キタガワのブログ

島根県在住のフリーライター。ロッキン、Real Sound、KAI-YOU.net、uzurea.netなどに寄稿。ご依頼はプロフィール欄『このブログについて』よりお願い致します。

アーティストの家で撮ったMV5選

こんばんは、キタガワです。


アーティストの存在を多方面にアピールする上で、今や欠かせない要因のひとつとなっているのがYouTube上のミュージックビデオ……音楽界隈では所謂『MV』と呼ばれる代物である。周知の通り、昨今で言えば瑛人の“香水”然りAdoの“うっせぇわ”然り、MVは楽曲を認知する契機となっていることに留まらず、原曲のサムネイルや内容を模倣し、新たなバズが生み出される逆転現象すら発生していて、如何に音楽のバズの基盤となっているのかが見て取れる。


当ブログでは開設当初から、様々なMVに焦点を当てて記述を試みてきたが、今回は『アーティストの家で撮ったMV5選』と題し、華々しく印象深い世間一般的なMVとは対局に位置する、極めて低コストで哀愁たっぷりな楽曲群をお届け。その一周回って新しい、独自の切り口のMVにぜひとも目を奪われてほしい。

 

 

私の好きなもの/ラブリーサマーちゃん

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宅録を用い、独自のポップ路線の高みに挑み続けるラブサマちゃんのファーストアルバム『LSC』収録曲にしてリード曲の位置付けともなっている楽曲が、以下の“私の好きなもの”である。今楽曲はサウンドの基礎部分をラブサマちゃんによる打ち込みが担っていて、更にはアイドルのライブを彷彿とさせる一連のコールに至るまで、ほぼ宅録アレンジという徹底ぶり。


当然ながらそのMVの内容もDIYに振り切っていて、現在では事務所の意向により削除されてしまったが、公開時点の個人制作MVではラブサマちゃん本人がカメラの前でヘタウマないダンスを繰り広げる一部始終が収められていた。結果として辻利の抹茶や蟹雑炊、鳥の串カツ、果ては生の汲み湯葉などあくまでラブサマちゃんの好きな食べ物を中心に列挙し《月曜から日曜まで 好きなもの食べたい!》との願望を吐き出す今楽曲の性質を考えると、MVの登場人物が彼女ひとり(注:現MVを指す上では『女性を中心に』に訂正)であることは、理にかなっているようでもある。


ファーストアルバム『LSC』では、前述の通り宅録の色が強かったラブサマちゃん。そんな『LSC』の中でも、おそらくは最も宅録の良さがサウンド的に詰まった“私の好きなもの”は、初期のラブサマちゃんのサウンドメイクを如実に表す稀有な1曲として確立。かねてより多大な影響を受けてきたあらゆる洋楽バンドの音楽性を、彼女なりに再構築し洗練された今の楽曲群と比較するとファーストということもあってか粗削りな面も否めないが、むしろ今作が今後も飛躍を続けるサブサマちゃんを占う試金石的な代物であったと思わざるを得ない傑作。

 


ラブリーサマーちゃん「私の好きなもの」Music Video

 

 

翼が生えたら便利だけどジャマ/超能力戦士ドリアン

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ユニークな視点で世間を切り取る関西発のロックバンド、超能力戦士ドリアン。楽曲名は“翼が生えたら便利だけどジャマ”……。翼と言えば『翼を授ける』のキャッチフレーズで有名なレッドブル。ならばレッドブルを飲み続ければ本当に翼が生えてくるのでは?というトンデモな連想ゲーム思考を実現させた結果が、以下のMVである。


簡単な自己紹介を合図に机の上に大量に並べられたレッドブルを意気揚々と飲み始めるおーちくん(Vo.Dance)だが、早くも1本目を飲み干した時点で今企画の過酷さを痛感。けれどもMV内の注意書き曰く「おーちくんは特殊な訓練を受けています」とするおーちくんの勢いは止まらず、以降もロング缶含め1本、もう1本と数を重ねていく。果たしておーちくんはYouTuber顔負けの壮絶企画を完遂することが出来るのか。そして本当に翼は生えるのか……。ラストに待ち受ける衝撃のラストは、一見の価値ありだ。


