キタガワのブログ

島根県在住のフリーライター。ロッキン、Real Sound、KAI-YOU.net、uzurea.netなどに寄稿。ご依頼はプロフィール欄『このブログについて』よりお願い致します。

【ライブレポート】山口一郎(サカナクション)『懐かしい月は新しい月 “蜃気楼”』@東京ガーデンシアター

サカナクションの絶対的フロントマン・山口一郎が精神的な病気を発症してから、もう2年が経つ。その間山口個人としての活動(CMやYouTube配信)こそ行われてはいたものの、サカナクションは活動休止となり、開催予定だったツアーも中止を余儀なくされた。2022年にリリースされた2枚のアルバムで完成する二部作の前半部『アダプト』が高評価だったこともあり、ファンは山口の現在地を待ち望む……。そんな日々が続いていた。

その渦中で行われたのが『懐かしい月は新しい月 “蜃気楼”』と第された今回のツアー。このツアーは9月6日に発売されたコンピレーション『懐かしい月は新しい月 Vol.2 ~Rearrange & Remix works~』を元としたもので、サカナクションではなく山口の単独ライブとして、全く異なる世界観で行われるもの。以下のレポに詳しいが、彼がこの2年間何を思い、この先に何を見ようとしているのか……。その全てが判明した伝説的ライブだったように思う。

サカナクション / サンプル -Music Video- -Music Video- - YouTube

アルバムジャケットが大映しになるモニターが消滅する形で、ライブは定刻にスタート。ほぼ真っ暗な会場に足音を響かせたのは全身真っ黒の服、私生活でも掛けているメガネ姿の山口一郎(Vo.G.Sampler)その人で、ゆっくりと歌い始めたのは“サンプル”。キーボードの音が鳴る中心で歌い上げる彼の背後には淡い光を発する縦長のライトがあるのみで、山口の表情はほとんど見えない。彼は開催前のYouTubeライブで「今回のライブはネガティブなものになる」「僕のこの2年間の鬱々とした気持ちと、次に向かおうという気持ちを表現するつもり」と語っていたけれど、おそらく真っ暗な中で歌われる“サンプル”における《息をして 息をしていた》との回顧は彼の実体験なのだろうと思ったし、ここからの歩みが描かれるのが、この先の時間なのだと分かる。

まず大前提として、今回のライブはほぼ全曲がリアレンジ&ミックス状態で届けられたコンセプチュアルなもの。照明も基本的には暗く、楽曲も大半が4分〜5分に変貌した、サカナクションとは完全に別物のライブまであったことは特筆しておきたい。またステージ上に楽器はほぼなく(山口が時折サンプラーを動かしていた程度)、彼の周囲をサウンドプロデューサー&マニピュレーター・浦本雅史、ミックスエンジニア・佐々木幸生、プロジェクション&PJオペレーター・Yuta Shiga、VJの総合演出・田中裕介ら4名が取り囲む特殊なものとなっていた。……何故こうした状態でのライブになったのかについては無論、今回のライブが『山口がサカナクションとして舞台に立つリハビリ』として位置していたことが大きく、どうしてもソロとして、どうしてもこの2年間に自分の周りで支えてくれたエンジニアたちと立つ必要があったのではないか。

茶柱 from NF OFFLINE - YouTube

サカナクションのライブは前半にはしっとりとした楽曲を、対して後半では一気に盛り上げるよう明確な緩急が設定されている。それは山口のソロライブも同様だったのだが、第1部は言わば山口の『鬱期』のような暗い雰囲気が全体を覆っていたのが印象的だった。また“茶柱”からは少し照明が明るくなり、ステージの全貌が明らかに。“サンプル”→“ボイル”の暗がりでは分からなかったがステージの中心で歌う山口の側にはブラウン管テレビ、絵画といった物体が鎮座していて、それらが大きな四角形の箱で覆われている、といった具合でさながら小さな自室のよう。これは山口が部屋で鬱々と過ごしていた、かつての日々を表しているのだろう。

