こんばんは、キタガワです。
テンションの上がったときや辛いときに聴きたい音楽があるように、音楽家というクリエイティブな職業は自身の思いを歌詞とメロディーに落とし込むことから、制作者のその時々の精神性と完成作品がほぼイコールに至る稀有な職業である。事実星野源や斉藤和義といった名だたるアーティストが「当時の自分が精神的に落ちていたためこうした曲調になった」「この楽曲は○○にハマったときに出来た曲です」と頻繁に語っていることからも分かる通り、当時の自身の思いや嗜好というのは音楽にも反映されやすく、同時にそうした強い思いが楽曲完成時の達成感にも繋がっている。
しかしながら結成当初こそ「こういう感じでバンドをやろう」と思っても、年齢と日常生活を重ねるごとに方向性が変わるアーティストというのは多く存在し、「1stアルバムと最近のアルバム、曲調全然違うじゃん」と感じることもしばしばある。そこで今回は様々なアーティストの中でも群を抜いて、初期とは大きく曲調が変化したバンドに焦点を当てて5組を紹介する。なお今回、各アーティスト紹介の下部には『かつての音楽性』と『今の音楽性』を比較したふたつの楽曲の公式MVを載せている。長い年月を経て変遷したその過程を辿ると共に、双方をじっくり聴き比べた上で果たして自分の好みなのは新旧どちらのサウンドなのか、との個人的比較についても思いを馳せてみてほしい。
avengers in sci-fi
同期をほぼ使わずに極力人力で、多種多様なエフェクターを繋げて四次元的サウンドを鳴らすアベンズの音楽は、当時『ロックの宇宙船(スペースロック)』とも称され、日本においてギターとベースの新たな可能性を開拓した稀有なバンドである。実際のライブでは足の踏み場が見つからないほどにエフェクターが並び、その光景はまさに要塞。足元のペダルを踏むたびに聴いたことのないサウンドが響き渡る、あまりに独自性の高いバンドとして確固たるオリジナリティーを築いていた。
けれどインディーズ時代のアベンズの特長であった、端的な言葉の羅列でファストチューンを奏でる手法はメジャーデビュー以降は極端に鳴りを潜め、いつしか彼らがメジャーレーベルを離れて個人事務所に落ち着いた頃には、本人たちの『自分たちが今鳴らしたい音楽像』とかつてのアベンズの音楽は酷くかけ離れていることを核心的に理解。そして今ではiPhoneのアラーム音からSNSを中心とした現代社会へメッセージを投げ掛ける『Unknown Tokyo Blues』、政府や世の中への怒りを具現化した『Dune』といったアルバム群を筆頭とした緩やかなグルーヴで魅せる形へと変化。更には国内バンドでは珍しくVJ(映像技術)をライブに用いたり音源をデジタル専用リリースするなど、新たなアベンズのリアルを日々体現している。
前述の通り、かつてのアベンズは徹底してアップテンポな楽曲を中心に展開してきた。そして彼らが先導した所謂『四つ打ちロック』と呼ばれる楽曲展開はいつしかKEYTALKやKANA-BOON、クリープハイプやTHE ORAL CIGARETTESといった若手バンドにも強く伝播。昨今の日本のバンド界隈では誰が何と言おうと間違いなく、ライブで分かりやすく盛り上がる四つ打ちでかつ速いロックというのは必修科目と化している。
バンドの中心人物である木幡は最近のインタビューにて「日本の音楽シーンは画一的で、テンプレートがあるようなものが多くなってきている」と語っていた。そしてこの発言は同時に、かつての自分たちが今の音楽シーンの基準を作ってしまったことへの思いも強く含まれている。だからこそ彼らはいつまでもニューモードを崩さず、前衛的な試みを続けることが出来るのだろう。
[PV]avengers in sci-fi NAYUTANIZED
avengers in sci-fi - I Was Born To Dance With You [Official Music Video]
Arctic Monkeys
音楽誌内ではマンチェスター出身のロックバンドとして名を馳せたoasisを引き合いに出し「oasis以来の衝撃」とされ、国内最大級の洋楽フェス・SUMMER SONICでは史上最年少でのヘッドライナーに起用(当時彼らは21歳)。あれから数十年が経った今も未だ根強い人気を誇っており、現在におけるロックバンドきっての重鎮と言えよう。
そんな彼らの独自の試みとして挙げられるのは、矢継ぎ早に繰り出される散弾銃とも言うべき圧倒的言葉数と、それに比例して加速度的に疾走するサウンドメイクである。
彼らの名を欲しいままにした“I Bet You Look Good On The Dancefloor”や“When The Sun Goes Down”といった楽曲群に顕著だが、アークティック初期に作られた楽曲(1st、2ndアルバムあたり)はとにかく速い。けれども活動を続けるうち、彼らのある種生き急ぐような性急な音楽性はアルバムをリリースするたびに薄れていき、3rdアルバムではダークな曲調、4thアルバムでは音数を減らし、5thアルバムはヒップホップに着手。そして最新アルバム『Tranquility Base Hotel & Caino』ではムーディーな歌謡曲的サウンドに変貌を遂げた。
