ月は若干の寂寥を覚えたのも正直な気持ちとして存在し、でんぱ組.incが一丸となって臨んだ前述の『THE FAMILY TOUR 2020 ONLINE』でもソーシャルディスタンスの観点から各自がバラバラな場所で歌い、更にはダンスパフォーマンスなし、歌唱オンリーという特異な形で進行するに至った。そう。この日のパフォーマンスはもはや『久方ぶりのライブ』とのベクトルで括られる類いの配信ではもはやない。あの数ヵ月前のようにメンバー全員が歌い踊ると共に『今』のでんぱ組.incの精神性をリアルタイムで視認することのできる、あまりに重要な一夜でもあったのだ。


城下町で流れるが如くの壮大なSEを経て、運命的なライブはその幕を上げた。暗闇に包まれるステージが大写しになる中、事前に録音された「せーの!でんぱ組.inc、はーじまーるよー!」とのメンバー全員の一言から、照明が一斉に点けられた。記念すべき1曲目は、疾走感溢れるライブアンセム“ギラメタスでんぱスターズ”だ。

 


でんぱ組.inc「ギラメタスでんぱスターズ」LIVE Movie(2017.12.30 at 大阪城ホール)


《ぶかっこうでも 光れ/どうぞ ごちゃごちゃ言ってちょうだい/太陽フレアな炎上だって上等だ/丁々発止 生きれ/万物は流転してくもんさ 転がんのやめたら生ゴミ確定よ》


今でこそでんぱ組.incの代表曲となった“ギラメタスでんぱスターズ”であるが、発売当初は極めて強い逆風を突き進む、言わば『その後』に至るでんぱ組.incとしての決意表明の側面が強かった。思えば最上もがが脱退を表明し、その数ヵ月後にメンバーである根本凪と鹿目凛が加入することが発表された後、間髪入れずに発表されたのが、此度1曲目に配置された“ギラメタスでんぱスターズ”だった。6人だったメンバーが最上が脱退し5人に、そして根本と鹿目の加入で一気に7人体制(後に夢見ねむの脱退で6人)となったごく短期間でのメンバー増減は当時SNS上でも賛否両論を巻き起こしていて、中にはその切り替えの早さから運営側への不平不満やメンバーの不仲説等を報じるメディアすらあったほど。そうしたネガティブな状況に陥りながらも、“ギラメタスでんぱスターズ”は「それでも前に進み続ける」とのでんぱ組.incの並々ならぬ思いを体現した楽曲として、ふたりの新メンバー加入後は積極的にライブの幕開けを飾る楽曲として披露されるばかりか、以降のライブにおいてもほぼ例外なくセットリスト入り。結果今ではでんぱ組.incを語る上で欠かせないナンバーとなった。


そんな様々な思いが内在する“ギラメタスでんぱスターズ”は決意に満ち満ちている印象すら感じさせ、開幕の相沢梨紗による「いくぜー!」との絶叫を皮切りに右へ左へと縦横無尽に駆け巡るダンスに加え、決して口パクではない渾身の生歌でもって、1曲目ながらロケットスタートを切るが如くのフルスロットル。なお衣装も従来の華やかなコスチュームから一転、それぞれの担当カラーをあしらったシックなチェック柄のものへと様変わりしており、でんぱ組.incの新たな1ページの始まりを感じた次第だ。


その後は横一列に並んでの「萌えキュンソングを世界にお届け!でんぱ組.incでーす!よろしくお願いしまーす!」とのライブでお馴染みとなった一言から、長尺のMCタイムへ。まずは全員で今回のタイトルを叫ぶと「いやー、かまってちゃんのライブ最高だったね」との古川未鈴の一言から、相沢は「メンバー以外とこうやって何か出来るのが本当に久しぶりすぎて……」と思いを滲ませる。そして「我々も久しぶりの歌って踊るステージなので緊張もしておりますが、凄く今日という日を楽しみにしておりました。皆さん今日は最後まで、よろしくお願いしまーす!」との古川渾身の開幕宣言でもって、静かな舞台に明らかな熱が生まれていく。……その間も興奮が抑えられないのか、成瀬瑛美がハイテンションに「やったー!とうとうきたー!」等しきりに声を上げていたり、他のメンバーも皆一様に笑顔を浮かべていたりと、彼女たち自身、久方ぶりのライブを全身全霊で楽しんでいる印象を受けた。


上記のハートフルな流れからは、ライブ恒例となる自己紹介へと移行。総勢6人にも及ぶそれぞれの自己紹介を綴ると全体のテキスト量を大きく圧迫するため、全容を記すことは割愛するが、成瀬がライブタイトルを盛大に間違う、藤咲彩音が「じゃあ私はこっち行きますか?ここら辺でいいですかー?」とカメラの位置を確認したにも関わらず、画面に映る映像はメンバー全員を捉えた定点カメラから長時間動かない、鹿目がライブを鑑賞しているファンに向けて「今みてる……よね。……感じてる?」との意味深な囁きを繰り出したりと総じて噴飯もので、その都度突っ込みが入り和やかなムードと化していき、メンバー間の仲の良さを改めて感じさせた。今回のライブは無観客ということもあり、必然普段は自己紹介の後に自然発生的に行われる「せーの、○○ー!(みりんちゃーん!、ピンキー!、りさちー!等)」のコールは消滅。その代替としてメンバーが男性さながらの低音ボイスでコールを行うなどオンラインライブならではの試みも取り入れられ、この未曾有の無観客ライブを成功に導くための趣向も随所に取り入れられていた。


