キタガワのブログ

島根県在住のフリーライター。ロッキン、Real Sound、KAI-YOU.net、uzurea.netなどに寄稿。ご依頼はプロフィール欄『このブログについて』よりお願い致します。

素顔を公開したアーティスト5選

こんばんは、キタガワです。


発展を遂げる音楽シーンの中で今取り分け大きなブームを巻き起こしているのが、匿名性を極める所謂『素顔を明かさないアーティスト』であることは、もはや疑う余地がない。ヨルシカ、ずっと真夜中でいいのに。、amazarashiらを筆頭に、昨今ではAdoやりりあ。、ひらめといった姿を見せないティーンアーティストにも注目が集まっている。総じて改めて現代の音楽シーンを振り返ると、素顔を明かさないアーティストの距離感は我々リスナーに年々近付いていることが見て取れるはずだ。


かつて当ブログでも『素顔を見せていないアーティスト12選』と題し、メジャーインディー問わず様々な素顔非公開のアーティストについて記述してきたが、今回はその逆……。活動当初は素顔を非公開であったにも関わらず、一転ある時期より突然素顔を公開するに至ったアーティスト5組に焦点を当てて記述していきたい。なお今回に限り各アーティストの紹介文の下にはMVをふたつ掲載していて、上が素顔公開前の楽曲、そして下が素顔公開後の楽曲と前後を比較出来る試みにも着手。その風貌の変遷と共に、楽曲自体の作品性、歌詞の変化などその深みに興味を抱いてもらえれば幸いである。

 

 

CHiCO with HoneyWorks

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音楽クリエイター・HoneyWorksがボーカルにCHiCOを迎えて結成されたポップバンド、チコハニ。処女作のリリースからインターネットシーン発のアーティストとして第一線を走り続けている彼女たちだが、その結成は8年前であり、何気にグループとしての活動歴は長い。ただチコハニのその幾度ももたらされた爆発的なバズとは裏腹に、メディア出演時には直筆のコメントやCHiCOの声のみの露出に徹しており、素顔を明かすことはこれまで一切なかった。彼女の素顔を知る者は実質的には実際にライブに赴いたファンのみで、当然ながら写真撮影といった拡散の可能性が少しでもある行為については全面的に禁止する手法を取っていた関係上、長年CHiCOについては「可愛い」「綺麗」など抽象的なイメージばかりが先行していた。


そんな状況が一変したのは2020年。今やYouTubeの一大トピックのひとつとなった一発録りの生ライブエンタメ『THE FIRST TAKE』で、CHiCOの素顔は突然解禁されたのだ。元々はチコハニが出演すること自体明かされていなかった当企画。必然ライブ映像の収録すら今までほぼなかったチコハニが出演することが決まった時点でも大きな衝撃として広がったが、更に驚くべきはその内容であり、サムネイルに映っていたのはなんと約8年間素顔を隠し続けてきたCHiCOその人で、これがチコハニ史上初となる、ライブ以外での素顔を公開した映像となった。


2020年にリリースされたアルバム『瞬く世界にiを揺らせ』では今まで一対一の恋愛を歌ってきたチコハニにとって、新機軸とも言うべき楽曲が並んでいた(推しへの愛、家族愛、姉妹愛など)ことからも、コロナ以後のチコハニの中で確かな意識改革があったことはほぼ間違いない。今回の素顔解禁もその意識改革の一環として位置しているはずだが、概ねファンの反応は良好。THE FIRST TAKE以後、素顔のCHiCOのアクションはほぼなく沈黙を続けているけれど、今後は素顔のCHiCOによる等身大の言葉と歌でもって、様々なリスナーに急接近する日も近いだろう。

 


CHiCO with HoneyWorks 『世界は恋に落ちている』


CHiCO with HoneyWorks 13thシングル『鬼ノ森』

 

 

 

パスピエ

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今や変幻自在のポップ集団として頭角を表すパスピエも思えば、当初は素顔を公開しないミステリアスなバンドだった。パスピエの主要人物と言えば、作詞+フロントウーマンたる大胡田なつき(Vo)と、そのクラシック畑で育ったバックボーンで作曲の中心部を形作る成田ハネダ(key)の2名。早くして四つ打ちロックシーンの仲間入りを果たした彼らであるが、アーティスト写真は当時全て大胡田画伯のイラストが用いられており、MVもメンバーの首から下のみを映したものや、顔面に加工を施したものばかりで、実際ロックバンドの聖地との呼び声高い日本武道館公演を収めたDVDでも、約2時間に渡りカメラはやや遠くからの撮影に徹し、表情はほぼ映っていない。