Arctic Monkeys - I Bet You Look Good On The Dancefloor (Official Video)
Arctic Monkeys – I Bet You Look Good On The Dancefloor live at Maida Vale
ちなみに未だ旧作のファンに賛否が分かれるこれらの行動は、意図して「BPMを遅くしよう」「言葉数を減らそう」とした訳ではなく、純粋に「前と同じような曲を作りたくない」とのバンド内の意志が色濃く反映された結果であると後のインタビューで語っている。そしてその発言を体現するかのように最近のライブでは前述した代表曲“I Bet You Look Good On The Dancefloor”もBPMを大幅に落とした形で演奏されており(上記動画参照。上は活動初期で下は最近の演奏)、ドラム担当のマット・ヘルダースは「昔の楽曲を演奏すると嘘っぽく感じてしまう」とまで一蹴するなど、今のアークティックは昔の面影が皆無であるどころか、本人たち自らかつてのアークティック像を遠ざけようとしている感すらある。
ここまで書き連ねてきたが、海外音楽シーンにおいてこの変化は実に好意的に捉えられている。実際1stと比べて180度変化したニューアルバムの評価も高く、今やフェスに出ればトリ確定、チケットは瞬殺と何度目かのブレイクを果たしているアークティック。個人的にはやはり初期の音像が好みなのだが、読者貴君の好みは果たしてどちらだろうか……。
Arctic Monkeys - Brianstorm (Official Video)
Arctic Monkeys - Four Out Of Five (Official Video)
毛皮のマリーズ
古き良きロックンロールを鳴らす稀有なロックバンド、毛皮のマリーズ。ロックファンから絶大な人気を獲得していた矢先、突如ラストアルバム『THE END』をもって解散を表明。なおこのアルバムは当初『毛皮のマリーズのハロー!ロンドン』なる別タイトルで発売が決定していたが、店頭に置かれるまで関係各所に厳重な緘口令が敷かれており、発売当日に買い求めたファンによる悲痛な叫びがネットに踊ったとか何とか。
まず角の立つ言い方をしてしまうと、毛皮のマリーズは所謂『志磨遼平バンド』であり、全作曲の作詞作曲は元よりメンバー全体の演奏指導、セットリスト、MCに至るまでバンドを司るほぼ全ての決定権、及び運営方針は彼が担っている。言わずもがな、解散もアルバムタイトル変更も志磨のアイデア(というより独断)なのだが、彼の意見が最も極端な形で発現した一幕が、2011年に発売されたアルバム『ティン・パン・アレイ』である。
このアルバムがバンドシーンを揺るがす大問題作とされた理由はひとつ。メンバーの演奏する楽器の音がほぼ入っていないためである。そう。今作に収録された全ての楽曲は管楽器やオーケストラを軸にしたもので、志磨がメンバーに黙ってひとりで作詞作曲とレコーディングを進め、世に送り出したのだ。
無論、レコーディングの時点で数十人の楽器隊を率いていたこのアルバムの楽曲群をライブで再現など出来るはずもなく、結果『アルバムのリリースツアーにも関わらずアルバム曲を一切披露しない』という前代未聞の試みが成された。なお志磨はこのアルバムのリード曲“愛のテーマ”を指し「もう二度と出来ない人生で一番良い曲が出来た。でも僕が作った一番素晴らしい曲がロックじゃなかったというのは、とても驚いている」と語っている。
前述の通り、この数年後に毛皮のマリーズは解散。そして首謀者・志磨は解散から僅か数十分後に新バンド『ドレスコーズ』を結成し、アニメ主題歌を手掛けるなど多大な活躍を博したが、ある日を境に志磨を除く全メンバーが脱退。現在は志磨ひとりのソロバンドとして、全国各地を回っている。
毛皮のマリーズとドレスコーズを解散に導いた独善的フロントマン・志磨遼平。彼はドレスコーズ解散後のインタビューにて「これで前科2犯ですよ、僕」と自虐的に語っていたが、今や全く新しい音楽を探求する志磨を見ているとやはりこの解散は必然であったとも、運命的だったのだとも思うのだ。
BOOM BOOM SATELLITES
今でこそONE OK ROCKやMAN WITH A MISSIONなど、日本と同等かそれ以上に海外で評価されるバンドも多い中、海外進出の火付け役とも謳われるバンドが、ブンブンサテライツである。
彼らの知名度を飛躍的に引き上げた契機となったのは、CMソングにも抜擢されお茶の間に鳴り響いた“KICK IT OUT”。歌詞と曲展開を出来る限りシンプルに研ぎ澄ませ、キャッチーかつ爆発的な魅力を備えた独自のサウンドはロックシーンのみならず一般大衆の耳にも深く刻み込まれ、結果としてブンサテの存在を広く知らしめることとなった。