なお今回のライブはセットリストの大半をニューアルバム『愛が地球救うんさ!だってでんぱ組.incはファミリーでしょ』収録曲が担っており、その途中途中にでんぱ組.inc屈指のライブアンセムを配置するという圧倒的ニューモード、かつハイカロリーなものとなった。そのため今回のライブは大半の人間が所見となるニューアルバムの楽曲におけるパフォーマンスに自ずと注目が向けられる形であったのだが、中でも度肝を抜かれたのは、3曲目に披露された“もしもし、インターネット”。


今回の照明やVJ、映像演出は数あるアーティストの映像演出を手掛けるユニット・huezが手掛けるということは事前情報として認知してはいたものの、実際に刮目すると想像を越えた異次元の領域。具体的にはライブハウスから夜の高層ビルが建ち並ぶ映像にスイッチし、その後は各メンバーが出現と消滅を繰り返し進行していく。映像は楽曲が進むごとに更に迫力を増すばかりで、プログラミング言語や多数の数字がもたらす高速のカウントダウン、果ては謎の中年男性の潜在写真が点在するカオスな映像にシフトし、そのでんぱ組.incのパフォーマンスと完全にシンクロした四次元的な映像美には、思わず息を飲んでしまう。オンラインでしか成し得ない、極上のエンターテインメント空間だ。

 


でんぱ組.inc「でんでんぱっしょん」幕神アリーナツアー2017@幕張メッセ


「今日はかなり熱めのセトリを持って来ておりますので」と中盤で古川が語った通り、以降はライブで盛り上がりを加速させる役割を担っていたキラーチューンを惜しみ無く披露する怒濤の展開に。新体操を思わせるリボンを繰り出しての“でんでんぱっしょん”、先日誕生日を迎えた神聖かまってちゃんのフロントマン・の子(Vo.Gt)を祝いつつ梅雨のジメジメとした雰囲気を吹き飛ばした“プレシャスサマー!”、オートチューンで声質を変化させ、ソウルフルな歌唱で各自のボーカリストとしての側面を前面に押し出した“形而上学的、魔法”、地面に倒れ込んだ藤咲が右腕を天に突き上げ、指を折り畳むごとにひとりふたりとメンバーが崩れ落ちた果てに藤咲がムクリと起き上がるサスペンスドラマ的な衝撃のラストを迎えた“おやすみポラリスさよならパラレルワールド”……。曲ごとにこの日一番のハイライトを更新するが如くの圧巻のパフォーマンスは、彼女たち自身が久方ぶりのライブであるという理由も当然あるだろう。だがそれ以上にダンス練習やライブ、更には全国ツアーの開催さえ奪われた失意のコロナ禍においてまるで溜め込んだ何かを発散するかのように感情を露にするメンバーはあまりに肉体的で、その全てで華やかな笑顔を浮かべていた。


藤咲以外のメンバーが倒れ込んだ“おやすみポラリスさよならパラレルワールド”のある種シリアスな状況から「……ありがとうございまーす!」とカメラの前に進み出たメンバーたち。「やっぱオンラインライブだからさ、いつもだったら(曲が終わった後に観客の)『ウオオオ!』みたいなのが入るじゃん?で、『はい!ありがとうございましたー!』って入れるんだけど、今日はやっぱ無観客だからさ、バンと終わってもさ、『(暫くの沈黙)……ありがとうございます』みたいな。だからこれをやって思うのは、まあ今日は今日で楽しいんだけども、やっぱりみんなの声っていうのがいかに大事で、そしていつもどれほど助かってるかっていうのが身に染みて分かる訳なんですよ」と改めて感謝の気持ちを語る古川に、メンバーからも同意の声が上がる。


その後はふたつのお知らせとして、全国ツアー中止を受けて急遽5月に行われたオンラインライブ『THE FAMILY TOUR 2020 ONLINE』が映像作品化されること、そして鹿目と根本によるスピンオフユニット・ねもぺろ from でんぱ組.incのセカンドシングル“にゃんにゃん♡ちゅちゅちゅ♡”が来たる8月5日に同時リリースされることが発表……と未来への期待を呼び起こしたところで、続いてはニューアルバムのタイトルをそのまま曲名に冠した“愛が地球救うんさ!だってでんぱ組.incはファミリーでしょ”をドロップ。

 


