キタガワのブログ

島根県在住のフリーライター。ロッキン、Real Sound、KAI-YOU.net、uzurea.netなどに寄稿。ご依頼はプロフィール欄『このブログについて』よりお願い致します。

【ライブレポート】坂口有望『熱唱特別オンライン夏期講習』

こんばんは、キタガワです。

 

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「自分が1番生き生きしている時間でした」……。坂口は今回のライブ終了後に、ツイッターの個人アカウントにてそう呟いた。歌のみのシンプルなセットで、時間にして約60分に及んだ自身初となるオンラインワンマンライブ『熱唱特別オンライン夏期講習』は、彼女自身が音楽を奏でることの根元的な幸せを噛み締めるライブであったのはもちろんのこと、コロナ禍に疲弊する今、画面越しの我々にとってはその内包されたメッセージ性に琴線に触れるが如くの、感動的な代物だった。


定刻を過ぎ、丸みを帯びた四角形の壁面とその所々にキャンドルが灯る厳かな雰囲気さえ思わせる会場に、上下黒のシックな装いに身を包んだ坂口がゆっくりとカメラの中心へと歩みを進める。今回のライブはオンラインということもあり、その表情を捉えようと数台のカメラが彼女に向けられているが、どの画面を注視しても坂口以外に見受けられるのは、向かって右側のストローが刺さったペットボトルタイプのステージドリンクと共に小物が無造作に置かれたテーブルと、後方に鎮座する替えのギター程度であり、他のサポートメンバーはおろかスタッフの姿さえ見えない。


そしてしばらくの間入念なチューニングを試みていた坂口が、全ての準備を終えて決意に満ちた表情でカメラに向き合い「坂口有望です。よろしくお願いします」と短く発すると、リズミカルなギターの調べに乗せて“紺色の主張”が鳴らされた。

 


坂口有望 『紺色の主張』ティザー映像


《わたしじゃない わたしのせいじゃない/誰でもない 誰かのせい 全部全部》

《あぁあ もうばかみたい 泣きたい/悪気もないことで/あの子は 悩んで 笑って 飛び立って…/話はそれだけです》


“紺色の主張”は普段極力ネガティブな感情を表には出さない坂口が、学校生活で見聞きした陰口や噂話に象徴される集団の悪しき部分と、その弊害として脳裏を過る自身のやり場のない気持ちを歌った楽曲である。緩やかに進行する冒頭から演奏は次第に熱を帯びていき、サビに突入した瞬間には、坂口の柔らかな歌声とは裏腹な強いギターピッキングで魅了していく。後半のサビに至る直前で差し込まれた溜め息に似た一幕は、制作当初は確かに学校生活に対してのものであっただろうが、未曾有のコロナ禍により今までとは異なる生活を強いられている今、異なる意味での憂いを感じさせる瞬間でもあった。


演奏後に水を一口含み、再度チューニングを行った坂口は、現在画面の向こうでライブを閲覧しているファンに感謝を述べる。無論今回はオンラインライブのため、ファンからの直接的なレスポンスは帰って来ない。しかしながらカメラから巧みに視線を逸らしつつも、時折笑顔を浮かべるその表情は穏やかだ。彼女自身、去る3月28日に『聴志動感』と題された無観客スタジオライブ中継イベントに参加してからというもの、本格的なライブを行うのは約4ヶ月ぶり。「この自粛期間ほんまにずーっとライブがしたくて、前回中止になったツアーでも届けたい曲がいっぱいあって。今日は短い時間ではありますが、私の気持ちやったり届けたい曲たちを詰め込んで、最後まで一生懸命歌わせてもらいます」と胸の内を語る彼女は、喜びと感謝の思いで満ち満ちていた。


この日のライブの軸を担っていたのは、今年リリースされたセカンドフルアルバム『shiny land』と、メジャーデビューアルバム『blue signs』の楽曲群。思えば今年の坂口は『shiny land』を携えて全国を回る予定であったが、日々刻々と変化するコロナウイルスの影響を鑑みてツアー延期の措置を取り、最終的には全公演の中止が決定されるに至った。今回のライブのMCで坂口は幾度もツアーの中止に触れていたが、この先の見えないコロナ禍の中でも一縷の望みを抱き続けていた分、落胆の気持ちは当然ながら大きかったのだろうと推察する。

 