そして“茶柱”以降は、様々な演出が目と耳を楽しめたことにも触れておきたい。モニターに映し出された線香花火、女性が手を打ち鳴らしたりといった映像と音がリンクし、最終的には山口の側にあるテレビのノイズ音でさえもパーカッションとして作用。“アドベンチャー”に移った頃には高速道路の映像がバックで流れ始め、“忘れられないの”では窓の結露、“フレンドリー”ではamazarashiよろしく歌詞の濁流がモニターを覆い尽くす勢いで投影される。更に“夜の東側”では山口を模した2つのマネキンが向かい合わせになり、ひとりが積み木を作ってもうひとりがそれを平手打ちで破壊する……という意味深な映像がループで再生。ただ歌い上げる山口本人はと言うと体をどんどん動かすようにもなっていて、バックの映像でそれと反する出来事が起きている逆転現象。それはこの2年間で少しずつ山口が前を向こうとし、またその前を向こうとすることさえも新たな憂鬱によって阻まれる、そんな繰り返しの毎日を過ごしていたことを示唆していた。

サカナクション / 新宝島 -Music Video- - YouTube

リアレンジによりテイストが変わったと言っても、やはりライブアンセムは強い。山口の内面に迫る時間を超えてライブらしい形となったのは“新宝島”で、開幕からの山口の扇動により、会場はクラップで包まれる。背後のモニターには“新宝島”のMVでお馴染みのダンサーたちの姿(何故かその中には山口のマネキンもいる)も映し出され、一気に熱量を増す会場だ。山口はWinkの“淋しい熱帯魚”よろしく腕を使って即興の振り付けをしたりと新たな動きが出てきているのだが、会場はこれまでの流れもあるためにファンが立ち上がるには至らない対極の図。本来“新宝島”は鳴らされた瞬間に絶大に盛り上がるものが、今回はそうではない……という端から見れば異質な状況だが、ここまで観た人は良い意味で『山口の過去に迫った』というネガティブな状況が行き届いていたことの証左であり、結果この盛り上がり切れていないモヤモヤとした感覚さえも、山口の躁鬱に接するものでもあったのだと、今なら思う。

サカナクション / 目が明く藍色 -Music Video- - YouTube

第1部のラストは、以前行われたファン投票でも堂々の1位を獲得した人気曲“目が明く藍色”。ピアノと微かに聴こえる弦楽器……という原曲とは大きく異なったミニマルなサウンドをバックに、山口は強弱を付けた歌声でぐんぐん牽引。その一幕だけを観れば、確かにこの楽曲が山口にとって『光』を映し出しているように思える。ただ予想外だったのは、この楽曲が最後まで歌われなかったことだ。原曲では《その時がきたらいつか いつか》のフレーズが放たれた後にクライマックスが訪れるシーンがあるけれども、山口はこの歌詞を発した直後に動きを止め、以降は少しずつ煙が山口を覆い隠す形で楽曲がフェードアウト。背後には死んだ目をした山口のマネキンの姿がホラーチックに映し出されていて、その雰囲気に呑まれるまま第1部が終了。15分間の休憩時間となった。

山口の心中に巣食う憂鬱は、一体どうなったのか。その疑問が空中にフワフワと浮いたまま第2部はスタートし、変わらず真っ暗な会場に歩を進めた山口がまずは弾き語りで言葉を紡いでいく。《あと少しだけ 僕は眠らずに/部屋を暗い海として 泳いだ 泳いだ》と歌われるのは“ネプトゥーヌス”で、《そして僕の目を見よ 歩き始めるこの決意を》と思いを滲ませるのは“フクロウ”。暗中摸索、ただ何かが起きるかもしれない……という、闘病中の希望がここで少し見えてくる作りだ。

この日初めてのMCでは、今回のツアーの意味合いが山口の口から語られた。まずは「『懐かしい月は新しい月 “蜃気楼”』。今日は山口一郎の単独ライブ、千秋楽となっております。お越し下さりありがとうございます!」と感謝の思いを口にすると、そこからは自身が2年間に渡って精神的な病気に苦しんでいたこと、またサカナクションを再び始めるために、一度ひとりで修行を積む意味で今回のツアーが計画されたことなどが真剣な表情で語られていく。中でも「病気になった当初はまたステージに立てるとは思っていなかったので。皆さん本当にありがとうございます」と語った場面は、山口が俯きながら訥々と話していたことも相まって『本当に引退も視野に入れるほど絶望的な状況だった』ことが分かり、様々な思いが頭を駆け巡っていた。