そんな彼らは自身3枚目となるフルアルバム『娑婆ラバ』リード曲たる“裏の裏”のMVから徐々に素顔の一端が明らかとなっていき、アニメ『境界のRINNE』のOPとなった“トキノワ”のMVが投下された頃には、いつしかパスピエは素顔を完全に公開するようになった。これには度重なる新譜のリリースによりライブの比重が大きくなったことと、注目度がアニメのOPへの抜擢により飛躍的に高まったためであろうと推察するが、その選択が間違いではなかったと証明するように、後のパスピエは更なる高みへ到達。ライブ本数の増加のみならず、楽曲についてもかつてのロック然としたサウンドから広がりを見せ、雑多な曲調を網羅。言わば『パスピエ』というひとつのジャンルを確立した感さえある。


新型コロナウイルスの影響により、ライブ活動に強制的なブレーキがかけられた音楽シーン。かねてよりライブに重きを置いてきたパスピエも例に漏れず、ライブ活動に多大なダメージが及ぶ事態となったが、彼らはそんな渦中においても精力的に制作を続け、遂には新作アルバム『synonym』をリリース。その振り幅の大きい楽曲群に改めて驚かされる結果となった。コロナ収束後は一段とパワーアップしたパスピエが目の前に現れる……。新たなパスピエの楽曲を聴くたび、そんな確信にも似た予感が心を擽って離さない。

 


パスピエ- S.S  Music Video


パスピエ - ハイパーリアリスト , PASSEPIED - Hyper Realist

 

 

ミオヤマザキ

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言葉のナイフとも称すべき鋭利な歌詞で、主に20代の女性を中心に絶大な人気を誇るロックバンド、ミオヤマザキ。彼女たちの魅力と言えばセックス、浮気、自殺願望、精神的不安定を忌憚なく楽曲に落とし込むその強いワードの数々。実際メジャーデビュー以後もその切れ味は一切鈍ることなくむしろ一層の磨きさえかかっているが、ミオヤマザキはデビュー当初はまだ顔出しをしておらず、そのダークな楽曲の存在も相まって異端なバンドとして語られることも多かった。それどころか実際のスレ(ミオヤマザキのライブの俗称)でも照明が基本的に暗く設定されている関係上、ライブでも場所によってはほぼ姿が見えないという匿名性も、長らくキープし続けてきた。


そんな彼女たちのスタンダードが改められる契機となったのが、2019年に行われた全国47都道府県を回る無料ワンマンツアー。このライブでは公演終了後に即刻出口を4名のメンバーに塞がれ、メンバーと直接会話をしなければ会場から出ることすら叶わないという悪魔的な布教活動でもって、距離感をグッと縮める試みが(半強制的に)行われた。僕自身もこのライブに参加した身だが、無論今までほぼ素顔を見ることが出来なかったミオヤマザキの全体像を目に焼き付けるのに必死だったことを今でも覚えているほどだ。


そして翌年の12月には暗がりながらも素顔を公開した新たなアーティスト写真を投下、ファンを大いに驚かせるに至った。以降新たに投下されたMV“じゃあどうやったら愛してくれんだよ”では完全にメンバーの素顔が露になり、今まで実質的な非公開状態であったライブ映像についても次々ツイッターへの公式投下を始めたミオヤマザキ。かつては架空の存在的に重々しいリアルを歌ってきた彼女たちだが、今後は生身で、より直接的に心中を掻き乱しにかかる。生半可な気持ちで楽曲を聴いて寝首を掻かれないよう、精々気を付けることだ。

 


ミオヤマザキ デビューシングル「民法第709条」リリックビデオ


【じゃあどうやったら愛してくれんだよ】ミオヤマザキ - MV -

 

 

H△G

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インターネットシーン発、青春期の葛藤や胸の痛み、そしてその蒼さを言葉やサウンド、デザインで表現する稀有なクリエイター集団・H△G(ハグ)。かつて当ブログで記した『素顔を見せていないアーティスト12選』でもその匿名性について取り上げたが、H△Gは3月1日になり、ボーカルChihoの素顔を公開。当ブログのみの話で言えば『素顔を見せていないアーティスト』と『素顔を公開したアーティスト』の両記事でH△Gの名が刻まれる、稀有な結果となった。


元々H△Gは、人気アニメソング“君の知らない物語”に多大なるインスパイアを受け制作された“星見る頃を過ぎても”の時点で、表情の一部をカメラに収める試み自体は行っていて、Chihoにピントをあえて合わせない形を取っていたとはいえ完全に素顔が非公開であったとは言い難い。しかしながらH△Gのメディア露出が極端に少ないことや、ライブでも基本的に会場は東京近郊、それでいて本数も少ないために倍率が非常に高い関係上、彼らの素顔が公になることはライブ含めても長らくなかった。