坂口有望 『あっけない』Music Video


そんな中、輝かしい意味をもって名付けられた『shiny land』とのアルバムタイトルとは真逆の新時代へと突入してしまった今、希望的未来を希求する切望に加えて応援歌としての側面も伴って響いていたのはやはり『shiny land』に収録された楽曲群だ。アコースティックな形態ながらもロック然とした疾走感で魅せた“radio”、失恋の経験を逞しく過去の出来事と割り切って前を向く“あっけない”、演奏前に「人と会うっていうことってこんなに愛おしいことやったんやなって痛感してて」と胸の内を吐露し、自粛期間中の家族や友人との再開への渇望を携えて響いた“WALK”と、2曲目以降は早くも『shiny land』収録曲を立て続けに披露するニューモードで進行。弾き語りならではの緩急を付けながら真摯に歌う彼女の姿はあまりに自然体で、彼女の中で『歌う』という行為が完全なる生活の基盤として位置していて、同時に何よりの存在証明の手段であるということを、痛烈に感じ入った次第だ。


「皆さん、楽しんではりますか?オンラインライブは皆さんの顔が見えへんから、ちょっと寂しいけど。もしかしたらね、ジャスティン・ビーバーとか、トランプ大統領が見てるかもせーへんと思って。それくらい力込めて、今日はライブしてます」とポジティブなメッセージを笑顔で語ると、次なる楽曲への思いを滲ませた。


「この自粛期間中ほんまに時間があるから、いろいろ考えることが多くて。人ってあまりにも簡単におらんくなってしまうんやなあとか、そんな気持ちになったときに、いつも14歳の時に作った自分の曲に背中を押されたりとか、叱られたりすることが多くあって。……私の曲の中で一番古い、一番一緒に戦ってきた“おはなし”という曲を歌いたいと思います」との流れから緩やかに始まったのは、彼女が路上ライブ時代から現在にかけて歌い続けてきた代表曲“おはなし”だ。

 


坂口有望「おはなし」Music Video


《いつもと同じ時間に 流れるニュースは/悲しい出来事ばかりで 少し真面目にみたんだけど/心の奥のどこかで そっと思っているんだ/あぁわたしじゃなくてよかった/あぁここじゃなくてよかった》


前述のMCでも語っていた通り、“おはなし”は当時14歳だった坂口がある種俯瞰した視点で日常を過ごす上で、ふと抱いた疑問にフォーカスを当てて制作された楽曲だ。故に聴く者に絶大な当事者意識を呼び起こさせるその歌詞は正直なところ、フィクションか否かも分からない。けれども実際に絵本のストーリーのような未知のウイルスが突如として世界中を混乱の渦に叩き込み、未だ収束の見込みが立っていない現在において、“おはなし”はまた違った側面を携えて響いていた。

 


坂口有望 『好-じょし-』Music Video


その後は曲間の随所にMCを挟みつつ、青春の儚さと自己を肯定する“夜明けのビート”やYouTube上で現在1300万回を超える圧倒的な再生数を記録している代表曲“好-じょし-”、アニメ主題歌としてお茶の間に広く響き渡った“LION”、幸せは笑顔に咲くとの心理に迫った“素晴らしい日”と次々に楽曲を展開。今回のライブは徹頭徹尾坂口ひとりの弾き語りで行われたが、物足りなさを感じさせることは一切なく、それどころか原曲では多数の楽器でもって形作る楽曲はある種の新鮮さを、音数が少ない楽曲は丁寧に聴かせるなど、総じてプラスの作用を及ぼしていた印象だ。


「ツアーの中止が決まって、私はもう余命宣告を受けたような気持ちやったんですけど、ずっと落ち込んでてもしゃーないから。次みんなに会ったときに届けられるような新曲をたくさん作る期間にしようと思って、いろいろ曲作りを試したりとかして」……。ギターを下ろしてハンドマイクにチェンジし、改めてカメラの前に立った坂口は、この自粛期間中の楽曲生活について明らかにした。そうして最後に演奏されたのは、“2020”(ニーゼロニーゼロ)と題された新曲である。


