こんばんは、キタガワです。
ベッドの上、壁を背にして手元を見詰める。傍らにはこの日のために買い込んだビール缶。「蒸し暑い気温になるでしょう」と昼前に語っていた天気予報士の情報は、エアコンと名付けられた素晴らしい文明の利器のお陰で完全に無問題となった。今日はどんな予定が入ろうとも、基本この部屋から出まいと心に誓った。……そう。今日は待ちに待ったフジロック初日なのだから。
取り敢えず今までライブで拝見したバンドを中心に観ようと決意し、まず一組目に観たのはドレスコーズ。晴れ渡った空の下、音楽を愛する人々が厳格なルールをしっかりと守り、サウンドに、歌声に、フジロック独特の自然的な雰囲気に興じていることにまず感動。この日のセットリストは前半をピアノを主旋律としたニューアルバム『バイエル』から、そして中盤以降は志磨遼平(Vo)がかつて結成し、突然解散してしまった伝説的バンド・毛皮のマリーズから2曲をチョイスするフェス仕様の代物となっていて、特に前半部は緑深い穏やかな環境に絶妙にマッチし、桃源郷のような幸福度を感じさせる。自宅にいながらにしてこうなのだから、実際に会場で聴いている人は異次元にトリップするような感覚であったに違いない。後半はある意味ドレスコーズ的なロックをガツンと鳴らし、最後は観客にファックサインを要求して雪崩れ込んだ“愛に気をつけてね”でフィニッシュ。ライブ中、彼は「みんな健やかに」と何度も語っていたが、その一言こそが彼自身が今こうした状況でフジロックに臨む意義と、人を労る彼の優しい人間性を何よりも雄弁に表していたように思う。
二組目はDYGL(デイグロー)で、おそらくは邦楽一色で固められたこの日のフジロックの中では音楽性的に最も洋楽に寄ったバンドである。彼らのフジロック参加はこれが初めてではなく、更には前日に自身がフジロックに参加することについて長尺のテキストでツイートしていたことからも、てっきりメッセージ性の強い楽曲(“Don't You Wanna Dance In This Heaven?”など)を軸に構成すると思いきや、何と演奏された全曲がニューアルバムからというチャレンジングな形で度肝を抜かれた。かつて米子で拝見したライブでも政治に対しての怒りや、他国と比較した日本の在り方にむいて語っていたけれど、本心から言いたいことをグッと堪えて訥々と発言していたのも印象的だった。まるで「全ての思いは楽曲に込めるから」と言わんばかりの説得力のあるライブ。
続いてはくるり。「どんな楽曲が最初に鳴らされるんだろう……」との思いをよそに、まずは知る人ぞ知る“How To Go”で緩やかな滑り出しを図る。最新アルバム『天才の愛』リリース後という最高のタイミングでのフジロックだが『天才の愛』からの楽曲というのは然程なく、“花の水鉄砲”や“ハイウェイ”といったおそらく様々に行われてきたこれまでのフェス出演の中でもかなりマイナー感の強い、「フジロックでこれ聴けるの!?」と長年のファンでも驚く予想外のセットリスト。ただマイナーに振り切り過ぎることもなく、かの名曲“ばらの花”や東京オリンピック直後のナイスタイミングな“Tokyo OP”がところどころに配置され、ラストはコロナ禍の今こそ説得力を含んだ“奇跡”を6分間ふわりと聴かせた。
ちょこちょこアルコールの小休止と他chへの浮気もしつつ、4番目はTHE BAWDIES。セットリストに関して言えばまずもって誰が見ても納得する現状のベストセトリで、TAXMAN(Gt.Vo)がメインボーカルを務めた“RAINY DAY”と新曲の“T.Y.I.A.”以外はTHE BAWDIESのライブで絶対に披露される楽曲のオンパレード。ただROY(Vo.Ba)が思わずMCで泣きかけてしまったように、THE BAWDIESにとってフジロックとはかつてメンバーと遊びにいった場所であり、無名の状態でレッドマーキーステージでライブをしたりと何かと恩の深い場所でもある。そんな彼らのラストナンバーは「キープオンフジロックですよね!」と叫んで鳴らされた“KEEP ON ROCKIN'”だった。
