キタガワのブログ

島根県在住のフリーライター。ロッキン、Real Sound、KAI-YOU.net、uzurea.netなどに寄稿。ご依頼はプロフィール欄『このブログについて』よりお願い致します。

【ライブレポート】『浜崎貴司GACHIスペシャル in 国宝松江城 浜崎貴司 vs 奥田民生 vs スガシカオ vs 藤巻亮太 vs 矢井田瞳』@島根県民会館大ホール

こんばんは、キタガワです。

 

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朝、引っ切り無しに鳴り続ける風の音で目覚める。嫌な予感を確かめるようにカーテンを開けるとそこにはバケツだのビニールだのボールだの、おそらくは周囲の家から吹き飛ばされてきた物がまるで何かのコメディー作品のように行ったり来たりしていた。それならばとテレビを点ければ、現場のニュースキャスターが「春一番の到来により暴風が吹き荒れ、電車が止まるなど全国的に影響が出ています」と大声で捲し立てている。その瞬間、今回の野外ライブに関してどんなアナウンスがあったとしても、割り切る心積もりでいた。


だが、スタッフの方々を中心とした多くのサポートの甲斐もあり、結果松江城の目の前にある島根県民会館にて開催は実現に至った。松江城での野外ライブが十中八九不可能であると判断した主催者側が公式アナウンスを飛ばしたのは、開場時間(12:00)の何と約30分前。無論そこから松江城に集結していた参加者は島根県民会館まで大移動する……というのは全く問題ないとしても、スタッフの方々は島根県民会館まで急いで機材を運んだり、セッティングをしたりといった作業がいくつも発生する訳で、本当に大変な作業だったことだろう。中止にすることが最善策と思われる中で、実現に向けて動いてくれたスタッフの方々には心からの感謝を伝えたい。

 

開場は当初の予定から少しばかり遅れ、14時からスタート。会場に足を踏み入れるとそこには県民会館らしく大量の座席があり、各自チケットに記載されている番号と座席番号を照らし合わせながら席に着くお馴染みの流れだ。ただひとつ違うことがあるとすれば、フムフムと座席を確認してその場所に向かっても、座席には本来の番号とは違う番号が書かれていたこと(例:15列10番→13列10番など)。その理由はおそらく元々野外公演を想定していたものが会場変更になったことで、座席の位置感覚を変えざるを得なかったためだろうが、その新たな番号設定についても番号を印刷したコピー用紙をちぎってセロハンテープで座席に貼り付ける形を取っており、如何に今回の会場変更が大変だったのかを物語っているようでもあって、思わずグッとくる。
 

観客も大方入り終わった14時25分頃、ゆっくりと暗転。まずはエフエム山陰から高田リオン、TSK山陰中央テレビから山下桃のアナウンサー2名がステージに現れると、今回のライブの主旨について説明。あまりに長いため今記事のタイトルでは省略しているものの、今回のイベントの正式名称は『松江市国際文化観光都市70周年記念事業 エフエム山陰開局35周年記念・TSK開局50周年記念 浜崎貴司GACHIスペシャル in 国宝松江城 浜崎貴司 vs 奥田民生 vs スガシカオ vs 藤巻亮太 vs 矢井田瞳』。つまりは松江市とエフエム山陰、TSKの3つの周年を祝う代物として企画されているとのこと。更に『GACHI』と題されたタイトルに関しても浜崎貴司が同イベントを恒例企画として日本全国で開催していること、また今回の出演者がとてつもなく豪華なことなどをしっかり説明した後、遂に本編がスタート。

 

まず最初に登場したのは今回のライブの発起人・浜崎。松江城から会場が変更になる予想外の展開もあったものの、それでも開催に漕ぎ着けたことにとても喜んでくれていた浜崎の笑顔に、我々としても一安心だ。そしてプロレス的なBGMとアナウンスから藤巻亮太、矢井田瞳、スガシカオ、奥田民生の4名が呼び込まれ大きな拍手を浴びると、暫しメンバー内で談笑。ただ会話の主導権を握っているのは基本的に浜崎と民生で、ふたりのやり取りを他のメンバーが笑って盛り上げるような状態で進んでいくのだが、その内容も阿部寛の『ドラゴン桜』のモノマネをした浜崎に対して「えっ?安倍首相ですか?」と無茶振りをし、更に安倍元首相の国会演説的なモノマネが続いてグダグダで終わるという失笑気味の代物で、誰かがツッコまなければ全く収拾がつかないのが面白い。おそらくはこの5人で集まった際には、いつもこうした雰囲気なのだろう。ちなみに大切な情報をここでひとつ綴っておくと、今回のステージは左から藤巻、矢井田、浜崎、スガ、民生の順番で横並びになっており、それぞれギタースタンド+マイク+ギター+譜面台があるだけというシンプルなセット。各自その場所を定位置として、同じ場所で演奏していたことは是非とも抑えておきたい。

春一番 キャンディーズ - YouTube


そしておもむろに全員がギターを手に取ると、そのまま1曲目“GACHIのテーマ”へ。この楽曲はGACHIシリーズ恒例の楽曲として知られており《○○ちゃん 調子はどうだい?》のフレーズから次々にバトンを繋げていくリレー形式の歌唱が売り。時折歌詞の一部を《松江はどうだい?》に変える一幕もありつつ、手拍子のアクションも相まって徐々に会場のボルテージは上がっていく。続く楽曲はもうすぐ季節が春になることから、何とキャンディーズの“春一番”をドロップ!こちらは女性ボーカル曲であるためか、主に矢井田がメインで歌唱するため、“GACHIのテーマ”とはまた違った印象のアレンジだ。《もうすぐ春ですね 恋をしてみませんか》のキュンとするフレーズをこのメンバーで聴けることは純粋にレアだし、民生に至ってはサビの振り付けを完コピしながらギターを弾いていて、目にも楽しい。全員がギター1本の混じりっけなしのサウンドで披露していることもあってか、肉体的な感覚さえ覚える最高のパフォーマンスだ。


“春一番”が終わると浜崎と民生による互いの発言をツッコミ合う爆笑トーク……浜崎が斉藤由貴“卒業”を《卒業の〜◎△$♪×¥●&%#〜♪》と曖昧に歌い、民生が「それ本当は《制服の〜胸のボタンを〜♪》じゃない?そもそも卒業ソングなのに最初の歌詞で卒業って言っちゃうのおかしいでしょ?」という寸劇……が再び挟まれると、藤巻を除く4名が退場。ここからはステージにひとり残された藤巻によるソロタイムだ。「僕は以前レミオロメンというバンドをやっておりまして。今はソロ活動をやらせてもらってるんですけど、その楽曲を今から披露したいと思います。桜が咲いてる予定で用意してたら全然咲いてないっていう……」というMCから披露された1曲目は、レミオロメンの“Sakura”。この季節に聴く感慨深さももちろんあるが、やはりこれまで親しんできたあの歌声が胸に響く感覚は、思わず涙腺が緩んでしまう力強さに満ちている。ふと客席を見ると藤巻のライブに参加し続けてきた長年のファンだろうか、腕を左右に振りながら楽しむ人もおり、改めて藤巻亮太というアーティストの求心力を目の当たりにした次第だ。

レミオロメン - Sakura - YouTube


続く楽曲は誰しもの心に残る“3月9日”。元々は3月9日が誕生日とする友人の結婚式のために作曲したもので、それが今や自分の手を離れて『卒業ソング』の位置付けで広く取り上げられるようになっていることを嬉しく語りながら、オチとして「でも最初にその人の結婚式の時にサプライズ披露したら『ドラムの音がデカくて全然聴こえなかった』って言われました」という知られざるエピソード付きでの演奏。


ラストはまさかのコラボとして、浜崎と民生を呼び込んだ状態での“粉雪”。バラードの雰囲気的なことからか、浜崎は「本当はひとりで歌いたかったんじゃないの?」とイジっていた中で藤巻は「いや全然!むしろ光栄です!」と、対象的な低姿勢な若手感が楽しい。ちなみに本来は藤巻と浜崎のふたりでの披露を予定していたが、かつてYouTubeでコラボした際に歌詞を覚えたため急遽参加とのこと。このコラボでは藤巻はメロを中心に歌い、サビは浜崎と民生に任せる形を取っていたが、よくよく考えればこのふたりが生で“粉雪”をカバーしている状況は未だかつてない訳で、ファンにとっては激レアである。中でもキーの高いサビを見事に歌い上げる民生の姿には、多くの拍手が飛んでいた。結果今回披露された全ての楽曲がソロではなくレミオロメン楽曲であったことは驚きだったが、瞬時に心を掌握する上ではとてつもなく適していた印象だった。

レミオロメン - 粉雪 - YouTube


続いては紅一点・今年でデビュー22目を迎える矢井田瞳である。矢井田はセットリストを全てベスト盤に収録されている楽曲、それも20年前から披露し続けている代表的なものオンリーで構成していたのが印象深く、1曲目“Look Back Again”から急速に観客を魅了していく。女性ボーカルの中でも圧倒的に高いキーを自在に使い分けて展開する様は流石と言う他ないが、特に“Look Back Again”では《Yeah Yeah Yeah》のメロ部分やギターのジャッジャッジャッジャと鳴るフレーズが最大限にマッチし、1曲目ながら耳に残る素晴らしさ。

