キタガワのブログ

島根県在住。文筆。rockinon.com外部ライター等。

魅惑のデスドライブ

その日、僕は本気で死を覚悟していた。昨晩は緊張で眠れず、いざ行かんと意気込む裏側では「何かあったら終わりだ」と心が叫ぶ。電話口から爆笑と共に延々続くグループ通話に参加していたふたりは、顔面蒼白な僕をよそにあっけらかんとした口調で「じゃあ家の前ついたら教えて〜」と言いやがる始末。……眼前には親の車が、まるで何かの絶叫アトラクションの如き禍々しさで置かれている。今から辞める選択肢は、どうやら出来そうにもなかった。

大学生の最初の頃に免許を持ってから、思えばもう何年も経つ。ペーパードライバー歴で言えばほぼ10年。必然それまでは基本的に誰かの車に乗せて貰うか、自転車で行くか、バスに乗るかの3択から選ぶしかなかったのだが、将来的に絶対に運転経験が必須だと考えた末『この有給消化中の1か月間に運転できるようになろう』というのが自分の中での一大決心だった。ただ新卒採用が増えるこの時期はペーパードライバー講習は予約待ちらしく、ここ数日は親を教官として練習を続けていた。そんな状況を面白がった友人から突如提案されたのが、友人を乗せての運転練習……もといデスドライブである。

しかしながら、友人の家までは完全なるワンマン。これまで人を助手席に乗せた状態でしか運転したことのない人間にとっては、とてつもなくハードルが高かった。加えて最悪なことに友人の家までの道程は事故多発・脱輪多発の地点としてもよく知られており、冗談なしの『デスドライブ』としてこの1日が終わる可能性も高い。だからこその緊張、だからこその後悔だった。エンジンをかけ、ハンドルを動かし、ゆっくりと車は進んでいく。もうこうなったら後戻りは出来ない。僕は心の底からヘルプミーを神に願いつつ、最初の交差点を曲がった。


田んぼの横に車を停め、しばらく待つ。数分後家から出てきた友人たちは、たかが数百メートルの運転でフラフラになっている僕を見ながらケラケラ笑い、「取り敢えず飯でも行くか」と一言告げて車に乗り込んだ。僕は「やっぱり君たちの運転が良いと思います!」と最後に訴えたが反対多数で退けられ、そのまま店へと進んでいく。

元々彼らとは、この有給消化中のどこかで遊ぶ計画を立てていた。ただ彼らとは小学校時代からの付き合いでやることも尽きてきた頃合いだったのもあり、メインテーマとして『これまで絶対にやらなかったこと』を挙げてこの日に至っており、事前に『旅行』『ボルダリング体験してみる』『メイドカフェに行く』などいろいろな案は出たものの結局決まらず、何故か当日になって急遽デスドライブが決まったという訳である。傍から見ればルーズ過ぎる決め方だが、そんな適当さを何度も何度も繰り返した果てに特段のストレスもなくもう十何年間も彼らとは一緒にいて、そしてこの日も一緒に過ごしている。変な縁だなあとつくづく思う。

ラーメン屋で昼食を終えると、そこからは気ままにドライブを続けた。ペットショップ、コンビニ、スターバックス……。正直これまでも行ったことのある店ばかりだったが、友人と共に自分の運転する車で向かっているという事実だけで、普段の3割増しに楽しい気がした。店を回るうちに運転の恐怖も綺麗さっぱり消えており、「次○○行くか」「オッケー」とする流れも楽しく思えてきた。一応暇になった場合を見越して大量のCDを持ってきてもいたが、結局1枚も使わなかったのは、それ程この日が幸福だったからに違いない。

そんなこんなでドライブを続けていると、次第に空が暗くなってきた。本来ならここでお開き、じゃあまた次ゲームで会おうなとなるところだったが、ここでもお決まりの適当さが発動し、3人で僕の家(正確には僕が所有してはいないのだが)に向かうことに。親にはひたすら謝りつつ、ピザの出前を取って来た道を戻る。なおその間も会話が途切れることはなく、何度も「家来たって何すーだや」と語る僕に対し、友人は「分からん」の一点張りだった。