でんぱ組.inc「愛が地球救うんさ!だってでんぱ組.incはファミリーでしょ」Live Movie from「幕張ジャンボリーコンサート」


《未知数のフェイズ 来たとしても/変わらないの 変わるわけないじゃない/レディースもジェントルメンもいくよ!せーの!/6人と地球にいるみーんなででんぱ組.incです!》


前述の通り、でんぱ組.incは2017年の8月に最上が脱退。大晦日の前日には根本と鹿目の加入が発表され、その翌年の2018年には夢見が脱退を表明。2019年に卒業公演で正式に脱退した他、リーダーの古川の結婚発表(後に夢見も結婚を発表)等、でんぱ組.incにとっても数々の困難と幸福を享受した数年間であったと言えるのではなかろうか。


でんぱ組.incの長い活動において、メンバーの数と担当色を歌詞に冠した楽曲は多い。詳細を記すならば彼女らの名を広く知らしめた楽曲“WWD”ではメンバーの鬱屈とした過去をつまびらかにして最終的に《6つの光》へと帰結させているし、一気増員した頃の楽曲“ギラメタスでんぱスターズ”では《七つ星》、“ちゅるりちゅるりら”ではメンバー6人の担当色を列挙するなど、その時々の屈指のキラーチューンとして受け入れられてきた。けれどもそれらはアイドルにとって諸刃の剣とも言える代物でもあり、事実メンバーそれぞれの暗黒期を歌う“WWD”は主たるメンバーの脱退に伴って今やライブで披露されることは一切なく、今回1曲目に披露された“ギラメタスでんぱスターズ”でも、今なおライブアンセムとして頻繁に鳴らされる“ちゅるりちゅるりら”でもメンバーの数や色が楽曲のリリース時とは大きく異なることから、やはりかつてのでんぱ組.incのメンバーと比較すると、今の楽曲を聴く上では多少なりの違和感を禁じ得ないというのが正直な気持ちとしてある。


そんな中“愛が地球救うんさ!だってでんぱ組.incはファミリーでしょ”は今のメンバーたちとファンへの信頼はもちろんのこと、徹頭徹尾前だけを見据えるでんぱ組.incの覚悟を大いに証明する1曲であった。でんぱ組.incを結成当初より追い続ける古参のファンのみならず、今回のライブを画面越しに観ている人も、CDしか持っていない人も……。《6人と地球にいるみーんなででんぱ組.incです!》と高らかに言い放つでんぱ組.incのこれ以上ない言霊は、今後どのようなことが起ころうとも誰も置いていかないという何よりの意思表示でもあったのだ。

 


でんぱ組.inc「アイノカタチ」Music Video


以降は愛を歌う前曲と地続きの多幸感をもたらしたニューソング“アイノカタチ”から、長きに渡って形を変えながら歌われ続けてきた代表的ナンバー“Future Diver”でもって、まさしく夢に飛び込むが如くの万感のフィナーレを飾ったのだった。


メンバーが去り、照明は直ぐ様暗転へ。無観客のためアンコールを求める声すら挙がらない無音空間の中、スタッフが総出でセッティングを施し、アンコールの準備を進める。アンコールで披露される次なる楽曲は事前にアナウンスされていた、でんぱ組.incの楽曲“星降る引きこもりの夜”を提供者である神聖かまってちゃんのコラボレーションで披露する、この日限りのパフォーマンスである。しかしながら次なるライブはでんぱ組.incに加え神聖かまってちゃんのメンバーを要する、総勢10名にも及ぶパフォーマンスだ。よって人数分のマイクのみならず神聖かまってちゃんのバンド編成の楽器を搬入する必要があるため、場面は待機画面の静止画へと移り変わるかと思いきや、無観客のためアンコールを求める声すら挙がらない無音空間の中、スタッフが総出でセッティングを施し次なるアンコールの準備を始める模様がノーカットで映し出されていた。その中ではでんぱ組.incのメンバーが各自マイクチェックを行ったり神聖かまってちゃんのメンバーが楽器の音量を図ったりと、総じてライブ活動の大半をワンマンライブにベット(基本的にワンマンライブでは、アーティストのリハーサルを観ることは出来ない)する彼らの貴重なリハーサルシーンも画面越しに目撃することが可能であり、先程までパンキッシュなライブパフォーマンスを行っていた彼女らが真剣な表情で準備に当たる様は、また違った一面を感じさせた。


明点すると、ステージ上にはでんぱ組.incが横並び、本来客席がいるはずのフロアには神聖かまってちゃんのメンバーが楽器を携えるという、オンラインライブさながらのライブハウスを目一杯使った広がりを見せる。アンコールで披露される楽曲は、事前にアナウンスされていたでんぱ組.incに提供した“星降る引きこもりの夜”を神聖かまってちゃんとコラボレーションで披露する、この日限りのパフォーマンスである。