Look Back Again - YouTube


コロナ禍によって人々の距離感を改めて考えざるを得なくなった状況を踏まえての“Over The Distance”を終えると、MCとしてこの日の午前中に松江城でリハーサルをした話を。小学生の子どもの卒業式の関係でスケジュールがタイトだった中でリハーサルをしたという矢井田は、ステージで歌っている際に体が強風で後ろに持っていかれてまともに歌えなかったとし「あのままだと(何かが飛んで当たったりして)事件になってたと思う」と笑顔で語り、会場を変更したことをポジティブに捉えていた。

矢井田 瞳 - My Sweet Darlin' - YouTube

 

今回のラストソングは浜崎を交えた大ヒット曲“My Sweet  Darlin‘”。この楽曲が女性視点の恋愛ソング(《ダーリンダーリン》のフレーズが特に)であることと英語詞の難しさから浜崎は直前まで歌うことを躊躇っていたけれど、矢井田は難易度が高いこの楽曲はこれまでコラボすること自体が珍しかったとし、コラボに関してとても嬉しそう。もちろんコラボが完璧に終わったことは明らかで、日本国民の大半が知っているであろうあのフレーズを中心に大勢の拍手を浴び、この日一番とも言える一体感を作り出してくれた。


浜崎いわく「GACHIシリーズに誘ったら絶対に出てくれる人」として呼び込まれた次なるアーティストはスガシカオ。「実はここって序列が厳しくて。一番上が浜崎さんと民生さんで、ふたりが何か言えば藤巻くんと矢井田さんがすぐ『はい!やります!』っていう。僕はその中間にいるみたいな……」という何故か何となく分かってしまう裏事情を暴露してライブスタート。これまでスガシカオと言えばライブではバンドセットでファンク主体、というスタイルが知られていて、実際何度か筆者が参加した彼のライブでもそうだったのだが、この日はどちらかと言えばバラード寄り、観客の手拍子もほぼなしで良い意味でじっくり聴かせる構成になっていたのがニクい。しかもまさかの初っ端から『プロフェッショナル 仕事の流儀』でお馴染み、あの“Progress”で始まるというのだから、興奮が高まるのは必然と言える。

スガ シカオ - Progress MUSIC VIDEO - YouTube


更にここでSMAPに楽曲提供し、スガが音楽シーンを駆け抜ける契機となった“夜空ノムコウ”を披露すると、長尺のMCへ。ここでは浜崎も登場してのエピソードトークで盛り上がり、浜崎の「さっき俺らの悪口言ってた?」という恐怖の切り出しをスガが上手く躱した後、初出しのトークとして浜崎は、スガがGACHIスペシャル沖縄公演後のライブの打ち上げを断り、その裏でひとり映画を観に行っていたことを暴露。「こいつこういうとこあるんだよ。何となく分かるでしょ皆さん?」と同意を求める浜崎に対して「いやいや!僕少し(打ち上げに)顔出したじゃないすか!」とスガ。「ちなみにその時何の映画観たの?」と浜崎。「覚えてないっす。何か違うことやるってアーティストとして格好良いじゃないですか」とスガ……。もはやひとつの爆笑コントだがそれすらも彼らしいというか、周りを見つつ自分らしさを貫く姿勢は何というか、ファン誰しもが分かってくれることだろう。

黄金の月 - スガ シカオ(SUGA SHIKAO) - YouTube

 

最終曲は代表曲のひとつ“黄金の月”。元々音数の多かった原曲とは違い、ギターオンリーで紡いでいく“黄金の月”は新鮮であり、また若干の高音であるスガと低音を武器とする浜崎がこの楽曲でコラボしたことについても、素晴らしい化学反応が生まれた気がする。これまでにも綴っているように今回のライブはコラボが都度挟まれてはいたが、この楽曲では後輩であるスガがメインで先輩の浜崎はサポートに徹していて、先程のMCでも語られていたようにスガのゴーイングマイウェイ的な精神性も感じることが出来る、面白いコラボだった。

 

ここで、ステージには藤巻、浜崎、民生の3人が集結。そこで浜崎は「本当なら吉井和哉さんも出る予定だったんですけど、声帯ポリープの療養のためキャンセルということで……」と、吉井の体調を気遣いながら吉井の代打として民生が参加を快諾してくれたこと、また本来であれば昨年開催される予定で動いていた今回のライブが延期になり、出演者も変更になり、会場の変更をも余儀なくされた中で実現に至っていることを説明すると、披露されたのはTHE YELLOW MONKEYから“LOVE LOVE SHOW”!残念ながらキャンセルとなった吉井和哉の意思を引き継いだ、予想外過ぎるサプライズにもちろん会場は大興奮。腕が常に上がり続ける最高の空間と化した。加えて、ファンにとってはお馴染みのライブバージョンの“LOVE LOVE SHOW”ならではのアレンジである「何て言うんだっけ!?」→《がんばっちゃうもんね》の掛け合い(以下公式動画参照)も完コピで叫んでいて、実際にはいないけれども確かに吉井も存在しているような感覚にも陥る。

【LIVE】LOVE LOVE SHOW -Nagoya Dome, 2019.12.28- - YouTube

 

そして一度浜崎以外のメンバーが退出したところで、浜崎の口から再度サプライズがあるとのアナウンスが。「今日本当ならもうひとり歌っていただける方がいらっしゃったんですが、実は本日お呼びしています!」……「まさか吉井が島根に!?」とざわつく場内に合わせるように「ご紹介しましょう、吉井和哉さんです!」と呼び込まれもちろん全員拍手喝采だったのだが、そこに現れたのはまさかの奥田民生。一瞬にして爆笑に変わる反応をよそに、民生は「どうも吉井和哉です……」と体をクネクネ動かしながらの謎のモノマネで更なる爆笑へと繋げていき、以降も浜崎から「民生さんどうですか?」「吉井さんの代打で来ていただいて」と振られるたびに「いや俺吉井だけどね」「ここにいるよ吉井」と毎回ボケる流れが確立。次第にトークはどんどん脱線し「ロビーン!」と吉井和哉の愛称を叫んだり、『あしたのジョー』の丹下段平よろしく「ジョー!!」と何度も繰り返して収集がつかなくなったタイミングで、浜崎が退場。ステージには奥田民生……もとい吉井和哉ひとりが残された。

 

ステージが明るくなってからも吉井のモノマネを繰り返しながらギターを構えた民生。そしてギターを弾きながらおもむろに歌われた《追いかけても追いかけても》のフレーズに、誰もが驚いた。1曲目に披露されたのは何とTHE YELLOW MONKEYの“バラ色の日々”のカバー!正直この日の民生はこれまで観たどのライブよりマイペースな印象で、中心的な存在を担っていた感はあった。けれどもそれは心の中ではどうにか吉井の意思を継ごうと、また苦難に立たされたライブを成功に導こうとしっかり考えてこの場に臨んでいたためで、つまりは彼なりの最大限の感謝に他ならなかった。

【LIVE】バラ色の日々 -Tokyo Dome, 2020.11.3- - YouTube


続く“トロフィー”を終えると「今ファーストテイクでバズってるやつ」として代表曲“さすらい”を投下し、途中のMCでは呼び込まれた矢井田と浜崎が頭に巻いている民生の白いタオルについて突っ込む。なおこのタオルは持ち込んだものかと思いきやこの会場の前にあった売店で何となく購入したしまねっこタオル(生産は有限会社マルニシ物産)であるらしく、会場は大爆笑。というのも、今回のライブでは限定商品としてオレンジ色のフェイスタオルが販売されており、本来であれば民生の頭に巻かれているのはそれでなければおかしいからだ。しかし民生は混乱する浜崎をよそにしまねっこタオルの紹介を始めてしまい、浜崎からは「どうするんですか、ライブ後に前の売店で売り切たら……」と再び突っ込まる始末。

奥田民生 - さすらい / THE FIRST TAKE - YouTube


最後の楽曲は矢井田と浜崎が加わっての“イージ㋴ー★ライダー”。民生は時折「松江ー!」と絶唱しつつ、ふたりと歌唱をスイッチさせながら楽曲を紡いでいく。ただここでも民生節は健在で、本来であればメロごとに歌唱者を変える段取りだったはずが一度入りを間違えた浜崎を見てか、2番からは民生が全てひとりで歌ってしまう爆笑の流れに。慌てて「いや全部歌ってるやん!」と指摘するもどこ吹く風といった様子で、最後は3人全員で全パートを歌い切る切り返しで大団円。「矢井田瞳!浜崎貴司!」に続いて「吉井和哉!」の紹介でステージを後にした民生は、最後まで「ロビーン!ジョー!!ジョー!!!」と絶叫していた。

奥田民生 『ひとり股旅スペシャル@嚴島神社 イージュー☆ライダー』 - YouTube

 

今回のライブを締め括るのはもちろんGACHIスペシャルの発起人であり、ギター1本で戦うSSW・浜崎貴司!とその前に再び高田リオン氏と山下桃さん、そしてスペシャルゲストとして鷹の爪団から吉田くんを招いたトークに移行。ただ今回のライブの興奮を口々に語るふたりをよそに、吉田くんは何故か変な声で何かを捲し立てている。大方の予想通りその声の人物は奥田民生で、どうやら民生がステージ袖にあったマイクを通し、吉田くんになりきって喋っているらしい。しかしながらこちらも先程のMCと同様、何を聞いても「ジョー!」や「ワイルドだろう?」「どうもこんばんは阿部寛です」など謎のモノマネを展開するため、何だかグダグダで終了。最後はステージの中央に座った浜崎の背後をスーッと民生が横切って観客にワッショイアピール(手拍子してくれの合図)で拍手が巻き起こり、そのままライブへ。

