キタガワのブログ

島根県在住のフリーライター。ロッキン、Real Sound、KAI-YOU.net、uzurea.netなどに寄稿。ご依頼はプロフィール欄『このブログについて』よりお願い致します。

【音楽文アーカイブ】たとえ深意が掴めずとも 〜突如公開されたオアシス幻のデモ音源“Don't Stop…”から見る、コロナウイルスとギャラガー兄弟〜

新型コロナウイルスの蔓延により、未曾有の危機に陥るミュージックシーン。今ではライブが軒並み延期もしくは中止を余儀無くされることのみに留まらず、MV制作やCDリリース予定も滞るなど、ミュージシャンをミュージシャンたらしめる大半の活動に影響が及び、好転の兆しは未だ見えていない。
 
そんな中、世界的に著名なミュージシャンらによる希望に満ちたアクションが今、SNSを中心に話題を呼んでいる。新型コロナウイルスの救命活動を現在進行形で行っている医療従事者を称え、支援することを目的としたチャリティーライブ『One World: Together At Home』ではレディー・ガガをはじめ新旧の音楽シーンを代表する音楽家らがエールを送り、若者から絶大な支持を得る新時代のポップアイコン、ビリー・アイリッシュは自身のインスタグラムにて数分間に渡ってコロナウイルスの脅威と、人々が今取るべき行動を真剣にレクチャー。他にも名だたるミュージシャンらが人々の不安を和らげるべく様々な趣向を凝らし、この見通しの立たない現状を何とか乗り越えようと奮起。日々フラストレーションを抱える音楽ファンの、一縷の希望となっている。
 
そしてそれらと同様に注目を集めたのが、2009年に惜しまれつつも突如解散し今なお再結成が待ち望まれるロックバンド、オアシスの動向だった。
 
本題に進む前に、まずはオアシスの解散の直接的原因となったのが『メインソングライティングを務める兄ノエル』と『空前絶後のロックンロールスターである弟リアム』による、修復不能なほどに深まった確執にあったという事実から、改めて記述する必要があるだろう。オアシスのデビュー当初……いや、おそらくそのずっと前から、自己の主張を第一義とするギャラガー兄弟はとにかく仲が悪かった。その壮絶な兄弟喧嘩の応酬はファンの間でも有名で、プライベートでは舌戦を展開し、個人のインタビューではたびたび互いの不満点を口にし、果ては些細な言い争いでライブが強制終了となるなど、幾度も衝突を繰り返してきた。そしてリアムがノエルのギターを破壊したとか、ノエルの妻がリアムを毛嫌いしているとか、当時のノエルがソロ活動の準備を始めていたとか、理由は諸説あるがとにかく、著しいフラストレーションを抱えたノエルは脱退の選択肢に突き進み、結果バンドは空中分解。世界的成功を収めていたオアシスは突如、2009年に解散するに至ったのである。
 
そして傍若無人な言動でも話題を振り撒いたふたりの兄弟は奇しくも水と油の関係性のまま、対極の音楽道へと歩を進めた。ノエルは解散後ほどなくして自身のソロプロジェクト『ノエル・ギャガーズ・ハイ・フライング・バーズ』を結成し活動を全振り。対するリアムは新たなバンド『ビーディ・アイ』を結成し、紆余曲折を経てビーディ・アイ解散後はソロシンガー『リアム・ギャラガー』として不動の地位を確立した。
 
しかしながらその両者におけるオアシスの捉え方も同様に対極に位置するもので、オアシスを過去のものとして決別したノエルと、今でも強く再結成を望み、自身のライブではオアシス曲を惜しみ無く披露するリアム……。片方が近付こうとすれば片方が離れてしまうという、まるで磁石のように反発し合うふたりの関係性は年を追うごとに顕著になった。実際オアシス再結成の可能性は毎年のように噂されていたのだが、ノエルは一貫して再結成を望む素振りを見せず、それどころか、リアムがオアシスへの渇望を口にするたびにノエルが雑誌のインタビューを介して放送禁止用語込みで一蹴することが恒例行事となっており、2018年にイギリス音楽誌にて行われたノエルに対してのインタビューでは『もし俺の所持金が50ポンドしか無かったとしても、リアムと再結成するなら路上ライブした方がマシ』とまで語る始末。こうしてオアシスの再結成は天文学的に遠退いたかに見えた。

けれどもある時、そんな両者の冷戦状態を根底から覆す出来事が起こった。それこそが、コロナウイルスの流行である。
 
コロナウイルスの混乱の真っ只中であった3月下旬、リアムは自身のSNSにて意味深な呟きを投稿。そこに書かれていたのは「仲直りはもう頼まない。これは要求だ。コロナウイルスが収束したらオアシスを再結成する。全ての収益は病院関係に寄付する。お前(ノエル)はどうだ」とする決意表明であり、数日後には「お前が来ても来なくてもオアシスのライブをやる」との呟きを投下し、ファンの期待を最大限に煽った。ライブを筆頭として音楽シーンが徐々に困窮し、医療従事者の労働環境が問題視されている現状に加え、将来的に起こり得るであろう『コロナウイルス感染者が減少傾向となった後の復興』といった点を鑑みると、確かな理由と未来を見据えた今回の呟きは、かつてリアムが突発的に訴えてきたオアシスの再結成とは大きく異なる、極めて高い実現性を感じさせるものでもあったのだ。
 
