キタガワのブログ

島根県在住のフリーライター。ロッキン、Real Sound、KAI-YOU.net、uzurea.netなどに寄稿。ご依頼はプロフィール欄『このブログについて』よりお願い致します。

ブログ更新が激減した9月と、新しい活動の話

夏の暑さも落ち着きを見せつつあった9月。ブログの更新頻度はたった1回、ナナヲアカリのライブレポのみに留まった。これは当ブログ開設から5年が経った現在のワースト記録であり、ある意味とても悪しき記録を打ち立ててしまった。

1ヶ月まるまる文章と距離を置いた理由はいくつかあるが、その理由の大部分は僕が精神的不調の状態に陥ったことだった。正直今思い返してもこの9月はあまり記憶がなく、文章を書くことはおろか、これまで好きだったゲームや小説を読むことさえも辛くなってしまっていた。ひたすらYouTubeでひろゆきとディスカバリーチャンネル、岡田斗司夫ら『人生』について語られ続けるという、何だかとてもカオスな時間を続けていた気がする。

鬱の沼に嵌った、まず最も大きな要因として浮かび上がるのが、僕が新型コロナに感染したことだ。隠すのもアレなのではっきり書くが、感染の直接的な要因は8月に行ったサマソニだった。サマソニから帰った翌日に発症、そこから10日間の自宅待機……という、まあ見る人から見れば「そら見たことか」的な結末を辿った訳だ。ちなみに陽性判定を受けた日は誕生日の前日であり、看護師の方に「マジすか……俺明日誕生日なんすけど……」とふざけて語ったら、「誕生日おめでとうございます!しっかり休んでください!ガンバです!」と言われて面白かったりもした。人生でなかなか言われない言葉「ガンバです!」。しかも陽性判定in病院。

大前提として、サマソニに行ったことに後悔は全くない。どんな状況になっても、行かなければ一生後悔すると思っての参加だったし、それ相応に感染対策は全力で行った自負はあったからだ(今もマジで感染経路は分かってないです)。加えて、これは人によるだろうけれども、個人的には既に自粛の線引きは失われつつあると考えている。確かに感染対策は必須としても、どうしても行きたい場所があれば行くべき。もはや3年以上コロナに憂いてきた我々は、次のフェーズに行くべきだと思う。そんな中で、事前予想を上回るネガティブの波がドカンと襲ってきたことは、自分自身としても驚きではあったが……。

症状自体はワクチンをフルで接種していたためかほとんどなく、幸いにも自宅待機3日目にはほぼ全快。「よっしゃその間にいろいろやるか!」と意気込んではいたが、そのテンションはある日を境に一気に崩れていった。まずひとつの要因は、家庭内の環境変化だ。僕は現在72歳になる両親と暮らしているのだけれど、年齢的にもこのふたりが罹患することだけは何としても避けねばならず、こうした家庭内での『コロナうつらんやーにせんと』感は逆に間接的に、精神を持っていかれた。これまで何もなかった場所に消毒液が置かれたり、いつも和やかな食事が黙食になったり……。当然その原因は僕個人にあるため、申し訳ない気持ちに。

もうひとつは、職場の問題。今の職場は体力的にはハードだが人間関係的にはすこぶる良い環境で、結果的には戻った後もありがたいことに全員が温かく迎えてくれた。けれど実際問題としては、ただでさえ過酷な状況において『ひとりが抜けた穴を全員が埋めている』という事実はあった。そして復帰後にはみんなの笑顔が何か陰口を言っているようにも、恨んでいるようにも思えて、それらを被害妄想的に捉えてしまってまた病みが増幅。職場では常に笑顔をキープしている反面、帰宅すると生気を失う反転現象に四苦八苦。

そんな中で書こうとする文章は、当然ネガティブなものになるばかり。これまでも当ブログでは『雑記』のカテゴリーで「辛いです」「ヤバいです」といった自分の精神面を赤裸々に綴って捌け口にしてきたが、この時期ばかりは書く内容書く内容、全てが鬱日記じみたものに。そして「こんな内容をアップするべきじゃないなあ」と思った瞬間、ブログに載せる内容が完全にゼロになった。というかそもそも、5行以上の文章を書くのがまず不可能な状態になったのだ。

翻って。そうした悪循環に陥った僕だったが、これまで何度も筆を折ってきた経験から「なんでもいいから何か書かなきゃ!」との焦りはあった。そこで書き始めたのが、起承転結を考えた文章ではない、キャラクター同士のセリフで形作る死のシナリオだった。僕が屋上から飛び降りようとしている。どこかの誰かがそれを止める。その人と関わっていくうちに、新たな希望を見付ける……というストーリーを、酒に酔った勢いでスマホにバーっと書いたのが、思えばひとつの始まりだった。

文章は、これまで積み重ねてきた精神性が如実に反映されるものだ。例えば、昔から「空や草はいつも何を考えてるんだろう」と思いを巡らせていた人は自然系の絵本作家などに向いているだろうし、学生時代に純愛を経年した人なら、読者を引き込む内容の恋愛小説が書ける。じゃあ僕はと言えば「本気でしにてえ」の考えをもう何十年も続けている訳で、もうこの内容と性格の悪さを武器にする以外の手段がなかった。

 

なもんで、この9月の間は基本的にこの作品を書いていた。良いタイミングで9月末締め切りの賞レースがあったので、とりあえずそこに向けて。職場復帰してからも僕は引き続き病みまくっていたが、それが執筆にはプラスに作用した感もある。なにせ、今の自分と同じように登場人物が死にたがる話なのだから……。そこにいろいろとマンガ的要素を入れ込んだ結果、よくわからない作品が生まれてしまった。タイトルは『裏目と語れ』、作家名は『希死念慮を有する』という意味合いで、日本酒をガブ飲みしながら適当に付けた。

この作品が受賞する可能性については、あまり考えないようにしている。僕にとっては何も書けなかった時期にアップ出来た時点でプラスだし。何というか、長年シナリオライターの夢を追い続けていた人からすれば、こんな自分本位な理由で書いた作品が受賞するのも良くないのかな、とも思うからだ。しかしながら万が一、何かしらの評価を受けることがあればそれは、今後のしにたい人生におけるひとつの『生きる理由』にはなるかもしれない。

という訳で、いろいろと長くなってしまった。未遂から生還した人間と、希死念慮を奪う異星人がタッグを組むヒューマンドラマ『裏目と語れ』は上のリンクより。キャッチコピーにも記したけれど、「死にたいと思ってる人に世間は冷たいよ」の一文は常々感じていることで。前向きな人には鼻で笑われてしまうような、とても無慈悲な線引き。辛い思いをしている人たちに対して、この作品で何かを訴えるつもりはないまでも、「こんな人間もいるんだよ」という事実がもっと明るみに出れば良いなと。……加えて、ブログ含めた文章系の活動についてもここから再始動します。新たな活動もいろいろと決まっているので、いずれはアナウンスしていければ。どうか気長に。

 

amazarashi 『あんたへ』 - YouTube