けれども“KICK IT OUT”直後、バンドには暗雲が立ち込めるようになる。それはボーカル・川島道行の体を蝕む脳腫瘍の進行である。川島の脳腫瘍の存在は活動当初から公表されており、ファンにとっては周知の事実ではあった。しかし川島の体調は年を追うごとに悪化の一途を辿り、“KICK IT OUT”のブレイクから8年後の2014年には、医師から余命2年の宣告を受けるに至った。そして宣告から2年後の2016年に、川島が逝去(享年47歳)。バンドは27年間の活動に幕を降ろした。
……川島が亡くなる前に作られたアルバムが、今回取り上げる楽曲“A HUNDRED SUNS”を有した『SHINE LIKE A BILLION SUNS』である。このアルバム制作時点で川島の脳腫瘍は深く進行しており、今作に残された川島の歌声は言わば、最期の存在証明であったようにも感じてしまう。必然的にサウンドはアルバム通してスローテンポであり、かつての“KICK IT OUT”と比較すると少ない音数でじっくり聴かせる形の音楽性に変化していることが分かる。
なお下記の“A HUNDRED SUNS”では、闘病中の身ながらビルの屋上で高らかな歌声を響かせる川島の姿が映し出されている。このアルバムは事実上の川島の遺作となり、同時にブンサテ最後の作品となった。未だにファンのみならず、ロックシーン全体で不朽の名作と謳われる名盤。
BOOM BOOM SATELLITES 『KICK IT OUT-Full ver.-』
BOOM BOOM SATELLITES 『A HUNDRED SUNS』
OGRE YOU ASSHOLE
かつて若手注目株としてロックシーンに現れたOGRE YOU ASSHOLE(オウガユーアスホール)。かつて彼らは四つ打ちのロックを鳴らす至って教科書的なバンドであったが、2011年発売のアルバム『homely』から、あまりに極端な変貌を遂げた。
『homely』では徹頭徹尾、所謂ロック然とした楽器の音色は主張を潜め、女性の話し声や鐘の音、更には風や海といった環境音を大胆に取り入れる前衛的な試みを行うことにより、総じて「ロックバンドかくあるべし」との固定観念を根本から問い質す問題作と化した。
何故突如として前述したサウンドメイクに至ったのかと言えば、それは彼ら自身の音作りの環境自体が大きく変化したことに起因している。ある時期、既存の音楽に辟易した彼らは森の奥深くにバンドスタジオを建設。鹿や鳥が頻繁に遊びに来る自然的な環境下で音楽と向き合うことで至った結論こそが、かつてのオウガ像とは180度異なるどころか、日本国内においても例のないオリジナリティー溢れるサウンドであったという。
なお現在のオウガの楽曲は完全にこの『homely』をアップデートした形となっており、事実その後に発売された『100年後』、『ペーパークラフト』、『ハンドルを放す前に』、『新しい人』のアルバム群では歪んだギターや分かりやすいサビは一切含まれておらず、今やかつてのオウガに見られたロック的な姿どころか、まともにギターを弾く姿すら視界から消え去る緩やかな音楽性となった。昨今のライブにおいても同様にセットリストから初期の楽曲は基本的に排除されており、CD音源では3分少々であった『homely』収録の楽曲“ロープ”に至っては、今や数十分に及ぶ長尺で披露されるという独自解釈でこれまた変容しているのも面白い。
OGRE YOU ASSHOLE - 夜の船[OFFICIAL MUSIC VIDEO]
……以上が表題に記した『音楽の方向性が変化したバンド』の全貌である。
先に記したように、目に映るもの全てが新鮮で、ある種無敵のようにも感じ入る学生時代と同様の心持ちで30代の日常を送っている人がいないように、ミュージシャンも活動当初こそがむしゃらに音楽を鳴らすが、次第に歳と共に凡庸な日々に染まりつつ、その中で新たな『自分が今伝えたいこと』を再確認し、音楽に落とし込んでいく。
僕個人の意見で恐縮だが、やはり音楽というのは『自分がその音楽と出会った瞬間』がそのアーティストへの心酔値のピークであると思っていて、その後にどれほど熱量を湛えたアルバムが発売されても、最終的には「昔の方が良かったな……」と感じて初期の楽曲ばかりを聴いてしまうことが多々ある。
けれどもこの変化を正確に評価する観測者は我々リスナーではなく、アーティストサイドであることを忘れてはならない。アークティック・モンキーズのマットが「昔の曲を演奏すると嘘っぽく感じてしまう」と語ったように、やはりミュージシャンにとっては何よりも今現在が最優先事項であり、かつての栄光(昔の曲)はブレイクを果たした今に至るまでの道程を作り出したに過ぎないのだ。
今回の記事は冒頭に記したように、各アーティストの紹介の最後に上に過去の音楽性のMV、下に現在の音楽性のMVを配置し、そのアーティストにおける音楽性の変化を対比させることの出来る形で制作している。読者ひとりひとりのアンテナにビビっと刺さった音楽に出会うことが出来れば、それは何よりの喜びだ。ぜひくまなく聴き比べていただき、長年活動を続けるロックバンドの面白さの根底部分を感じ取ってもらいたい。