神聖かまってちゃんのmono(Key)のつま弾くリフを契機とし、楽曲は緩やかに幕を開けた。でんぱ組.incのメンバーが動き少なの真摯な歌唱に徹しているのはもちろんだが、普段は制御不能の言動で魅せる今楽曲の提供者である神聖かまってちゃんのフロントマンであるの子も、今回ばかりは地に足の着いた堅実な演奏に終始。でんぱ組.incの歌唱を支える素晴らしきバックバンドとして、自身に与えられた役割をこなしていた印象だ。終盤のの子による「こんな状況、こんな状況でも何とかなっちゃうぜ!もっともっともっともっとやりてえことがある!」との即興ラップも、コロナ禍で疲弊する今を体現するようで涙腺を緩ませ、“星降る引きこもりの夜”は総じてコロナ禍によって否が応にも自宅で引きこもらざるを得ない状況に陥る現代社会において、多大なる説得力を纏って響き渡っていた。


《泣いたらいいんだ今日は 1人流星群さ/星降る夜になって流れる/足し引きばかりして計算じゃないけど人生/大丈夫なんとかなっちゃうよ/star light…》


今回はライブはでんぱ組.incにおける前傾姿勢の活動方針を体現すると共に、彼女たち自身にとっても、いかにライブに重きを置いているのかを改めて感じる一夜だった。来たる7月30日にはでんぱ組.incのバックバンド、その名もでんでんバンドを率いた新たな配信ライブ『THE FAMILY TOUR ONLINE~夏祭り編!!~』の開催も決定している。収まる気配のないコロナ禍において、今までのような眼前がサイリウムの海に満たされる中でのライブというのは未だ難しく、でんぱ組.incにとっては苦境とも言える日常がまだまだ続くだろう。しかしながら本編のMCにて「オンラインライブかもしれないし、また違った形かもしれないし、またどこかで元気に一緒に会いましょう!」とメッセージを送った古川の言葉が体現しているように、間違いなくでんぱ組.incはこのコロナ禍がたとえ長引こうとも、今出来る最良の手段を模索して活動していく。


ひとつはアイドルを信条とする自分たちのために。そしてひとつは、でんぱ組.incの誇るべき一員である『地球にいるみんな』のために……。でんぱ組.incは今後も絶え間なく、日本全国の電波という電波で存在を証明していくはずだ。


【でんぱ組.inc@星降る引きこもりの夏休み セットリスト】
ギラメタスでんぱスターズ
バリ3共和国
もしもし、インターネット
でんでんぱっしょん
プレシャスサマー!
形而上学的、魔法
おやすみポラリスさよならパラレルワールド
愛が地球救うんさ!だってでんぱ組.incはファミリーでしょ
アイノカタチ
Future Diver

[アンコール]
星降る引きこもりの夜(with神聖かまってちゃん)

7月某日

7月某日、17時。久方ぶりの休日を持て余していた僕は、ふらりと立ち飲みのバーに赴いた。開店直後に入店したため怪訝な顔をされる事も覚悟していたが、店のマスターは予想に反して、僕の来店を歓迎してくれた。僕はこの店が移転する以前から通っていた、言わば常連と呼ばれる類いの人間だ。しかしながらコロナ禍に陥ってからというもの、ここ数ヵ月はバーのみならず駅周辺の店舗へ赴くことすら一切なく、必然、長らく空白の期間が長くなっていた。

僕とマスターの間にはいつも、主だった会話はない。マスターは只いつものように視線を巧みに逸らしながら「今日は何飲まれます?」と問うのみで、僕がビールを頼むと直ぐ様サーバーから生ビールを注いで眼前にグラスを置き、その後は店の奥に引っ込んで姿を見せなくなる。端から見ればあまりに不用意だが、そんなマスターとの双方向的かつ不思議な関係性が、僕は心底好きだった。

テーブルに生ビールが置かれると、懐で出番を待ち望んでいたであろう愛用のイヤホンを装着した。眼前には、白く塗り潰された壁。A4ノートを開くと端がはみ出しかねない小さなスペースでひとりグラスを傾けるのが、この店における僕の基本スタイルだった。

《あれほど刻んだ後悔も/くり返す毎日の中でかき消されていくのね/真っさらになった決意を胸に/あんたは堂々と また肥溜めへとダイブ》

無意識的に普段好んで聴くロックンロールではなく、スローリーなジャズ的な音楽を選んだことが功を奏したようだ。緩やかな音楽に身を任せているためか、必然酒も進む。……バックでは今世間でバズを記録しているイケメンアーティストの音楽が流れており瞬間的に憂鬱を起こしたが、イヤホンから流れる音量をふたつほど上げたことで、次第に気にならなくなった。

僕は酒を飲む際は、つまみを一切食べない。故に自身の酩酊をコントロールする術もそれなりに身に付けている筈ではあるが、まだ1杯目にして連日の労働が祟ったのか、思ったよりアルコールの回りは早かった。開きっぱなしにしていたメニュー表の文字はやたらと歪み、窓から見えるまだ明るい筈の空は空転して見えた。

僕には普段ほとんど言葉を発しない代わりに、酔っ払った際は饒舌になるという酷く自覚した悪癖がある。ビールを3分の2程飲んだ後にトイレから出てきたマスターを捕まえた僕は、この日初めての発語がもたらす酷くひび割れた声で問うた。「……どんな感じだったっすか。最近」。

