キタガワのブログ

島根県在住。文筆。rockinon.com外部ライター等。

サカナクションのかつてない最高の名盤『アダプト』が凄すぎたので全曲解説した

こんばんは、キタガワです。


『最高傑作』『大名盤』『渾身の一作』……。サカナクションが新作をリリースするたびに、そうした考え得る限り最大級の褒め言葉は使われてきた。もちろん彼らが生み出す楽曲が心を震わせないはずがないというものだが、とにかく期待値が常に高まっているために新作の報が出ればその度ハードルも上がるのは必然。ただそのハードルを越え続けた今「次はどんな素晴らしい作品が産まれるのか」と誰もが異様なほどに心待ちにしてしまっている状態が、今のサカナクションであるとも言える。

 

f:id:psychedelicrock0825:20220416051315j:plainそんな折リリースされたのが、コンセプト・ニューアルバム『アダプト』だ。今作には先行サブスク曲を含む9曲が収録されていて、その大半が先日大反響で幕を閉じた全国ツアーでも披露されたファン期待の楽曲が散りばめられている。なおこれ程の大盤振る舞いにも関わらず価格は何と2000円と少し!このサブスク時代にアルバムを購入するという一手間を敷居の低いものにするため、山口なりに考えた結果なのだろう。そして何より、アルバムの出来が素晴らし過ぎる。個人的にはこれまでのサカナクションのアルバムの中でもベスト。それどころか、少なくとも今年一年の間にリリースされた全てのアルバムの中でも群を抜いているのではないか。

 

開幕はミステリアスなインスト曲“塔”。これまでの彼らのアルバムでも“Intro”や“RL”といった異なるタイトルで綴られることも多かった1曲目インストの位置に配置されているこの楽曲は、まるで風が緩やかに吹く塔の頂上で黄昏れているようにも感じる不思議な雰囲気。昨今のライブを見るにおそらくは今後のライブでもしばらくはSEとしての役割を果たすものと推察されるが、徐々に興奮が高まっていく感覚もまた、サカナクションらしく最高だ。


『アダプト』の本領発揮はまだまだここから。アルバムはミドルテンポな“キャラバン”でもって、ゆっくりと内なる興奮を温めていく時間へ到来する。キャラバンは日本語で砂漠を意味しており、その通りこの楽曲では砂漠を題材として進行。サビへと辿り着くのは2分半が経過した頃、という流れも実にサカナクションらしいが、特筆すべきはその一見荒唐無稽にも思える歌詞だ。サビでは《砂漠のラクダ使い》との印象的な歌詞が出現するけれど、ふと考えればラクダは厳しい環境でも長期間生き延びることが出来る……つまりはこのコロナ禍で疲弊しつつも何とか生き長らえている我々の心情ともリンクしている気もして、ハッとする感覚も。

 

サカナクション / 月の椀 -Music Live Video- - YouTube

続く“月の椀”(読み:つきのわん)では、アッパーな中盤に突き進む更なる重要な役割を果たしている。《気になりだす》との中毒性抜群のフレーズがぐるぐる回る一幕といい、キラキラのシンセサウンドが追ってくるサウンドといい、聞くたびに新たな一面に気付く重厚さが楽しい。夜に浮かぶ月と自分の心情が偶然重なった時、まるで月と一体化しているように錯覚する“月の椀”。それがポジティブなものなのかどうかは明言されていないまでも、どんな状況でも見守ってくれる存在は絶対にいると告げる、優しい1曲。

 

サカナクション / プラトー -Music Live Video- - YouTube

今作収録曲の中では最も早く音源解禁が成された“プラトー”も、アルバムの全体的な完成度に一役買っている。再生した瞬間に驚く未知のサウンドから雪崩れ込むこの楽曲に関しては、よりコロナによる精神的疲弊にフォーカスを当てた作品という印象だ。軽やかなサウンドに山口のボーカルが胸に迫る流れは圧巻だし、もちろんアッパー色も強い中で、取り分け印象的な点として挙げられるのはサビでの爆発だろう。この楽曲が我々の憂鬱の代弁の役割を果たしていることは先に述べた通りだが、『プラトー』の言葉が作業・学習の進歩が一時的に停滞して伸び悩むことを指しているように、辛い中でも最終的にはポジティブに持っていこうとする山口の精神性が強く表されている。

 

サカナクション / ショック! -Music Live Video- - YouTube

そして特筆すべきは、今後フェスを含むライブでほぼ必ずセットリスト入りを果たすであろう今作のリード曲『ショック!』だろう。まるで何かを振り切るレベルの前向きさで突き進むこの楽曲は公開当初は大きな反響を呼んだけれど、その理由は純粋に、これまでのサカナクションの楽曲イメージとはある意味で大きく異なる名曲として位置していたためである。上記のMVでは山口が豪華俳優陣と共にショックダンスを踊るカオスな場面が収められているが、ライブの盛り上がり方もこれが基本。となれば、CD音源に際しての“ショック!”との向き合い方もこれがベター。更にはメッセージ性を敢えて省き、頭をからっぽにして盛り上がることを大前提とした楽曲“ショック!”は今やサブスクやMV等様々な媒体で聴くことが出来る中で、実はCDでの音質が抜群に良い、という事実も是非とも触れておきたいところ。