FLYING KIDS/風の吹き抜ける場所へ(Growin' Up,Blowin' In ehe Wind) [MUS - YouTube

 

 

浜崎の1曲目は、島根県松江市出身のミュージシャン・浜田真理子の“水の都に雨が降る”のカバーからスタート。雨量が比較的多い地域的特徴、ゆったりとした町の雰囲気などをつまびらかにするこの楽曲をゆったり聴かせると、続いてはFLYING KIDS時代の代表的ナンバー“風の吹き抜ける場所へ”をリズミカルに披露。太く伸びやかな歌声がまさしく吹き抜けるように浸透していく様は圧巻だし、FLYING KIDS時代とは一風変わったギター1本のパフォーマンスであることも相まって、とても印象的だ。 

FLYING KIDS/幸せであるように [MUSIC VIDEO CLIP] - YouTube


最後の楽曲はもちろん“幸せであるように”。お相手は後輩のスガシカオで、こちらもファンにとっては垂涎もののコラボとなる。MCでは先程の年功序列的な関係性が何となく分かる会話の応酬と、風が吹き抜け過ぎた結果この県民会館でライブをすることになってしまったこと、松江城でライブをするのが夢だったがリハで演奏することが出来たので無問題といったトークが繰り広げられ、いざ楽曲に雪崩れ込めばふたりとも真剣な表情で柔らか&ソウルフルな歌声を響かせていた。原曲を繰り返し聴いてきた身としても新鮮で、言葉数多く畳み掛けるメロもバッチリ決まり、ふと周囲を見れば観客が一様に手拍子。穏やかな中にもしっかりと力強さを見せる、盤石のパフォーマンスだった。
 

これにて全出演者のライブは終了……と思いきや、まだまだライブは終わらない。まずは舞台袖から民生を除く出演者全員をステージに招いてのフリートークに移行。ちなみに全くステージに出てこず「俺元々人前で何かやるの苦手なのね。でも松江で天職見つけたかも知れない……」と舞台袖でずっとマイクを使って喋り続ける民生は立ち位置を気に入った様子で、思わずスガからは「もうあの人からマイク取り上げた方が良いっすよ!」と笑顔で一喝。そしてようやく民生も揃って全員が本日販売の手ぬぐいを見せ付ける中、民生だけが近所の売店で購入したしまねっこタオルを掲げる爆笑のオチへと突き進んでいく(正直ここまでのレポでも民生について綴る場面が多かったため申し訳ないのだけれど、本当にこの日はそれ程までに民生の存在感が圧倒的だったので、どうかご了承ください)。

THE TIMERS - デイ・ドリーム・ビリーバー (Hammock Mix) - YouTube

 

本編最後の楽曲は忌野清志郎(ザ・タイマーズ)の“デイ・ドリーム・ビリーバー”。《ずっと夢を見て 安心してた/僕はデイ・ドリーム・ビリーバー そんで 彼女はクイーン》……。5本のギター、5本のマイクだけであの名曲がこの豪華メンバーでカバーされることは当然大満足として、それぞれのトーンも全く異なるにも関わらず、どこか一体感さえ覚える心地良さは圧巻だった。アーティストとして長らく第一線を走り続ける彼らの経歴を考えれば当然と言えば当然だが、それでも。個々の存在感を一切損なうことなくワンチームで楽曲を形作っていることには、ある種の感動を覚えた次第だ。

 

“デイ・ドリーム・ビリーバー”を終え、すぐさま落ちた客電。ただこの後に待ち受けるのは当然アンコールであり、メンバー退場後にスタッフが黙々と再チューニングしていくギターを察知した観客がひとり、またひとりと手拍子を開始し、いつしかその広がりは会場を包み込むまでになっていった。そんな興奮に誘われてか、再度メンバーが登場。改めてこの日一日の伝説的開催を讃えつつ、ギターを携えてアンコールの準備に取り掛かる。ボソリと民生が呟いた「何でアンコールでこの曲やるの?」という言葉に、会場内は次の曲を予想しようとザワザワ。そして結果から言えば、そのアンコール楽曲はこのメンバー的にも誰もが予想出来る筈がない楽曲だった。 

沢田研二 勝手にしやがれ - YouTube


という訳で、アンコール1曲目は沢田研二の“勝手にしやがれ”。この日一貫して着席していた観客たちを、浜崎が「みんな立とう!」と促しての最高のパフォーマンスだ。繰り返すが、浜崎と民生と矢井田と藤巻とスガという名だたるアーティストたちが“勝手にしやがれ”を歌唱している場面は少なくとも誰も見たことがないはずで、この時点で超貴重。しかもこの楽曲に関しては本家・沢田研二のライブパフォーマンスを上手く再現していて、サビの《アーアー》で観客を含めた全員が腕をユラユラと動かし、民生に至っては《寝たふりしてる間に 出ていってくれ》の場面でタオルを客席に投げる(注:かつての沢田研二はこの場面で帽子を投げていた)衝撃の一幕もあり、本当に楽しかった。今回のライブは老若男女、様々な年代の人々が参加していたけれど、個人的には“勝手にしやがれ”が鳴らされた瞬間涙を流してピョンピョン飛び跳ねながら楽しんでいた方々を見て泣きそうになってしまった。「やっぱり生ライブの良さってこれだよなあ」というか、強い言葉を使ってしまえば「生きてて良かった」と心から思った。

Louis Armstrong - What A Wonderful World - YouTube


そしてこの日2度目となる“GACHIのテーマ”が《吉井ちゃん 調子はどうだい?》のアドリブから民生が吉井のモノマネで答える形で鳴らされると、ここで浜崎を除くメンバーが退出。ただひとり残された浜崎が弾き語りで奏でた正真正銘最後の楽曲は、1967年にルイ・アームストロングが歌唱し、ここ日本でも“この素晴らしき世界”の名で知られる“”What a Wonderful World”の日本語詞カバー。コロナが猛威を振るい、他国で争いが起こり、先の見えない生活が続く現在……。その現状は少なくとも『良い時代』だとは決して言えない。いや、情勢的なことばかりではない。それこそ今回のライブも、こうしたことはあまり書くべきではないけれどもコロナで延期になったし、開催場所も変わった。コロナが怖くて参加を断念した人、飛行機が暴風の影響で飛ばず泣く泣く地元にUターンした人だって、中にはいるはずだ。でも、彼はそうした現状全てを引っ括めて、この世は素晴らしいと高らかに歌い上げていた。たとえ最悪な状況であっても、それでも全てを肯定する絶対的な精神を歌声という武器でもって受けた我々はどうすれば良いのだろう。……その答えはすぐには出ないけれど、少なくとも今回のライブが、この生活を照らす一筋の光になったことだけは間違いない。


これにて『浜崎貴司GACHIスペシャル in 国宝松江城 浜崎貴司 vs 奥田民生 vs スガシカオ vs 藤巻亮太 vs 矢井田瞳』、約2時間半にも及んだライブはその幕を閉じた。同時にいろいろなことが続いたライブでもあったけれど、一言で言い表すならばこの日のライブはまさしく『伝説的代物』だったと思う。それはもちろん尽力していただいたスタッフの方々の努力もそうだし、嬉々として付いてきてくれた観客、そして何より「こうした状況になったからこそ絶対に楽しませるんだ!」という出演者の気持ちもパフォーマンスとして表れていたためで、どこを切っても完璧だった。そして我々地元民としても、ここまでハイグレードなアーティストたちが一堂に会するイベントはコロナ禍ではほぼ初であり、改めてライブの素晴らしさをじっくり味わうことが出来た。繰り返しになるが、大変な中で開催に漕ぎ着けてくれた全ての方々に深い感謝を伝えたい。本当にありがとうございました。今度は是非ともあの高々と聳え立つ松江城でライブが実現することを願いつつ、今はこの一生モノの感動に浸り続けていたいと思う。またいつか。


【浜崎貴司GACHIスペシャル@島根県民会館 セットリスト】
[浜崎&民生&スガ&藤巻&矢井田]
GACHIのテーマ
春一番(キャンディーズカバー)

[藤巻亮太]
Sakura
3月9日
粉雪(feat.浜崎貴司&奥田民生)

[矢井田瞳]
Look Back Again
Over The Distance
My Sweet Darlin‘(feat.浜崎貴司)

[スガシカオ]
Progress
夜空ノムコウ(SMAPセルフカバー)
黄金の月(feat. 浜崎貴司)

[浜崎&民生&藤巻]
LOVE LOVE SHOW(THE YELLOW MONKEYカバー)

[奥田民生]
バラ色の日々(THE YELLOW MONKEYカバー)
トロフィー
さすらい
イージ㋴ー★ライダー(feat.浜崎貴司&矢井田瞳)

[浜崎貴司]
水の都に雨が降る(浜田真理子カバー)
風の吹き抜ける場所へ
幸せであるように(feat.スガシカオ)

[浜崎&民生&スガ&藤巻&矢井田]
デイ・ドリーム・ビリーバー(忌野清志郎カバー)