主語も述語もぶん投げられた僕の言葉に、マスターは「店開けてはいたんですけどね。やっぱり人は少ないですよ。誰も来ない日も多くて、だんだん閉めざるを得なくなりました」と優しく語った。僕自身報道等で重々理解していたつもりではあったが、やはり現実は厳しいらしい。そんな赤裸々な内情を真摯に語ってくれたマスターとは裏腹に、僕は「そっすよね」との素っ気ない言葉を返し、そこからはビールをチビチビと飲みつつひとりイヤホンから流れる爆音の音楽と、この日新規感染者数が100人の大台を突破した事に端を発した東京都知事の記者会見を肴に日本酒や再びのビールをオーダーし、ひとり泥酔の果てへと突き進んだ。その間1時間半。バーには最後まで僕以外に、一切の客は来なかった。

眼前には、マスクを着用した人々が足早に帰路に付く様子がガラス越しに映っている。子供連れ。カップル。学生。集団で屯する若者。サラリーマン……。そのうちの大半が、幸せそうな笑顔を浮かべていた。そんな光景に謎の苛立ちを覚え、僕は飲みさしてあったビールを一気に飲み干した。混濁する意識の中、いつの間にか通りに人はいなくなっていた。そんな一部始終に瞬間的な憂鬱を自覚したことが嫌でたまらなくなり、追加で濃い目のハイボールを注文した。1杯だけのアルコールを引っ掻けて帰宅の途につく計画は、いつの間にやら破綻していた。

マイペースに執筆活動に励むこの生活が、いつか実を結ぶことはあるのだろうか。僕の名前を見て誰かを感化させたり、何らかの依頼に繋がることはあるだろうか。そんなことは、おそらく今後もないだろう。だが僕には音楽と文章しか残っていないという事実も骨身に染みて理解していたし、同時に自分は正社員や結婚、金の蓄え、マイカー購入といった世間一般的な『普通の生活』に適応出来ない劣等な人間であることも、重々承知していた。僕が連日アルコールを摂取する根元的な理由はおそらく、島根県でひとり憂鬱の沼に沈むひとりの劣等生が、肯定感を錯覚するための最良の手段であるからだ。

景色が空転を通り越して曼陀羅模様に見えてきた頃合いを見計らい、会計とした。「それじゃ、また」とのマスターの声をバックに、僕はまた日常へと戻る。店を出た瞬間、ファミチキを食べながら談笑する男子高校生の集団を目撃した。その姿に再び不明瞭な怒りを覚えつつ、僕は帰りがけに立ち寄ったファミリーマートでハイネケンを購入し、プルタブを空けた。……音が酷くこもっている感じもしたが、今度は大して気にならなかった。

 


藤井風(Fujii Kaze) - “何なんw”(Nan-Nan) Official Video

【ライブレポート】セックスマシーン!!『緊急ワンマンライブ「すぐにライブやっとんねん!」』@心斎橋ANIMA

こんばんは、キタガワです。

 

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「楽しい!」「最高!」「音おっきいぜー!」……。バンドのフロントマンを務める森田(Vo)はライブ中、何度もそう絶叫し、心からの喜びを爆発させていた。未だ多くの課題が残されているライブハウス。だが確かにこの日、再びライブハウスは動き出したのだ。


此度コロナ禍の影響で長らく営業自粛期間が続いていたライブハウスが再開する契機となったのは、5月28日に大阪府知事が表明した「6月1日に施設への休業要請を全面的に解除する」との一言だった。これはライブハウスにとっての事実上の解禁宣言であり、これによりライブは原則着席、ステージと観客の間を2メートル以上空ける、透明のカーテンを設置する等の感染防止指針を遵守すれば、ライブハウスで再びライブを行うことが可能となった。


この一報を受けて最も速くスタートダッシュを切ったのが、関西出身の4人組バンド・セックスマシーン!!(以下セクマシ)である。『緊急ワンマンライブ』と冠されたタイトルからも分かる通り、大阪府知事の記者会見から1時間も経たないうちに発表された今回のライブは、一見ライブを信条として突き進んできたセクマシならではの先走った行動のようでもあり、その実大阪府の掲出したガイドラインに徹底的に従うという、並々ならぬ決意を秘めての敢行だった。会場に選ばれたのは大阪心斎橋に居を構えるライブハウス・ANIMA。本来であれば350人のキャパを誇るANIMAだが、来場者は49人に限定。7行7列で観客同士の距離をしっかりと離し、当然来場者及びスタッフは全員マスクまたはフェイスシールドを着用。果ては万が一感染者が出た場合に備えて来場者の連絡先も伺うといった、隅々まで行き届いた感染防止措置が取られた。……無論こうした試みはやれクラスターだ、やれ三密だと何かと槍玉に上げられるライブハウスの始まりを告げる1日を成功させるにあたり「やるからには絶対に感染者を出してはならない」とのセクマシの強い思いを体現した形であったということは、本題に入る前にしっかりと記述しておきたい。


こうして6月1日、運命の夜は幕を開けた。腕を前後左右に広げても人と接触しない距離感の取れた49脚の椅子の他、座席付近にはカスタネットや鈴、でんでん太鼓といった鳴り物も用意されている。異様な光景ではあるものの、コロナウイルスと共存する新たな生活様式を余儀なくされる渦中において、ライブハウスにとっての第一歩に立ち会える貴重な瞬間でもあった。

 


すぐにライブやっとんねん!!


