こんばんは、キタガワです。
某月某日、僕の地元である島根県にて、とあるサーキットイベントが開催された。
『サーキットイベント』とは読んで字の如し、近辺にあるライブハウスを自由に行き来し、ライブを楽しむことである。要は、夏フェスのライブハウス版と考えてもらっていい。
なにぶん辺鄙(へんぴ)な町である。出演アーティストも地元のシンガーソングライターや鳴かず飛ばずのバンドマンばかりで、興味をそそられるアーティストはほとんどいなかった。……ある一組を除いて。
その一組こそが『ニガミ17才』というバンドだった。
ニガミ17才とは、ボーカル岩下優介氏を中心に結成された4人組バンドである。
ニガミ17才のファンになったのは、フロントマンである岩下氏をきっかけとする部分が大きい。彼は以前『嘘つきバービー』というバンドを組んでおり、その一風変わった音楽性は、当時ゆらゆら帝国やあぶらだこを好んで聴いていた僕にピッタリとはまった。
数年後、嘘つきバービーは解散。そのあと岩下氏が始めたバンドがニガミ17才というわけだ。
僕は「岩下さんの新バンド!?」と驚き急いで聴き、CDを買い(島根では売ってないのでネット購入)、ファンになった。
だが前述したように、島根県は小さな県である。ニガミ17才はおろか、ロックバンドがライブをすることすらほぼなかった。僕は心に静かな炎を燃やしながら、CDを聴いていたのである。
……そんな折、開催されたのが今回のサーキットイベントなわけだ。僕は当日、大急ぎで会場に向かった。お目当てはもちろん、ニガミ17才。
ニガミ17才の出番は、全出演バンド中最も早かった。会場に着くと、客はまばらだった。朝一番だから、というのは当然として、連日の猛暑も多少なり影響しているように思えた。
定時に暗転し、メンバーがステージに立つ。するとボーカル岩下氏から、思いもよらぬ提案があった。
それは「今回のライブでは、ベースとギターをお客さんに演奏してもらいたい」というものだった。あまりにも突然のサプライズに、ファンはみな大盛り上がりだった。
そのときの僕はというと、ベースやギターはかじった程度の知識しかなく、とても人前で演奏できるものではなかった。しかも一緒に演奏するのは、あのニガミ17才である。演奏技術の秀でたメンバーと僕。その差は月とスッポンであり、比べることすらおこがましいレベル。僕はライブハウスの隅で縮こまり、「どうか僕だけはやめてくれ」と懇願するような目で訴えていた。
だが無情にも、選ばれたのは僕だった。
あれよあれよという間に、僕はステージに上がった。そして本来担当であるはずの、イザキ氏のベースが肩にかけられる。
状況が飲み込めない状態でスタートした1曲目は、彼らのライブの定番曲『ただし、BGM』だった。
ダンサブルな楽曲ではあるものの、特に序盤は音数が少なく、ベースの音ひとつ取ってもかなり目立つ。ミスしてはなるまいと、なんとか喰らいつく。譜面がわからない(というかそもそも読めない)ので、とりあえず弾く際は4弦のみを使うことに終止し、『弾いてるっぽい感じ』を出すことに努めた。すると自分でも驚いたのだが、とある謎の思考回路に陥った。
「あれ、俺うまくね?」と。
そう。当初は不安だったベース演奏だが、大きなミスタッチもないし、お客さんの反応も上々。まるで「僕自身は最初からメンバーだったのでは?」と錯覚するほど、馴染んでいた。
曲の終盤ではノりにノり、「B・G・BGM♪」の部分をマイクで歌うレベルにまで達していたのだから不思議だ。だが「僕はベースの才能があるのかもしれない」と思ったと同時に、とんでもないある『ひとつの可能性』が頭をよぎった。
それは考えたくないことでありつつも、いわば当然のことだったのだが。僕ははっきりと理解した。
「……夢じゃね?」
そう。このライブは紛れもなく、ただの夢だった。現実世界の僕は最強に設定した扇風機の風を浴び、ヨダレでも垂らしながら熟睡していることだろう。
そうと決まれば話は早い。僕はベースを固く握り締め、ボーカルやギターを無視してソロパートを弾き出した。『ボン、ボ、ブヴーン』と、雑音が鳴り響く。だがバンドは止まらない。お客さんも熱狂している。もし本当のライブでこんなことをしたら叩かれるか、出禁になってもおかしくない。でも大丈夫。夢だもん。
間髪入れず、僕は客席にダイブした。大勢のお客さんが僕を持ち上げてくれる。何とも清々しい気持ちだ。夢だけど。
演奏が終わると、岩下氏のマイクを奪いとり、言った。「今日は観にきてくれてありがとーう!」。沸く客席。笑顔で見つめる岩下氏。だがこれも夢。もう岩下さんの顔、直視できない。ごめんなさい。
その後の僕はというと、ベースを叩き壊し、客席に降りるという傍若無人な振る舞いを見せ、そのままライブハウスを出た。
……と、ここで目が覚めた。
時刻は昼。1階から美味しそうな昼食のにおいが昇ってきていた。
僕は傍らに置いてあったウォークマンに手を伸ばすと、『ただし、BGM』を改めて聴いてみることにした。
メンバーと演奏した夢。大好きな曲を弾けた夢。天才だと勘違いした夢。
もちろん全て夢だ。だが「これはベースを弾けという天啓なのではないか」とも思った。部屋の隅でホコリを被った楽器たち。数年越しに弾く理由が出来た。今日から練習して、またバンドやってみようか。そんな気持ちになった。
演奏する曲は『ただし、BGM』に決めた。今度は夢じゃない。実際のライブハウスで、あのとき見た夢を叶えようと。
そしてウォークマンで流れていた『ただし、BGM』が終わった。約4分半、改めてじっくり演奏を聴いてみて、僕は思った。
「ベースむっず!無理無理無理無理!」
僕は昼食を食べに、階段を降りた。