[アンコール]
勝手にしやがれ(沢田研二カバー)
GACHIのテーマ
この素晴らしき世界(ルイ・アームストロングカバー)

TOMORROW X TOGETHERやBE:FIRST、ミセスまで……。『サマソニ2022』第2弾出演アーティストについて

こんばんは、キタガワです。

 

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何しろ洋楽シーンの祭典こと『SUMMER SONIC 2022』、待望の追加出演者&日程発表である。公開当日には多くの反響が寄せられることはイメージ出来ていたし、公式HPがアクセス過多でダウンすることもまた、何となく察してはいた。けれども合計1万リツイート超えというここまでの広がりを目にすると、改めて洋楽ファンにとってサマソニとは、希望の光にも等しい存在なのだと実感した次第だ。


今回新たに発表されたアーティストは総勢9組。人それぞれ好みのアーティストは異なることは間違いないので各自の紹介は省くが、特に今回の発表では取り分けMrs. GREEN APPLE、BE:FIRST、TOMORROW X TOGETHERら3組の起用が加速度的に広がった印象が強い。先日の活動再開ニュースもトレンドに上がったミセスは、活動休止から約1年ぶりのカムバック。BE:FIRSTとTXTは言わずもがなで、とてつもなく分かりやすい形で『今最も注目されるアーティスト』ということもあり、この時間帯は多くのティーンでごった返しそうだ。「○○のライブ観たよ!」と胸を張れるのがサマソニの強みだとするならば、彼らの存在はそのうちの一角を担っている。どうかメンバーひとりも欠けることなく、健康にライブを実現してほしいと願っている。

 

TXT (투모로우바이투게더) 'Frost' Official MV - YouTube


加えて、この度初めて公開された新情報のひとつが、各日の傾向である。というのも、これまでもポスト・マローンやThe 1975、ミーガン・ザ・スタリオンらそうそうたるメンバーの発表が話題を呼んだのは既報の通りにしろ、それぞれがどの日にブッキングされているのかは非公開のままだったからだ。そして結論、2日間の動きが明確に分かれていることも今回の発表で確定され、具体的には東京1日目は重鎮ロック&若手主体で、ザ・オフスプリングやオール・タイム・ロウといった爆音バンドに寄り添うように起用されたマネスキン、ビーバドゥービー、リンダリンダズたちがニクい。それこそザ・リバティーンズは日本でのライブがもう何十年も前だし、リンダリンダズのバンド名は日本の映画とザ・ブルーハーツのあの名曲をモチーフにしていたりもしていて、日本人的にも期待大。


対して2日目は、かなりポップに寄った1日になるのも面白い。そのうち『この金額でライブを観ることがまずプレミア状態』的なアーティストはCL、ミーガン、TXTあたりだが、更に上位にあのポスト・マローンが鎮座しているのも素晴らしく、この日の参加者は名実共に誇れそうな気も……。他にもU2のボノの息子がボーカルを担うインヘイラー、音楽シーンの超新星ことヤングブラッド、生まれは日本でありながら世界的に大バズを巻き起こしたリナ・サワヤマなど盤石の布陣で行われる2日目。世界の流れ的にもポップが主流になっている中で、この出演陣を観ることが出来ることは大いなる意味を持つことだろう。

 

Inhaler - Cheer Up Baby (Official Video) - YouTube


これまでの記事でも様々に綴ってきたことの繰り返しではあれど、特に今年のサマソニはキャパシティを減らしつつ、元通りの形を目指して突き進んでいる。聞くところによると声出しの制限も撤廃し、ステージも昨年とは違い従来通りの複数ステージで展開。深夜のセミイベントも復活するという。現在コロナの雰囲気が落ち着いていることもあり、このまま進めば最高の形でのフィニッシュになる可能性はとても高いし、いち洋楽ファンとしてもその未来を心から希求し続けていきたいと思う。洋楽の灯を消さない精神がこの先にもたらすものは、きっと新しい光になる。その未来は近い。

これまでのFEに辟易した人ほどプレイして欲しい名作『ファイアーエムブレム 風花雪月』

こんばんは、キタガワです。


今でこそ家庭用ゲーム機と言えばNintendo SwitchとPS4の2強だが、そのうちNintendo Switchには、これまでに購入した全てのゲームのプレイ時間を保存・閲覧出来る機能が搭載されている。これは特に友人らとゲームをする際の進行度報告として適していて、例えばポケモンをプレイしている友人たちとプレイ時間を報告し合えば「今○時間やってるってことはこの街らへん?」「100時間やってるなら強いポケモンちょうだい!」など、ある意味ではプレイ意欲にも繋がっている。


ただ、いかんせん年間数百のゲームが制作されるNintendo Switchである。当然購入してもあまりやらない積みゲーも次第に増えていくもので、『先日購入した筈のゲームがたった1時間程度プレイしただけで放置されている』という情報も白日の下に晒されると、何だかシュンとした気持ちにもなってしまう。そのため『ある程度長期間プレイしたゲームで履歴を埋める』がゲーマーとしての理想形とするならば、心に響くゲームを如何に見付けるかが最大の課題になるのだ。

 

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翻って、最近の話。ここ数日は1バトル20分程度で終わる手軽さからか、何かにつけてNintendo Switchの『ファイアーエムブレム 風花雪月』をプレイ中だ。プレイ時間はざっと50時間を突破していて、何だかんだNintendo Switchソフトで言えばかなりプレイしている方。何故ここまで継続プレイが出来ているのか、それは当然ゲームがストレスフリーだからなのだが、それにしても今作のシステムはストレスと隣合わせだった過去作と比べても圧倒的で、ひとつのシリーズの完成形を見るレベルで行き届いている。


最初にざっと説明すると『ファイアーエムブレム(以下FE)』シリーズのルールは、基本的に詰め将棋に近い。まずは自軍のキャラクターたちをマス目に沿って動かして、敵陣に侵入。そこから押し寄せる敵をそれぞれの命中率や攻撃力などを考えながらチクチク倒していき、時には回復したり後退したりして策略的に進みつつ、最深部にいる敵将を倒せばクリアだ。一度プレイしただけですぐにやり方が分かる分かりやすいシステム。……しかしながらFEならではの要素として存在する『一度死んだキャラは復活しない』という鬼畜システムが搭載されていることで、FEは異様なまでの緊張感と、多くのファンを獲得するに至った。


そう。繰り返すが、FEでは死んだキャラは復活しない。これがどういうことかと言えば、単純に自軍の戦力が目に見えて落ちるのだ。例えばこれまで10人で戦っていたところが9人になれば攻撃力も減るし、これまで守っていた部分がガラ空きになる関係上、敵陣の特攻も激しくなる。実際僕が過去作で犯したミスに『自軍の半分以上が戦死した状態でセーブしてしまい、どう足掻いても勝てなくなった』というものがあるが、文字通りの詰み状態になってしまうことも多々。しかもこの戦死の理由は運に左右されるきらいもあって、実際に見聞きしたファンのあるある話として『命中率10%の相手の攻撃が当たって死んだ』や『攻撃力が3倍になる必殺技を相手が偶然使ってきた』、『適当に進めていたら増援が出てきて囲まれた』などもはや自分ではどうしようもない事案も関わってくるため、その都度リセットボタンを押してプレイをパアにせざるを得ない、といった悲劇はほぼ全員が体験していることだろう。


だが今作『FE 風花雪月』は違う。まず秀逸なのは時を巻き戻す機能であり、これを使えば1ターンでも2ターンでも、最悪の結末を見た上で再び対処が出来るのだ。正直これまでの『良いところまで進めたのに仲間が死ぬたびにリセット』の作業は時間的にも労力的にもかなり辛いものがあったので、最高の配慮と言わざるを得ない。更には「そもそも何やっても死んじゃうよ!」という人向けにレベル上げが無限に出来る親切設計に加え、これは最初の設定によるが、何とキャラクターが死んでも離脱しないシステムまで選ぶことが出来たりもする!これぞユーザーフレンドリー。ここまでの内容を列挙するとやたら簡単にも思えるが、特に後半は歯ごたえのある難易度になっているのも嬉しい限り。


そして、ゲームを語る上で肝心なシナリオ面も完璧だ。今回のプレイヤーはこれまでのFEのような軍のリーダー的立場ではなく、戦士学校の教員という職に就く人間。故にプレイヤーはプレイ開始時に3つの学級のうちからひとつを選択し、そのクラスを受け持つことになる。ただ当初はもちろん「一応練習はするけど戦争なんて多分起こらないよね」の楽観的な雰囲気が学校全体にあり、ゴロツキの討伐や治安維持ばかりを命じられるのだが、次第に各国の状況が悪化。最終的には戦争に赴く大切な軍隊としての役割を担っていく。更には3クラスの組織図も不穏なものとなり、いつしか明るい雰囲気はどこへやら……。これまで毎日「センセー!授業教えてくれよー!」と喋っていた生徒が時に敵になったり、仲間になったり、戦死したりといった衝撃は片時も見逃せない。