そんな中、卒業シーズンである3月1日、H△Gはこの数日前に公式ツイッター上にて行った宣言通り“卒業の唄”のMVを公開。しかしながらその内容については赤髪の女性が主演を務めるとの断片的な事柄しか明かされておらず、どのような代物となるかは不明であった。ただ翌日に公開されたMVの概要欄にて、この赤髪の女性こそボーカルであるChihoその人であるという衝撃的な事実が判明。“星見る頃を過ぎても”時代とは全く異なるそのビジュアルも相まって、強い印象を与えたことだろう。昨今のH△Gは人気アニメ主題歌に起用された“瞬きもせずに”がブレイクし、緩やかにニューカマーの階段を登りつつある。おそらく素顔を公開したことで、今後のメディア展開も広く深く変化するはず。H△Gの存在を未だ認知していない音楽ファンは、絶対に今を逃す手はない。

 


【公式】H△G(ハグ)「星見る頃を過ぎても」MV


【公式】H△G「 卒業の唄 」Music Video( アルバム「瞬きもせずに+」収録曲 )

 

 

YOASOBI

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今をときめく『小説を音楽にするユニット』ことYOASOBI。彼らは今回紹介するアーティストの中では唯一、素顔を公開しない時期に日本国内を巻き込む大ブレイクを果たし、完全に世間がYOASOBIの存在を認知している状況下で徐々に素顔を公開。最終的にはCD媒体として正式なリリースなし、活動2年目としては異例のタイミングでの紅白歌合戦出場を果たすに至った。


もはや誰もが知る流行歌となった“夜に駆ける”が記憶に新しいYOASOBI。けれどもこの楽曲がバズを記録した際、アーティスト写真はMVのワンシーンを切り取ったもののみが使われていて、必然YOASOBIの中心人物たるAyaseとikuraのイメージとしては多くの憶測が混在。ファンの間で議論が交わされていた。だがYOASOBIは程なくしてメディアに素顔を大々的に公開。加えて雑誌のインタビューや作曲風景の暴露、バラエティー番組出演とかつての彼らのイメージとは打って変わって、広く存在をアピールするようになった。


おそらくそうした試みは今思い返すと、紅白歌合戦ないしは更なる飛躍の布石であったように思うが当時まだ未成年であったikura(幾田りら)と、口ピアス+タトゥーのおよそ作曲イメージとは対極に位置するAyase(コンポーザー)の対照的な風貌は広く話題に。周知の通り紅白歌合戦後YOASOBIの活動は本格化の一途を辿り、2021年には待望のEP『THE BOOK』のリリース、各種タイアップへの起用、果ては著名なアーティストへの楽曲提供+ボーカル参加と、その躍進ぶりは枚挙に暇がない。そんな中でも最近は紅白歌合戦やCDTV、オンラインライブ等で魅せる肉体的なパフォーマンスを見ていると、やはりYOASOBIはバンドとしての強い求心性も備える稀有なアーティストであると改めて思うし、逆に言えば大爆発へと導くシナリオのひとつに『素顔を出す』とのアクションが、初めから組み込まれているように思う程、様々な面でYOASOBIはデビューから今までの道程自体が完全な形で完成され尽くしている印象さえ受ける。

 


YOASOBI「夜に駆ける」 Official Music Video


YOASOBI - 群青 / THE FIRST TAKE

 

 

……さて、いかがだっただろうか。素顔を公開したアーティストの世界。


冒頭で記述したずとまよ、ヨルシカらの存在と、そうしたアーティストが今の音楽シーンの第一線をひた走っていることからも分かるように、現代の音楽シーンでは生身の人間としての存在感以上に、楽曲の持つ印象度がものを言う、徹底した音楽至上主義の状態にある。故に紹介したアーティスト5組も、悪い表現をしてしまえば「素顔を公表する必要性が真にあったのか」と問われれば、難しいところもある。ある一定数のファンの中には「ミステリアスな存在でいてほしかった」と望む者も少なからずいるだろう。


ただ、素顔を彼らが公開した背景には、今後の音楽活動を円滑に進めるため以上に、行く行くは我々ファンにとってもプラスになると見越しての判断であるということは、ゆめゆめ忘れてはならない。……虚像から実像へと変化したアーティストたちは今、より肉体的に自らの存在をアピールしている。素顔公開前と公開後を比較して楽しむのもまた一興。是非とも今記事を契機とし、読者貴君には今回紹介した5組のアーティストの更なる深みへと突き進んでいってもらいたいと強く願って、ひとつの締め括りとしたい。それでは。