ワイワイガヤガヤ状態で帰宅し、親との邂逅。この3人で我が家に来るのはおそらくは中学校以来だから、僕の親とも10年以上まともに会っていない計算になる。必然会話は盛り上がり、酒をしたたかに飲みつつ自室へ向かう。ちなみに帰りの運転は友人のひとりが担当し、その友人に関しては酒は一滴も飲んでいないことはこの場で明言しておきたいところ。

部屋に入ると、まずは道中で購入したポケモンカードをやることに。これまで遊戯王だのデュエル・マスターズだの様々なカードゲームをやってきたが、今回のメインテーマである『これまで絶対にやらなかったこと』を考えたとき、誰もがゼロから楽しめる初体験の代物がこれだった。ルールブックを見ながらプレイするも、アルコールが入っているためなかなか上手くいかず早くも頓挫。後半に至っては「ピカチュウでシールドのトランセル撃破!墓地からハガネールを特殊召喚!」といった遊戯王とデュエマの混合ルールで訳が分からなくなり一旦ブレイク。

やることがなくなってしまったので、新たな楽しめるものを探すことに。そこで白羽の矢が立ったのが、昔々にプレイしていたゲームキューブ。始めこそ何十年も前にやっていたゲームをあれから大人になった我々がやったら一体どうなるのかという単なる興味本位だったが、物置を探すうちにそっくりそのまま保管していることが判明。ただ取り出してみると本体には小学生時代の僕が大量のシールを貼っていたらしく、その可愛さに爆笑する。

プレイしたゲームは『筋肉番付』、今で言うところのSASUKEだ。画質が荒いのはもちろんとしてルールも今となってはガバガバで、反り立つ壁もクリフハンガーも、取り敢えず連打していれば何とかなるゲーム性には辟易したが、時折挟まれる古舘伊知郎氏の「ああーっと○○くん落水ー!」のアナウンスに「懐かしー!」と爆笑出来るのも、今の僕らだからこそ。当時この3人で毎日家に集まってこのゲームをしていた記憶が蘇ってくるようだった。普段僕らがプレイしている高画質のゲームと比較すれば明らかに劣るが、それでも思い出補正は強く、Wiiを引っ張り出して『おどるメイドインワリオ』や『Wiiスポーツ』をやり始めた頃には、「やっぱり昔のゲームって面白かったよなあ」との話で盛り上がった。ユーザーフレンドリーとは違う、良い意味での不便さがまた良い。

一通り遊び、日付がてっぺんに到達するとふたりは帰路に着いた。10年ぶりに3人で家に集まったにも関わらずその別れはいつも通りあっさりしていて、「ほんじゃー」とだけ残して部屋には僕ひとりが残された。余っていたビールを飲みながら、オアソビでぐちゃぐちゃになったゲーム類を嬉々として片付ける。にも関わらずWiiをここに、ゲームキューブをここに……と整理しているうち、先程までの余韻が少しずつ消えていっていることに気付き、ふと寂しい気持ちになる。いや、今日だけの話ではない。20代の後半になったあたりから、過ぎた出来事に感慨に浸ることが次第に少なくなっている。故にもしかするとこの楽しかった記憶も、いつか消えてしまうかもしれない。長い1日の間に写真も撮っていなかったし、尚更だ。

多分新しい記憶を作って薄れての繰り返しで、今後の人生は続いていく。よく人から言われる「20代後半からは早いよ」との言葉は、その冗長さの体現なのだろう。けれどもたまに楽しいことがあって、何となくでも生きていければそれで良いのだ。結局は翌日も一緒にゲームをすることになったけれど、まあ……それもそれで良いのだ。

 

新山詩織「ありがとう」MV - YouTube