キタガワのブログ

島根県在住のフリーライター。ロッキン、Real Sound、KAI-YOU.net、uzurea.netなどに寄稿。ご依頼はプロフィール欄『このブログについて』よりお願い致します。

固有スキル『お怒りバロメーター』

こんばんは、キタガワです。


突然だが、皆さんは『お怒りバロメーター』という言葉をご存知だろうか。知ってる?なるほど!そうですか!僕が今考えた言葉なんですけどもね。


『お怒りバロメーター』とは、『人がどれだけのレベルで怒っているのかわかる』というもので、接客業の経験が長い僕は、このスキルを使って何度も修羅場を乗り越えてきた。


例えば。お客様の前でミスをしてしまったとする。そのときにチラリと一瞬お客様の顔を見るわけだ。お客様の顔は真顔で、目線は下がっている。声のトーンも低くなり、気だるげだ。


そうなると、瞬時に「今70%くらいかな」と思うのだ。経験上、70%を超えだすとマズい。ここで何とか食い止めなければなるまい。


ここで瞬時に行動に移す。「先程は申し訳ありませんでした。まだ入って1ヶ月で経験が少なく、知識も乏しい状態で案内してしまいました。今後はこのようなことがないように致します。重ね重ね申し訳ありませんでした」……こういった具合で言葉を重ねていく。ちなみに僕は入って4ヶ月のまあまあな経験者なのだが、ここでは置いておく。


人間、謝られ続けると多少の申し訳なさを感じるものである。一息に言い終えたあとには、相手のお怒りバロメーターは50%くらいには下がっている。ここで最後の攻めに入る。


「宜しければ◯◯に詳しい者がおりますので、そちらと担当を変わらせてもらっても宜しいですか?」


了承をもらうと、すぐさまシーバーを飛ばす。すると、勤務歴が僕より数年上の先輩が出てくる。そこで完全にバトンタッチ。僕は他の業務に戻る、という流れである。


ここでポイントとなるのが、『お怒りバロメーター50%で交代する』という点である。少し下げれたとはいえ、まだ危険な状態である。もしも変わった相手が新入りであれば、すぐさま100%。沸点を突破してしまうだろう。


だが先輩は場数を踏んだベテランである。お客様の追加の質問も難なく回答し、主導権を握っていく。そして数分後、僕が他の作業をしつつ、再度お客様の顔色を確認したときには、0%になっているのである。先輩様々だ。


普段はこれを無意識でやっているのだから、本当にたちが悪い。『世渡り上手』と言えば聞こえは良いが、前職で1時間に渡りお客様に激怒されたり、閉店後お客様の家まで向かい、夜中の22時に玄関口で土下座した経験が活かされた結果がこれなのだ。あの頃の苦い経験が、僕に『お怒りバロメーター』というスキルを所有させたのではないかと思う。


……この日も仕事をしていた。休日ということもあり、駐車場が満車になるほどの人の入りだった。ひっきりなしにお客様からお呼びがかかり、商品についての質問や在庫の確認などに追われた。気付けば僕の通常業務は、ほとんど手付かずの状態になっていた。

そんなとき、お客様に呼ばれた。


「この商品ないんですか?」


お客様は女性。30代半ばくらいだろうか。見るからに険しい表情をしていて、近付きがたいオーラを放っていた。この時点で『お怒りバロメーター』は50%を突破していた。僕が逆鱗に触れたならともかく、関わりを持った時点でもうキレているというのはいかがなものか。お前は激昂したラージャンか。


だが、行かないわけにもいかない。僕は満面の笑みで近付いた。


「はい、ただいまお調べいたします」


お客様が欲していたのは、小さな本棚と、それに取り付ける取っ手らしい。しかし調べた結果、どう足掻いても入荷は来月になるらしかった。


「すみません、こちらの商品は来月入荷予定でございます」


その言葉を聞いた瞬間、お客様の顔色が一瞬にして変わった。


「は?前来たときもなかったんですけど。おかしくないですか?今すぐ必要なんですよ。引っ越しで」


内心「お前の引っ越しの都合なぞ知るか」と思いながらも、こちらは笑顔を張り付けながら対応するしかないのだ。地獄である。


お客様ははあーとため息をつくと、キッとこちらを睨み付けて言った。


「この店いつも商品ないですよね。ちょっとおかしいですよ、この店!」


『お怒りバロメーター』を使うまでもない。お客様の怒りゲージは、100%だ。もうただのバイトである僕ではどうしようもない。


諦めて先輩を呼ぶことにした。僕はお客様に了承を得て、その場を離れた。すぐにシーバーを飛ばす。


「すいませんキタガワです。どなたか◯◯コーナーに来ていただけませんか」


するとすぐにシーバーが鳴った。


「誰も空いてないです~」


おい!