そして運命の4月29日にノエルの手で突如投下されたのが、オアシスの未発表デモ音源“Don't Stop…”である。言わずもがな、今までオアシスに対して一定の距離を置き、頑として首を縦に振らなかった彼としては異例の行動であり、その一報は当然の如く海外メディアで大々的に取り上げられた。なおノエルは今回リリースに至った経緯について「ロックダウン中、自宅でCDを整理している時にこの曲を発掘した」とし、あくまでもリリースに至ったのは偶然であったことを強調。「一部の人は気に入ってくれると思ったから楽しんでもらいたいし、議論してもらいたいと思ってリリースすることに決めた。夜中にインターネットで公開される。これは“Don't Stop…”って曲さ」と締め括った。
 
穏やかな雰囲気が印象的な“Don't Stop…”。ボーカルを務めるのはリアムではなくノエルで、曲調のみを捉えればオアシスというより、どちらかと言えば彼が発起人となって結成されたバンド、ノエル・ギャガーズ・ハイ・フライング・バーズに近い印象を呼び起こさせる代物。よって楽曲自体の完成度は極めて高いものの、ロックバンド・オアシスとして鳴らされるものとしては些か地味な印象もあり、全体的なパワフルさという点で捉えるとするならば、かつてのオアシスがデモの段階で封印したというのも頷ける。けれども“Don't Stop”には全世界が疲弊する今こそ鳴るべき必然が宿っているようにも感じるのも、また事実なのだ。
 
《Don't stop being happy/Don't stop your clapping/Don't stop your laughing/Take a piece of life/It's alright to hold back the night》
 
《幸せでいることを やめちゃいけない/拍手をやめちゃいけない/笑うのをやめちゃいけない/人生のかけらを手にしたなら/いいんだ 夜を終わらせなくても(和訳)》
 
サビで繰り返し歌われる『止めてはならないもの(Don't Stop)』の正体とは幸せ、拍手、笑いといったポジティブな事柄である。そしてこれらは現実と照らし合わせるとするならば、幸せと笑いは自粛期間中に精神状態を内向きにするための行動で、拍手は医療従事者への感謝。その後に歌われる歌詞はコロナウイルスによって不自由な生活を余儀無くされている人々を優しく包み、優しく肩を叩く行為にも取れる。……無論上記の解釈は随分と『今』の考えに寄せていて、実際“Don't Stop…”が約15年前には存在していたことを踏まえると、ノエルがコロナウイルスを受けてこの楽曲を制作した可能性というのは万にひとつもない。しかしながらこの楽曲が今の情勢と重ねざるを得ないほどの説得力を纏っていることも同様に、絶対的に揺るがない。

……ノエルが“Don't stop…”を投下した翌日には、リアムが「古いデモ音源をリリースするんだったら、俺が歌っててボーンヘッド(オアシスの元メンバー)がギターを弾いてるやつにしてくれ。そうじゃなかったらお前と同じで価値がない」とツイートし、続いて「オアシスの名前でリリースするなら、俺にも許可をとるべきだ。でも何も聞いてない。まぁ、あいつのことだから期待してないけどな」とも綴った。これらのリアムの発言を鑑みるに、やはり未だノエルとの距離は平行線を辿ったままであり、現時点ではオアシス再結成の可能性は低いのではと推察する。おそらくノエルは何故このタイミングでオアシス楽曲のリリースに至ったのか、その行為にどのような意味が込められていたのかについて公の場で語ることはないだろうし、それどころか今後ライブで披露することも、今回の話を契機としてリアムが差し出したオリーブの枝をノエルが素直に受け取ることもまた、可能性としては低いだろう。
 
だがたとえ彼の深意が掴めずとも、彼の今回の行動には大いなる意味を感じずにはいられないし、そうでなくとも世界中の人々が悲観的な思いに駆られている今、オアシスを愛する大多数の人間にポジティブな思いを抱かせたのは間違いない。10月29日にはロンドンのO2アリーナにて行われるリアムのソロライブが決定しており、ライブの告知画像には小さな文字で『スペシャルゲスト参加』と記されている。このスペシャルゲストの正体がファンが長年待ち望み続けたあの人物なのかは、現時点では分からない。けれどもコロナ禍で世界中が憔悴する現在だからこそ、許されても良いのではなかろうか。11年もの間ストップしていた伝説的バンドの復活を、希望の光として夢見ることくらいは。


※この記事は2020年5月26日に音楽文に掲載されたものです。