定刻を少し過ぎたところで、暗転。直後眼前のスクリーンに『新しいライブハウスの楽しみ方(案)』なるVTRが投影された。そこにはマスクの着用を求めると共に、飛沫感染防止の観点からライブ中は発声を禁止し、代わりに手拍子や鳴り物、胸の前で拳を握る「ぐっ」とする等で感情表現を試みること、万が一体調を崩した際はスタッフに直ぐ様申し付ける等、ライブを安全に行うにあたっての観客に対する協力事項を森田が実演する形で流された。なおこの映像はぶっつけ本番で撮影されたものらしく森田がたびたび噛む場面も見られ、その都度笑いが起こっていたのも彼ららしい。


そして「それでは皆様、ごゆっくりとライブをお楽しみください」との森田の一言の後にスクリーンが廃されると、そこにはギター、ベース、ドラム、マイクスタンドが鎮座するもはや目撃すること自体数ヵ月ぶりとなった、正真正銘ライブハウスのステージがお目見え。もちろんコロナウイルス対策のため前面が透明なビニールシートに覆われていたり、各楽器の配置に距離がある等の違いは確かにある。けれどもその光景は誰もが愛してやまない、ライブハウスのステージそのものであった。


しばらくすると、観客の鳴らすカスタネットや鈴、でんでん太鼓による打音と拍手で祝福される形でメンバーが入場。森田は「こらまた変わった景色ですね……」とボソリ。そして公演中は声を挙げると飛沫が飛んでしまうことから無声を心掛けてもらうこと、バンドメンバーも一定の距離を保って演奏すること、更にはライブの途中で数分間の換気時間を設けること等を会場全体で改めて確認。


業務的な言動に終始し、この日のライブに求められる鉄壁のルールを繰り返しレクチャーする森田。彼ら自身ライブハウスでのライブが数ヵ月ぶりということもあり、その表情には幾分と緊張が伺える。しかしながらその心中には抑えきれない興奮も内在していたようで、森田は一連の注意事項の説明が終わった瞬間には「いやあ、なんか……こう……嬉しいなあ。嬉しいけど、ドキドキするなあ」と顔を綻ばせていた。そう語る最中も、バックではアンプに繋いだギターのフィードバック音が反響したりノイズが鳴ったりと、ロックバンドのライブ独特の不協和音にも似た音が響いていたが、これさえも今の彼らを祝福しているようにも感じられて感動的に映った次第だ。


そして近藤(Gt.Key.cho)が打ち鳴らしたドラムを合図に楽器隊全員がジャーンと爆音を轟かせ、森田の「俺たちライブするの、久しぶりー!」との一言から雪崩れ込んだ1曲目は、まさに開幕を飾るに相応しい“久しぶり!”。


《柿の木が育つほどの時を僕ら離れ過ごした/会ってみりゃもう一瞬だ》

《あぁ素晴らしい今日だこの気持ち君は今どうだ/どうなんだ》


“久しぶり!”はセクマシのライブにおいて、とりわけ久方ぶりに訪れた地でたびたび披露されるライブチューンだ。けれども記念すべき1曲目に再スタートの意味合いを含む“始まってんぞ”でも、ロケットスタートを切るが如くの数々のキラーチューンでもなくこの楽曲が選ばれたことには、やはり久方ぶりのライブにおいて、喜びとライブハウスの楽しさを共有する理由も十二分に含まれていたのではなかろうか。事実“久しぶり!”がもたらした興奮は凄まじく、集まった観客たちは皆声には出さないまでも拳を天に突き上げていた。森田が歌詞の一部を《久しい君のその顔が》を《久しぶりの君たちが》に変えて歌唱する場面も含めて、まさしく久しぶりな一体感の共有に一役買っていたのはもはや言うまでもないだろう。


その後は外出自粛期間中に発表された新曲を含む、ワンマンライブならではのキャリアを総括するかの如きセットリストで進行していく。正直、セクマシの楽曲はCD音源の時点で観客がもたらすレスポンスを前提として作られているものが大半であるため、従来のライブと比較するとある種やり辛い環境であったことは否めない。けれども森田が御法度であると知りながらも無意識的に観客を煽ってしまったり、歌詞をすっ飛ばしたりと何度か感情が理性を上回ってしまう一幕も全て引っくるめて、紛れもなくこの日のセクマシは決して画面越しの生配信では体験できない、どこまでも肉体的な姿だった。


