キタガワのブログ

島根県在住のフリーライター。ロッキン、Real Sound、KAI-YOU.net、uzurea.netなどに寄稿。ご依頼はプロフィール欄『このブログについて』よりお願い致します。

アークティック・モンキーズの新作『The Car』で、彼らはどこかへ行ったのだ

こんばんは、キタガワです。

過去にリリースしたアルバムは軒並み全英チャート1位。ワンマンがあれば転売ヤーが跋扈するレベルの即日ソールド、フェスではヘッドライナー以外あり得ない、圧倒的人気を誇るバンド。それがアークティック・モンキーズだ。そんな彼らが数年ぶりにニューアルバムをリリースすること自体には別段驚きはないが、この作品が一体どのようなものかをイメージするのは、雲をつかむような話に近かった。……何故なら、彼らはアルバムをリリースするたびに方向性を変えてきたから。

売れたアーティストには大きく分けて2種類いる。地道に活動してやっと注目されたか、処女作がいきなりドカンと売れたかだ。アクモンは完全に後者のパターンで、まだギリギリ10代だった彼らのファーストアルバム『Whatever People Say I Am, That's What I'm Not』でもって、英国のアルバム最速売り上げ記録を更新。そこからファーストを踏襲したセカンドの『Favourite Worst Nightmare』が発売される頃には人気が確立し、ここ日本でもサマソニのヘッドライナー(当時21歳・史上最年少で今でもこの記録は破られていない)に抜擢された程だ。

 

Arctic Monkeys - I Bet You Look Good On The Dancefloor (Official Video) - YouTube

彼らが売れた理由を考えたとき、ざっくばらんに言えば『スピード感と言葉数』に集約されるのではないかと思う。収録曲のほとんどが3分以内、爆速で駆け抜ける疾走感はこれまでのバンドにはなかったものだし、その中にめちゃくちゃな数のフレーズを詰め込むのもまた、当時としては異質極まりなかった。ちなみに彼らとしてはこれらは意図したものではなく、若い時期の気持ちを爆発させた結果だそうだが、とにかく。ファーストが出た瞬間、とても分かりやすい形でロックンロールが『アクモン前』『アクモン後』に二分されたのだ。

 

Arctic Monkeys - Cornerstone (Official Video) - YouTube

ただ、ファンの「もっとファーストみたいな曲が聴きたい!」という感情とは裏腹に、彼らは緩やかに楽曲イメージを変化させていった。注目のサードアルバム『Humbug』では全楽曲が3分以上の尺で収められ、サウンドは壮大だったりダークだったりと、良い意味で捉えどころのない意欲作に。そしてフォースの『Suck It And See』では歪まないギターを筆頭に、また新たなロック像を作ってみせた。後のインタビューで明かされたことだが、首謀者のアレックス・ターナー(Vo.G)は同じことをやり続けることに対して異常なまでの拒否反応があり、作品を重ねての変化はそれを象徴してのことだったという。

ただ、ともすればファンが離れてしまいそうな変化にも関わらず、彼らは人気が落ちることもなくロックシーンのトップを走り続けた。同じことを繰り返してヒットが出なくなるバンドも、逆に方向性を変えすぎて評価がバラつくバンドも多い中で、なぜアクモンは評価され続けたのか。その答えは純粋に、楽曲の持つパワーだった。一音一音を練り上げて完成させるアレックスの作曲は総合的には好意的に見られ、批評家からも大絶賛。もちろん様々な声は飛んだけれど、その都度「いや!この作品はここが良いんだよ!」の声で打ち消されるに至った。

 

Arctic Monkeys - Do I Wanna Know? (Official Video) - YouTube

そうして5枚目のアルバム『AM』にて、彼らはここにきてキャリア最大のブレークを果たす。以下の“Do I Wanna Know?”のMVは特に波形から変化しない代物にも関わらず、なんと総再生数が12億回を突破!ダウナーでもあり、どこか初期のアクモン的でもある原点回帰的なこの作品は大ヒット。ファーストのイメージはいつしか『AM』に置き換わる動きさえあり、この波形に関してもアクモンを象徴する柄として、広く知れ渡ることとなった。

……ところが、である。

 

Arctic Monkeys - Four Out Of Five (Official Video) - YouTube

約5年ぶりの新作となる『Tranquility  Base Hotel & Casino』にて、彼らは誰もが予期せぬ大改革を遂げる。まるで映画のような浮遊感と、どこか遠いところへ飛ばされたようなとりとめのない歌詞。ピアノが先行し、ギターに至っては主張を控えている……。この作品はこれまでのアクモンのイメージとは似ても似つかない、全くの別物作品としてファンを大いに戸惑わせた。このサウンドに至った理由はアレックスが全編ピアノで作曲を行ったことにあるらしいが、それにしてもこの大幅な改革はこれまでの歩みも作用して『最大の問題作』として届けられた。ただこの時期は既存曲もかなりBPMを落としてライブで披露されたりもしていたし、彼のインタビュー発言もあり、どうやら今後アクモンはこの路線で行くのだろう、というのは確定事項となった。

 

Arctic Monkeys - There’d Better Be A Mirrorball (Official Video) - YouTube

以上のあれこれを経て遂にリリースされたのが、くだんのニューアルバム。タイトルは『The Car』と名付けられ、ジャケットには殺風景な駐車場が収められるのみ。そんな『The Car』のひとつの解を示したのが、先行シングルの“There'd Better Be A Mirrorball”。ゆったりとしたサウンドで、まるで隠れ家的なバーで流れているようなムード。何だか果てしないところまで到達してしまったアルバム、というのが第一印象だった。

 

Arctic Monkeys - Body Paint (Official Video) - YouTube

良い意味でも悪い意味でもピアノピアノしていた前作と比べ、今作は少しだけロック味もあり。ただ面白いのは何度聴いてもその実態が全く掴めないこと。これがロックなのか映画のサントラなのか、そもそも何を描いているのかすら不明瞭な不思議な作品。世の中には何度も触れるうちにどんどんハマっていく作品を『スルメ的』と称する風潮があるが、まさしくこれ。例えば落ち込んでいる真夜中に聴いたとき、家で酒を飲みながら聴いたとき。寝る前……と、そのシチュエーションごとに感触も変わるんだろうなと。

確かに、今作でアクモンは爆速のロックンロールから完全に離れた。それは古参からは受け入れ難いものだろうけれど、多分今の彼らがやりたいことはそうじゃないのだ。今月の流れで行けばThe 1975、テイラー・スウィフトとのチャート争いになることは避けられないレベルの名作。日常を彩るサウンドトラックとしても、今年必要な1枚だ。