キタガワのブログ

島根県在住のフリーライター。ロッキン、Real Sound、KAI-YOU.net、uzurea.netなどに寄稿。ご依頼はプロフィール欄『このブログについて』よりお願い致します。

低音ボーカルが特徴的なアーティスト5選

こんばんは、キタガワです。


世に無数に存在する音楽に欠かせない存在……それこそがメロディーよりも何よりもボーカル面であることについて、異論を唱える人はまずいないだろう。現在ではすっかり楽曲提供が浸透しアーティスト本人が作詞作曲を担わないケースも増えてきたけれど、それも唯一無二の歌声にフィーチャーし「この曲を是非この歌声で歌ってほしい」と願うからこそ。極端な話をしてしまえばどれほど『歌ってみた』的な人物が出現したとして、それらを完膚なきまでに唸らせるボーカルを担っているかどうかが、まずもって重要になっているのだ。


そして現在のトレンドに位置しているボーカルは間違いなく『高い声』にあることも、昨今の音楽チャートを参照すれば一目瞭然。なおこうした動きは日本独自と言っても良く、海外では高い声のアーティストが売れる図式が必ずしも当て嵌まらないのもまた面白いところ。これにはカラオケ文化の発達や日本人の好みの声域といった多数の背景もあるため明言は避けるが、そうした部分も含めて心底、今の音楽シーンは極めて見所のある代物と言えよう。


そこで今回取り上げたいのは、現状のシーンとはある意味では完全に逆行する『低音ボーカルが特徴的なアーティスト』だ。確かに高音アーティストは印象深く、様々な楽器にも埋もれない耳馴染みの良さがある。ただサウンドと同調する低音ボーカルの魅了というのも絶対に存在するはずで、特に今回はその中でも低音ファンに高い評価を受けているアーティストをピックアップ。一聴した瞬間に思わず反応してしまう稀有な歌声のみならず、是非ともその背景にも着目していただければ幸いである。

 

 

Bob Dylan

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言わずと知れた生ける伝説こと、御年80歳のロックシンガー、ボブ・ディラン。彼について語る時は専ら“風に吹かれて“や“時代は変る”といった代表曲にフォーカスを当てることが多いが、取り分けディランの現在地という意味で考えればやはり独特の歌声はマストだろう。 今や音楽活動歴は70年以上にのぼり、幼少期からピアノを弾き倒していたと語るディラン。ただ初期の彼は当時の時代柄なのか、歌声よりも歌詞、歌詞より雰囲気を重要視されるきらいがあって、特に先述の“風に吹かれて”などは敢えて結末をぼかす内容も合わさって「素晴らしい楽曲!」と評価を受ける一方で、根幹的な「何が理由でここまで評価されているのか」という部分についてはあまり触れられない、ある意味では酷くフワフワとした知名度だけが広がっていく類いのアーティストとしても定着していた。


そんな彼の評価が大きく変わったのは本当にここ最近で、年齢を重ねて喫煙とアルコールで変化したディランの歌声は現在ではとても渋く、また深く沈むものとなり、更には数年前あたりから歴代の代表曲を含め全楽曲を朗読するように歌うスタイルに傾倒した関係上、これまでのディランとは別物……というより長年のファンでさえも場合によっては最後まで楽曲を聴けどもタイトルが何なのかさえ不明という、唯一無二の存在へと化けたのだ。なお先述の通り、ディランはこと現在50代後半あたりの男性にとってはまさに音楽界のドンと言っても過言ではないが、そんな中新型コロナウイルスとディランのアニバーサリーアルバムのリリースが奇しくも重なったことで、自粛期間中に若者たちの音楽情報の最前線であるサブスクにディランのアルバムが大量に出現→若者がディランを聴き始めるという逆転現象も最近では発生しており、時代が変わっても再びディランの輪が広がっていることには、改めて感動を覚える次第だ。

Bob Dylan - Blowin' in the Wind (Audio) - YouTube

 

 

The Birthday

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稀代のロックシンガーことチバユウスケ(Vo.Gt)有する邦ロックの重鎮的バンド、The Birthday 。THEE MICHELLE GUN ELEPHANT、ROSSOときて現在のThe Birthdayになりもう何年も経つが、現在でも毎年コンスタントなアルバムリリース→全国ツアーの流れを崩さないライブバンドとしても知られる。加えて、彼らの絶対的人気を体現しているのがチバのボーカル面であることは言うまでもないだろう。元々ミッシェル時代にも彼の歌声は多大なる評価を受けていたが、まるで水のように日々バドワイザーを愛飲したり、タバコを吸ったりという歳を重ねるごとに我が道を行くチバの日常生活が影響してか、次第に歌声は低くなり、それが時に激しく時に穏やかに展開するThe Birthday楽曲に合致。結果不動の人気に繋がったのだろうと推察する。しかしながらある種破滅的な生活もチバ自身は理解しており、理解していながらもこうした日々を意図して過ごしつつアルコールや喫煙以外の日常は朝型、菜食、早めの就寝と健康的なので、別段外野がどうこう言うべきではないことも周知の事実だ。


ともあれ先日リリースされたニューアルバム『サンバースト』では緊急事態宣言下で制作されたからか比較的穏やかなロックアンセムが並び、彼の歌声の真髄を体現するキャリア最高の傑作に。もちろん全楽曲の総指揮はチバ担当で、今後はセットリストの大半を担うアルバムになりそうな予感。低く滑らかなボーカルとメロディーが奇跡的にマッチした現在のThe Birthdayは紛れもなく、ロックの最高地点に居る。

 

 

The Birthday - 月光 - YouTube

 

 