1クラスの攻略時間はおよそ50時間。おそらく、クリア後は他学級のシナリオも継続する予定なのであと100時間程度は楽しめる計算だ。しかもこれまで敷居が高いと思われてきた戦闘離脱もなく、ストーリー展開も完璧となれば、名実共にシリーズ最高傑作と断言して良いはず。発売からもう何年も経つNintendo Switchゲームの中でも全く値下がりしていないのである程度値は張るが、それでも長時間プレイゲームの足掛かりとして、一先ずプレイすることを強くお勧めしたい。数カ月後には今作の流れを受け継ぐ『ファイアーエムブレム無双 風花雪月』もリリース予定のこのタイミングだからこそ、是非とも。

 

ファイアーエムブレム 風花雪月 紹介映像 - YouTube

魅惑のデスドライブ

その日、僕は本気で死を覚悟していた。昨晩は緊張で眠れず、いざ行かんと意気込む裏側では「何かあったら終わりだ」と心が叫ぶ。電話口から爆笑と共に延々続くグループ通話に参加していたふたりは、顔面蒼白な僕をよそにあっけらかんとした口調で「じゃあ家の前ついたら教えて〜」と言いやがる始末。……眼前には親の車が、まるで何かの絶叫アトラクションの如き禍々しさで置かれている。今から辞める選択肢は、どうやら出来そうにもなかった。

大学生の最初の頃に免許を持ってから、思えばもう何年も経つ。ペーパードライバー歴で言えばほぼ10年。必然それまでは基本的に誰かの車に乗せて貰うか、自転車で行くか、バスに乗るかの3択から選ぶしかなかったのだが、将来的に絶対に運転経験が必須だと考えた末『この有給消化中の1か月間に運転できるようになろう』というのが自分の中での一大決心だった。ただ新卒採用が増えるこの時期はペーパードライバー講習は予約待ちらしく、ここ数日は親を教官として練習を続けていた。そんな状況を面白がった友人から突如提案されたのが、友人を乗せての運転練習……もといデスドライブである。

しかしながら、友人の家までは完全なるワンマン。これまで人を助手席に乗せた状態でしか運転したことのない人間にとっては、とてつもなくハードルが高かった。加えて最悪なことに友人の家までの道程は事故多発・脱輪多発の地点としてもよく知られており、冗談なしの『デスドライブ』としてこの1日が終わる可能性も高い。だからこその緊張、だからこその後悔だった。エンジンをかけ、ハンドルを動かし、ゆっくりと車は進んでいく。もうこうなったら後戻りは出来ない。僕は心の底からヘルプミーを神に願いつつ、最初の交差点を曲がった。


田んぼの横に車を停め、しばらく待つ。数分後家から出てきた友人たちは、たかが数百メートルの運転でフラフラになっている僕を見ながらケラケラ笑い、「取り敢えず飯でも行くか」と一言告げて車に乗り込んだ。僕は「やっぱり君たちの運転が良いと思います!」と最後に訴えたが反対多数で退けられ、そのまま店へと進んでいく。

元々彼らとは、この有給消化中のどこかで遊ぶ計画を立てていた。ただ彼らとは小学校時代からの付き合いでやることも尽きてきた頃合いだったのもあり、メインテーマとして『これまで絶対にやらなかったこと』を挙げてこの日に至っており、事前に『旅行』『ボルダリング体験してみる』『メイドカフェに行く』などいろいろな案は出たものの結局決まらず、何故か当日になって急遽デスドライブが決まったという訳である。傍から見ればルーズ過ぎる決め方だが、そんな適当さを何度も何度も繰り返した果てに特段のストレスもなくもう十何年間も彼らとは一緒にいて、そしてこの日も一緒に過ごしている。変な縁だなあとつくづく思う。

ラーメン屋で昼食を終えると、そこからは気ままにドライブを続けた。ペットショップ、コンビニ、スターバックス……。正直これまでも行ったことのある店ばかりだったが、友人と共に自分の運転する車で向かっているという事実だけで、普段の3割増しに楽しい気がした。店を回るうちに運転の恐怖も綺麗さっぱり消えており、「次○○行くか」「オッケー」とする流れも楽しく思えてきた。一応暇になった場合を見越して大量のCDを持ってきてもいたが、結局1枚も使わなかったのは、それ程この日が幸福だったからに違いない。

そんなこんなでドライブを続けていると、次第に空が暗くなってきた。本来ならここでお開き、じゃあまた次ゲームで会おうなとなるところだったが、ここでもお決まりの適当さが発動し、3人で僕の家(正確には僕が所有してはいないのだが)に向かうことに。親にはひたすら謝りつつ、ピザの出前を取って来た道を戻る。なおその間も会話が途切れることはなく、何度も「家来たって何すーだや」と語る僕に対し、友人は「分からん」の一点張りだった。

ワイワイガヤガヤ状態で帰宅し、親との邂逅。この3人で我が家に来るのはおそらくは中学校以来だから、僕の親とも10年以上まともに会っていない計算になる。必然会話は盛り上がり、酒をしたたかに飲みつつ自室へ向かう。ちなみに帰りの運転は友人のひとりが担当し、その友人に関しては酒は一滴も飲んでいないことはこの場で明言しておきたいところ。

部屋に入ると、まずは道中で購入したポケモンカードをやることに。これまで遊戯王だのデュエル・マスターズだの様々なカードゲームをやってきたが、今回のメインテーマである『これまで絶対にやらなかったこと』を考えたとき、誰もがゼロから楽しめる初体験の代物がこれだった。ルールブックを見ながらプレイするも、アルコールが入っているためなかなか上手くいかず早くも頓挫。後半に至っては「ピカチュウでシールドのトランセル撃破!墓地からハガネールを特殊召喚!」といった遊戯王とデュエマの混合ルールで訳が分からなくなり一旦ブレイク。

やることがなくなってしまったので、新たな楽しめるものを探すことに。そこで白羽の矢が立ったのが、昔々にプレイしていたゲームキューブ。始めこそ何十年も前にやっていたゲームをあれから大人になった我々がやったら一体どうなるのかという単なる興味本位だったが、物置を探すうちにそっくりそのまま保管していることが判明。ただ取り出してみると本体には小学生時代の僕が大量のシールを貼っていたらしく、その可愛さに爆笑する。

プレイしたゲームは『筋肉番付』、今で言うところのSASUKEだ。画質が荒いのはもちろんとしてルールも今となってはガバガバで、反り立つ壁もクリフハンガーも、取り敢えず連打していれば何とかなるゲーム性には辟易したが、時折挟まれる古舘伊知郎氏の「ああーっと○○くん落水ー!」のアナウンスに「懐かしー!」と爆笑出来るのも、今の僕らだからこそ。当時この3人で毎日家に集まってこのゲームをしていた記憶が蘇ってくるようだった。普段僕らがプレイしている高画質のゲームと比較すれば明らかに劣るが、それでも思い出補正は強く、Wiiを引っ張り出して『おどるメイドインワリオ』や『Wiiスポーツ』をやり始めた頃には、「やっぱり昔のゲームって面白かったよなあ」との話で盛り上がった。ユーザーフレンドリーとは違う、良い意味での不便さがまた良い。

一通り遊び、日付がてっぺんに到達するとふたりは帰路に着いた。10年ぶりに3人で家に集まったにも関わらずその別れはいつも通りあっさりしていて、「ほんじゃー」とだけ残して部屋には僕ひとりが残された。余っていたビールを飲みながら、オアソビでぐちゃぐちゃになったゲーム類を嬉々として片付ける。にも関わらずWiiをここに、ゲームキューブをここに……と整理しているうち、先程までの余韻が少しずつ消えていっていることに気付き、ふと寂しい気持ちになる。いや、今日だけの話ではない。20代の後半になったあたりから、過ぎた出来事に感慨に浸ることが次第に少なくなっている。故にもしかするとこの楽しかった記憶も、いつか消えてしまうかもしれない。長い1日の間に写真も撮っていなかったし、尚更だ。

多分新しい記憶を作って薄れての繰り返しで、今後の人生は続いていく。よく人から言われる「20代後半からは早いよ」との言葉は、その冗長さの体現なのだろう。けれどもたまに楽しいことがあって、何となくでも生きていければそれで良いのだ。結局は翌日も一緒にゲームをすることになったけれど、まあ……それもそれで良いのだ。

 

新山詩織「ありがとう」MV - YouTube

【ライブレポート】きゃりーぱみゅぱみゅ『10th ANNIVERSARY JAPAN TOUR 2022 CANDY WAVE』@安来市総合文化ホール アルテピア大ホール

こんばんは、キタガワです。

 

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http://kyary.asobisystem.com/


「今日は難しい状況の中来ていただいて本当にありがとうございます。こんなご時世だから声は出せません。でもその分、皆さんと一緒にたくさん踊って盛り上がりたいと思います!いける?」。この日初となるきゃりーのMCを聞いた瞬間、コロナ禍で行われるライブのひとつの答えに辿り着いた気がしたのは自分だけではないだろう。踊って口ずさんで、時にはペンライトの色を変えながら共に形作る双方向的なライブ。それはつまるところ誰しもを体と心の両面で引き込む、とてつもない求心力を携えた代物でもあった。