この日観たヘッドライナーアーティストは、これを観なければ終われないロックバンド・RADWIMPS。個人的にはこの日観たバンドの中では間違いなくベストアクトだったし、もしも現場で目撃していたら正直「もう明日明後日いかなくてもいいやあ」と思ってしまうような気がするくらいには、全てが圧巻だった。彼らが持ち時間1時間40分という超尺セトリで魅せたもの。それはライブへの思いそのものであった。アッパーな楽曲も、バラードも。更にはほぼライブでの演奏がなくなって久しい“スパークル”、“前前前世”、“三葉のテーマ”、“グランドエスケープ”といった大ヒット映画『君の名は。』『天気の子』からのナンバーが復活したのも、やはりある意味では絶望→希望へと繋がる歌詞的な観点からコロナが関係しているのだろうと推察するが、そうした楽曲群もRADWIMPSという物語の一部にしてしまうような構成は圧巻。随所に導入されたVJも光っていて興奮しっぱなしだったのだけれど、何より本編のラストナンバー、かつ新曲の“SUMMER DAZE”でVJとして歌詞が投影され、ラストはサカナクションよろしく大量の光で掌握する流れはこの日一番のハイライト。彼らが何故未だに第一線で走り続けているのか、その真髄をひしひしと感じた素晴らしいライブであった。DVD化希望。
今回のフジロック生配信は、様々なことが明るみに出た代物でもあったように思う。例えばツイッターで散見されたステージの密具合であったり、笑い声が少し漏れてしまったり……。ライブシーンに長らく触れてきた我々であれば「めっちゃフジロック対策してるじゃん」と感じられることも、フェス否定派の人々にとっては火に油でしかなかったり、というかそもそもこうしてライブを観ている我々も下手すれば加害者側に回ってしまうという平衡感覚不全なイメージもあったりする。今回のフジロックが大成功だったのかどうかが分かるのはまだまだ先のことだし、これについては直前でキャンセルを決めた折坂悠太氏も語っていたように、本当に難しく繊細な問題だ。
ただこうした中で、僕は今回のフジロックを支持したい。「音楽フェスを、やる」……。この事実をYouTubeという世界で最も発達した無料コンテンツで白日の元に晒したことには、大いなる意義があるのではないか。少なくとも僕は、今回の配信で何も心に響かなかった人などいるはずがないと本気で思っているし、それこそフジロック否定派であった人々でもライブを画面越しに観て感動することもある程度はあったのではと。
そして困難な状況であるにも関わらず敢えて苗場に足を運び、音楽を楽しんでくれているフジロッカーには本当に感謝の気持ちしかない。アルコールなし、発声制限という環境が如何にフジロッカーにとって過酷なものであるかは想像に難くないが、それでも。この選択を選んでくれた人たちには絶対に後悔してほしくないし、配信で観ている我々より何倍もの興奮を享受してもらいたいと強く願っている。
……フジロックは日付が変わって今日、明日と続いて行われ、同じく生配信も同じく予定されている。おそらくだが、初日の生配信で否定派が撮影したスクリーンショットやら何やら、本日のメディアで悪い意味で取り沙汰される可能性も高いだろう。ただ『フジロック=悪者』ではなく、音楽を愛する出演者、運営、参加者、様々な人々が対策を講じながら必死で行う3日間こそが今年のフジロックであるという認識だけは、絶対に崩してはならない。「何でこんな時期にフジロックやってんだよ!」との反対意見を押し切るほどのパワーを、僕は少なくとも画面越しに感じることが出来た。ならばあとは遠く離れた地からではあるが、最高の成功を祈るしかない。残り2日、全力で楽しみます。