踊ろうマチルダ

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日本全国津々浦々、機材車に乗り込んでふらりとライブを行う歌うたいこと踊ろうマチルダは、今回紹介する『低音ボーカルが特徴的なアーティスト』の中では極めてマイペースに活動を行っていた人物と言える。彼が一躍その名を示したのはとある戦争ドラマの主題歌に抜擢された“箒川を渡って”で、アコーディオンの調べに乗せて朗々と歌い上げる特徴的な歌声が話題となり、まさしく知る人ぞ知るアーティストとして認知されるに至った。 


ただメディアへの出演経験もほぼなければチケットも手売り、CDも自主制作盤が大半とその注目度と反比例してフリーランス的な音楽活動を行うことから、彼について深く知る人はとても少ない、本当にミステリアスな人物として位置しているのも重要点のひとつ。実際、筆者も個人的に何度かライブを拝見したことがあるがその時もマチルダ自身が巨大な機材を運転して来ていたし、ひとたび「CDありますか」と問うとCDを懐から取り出し、その場で1000円を払って終わり、というDIYぶりだったが、そこで改めて気付いたのは彼の地声はどちらかと言うと高い部類だったことだったりもする。現在、踊ろうマチルダは『踊ろうマチルダ』としての音楽活動を引退。2019年以降はまた新たな名義で活動するとしているが未だアナウンスはないまま2年が経ち、公式ホームページも閉鎖されている。先日久々にツイッターが更新されて歓喜に沸いたが「CDを作ったけど売り方が分からない」との旨を発信するもまた再び沈黙を続けている。その姿も実に彼らしいと言うものだ。

 

『ああ素晴らしき音楽祭vol.2』踊ろうマチルダ "ギネスの泡と共に" - YouTube

 

 

Louis Armstrong

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代表曲“What A Wonderful World(この素晴らしい世界)”をはじめ、こと海外では知らぬ人などいないブラックミュージックの最重要人物との呼び声高いルイ・アームストロングも、ハスキーボイスの使い手として有名な人物だ。彼の音楽との出会いは祭りで誤って拳銃を発砲してしまい収監された少年院でのコルネットで、以降の彼がその剽軽な性格もあり俳優とミュージシャン業を両立していた、というのは代表的な話だが、それ以上にアームストロングにとって代表的な代物こそ、まるで地を這うが如き低音ボイスなのだ。


彼が亡くなったのは今から40年以上前の出来事で、我々の父親世代はもちろん、若い人たちにとっては存在すら知らないと語る人も多いことだろう。しかしながら“What A Wonderful World”を筆頭とした彼の楽曲を一度も聴いたことのない人は少数派であり、そうした意味でも「印象的な音楽は時代を超えて愛される」ということを文字通り示している。特に彼の歌声についてはジャズ要素と強く絡んだ粘り気のある独特の低音が人によっては感動や哀愁、幸福などその時々によって印象が千変万化する様を評価されており、単に「歌が上手い」の括りでは語れない魅力に溢れたものである、というのは先人たちが紐解いてくれているので、そちらにも着目すると彼の素晴らしいボーカリゼーションを改めて深く知ることが出来るはず。

 

Louis Armstrong - What A Wonderful World (Official Video) - YouTube

 

 

T字路s

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ラストに紹介するのは伊東妙子(Vo.Gt)、篠田智仁(Ba)による男女混合ブルースデュオ・T字路s。彼らは今回取り上げるアーティストの中では唯一、女性ボーカリストを有するデュオである。当然「女性なのにハスキー」という一部分を切り取ったとき疑問を抱く人も少なからずいるだろうが、以下の楽曲に触れた瞬間、疑問は直ぐ様霧散すること請け合い。その衝撃は是非とも貴方自身の耳で体感してほしいところだ。


ミニマルな音像を強く意識した曲調、柔らかな楽器の調べ……。そこに伊東によるボーカルが加わったとき、T字路sは圧倒的な存在感を纏う。なおT字路sは現在では主に単独、或いは自然的環境下で行われるフェスに出向くことが多く、逆に対バンイベントなどは然程出演しないことでも知られているが、確かに彼らの特徴的な音楽を聴いてしまえばその日のハイライトが彼らになることは確実で、理にかなっているようにも思う。加えて、彼らがここまで頭角を現した背景にあるのはやはり自然的フェスによるところが大きく、それこそフジロックも同じくだがフラっと会場内を歩いていてT字路sの音楽が聴こえ、予備知識なしで沼に嵌まってしまった、という動きも少なくない。それでなくとも楽曲全体に魅了がふんだんに含まれているので、興味を持たない方が無理と言うものだ。

 

『ああ素晴らしき音楽祭vol.5』T字路s「泪橋」 - YouTube

 

 

性格、顔、雰囲気……。生来変えることの出来ない要素はたくさんあるが、その中でも不変なのが声質だ。思えば1億人以上の人々を数えてもひとりとて同じ声質の人物はいないし、だがその実強弱や高低、雰囲気、トーンなど、相手に伝える印象の大部分を持っていってしまう代物でもある。そんな中アーティストを志す人々は本当に音楽が好きな人たちだけが目指すものであって、それこそブレークを果たしたアーティストに目を向けて見ても生まれ持った声質と努力が最大の形で発現した結果が名声である、ということにもなるのだろう。


今回紹介した『低音ボーカルが特徴的なアーティスト』もまた、おそらく様々な一般仕事(営業職や事務職等)では花ひらかない。それこそボーカリストとして位置したとき、これ以上ない魅力に繋がる個性だ。冒頭に記したように現在の音楽シーンは高く突き抜ける声が有利とされているが、それは音楽を普段ほとんど聴かない一般層に照らした場合のみ当て嵌まる話。当然その中には低音を欲している人もいるはずで、総じて今回の記事がそうした少数派の音楽好きたちに少しでも刺さってくれれば、これほど嬉しいことはない。