キタガワのブログ

島根県在住。文筆。rockinon.com外部ライター等。

イヤホンのイヤーピースが耳にハマって取れなくなった話

事件が起こったのは、突然だった。思い返せば、仕事から帰宅してビール缶を空けたのは夜の22時頃だったか。スマブラで勝ちが続いたことが伸ばす手に拍車を掛けたのかもしれない。気付けば1本、また1本と空けてしまい、午前2時頃には泥酔状態に陥ってしまった僕だった。

酔っていると、自身の行動の様々な部分がおろそかになる。例えばトイレの電気を消し忘れたり、リピート再生で同じ音楽を繰り返して聴いてしまったり……。もちろんそんな人間が格闘ゲームをして勝てる訳もなく、先程までの勝ちが嘘のようにあれよあれよという間に連戦連敗。すっかりやる気がなくなった僕は、諦めてベッドでYouTubeを観ることにした。その際、枕と右耳をサンドイッチした状態で有線イヤホンをギューッと挟み込んでしまっていたのは、最大の失敗と言って良いだろう。

数十分後、ようやく寝ようと思いイヤホンを引き抜いたその時だ。右耳から出てきたイヤホンにはイヤーピースがなく、完全に耳の中に入った状態になったのは。ただヤバいと思いつつも僕はまだ酔っていたので、「何とかなるっしょ」の思いと共にそのまま眠りについた。

翌日、二日酔いの頭で起きた僕は夜のことを思い出し、血の気が引いた思いがした。右耳には違和感。もちろん、まだイヤーピースは入ったままである。慌てて親に協力を求めてピンセットでの摘出を図ったが、どうやら相当奥に入っているため、取り出すのが危険だと判断したらしい。ただ「あんた病院行かないけんわね」と言われつつも、仕事があったので出社。流石に「俺耳にイヤホンの先っちょ入ってるんすよー」とは仕事仲間にも言えないので、その日はそのまま仕事をこなして帰る。

が、その翌日あたりから若干耳が痛くなりはじめた。どうやら人間の体は良く出来ているようで、体の一部分が塞がれると異変を発する仕組みになっているらしい。この日も仕事だったのでそのまま出たが、次の日は休みということで「まあそこで取ればいっか」的な感覚だった。なもんで気楽だった僕は「あ、そう言えば面白いことになってるんすよ」と同僚に暴露したのだがこれが大問題に……。個人的には笑い話にしてくれれば良いなと思っていたので、「今日からイヤーピースキタガワです!」とおどけていた中でも割と心配していただき。僕が「明日“すずめの戸締まり”観にいくんすけど、もはや“キタガワのイヤーピース取り”っすね!」と発した言葉は「いいから病院行け」とにべもなく返された。せめて笑っておくれよ。

かくして、貴重な休みは『イヤホンの先っちょを取りに耳鼻科に行く』というアホ極まりない理由で消し飛ぶことが確定した。ただこのままだと残念休日で終わってしまうと感じたので、当日、偶然早めに起きた僕はまず映画館に足を運んだ。僕が家を出たのはギリギリだったが、何せその映画館は僕がかつて働いていた元バイト先で、割と裏事情を知っている身。この日で言えば『13時開演だけどそのうちの7分は予告編だから13時8分に入ればセーフ』という情報を熟知していたので、映画泥棒の映像と共に着席。そのまま映画を観た。『すずめの戸締まり』の詳しいレビューはこちらでどうぞ。

そして、運命の耳鼻科である。この日に行った耳鼻科は、奇しくも僕がかつてお世話になったことのある場所だった。当時の記憶は確か保育園児の頃。『小さい鉄のボールを磁石で迷路のゴールまで運ぶ』という玩具で遊んでいた時、僕が鉄のボールを耳に入れてしまったのが原因だった。その際は迅速に取り出していただき、お医者さんの「もう来ないでね」に対して「わがりまじだー!ぜっだいにぎませんー!」と号泣していた人間が、まさか20年後に『イヤーピースはまりました』というバカな理由で来訪するとは、誰が予想出来ただろうか。

