時刻が20時を回り始めた5月上旬。定刻と共に生配信の幕開けを飾るYouTube特有のカウントダウンが始まると、心中の興奮が一段階引き上げられる感覚に陥った。もっとも閲覧者がリアルタイムでコメントを行うことが可能なチャット欄はこの時点で既に1秒ごとに数十のコメントが飛び交うパンク状態と化しており、今回の生配信を待ちわびていたファンの期待値の高さをこれ以上ない視覚的勢いで感じ取ることができたのも、ただならぬ高揚感の理由のひとつであろうが。
そんな焦らしに焦らすカウントダウンがゼロになると、画面上にはタイトルを体現したお風呂場のアニメーションがお目見え。その床には今までずっと真夜中でいいのに。(以下ずとまよ)のMVに幾度も登場したオリジナルキャラクター『うにぐりくん』と、今回新たに仲間入りしたその名も『バクさん』が座っており、彼らの前には小さなグランドピアノも鎮座している。なおこの映像は今回のライブに際してかつて“蹴っ飛ばした毛布”のMVでも共演したアニメーションクリエイター・革蝉が手掛けており、演奏中は目まぐるしく様相が変化するという手の込んだ代物。具体的にはヨタヨタと一生懸命にピアノを弾き倒すキュートなうにぐりくんとバクさんの光景と、途中途中で展開する圧巻の映像美でもって、ライブを彩る重要なエッセンスとして一役買っていた。
配信開始から数秒間の間こそ物が擦れるような極小の音でタイミングを図っていた様子だったが、次第に不穏なピアノが鼓膜を刺激し、記念すべき1曲目に至るまでの道筋を緩やかに形作っていく。瞬間聞き覚えのあるピアノリフと共に、昨年発売のミニアルバム『今は今で誓いは笑みで』でも同様にオープナーとして位置していた“勘冴えて悔しいわ”が生ライブさながらの勢いでもって鳴らされた。
今回のライブは事前にアナウンスされていた通り、ずとまよの中心人物であるACAねに加えて楽器隊はピアノのみで、ずとまよにしては珍しいミニマルな編成であった。ピアノに関してもソロピアノではなく2名のツインピアノで構成されており、レフトピアノは昨今のずとまよのライブでも絶大な存在を担っていた村山☆潤。ライトピアノは“秒針を噛む”や“ヒューマノイド”、“脳裏上のクラッカー”など数々のヒット曲のレコーディングに携わった西村奈央という、ピアノの存在感が極めて印象的なずとまよを語る上では欠かせない2名。加えてイヤホンを装着しながらライブを閲覧すると左耳からは村山のピアノが、そして右耳からは西村のピアノが主張する仕組みも取り入れられており、流石に実際のライブと全く同じとは言わないまでも、サウンド面を切り取ればライブさながらの臨場感溢れる奥行きのある演奏が鳴り響く極上空間であったように思う。
ライブの舞台がお風呂場ということで、事前に「過剰なリヴァーブがかかってしまうのではないか?」との一種の懸念事項も脳裏を過ったACAねの歌声も申し分なしで、CD音源と遜色ないほど朗々としたボーカルで魅了。今回のライブは総じてピアノの音量が大きめに設定されていたのだが、そのど真ん中をACAねの歌声が切り裂くように響き渡るため、思わず息を飲む迫力をも携えていた。
「こんばんは、ずっと真夜中でいいのに。です。みなさん、元気……?何して、過ごしてますか。私は家で曲作ったり本読んだり、ゲーム実況観たりして過ごしてます。(今日本来は)幕張のホールでライブだったんですけど、延期になってしまって。残念ですが、記念に歌いたいと思います」
“勘冴えて悔しいわ”の後はACAねによるひとしきりのMCに移行し、たどたどしくも言葉を選びながら思いを語ったACAね。後に「緊張してあたふたしていましたが..楽しかったです」と自身のSNSに綴っていた彼女だが、今まで体験したライブのMCや弾き語り形式の生配信でのACAねと比較するとボリュームを最大にしても所々聞き取れない吹けば飛ぶような語り口に徹しており、今回の実験的な試みは彼女の長い音楽人生で考えても未知の部分が多かったのだろうと推察する。けれどもそうしたACAねのトークもひとたび楽曲が始まると一転、高らかに突き抜ける歌声でもって心を掌握させる力強さを孕んでおり、ACAねはずっと真夜中でいいのに。という音楽ユニットとしての側面以上に、ひとりのシンガーとして類い稀なる才能の持ち主であることに気付かされた瞬間でもあった。