ドキュメント from NF OFFLINE - YouTube

そんな絶望的な状況だった山口にとっての心の拠り所だったのは、病気のリハビリのために行っていたYouTubeの歌唱配信。以降は共にふたりきりで配信をしていた盟友・浦本雅史のサウンド調節のもと、アットホームな雰囲気で“セプテンバー”と“ドキュメント”を弾き語りで披露。なお第2部ではほぼ真っ暗だった第1部とは違い、ステージ上には山口を含めた計4名が垂直に立っていた。それはレコーディングエンジニア、VJ担当といったスタッフであり、国外含めた全てのコンサートでは、いつも客席後ろにいる立場の人たちだ。ただ今回はその4名はステージにいる訳で、これはあまりに異質な光景だった。これについては山口いわく「これまでとは全く違う実験的なことがしたかった」というのが答えであり、サカナクションではなく山口一郎の単独ライブだからこそ思い切ったことが出来る、音楽の未来を考える彼らしい手法だなと。

ここまでは暗い雰囲気に包まれていたライブだが、会場が一体となったのはここから。「メンタルの病気って、薬の副作用で激太りするんですよ。今は痩せたけど、一時期は10キロぐらい増えたかな。ガリガリなのがトレードマークみたいになってたけど、最近はプックリしちゃって。プックリンコになっちゃった」と軽妙なトークで盛り上げる山口の姿を見ていると思わず嬉しくなってしまう。

サカナクション - アイデンティティ(MUSIC VIDEO) -BEST ALBUM「魚図鑑」(3/28release)- - YouTube

 

 

 

「みんな今日は座ってるけど、正直なまっちゃってるんじゃない?サカナクションのライブは今日とは全然違うからね。もう……こうやったり(腕を挙げる)こうやったり(“ショック!”の振り付け)、凄いんだから。なので僕は今から……縄跳びを飛びます!」との突然の流れから、「今からこの場で縄跳びを100回連続で飛んだら、“アイデンティティ”カラオケで歌います」とどこかで見たような展開に。そこから宣言通り縄跳びをキッカリ100回飛んだ山口は無事“アイデンティティ”に辿り着くも、メロやサビなど当然の如く息切れし、なかなか歌えなくなってしまう。ただそれをファン全員が歌詞を大合唱することで、この日一番の一体感を生み出していたのは本当に感慨深かった。気付けばこれまで着席型だったファンは全員立ち上がって手拍子を繰り広げていて、明確にネガティブの路線を走っていた今回のライブにおいて、最も『光』を感じることの出来た瞬間でもあった。

「サカナクションがもう一度ライブをやるなら、絶対にやりたい曲」として“シャンディガフ”を落とし込むと、ここで最後のMCの時間が到来。……MCを記述する前の大前提として書くけれども、そもそも山口は基本的に自分のことを話さない。それは彼自身が『自分の伝えたいことは音楽で全部表現する』というアーティスティックな心情に基づくもので、我々のような長年のファンであっても、彼の私生活についてはほとんど知らない人がほとんどだろう。ただここで語られた全ての内容は彼の2年間の思いはもちろん、今後についても非常に大切になる言葉であると思う。以下なるべく内容を損ねないよう、覚えている限り書き記しておきたい。

「僕はこの2年間、ずっと足掻いてきました。僕が患った病気は、鬱病です。僕はこの病気のことを何も知りませんでしたし、この病気になったことで、新しいことや病気を知るきっかけにもなりました。……でも僕はミュージシャンです。今もこうして大勢の方々にライブを観てもらえて、サブスクやYouTubeで音楽を聴いてもらえている、そんなミュージシャンです」

「僕がこの病気になったとき、たくさんの人が支えてくれました。きっと普通の会社員や学生の中にも、同じ病気を患っている方はたくさんいると思います。みんなひとりで戦っていると思います。これまでもそうでしたが、僕は今回のライブを人生最後のステージだと思ってやってきました。今日来ている人の中でも、このコンサートが最後になる人がいるかもしれない。そういう思いが、病気になったことで、またこの単独ツアーを経たことで、より強く感じましたし、サカナクションが作り出した曲がたくさんの人に聴いてもらえているという、恵まれた環境の中に自分はいるんだと再認識しました」

「今、新しい曲を作っています。次に僕たちが生み出す曲は、今までのサカナクションとは違うかもしれない。もう元には戻らないかもしれない。新しくなります。弱音を吐くのも、この病気のことを話すのも。今日で最後です」