開演時間の少し前。“チェリーボンボン”や“つけまつける”、“ファッションモンスター”といった代表曲がリミックスバージョンとして流れるBGMをバックに、席に着く。自分の座席は4列目でおそらくはファンクラブ優先席に該当すると思われるが、ふと周囲を見るときゃりーオリジナルペンライトを取り出す人、きゃりーグッズに身を包む人、遠方から赴いたファンと談笑する人など千差万別で、年齢層も上はおじいちゃんおばあちゃん、下は小学校低学年くらいとこちらも様々。これまでいろいろなライブに足を運んだ自負はあるけれど、ここまで多くの層に愛される空間は今までにない。そして肝心のステージだが、こちらは全面に紗幕が張られておりその全貌を伺い知ることは一切出来ず、何が起こるか分からないワクワク感が次第に心を支配していく。


開演2分前のアナウンスから自然発生的に生まれた手拍子に呼び込まれるように、18時定刻ジャストにライブ開演。すると同時に垂らされていた紗幕にピコピコ音+ガクガク文字のファミコンゲームを彷彿とさせるオープニング映像が流され、『PUSH THE BUTTON(ボタンを押してください)』と記された箇所がクリックされると、紗幕は撤廃。その裏に潜んでいたきゃりーと4人(男性2・女性2)のダンサーたちが姿を現した。

 

Kyary Pamyu Pamyu - Candy Racer (きゃりーぱみゅぱみゅ - キャンディーレーサー) Official Music Video - YouTube


オープナーはニューアルバム『キャンディーレーサー』から表題曲“キャンディーレーサー”。1曲目から低音を貴重としたサウンドが鼓膜を掌握する、きゃりーのライブとしてはかなり異質な幕開けだ。ステージの中央で歌うきゃりーの姿はウィッグも服装も緑を貴重としていてこちらも新鮮で、ダンスもメインテーマが『レーサー』ということもあり、車のハンドルを急激に動かして方向転換するようなアクションで視線を一身に集めている。ステージについても凝っていて、巨大な『遊』の文字、3段ある階段、そして頭上には『CANDY WAVE』のオブジェと星やキャラクターなどが等間隔で並べられており、しかもそれら全てが電飾として緑色に光っている。後のMCできゃりーも、今回の島根県安来市という田舎の土地の中でこうしたビカビカの演出をしていることのギャップについて笑っていたが、決してきゃりーのイメージを損なわず、それでいて視覚的にも訴え掛ける仕様は見事と言う他ない。


今回の全国ツアーはタイトルにも記されている通り、ニューアルバム『キャンディーレーサー』のリリースときゃりーぱみゅぱみゅ活動10周年記念が合致して企画されたもの。そのため必然的にセットリストの半分は『キャンディーレーサー』楽曲、残りの半分はお馴染みのアンセム多数で構成されていたのだが、どうやら細かな楽曲についてはツアー会場ごとに何パターンか用意しているらしく、この日選ばれたセットリストは今回のツアーの中でも一番マニアック寄りであったそう。おそらくは“ピンポンがなんない”、“こいこいこい”、“Ring a Bell”らこれまでライブでほぼ披露してこなかったインディー楽曲がそれに該当すると思われるが、この先のライブでもいろいろと変更しながら進んでいくそうなので、是非とも期待したいところ。

 

Cherrybonbon - YouTube


今回のライブで最も印象的だった、冒頭で記したMCが語られたのは“チェリーボンボン”前のこと。それこそダブステップ色全開な“キャンディーレーサー”と“どどんぱ”の流れは言わば「みんな好きに楽しんで!」との気持ちが表れていたが、“チェリーボンボン”からは今回のライブスタンスは完全に「みんな私に合わせて踊ろう!」に変化した。「ペンライト赤でお願いします!」「みんなこの動き出来る?」「左右左、左右左。その調子!」……。もちろんこれらのアクションはこれまでのきゃりーのライブでも幾度となく行われていて、全員で楽しむための最適解ではあった。けれども「きゃりーちゃーん!」の声援も「オイ!オイ!」といったコールもファンが出来ない中で、一緒に踊るというひとつの行動がこれほどまでに一体感を形成するとは思いもしなかった。


MCでは、ライブのコンセプトについて説明。きゃりーいわく今回のツアーは『サイリウム・ステージ・ダンス』の3つのテーマを軸に構成されているそうで、中でも印象的な第1部のステージについてはゲームの世界をイメージして作られているとのこと。なおこれらのステージ装飾はきゃりーの意見が大幅に取り入れられているとのことで、ステージを指差しながら嬉々として「これ凄くない!?」と笑顔で語るきゃりーが可愛らしい。

 

Kyary Pamyu Pamyu - Perfect Oneisan(きゃりーぱみゅぱみゅ - パーフェクトおねいさん) Official Audio - YouTube


その後は初見のリミックスバージョンでCD音源とは違う形で届けられた“チェリーボンボン”と“PONPONPON”の他、超レア曲“ピンポンがなんない”、きゃりーが「ピタゴラスイッチみたいな振り付け」と語ってくれた“ガムガムガール”がフルスロットルで鳴らされ、第1部ラストは“パーフェクトおねいさん”。スカートの裾を持ってヒラヒラさせる一幕を中心にどことなく『お姉さん感』を醸し出しつつ、終盤ではショルダーキーボードを弾き倒すきゃりー。一風変わったパフォーマンスでファンを魅了すると、きゃりーとダンサー4名がポーズを決める中、ゆっくりと紗幕が降ろされ第1部は終幕した。


眼前には未だ紗幕のみ。必然我々も着席してしばらく待機していると、次第に紗幕の前にスタッフ総出で巨大な演奏セットが運び込まれていき、自然とファンの視線もそちらに向く。セットは中心だけがポッカリと空いていて、ウィンドチャイム、トイピアノ、トイドラムといった楽器が周りを取り囲んでいて、最近ではテレビ番組『アウトデラックス』にも出演したピアニスト・ふくしひとみが袖からスタンバイ。マルチな即興演奏と“つけまつける”カバーなどおよそ約10分間、素晴らしいソロのステージングを見せてくれた。その口元は赤いベールで覆われていたが、ラストに大きく両手を広げた姿からは楽器の複雑さも相まって、まるでどこかの民族のようでもあった。

 

Kyary Pamyu Pamyu - world fabrication(きゃりーぱみゅぱみゅ - world fabrication) Official Audio - YouTube

 

そして緩やかに紗幕が引き上げられると、先程までのゲームチックな代物から一新、横の象を含めほぼピンクで塗り固められた可愛らしいステージが出現し、雰囲気に合致した“world fabrication”が鳴らされる。その中心で歌うきゃりーも全身ピンクでコーディネートしていて、スカートはボリュームのあるフリル、頭にはハート型の飾りと、漫画のお姫様のような印象だ。ダンサーについても男性2名はピンクの象の被り物をしており、何かの御伽の国へ紛れ込んだ感覚にも陥る。ちなみにこのピンクの象(きゃりーいわく「ラリったダンボ」)もきゃりーのアイデアであり、ディズニー映画で出現した同シーンを忠実に再現したものだそうだ。

 

この第2部ではどちらかと言えばマニアック寄りな楽曲を多く披露するゾーンとなり、“こいこいこい”や“Ring a Bell”といったレア曲に既存のライブアンセムを合わせて進行していく。きゃりーと言えば激しい、もしくはキュートな楽曲のイメージがあるけれど、その中立の楽曲を意図して選んでいるよう。おそらくはこの第2部はツアー中に何曲か入れ替わりそうな気もするので、ファンにとっては期待すべき場面になりそう。

 

途中のMCの内容は、主に今回のライブ会場に選ばれた島根県安来市について。事前情報として綴っておくと、会場のある安来市総合文化ホール周辺は島根の中でも一面田んぼが広がるローカル地域。そのため車を持たない遠征者としてはかなり難しいアクセスになったこと請け合いだったのだが、きゃりーからは「凄くのどかな場所で。大好きになりました!」と地元民としては嬉しい一言が。他にも今回のツアー先行販売実施時に各地の売れ行きを聞いていたきゃりーが、スタッフに「島根にはファンクラブ会員が2名しかいません」と聞いていたことなどが明らかに。もちろん当日は素晴らしいことにほぼ満員の売れ行きであり、きゃりーも心から喜んでいた。 

Todoke Punch - YouTube 第2部ラストは前作『じゃぱみゅ』から“とどけぱんち”。『じゃぱみゅ』が非常に高い完成度だったことからこのアルバムからもいくつか披露されることは予想してはいたものの、代表的な“原宿いやほい”でも“最&高”でもなくポップ全開の“とどけぱんち”というまさかの選曲には一様に大興奮。バックで流れる打撃音に合わせてカンフー風のパンチを繰り出すきゃりーも様になっていて目にも楽しいし、ダンサーの動きを見ても全てが一心同体でピタリとハマっていて感動モノ。


“とどけぱんち”が終わり、紗幕に色とりどりのVJが投影されての超凶悪ダブステ“DE.BA.YA.SHI 2021”のインタールードを挟むと、ここからは第3部へ突入。紗幕が引き上げられるとこれまた眼前には驚きの光景が広がっていた。具体的には背後に全長2.5メートルはあろうかという巨大な顔のオブジェがふたつ、左右には左手と右手をかたどったオブジェが置かれていて、階段の上部には先程まではなかった扉が鎮座。ちなみに後のMCでこのステージ装飾は、きゃりーがコロナ前に赴いた海外の光景に影響されたものというのが明らかになるのだが、とにかく……。その圧倒的なイメージに目を奪われているとダンサーが閉ざされていた扉を勢いよく開き、きゃりーの入場と共に“かまいたち”からスタート。