流石に突然伺うのは非常識かと思ったので、病院に一報。おそらくはこうした理由にも慣れているのだろう。アホアホな説明にも毅然とした対応で答えてくれる看護師さんである。「いやーすいません。こんなことで伺うのマジで申し訳ないんすけどヘヘへ……」と笑う僕に、看護師さんは「大丈夫ですよー。お待ちしてます(ガチャ)」とこちらもにべもない。ただすまぬ看護師さん、今はその気遣いが滲みるのよ。

数十分後にビャーっと移動しつつ、耳鼻科へ到着。嬉しいことに待合室は空いていて、僕以外は他の患者さんがひとりだけ、という状況だった。受付に進むと、まず看護師さんが「久し振りの診察ですので、問診票の記入をお願いします」と一言。支持に従って問診票を書くことになった。そこには住所や電話番号に変更がないかをはじめ、『どのような症状がありますか?具体的にお願いします』とも記されていたので、取り敢えず「イヤホンの先の部分(イヤーピース)が右耳に入って取れなくなった。痛みはなし」と書いた。割と「アホだなあ」との考えはこれまでずっとあったが、こうして文字にしてみると、改めて俺はとんでもねえ理由で来ちまったんだ、と再認識。恥ずかしさで看護師さんに渡す手も震えたものである。

それから少しして「キタガワさーん」とのお呼びがかかったので、室内へ歩みを進める。なおその際、もうひとりの患者さんが精算の意味で「◯◯さーん。はーい今日は耳奥に出来ていた××の塊の摘出ということで合計△△円ですー」という会話を聞いてしまい、ガチな診察理由だと感じて申し訳なくなった。……塊の摘出が何だ。こちとら安物イヤホンのイヤーピースやぞおいこら。

診察室に入ると、おそらくは暇だったのだろう。先生の他にも3人程の看護師がスタンバイして僕をロックオン。「こんなもんただの辱めじゃねえか」と思いながらも椅子に座り、内容を再度伝えると、先生はニコリと笑いながら「じゃあ◯◯さん首抑えて、そのまま斜めに倒して」と指示。僕は当初こそその間も申し訳ない気持ちと、恥ずかしいから淡々と仕事してほしくない気持ちがあったので「いやーすいませんいろいろ……」と口を動かしていたのだが、雰囲気が冗談を言えるものではないと察して黙る。

が、結果としてこの摘出は難航した。かなり奥に入っていることもあるが、どうやら使っていたのが黒イヤホンだったのでその黒っぽさが耳内の暗さと同化して、更に見え辛くしていたようだ。先生も頻りに「うーん、ちょっと◯◯(摘出道具)に変えて」「やっぱり◯◯で」と発しながら耳をグリグリしていて、やはり人の耳の中を見るのは難しいのだなと思った。

対して僕はと言えば、もう感覚としては人に耳掻きをされているようなものなので、こそばゆくてたまらず、常に笑顔になってしまっていた。人に耳掻きをしてもらった人には分かってもらえるだろうが、あれはとてつもなくこちょばしいのである。……更にこうしたシリアスな場では変な事ばかり思い出してしまうもの。1時間前に鑑賞した『すずめの戸締まり』では、扉から化物が出てくる大事な場面で「お返しします!」と叫びながら扉を閉めるシーンがあるのだけど、「これから返されるのは俺のイヤーピースなんだよなあ」とか、鈴芽が真剣な顔で「イヤーピースお返しします!」と叫んでいる場面を想像してしまったからもうダメ。あの数分間は文字通り、本当の苦行だった(以下の予告編のラスト10秒参照。これから映画観る人マジでごめんなさい)。

映画『すずめの戸締まり』予告②【11月11日(金)公開】 - YouTube

何だかんだで少しずつ出てきたイヤーピースちゃん。最終的には5分程度で出てきて、事なきを得た僕である。思えば20年前に鉄のボールを摘出した際は、ここでは取れないということで別の病院に移されたりもしていたので一安心。いやー良かったと思いながら待合室に戻ると、すぐさま「キタガワさーん」と招集が。僕には病院にあまり行きたくない理由があって、それは純粋に『金が高いから』なのだが、今回はほんの数分で終わったし。金銭的にも安く済むしオールオッケーと高を括っていた。しかしながら次なる看護師さんの一言は、予想だにしていないものだった。

「合計で3510円になりますー」

……みんな、寝るときイヤホンするのはやめようね。