キタガワのブログ

島根県在住。音楽ライター。酒浸り。

星野源“うちで踊ろう”と安倍内閣総理大臣のコラボ動画に思うこと

こんばんは、キタガワです。

 

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人間誰しも深酒や体調不良等で目覚めが悪いと経験したことが一度はあるだろうが、まさかスッキリ目覚めて開いたツイッターのTLにて、しかも自国のトップによる呟きで瞬時に気分が滅入るとは夢にも思っていなかった。以下勢いのみで書き進めていくため文章の体を成していない箇所もいくつか見受けられるだろうが、ご容赦願いたい。


物議を醸しているのは、安倍晋三内閣総理大臣が自身のツイッターで発したひとつの投稿である。そこには星野源が先日作曲し話題を呼んだ楽曲“うちで踊ろう”の弾き語り動画に合わせて日本国首相が犬と戯れ、コップを傾け、本を読み、テレビを鑑賞するというプライベートとおぼしき風景が流れ、以下の言葉と共に改めて国民への感謝と協力を呼び掛けていた。


「友達と会えない。飲み会もできない。ただ、皆さんのこうした行動によって、多くの命が確実に救われています。そして、今この瞬間も、過酷を極める現場で奮闘して下さっている、医療従事者の皆さんの負担の軽減につながります。お一人お一人のご協力に、心より感謝申し上げます(以上全文)」

 

 
……投稿されるや否や、『安倍のイヌ』や『何様のつもり』といった呟きがトレンドに上がり、一般国民や野党議員、風評被害で甚大な損失を被っているライブハウス関係者やバンドマンの悲痛な叫びがTLに踊った。曲がりなりにも音楽ライターとして活動している僕個人としても腸が煮え繰り返る思いに駆られたのだから、音楽関係者の怒りはそれを遥かに凌駕することだろう。


では何故ここまでの炎上事態となったのか。その理由は主にふたつあると思っていて、ひとつは『今の自粛ムードを一考せずに投稿したこと』。そしてもうひとつは『ミュージシャン(星野源)に対する配慮の欠如』である。


話は変わって。日々猛威を振るう新型コロナウイルスの影響により、街の風景は一変した。東京では感染者が日々百数十人規模で増え続け、大阪駅周辺では人手が93%減。今や47都道府県中感染が確認されていない県は岩手県のみとなり、他にも緊急事態宣言の発令やオリンピック延期といった未曾有の状況下となっていることは、読者の皆様方も重々承知しているはずだ。


そんな中今最も叫ばれているのは、不要不急の外出を徹底して避けるように促された『外出自粛要請』である。外での勤務を主とする労働者や遊びたい盛りの若者……今や多くの国民が自宅で過ごしている。無論結果そうした行動はウイルスの蔓延を防ぐ『何よりの取るべき行動』でることを分かっているからこそ自主的に行われているもので、心の奥底で名状し難いフラストレーションを抱えつつも自分のために、ひいては他者のためにと我慢して堪え忍んでいる。


そうした状況で投下されたこの度の動画は、どことなく他人事っぽさをも感じさせる代物だ。おそらく動画投稿の意図としては純粋に「友達と会えない。飲み会もできない。ただ、皆さんのこうした行動によって、多くの命が確実に救われています」という安倍首相の記した言葉の通りで、感謝の思いを具現化している形なのだろう。けれども国民全員が疲弊する今、一国のトップが今出すべき動画では絶対にないし、そもそも外出自粛要請を声高に主張したのは総理自身だ。その総理が高級な自宅で優雅に時を過ごす動画を見せられて、僕ら国民は「これからも自宅で過ごします。ありがとうございます!」とは絶対にならない。こんなことは思ってはいけないことなのだろうが、どうしてもウイルス発生時における後手後手の対応や給付金を極力支払わない姿勢、3密を鶴の一声としてライブハウスや飲食店を苦境に立たせていたりと、総じて「いや、あなたのせいでこうなったんですけど……」との思いも抱いてしまうのだ。


そして何よりこの行為は、アーティスト(星野源)に対して一切敬意を払っていない行動に見えてしまう。僕個人としては、ここに一番苛立ちを覚えているというのが正直なところだ。

 


星野源 – うちで踊ろう Dancing On The Inside


そもそも星野源が“うちで踊ろう”なる楽曲を制作したのは、彼自身が日々を憂い、困難に直面する我々を何とか元気付けようと思案した末の行動である。


《うちで踊ろう ひとり踊ろう 変わらぬ鼓動 弾ませろよ/生きて踊ろう 僕らそれぞれの場所で 重なり合うよ》 と歌われるこの動画の意味するところは「こんな状況下だけど一丸となって頑張ろう」との思いである。そう。この楽曲で繰り返し使われる『踊る』との言葉は何もダンスではない。非日常が日常と化してしまった未曾有の状況だからこその、今生きている我々の様々な意味を込めた『踊る』なのだ。


だからこそ星野源はこの動画をほぼフリー動画として流した。同じミュージシャン、更には一般人も独自のアレンジを加えて自由に広めることを許可し、“うちで踊ろう”はみるみるうちに広がっていった。三浦大知が星野の音に合わせてダンスを踊るのも、ヒップホップアーティストがライムを当てるのも、岡崎体育がトライアングルを一切鳴らさず画面を凝視するのも、大泉洋がボヤキ続けるのも、その全てには自分独自の色と、何より強いリスペクトがあった。音楽を通して日本を励まそうという、強い思いがあった。笑って楽しんで、みんなで乗り越えていこうという内なるメッセージがあったのだ。


そうした流れを踏まえてこの度の安倍首相の動画を観てみると「今こういう動画が流行ってるらしいからやってみよう」との軽い気持ちをひしひしと感じてしまう(撮影・編集・アップとの時間が要る一連の流れは誰かの指示であるのは間違いないだろうし)。音楽がこのような形で利用されるのは本当に悔しいし、ミュージシャンはもっと悔しいだろうし、何より星野源自身はどのような思いを抱くのだろうか。ファン思いの彼自身のことだ。もしこの動画と安倍総理のコラボについて話を振られたときには笑い飛ばして話題を巧みに逸らすのだろうけれど、本心では望んでいないと思うし、モヤモヤした思いに駆られているのだろうと推察する。


別に僕は「安倍首相は休まずに仕事をしろ」と言うつもりは毛頭ない。安倍首相はこんな状況でもよくやってくれているし、頑張ってほしいと願っている。けれどもそんな中で国民に金を渡さない、保証なし、後手後手の対応などそうしたことに強い怒りを覚えてしまうのは事実であるし、正直国に対しては日に日に不信感が強まっている。少なくとも今回の動画で僕は世間の声は然程届いていないのだろうなとも、ミュージシャンなどの変わった職種の人々の思いはある程度軽んじられているのだろうとも思った。


こんな状況で行うのは、安倍内閣総理大臣がうちで踊っている動画を見せつけることではなく、一刻も早い終息と保証である。本当に。本当に。心からお願い致します。