 

【LIVE VIDEO】Kyary Pamyu Pamyu - Online Halloween Live 2020「THE FAMILY 10.31」 - YouTube

 

第3部はライブ終盤ということもあり若干アッパーな楽曲を多く配置している印象。“夏色フラワー”や“じゃんぴんなっぷ”などニューアルバム曲、更には新曲の“メイビーベイビー”が今ツアーで初披露された他、やはり会場一体となって盛り上がったのは言わずと知れたキラーチューン“ファッションモンスター”だった。この日のライブがファンの踊りと共に成長していくものであることは冒頭に記した通りだが、サビの《ファッションモンスター》の振り付けはもちろん間奏のヘッドバンギングも、至るところでファンが体を動かす最高の空間に(上の公式ライブ動画を参照のこと)。周囲を見渡してみるとおじいちゃんおばあちゃん、子どもまでもがたどたどしくも踊る姿も見ることが出来て、何だか泣きそうになってしまったりも。オンラインでは決して味わえない、全身で楽しめる娯楽。これこそがライブなのだと、改めて感じた一幕だった。アウトロの共に扉の向こうへきゃりーが吸い込まれる幻想的なラストで、本編は終了。

 “ファッションモンスター”後、ここからライブは一旦ブレイク。ファンを全員着席させての本編最後となるMCは、きゃりーぱみゅぱみゅオフィシャルファンクラブ『KPP CLUB』で事前に募集された質問コーナーだ。なお質問BOXから文章を取って読み上げたきゃりーが「書いてくれた○○さんいるー?」と客席を探して「あっ!いたー!ありがとう!」と答えるまでがワンセット。どこまでもサービス精神旺盛なきゃりーである。


ここでは質問が4個読まれることとなり、まずひとつ目は「きゃりーちゃんにとっての“パーフェクトおねいさん”は誰ですか?」。当初きゃりーは「トークを全部拾って返してくれる凄い人」としてバラエティ番組での共演経験からこじるり(小島瑠璃子)の名前を挙げ、その後「いや、やっぱりあ〜ちゃんかな……」と中田ヤスタカが同じく楽曲提供をしているPerfumeのあ〜ちゃんに変更。その理由は飲食店に行っても絶対に感謝の言葉を店員に伝えたり、楽屋挨拶の際もプレゼントに一言直筆の手紙をしたためたり、コロナ禍できゃりーが辛い精神状態だった際もポジティブに励ましてくれた点であるとし、最後は「“パーフェクトおねいさん”はあーちゃん!2番目がこじるり!」と結論。


ふたつ目は「島根でのライブは出雲大社以来ですが、印象的だったことがあれば教えてください」との質問。きゃりーは「出雲大社の横に特設ステージ作ってもらってね……」と思いを馳せながら、出雲大社が神様が集まる場所として知られているためか、どこか神聖な雰囲気があってライブ中泣きそうになったこと、また当時丁度桜の開花時期で、背後に夜桜が咲いている状態でライブが出来たことの嬉しさについて語ってくれた。


続いては「これまでで一番撮影が大変だったMVはありますか?」という、ファン垂涎の質問だ。きゃりーは“きみのみかた”など様々なMVを挙げつつ「でもやっぱり“ファッションモンスター”かな」と結論。気になるその理由は当時活動の絶頂期だったこともあり、GUのプロモーション撮影で朝6時から夜の23時まで拘束、その後撮影で朝の9時まで“ファッションモンスター”のMV撮影が入っていたことで精神的に大変だった点だったという。


そして最後はペンネーム・サキさんから「この日が誕生日です。誕生日にライブを観ることが出来て本当に嬉しいです」とのメッセージが。きゃりーはすぐさま「えー!どこー!サキさんどこー!?」と会場を見渡すも返事はなく、そのメッセージの最後に「恥ずかしくて名乗り出ることは出来ませんが……」と記されていたことに気付いて「あっ、すいません……」と謝罪するきゃりー。ただ流石はファン思いのきゃりーである。突如アカペラで「ハッピーバースデートゥーユー♪」とサキさんのためにバースデーソングを歌うサプライズを敢行!最後までサキさんの存在は確認されることはなかったが、実はライブ後にまさかの展開が。気になる結末は以下のきゃりーのツイートをどうぞ。

 

 

Kyary Pamyu Pamyu - GENTENKAIHI(きゃりーぱみゅぱみゅ - 原点回避) Official Music Video - YouTube

 

ここから再びライブへと戻りつつ、ラストナンバーは『キャンディーレーサー』のリード曲たる“原点回避”。年齢を重ね、様々なことを行い続けて……。されども辿り着く場所は原点であり、多くの経験を積んだ状態での言わば『強くてニューゲーム』が繰り返される人生はとても素晴らしいものだと、この楽曲では歌われている。それは人生のみならず娯楽についてもそうで、特に今年はコロナ禍もあり、きゃりーも含めライブに行きたくても行けない日々も続いていたが、それでも辿り着く場所はきゃりーのライブ。この日のライブは島根ではおよそ3年ぶりだけれど、それもファンにとっては辛い人生をこの日だけは明るくしようという、まさしく『原点回避』の一種だったのではなかろうか。

 

Kyary Pamyu Pamyu - Kizunami(きゃりーぱみゅぱみゅ - キズナミ) Live Music Video from OTONOKO 2018 - YouTube


最後の楽曲が終わり、照明は暗転する。しかしながらまだまだライブは終わらず、すぐさまファン全員によるアンコールの手拍子が行われる。そうして数分後に緑色のオーバーコートを着た状態で姿を現したきゃりーは、満面の笑みで「ありがとうございまーす!」と喜びを体現。そして今回のツアーのオリジナル商品である、島根のどじょうすくい饅頭とコラボしたTシャツを紹介すると、アンコール1曲目は『じゃぱみゅ』から“キズナミ”。昨年の年末に行われた『COUNTDOWN JAPAN』でも披露された楽曲だが、当時きゃりーは涙がこみ上げてしまい上手く歌えなかったという。その理由は歌詞にあり、コロナ禍で人々の心が鬱屈する中、絆の大切さを改めて感じたためだそう。

 

tyantyakatyantyan - YouTube


「これまではセットリストの最後に置くことが多かったんだけど、曲が多くなるにつれてだんだんやらなくなった曲」として正真正銘最後に投下されたのは、何とデビューアルバム『ぱみゅぱみゅレボリューション』から“ちゃんちゃかちゃんちゃん”!《ちゃんちゃかちゃんちゃん またあえるよね/「さよなら」じゃなく「またね」》……。思えばこの歌詞がここまで感動的に響く場面というのも本当に稀有だ。キラキラした音が鳴り響く中きゃりーは「ハイ!ハイ!ハイ!島根!」と頻りにレスポンスを要求し、それに合わせてサイリウムも揺れる揺れる。中盤ではCD音源と同様に“CANDY CANDY”や“つけまつける”といった楽曲のリズムに乗せてダンサーとふくしひとみが踊りを繰り広げ、最後は腕を組んで中腰で踊るという安来市の踊りである『どじょう救い』をきゃりーが披露する爆笑必至のステージング。最後に紗幕がゆっくり上部から降ろされる形でライブは幕を閉じたが、消えゆくきゃりーの姿を一瞬でも長く見ようと、多くの人がギリギリまで中腰になってステージを見詰めていたことには、思わずグッと来てしまった。


好まれ続けるものには絶対的に理由がある。それは数年前に世界規模でブレイクを果たしたきゃりーぱみゅぱみゅも同様で、あれから数年が経った今でも動員が落ちないどころか県外から都度ファンが押し寄せるなど、むしろ勢いは加速度的に高まっている感覚すらあって、今回のライブは『何故きゃりーは愛され続けているのか?』との問いのひとつの答えだったように思う。


雰囲気作りからファンとの双方向的な掛け合いまで、今回のライブは徹底してポジティブに振り切っていた。どれだけ鬱屈した世の中であっても、全てを掻き消す程の前向きなメッセージを発し続けたきゃりーの姿には心底感動。我々的にもコロナ前と比較しても「これがきゃりーのライブだ!」と断言出来る熱狂……。これを素晴らしいと言わずに何と言おうか。正直これまで何度も観てきたきゃりーのライブの中でも随一の満足度だったし、きゃりーが来たる鳥取延期公演についても「セットリスト変えるから来てね!」と期待をにじませていたことからも、今後のツアーも大満足の形で続いていきそう。まだまだ予断を許さない状況ではあるけれど、そうしたネガティブ感を完璧に吹き飛ばす、本当に素晴らしいライブだった。


【きゃりーぱみゅぱみゅ@島根県安来市 セットリスト】
[第1部]
Opening
キャンディーレーサー
どどんぱ
チェリーボンボン(Remix ver.)
PONPONPON(Remix ver.)
ピンポンがなんない
ガムガムガール
パーフェクトおねいさん

[第2部]
Introduction(ふくしひとみソロ)
world fabrication
こいこいこい
Ring a Bell
キミに100パーセント
Crazy Party Night 〜ぱんぷきんの逆襲〜
とどけぱんち

[第3部]
DE.BA.YA.SHI. 2021(バックダンサーver.)
かまいたち
ファッションモンスター
夏色フラワー
じゃんぴんなっぷ
メイビーベイビー(新曲)
原点回避