“始まってんぞ”後のMCにて、森田は職業的、ひいては様々な理由でこの場に来ることが叶わなかった人々を労いつつ「今回いろいろ……もちろんありましたし、『ライブハウス動けるのいつなんだろう』とかありましたけど、よく思い出してくださいよ。ライブハウスって元々、不良扱いだったじゃないですか。怪しいもんだったんすよ。何となく隠微なというか。皆さんも酸いも甘いもいい歳してるからそういうのにも耐えれるようになりましたけど。なので別に状況が変わってもいろいろより戻しであったり、オルタネイティブなものだったりするのかなと思ったりします。(中略)でも何も考えずに何かをやっちゃうといろいろマズいんじゃないかなと思って、我々の出来る限りの知恵絞って、今日実現しました」と語った。そして「ロックとかライブハウスが少し怪しくて、何かちょっと触れたら怪我しそうな感じで、少し淫靡な感じがしてたそういう気持ちを思い出して歌います」との一言の後に鳴らされた“かくせ!!”は、紛れもなくひとつのハイライトだった。

 


セックスマシーン!!「かくせ!!」MV


《悪いことしてんじゃない 何となく人に言えない/難しくもなんともない 集まって歌っているだけ》

《ちょっとだけ変かもしれない 何となくバラしたくない/心配をかけたくはない かといってやめられはしない》


MVの時点ではサビで歌われる《親からかくせ!!》の一幕からも、青少年特有の様々な秘密にスポットを当てた楽曲であると思っていた。けれども前述のMCや、三密を避ける行動を徹底するようしきりにメディア等で叫ばれていたMVの公開時期(MV公開日は緊急事態宣言の1週間前の4月1日)等を鑑みると、“かくせ!!”は世間に後ろ指を指されていた渦中のライブハウスを如実に表していることが分かる。中でも《悪いことしてんじゃない 何となく人に言えない/難しくもなんともない 集まって歌っているだけ》の歌詞はパンク道を地で行き、更には長いキャリアの大半を地道なライブ活動に現在進行形でベットするセクマシならではの歌詞として高らかに鳴り響き、心を震わせた。

 


セックスマシーン「君を失ってWow」


中盤以前のハイライトが前述した“かくせ!!”であるとするならば、その以降におけるハイライトは言わずもがな、彼らのライブの最大のキラーチューンと名高い“君を失ってWow”だ。原曲では3分少々で疾走するこの楽曲はライブではほぼ決まって森田が客席に突入し、会場の外でシンガロングを試みる、観客を弄る等感情そのままのステージングを繰り広げるために結果的にかなりの長尺に変貌することでも知られている。実際今回もステージを降りる一幕こそあったものの、それは演奏途中で行われた5分間の換気タイムのみ。しかしながら此度の“君を失ってWow”がかつてのライブと比較して良くなかったのかと問われれば答えは断じてNOであり、あくまでこの限られた環境下で圧倒的な熱量を見せ付けてくれた。その中で「テンションを……腹の底から上げろ!」「確かにビニールは歯痒い。けどこれ越しだとしても、お前に音が聴こえてるぞー!」といった楽曲の合間に挟まれる舌足らずな絶叫も、集まった観客のボルテージを一段階の上昇に転じさせる重要なスパイスとなっていた。本来シンガロングによる大合唱を求めるサビ前においても「グッとしろ!」と耐え続けた森田の姿は、ライブを鑑賞している観客のリンガロングを防ぐ意味合いの他にも、猛る自身の感情を自制するよう言い聞かせるようでもあった。


そして森田が客席後方の防音扉へと移動し、大サビ前に行われた換気タイム。無論この換気タイムは三密で言うところの『密閉』を回避するための行動であり、結果的簗は約5分間に渡って今まさにライブが行われている防音扉を含む店内のあらゆる箇所を開け放った。とはいえこの場は爆音が鳴り響くライブハウス。必然ギターとベースは実質ミュート状態、ドラムに至ってはスティックのカウントオンリーの中、本来であれば大合唱が永続的に発生するサビは歌えない。そのためこの換気の5分間はほぼ観客の鳴らす鳴り物に頼らざるを得ないという寂寥感漂う時間となった。だが森田はテンションの著しい低下を生まざるを得ないこの状況下でも「ちょっとごめんなさい近寄りすぎました。2メートルですよね……」「僕ここいたらあれですね。トイレとか行きづらいですよね」としきりに笑いを誘ったり、果ては「知ってました?ライブハウスの客単価を変えるのはドリンクなんすよ。セカンドドリンク以降」と今後のライブハウスの活動に繋がる裏事情を暴露したりと、ライブが行われている今とその先の未来に繋がるトークで緊張の糸が切れないよう工夫を凝らし、このおそらく今までのライブハウスでは考えられなかった『換気タイム』という未曾有の時間を乗り切った末に、後の大爆発へ至ったのだった。

 


セックスマシーン "春への扉" (Official Music Video)