超能力戦士ドリアンは、その楽曲の魅力のみに留まらず、印象度を加えるプロモーション、ライブでの抱腹絶倒のアレンジ等にも定評がある。今回のMVも同様にどうすれば楽曲を広くアピール出来るか、そして何よりどうすれば自身のエンタメ性を発信出来るか、考えを極めた結果なのだろう。今楽曲で歌われる“翼が生えたら便利だけどジャマ”の理由として《アウター羽織れないのはキツい》《リュックが背負えないのはキツい》を挙げている点も噴飯もので、流石の着眼点で更なる笑いを量産する作りには脱帽。彼らが関西ロックシーンの転換点になる日も、きっとそう遠くはない。

 


超能力戦士ドリアン「翼が生えたら便利だけどジャマ」【字幕機能対応】

 

 

無線LANばり便利/ヤバイTシャツ屋さん

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とりとめもない出来事を歌詞に落とし込み、爆音に乗せて届けるロックバンド・ヤバイTシャツ屋さん。以下の楽曲が収録されたフルアルバム『We love Tank-top』でも喜志駅、すき家、天王寺、ウェイ系大学生、猫といった幅広い題材を扱っている彼らだが、“無線LANばり便利”はそのタイトルの通り、無線LANの利便性を一貫して主張し続けるよもやの内容となっている。


通信制現に喘ぐスマホ社会のリアル、街中で謎のWi-Fiに勝手に接続しパニックに陥るあるある、《無線LAN 有線LANよりばり便利》と片方を上げて片方を落とす流れ……。どこを切っても「なるほど」と膝を打つ、どこまでもヤバT的な代物だ。しかしながら完全にネタに振り切った楽曲なのかと問われれば決してそうではなく、ライブにおいて観客のコールを要求するが如くの「ワイ!ファイ!」のコールや、敢えてBPMを落として次なる爆発を最大限に活かす試みも成されていて、ひとつの楽曲としての構成も素晴らしい。なおこのMVでは、コタツで寝ているメンバー2人を無理矢理叩き起こす開幕から、ラストはこやまたくや(Vo.Gt)が自宅のWi-Fiのパスワードを公開するエンタメ性抜群のオチへと突き進むが、極めて破天荒なセンスは現在までも変わらず、稀有な話題性を産み出している。


コロナ前の各地のフェスではほぼ毎回セットリストに組み込まれてきた“無線LANばり便利”。ただ以下の動画をWi-Fiを用いて視聴するのも良いが、この圧倒的な熱量はぜひともライブハウスで体感すべきだ。《無線LAN有線LANよりばり便利》の双方向的なレスポンスが一転、モッシュ&ダイブの海に変貌するあの壮絶な展開はきっと、思わぬ感動を心中に呼び起こすことだろうから。

 


ヤバイTシャツ屋さん - 「無線LANばり便利」Music Video

 

 

SKOOL KILL/銀杏BOYZ

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青春パンクバンド・銀杏BOYZによる、当時14歳の中学生であった神戸連続児童殺傷事件の犯人、通称『酒鬼薔薇聖斗』による犯行声明文に記されたSHOOL KILLなるワードをもじってタイトルに冠した代物。


ただ楽曲自体はセンシティブな内容とは程遠く、愛する女性にストレートに思いを伝える峯田和伸(Vo)なりのラブソング。確かに歌詞は少なからずwikipedia等で閲覧することの出来る、膨大なテイストで綴られたショッキングな酒鬼薔薇聖斗の犯行の一部を抜粋したものであることは間違いないけれども、それでも峯田は“SKOOL KILL”を等身大のラブソングとして、更には酒鬼薔薇聖斗が殺人行為を犯さなかった別の世界線の希望的未来として歌っている。


