こんばんは、キタガワです。
世界各国で猛威を振るう新型コロナウイルス。記事執筆時点で、死者数は全世界で3万人を超えた。なお現在の各国の動きとしてスペインのサンチェス首相はテレビ演説で不要不急の労働禁止を要請する考えを表明。イタリアでは医療崩壊が叫ばれるのみならず、ここ日本においても日々十数人にも及ぶ感染者が確認され、東京オリンピック延期の正式な決定が成されるなど、終息の兆しは未だ見えていない。
そんな中多大な影響を被っているのが、ライブハウスを始めとするエンタメ業界だ。当初自粛は大規模なイベントに限定して呼び掛けられていたが、次第にライブハウスで感染者の確認されたことやコロナウイルスにおけるクラスターになり得る状況として密閉・密集・密接という所謂『3つの密』が報道番組等で取り上げられるようになり、今では日々拡大し続けるコロナウイルスの蔓延とそうした世論の同調圧力に屈するかのように、大小問わず多くのイベントが中止・もしくは延期の措置を講じざるを得なくなった。『自分』から進んで『慎む』ことから自粛と名付けられた自粛という言葉は今や、刃物にも勝る足枷の言葉としてエンタメ業界に暗い陰を落とし続けている。
そうした現状を踏まえ3月某日、このような状況下でも音楽を愛する人々に安全に、そして安心してライブエンターテイメントを届ける方法がないかを考え「今だからこそ、心3(試み)る」のコンセプトのもと敢行されたライブイベント、『聴志動感』が開催された。
『聴志動感』は土日の2日間に渡り新進気鋭のアーティストが画面越しにライブを繰り広げる、言わばインターネット版の音楽フェスの体を成したイベントである。配信中にはSuper Chatによる所謂投げ銭の受付も行われ、集まった収益はイベントの制作費を差し引いてアーティストの支援、ひいては音楽業界へと還元される形を取り、更にはアーカイブも残さず徹底して生のライブをそのまま画面越しに届ける『聴志動感』は、まさにこうした未曾有の状況であればこそ至ったアーティストにとってもリスナーにとっても救いの手と言うべき試みであったのだ。
当然の如くスタジオには観客はおらず、転換の際は出演者の今後のライブ予定に加えて『換気中』とのテロップが交互に挟まれ、スタッフも間隔を空けひとり残らずマスクを着用するという万全の態勢でもって配信が行われた。背後にはリアルタイムのコメントがひっきりなしに流れており、この日この時間にしか起こり得ない興奮が沸々と高まる感覚にも陥る。
16時過ぎ、この日3番手としてカメラの前に姿を現した坂口有望(さかぐちあみ)。去る2月19日にニューアルバム『shiny land』を発売した彼女は、ニューアルバムを携えて全国ツアーを回る予定であった。しかしコロナウイルスの感染拡大を防ぐため、やむなくツアー全公演の延期を決定。そう。本来であれば現時点でツアーファイナルを残すのみとなっていたはずの坂口は、一切人前でライブを行うこと叶わず、この場に立っていたのだ。転換の動画から坂口を映すカメラに切り替わっても、言葉を発さず真剣にチューニングを始めるその姿は自然体にも、内なる思いを圧し殺しているようにも見えた。
そしておもむろにギターを爪弾き「始めまして、坂口有望と言います。……歌います」と語って奏でられた1曲目は、“おはなし”。
《いつもと同じ時間に/流れるニュースは/悲しい出来事ばかりで/少し真面目にみたんだけど/心の奥のどこかで/そっと思っているんだ/あぁ 私じゃなくてよかった/あぁ ここじゃなくてよかった》
言葉の一言一言を噛み締めるように、高らかに歌う坂口。坂口の良く通る抜けのある歌声を伴ったパフォーマンスも当然素晴らしいものであったけれども、何より、あまりに直情的なその歌詞は今のコロナウイルスに辟易する現状を体現するかの如く、絶大な説得力を纏って響き渡っていく。
最後に《いつもと同じ毎日は/あたりまえなんかじゃなかったって/私はそっとつぶやいた/これはそんなおはなし》と絵本におけるストーリーの結末を語るが如く締め括られた“おはなし”。この楽曲が制作されたのは14歳の頃で、この時期の坂口はまだレーベルにも所属せず、地道にストリートライブを行っていた。そのため“おはなし”はコロナウイルスを表しているわけではなく、あくまで別の事柄をモチーフにしていることは言うまでもない。しかしながら、コロナウイルスの蔓延によってさながら絵本の世界にあるような世界的な大恐慌が現実化している今だからこそ、“おはなし”は明らかな別の側面を伴って響いていた。