続いて披露されたのは、自身初のフルアルバム『潜潜話』にてリード曲たる役割を担っていた“蹴っ飛ばした毛布”。
《ずっと解決が 答えじゃないことが 苦しいの わかってるけど/無口な君 真似ても 今は緩い安心が不安なんだよ》
《誰に話せばいい これからのことばかり 大切にはできないから/すぐ比べ合う 周りが どうとかじゃ無くて 素直になりたいんだ》
現状ずとまよには、記録に残る形として手ずから記された媒体はほぼ存在しない。それどころかずとまよはACAねのソロなのかグループなのかという根底に関わる事柄についても一切の公表を拒み、徹底して『楽曲』という武器のみを用いてここまで登り詰めてきた。だからこそずとまよの楽曲にはACAねの伝えんとすることが如実に現れていることは明白で、その中でも取り分け“蹴っ飛ばした毛布”では、内向的な性格が故に押し寄せるネガティブな思いを頻繁に抱えながら日常を生きるACAねの本心が、極めてストレートに記されている。……そもそもこうした事柄を考えること自体無粋だろうが、代表曲をほぼほぼ廃し、更には同じくピアノ主体の”こんなこと騒動“でも“脳裏上のクラッカー”でも“Dear Mr.「F」”でもなく、何故この楽曲が演奏曲は僅か4曲、時間は30分弱という環境下でセットリスト入りを果たしたのか。その理由については勝手ながら、様々に思考を巡らせてしまった次第だ。
その後は自在に緩急をコントロールしつつ、ライブにおいてもACAねのボーカルとピアノのみで進行していたこの日に相応しい“優しくLAST SMILE”で清らかな歌声を響かせると、最後は「良かったら最後、お風呂場とかで一緒に歌ってください」との一言から、これを聴かずには終わることの出来ないずとまよ屈指の代表曲“秒針を噛む”をドロップ。
原曲ではギターの主張も強かった“秒針を噛む”だが、この日ばかりはピアノオンリーのアレンジでもって全く新しい形の“秒針を噛む”として再構築。背景に時計の針を刻むアニメーション映像が流れる中、先程披露された“優しくLAST SMILE”とは打って変わってソウルフルな歌唱に徹し、完全燃焼を図るACAね。終盤では《このまま 奪って 隠して 忘れたい》とのコメントがチャット欄に踊るライブさながらの一幕もありつつ、ライブは大団円で幕を閉じた。
瞬間映像は切り替わり、ACAねが感情の赴くままにぬいぐるみを布団上でダンスさせる映像でもって、5月14日に公開となる新曲“お勉強しといてよ”と、8月5日にリリース予定の自身3枚目となるミニアルバム『朗らかな皮膚とて不服』の報告が成され、そして本邦初公開の特報として10月30日に公開となる映画『さんかく窓の外側は夜』の主題歌決定と、その楽曲のタイトルが“暗く黒く”であることが発表され、この日のお風呂場ライブ『定期連絡の業務』の業務は全て終了したのだった。
もはや言うまでもないが、今のずとまよはインターネットシーン発のアーティストという枠を超えた、重要な存在になりつつある。思えばずとまよの存在が認知される契機となったのは突如YouTube上に投稿された“秒針を噛む”のバズであり、それからずとまよを一躍シーンの中心に押し上げたのは昨年発売のフルアルバム『潜潜話』だった。そして8月にリリースされるミニアルバム『朗らかな皮膚とて不服』はおそらく、ブームの渦中を漂うずとまよの人気を不動のものとする渾身の一作となるだろう。
今回の『定期連絡の業務』は毒にも薬にもならないような単なる事務的な連絡ではなく、確固たる宣戦布告であったということを、我々は近い将来必ずや思い知ることになる。そう。ずとまよの躍進はまだまだ続くのだ。
※この記事は2020年5月15日に音楽文に掲載されたものです。