対してMVの尺は5分35秒の原曲と比較しても11分49秒と長いが、そのMV内でも原曲はうっすらと流れる程度で、ラーメン屋と彼女の来訪という現実が傍若無人な峯田の行動により撃退される荒唐無稽な流れに終始。思えば銀杏BOYZのMVは総じて楽曲とは裏腹にMVが圧倒的に長く、これには実質的な総監督の立場の峯田によるところが大きいことは間違いない。故に破滅に突き進むが如き行動を繰り返す今曲のMVはやはり、峯田の燻り続ける思いの発散的意味合いが強いのではと推察する。かつては「悩める若者のためのロック」として広く認知されてきた銀杏BOYZの楽曲だが、そうしたカテゴライズが成された背景には当然ながら深い意味があると改めて一考する、思い切りの良いパンクナンバーと言える。

 


銀杏BOYZ - SKOOL KILL(PV)

 

 

家族構成/岡崎体育

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今をときめくソロメイカー・岡崎体育の最も古い時代に制作された楽曲のひとつ。それこそが家族の絆をつまびらかにした以下の“家族構成”である。この楽曲の肝は何と言っても、MVを巧みに利用したそのエンタメ性だろう。ひとつ屋根の下で暮らす家族が別人に成り代わる一幕も、かの名作『もののけ姫』のキャラクターが「オレタチニンゲンクウ」と呟くまさかの流れも、おそらくは世間一般的なリスナーの岡崎体育のイメージに寄り添った作りだ。ただ決して面白いだけのMVに徹している訳ではなく、思いがけず心にグッと来る家族愛のワードが投げ込まれるワンシーンもあり、度重なる笑いの要素すら後半のメロへの布石としている点も評価したい。なお余談だが、このMVの制作総指揮を務める『寿司くん』とはヤバイTシャツ屋さんのフロントマン・こやまたくやの別名義である。


当時インディーズとして、今では考えられない地下空間のライブハウスでライブを行ってきた岡崎。楽曲数の増加に伴って現在ではめっきり披露されなくなった“家族構成”はかつて、音源に合わせて岡崎がMVの内容を模した紙芝居を行うという荒唐無稽な形で届けられていて、この後リリースされた“MUSIC VIDEO”の大バズ以前の岡崎の歩みを結果として色濃く映し出す楽曲にもなっている。目標としていたさいたまスーパーアリーナでのライブを終え、更なる高みを目指す岡崎。昨今のライブでは今までのようなオケに合わせて歌うスタイルに加えて楽器隊を招いたバンド編成で楽曲を届けることも多々あり、明らかな変化が伺える。これまでと歩みが岡崎への認知度を高めるためのストーリーであるとするならば、今年以降はその更に先……。ソロアーティストとして未踏のエンタメ領域に突入することはほぼ確約している。

 


岡崎体育「家族構成」Music Video

 

 

……長々と記しておいて何だが、そもそもMVをカテゴリで分けること自体がナンセンスであるようにも思う今日この頃である。こと海外で主流となっている静止画に音源を流すのみのビデオも広義のMVであるし、今回取り上げたアーティストで言えば岡崎体育の“なにをやってもあかんわ”なる適当この上ない作りを試みたMVも存在する程。故に今回の記事は日本のMVの特異な点のみをこねくり回す、見方によっては悪どい代物かもしれない。では何故当ブログではこうした穿ったMV群をたびたび特集するのか……。その真意はただひとつで『素晴らしい音楽を広く知ってもらうため』以外にない。人それぞれに音楽嗜好が形成されているとすれば、今回のような『アーティストの家で撮ったMV』に少しばかりの興味を抱く音楽好きがいないとも限らないと、僕は信じて疑わない。どうか一人でも多くのリスナーに、素晴らしい音楽が認知されますようにと心を込めて、今記事の締め括りとしたい。