その後は昨年の6月に発売されたミニアルバム『明日を見に行く』収録曲を含む比較的新しい楽曲群の中に、“頭の良くなるラブソング”や“春への扉”といった定番のライブアンセムを配置する興奮必至のセットリストで最後の畳み掛けを図り、最後は「ラスト行きます、楽しかったです。またね」との森田の短い一言の後、キーボードをつま弾いて始まった正真正銘最後の曲は2017年発売のニューアルバム『はじまっている。』より、“胡蝶の夢”でフィニッシュ。


現実と夢の区別がはっきりとつかない状況を喩えた言葉としての意味で広く知られる言葉をタイトルに冠した“胡蝶の夢”。キャパ350人に45人の入場制限、世間の意見に逆行しての敢行、ガイドラインの徹底した遵守がもらたした窮屈さ……。確かにこの日、大阪の小さなライブハウスでひっそりと行われた今回のライブはあまりにも異質だった。これは大入りのライブハウスで観客と双方向的なレスポンスを繰り広げるセクマシにとっても、様々なライブに足を運んだ経験のあるオーディエンス側にとっても、正に良かれ悪しかれ夢のような一夜であったと言えるだろう。けれどもサビで歌われる《ひとときの短い夢だった とても気持ちの良い夢》は決して悲観的な意味合いとしてではなく、明らかな希望的観測の一面を携えて響き渡っていた。ラストは「叫んでいた俺たちと、今日来てくれた、今日観てくれた、今日ライブハウス空けてくれた、もう全部引っくるめてロックバンド・セックスマシーンだったウォー!」との森田の絶叫でもって、運命的なライブの本編は終了。満面の笑みでステージを降りたのだった。


数分後、照明が落ちまさに森田が前述したような『淫靡な雰囲気』となった暗転時間を経て、各自の鳴り物がもたらす多種多様な打音で再び呼び込まれたセクマシ。直ぐ様演奏に取り掛かると思いきや「鳴り止まぬ太鼓、そして鈴。アンコールありがとうございました。おまけターイム!」との森田のアンコール宣言を皮切りに、長尺のMCへ突入。その間もパコパコと鳴る鳴り物には試合中にメガホンを叩く様をイメージしたのか、日野(Ba.Key.cho)による「なんかワールドカップみたいやね」との応酬から、思い付くチーム名を列挙するサッカー談義に花咲かすメンバーたち。そのグダグダなトークは観客との熱量の不一致を感じた日野が「もうええねん!」と終演を告げるまで続いた。ライブ前とは大きく違うリラックスムードである。


その後は集まった観客のマスクの着用、心斎橋ANIMAが用意したビニールシート、鳴り物を販売する楽器店等、改めてこの日が多くの協力の元に成り立ったものであることを強調したかと思えば森田が「三密言えますか?」と近藤を問い質した結果ほぼ言えないという予想外の展開に帰結してしまうのもまた、セクマシらしい。


そして「今日のライブのスタイルはひとつの案です。もっといろんな人がいろんなことを思い付いていくと思うんで、楽しみで仕方ありません。最後おまけで1曲だけ。そういう新しい時代の未だ見ぬライブハウス・スタイル目指して」との言葉の後に鳴らされた最終曲は、良い意味ではこの日のライブハウス再開を彩る、また悪い意味ではコロナウイルスとの共存を余儀無くされる時代へと突入した今鳴らされるべき1曲“新世界へ”でもって、運命的な夜は出し惜しみなしの完全燃焼で終演を迎えた。

 


セックスマシーン「新世界へ」MV


《君が向かう先は 何が待ってるのだろうか/空っぽのその世界に 何を描き出すんだ》


多くの課題が山積するライブハウスの未来は、未だ明るいとは言えない。三密やキャパシティの問題はもちろんのこと、感染防止策をどう講じるのか、ライブハウス存続に値する採算が取れるのか……。考えは尽きない。人数を大幅に制限したライブならまだしも、ソーシャルディスタンスの観点から、今までのような大入りのソールドアウト公演が実現するのはおそらく何ヵ月も先の話になるだろう。


しかしながら悲観的に捉えるだけでは何も始まらない。今回セクマシが集まった観客が声ではない他の方法で感情を表現する手法として鳴り物を提唱したように、ライブハウスには未だ無限の可能性が秘められているのも事実。例えば日々アーティストによる生配信が行われているように、今までにはなかった某かがこれからのスタンダードを担うかもしれない。そう。ポジティブな考え方次第で、きっとライブハウスは何でも出来るのだ。そして今回のセクマシのライブはライブハウスの未来を占う試金石と称するに相応しい、紛れもない歴史的一夜だった。


【セックスマシーン@心斎橋ANIMA セットリスト】
久しぶり!
ウッドストック2019
サルでもわかるラブソング
いいよね
始まってんぞ
かくせ!!
明日月曜
(It's only)ネクラ
君を失ってWow
夜の向こうへ
響けよ我が声
春への扉
頭の良くなるラブソング
夕暮れの歌
胡蝶の夢

[アンコール]
新世界へ