歓声も拍手もない独特な環境の中チューニングの微調整をしつつ、その後はひとしきりのMCへと以降。
「改めまして、大阪出身19歳、シンガーソングライターの坂口有望です。今日は初めて無観客ライブというものに今取り組んでおりまして。私ずっと……中学二年生の時にライブハウスに立って、凄くライブというものが大好きで。ツアーも延期になってしまって、ずっと待っててくれたお客さんにやっとこうやって、こういう機会を頂いて。(ライブを)観せれる嬉しさっていうのももちろん一番あるんですけど、私自身が凄い、ライブがずっとない日々で。こうやって今オンラインではありますが、たくさんの人の前で歌えてるということが私にとって凄く嬉しいことです」
「今日企画してくらはったスタッフさんに改めて感謝を出来るように、最後まで心を込めて歌っていきますので、画面の前の皆さん、短い間ですが楽しんで帰って……ちゃうわ。楽しんでください!」
今回のライブは先日発売されたセカンドフルアルバム『shiny land』に加え、2018年発売のファーストアルバム『blue signs』収録曲を軸としたセットリストで進行。更に原曲においてはエレキギターが先導するロックナンバーとして鳴らされていた楽曲は良い意味で誤魔化しの効かない新機軸の主張を繰り広げ、楽曲の各所では緩急を付けたりと、全曲通して弾き語りならではのアレンジで再構築。総じてバラードは説得力を増し、アッパーな楽曲は新鮮味を感じさせる作りとなっていた。
“LION”前には「今こんな異常な事態に、全世界がぶち当たっていて。その中で頑張ってるみんなのことを、何かこうして動画を通して勇気づけられたら、それは本当に、音楽の力かなって思います。乗り越えていきましょう」と語っていたが、前述した通り《わたしじゃない わたしのせいじゃない/誰でもない 誰かのせい 全部全部》とする“紺色の主張”然り《わたしを笑い飛ばした陰を/風が笑い飛ばす日を待とう》と前を向く“LION”然り、このような状況に陥っている『今』に対してのメッセージを体現するような歌詞にも聞こえ、心を震わせる。
ライブは「ぜひまた今度は笑顔で会えるように。……いや、絶対会いましょう」と語って始まったラストナンバー“東京”でもって、40分に渡るライブは幕を閉じたのだった。
坂口有望 『東京-Studio Live Ver.-』(Short)
作品をリリースし、ツアーを回る。……一概に全てに当て嵌まる訳ではないにしろ、大半のアーティストはそうした形で音楽活動を行っている。無論坂口自身も例に漏れず、活動当初から繰り返し同様のサイクルを経て、シンガーソングライターとしての道程を歩んできたひとりだ。けれどもコロナウイルスの影響によりニューアルバムに冠されたタイトルとは対極に位置してしまった今、数ヶ月前と寸分の狂いもない活動を行うのはほぼ不可能。それはライブツアー延期の決断を下した坂口自身も、重々承知している筈である。
坂口が身ひとつで挑んだ今回のライブは、これから控える坂口のツアーとは趣を異にするものだ。しかし弾き語りという音楽を奏でる上で最小の形を貫き、今とリンクする楽曲が並んだ今回のセットリストを鑑みても、今回のライブにあたって彼女自身が並々ならぬ決意を抱いて挑んでいたことの何よりの証明であったのではなかろうかとも思う。
ライブ終了後、個人のツイッターにて「40分間、間違いなくわたしがここ最近で1番生き生きとしてる時間だった、ライブがすき、ライブがすきです」と綴った坂口。コロナウイルス終息の目処は未だ立ってはおらず、音楽イベントが元の輝きを取り戻すのが果たして何ヵ月先なのかは分からない。だがこの未曾有の事態が去った暁には、必ずや晴れやかな景色が広がっていることだろうと、『聴志動感』にて画面越しに映った随分と久方ぶりに鳴らされる彼女の音楽と笑顔を観て、改めてそう確信した次第だ。
【坂口有望@聴志動感 セットリスト】
おはなし
紺色の主張
あっけない
夜明けのビート
好-じょし-
radio
LION
東京