続いては“エウリュノメー”。こちらはオープナーの“塔”に次いでの全編インスト曲となっていて、木琴や打ち込みなど広がりを見せる音の数々も楽しい。ここまではどちらかと言うと生楽器の臨場感を押し出す楽曲が多かったけれど、“エウリュノメー”はおそらく今後のライブツアーでは、全員が横並びになって演奏するプログラミングゾーンで披露されることになりそうな代物だ。ここからアルバムはゆっくりとスピードを緩めての『聴かせる』エリアに到達するが、“エウリュノメー”のフワフワとした雰囲気はそれを見越してのものなのかもしれないなとも思う。

 

Documentary of SAKANAQUARIUM アダプト TOUR at NIPPON BUDOKAN trailer - YouTube

そのままの勢いで突入する“シャンディガフ”もまた、とても実験的な佳曲だ。椅子にギシッと座る音から氷をグラスに落とす音まで様々なサウンド的工夫が見られているのも特徴的だし、どこかモノクロの世界で演じられているようなアナログっぽさも新機軸。シャンディガフと言えばビールとジンジャエールを5:5で割るポピュラーなカクテルだけれど、酒好きとしてもほぼ選ばないジンジャエールに高額なストーンズジンジャー(価格は一般的なビールの約6倍)を選んでしまうところも、山口らしいと笑ってしまった。ともあれ、意図的に意識をトリップさせるサカナクションなりの現実逃避曲“シャンディガフ”、個人的にはこのアルバムで一番のお気に入り。


CD購入者にとってはまだもう1曲存在するけれど、実質的な最終曲として配置されているのは“フレンドリー”と名付けられた楽曲。この楽曲はこれまでのオンライン・有観客による『アダプト』ライブで決まってラストに披露されていたことからも分かる通り、この楽曲で歌われる内容こそが『アダプト』の真意と見て良いだろう。《正しい 正しくないと 決めなくないな/そう考える夜》は特段「これはOKでこれはNG」と言われることなく個人の判断に任される自己責任論、《すでに飲んで消化した本音を ゴミに出して笑う人》といった歌詞では「コロナだから仕方ないよね」と自分のやりたいことを捨てざるを得なくなった現実と、もっと言えば自粛警察的な周囲の意見に流され続けて自己を殺してしまう抑圧をも暗に示す“フレンドリー”。……山口はこのコロナ禍を最終的には『こんな世の中でも隣にいる人を大切にしたい』とする思いに帰結させている。貴方はこの楽曲を聴いて何を思い、どんな行動を起こすのだろう。コロナ禍で疲弊する今も、そして今後収束したとしても雄弁に当時のリアルを思い起こさせる名曲だ。


そしてCD購入者にとって正真正銘の最後に待ち構えている幸福こそ“DocumentaRy of ADAPT”。この楽曲は2011年にリリースされ、サカナクションにとって重要な1作とも目される『DocumentaLy』内の“DocumentaRy”という楽曲をアダプトライブバージョンで再構築した1曲で、長さにして8分22秒。緩やかな助走から終盤の大爆発へと向かっていく、素晴らしいアレンジで構成されたこの楽曲はかつてのアルバムにおける“DocumentaRy”とはもはや完全に別物。詳しい内容はネタバレになるので伏せるとして、正直この楽曲を繰り返し聴くためにもアルバムを購入する、という判断を選んでも良いレベルで素晴らしいので是非とも一聴を。大興奮で聞くうちにいつの間にか終わっている、EDM的にも高水準のインストゥルメンタルだ。

 

サカナクションの世間的イメージは幅広い。言わずと知れた大ヒット曲“新宝島”から彼らを認知した人も多いだろうし、他にもライブパフォーマンスが凄い、歌詞やサウンドに徹底的に拘るなど……。中には昨今の山口の活動を受け、山口がコラボしたYouTuberや商品から入った人だっているかもしれない。そんな中生み落とされた今作『アダプト』はやはり間違いなく過去最高。これまでサカナクションにあまり触れたことのない人たちをも残さず沼に引き摺り込む、完璧な作品と化した。CDが売れないこの時代に出来ることは模索され続けているけれど、根底には必ず音楽的な重要性がある。今作『アダプト』はそんな原点に立ち返りながら新規層も取り込む力を秘めた大名盤と言える。「気になった人は是非!」と勧めたいところ、僕は敢えて声を大にして言いたい。この作品は何を差し置いても購入すべきであると。夏にはこのアルバムを携えた大規模な全国ツアーも企画されているし、タイミング的にも触れるのは今しかない。