まさかの展開である。どうも休日の影響で、全員が全員お客様に捕まっている状況らしかった。ハンター100体出てきた逃走中みたいになっていた。こんなの無理ゲーだ。


仕方なくお客様の元へ戻る。詳しい店員が来れない旨を説明すると、お客様は僕に対して鬱憤をぶちまけ始めた。もう僕は馬乗りになってボコスカ殴られるサンドバッグくんである。好きにしてくれ、と思った。


だがそれから数分後、一筋の光明が見えた。突然シーバーが鳴ったのだ。


そこからの流れは理想的なものだった。颯爽と現れた先輩にその場を任せ、通常業務に戻ることができたのである。ビバ!先輩!


やることは山積みである。時間をロスした分、頑張って取り戻さなければならない。


通常業務を初めて数分が経過した頃だろうか。店内を動き回っていた僕は、ふと先輩の姿を発見した。ちょうど次の作業指示を貰いたかったのと、先程のお客様へのその後の対応が気になったので、先輩の元に行って聞いてみることにした。


「さっきのお客様どうなりま……」言いかけた僕は、はっと口をつぐんだ。


いる。


あのお客様が。先輩のそばに。


なぜだ。あれから何分も経っている。ベテランの先輩ならすでに丁寧な説明を終え、お客様を帰らせていてもおかしくないはずだ。なんでまだいるんだ。あのクレーマー女が。


僕は少し離れた場所から、会話を盗み聞くことにした。するとどうやら、まだお客様は同じことで怒っているようだった。それもそのはず、来月入荷予定の商品は、先輩がどれだけ策を講じようが『来月入荷予定』という事実は変えられないからだ。お客様的には「なぜ今日買えないのか」、「なぜ早く入荷できないのか」という点が気に食わないようで、ずっと同じ怒りの言葉をリピートしていた。お怒りバロメーターは一向に下がる気配を見せておらず、むしろ高まっているように思えた。


……解決したのは、それから数十分が経過した頃だった。まず、先輩がシーバーで僕を呼び出した。その瞬間「あ、終わったんだな」と確信した。


「はあ、やっと終わったわ」


先輩の表情は暗く、ヘトヘトの様子だった。


無理もない。先輩にだって通常業務がある。それとは別のクレームに巻き込まれるのは、不本意であろう。そして僕も、まさかここまで時間がかかるとは思っていなかったため、心が痛くなった。


「すいませんいろいろと」


謝ると、先輩は「いいよ」と言った。もし先輩がいなければ、大きなクレームになっていたかもしれない。本当にありがたかった。


だがひとつだけ、疑問が残った。先輩はどうやってお客様を帰したのだろう。あれほどの剣幕だったのだ。ちょっとやそっとじゃ納得しないだろうが……。


「ああ、お客様にはうちの会社の通販サイトから取り寄せるように言っといたよ。調べたら在庫もあって3日くらいで届くらしくてさ、それで注文してもらうよにして帰ってもらった」


なるほど。そこまでは気が回らなかった。この会社では、直接店に来るのが難しい人のための通販も行っていた。本来はあまりお勧めしないサービスだが、先輩はそれを使ったらしい。僕はこのサービスについての知識が皆無だ。経験の長い先輩だからこそ出来た案内に違いなかった。


それからの業務は順調に進行した。迷惑なクレーマーもいなくなり、溜まっていた作業はなんとか終えることが出来た。気付けば、退勤時間が迫っていた。


そのときだ。突然シーバーが飛んだ。


「すいません、今日お客様にネットのサービス案内した人誰ですか?」


悪寒がした。ネットのサービス……。思い当たるのはひとつしかない。あのクレーマーだ。すぐにシーバーが飛ぶ。


「はい、僕です」


先輩が言った。すると、帰ってきた返事は予想外のものだった。


「そのお客様からお電話です」


何だと?


大変なことになった。だが僕はもうすぐ退勤である。こんなところで時間を食っている暇はない。僕は早く帰宅してスパイダーマンをやりたいのだ。バイトと世界の平和、天秤にかけるまでもない。


先輩、助けてくれー!


「あ、キタガワくんいける?僕他のお客様の対応があって」


嗚呼、神よ。


もう助けてくれる人はいない。電話に出るしかない。だが、まだ希望はある。電話をかけたということは、おそらく何かについて聞きたいのだろう。それがもし僕でも答えられることならば、お客様の怒りを鎮めることができるかもしれない。というか、これが一縷の望みだった。


意を決して、僕は電話に出た。


「あのー、ネットのサービスのやり方がわかんないんですけど。どうやるんですか?」


サヨナラ世界。


誰かこのスキルいりませんか。譲ります。