[アンコール]
キズナミ
ちゃんちゃかちゃんちゃん

【コラム寄稿のお知らせ】KAI-YOU様『3年ぶりのサマソニは完全復活なるか?日本中が待ちわびた“祝祭”を紐解く』

ポップ・カルチャーメディア『KAI-YOU』様へ、SUMMER SONIC 2022第一弾発表についてのコラムを寄稿致しました。是非。

 

3年ぶりの「サマソニ」は完全復活なるか? 日本中が待ちわびた”祝祭”を紐解く - KAI-YOU.net

【ライブレポート】セックスマシーン!!『ニューアルバムリリースツアー「もっと!もっと!あ、も〜っと光を!」』@出雲APOLLO

こんばんは、キタガワです。

 

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https://sekumasi.com/


ライブが終わった後、体中にじんわりと滲んだ汗を感じながら「セクマシのライブを観たんだなあ」と感慨に浸りながら、同時にこの感覚を味わうのも随分久し振りであることに気付く。それもそのはずで、コロナの影響で遠方への遠征を止めてから2年以上の長い期間が経過しており、かつこの間にツアーとして島根に訪れてくれるバンドも圧倒的に少なくなったからだ。だが彼らは昨年の『LIVE TO WEST』に引き続き、今度はニューアルバムを携えて再び来県してくれた……。そんなライブがどれほどの熱狂だったのかはもはや言うだけ野暮というものだが、とにかく素晴らしいライブだったことは最初に述べておきたいところ。


彼らの出番をソワソワしながら待っているとゆっくりと客電が落ち、スターウォーズメインテーマのSEに呼び込まれる形で森田剛史(Vo.Key)、日野亮(B.Key.Cho)、近藤潔(G.Cho)、ケンオガタ(Dr.Cho)が笑顔で登場。中でも背中にデカデカと『圧倒的な存在感!!』と記された自身のバンドTシャツを着用した森田のテンションは段違いで、すぐさまPAさんにSE停止を要求すると客席を見渡して「始まる前から凄く良い雰囲気!」と大絶賛。

 

セックスマシーン!!「ウッドストック2019」MV - YouTube


一瞬たりとも気を緩めることのないセクマシライブ。その幕開けを飾ったのは、ニューアルバム『もっと!も〜っと光を!』から“ウッドストック2022”。開始時から森田の合図で上がる腕、腕、腕。セクマシのライブではファンと共に作り上げるコール&レスポンスの応酬が魅力のひとつであり、ともすればこの発声制限が課せられた状況下では、難しく作用してしまう可能性すらある。しかしながら流石はコロナ禍でも場数を踏んできたセクマシ。ファンのアクションは基本的に手拍子や腕上げ、腕を左右に振るといった最小限のものに留めつつ、いろいろと制約はある中でも決して興奮が失われない折衷案をしっかり示していたのが印象的だった。


今回のライブは元々はスリーマン。故に持ち時間もほぼ均等に3分割される予定だったが、1バンドのキャンセルに伴い持ち時間が増加。森田が「ニューアルバムだけで(持ち時間)全部やれるんじゃないかっていう……」と語っていた通り、自信満々の完成度で届けられたニューアルバム『もっと!も〜っと光を!』の楽曲を中心に歴代代表曲を配置するという、現時点でのベストのセットリストに。リリースから間もないこともあっておそらく未聴の人も多かったことと推察するが、ことセクマシのライブでは無問題。本当に全曲がキラーチューン並みの盛り上がりとなっていたことには、心底驚かされた。

 

AIウォーズ - YouTube


以降はこれまで新曲として各地のツアーで披露されてきた“かくせ!!”と“祝辞”、そして森田の「俺の曲順ない!」というよもやの森田のセットリストだけ見当たらない爆笑ハプニングを挟みつつ“謎”、“AIウォーズ”を畳み掛け。取り分け「人間同士争ってる場合じゃないぜ!」との一言から雪崩込んだ“AIウォーズ”は奇しくもロシアとウクライナが争う現在の世界情勢に合致している感もあり、思わず深く頷いてしまった。世界は変わる。世の中も変わる。我々が生きる糧としていた音楽も同じように、コロナ禍を経て大きく変わった。ただ、根底にある素晴らしさは一切不変なものであると、彼らはこの日はっきりと訴え掛けていた。


ここまでで既に汗だくの灼熱地獄だが、少しも興奮が落ち着くことはない。マイクケーブルを首に巻き付けた森田が絶唱を極める“君を失ってWow”、様々な方向に指を指しながら道標を示す“始まってんぞ”を含むお馴染みのキラーチューンで更に熱量を底上げしつつ、再度“鼓動が知っている”や“何にもない日々”といった『もっと!も〜っと光を!』楽曲を繰り出す極上のフルコースに、気付けば体の動きも自然に大きくなっていく。セクマシは前日にも他県でライブを行い、そのまま島根に向かってこの日を迎えている。しかも今回は他バンドのキャンセルに伴って持ち時間が急遽1.5倍になっているため、ともすれば疲れからパフォーマンスも下降線を辿ってしまう可能性もあったろうが、むしろ「もっと興奮をよこせ!」とばかりに煽り倒す森田を観ていると、本当にセクマシは生粋のライブバンドなのだなと思った。

 

セックスマシーン!!「何にもない日々」MV - YouTube


「ライブが終われば曲を作りたくなる。良い曲が出来ればライブで披露したくなる。こんなご時世だからとかいろいろ言われるけど、ライブでしか得られないものがある」……。完璧に記憶している訳ではないので曖昧ではあれど、森田は後半部のMCにて熱く語ってくれた。今まで通りのライブ活動は不可能だとしても、いろいろな制限があったとしても。音楽を愛する人々がライブで現実を忘れて楽しんでくれればそれでいいのだと、セクマシは本気で信じていた。そんな彼らが希望を込めて鳴らしたのが“夜の向こうへ”、“春への扉”、“新世界へ”という鼓舞曲3連発で、地に足付けた無骨な演奏でもってクライマックスへと向かっていく。

 

セックスマシーン!!「夕暮れの歌」MV - YouTube


本編最後に披露されたのは“夕暮れの歌”。最終曲と言うこともありその興奮は凄まじいものがあったが、中でも汗だくになりながら「ヘイ!」に合わせて観客たちが拳を突き上げる姿は美しいことこの上なく、眼前で絶対的な熱量で演奏するセクマシに関しても全てを出し尽くすようで素晴らしかった。明るい昼と暗い夜が繰り返される境目でもがく人生。それは今後も何十年と続いていき、先の未来は誰も分からない。それこそ今回のコロナ禍のような最悪の未来さえ起こり得るかもしれないけれども、我々にはライブがあるし音楽もあるのだ。《明日も生きてまた会おう 明日もまたここで会おう》と最後に絶唱した森田の表情は、どこまでも笑顔だった。

 

セックスマシーン!!「もっと光を」MV - YouTube


退場後、アンコールに呼び込まれ再びステージに上がったメンバーたち。アンコール1曲目はアルバムリード曲にして、合唱曲テイストなMVが話題を呼んだ“もっと光を”。スピーカーから流れるオケに乗せて直立不動で歌うメンバーは先程の熱量最大の姿とは明らかに違っていて意外性たっぷりではあったが、どんどん没入していく感覚もあって楽しい。よく見ると日野はコーラスパート、近藤はアルトパートとしっかり歌い分けているのも確認でき、こうした肉体的な裏事情を確認できたのもまた、ライブの醍醐味と言えよう。

 

セックスマシーン「頭の良くなるラブソング」 - YouTube


正真正銘ラストの曲として鳴らされたのは、これを聴かなきゃ帰れないライブアンセム“頭の良くなるラブソング”。CD音源以上に抑揚を付けながら進行するこの楽曲で彼らが届けたのは、どれほど離れていても絶対にまた出会えるとする愚直な思い。そしてこの日ライブに飢えた我々の元には『セクマシが直接あなたの街へ出向く』という有り難い形でその約束は果たされたし、きっと今後も果たされ続けるのだろう。どしゃめしゃな演奏が繰り広げられた後「俺たちはロックバンドだったんだぜウォー!」と叫び、観客を指さして「続く!」と締め括った森田の姿に、何故だか近い未来の興奮さえ見えた気がした。


終演BGMとしてBON JOVIの“Always”が流れる会場で、改めてライブは不要不急ではない最高の代物であると感じることが出来た。……正直、今でもライブ参加は怖い。この2年間チケットを購入していた県外のライブはほぼ全て自主的にキャンセルした。あれほどライブに行っていたのも、もう遥か昔だ。ただ今回のセクマシのライブに参加して、言葉にするのは難しいけれど「こんな1日があるのならこれからも頑張って生きようかな」と思った。「また来ます!死ぬなよ!」とはライブ終盤の森田の弁だが、もし死にたくなった時が来ても『セクマシのライブにいつかまた行ける』と考えれば大丈夫。我々の心は、これからもセクマシと共にある。


【セックスマシーン!!@出雲 セットリスト】
ウッドストック2022
かくせ!!
祝辞

AIウォーズ
始まってんぞ
君を失ってWow
サルでも分かるラブソング
鼓動が知っている
何にもない日々
夜の向こうへ
春への扉
新世界へ
ゆっくりと今日が終わってく
夕暮れの歌

[アンコール]
もっと光を
頭の良くなるラブソング