キタガワのブログ

島根県在住。文筆。rockinon.com外部ライター等。

映画『罪の声』レビュー(ネタバレなし)

こんばんは、キタガワです。


日本には、古くから無思考な言動を戒める数々の諺が存在する。その中で広く知られているのは『口は災いの元』と『目は口ほどに物を言う』とのふたつの似て非なる諺だろう。前者は不用意な発言は自分自身に災いを招く結果になる。故に言葉は十分に慎むべきとの意味を持ち、後者は言葉で偽っていても目を見れば本心がわかるというもので、つまるところ現代に生きる我々は意識的な言葉の取捨選択を駆使し続けることで良好な人間関係を維持でき、更に広いレンジで語るならば『生きていく』ことが出来るのだ。

 

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冒頭から突拍子もない文章を綴ってしまったが、これには当然理由がある。そう。現在公開中の映画『罪の声』は言わば、上記のふたつの諺を明確に体現するミステリー映画であると称すべき代物であるためだ。


映画は複数の菓子に塩酸を混入するとある未解決事件がニュースに取り上げられるシーンから幕を明ける。京都でテーラーを営む主人公(星野源)はそのニュースを横目で見ながら、ふと古びた箪笥上段に置かれた箱を見付け、おもむろに手を伸ばすとそこにあったのは小さな録音テープ。録音されていたのは幼少期の自分の肉声で語られた、かの未解決事件の犯行声明だった……。以上がこの映画の大まかなあらすじであり、以後の物語は偶然発見した『罪の声』の真実へ迫る、悲しきラストへと突き進んでいく。エンドロールにて「この映画の一連の流れはフィクションである」との一言が大写しにされるけれども、この事件は完全なるフィクションではなく1984年と1985年に実際に起こり、そして2000年に時効を迎えた『グリコ森永事件』をモチーフにしており、犯行の手口も脅迫文も、およそwikipedia等で観ることが出来る事件概要と非常に似通っている。


けれども現実でも映画内でも、グリコ森永事件(映画内では劇場型犯罪と呼ばれる)は未解決事件として捜査が既に頓挫しており、そうした中で自身が事件関係者であると知られた場合、幸福な生活さえ失われてしまうのは明白。万が一真実が判明したとして、最後に待っているのは残酷な真実とマスコミに追われる生活のみであり、むしろ一生の枷として背負い続けるマイナスの部分の方が圧倒的に多いだろう。けれど主人公はそれでも真実を知ることを選び、奔走する。


無論、上記の事実をひた隠しにしながらも妻子や仕事関係者に内密に、単独で真実究明に乗り出す主人公のアクションは、関係者からの猜疑心を生むこととなる。冒頭に長々とふたつの諺を記したが、ズバリ『目』と『口』の無意識的な動きこそがこの映画を語る上で最も重要で、また人間という生物の一種欠陥的な隠しきれない本心を、何よりも饒舌に物語っている。無関係な素振りを見せても『目』は忙しなく宙を舞う。1時間も話をすれば、ふいに『口』からポロっと溢れる真実。その光景にはっと思い直り、しきりに『目』で訴え続ける。それでも頑なに真実を語らない人間には嗚咽混じりに『口』で情に訴え、秘密の鍵を抉じ開ける……。こうした『隠す目』と『語る口』という奇妙な部位の存在が、最終的にこの映画を解決へと導いていくのだ。


この映画は自身の声が犯罪に使われていたことが発覚する衝撃の開幕から、ラストにかけて徐々に熱を帯びていくタイプの作りになっている。故に人によっては冗長に感じる部分も否めず、対して重要な登場人物だけを考えても10人以上出演することや過去・現在を頻りにスイッチする目まぐるしい展開も、やはりミステリーとしては少々複雑。しかしながら、自分自身が犯人の片棒を無意識に担いでいたという『絶対的にバッドエンドになるラスト』を完璧な着地で締め括ったのは、素直に感動した部分である。端的に言えば「無理がないラスト」としてしっかりオチを付け、それでいてある種ダラつくようにも思える展開が全て伏線であったかの如き壮大さで回顧させていて、素直に「良い映画を観た」との感想を抱かせる代物としてスッキリ終える。邦洋問わず様々な映画で考えても、なかなか出来ない芸当。


多少気になる部分はあれど、140分という映画としては長尺となった本編は映画特有の読後感もある。尚且つノンフィクション作品のフィクション化としても成功した印象で、総合評価は以下の通り。未解決事件に個人で挑む主人公の戦いは、是非とも劇場で刮目すべし。


ストーリー★★★★☆
コメディー★★★☆☆
配役★★★☆☆
感動★★★★☆
エンターテインメント★★★★☆

総合評価★★★★☆

 


映画『罪の声』予告【10月30日(金)公開】