「みんなのいろんなものが奪われて。その怒りを代弁できる曲ではあるんですけど、これをただただシリアスな曲として終わらせるんじゃなくて、この曲でみんなが踊れたりとか、ちょっとでも気持ちが明るくなったりするんやったら、それは凄く素晴らしいことだと思うんで」と“2020”が誕生した意図を説明した坂口は、「ぜひこの曲に怒りをぶつけたりとかして、一緒に乗り越えていきましょうね」とのメッセージを皮切りに、ライブ初披露となる“2020”を高らかに歌い上げた。


《ぶっ壊された日常/待ちわびていた日曜/目の前で閉じた会場/抵抗の迷走/街へとくり出すstepを/思い出し今日もsketchを》


“2020”は、坂口有望の代名詞とも言えるかねてよりのサウンドとメロディーを大きく覆した実験作だ。坂口のツイッターの過去の呟きでは自粛期間中にDTMに熱中しており、様々な音やリズムで楽曲作りにトライしたと綴っていたが、その言葉を体現するかの如くバックで流れるサウンドは基本的に打ち込み。更に曲の後半ではこれまた坂口史上初となるラップも取り入れられ、まさに“2020”は坂口有望の代名詞とも言えるかねてよりのサウンドとメロディーを大きく覆し、新機軸を明確に打ち出す決意の実験作とも言える。


歌われるのは、この数ヶ月間に渡るコロナ禍のリアルだ。普遍的だった日常の崩壊とそれによって生じた空白の予定、インターネット上に踊る声の数々、無機質な生活とは裏腹に頭を駆け巡る焦燥感……。そうした誰しもの思考回路に強制的なフラッシュバックを呼び起こす“2020”を、坂口はハンドマイクだからこそ可能な前のめりな歌唱や、手足を自由に動かしながらの軽やかなパフォーマンスで魅了。楽曲が盛り上がりを見せる後半部では、坂口がステージを移動して傍らにある出っ張った空間に腰を降ろして歌う場面もあり、今までの楽曲とはまた違った形で思いの丈を届けていた。


楽曲終了後に正面のカメラに向き合い「熱唱特別オンライン夏期講習、本当に今日はありがとうございました!坂口有望でした。また会いましょう!」と叫び、手を盛大に降りながらカメラの外へと移動し、画面は徐々にフェードアウト。そしてサンダルやビーチサンダル、金魚、太陽が描かれたポップネスな画像と共に『ご視聴ありがとうございました!』との言葉が大写しになった静止画でもって、この日のライブは幕を閉じたのだった。


過去にもYOASOBIやヨルシカ、King Gnu、Official髭男dismといった最先端の音楽に敏感に反応してインスタライブで弾き語りカバーを敢行したり、かつて学校帰りに街に繰り出して路上ライブを行っていた事実からも分かる通り、彼女は極めて本能的かつ愚直に音楽と向き合ってきた人間である。今回のMCでも「私ってほんまにライブ好きなんやなあと思って。食べる・寝る・ライブしたい、くらいの」と笑顔で語っていたが、それは間違いなく飾らない本心なのだろう。


けれども現在はかつての状況と大きく異なる、未曾有のパンデミックの渦中だ。思えば今年の春頃はまだライブハウスや路上ライブと共に『ライブ』というミュージシャンをミュージシャンたらしめる行為そのものが世間からの強い逆風に曝されていたし、コロナ禍から半年が経とうとしている現在こそ今回のようなオンラインライブを指示する声は多くなってきたものの、未だライブ市場が完全に元通りになる見込みは立っていないというのが正直なところだ。


目の前で耳を傾けるオーディエンスもいない今回のオンラインライブは一見、ある種の物寂しささえ感じさせる、殺風景なものに見えるかもしれない。だが今の坂口には彼女の楽曲に心酔し、真摯に応援する大勢のファンが付いている。彼女の音楽を愛する人々が存在する限り、坂口有望の音楽は、きっとどこかで鳴り響く。坂口自らが音楽という名の教鞭を執り、彼女の音楽を愛する大勢の生徒が画面越しに受講した此度のライブは、単なるオンラインライブと称するには些か語弊がある。そう。言うなれば『熱唱特別オンライン夏期講習』は言わば耳で学べ、時に笑い時に現実を逃避させる、底抜けに楽しい学びの場でもあったのだ。

 

【坂口有望@熱唱特別オンライン夏期講習 セットリスト】
紺色の主張
radio
あっけない
WALK
おはなし
夜明けのビート
好ーじょしー
LION
素晴らしい日
2020(新曲)

 

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