ここまでを話し終えた後、山口は言葉を切って虚空を見上げる。それは今にも流れ出てしまいそうな涙を押し留めようとしての行動であったけれど、山口が何かを伝えようとしていると気付いているファンは、次の言葉をずっと待っている。たっぷり1分ほど経った頃、ようやく発せられた一言、それは無理矢理作られた笑顔で語られた「しんどかった……」との言葉だった。これまで絶対に語られなかった山口の絶望に触れた我々は心中を察することしかできないが、それでも。彼のその言葉で涙を流すファンの多さから、改めてサカナクションと山口一郎には大好きな人がたくさんいるのだと知る。

サカナクション / 白波トップウォーター -Music Video- - YouTube

「次は5人で。新しいサカナクションで、必ず皆さんの元に帰ってきますので。ありがとうございました。サカナクション山口一郎でした!」と叫ぶと、最後の楽曲は“白波トップウォーター”。ピアノの音をバックに歌い上げる様も感動的だった中、歌詞もネガティブな生活を明確に明るくしていこうというポジティブなもので、山口がサビ部分の《悲しい夜が明ける》と歌った瞬間には、思わずグッときてしまう。ただこのまま音楽はフェードアウトし、終わるかに思えたライブはまだ終わらない。そう。今回のライブでは大きなサプライズが待っていたのである。

サカナクション / 新宝島 -Music Video- - YouTube

全ての楽曲が終わった後、山口はひとり舞台に立ち「ここで重大発表があります!」と一言。そして「サカナクション、4月から完全復活でーす!」と満面の笑みで叫ぶと、直後に照明が暗転。ドラムシンバルの4カウントから始まったのは、まさかの本日2度目の“新宝島”!しかもステージ袖からセットに運ばれてやってきたのはなんと岩寺基晴(G)、草刈愛美(B)、岡崎英美(Key)、江島啓一(Dr)らサカナクションメンバーであり、先程まであったステージセットは完全に片付けられ、我々の良く知るサカナクションのライブが眼前で繰り広げられていく。もちろんフロアは総立ちで“アイデンティティ”を遥かに凌駕する熱量で盛り上がり、これにてサカナクションは2年ぶりに完全復活。4月からはツアーの開催も明言され、サカナクション完全復活をこれ以上ない形で証明してライブは幕を閉じたのだった。

山口一郎にとって、音楽とは存在意義に等しいものがあると思っている。ただそれゆえに、彼はひたすら孤独とも戦い続けてきた人物でもある。日本アカデミー賞音楽賞を受賞した“新宝島”然り、歌詞の最後の1文だけが書けずそのまま連日考え続けた“エンドレス”然り、アーティストが言うところの『産みの苦しみ』は少しずつ彼を蝕んでいった。その結果彼は鬱病になり、2年間に渡って表舞台から姿を消してしまったのは、体の反動によるところが大きいものと推察する。

彼は公演中、何度か「このライブが最後になると思って臨んだ」とも語っていたけれど、そんな彼を救ってくれたのもまた音楽であったことには、使命的なものを感じずにはいられない。部屋の隅に蹲る山口一郎から、いつものサカナクションへ……。その2年間の道程は決して平坦なものではなかったけれど、今後の道は明るい。サカナクション&山口一郎の新たな一歩を、これからも見届けていきたい。

【山口一郎@東京ガーデンシアター セットリスト】
[第1部]
サンプル -Rearrange 2023-
ボイル -Rearrange 2023-
茶柱 -Rearrange 2019-
映画 -AOKI takayama Remix-
アドベンチャー -Rearrange 2023-
忘れられないの -Rearrange 2020-
フレンドリー -Cornelius Remix-
夜の東側 -Rearrange 2020-
新宝島 -Rearrange 2020-
years -Floating Points Remix-
ナイロンの糸 -Rearrange 2019-
目が明く藍色 -agraph remix-

[第2部]
ネプトゥーヌス(Acoustic ver.)
フクロウ(Acoustic ver.)
セプテンバー(札幌ver.)
ドキュメント(Acoustic ver.)
アイデンティティ(オケver.)
シャンディガフ(オケver.)
白波トップウォーター -Rearrange 2020-
新宝島(サカナクション完全復活ver.)